タイトル:【J】愛の挨拶マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/27 06:45

●オープニング本文


 ある国では、愛の言葉を「月が綺麗ですね」と表現した者がいるらしい。
 別の者は「死んでも良い」と――。
 
 陳腐な事を言いたくはない。けれど、気取った言葉も似合わない。
 自分の言葉で。
 
 この想いを伝えるのに、どんな言葉を用意すれば良いのだろう‥‥?
 


 時間が無為に過ぎていたように思える。
 病院のベッドで目を覚ましたジャック・ゴルディ(gz0333)が最初に見たものは、椅子に座ったまま傍らに突っ伏して眠る妻の姿だった。
 起き上がると胸が痛む。その痛みが、数カ月前の事を思い出させてくれた。
 妻の実家は無事だったのだろう。そうでなければ、こうも落ち着いて見舞ってくれたりはしていまい。妻の無事に安堵し、また心配をかけたことを悔やんだジャックである。

「‥‥すまなかった」

 そう呟いて、妻の髪を撫でる。

「目を覚ましたのか。無事で何よりだ」

 花篭を片手に、シャルロット・エーリク(gz0447)が病室に入ってきたのはそんな時だった。視線を移せば、棚に綺麗に飾られた花がある。ずっと見舞いに来てくれていたのだろう。
 眠るフリージアに上着をかけたシャルロットはジャックの額を叩いた。ぼすん、とやや筋力の落ちた体がシーツに沈む。

「ヘンリーも心配していた。死んだら一生ナンパを辞めるとまで言っていた」
「それは‥‥あいつを健全な道に戻す機会を、失ってしまったようだな」
「それだけ冗談が言えれば上等だな。さて‥‥」

 別の椅子を引っ張り出したシャルロットに、ジャックは意外そうな目を向けた。超多忙を極める彼女のことだ、見舞うだけ見舞ったらさっさと帰ると思っていたのだ。

「仕事は良いのか?」
「非番だ。それよりも、ジャック。お前、能力者の適性があるそうだな」

 相変わらず、まともに休ませてくれない人である。
 苦笑したジャックは毛布の上で指を組んだ。無機質な天井に答えがあるわけではないが、何となくそこを見上げてみる。

「手術を受けろ、と言うつもりか?」
「いや、そんなことはどうでも良い。ただ、あるそうだな、と言っただけだ」
「なんだ。ただの世間話だったのか?」
「‥‥何だと思っていた?」

 ぷ、と思わず笑みが漏れたジャックである。胸の傷が痛かったが、あまりにも真顔で彼女が言うものだから堪えきれなかった。
 何故笑うと怒るシャルロットを置いて、ひとしきり笑ったジャックの視界の端で、フリージアが身動ぎした。

「あ‥‥ジャック、さん。目を、覚まされたんですね。良かった‥‥」
「心配をかけたな。すまなかった」
「いえ、そんな‥‥」

 頭を撫でられたフリージアが赤くなって俯いた。他人の前でされるのは慣れていないらしい。
 その様子を見ていたシャルロットは肩を竦めて立ち上がる。そろそろ夫婦水入らずの時間にさせてやるべきだと判断したのだ。居た堪れなくなった、とも言える。

「私はそろそろ失礼しよう。ジャック、あまり奥方を泣かせるな」
「む‥‥すまん」
「それから、奥方。ジャックの退院が決まれば教えて頂きたい。ご夫婦と貴女のご両親を招待したい場所がある」
「‥‥は、はい」

 きょとんとするフリージアを一瞥して、シャルロットはさっとコートを翻してその場を後にした。



 ジャックが眠っている間、グリーンランドの状況は大きく変化していた。
 かねてより計画が進んでいた鉄道がいよいよ正式に稼動しようとしていることを教えられた彼は、改めて自身が無為に失った時間の長さを実感したものである。
 流石は軍人――そしてエミタの適性がある人間というべきか、目覚めたジャックは驚異的な回復ぶりをみせた。医者ですら驚き、一ヶ月と経たず、あっという間に退院許可が降りた。
 再び病室にシャルロットが現れたのは、彼らがせっせと退院準備をしていた頃だ。今回は仕事の途中で抜けてきたのであろう、軍服のままである。

「まずは、退院おめでとう、ジャック。奥方も、おめでとうございます」
「ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げたフリージアに一礼して、シャルロットはジャックの方に向き直った。

「グリーンランドに鉄道が敷かれたのはお前も知っているな?」
「ああ」
「その試運転を明後日行うことになった。奥方の実家は、この鉄道計画に幾らかの資金援助を賜ったため、是非同席して欲しいと少将が仰っている」
「少将‥‥? ああ、マクスウェル准将か」
「元准将、だ。ご出世なされた。私とヘンリーからの回復祝いは後にするとして、久しぶりに外の空気を吸うのも良いだろう。夫婦の時間を満喫する手伝いを、な」

 含みのある言い方に首を傾げたジャックである。それとなく空気を察したフリージアが、もう一度シャルロットに軽く頭を下げ、早足で病室を後にした。

「‥‥ジャック。お前、奥方のご両親と喧嘩中だそうだな。この機会にきちんと話してこい」
「どこからその話を聞いてきたんだ、シャル‥‥」
「鈍いな。奥方と私が、お前の寝ている間に友人関係を築かなかったとでも思うのか?」

 参った、とジャックは顔を手で覆った。
 そんな彼に、シャルロットはどこまでも容赦がなかった。
 踵を鳴らして彼に近づいた彼女は、ものすごく楽しそうに言ったのである。

「それから、まだ奥方にちゃんと愛を告げていないそうだな。十年以上も連れ添っていて、お前は何をしていた」
「ぐ‥‥そ、そんなことまで聞いたのか」
「女性同士の会話を侮るな。情報網としては軍部のそれを上回ることもあるからな、俗世間の話題限定でだが」
「お前がその性格で女性と和やかに女子トークが出来ると知ったら、ヘンリーは発狂するな」
「心配するな、遙か昔に発狂済みだ」

 そのヘンリーは、しばらく忙しいらしく試運転には同席できないらしい。シャルロットは少将の名代として、形だけの参加ということのようだ。

「お膳立てはしてやる。ついでに男らしいところを見せてやれ」
「‥‥着実に少将に染まっているな、シャル‥‥」
「何か言ったか?」
「いや‥‥」

 げんなりしたジャックだったが、友の申し出は願ってもないチャンスだ。
 これを機に、きちんとしておくべきだろう。

「仕方ないな‥‥少し、頑張ってみるか」

 三十路前の男は、ようやく自分の意思を持った。

●参加者一覧

弓亜 石榴(ga0468
19歳・♀・GP
リリナ(gc2236
15歳・♀・HA
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
音桐 奏(gc6293
26歳・♂・JG

●リプレイ本文

 一面白銀の大地を、新たな列車が走る。
 きっとこれからも、様々な想いを乗せて――。



「ジャックさんどーも初めまして! 駆け出し傭兵の弓亜石榴でっす、よろしくネ」
「ああ。初めまして。よろしく頼む」
「ムフフ‥‥実はニアミスしてて‥‥やっ、何でもないです!」

 明るく言った弓亜 石榴(ga0468)は意味ありげな笑みをジャックに向けた。実はこの試運転の事や夫妻の事を色々と聞き出して学園新聞に売り込もうなど、そんなことは決して考えていない。
 
「フリージアさんも初めまして♪」
「わ‥‥よろしく、お願い致します」

 礼儀正しく膝を軽く折ったフリージアに柘榴は抱きついた。夫の目の前で遠慮なく抱きしめたり擦り寄ったりしている。
 
「それはそうと、ジャックさん。何か知らないけど、義父さんに重大な事を告白するんだよね?」
「あ、ああ‥‥」

 面食らったジャックに柘榴は続ける。
 
「でも言い難いのは、きっと自分の中に言わなきゃいけない理由が足りないんだよ」
「‥‥」
「だから、私から理由を増やすお手伝い! 義父さんにちゃんと告白できたら、素敵なプレゼントをしてあげる♪」
「プレゼント‥‥?」
「そう、プレゼント!」

 にっこり笑った柘榴のプレゼントの中身をジャックは知る由もない。
 歳下の少女にまで気を遣わせてしまった、と解釈したジャックは己を恥じると共に、柘榴に丁寧に礼を言った。

「そろそろ列車も動き出すだろう。皆、中に乗ってくれ」

 まだ外に残っている人々にジャックが声をかけて、車内で参加人数を確かめる。二、三分説明があって、列車が動くと同時に自由行動となった。
 列車は試運転ということもあり、幾分慎重に動き出したようだが、次第にその速度を上げていった。
 
「色々と旅をしてきましたけどやっぱりいつもの場所が一番いいですね‥‥」

 この試運転が終わればLHへ帰還するつもりのリリナ(gc2236)は、窓の外から見えるグリーンランドの景色を見て呟いた。LHには、とても大切な人を待たせている。その人への、土産話になれば良いと思う。

「彼は、元気でしょうか‥‥」
「おや‥‥お久しぶりです、リリナさん」

 ぼんやりとしていたリリナに声をかけたのは音桐 奏(gc6293)だった。上下を黒で統一したスーツ姿の青年は、少女に穏やかな笑みを見せる。知り合いとの再会に、彼女の表情もぱっと明るくなった。

「お久しぶりです。こんな所で会うなんて‥‥」
「良い偶然です。それと、『彼』の事ですが」

『彼』――リリナの大切な想い人だ。
 旅を続けている間も、ずっと気がかりだった。飄々としているけれど、真っ直ぐで優しい人。
 続きを待つような表情のリリナに奏は微笑んだまま頷いた。

「何度も死にかけたりしましたが彼は元気ですよ。ずっと貴方の事を待ち続けています。それに色々頑張ったりしてますよ」
「‥‥良かった、です。本当に、良かったです」

 待っていてくれたことが、元気に過ごしているということが、リリナには何よりも嬉しかった事だろう。
 言葉を噛み締めるように頷いた彼女に、奏では続けて尋ねる。
 
「この試運転が終われば、LHに?」
「はい。最後なので、楽しもうと思います」
「でしたら、この先の車両に遊戯室がありましたよ。宜しければどうですか?」
「‥‥はいっ」

 二人が会話を弾ませながら遊戯室に向かうと、そこには和泉 恭也(gc3978)がダーツを楽しんでいた。他の軍服を来た男性達ともにこやかに話している。
 
「おや。こんにちは」

 ニコッと笑った少年にリリナと奏も挨拶を返す。
 恭也は今回の参加者の中で、唯一ジャックの悩みについて知っている人物だった。乗車前にジャックと親しげに話していたのを見ていたリリナは、恐る恐る彼に尋ねてみる。

「あの‥‥恭也さんは、ジャックさんの事をご存知ですか?」
「ええ。それなりには知っているつもりですね」
「良ろしければ、その‥‥お義父さんとの関係とか、教えてくれませんか? 私達、何も知らないので‥‥」
「ええ。勿論。事情を知っている人が多いに越したことはありませんからね」

 快諾した恭也はリリナと奏に現状までの事情を掻い摘んで説明した。
 ジャックの義父が能力者を忌み嫌っている事、そのジャックは能力者になれる可能性があること、彼とその妻の事――かなりはしょって説明したが、二人はそれなりに要点は理解したようだった。
 話が一段落した時である。

「‥‥お前たち、こんな所にいたのか」

 ものすごくやつれた顔のジャックが遊戯室に逃げるように入ってきた。どうやら、既に義父と一悶着あったようだ。
 実の所、疲れたジャックが遊戯室に避難するであろうと予測していた――彼らが話込んでいる食堂車は遊戯室の向こうなのだ――恭也だったが、さも偶然と言うようにジャックに笑顔を見せた。

「おや。お久しぶりです。こちらにいらっしゃると言うことはもう大丈夫なのですか?」
「ああ‥‥体の方は、もう大丈夫だ」
「ジャックさん、初めまして。リリナと言います」
「同じく初めまして、音桐 奏です」
「ああ。初めまして‥‥一人足りないようだが、見かけなかったか?」

 辺りを見回したジャックに、リリナと奏はつられて周りを見る。確かに参加した傭兵は四名のはずだが、ここには自分達三人しかいない。
 食堂車の方ではないですか、と奏が言いかけた時だった。食堂車側の扉が勢い良く開き、柘榴が満面の笑みで登場したのである。彼女の後ろにはフリージアがしずしずと控えている。

「ジャックさんについてはフリージアさんから色々と話は聞かせて貰いました! 何でも奥さんに「愛してるよハニー」って囁きながら(ぴー)して(ぱおーん)する予定だとか!」
「んなっ!?」
「ええ‥‥っ?」
「なんと、これは‥‥」
「見かけによらず、大胆ですね‥‥」

 柘榴の爆弾発言にジャックは固まり、リリナは赤面し、恭也は目を丸くし、奏では落ち着いて言った。柘榴の後ろにいたフリージアはあまり意味が分かっていないようだ。
 大いに焦ったジャックが声を大きくして言った。

「いや、ちょっと待て! そんなことは一言も‥‥!」
「‥‥ってヘンリーさんが言ってた」
「‥‥っ、あの馬鹿‥‥!」

 同僚を激しく憎悪したジャックだったが、完全に濡れ衣である。よしんば、本気でジャックが妻を(ぴー)して(ぱおーん)しようと、夫婦なのだから特に問題はないはずなのだが。
 だが、問題はそこではなくて、この一連のやり取りをジャックの義父がしっかり聞いてしまった事であった。

「‥‥ジャック。こちらに来なさい」
「いえ、お義父さんっ。今のは違――」
「良いから、来たまえ」

 義父の落ち着いた声にジャックは何も返せなかった。疲れた顔のまま、義父の後を追って食堂車へ戻っていく。
 残された四人とフリージアはしばし無言だったが、恭也がはっとして言った。
 
「このままではジャック先生がまた押されてしまいますね。説得の手伝いが出来れば良いのですが‥‥」
「私も手伝いましょうか。少し心配ですしね」

 同意した奏は柘榴とリリナの方を見た。二人はどうするのか、と目で尋ねている。

「私は、フリージアさんと少しお話がしたいです。フリージアさんさえ良ければ、ですけれど」
「私も奥さんと話してようかな。聞きたいこともあるしねっ」
「では、向こうは私達が引き受けましょう」

 遊戯室に残る柘榴とリリナに言って、奏は恭也を伴い食堂車へ足を向けた。扉の小窓からは、既に盛大に怒られているのであろう、広い背中が小さくなっているジャックが見える。

「皆さん。厚かましいお願いではありますが、主人を、よろしくお願いしますね」

 脇を通り過ぎる恭也と奏にフリージアは深く頭を下げた。



 食堂車に二人が現れると、ジャックの義父は片眉を釣り上げた。身内の恥を晒したくないのか、発しかけていた言葉を呑み込む。
 その義父が改めて何か言う前に奏が動いた。丁寧に腰を折って彼に挨拶をする。
 
「この列車に乗られているという事は、鉄道計画の関係者の方ですか? ああ、申し遅れました。私は傭兵の音桐 奏と申します。以後お見知りおきを」
「う、うむ‥‥」
「初めまして、先生にはいつも学園でお世話になっております」
「‥‥二人共、能力者かね」
「もしや、能力者がお嫌いですか? よければ理由をお聞きしたいのですが」
「何?」
「初対面の方に対して失礼でしたね、申し訳ありません。昔からどうにも好奇心と知識欲を抑えられないもので。能力者になっても変わらない事のひとつです」

 義父は露骨に嫌そうな顔になり、奏の問いかけに表情を更に険しくした。
 無理もない。彼の子どもたちは能力者と結婚し、そして生き別れたのだから。
 戦場で散った者の遺体が届けられることは少ない。空の棺桶に縋り付いて泣く子どもたちを、彼は二度も見たのである。
 末のフリージアにまで、同じ思いはさせたくなかったのだ。

「私には、娘の幸せを願う権利と、それを守る義務がある。この男もそれは同じであろう。娘を悲しませない、泣かせない、とこいつは私に誓った。能力者になり、戦場でもし何かあればと思うと、とても許す気にはならんわ」

 それに、と義父は続ける。

「つい最近も死にかけたではないか。本来ならば能力者と関わることすら即刻止めるべきであろう」
「お気持ちは分かります。ですが、先生は教師として戦場に赴くのは仕方のないことです」

 相槌を打った恭也が言う。カンパネラ学園にいる限り、いや、いようがいまいが、ジャックならば生徒が心配で現地に飛んでいくだろう。
 それは義父の言うとおり、非常に危険なことではある。
 だが――、

「言っても止めてはくれないでしょう。あの方は“教師”なのですから。ですが、責めないであげてください。そんなあの人だからこそ自分たちは尊敬し、心配するんです」
「‥‥」
「それに、能力者になれば普通の人よりも頑丈にはなりますし」

 にこり、と微笑んだ恭也の後を奏が継ぐ。

「危険な戦場に出る事も多いですが、能力者であるほうが生存率は上がりますからね。私の友人も十回近く死にかけましたが今も五体満足で元気に笑ってます」

 もっとも、と奏では続けた。
 
「能力者でなかったとしても、私も友人も戦場に行きますが。誰の命令でもなく、私たち自身の意思で。私には私の戦う理由がありますからね。いえ自らの意思で戦う者全員がそれぞれの戦う理由を持っているのでしょう」
「ジャック先生も、同じなのではありませんか? 一般人で危険だとしても、生徒のためになら激戦区にも行く。無謀なのではなく、信念のために」

 奏も恭也もとことん穏やかに言う。
 義父は相変わらずムスっとしていたが、二人の援護を受けてジャックがようやく重い口を開いた。

「俺は‥‥私は、妻を悲しませないと誓いました。ですが、生徒を守る事も私の大切な義務です。妻は、その為に戦地に赴くのを嫌がったりはしないはずです」
「能力者になればより危険な地域に行くこともあると、そこの青年が言っていたではないか!」
「そうだとしてもです! 私は妻を置いて先に逝ったりはしません。けれども、信念を曲げてまで生徒を危険に晒せません。能力者になることで生徒を、妻をこれまで以上に守れるのならば、私は躊躇いたくありません」

 おそらく初めて真っ向から逆らったのであろう、義父はジャックの言葉に気圧されていた。掛け値なしの本音を聞かされたからだろう。
 しばらく黙っていた義父は、ぽつりと呟いた。

「私はまだ、認めたわけではない。だが‥‥フリージアがそれを良しとするのであれば、私は何も言うまい」

 恭也と奏では顔を見合わせた後、ジャックの方を見た。
 義父をまっすぐに見つめる教師の表情はあまり変わっていなかったが、それでもどこか誇らしげであった。



 時間は少し遡る。
 柘榴とリリアはフリージアを挟んで談笑していた。食堂車が修羅場同然であったことを考えると、こちらはほんわかとしている。
 
「あの‥‥結婚とは、どんな感じなのでしょうか?」

「結婚しても、あまり変わらなかった気がします。悪い意味ではなく、良い意味で、ですね。何故ですか?」
「えーっと‥‥、あたしもそろそろ婚約することになりそうですので‥‥」
「まぁ、おめでとうございますっ」

 穏やかに微笑むフリージアにリリナは赤くなって俯いた。なんだかとても恥ずかしい。
 そこへ、柘榴が絶妙のタイミングで身を乗り出した。

「時に、フリージアさんは旦那さんのどういう所が好きですか?」
「え、ええ‥‥?」

 聞かれると思っていなかったのか、今度はフリージアが赤くなった。

「あ、あら‥‥どこかしら‥‥。あまり考えた事がなかったですね」
「ほうほう。つまり全部好きということですねっ」
「やだそんな‥‥」

 三十路手前に見えない彼女がおろおろと食堂車の方に視線を向ける。それとほぼ同時に、食堂車が開いてどこかすっきりとしたジャックが大股でこちらに近づいて来た。
 立ち上がったフリージアの前に立って、彼女が何か言う前にしっかりと抱き寄せる。

「わ‥‥っ!」
「(こ、これは‥‥!!)」

 リリナは真っ赤になったが、柘榴はすかさず隠し持っていたカメラでその様子を激写する。撮られている事など気づいていないかのように、二人はしばらくそのままの体勢でいた。

「おやおや‥‥先生にしては珍しいですね」
「ああいう人でも、人前で抱きつくのですね」

 後から出てきた恭也と奏は女性陣より冷静な反応だった。
 柘榴のフラッシュに気づいて二人が大慌てで離れるのは、もう少し後のことである。



 列車は無事ゴッドホープに到着し、傭兵達はそれぞれの帰路についた。
 食堂車でしっかり料理を堪能した柘榴は撮った写真を嬉々として持ち帰り、奏は終始礼儀正しいまま自宅へ向かった。
 リリナはこれからLHへ戻るつもりだった。あそこには、誰より会いたい大切な人が待っているから。
 恭也は、列車を降りる時に続いて降りようとするジャックに微笑みかけた。

「戦場以外でお会いするのはツーリングに行ったとき以来ですね」
「ああ、そうだな。今回も世話になった」
「いえ、自分もご両親とは仲良くしていただきたいですし。こんなことを言うのもなんですけどね」

 苦笑した恭也は、ジャックにこれから手術を受けるのかと聞いた。頷いた彼に、恭也は敢えて戦場で会いましょうとは言わなかった。
 会わないに越したことはないのだ。
 帰路に着く恭也は、夫妻の方を振り返って笑顔で言った。

「それではまた、願わくば戦場以外で」

 列車の汽笛が鳴る。
 次にこの列車に乗る時には、どんな出会いが待っているのだろう。