タイトル:地下階戦闘訓練の真相マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/27 22:19

●オープニング本文


 冬の寒さが身に染みる今日この頃、カンパネラ学園地下の演習場では、数人の生徒を集めての訓練が行われようとしていた。
 カンパネラ学園の地下に存在する広大な演習場だが、今回は森をイメージしたフィールドが用意されていた。川のせせらぎが聞こえてきそうだ。
 室温も高めに設定され、今が冬であることを忘れさせる。それは要するに、動きすぎによる脱水症状と紙一重の場であるということだ。
「さて、訓練内容だが。君達にはこれを拾ってきて欲しい」
 示されたのは小さなメモリースティックだった。参加人数の二倍に当たる数を森のどこかに隠したのだと言う。
「ただし、川には入れていないぞ。なぜなら水に浸かれば壊れるからだ」
 反応に困ることを堂々と言った教員の男性は、よく鍛えられた体をびしっと張った。
「勿論、この森には試作品が出る。なに、実験で使われたものだ、そんなに難しいことはない。だが、大きい物も小さい物もあるから気をつけて行くように」
 そう言った教員は、集めた生徒一人一人に小さなカプセルを二つずつ渡して行った。小さな飴玉が三つ入るくらいの小さなものである。丁度、ポケットに収まりそうだ。
「それにメモリースティックを一つずつ入れて持って帰ってくること。一人三本とかは駄目だぞ。必ず、一人二本を持って帰ってきなさい」
「補足説明をします。先生の説明はいつも大雑把ですので」
 教員の横に控えていた女性教員が溜息混じりに言った。大雑把なのではない、豪快なのだ! と男性教員は反論したが、それは見事に黙殺された。
 眼鏡のズレを直した女性教員が行った説明は以下の通りである。


 この訓練の最終目的は、このフィールドに散らばったメモリースティックを、各自二本ずつ回収し、この場にいる彼に手渡すことです。スピードも勿論、いかに無駄のない行動を取るかが評価に関わりますので、その点は理解しておいて下さい。
 なお、この森には『試作品』が不特定多数生息しています。これらは実験の段階でテストとして使われたものの残りで、体力自体はかなり消耗した状態で放たれています。ですが、大小様々であり、また油断すると怪我をすることに注意をして下さい。全体破壊しなくても構いませんよ、残ればこちらで処理しますから。
 それから、訓練終了後、この訓練について誰かから尋ねられた際は、「戦闘訓練だ」と答えるように。良いですか、絶対にメモリースティックのことは隠して下さいね。その辺の地下をふらついていたこちらの先生が、ズボンのポケットに穴が空いているのも気づかずバラバラ落としたのではありません。良いですか、別に先生の尻拭いをさせるわけではありませんからね。

 と、いうわけで、先生の尻拭い+戦闘訓練が開始されたのである。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
丙 七基(gb8823
25歳・♂・FT
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
各務 百合(gc0690
16歳・♀・GD
クアッド・封(gc0779
28歳・♂・HD

●リプレイ本文

 訓練開始のベルが鳴ったが、生徒達はすぐに行動を開始せずに教員の男性をじっと見上げていた。
 既に冷や汗に濡れている教員は「な、なんだ‥‥」と弱々しく言った。
「先生、どのような場所を通られましたか?」
 石動 小夜子(ga0121)がおっとりと尋ねたのを皮切りに、生徒達から質問の声が上がった。
「先生の通られた場所を重点的に探そうと思います」
「う、ん‥‥通った場所か。そうだな、奥の方にベンチがあるんだが、そこで一服して、その後横になって寝てたな。川の方には行ってない‥‥あ、いや、待て。川は一回渡った。だが、川には落としていないと思う」
 これが演技だったら稀代の役者になれるだろう。そのくらい記憶を辿りながら、という様子で教員は言った。
「では先生。試作品はどのようなものですか?」
 ソウマ(gc0505)の質問には、隣の女性教員が返した。
「劣化キメラと思えば良いでしょう。キメラほど強くありませんし、皆さんなら一撃で倒せると思いますよ」
「なるほど。先生、メモリースティックの色は?」
「は? 色?」
 なぜかちらりと女性教員の方を見た男性教員である。早く答えろ、と言いたげだった。
「色か。色は銀色と赤色と‥‥」
「緑色です、先生」
「そうだ、緑色だ」
 大丈夫か、この教員。
殆ど同時に全員がそんなことを考えながら、彼らはお辞儀をして森の中へと向かって行った。


「それにしてもリアルな森だなぁ。オフでも使えるならキャンプでも‥‥の前に、まずはお仕事!」
 自分に渇を入れた新条 拓那(ga1294)は隣を歩く石動を見た。
「小夜ちゃん、また一緒だね」
「ええ。ふふ‥‥またご一緒できて嬉しいです‥‥」
 ニコリと笑った石動だったが、太い木が並ぶ辺りで足を止めた。少し遠くの方から水のせせらぎが聞こえてきていた。
「おや、川か。随分近い位置にあるな」
 同じく足を止めた各務 百合(gc0690)が言った。確か教員の話では、どこかしらの川を一度渡ったはずだ。メモリースティックが落ちている可能性はある。
「俺が辺りを警戒しよう。ここは川下だから、流れ着いているとすればここらが良いだろう」
「随分自信があるな」
 クアッド・封(gc0779)の言葉に各務は笑みを浮かべて言った。
「失せモノ探しは得意だよ、仕事柄、ね」
「なるほどな。名探偵、ってところか」
「そうとも」
 もう少し行くと、視界の開けた場所に出た。ここを起点に、ひとまずメモリースティックを探すことになった。
 川への捜索は石動と新条が、周辺警戒は各務、そして、草むらの捜索はソウマ、クアッド、丙 七基(gb8823)が行うことになった。
 水音が聞こえる中、草むらの捜索班である丙は背の高い草を手で掻き分けていた。メモリースティックの大きさを考えれば、途方もない作業のように思える。
「丙、そっちにはあるか?」
 クアッドの呼びかけに丙は首を横に振った。これは案外、難しいのかもしれない。低姿勢を保つのもなかなか体力が要ったのだと改めて実感する。
 その時だ。中央に立っていた各務の声が届いた。
「試作品を二体確認した」
「了解、迎撃態勢に入ります」
 一足早くソウマが駆けだした。その先には馬というには小さすぎる試作品がこちらを見つめていた。その隣には、同じくらいの大きさの試作品が座り込んでいる。
 敵対意識は無いようだが、ソウマが駆け出したのには理由があった。立ち上がった丙とクアッドはすぐにそれに気づいた。
 試作品の足元に銀色のメモリースティックが転がっていたのである。
 相手の前で足を止めたソウマはバックラーを構えた。まずは相手の出方を見る戦法のようだ。
 ソウマの存在に興味を示した試作品達がゆっくりと彼の方に寄って来た。見守る丙とクアッドは気が気で無かった。
「危ない‥‥踏まれるぞ、あれ‥‥!」
 壊れたメモリースティックを渡したら恐らく減点に違いない。クアッドは焦った声を上げた。
 のっそりと動いた試作品はソウマのバックラーを足で突いている。同時に、ソウマも静かに後退し、二匹を綺麗に誘導し始めた。連れて行く先は、丙とクアッドが待つ場所だ。
「お二人とも、お願いします」
「了解」
 二人の声が揃った。同時に駆け出して試作品に突進する。丙は流し斬りで試作品を一撃で沈め、クアッドは大斧「デルフィニウム」で試作品を斬り飛ばした。
「危なかったな」
「ですが、あの誘導の仕方は参考になりました」
「いいえ、僕は今回生存能力を試してみたいので、お二人が居て助かりました」
 メモリースティックを拾ったソウマはそれをポケットに入れた。これで残りは十一本だ。
「‥‥ん? クアッドさん、足元」
「足元?」
 右足を上げたクアッドが片眉を釣り上げた。
彼の足もとは少し地面が窪んでいる。その窪みに上手く隠れるようにして、緑色のメモリースティックがぽつんとあったのである。
「妙なこともあるな」
「幸運ですね」
 笑った丙には、何となく理由が分かっていた。恐らく、これはソウマの持つ『GooDLuck』の効果なのだろう。彼についた幸運が、こちらにお裾分けをしてくれたのかもしれない。
「戻りましょう。百合が待っています」
 もう一度その場を見渡して、彼らは各務の居る中央へと戻って行った。


 川を見渡していた石動は早速メモリースティックを一本発見した。川に落ちるぎりぎりのところにあったそれを拾った彼女は、一緒に来た新条にメモリースティックを渡した。
「小夜ちゃん?」
「もう一本ありますから、どうぞ」
 微笑んだ石動は川の対岸に居る試作品を指差した。草むらの草を食べている、というわけでは無さそうだが、五体の試作品がうろうろしていた。犬のキメラを目指したのだろうか、外見がちょっと可愛らしい。
「ちょっと多いな、あれ」
「そうですね、一緒に倒しましょう」
 言った石動は川に足を踏み入れた。水の感触が気持ち良い。遅れて新条も川に入る。二人が川を歩く度に鳴る水音に気づいた試作品達がこちらを向いた。
可愛らしいという表現は撤回する、と思った新条である。牙を剥き出しにして全体が襲いかかってきたのだ。
「うわわっ」
 慌ててツーハンドソードを構えた新条は飛び掛かってきた試作品の足を切りつけた。体勢を崩した試作品が川に落ちる。派手な水しぶきが上がった。
「小夜ちゃん!」
「はいっ!」
 刀を振り下ろした石動が試作品を仕留める。続いて提げていた小銃を手にして、固まっている試作品達に向けて発砲した。どれも的確に足を狙っている。その間に新条は集団の脇に回り込んで、剣で試作品を斬りつけた。
 だが、流石に数が多かったのか二体ほどが二人の攻撃を避けて川を渡ろうと飛び込んだ。すかさず追おうとした新条を石動が止める。
「大丈夫です」
 彼女の言葉通り、川の方に歩いてきた各務が試作品に銃口を向けた。そのまま発砲して、二体を一撃で倒してしまう。
 感心したように新条が石動を見た。
「よく分かったね」
「だって彼女、名探偵さんですから」
 美しく微笑した石動は川に転がった試作品の牙に引っかかっていた革袋を拾った。中を開くと赤いメモリースティックが入っている。少し濡れてしまったかもしれないが、革袋のおかげでそれほど支障は無さそうだ。
「怪我は無いな」
 各務の言葉に二人は頷いた。自分達は二本見つけたことを報告する。後ろを着いてきていた丙からは、クアッドとソウマが一本ずつ手に入れたことを教えられた。
「あら、そのお二人は?」
「奥の方を探してみると先に行きました。俺達も行きましょう」
 合流した四人はもう一度川を渡り、捜索を再開した。どうやらこのフィールドは川を中心に左右のフィールドに分かれているらしい。二手に分かれて探した方が効率は良いはずだ。
 細い木が並ぶ森を歩いていた四人だったが、ふと新条が立ち止まった。
「どうしました?」
「今、メモリースティックが視界の端にあったような気が‥‥」
 新条は言いながらしゃがんで木の根本を探し始めた。ややあって、三人の前に鷲のような形の試作品が三体現れた。
「ここにも居るか‥‥」
 丙が吐き捨てるように言った。各務は新条の位置を確認して試作品に銃を向けた。
「石動、おぬしは新条の所へ。こちらで仕留め損ねたのを頼むよ」
「分かりました」
 三体は風を切るように羽根を動かして高い位置から丙に襲いかかってきた。近接戦闘を引き受ける彼は、手に持つ直刀「塔楼」を振るった。羽根に当たった剣が僅かに弾かれる。
「丙、動きを止めるのは俺に任せて欲しい。おぬしは確実に仕留めてくれ」
「了解しました」
 剣は弾いても銃弾までは弾けまい。各務の二丁拳銃から放たれる銃弾は鷲の飛行能力を確実に奪った。空から降ってくる鳥を丙が剣で突き刺す。
「状況、終了‥‥」
 ものの一分もしないうちに試作品は全滅していた。殆ど同時に新条が歓喜の声を上げる。
「あったあった!」
 彼の手には緑のメモリースティックがあった。それも二本ある。
「俺は一本持ってるから、丙、きみが貰ってくれ」
「いや、だが‥‥」
「異論は無いな。試作品を仕留めた報酬、とでも思えば良い」
「‥‥すまない。恩に着ます」
 丙は受け取ったメモリースティックを大事そうに仕舞った。


「ベンチってのはこれか」
 フィールドの最奥まで到達していたクアッドとソウマは互いに顔を見合わせた。ここまでくれば、あの長い川は無くなっている。ここが二つのフィールドが合流するところなのだろう。
「確かに、昼寝はしたくなりますね」
「あいつらさえいなけりゃな」
 クアッドが斧の先で木陰を指した。のっそりと馬のような試作品が姿を見せる。その数、実に十体近く。しかもなぜか、二頭がメモリースティックをくわえている。
 呆れたようにソウマが呟いた。
「あのメモリースティック、そんなに美味しいのでしょうかね」
「さてな。人間の口に合わないのは確かだと思うぜ」
 DN−01「リンドヴルム」を装着したクアッドの動きは速い。即座に攻撃態勢に入って、斧で馬を二頭薙ぎ払った。試作品というだけあって、こいつらは何だか妙に動きが鈍く、集団で居る割には個別で動きたがるようだった。
「やけにまとまりがないが…完成したら、どうなるんだ…?」
 思わずそんな心配をしてしまうほど、動きが精彩さを欠いていた。
 彼が取りこぼした試作品は後ろでソウマが綺麗に片付けていた。背後に回っても背中を取ろうとしない辺りは、まだ知能が発達していない証拠だろう。
「試作品、ですね。確かに」
 直刀「イアリス」で敵を薙いだソウマは呟いた。
 さっさと試作品を撃退したクアッドはメモリースティックを二本持ってソウマの元に戻ってきた。
「ほら」
「ありがとうございます」
 一本ずつ分け合った二人はこれで訓練の目的は達成したことになる。クアッドはトランシーバーを使い、別行動を取っている石動に連絡を入れた。
「そっちはどうなっている」
「こちらは私と、各務さん、それと丙さんが手に入れれば完了です。今、ベンチのある方に向かっています」
「了解。俺達はもう着いたから、ここで合流しよう」
 待っている間に昼寝をしそうですね、とソウマが言う。確かに、誰にも邪魔されないのなら、昼寝も悪くないとクアッドもちょっとだけ思った。


 トランシーバーの通信を終えた直後、幸運にもメモリースティックを発見したのは石動だった。
「これで私も二本目ですから、各務さんと役目を交代します」
「やれやれ。一人出遅れてしまったが、名探偵である俺には造作もないことさ」
 言うや否や、各務は川岸の方へ歩き始めた。後ろを追ってくる仲間に向かって口を開く。
「あの教員はベンチで昼寝をしていた。加えて、川には入れなかったと言っていたくせに川から一本見つかっている。ならば、昼寝の途中で落としたものが川を下り、まだどこかで引っかかっている可能性はある」
 川際の土を手で掻いた各務は唇を弓なりに撓らせた。
「こんな風に、な」
 彼女の手には一本のメモリースティックがあった。推理は的中したわけだ。
 一同が感心した声を上げたが、彼女はその更に上を行った。
「また先程、鳥型の試作品を倒したが、どうも試作品はこのメモリースティックを捕りたがる傾向にある。ならば、鳥と言えば‥‥」
 ぴんときた丙が言葉を引き継いだ。
「なるほど。木に巣を作っている可能性があるわけですね」
 丙の言葉に頷いた各務は、彼らが鷲を撃退した付近の木を見渡した。探査の眼を発動させてじっと一点を見つめる。
「あの木ではないだろうか」
 示された木は、枝が一際太く、巣を作るには充分な大きさだった。丙が身軽に木に登って、巣の存在を確認した。まだ生まれる前だったか、それとも巣を作ることだけしか出来なかったのか、中は空だった。
 巣を持って降りてきた丙は呆れたような、けれども面白そうに言った。
「名探偵には感服ですよ。百発百中ですね」
 石動と新条は巣の中を覗き込んで歓声を上げた。
 巣の材料は藁だ。その中に、銀色と赤色のメモリースティックが藁に編み込まれるようにして巣の一角を担っていた。


 戻ってきた生徒達からメモリースティックを受け取った男性教員は、感極まって泣き出した。唖然とする六人に苦笑して、女性教員の方が代わって礼を述べた。
「助かりました。あのメモリースティックが無いと、あの人は仕事をしませんから。そのくせ物ぐさで、生徒に拾わせようと言い出した時は殴ってやろうかと思いましたけど、貴方達にお願いして良かったわ」
 そう言って、彼女は一人一人に茶封筒を渡した。中にはささやかではあったが金銭が入っている。
「食堂で美味しいものでもお食べなさいな」
「なあ、気になってたんだが」
 クアッドの声に全員の視線が彼に向いた。AUKVの装着を解いている彼は不思議そうに言う。
「メモリースティックの中身って何なんだ?」
「あ、それ、俺も気になる」
 新条が明るく言った。
 女性教員は答えようか迷っていたが、メモリースティックに頬摺りする男性教員を横目に一度見て、溜息をついて笑いながら言った。
「あれね、遠くにいる娘さんの写真と動画が詰まっているんですって。生まれた時からの記録を全部持ち歩いているのよ、親馬鹿よねぇ」
 そんなもののために俺達は働かされたのかと全員が思ったが、だが、同時に何とも微笑ましい話ではないかと思い直した。
 演習場を後にした一行は別れずに食堂へ向かった。道中、同級生や友人達から「何の用事だったんだ?」と聞かれたが、誰も真実を語ろうとせず、肩を竦めてこう言った。

「何も。ただ、ちょっとした訓練をしていたんだ」