●リプレイ本文
カンパネラ学園分校で行われた試験――彼らに課されたのは、普段は彼らを指導する存在である教官との直接対決であった。
「まさか教官や大尉と戦闘訓練を行うことになるとは、これは、結構嬉しいかもしれません」
口元に笑みを浮かべた神棟星嵐(
gc1022)は遠くに待機している赤毛と銀髪の教官二人を見やった。彼らの後ろには大きな黒のKVが控えているが、司令官と思われるウォルター卿の姿は既に見えなかった。
「シャル君、シィちゃん。食堂券のために頑張ろうねっ」
「えっ、何か貰えるの!?」
目を輝かせた星和 シノン(
gc7315)に、同じ【演劇部】の月居ヤエル(
gc7173)は苦笑した。とはいえ、彼女もとても気合が入っているのは見れば分かる。
「主席をとれば食堂アイテムが貰えるって話しだからね‥‥みんなやるよ!」
「食堂!」
二人以上にやる気のシャルロット(
gc6678)の言葉にシノンが明るい声を弾ませた。
「全力で挑んでこそ試験なんですよね、わかります」
悟りきったような目をして赤毛の教官を見たのは綾河 疾音(
gc6835)だった。見た目はそうでもないが、これでも彼は教官たちと同世代――色々なプライド的に負けるわけにはいかないのだ。
「それにしても、試験‥‥か。丁度良い機会かもしれないわねぇ」
感慨深げに呟いた百地・悠季(
ga8270)は自宅にいる愛娘のことを思い出していた。
母親としての活動が大きな割合を占める彼女にとって、幼い娘を抱えての学生生活は当分難しい。
自然と『卒業』の単語が頭を過ぎっていたところだったのだ。
「全員揃ったかね? そろそろ、試験を始めよう。手加減は無用である。存分に力を発揮したまえ」
どこからともなくウォルター卿の声が響く。
グリーンランドの寒空の下、カンパネラ学園冬季試験の開始を告げる鐘の音が鳴り響いた。
●
試験そのものはヘンリーとシャルロット――大尉を降参させれば良いというシンプルなものだが、後方からのウォルター卿とジャックの援護が厄介でもあった。
「遠くに見えるシュテルンはジャック教官のですね。能力者になったとは聞いていましたが、少しばかり嬉しいですね」
ジャックと交流のある星嵐は呟いて、正面に立った。拳銃を構えて、後ろにいる仲間たちに言う。
「では、地雷原に突っ込む形になりますが、防衛線に近づかせない用両名を撃破しましょう」
「了解ね。それじゃあ、ヘンリーは任せたわよ。ヤエルはよろしくね」
「よろしくお願いします」
大尉の対応に出た悠季が言う。男嫌いと噂の大尉のことだ、下手に男性をけしかけたら修羅のごとくぶっ飛ばしかねない。ヤエルも頷いてじっくりと前を見据える。
一方、教官サイドではヘンリーがのほほんと生徒達を観察していた。
「あっれ‥‥なぁ、あいつら、俺らが突撃するまで待ってんじゃねぇの?」
「そのようだな。ならばこちらから出向いてやるのが筋というものだろう」
きっぱり言った大尉にヘンリーは首を横に振った。
「待てって。地雷の位置、どうせ覚えてねぇんだろ。俺に続け――って、おい!」
ヘンリーが言い切る前に大尉は走り出していた。地雷の位置など知らん、と言わんばかりに一直線に生徒達へ突っ込む。二、三個の地雷が盛大に爆発した。
まさに、吶喊――機体のコクピットでジャックは顔を覆い、ヘンリーは慌てて彼女の後を追った。
「来た!」
猪突猛進甚だしい大尉の姿を確認したヤエルは声を上げた。真っ白の外套は上手く雪原に身を紛れさせてくれる。
地雷原との境界線上で待機していた悠季とヤエルも動き出した。
「えいっ!」
大尉の接近に合わせてヤエルは足元の雪を蹴り上げた。真白な雪が大尉めがけて飛ぶ。剣の柄でそれを振り払う間に、彼女は側面へ、悠季は正面へと回りこんだ。
「お相手願うわね」
「望むところだ」
大尉が剣を振り下ろす。爪でそれを弾いた悠季はそのまま足を蹴り上げる。反転してかわした大尉には、側面から鉄扇で強襲した。
刃と鉄、銃と爪がぶつかる音が響いた。二人の攻撃を同時に受け止めた大尉だったが、必然的に彼女の動きは封殺される状態になった。
そのタイミングを見計らって、ヤエルが叫ぶ。
「シィちゃん! シャル君!」
「了解!」
「任せて!」
【演劇部】の二人が両腕を広げた。シャルロットとシノンの身体が淡い光に包まれ始める。
「呪歌と子守唄の二重唱‥‥いきます!」
「頑張って歌うよ!」
雪原に賛美歌のような歌声が広がった。ただしそれは、何かを祝福する歌ではない。
シャルロットとシノンの歌声はすぐに効果を示し始めた。大尉の動きが若干鈍り始めたのである。流石に眠りはしなかったが、満足に動けないことに柳眉をしかめる。
「こちらから行くわよ」
腕が痺れている大尉に向かって、悠季が硬く握った雪球を投げつけた。直撃することは無かったが、かわした大尉の左腕を掠めていく。
「しぃも手伝うよ!」
叫んだシノンも悠季を真似て雪球をぶつけ始める。何となく楽しんでいそうな辺り、無邪気な分色々な意味で性質が悪い。
悠季とシノンの雪球は大尉周辺の地雷を次々と爆発させていった。ペンキの直撃はないものの、赤い液体が大尉に降りかかる。
「このまま押し切るよ!」
鉄扇をヤエルが構えた瞬間だった。彼女と悠季の足元が銃撃されたのである。正確な射撃は大尉ではない、その更に奥にいるウォルター卿だ。
「わわ‥‥っ!」
「――っ!?」
よろめいたヤエルの足元や、悠季の脇を間髪いれずに卿の銃弾が飛んでくる。
ルール上、ウォルター卿への攻撃は禁止である。ヤエルも悠季も攻撃の手を緩めざるをえなかった。
「大尉。一度退きたまえ」
「‥‥了解しました」
大尉が一歩さがる。追撃しようとした悠季やヤエルの動きを遮るように、大尉は雪原を剣で思いっきり叩いた。軽い地響きと共に、粉塵の様に雪が舞い散る。
動きを封じられているうちに、安全圏へとさがる。
だが、彼女達にはまだ策があった。
「皆、そろそろいきますよ!」
彼らが待っていたシャルロットの合図が飛んだ。
刹那、雪原が強烈な閃光に包まれたのである。
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時間は少し戻り、大尉とは少し離れた位置にヘンリーはいた。
大尉の攻撃が猪突猛進のパワープレイだとすれば、ヘンリーは機動力を盾に突っ込む一撃離脱型の人間だった。
しかし、敢えて言えばスタミナが無いことが弱点であろう。後はじゃ、こういう場でもお調子者ということか。
「ヘンリー教官。生徒に負けたなんて笑いものにされない様頑張ってくださいね。全力で倒しに掛かりますけど!」
「やれるもんならやってみやがれ!」
生徒相手に本気になっているヘンリーに星嵐はソニックブームを放った。雪を巻き上げた衝撃波は、ヘンリーの足元にあった地雷を爆発させる。
地雷のペンキをかわした先には、疾音がいた。小銃でヘンリーの足元を狙って接近を阻害する。
「俺の妹のスリーサイズはぜってぇ教えねーかんなチクショー!」
「いらねぇ! つか、大体分かるわっ!」
「なん、だと‥‥ぜってぇ許さねぇぇぇ!!」
刀と刀をぶつけ、いがみ合うように叫ぶ三十路前の男達である。二人は何のために戦っているのだろうか。
「シュテルンの攻撃、来ますっ!」
そこへ星嵐の声が飛ぶ。ジャックのシュテルンが一斉射撃を始めたのだ。どことなくヘンリーを狙っているような気がしないでもない範囲に銃弾を無差別に撃ち込む。いくつもの地雷が爆破し、雪原を真っ赤に染めていった。
「でぇぇぇ! 巻き込まれてたまるかよ!」
仲間の弾幕を潜り抜けて、ヘンリーが更に迅雷で直進する。その先には、最後方に控えるシノンがいた。
「きゃー! こっちこないでー!」
女の子のような声を上げてヘンリーの刀をかわしたシノンである。教官とのサシの勝負は避けたいシノンは、仲間がこちらに戻ってくる間、ひたすら回避に努め、それを追い回すヘンリーは変質者にしか見えない。
ようやく追いついたシャルロットが、ヘンリーの気を引くためにとんでもない事を言ったのは、まさにその時だった。
「僕のバイブレーションセンサーにかかれば教官達の位置から体重‥‥スリーサイズまで全部解るんだからね!」
「――なんだとっ!? いや待て、そんな機能あったっけか‥‥?」
「あってもなくても良い! ヘンリー、あいつを死ぬ気で止めろ!!」
冷静に突っ込んだヘンリーの代わりに、遠くから大尉の怒鳴り声が聞こえる。まさかとは思うが、本気で信じたのだろうかと、シャルロットは内心なんとも言えない気持ちになった。
とはいえ、これでシノンから目標をシャルロットに変えたヘンリーだが、その前に疾音と星嵐が立ちはだかる。
「逃がしませんよ、教官!」
「こっから先は行かせねぇからなーっ!」
「あーもう‥‥邪魔だぜっ!」
刀を一度振り払ったヘンリーは、星嵐目掛けてエアスマッシュを放った。鋭い衝撃波に星嵐もソニックブームで対抗する。
激しい二つの衝撃波がぶつかり合って、地面が大きく抉られた。
「シュテルンの射撃が行われる場合は声を掛けますので、出来る限り正面の相手から目を離さずに動いてください」
「りょーかいっ!」
星嵐の攻撃と合わせてハヤテ疾音が直刀を袈裟斬りに斬り下ろす。そこへ、体勢を立て直したシャルロットとシノンの二重奏が強襲した。
模造武器とはいえ、直撃すればそれなりに痛い。右肩に疾音の一撃を食らったヘンリーが後退する。追いかけるように、ハーモナーズの歌声が赤毛の教官の動きを封殺する。
「今だよ!」
歌いきったシノンの声と共に、彼のビスクドールが淡い光を放つ。疾音、星嵐も攻勢に転じ、一気にヘンリーに畳み掛けた。
「‥‥っ、ジャック! まだか!」
三人の攻撃を何とかさばくヘンリーの声に反応して、シュテルンが再度攻撃を開始する。地雷は直撃でなければ不合格ではない。突進する疾音と星嵐は爆風とわずかなペンキをかぶりながらも赤毛の教官を挟撃した。
そして、後方で準備していたシャルロットが叫んだ。
「皆、そろそろいきますよ!」
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閃光手榴弾の光が徐々に弱くなっていく。
「く‥‥っ、少将、お怪我は?」
「ふむ。目を潰しに来たか。しばらく動けんな」
生徒達は、シュテルンとウォルター卿の動きが止まるのを確認するや否や、ぱっと散開して最後の攻撃に出た。
「子ども相手にここまでするのは大人気ないですよ!」
「いくよ! 【演劇部】の腕の見せ所だね!」
シャルロットとシノンが同時にヘンリーへ超機械の波状攻撃を仕掛ける。前衛の二人は直前に気付いたのか、後方の二人よりも視界がはっきりしているものの、明らかに動きは遅くなっている。雪原の白と相まって、距離感覚が戻りきっていないのだ。
「恨みはありませんが全力で行きます!」
「うおおおその上着よこせえええっ!」
ハーモナーズの攻撃で刀を一本落としたヘンリーに疾音と星嵐が詰め寄る。星嵐は機械刀でヘンリーの刀を叩き落すと、峰打ちで彼のわき腹を突いた。
一方の疾音は文字通りヘンリーに飛び掛り、その上着を問答無用で剥ぎ取った。引っぺがした外套を後ろのハーモナー二人に投げる。
「悪ィな、後で返すわ」
「ちょ、寒い寒いっ! 何だこれ!」
「わーっ、先生の上着!」
「でもこれ、要らない、よね‥‥」
上着を受取ったシャルロットは苦笑し、シノンはきゃっきゃとはしゃいでいる。
だが、グリーンランドの寒さをまともに食らうヘンリーはそれどころではない。武器も無く、防具もない状態では流石に勝目はない。
「だー、もう‥‥分かった。俺の負けだぜ」
「ヘンリー!! 上着ぐらいで情けないとは思わないのかっ! 恥を知れ!!」
遠くから大尉の怒号が飛ぶ。ちょっとヘンリーが可哀想になった生徒達である。
その大尉は依然、悠季とヤエルの攻撃に手間取っていた。
「これで‥‥っ!」
円閃で大尉の剣を弾いたヤエルは即座に体勢を変え、その懐に飛び込んで獣突で身体を後ろへ飛ばす。大きくよろけながらも小銃を乱射する大尉の攻撃を扇盾で防ぎきると、その脇から悠季が追撃に出た。
「そろそろ終わりにしましょうかねぇ」
「く‥‥!」
バランスを崩している大尉に、悠季がラサータを腹へ叩き込む。よろけながらも銃で応戦した大尉は後ろに下がると、剣を構えなおした。
「させないわよ」
両断剣・絶の構えと予測した悠季が足元を崩しにかかる。ヤエルも攻撃に加わり、大技を打たせないように大尉の動きを奪っていく。
しばし、悠季とヤエル、そして大尉の打ち合いが続いた。剣戟の音が響く。
だが、閃光手榴弾の影響を拭い切れない大尉が徐々に押され始めた。
「大尉‥‥ごめんなさいっ」
小さく謝ったヤエルが大尉の死角から鉄扇を腕に叩き付けた。小銃が雪に埋もれる。間をおかず、反対側から悠季がスコルに両断剣を乗せて、剣を打ち落す。
地面に落ちた剣を先に拾い上げて、悠季は大尉の喉元に切っ先を突きつけた。
しばらく硬直していた大尉だったが、やがてその目から闘志がすうっと消えていった。
「‥‥やれやれ。少将、私達の負けのようです」
「うむ。そのようだな。諸君、素晴らしい作戦であった」
いつの間にか近づいていたウォルター卿が手を叩く。
そのけろりとしている姿を見ると、もしかしたら、卿はとうに閃光手榴弾の光から回復していたのかもしれない。
そう思うと、どうにもこうにも、彼は食えない男性に思えた生徒達であった。
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帰りの高速艇は打って変って、和やかな雰囲気だった。
「なぁ、シャルロット。一応確認のために聞くが、バイブレーションセンサーでスリーサイズは測れねぇよな?」
「勿論、冗談ですよ」
「だよな。マジびびるわ、ああいうの‥‥」
「本当だったら、どうするつもりだったんですか」
シャルロットに確認を取っていたヘンリーは、星嵐の言葉に表情を引きつらせた。そりゃあ、そういう便利な能力なら‥‥と言いかけて、思いっきり咳払いをする。
「ふぅ‥‥久しぶりの活動が良い結果で何よりね」
「まったくだなぁ。俺としちゃ妹の単位の方が心配だけどなー」
タオルで汗をぬぐう悠季は愛娘を思う。家に帰れば、また母親に戻るのだ。
自分より妹の心配をしている疾音は肩を竦めて見せる。赤毛の教官はスリーサイズを知らないらしいので、とりあえずは良しとしよう。
「楽しかったね! しぃ、ちゃんとお手伝いできたかな‥‥?」
「ちゃんと歌えてたよっ。ありがとう、シィちゃん」
ヤエルとシノンは軽く手をタッチしながら談笑している。今度は地雷なんかないところで、元気に走り回りたいなぁ、と目をきらきらさせるシノンが言った。
気が付けば、ゴッドホープの入口がすぐそこに見えていた。これから成績発表と、ご褒美を貰うのだ。
誰が一番なのだろう、と思いつつも、生徒達はこの試験を無事終えたことに何よりも安堵しながら、艇を後にしたのだった。
了