●リプレイ本文
「深き深淵の底より己が身をも焼き尽くす煉獄(※しっと)の炎を纏いし絶対的復讐者(※しっ闘士)を率いて今――」
浴衣にメイド服という和風給仕娘――しかしここは『男の娘』と読む――のような出で立ちの白虎(
ga9191)はたかだかとピコハンを振り上げた。可愛いようなシュールなような、浴衣の背中にある羽が何とも今日は禍々しい。
「しっと団参上ッ!!」
どどーんと登場した(つもり)のしっと団総帥だが、やや登場が早すぎた。グラウンドは確かに混沌としていたが、現時点で目立った粛清対象が見受けられかったのである。
「疾風迅雷の竜装騎兵! ガル・ゼーガイア見参!!」
同じく格好良く参上したガル・ゼーガイア(
gc1478)だが、辺りを見回して素っ頓狂な声を上げた。
「やべぇ! 総帥! これじゃあ出オチだぜ!」
赤髪のガルが至極まともなツッコミをする。だがしかし、しっと団が出オチでなかったことがあっただろうか‥‥報告官は記憶にあまりない。
「赤髪男を粛清せよ! 赤髪男を粛清せよ!」
メーデー! メーデー! と言わんばかりに鬨の声を上げている綾河 零音(
gb9784)は臨戦態勢だった。さもありなん、ちょっと気になるイケメン(?)赤髪教師が、同僚と自分の時よりいちゃついている(零音比)のだ、ぶちこr――粛清しないとA級しっ闘士の名が廃る。いや、女が廃る。
「以前にもまして壊れてますねー」
日々進化(?)する船木くんを思い和泉 恭也(
gc3978) は感慨深げに呟いた。一応、それとなく彼と連絡はとっているのだが、今日の計画のことは微塵も話に登らなかったということは、おそらく衝動的に起こしたことなのだろう。
そんなわけで、今日も元気にしっと団の面々が武力介入しようという時、グラウンドに校内放送が派手に流れたのである。最初からクライマックス全開なBGMと共に、ヘイル(
gc4085) の声が響く。
「‥‥これより『七天堕とし』作戦(オペレーション・セブンスフォール)を開始する。
戦士達よ。心の剣を抜き、魂の叫びを轟かせよ。そしてこの学園に安寧と平穏を取り戻すのだ。
以上。諸君等の奮闘に期待する」
何だってこんな台詞を言ってしまったのだろう‥‥と溜息をつくヘイルを他所に、グラウンドでは謎の気合の声があちこちから響いている。良いのか悪いのか、彼は肩を竦めるしかなかった。
かくして、オペレーション・セブンスフォール――バグアさんも裸足で逃げ出しそうな、船木ごときには勿体無い壮大な制圧作戦が始まったのである。
●
傍観者に徹するというのは、なかなかに難しいものだが楽しくもある。
隠密潜行を駆使し、異様な雰囲気に包まれているグラウンドを行き来しているUNKNOWN(
ga4276) の手にはワイングラスがある。
「ふむ、良い太腿だ」
さらっとそんなことを言いながら、彼はこの騒動に加わることなく遠目に様々なものを観察していた。普段はいつものように赤毛の教官がボコボコにされるのを見ているだけなのだが、今回は銀髪の女性大尉が青少年の教育上よろしくない服装で暴れている。
「眼福眼福。主よ、感謝します」
胸の前で十字を切ったUNKNOWNに、感謝された神も何がなんやら分からなかったことだろう。
「どうやら、私も「力」を解放するしかないようですね」
溜息をついた秦本 新(
gc3832)は覚醒して激しくスパークを発生させた。中二病は日本人なら十八番である。こういうバチバチしたものが実に中二くさい。
「それにしても船木君‥‥。毎回こんなことしている君が、一番中二病だろうに‥‥!」
呆れたように呻いた新だが、その視線は近くに居る大尉の胸元に注がれている。失礼の無い程度だが、やはり気になる。特に大きくて形の良い胸なら尚更だ。
その大尉は、一人の男性傭兵と口論になっていた。
「貴様! それ以上私に近寄るな! 男など嫌いだ!」
「そんなこと言ってる場合じゃねえだろうがっ!」
猛烈な勢いで大尉に拒絶された須佐 武流(
ga1461)である。
船木特性ロボットはリア充を狙ってくるのだ、それっぽく見せればこっちに来るだろうという彼の作戦は大尉の男嫌いという性癖の前に脆くも崩れ去ろうとしていた。というか、無闇に近寄ると剣で刺されそうで怖い。
「俺だってこんな方法やりたかねぇよ!」
と、言いつつ何故か視線は胸元に移動しそうになる武流である。いや、あれだ、不可抗力だ。
『うおおおおお! リア充は死滅しろおおおおっ!』
怒れる船木ロボットが小型ロボットを(ある意味武流の目論見通り)放って来る。よしきたと言わんばかりに構えた武流は、無駄に大仰に叫んだ。
「かかってきやがれ。片っ端からぶっ潰してやる! ――ゴッドハンド!」
こんな台詞は二度と言うまいと固く誓いながら、武流は小型ロボットに蹴りと拳を至近距離からぶつけた。意外とあっさりロボットは粉砕したが、今度は余計なものが飛び込んできたのだ。
「今の僕は立ち止まっている時間などない! さぁ来いリア充ども、貴様達の桃色を後悔させてやろう」
我こそはと突っ込んできたのは白虎だった。ピコハン片手に場内乱入よろしく間に飛び込んできた。後を追うようにしっと団の面々がわらわらとなだれ込んでくる。
グラウンドは一気に混沌な様相を増した。
そこへ、更に重度の中二病を発症してしまった宵藍(
gb4961) が加わったのである。
「聖なる刀の声に導かれて来てみれば、何て事だ‥‥」
聖なる刀とは何だと誰かが突っ込む前に、彼は船木ロボットを見て無駄に少年漫画の主人公のように焦りの表情を浮かべた。この辺り、流石は演技派アイドルである。
「あれは古に封じられたはずの魔将ロボテスタ!」
ちょっと格好良いと思ってしまったので、以降は船木ロボットを『魔将』と称することにする。決して字数の関係ではない。
本気で危機を感じているかのような宵藍の様子に周りの人々がごくりと生唾を飲み込んだ。完全に中二病に感染している。
「何としても再封印を‥‥我ら七剣聖の力で、永遠の眠りへ導いてくれるわ!」
恥ずかしい台詞を連呼したためか、魔将の動きが鈍くなった。中二‥‥中二‥‥と呟きながらよろよろとしている。
まさかこんな台詞を言われるとは思ってもみなかったのだろう、かわいそうな魔将よ‥‥このまますぐに倒されてしまうかのように思われた。
しかし、まだまだ序盤、彼らの標的は魔将ではなく、魔将の下で必死に足掻こうとしている赤毛の教官となったのであった。
「自称道化、レインウォーカー。気まぐれで不憫な赤毛男の助太刀に参上。どうやらお互い狙われてるみたいだし、一時的な共闘と行こうかぁ」
勿論、ヘンリーは孤軍奮闘を強いられたわけではない。同じ赤毛としてレインウォーカー(
gc2524)が加勢に入ったのである。まあ、彼はこの後別方向からの攻撃でごっそり体力を持っていかれてしまうのだが。
構えるしっと団の面々を見たレインウォーカーは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ボクもお前らが言うリア充に当てはまるんだろうねぇ。だとすれば敵対するのは必至。ここで返り討ちにしてやろうかぁ」
その変に怖い威圧感に、しっと団の面々がたじろいだ時だ。
「恋する高位龍装騎兵(※ハイドラグーン)・綾河零音! 只今しっと団に復帰いたしました!」
普段ヘンリーをかばうはずの零音がしっと団の加勢に回ったのである。手に持つ得物を振り回して、逃げ腰になる教官に涙目で訴える。
「先生のバカッ。信じてたのにー!」
濡れ衣としか良いようのない言葉を発しながら、零音はインフェルノを振りかぶった。普通にやれば即死である。
だが、彼女の攻撃は今回に限ってすっぽ抜けた。隣ではやし立てていたガルの顔面にクリーンヒットする。
「ぬああああああっ!!」
「ぎゃあああああっ!」
顔を押さえたガルの悲鳴と、目の前でインフェルノが走り抜けたヘンリーの悲鳴が重なった。
こんなもの食らったら死ぬ、絶対死ぬ、間違いなく死ぬ。
暴れる零音を止める術の思いつかないヘンリーは一か八か、殆ど本能的に叫んでいた。
「あ‥‥安心しろ、綾河っ! お、俺はお前しか見えてねぇよ! だから‥‥だから、俺の心を信じろ!!」
緊急事態でなければ懲戒免職ものの発言である。ぴたりと止まった零音は、まじまじと赤毛の教官の整った顔を見つめた。
「ほ、本当‥‥?」
「本当、本当。マジマジ!」
「わ‥‥わーいっ! せんせぇーっ!」
飛び上がった零音はそのままヘンリーに抱きついた。暴れる一人の少女を味方に引き込んだヘンリーはほっと胸を撫で下ろしたが、そうは問屋が降ろさなかった。
「ヘンリー先公の裏切り者おおおぉぉぉーー!!!」
復活したガルがヘンリーにドロップキックをかましたのである。哀れ教官は「ぐぇ」と変な声を出して仰向けにぶっ倒れた。
「よくやったぞガルくん! それでこそしっと団だ!」
ヘンリーのノックアウトに白虎が歓声を上げる。もう本当に、リア充(っぽい人)を粛清できれば何でも良いのか、しっと団よ。
「むっきー!! 俺もこんな美人でボインなお姉さんと付き合いてぇーー!!」
しかし、やけくそになったガルの暴走は止まらない。続いて近くにいた大尉の元へ泣きながら走っていった。
一方、その大尉の傍ではネオ・グランデ(
gc2626)が挨拶を済ませてさっさと小型ロボットの対処に勤しんでいた。
「上級転職も済んだことだしな‥‥近接格闘師、ネオ・グランデ、推して参る」
元々戦闘力など皆無に等しい小型ロボットである。面白いように壊れていった。
そこに、格好の獲物であるガルが飛び込んできたのである。これは利用しないで何とするか、と咄嗟に思ったネオはそれとなく――ロボットの攻撃を躱す手伝いをしてやるくらいのつもりで、彼の背中を軽く押した。
「危ないぞ」
「へ‥‥?」
間抜けた声を上げたガルは大尉の豊満な胸に突っ込んだ。その時には、ネオは既に絶対安全圏まで退避していたのである。鮮やかな逃走術であった。
取り残されたガルは大尉の両胸を鷲掴みにしていた。非番だったためか、締め付けていない大尉の胸は思った以上に豊かでふんわりとしていた。
「おお、や‥‥やわらk‥‥ハッ!」
ただならぬ気配を察知して、ガルは慌てて手を引っ込めた。
「ちちちち違うんだ!! これれは手が勝手に‥‥」
「ほう?」
ギラリと鋭い眼光を向けられたガルは冷や汗をだらだら流しながら竜の翼で咄嗟に距離を取った。これは非常に正しい判断だったのだが、ぶっちゃけると彼の寿命が十数分伸びたに過ぎないことを、彼はこの後身を持って知ることになるのであった。
「大尉! この小型機を鹵獲したい。適当に四肢を潰して行動不能にしてくれ。なに、後で逆さ吊りにでもして見せしめにするつもりだ」
逃げたガルの背中を見て溜息をつく大尉に、グラウンドに合流したヘイルが声をかけた。しかし、大尉の服装を見たヘイルは途端に視線を外して、ものすごく言いづらそうに口を開いたものである。
「それと、貴女も妙齢の女性であるからして‥‥その、なんだ。刺激的な格好のまま剣を振るうのは如何なものかと思うのだが」
「‥‥ああ。そう、だな」
言われて初めて服装を正した大尉である。意外と天然と言うか、抜けている人だ。
見るに見かねたネロ・ドゥーエ(
gc5303)が大尉の元へ駆けつけたのはそんな時である。
「や、元気そうで何より。‥‥お邪魔だったかな?」
「いや、人手が足りないくらいだ。このふざけた状況を収束させねばならんからな」
「なら、援護しよう‥‥准将殿には恩があるしね」
「ああ、そうしてくれると助かる。准将も喜ばれることだろう」
第一の脅威が去ったとは言え、まだ油断はできない。
その証拠に、まだしっと団総帥が残っているのである。
「ぐぬぬ‥‥ガルくんがやられても、まだこの『桃色を打ち砕く真紅の殴打武器』がある! 喰らえー!」
ただのピコハンを振り回して白虎は一直線にこちらへ向かってきた。その狙いは勿論、ヘンリーである。
「赤毛を粛清にゃああああああああっ!」
「ヘンリー先生! 危ないっ!」
しばらくヘンリーにくっついていた零音が総帥の突撃を察知して彼を脇へ押し飛ばす。方向転換の間に合わない白虎は、そのままシャルロットの方へと走る羽目になった。
つまるところ、援護するネロに攻撃をしかける形になったのである。勿論、ヘンリーの傍には零音の他にレインウォーカーもいて、総帥をぶっ飛ばす機会を淡々と狙っていた。
一瞬で覚醒したネロは大剣を力いっぱい振り抜き、にやっと笑ったレインウォーカーが夜刀神を振り下ろした。
「さぁ‥‥沈めぇ!」
「いっぺん‥‥死んでこおぉぉぉい!!」
「ちょ、ま‥‥にゃああああああああああああっ!!」
しっと団総帥は、まず一回、お星様になった。
●
「オレを呼んだな!」
誰も呼んでいないが、自分なりに格好良く参上した カイト(
gc2342)は腕組みを解いて周りの様子を見つめた。
何とも表現しがたい状況である。だがそれが良い、そこが良い。
手始めに、カイトは魔将に向かって攻性操作をかけてみた。
「お前もロボットだというのなら格好いいポーズぐらいとってみろ」
ボディビルダーのようなポーズになった魔将である。思わず近くにいた傭兵達が盛大に噴きだした。
だが、カイトの納得するものではなかったらしい。
「なんだできないのか、つまんね。‥‥じゃあ爆発しろ! リア充じゃなくてお前が!!」
完全に逆切れしたカイトである。しかし、彼が攻性操作をしている間も混沌はその深さを増し、リア充はその濃度を増していくのである。
「ナイスカオス♪ まるでアニメか特撮みたいな状況だね〜♪」
AU−KVにまたがって疾走するララ・フォン・ランケ(
gc4166)はブブゼラを盛大に吹き鳴らした。予定通り、赤毛の教官やその他の赤毛の人々をピコハンで殴っていくお仕事も忘れない。
良い感じに中二病の空気――そもそも飛沫感染なのか謎だが――が充満してきている。さながら絶妙な具合に発酵が進んだチーズというところか。報告官はレアチーズが食べたい。
そんなことはさておき、相変わらず船木くんとは無関係な行動に出る人々もいた。いや、一応関係はあるのだが、単に船木くんが空気になっているだけである。
「大尉さん! あそこの赤髪の人が大尉の胸を凝視してます!」
「何! どの赤髪だ!」
逃げまわるガルを指さしたティナ・アブソリュート(
gc4189)に大尉は怒髪天を衝く表情になった。あれやこれやと流れに乗じて胸を触られ、凝視され、うら若くないかもしれないが妙齢の大尉は色々と精神的ダメージを食らっていた。
「お、俺はなんもしてn――」
「問答無用だ! 那由他の果てに還るが良い!」
「ぎゃあああああ!!」
何人かその場にいた傭兵を巻き込んで両断剣・絶を放った大尉である。その威力を見ていたティナは、近くで待機していたイレイズ・バークライド(
gc4038) に親指を立ててみせた。
作戦は第二段階へ移行する。
「そっちの赤髪ではないです! あっちのです!」
「‥‥俺かぁ?」
続いてティナが指さしたのは本命であるレインウォーカーである。偶然大尉の近くにいた彼は突拍子のないティナの声に僅かに目を丸くした。
「お前‥‥またお仕置きされたいのかぁ?」
「ふ、ふふ‥‥イレイズさん! 今ですよ!」
ぴくり、とレインウォーカーの眉が動いたが、防御が間に合わなかった。煙草で買収されてしまったイレイズがティナの合図を受けて、背後から赤毛の道化を強襲したのだ。四肢を槍で叩き動けなくした上で、再度脚を払う。
「お、おま――‥‥」
当然、バランスを崩したレインウォーカーは前のめりに倒れた‥‥そう、目の前にいる大尉の胸の谷間に顔を突っ込んで。
まずいと思って顔を上げたレインウォーカーには、完全に青筋の浮いた大尉の笑顔が並のバグアより恐ろしかった。
「良い度胸だ。最近腕がなまっていてな‥‥」
「待て‥‥待て。ボクは悪くな――」
「問答無用だと言っている!!」
「ぎゃあああああああああ!!」
「にゃあああああああああああっ!!」
再び大尉の両断剣・絶が炸裂した。またもや周りにいた哀れな男性諸氏――うまい具合に女性は避けているのが不思議である――がまとめて吹っ飛んだ。戻ってきたばかりのしっと団総帥も何故かまたぶっ飛ばされる。
しかし大尉、貴女そんなに両断剣・絶を連発して練力は大丈夫か。大丈夫じゃないだろうが、細かいことはこの際放っておこう。
さて、吹き飛んだ面々だが全員が致命傷を負ったわけではなかった。
「‥‥テ、ティナァ‥‥!」
かろうじて生き延びたレインウォーカーはよろよろと立ち上がってティナを見たが、その目は笑っていない。
「ち、違いますよ! やったのはイレイズさ‥‥」
「許せ、ティナ」
思わず後ずさりしたティナの肩に手を置いて不自然な笑みを浮かべたイレイズは、間髪入れずに彼女の脚を払った。すてんと尻餅をついた後に全力でその場から逃亡する。
残されたティナの前に仁王立ちになったレインウォーカーは、腕を鳴らしながら息を一度吐いた。
「ティナァ。前回といい今回といい、お前はボクに恨みでもあるのかぁ?」
「‥‥す、すいません。だ、だってヘンリー先生がやれって言うから‥‥!」
「お‥‥俺のせいかよおおおお!?」
巻き添えでタコ殴りにあっていたヘンリーの断末魔の悲鳴と、ティナの悲鳴と、レインウォーカーの怒声がグラウンドで響きあった。
●
毎度毎度リア充の充実っぷりを見せられたら流石に船木くんも慣れないかと思うのだが、なかなか人生上手くいかないようである。
「ん?天ちゃん、寝癖ついてるよ? ちょっと見せてみなさいっ」
何気なく愛しい弟に近寄ったLetia Bar(
ga6313)は彼の細い髪に手櫛を入れた。
「綺麗な髪だよね〜♪サラサラ〜っ」
「ね、姉さん‥‥くすぐったいよ‥‥」
傘で小型ロボットを叩き落とした張 天莉(
gc3344)は頬を赤く染めながらLetiaの顔を見つめた。いやだ、この子可愛いっ、とたまらず彼女は彼を抱きしめる。
「ねねね姉さんっ」
一気に顔が赤くなった天莉だが、Letiaに飛びかかってくる小型ロボットを見つけるやいなやすぐさま払いのけた。
それでも、数が多ければ彼一人では処理しきれない。とうとうLetiaに飛びついたロボットは、いそいそと彼女の上着を剥がしにかかった。
「しまっ‥‥やっ、だめぇぇぇっ!」
「ね、姉さんに手を出すなっ」
林檎のように赤くなった顔で必死にロボットをひっペがした天莉である。僅かに目を逸らしながら、姉の服装をきちんと戻した。
助けられたLetiaはものすごく嬉しそうに微笑んだ。
「‥‥やっぱり天ちゃんは私が出会うべくして出会った運命の王子様だったのね‥‥時の女神に引き裂かれた運命の姉弟が、今こうして一緒にいる。そう、これはまさに奇跡‥‥」
もう何が何だか状態の天莉であるが、そこへひっペがされたロボットが報復に出た。今度は彼に飛びついて。容赦なく服を剥ぎ取ったのである。
「うわあああああっ」
乙女のような高い悲鳴を上げた天莉は今度こそ湯気が出るほど赤くなった。
しかし、器量良し、面倒見良しの姉は全く動じず、逆におもむろにアリスの衣装を差し出して満面の笑みで言ったものだ。
「さぁ、姉さんとちょっと着替えて来ようかぁ♪うふふふふ‥‥」
「こ、これは‥‥うぅ、でも、姉さんのためなら‥‥」
意を決したように、天莉はLetiaと体を密着させながらいそいそと衣装に着替え始めた。
そんな彼の姿を見ていると、その内「姉さんのためなら‥‥」で自分から脱いでしまわないか、報告官は天莉くんの未来が心配になりました。
「行くぞ! ラサ嬢っ、お困りの女性の為に!」
威勢よくグラウンドに駆けこんできたのはエイミー・H・メイヤー(
gb5994) である。既にしっかりとラサ・ジェネシス(
gc2273)と指を絡めている辺り、ぬかりは無い。
「胸騒ぎがスル‥‥お姉様気をつけテ」
頭痛に顔を顰めているラサは苦しそうに言った。彼女曰く、魔将と共振してしまっているらしい。このままではダークサイドに堕ちること必至である。
颯爽と登場した二人はまず、小型ロボットの処理に着手した。
「今の我輩はオリムをも凌ぐ存在ダ」
魔剣を振るうラサはばっさばっさとロボットおを斬り飛ばしていく。決死の攻撃でやや服装は乱れ始めているが、彼女は一向に気にしていないようだ。
「おのれ、女性の敵めっ、死ねぇ」
一方のエイミーも両手に刀を持ち、ひたすら小型ロボットを成敗している。並の男よりも勇ましい姿に、避難途中の女子生徒が何名か一目惚れしたとかしなかったとか。
そして、服を剥かれた女子生徒に優しく上着をかけてやるところまで男らしい。
「大丈夫ですかレディ、コレを‥‥不埒者は成敗するから隠れていてください」
ポッと赤くなった女子生徒にりりしい笑顔を向けたエイミーは格好良すぎて直視できない。女が惚れる女とは、まさにこんな人なのだろう。
だが、そのエイミーの近くでラサが突然顔を押さえて蹲ったのである。
「どうした、ラサ嬢!!」
「ヤメロ‥‥出て来るナ‥‥もう一人の我輩(ラサルヤ)‥‥!」
別の人格が魔将の影響により表に出ようとしているのだ。必死に別人格を抑えこもうとするラサは無意識にエイミーにしがみついていた。
「お、お姉様にコレを見られるわけには行かナイ」
「ラサ嬢‥‥馬鹿だな、どんなラサ嬢でも、私は決して見捨てたりはしない。ラサ嬢の全てを、あたしは‥‥」
腕の中にラサを収めたエイミーは彼女の手を握り、その苦しみに歪んだ顔を覗き込んで微笑みかけた。
刹那、ラサの顔が大きく苦痛に歪む。
「うう‥‥っ、ヤ、ヤメロ、我輩にインフィニットブレイヴ(夢幻ノ蛮勇)を使わせるな‥‥!」
「ラサ嬢っ!」
何であろうか、この空間。
最早誰にも止められないノンストップラブアクションと化している二人だけの空間を凝視しなければならない魔将は、先程からかなりぷるぷる震えていた。
どうやら、百合百合しい桃色と中二すぎる発言に、魔将の思考回路がショート寸前のようであった。
ギリギリギリ‥‥と船木くんの歯ぎしりの代わりに魔将は不穏な音を立てて辺りを威嚇しているが、そんなものリア充の前では屁でもなかった。
大分弱ってきた魔将の元へ次に駆けつけたのは、諌山詠(
gb7651)と 諌山美雲(
gb5758)夫妻である。最近子どもが生まれたが、子持ちとは思えない若々しいカップルだ。
「船木さん! リア充というのは、リア充になろうとした時点で失格なんですよ!」
美雲が果敢に説得を試みるが、リア充というより人間としての矜持をどこかに投げ捨ててしまったかのような船木くんに通じるはずもない。いや、そもそも彼はこの発言を聞いているのだろうか。
だが、美雲は更に恥ずかしそうに言葉を重ねた。
「ふ、船木さんは、私達に勝てない! わ、わわ、私達には、仲間が居r‥‥って、詠さん! さっきから私ばっかり言ってるじゃない! 詠さんも一緒にやってくれるって言ったじゃん!!」
「あはは、済みません。 うん、でも矢張り照れている美雲さんも可愛らしいですね、と」
さらっとそんなことを言った詠は美雲の頭を優しく撫でて微笑んだ。
「えへへ♪ 私は、詠さんの愛を吸う事とで綺麗に咲き誇れる一輪の花なんだよ」
愛する旦那に褒められて美雲も嬉しそうに微笑み返す。何だこの空気‥‥何だこの桃色空間。
今にも公衆の面前でいちゃつきそうな二人ではあったが、流石は空気を読まない魔将の手下――小型ロボットが詠めがけて飛んできたのである。
「はっ。詠さん、危ないっ!!」
夫を守るのは妻の務め。そう察した美雲が詠をかばうように前に立つ。彼女の脇をかすめていった小型ロボットだが、ちゃっかり彼女のスカートを盛大にめくって行った。チェック柄の下着がひらりと見える。
「‥‥それ以上はやらせる訳にはいきませんよ、と」
一瞬で声の調子が冷たくなった詠は、Uターンして突撃してきた小型ロボットを長刀で一刀両断に斬り伏せた。真っ二つになったロボットはグラウンドに墜ちてぴくぴくと痙攣しているように見える。
そうして再び甘い蜜の時間を過ごそうとしていた諫山夫婦だったが、まだまだ空気を読まない連中はいた。
「リア充は粛清にゃあああああああああ!!」
白虎の掛け声と共にしっと団が夫婦の元へ走ってくるのが見える。
二人で武器を構えた詠と美雲はお互いに顔を見合わせて、そして頷きあった。
「手加減しなくて良いんですよね、と」
「勿論です、詠さん。それに、赤い髪の人には、容赦しなくて良いんでしたっけ?」
「ちょ‥‥俺だけかよおおおおおおおおっ!!」
泣き叫びながら突撃してくるガルはちょっと違う方向の男気に溢れていた‥‥ような気がする。
かくして、ラブラブ夫婦に特攻をかましたしっと団はものの見事に――何故か赤毛のガルだけは念入りに――返り討ちにあったのであった。
だがこのしっと団‥‥後何回倒せば戦闘不能になるのだろうか。
●
「またですか、しょうが有りませんね」
グラウンドの惨状に溜息をついた ユーリー・ミリオン(
gc6691)は、たまたま持っていた武器でこちらへ来た小型ロボットを叩き落とした。楽器の練習の邪魔にならない範囲でなら、手伝ってやっても良いだろう。
そのグラウンドの中央部分では、まだまだ傭兵達が死力(?)を尽くして戦っていた。
「何を感じて中二病に反応しているのか分からないが、こんなことをしても君の気が晴れることはないんだぞ?」
聞こえているかは分からないが、魔将に向かって神棟星嵐(
gc1022) は言った。毎度毎度同じようなことを説教している気がするが、言葉では分からないのは薄々感づいてはいる。
なので、今回は実力行使に出ることにした。
「何事も 逃 げ る 人とは違うことを見せましょう」
やたら『逃げる』を強調した星嵐は、機械刀を振るい、小型ロボットを蹴散らしながら魔将へ突進した。
「時には、漢たる者己の感情を犠牲にしなければいけないんだ!」
リア充になれなくたって、我慢しなくちゃいけないんだ! と言わんばかりに星嵐は刀を振るう。魔将のパーツが何個か吹き飛んだ。
「駄目じゃない! やるんだよぉ!」
むしろ星嵐の方が必死である。
何個目かの小型ロボットを吹き飛ばした時だ、別方向からの爆発で体勢を崩された大尉が星嵐によりかかってきたのである。意識したわけではないが、彼の腕が大尉の胸の谷間に吸い込まれる。
「――っ!?」
「い、いやっ、自分は‥‥!」
決してわざとではない、とジェスチャーで示す星嵐に大尉は何も言わずに頷いて体勢を立てなおした。実のところ、この騒動の中で無傷のまま彼女の胸に触れたのは星嵐だけである。素晴らしい役得であった。
別方向からは、ララ達が魔将に立ち向かっていた。
「恥ずかしいセリフ? むー‥‥『お前が弱かったのではない、私が強すぎたのだ』とか?」
魔将がぴくりと反応する。ちょっとした台詞でも反応するくらいには弱っているようだ。
「よーし! どんどんいくよー!」
機械剣を握るララは周辺に湧く小型ロボットの群れを一気に薙飛ばしていった。
「闇夜を駆け抜く一陣の風、怪盗KJA見参!」
仮面を被ったクラフト・J・アルビス(
gc7360) が清々しいまでに派手に登場した。
「えーと‥‥リア充だって毎日頑張ってるんだぜ? 温かい目で見てあげなよ。っていうか見てください、マジで」
とりあえずリア充宣言をすることは忘れない。幸か不幸か、しっと団の面々は壊滅寸前なので即座に襲ってくることはなさそうだ。そうとなれば魔将に挑むほかあるまい。
「地獄の炎で焼かれるがいい!」
魔将へウォッカとランタンを投げつけたクラフトである。当然、引火してグラウンドの一部が火の海と化す。炎の中でゆらゆらうごめく魔将の姿は、何だかどこかのアニメ映画にありそうな光景だった。ビームを出しても不思議ではないレベルである。
だが、燃え盛る炎の中でも傭兵達は恐れたりしない。
「お終いにしようぜ! 閃け、鮮烈なる刃! 無辺の闇を鋭く切り裂き、仇為すモノを微塵に砕く! 決まった! 漸毅狼影陣!」
ソードに持ち替えたネオが魔将に総攻撃をしかけた。中二病全開の台詞を吐きながらの攻撃は何故か攻撃力が増すような気がする。要するにテンションが上がる。
「我が灼火の槍‥‥、受けきれるものなら、受けてみろ!」
続いて新もスパークを発生させたまま、猛火の赤龍を発動させて魔将に突っ込んだ。唸りを上げた新の槍が魔将の四肢を突き抜ける。
「遮る盾は巌の如く! 和泉 恭也、いざ参ります!」
なんだかんだ言ってノリノリの恭也も魔将を援護しようとする小型ロボットを制圧射撃で端から落としていく。これで小型ロボットは無くなったのか、空っぽになった魔将の虚しい機械音だけが響いていた。
そして、とどめと言わんばかりに宵藍が叫んだのである。
「魔将ロボテスタ、いくぞ! 貴様の居場所はこの地上にはない――蒼聖龍牙炎撃!!」
迅雷で突っ込んだ宵藍は、そのまま流し斬りから豪破斬撃の連続技を魔将にぶつけた。さながら、ラスボスに挑む中二病をこじらせた勇者のようであった。
『ギ‥‥ガガ‥‥チュウニ、ハ、ミナ、バクハツ‥‥リアジュ、シメツ‥‥』
不穏な言葉を発して、魔将がけたたましいアラームを鳴らし始めた。
その瞬間、沈黙していたしっと団総帥の目がキラリと光ったのである。
「今だ! 皆、赤毛とリア充を自爆にまきこめえええええええっ!!」
卑怯だ、卑怯だしっと団。
だが、総帥の命令を忠実に実行したしっと団メンバーによって何故かヘンリーだけが爆発の中心へ放り込まれたのだ。
「ちょ‥‥おいいいいいっ、こんなのってありかあああっ!!」
流石に悲鳴を上げたヘンリーの声をかき消すように、アラーム音が一際大きくなった。
こんなところで死ねるかと彼が総帥の腕を掴むのと、アラーム音がぴたりと止むのが同時だった。
「へ‥‥? ちょ‥‥‥‥」
総帥が間の抜けた声を出した、刹那――‥‥、
「にゃあああああああああああああああああっ!!!」
お約束通り、総帥は本日二度目のお星様になった。
そうして、グラウンドに巨大な穴が開くほどの大爆発が起こったのであった。
後日、グラウンドの穴は修復されたが船木龍太郎のカンパネラ学園退学が決定した。
とはいえ、それは表向きの処分であって、実際の所、彼はグリーンランドのゴッドホープにある分校に転入することになったのである。
その船木龍太郎君に、グリーンランドで完成したばかりの研究所から見習いとして入らないかという話が舞い込んでくるのはまた別の話である。
これはカンパネラ学園が宇宙要塞として浮上する数日前の出来事であった――。
了