タイトル:勇侠の紅宴マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/23 23:50

●オープニング本文


 四国――未だ多くのキメラが確認され、かつミスターSの潜伏先と思われる眠れる激戦区である。その土地には、東京で大規模な戦闘が行われる以前に地元民によるレジスタンスが散発的に、けれども途切れることなく戦闘を展開していた。
 救援を受けて小さな村に到着した数人の人影もまたレジスタンス関係者であり、彼らは軍の支援が届かない村々を回っては警備に明け暮れていた。

「ひでぇな‥‥全滅か」

 薄茶色の外套をまとう少年が口を開く。彼らが駆けつけた頃には既に村の住民は何者かによって惨殺された後だった。

「生存者を探さんとあかんね。骨喰、ヒメ。あんたら、各家を見てきぃ」
「ま。生きてないと思うけど、僕もついていこう。治せるのは僕だけだしね」
「ネネ、あんたはこっちや。こないなちっさい村の捜索に三人もいらん」

『ネネ』と呼ばれた男性は肩を竦めて、女性の後についていく。『骨喰』と『ヒメ』の二人は村に残り、荒らされ放題の家を見回っていた。
 村からしばらく山道を歩いた先に、彼らの合流地点があった。明かりをつければキメラを呼び寄せるために辺りは真っ暗だが、女性はさくさくと足を進めた。
 
「小袖か」
「そうや。日向‥‥と蛍も一緒か」
「変わった点はないかな」
「無い。そっちはどうやの」

 息を吐いた『小袖』という名の女性は、『日向』と『蛍』を見た。特に何もなかった、と二人は言ったが、少しして蛍が口を開いた。

「最近、あちこちで襲撃が多い気がする。そろそろ、レジスタンスだけでは手が回らないかもしれない」
「どないすんの。軍がうちらに協力するわけもないやん」
「軍が駄目でも、能力者は分からないよ」

 立ち上がった日向は蛍の方を見た。

「君なら、分かるよね」

 交渉を頼めるかな、と日向に言われた蛍――三枝 まつりはこくりと頷いた。

 ●

 時は遡る。
 ユリウス・ヴィノクロフに関わる一件が落ち着いてすぐに、まつりは学園に退学届を出していた。卒業を待たずに学園を去る理由は、ここで学ぶことはもう無いということだった。
 だが、彼女の周囲は原因がユリウスの事件であることに気づいていた。更に、彼女の担当であったヘンリー・ベルナドットはそこに彼女の母親が絡んでいる事も知っていた。

「定期的に連絡はよこせよ」
「出来るだけ、するようにはします」
「それにしても‥‥思い切ったな」

 ヘンリーの言葉にまつりは苦笑した。彼女のあんなに長かった黒髪は、今では肩より少し下くらいにまで切られている。
 心境の変化です、と彼女は言ったが、そうではない。父親と母親を見つけるまでと願掛けのように伸ばしていたという話をヘンリーは小耳に挟んだ事があるからだ。

「三枝。お前これからどうするんだ?」
「とりあえず、四国に行きます。実家の事もあるし‥‥それから先はその時に決めます」

 何かを決意した表情でまつりははっきりと言った。

 ●
 
 所用で四国の出張所を訪れていたヘンリーが帰ろうという頃に、そこへ救援信号が飛び込んできた。事務方の長篠・冬嗣がその場にいたのだが、この五月蝿い警報音でも彼は起きようとしなかった。熟睡である。
 仕方なく信号を受けたヘンリーの耳に、聞きなれた声が届いた。

「よう、三枝。元気だったか?」
「ヘ、ヘンリー先生っ!? な、なんで四国に」

 最後に会った時よりも言葉遣いが少し崩れているような印象を受けたヘンリーは口角を上げた。むしろ丁寧すぎた当時よりも好感を持てる。
 
「話は後だろ。どうした」
「‥‥現在、私達のレジスタンスが居る村にキメラの集団が向かっています。こちらの人数は四名、住民は避難しておらず、手が回りません」
「レジスタンスっていう単語はとりあえず聞き流してやるが、お前が求めてるのは軍の支援か、それとも傭兵かどっちだ」
「傭兵です。戦えて住民も誘導でき、こちらに命令しない人間を寄越して下さい」
「難儀な注文だな‥‥そっちの能力者は一人か?」
「スナイパーが一人と、私です」
「了解。2時間で向かうから、耐えろ」

 さらっと言ってヘンリーは通信を切った。レジスタンスと言ったまつりがどこからどうやってここに連絡を寄越したのかは定かではないが、レジスタンスにはレジスタンスのネットワークがあるのだろう。

「そこはおいおい聞くとして‥‥おい、お前、起きろ!」
「ぶふぉっ!!」

 妙な声を上げた事務方はヘンリーの顔をぼんやりと見つめていたが、上官だと分かり慌てて敬礼をした。
 
「長篠・冬嗣軍曹であります。何か、ありましたか?」
「何かありましたか、じゃねーよ! とっとと傭兵の派遣を要請しろ! つか、仕事中に寝るな!」
「申し訳ございません‥‥俺、いや私は、気づいたら寝ているもので‥‥」

 大丈夫かよ、ここ‥‥と流石のヘンリーもげんなりした。すぐさま、また眠りそうになっている軍曹の頭を叩く。
 
「あー‥‥良いわ、うん。今回だけ俺が面倒みてやる。次からは上司を連れてくるなりなんなりしてお前が対応しろ」
「はいっ。あざっす! あ、いや、ありがとうございます!」

 犬が尻尾を振っているようにしか見えなかったヘンリーだったが、とりあえず何か危ない気配を感じたので尻尾の辺りは見ないようにした。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
鷹代 由稀(ga1601
27歳・♀・JG
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
ウルリケ・鹿内(gc0174
25歳・♀・FT
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

 未だ四国には血生臭さが充満しきっていないように見える。
 だからこそ、レジスタンスも体裁を気にする余裕があるわけで、それに関して傭兵達は特に不快感も賛同の意も持っていなかった。
 ただ、いささか不遜過ぎる言い分ではある‥‥ような気もする。
 
 ●
 
「手伝え、でも命令するな、避難誘導までやれ‥‥と来たもんだ」

 注文が多いな、と苦笑した鷹代 由稀(ga1601)は屋根の上で紫煙を燻らせた。彼らに堂々と言い分を述べて見せたレジスタンス達は、彼女の眼下で住民の避難誘導を始めている。傭兵達には目もくれない。

「いつも通りの内容なんだけど‥‥なんだかなぁ」

 などと呟く由稀の視界を端を、百地・悠季(ga8270) が横切った。彼女もまた、せっせと動きまわるレジスタンス達を見つめながら肩をすくめている。
 ただし、悠季はその口元に黒い笑みを浮かべているのだが。

「とりあえずうっと惜しいバクア製造キメラなんか、徹底的殲滅よ」

 さらっと恐ろしい事を言った悠季である。何も考えずに突っ込んでくるキメラがちょっとだけ哀れだ。
 
「にはは♪ 命令できるほど偉くもないしねぇ。ま、邪魔するつもりはないし、お互いにがんばろ♪」

 悠季の傍で周囲を警戒していた毒気の無い笑顔で刃霧零奈(gc6291)が言った。彼女に話しかけられたレジスタンスは無表情で頷くだけで、特に何も返事をしない。

「つれないなぁ‥‥」

 頬を膨らませた零奈だったが、気分を害したわけではない。
 これから血雨降るスリリングな戦いが待っているのに、不機嫌になるわけがなかったのだ。
 
「ううん、あちらに道が延びていて、此方に合流しますから‥‥。あら?」

 一方、かくり、と首を傾げて村人と話しているのはウルリケ・鹿内(gc0174)だ。彼女の手元には村周辺の道の状況が簡単にメモされていた。
 耳を済ませたウルリケは、そこで微かに獣の遠吠えを聞いた。時間を置かずに、レジスタンスの一人がこちらに向かって歩いてくる。まだ二十代に見えるが、どこか異様に落ち着いて見える青年だった。

「戦闘を開始する。足を引っ張ることはないだろうけど‥‥それなりに戦力として期待はしているからね」
「勿論です。住民の皆様の誘導はお任せしますわね」
「言うまでもないよ」

 表情を変えずに言った青年はそれきり何も言わずに、やがて誰かに呼ばれて彼女の傍から離れていった。

「‥‥にしても、後ろから撃たれて装備追い剥ぎされたらたまんねえな」

 そんな軽口を叩いているのは湊 獅子鷹(gc0233)である。レジスタンス達の気持ちは理解できるが、傭兵に向けられる視線が気に入らない。
 かといって、ここで彼らと争うことは意味のないことだ。

「さて‥‥めんどくせえなあ」

 とっとと終わらせて帰りたい。
 獅子鷹のご要望通り、幸いにして今回は心強い面子が揃っていた。

「キメラだ! 住民は急いで避難しろ!」

 村の入口から怒声が飛んでくる。
 覚えず村はあっという間に臨戦態勢になった。

 ●
 
「ま‥‥ほ、蛍っ!」

 すたすたと村の外へ歩いていく少女の背中に声をかけた須佐 武流(ga1461)に、蛍は足を止めて振り返った。
 彼の知っている少女と目の前の彼女が同一人物であるのならば、ここで泣きながら抱きついてきても良いものだが、あいにくそんな気配は微塵もない。
 本当に、別人になってしまったようだ。

「その‥‥何だ。援護と指示を出せ。背中は任せるからよ」
「了解しました」
「それと、正面は俺に任せな!」
「お任せします」

 会話は噛み合っているのに、何かが食い違う。
 これはどうすべきなんだと武流が逡巡していると、腰にぶら下げた無線機から由稀の冷静な声が聞こえてきた。

『話し込むのも良いけど、須佐君さ。そっちに三体、狼が来てるよ』
「あ、ああ。分かった」

 視界に飛び込んできた狼に肉薄した武流は、下腹から一気にそれを蹴り上げた。高々と舞う狼の脳天を、後方から蛍のエネルギーガンが撃ち抜く。

「蛍! 敵を『扇嵐』で空中に巻き上げろ!」

 叫んだ武流の声が夜の闇に消えるより早く、蛍が片手に持った扇を振るう。土を舞い上げて起こった竜巻に、狼や植物型のキメラが巻き込まれて宙に浮いた。

「行けます。どうぞ」

 蛍の声と同時に、武流が竜巻の中に突っ込んだ。しばらくして、死骸となったキメラがボトボトと音を立てて地面に落ちてくる。そうして、最後に武流が着地した。

『そっちはまだ来るよ』

 屋根の上に居る由稀の声が二人に届く。
 三体、と言ったが、由稀はその直後に草むらから何かが出てくるのを見つけていた。思ったより数が多いのか。
 手始めに向かってくる狼の頭を射程一杯から撃ちぬいた由稀はライフルのスコープから目を離して呟いた。

「さて、と‥‥ちゃっちゃと終わらせますか」

 煙草をくわえたスナイパーは再び狙いをキメラに定めた。
 目線を少し動かせば、同じく別の屋根に人影があった。人型のキメラの存在は聞いていないので、恐らくレジスタンスの一人だろう。
 ちらりとそちらを一瞥した由稀は、スコープの向こうに視線を戻す。

「ふうん‥‥」

 撃ち比べをするつもりは毛頭ないが、同じスナイパーとして、その狙撃手の腕がほんの少し気になった由稀は、それを表に出すことなく、淡々と射程に入るキメラを撃ち仕留めていった。


 獣道の南部には悠季が一人で向かっていた。とはいえ、その後ろにはレジスタンスの女性が待機している。自分は一般人だから役には立てないだろうが、とその女性は予め悠季に告げていた。

「まだ新しいわねぇ‥‥近くにいるかしらね」

 道に刻まれた獣の足跡を眺める悠季は、ふと懐から出した呼笛を鳴らした。

「そんなん鳴らしたら寄ってくるやろ」
「それが狙いだから、構わないわね」

 後ろの声に苦笑した悠季は銃を構えた。視線の先の草むらが不自然に揺れているのだ。
 ついで、彼女の周りを囲むように、草むらから闇に光る双眸がいくつも現れる。

「来たわね」

 開口一番、悠季の銃を持つ腕が淡い白色の光に包まれた。有無をいわさず草むらに向けて銃を斉射する。
 たまらず飛び出した獣に近づき、強化された脚で蹴り潰した悠季は息をつかせずに、脚を横に蹴り薙いだ。背後から襲い来る獣が一斉に吹き飛んで木々に激突する。

「大した相手ではないわねぇ。一人でもいけそうな感じよね」

 とはいえ、同行しているのは一般人だ。流石に守れとは言わないだろうし、その必要もないだろうが、一応気にしておいた方が良いだろう。

「まぁ‥‥お互い好きにやるわよねぇ」

 後ろのレジスタンスが、効かない事を承知の上で武器を構えているのを見て、悠季は三度苦笑する。
 そして、彼女は前に向き直り、銃を構え直した。

 ●

「ちょっと。住民の安全くらい守りなさいよね」

 屋根の上から、由稀は下にいるレジスタンスの男性に厳しい口調で言った。レジスタンスがどうなろうと知ったことではないが、うろうろする住民を止めない彼らの行動は気に入らない。
 声をかけられたレジスタンスの男性は、一度ふっと微笑んで住民の老婆に手招きをした。素直に従う彼女に何か声をかけて、彼は再び由稀の方を見た。

「満足かな?」
「‥‥」

 何か腹の立つ言い方だ。同感なのか、屋根の上にいるもう一人の狙撃手も肩を竦めている。
 相手がキメラやバグアだったら、その脳天に一発ぶち込んでやるところなのだが、それも出来無い由稀は溜息をついて、もやもやの矛先を手近なキメラに思いっきりぶつけた。


 獣道の西部では零奈が接敵していた。

「西側にキメラ来たよぉ‥‥ふふふ♪」

 茂みから姿を見せたキメラ達に恍惚の表情を浮かべた零奈は通信機の向こうにいるであろう仲間たちに呼びかける。
 その腕に植物の蔓がきつく巻きついたのはそんな時だった。気がつくと、自分の周りでは狼が唸り声を上げて牙を剥き出しにしている。
 零奈の全身を何とも言えない快感がぞくぞくと這い上った。

「この感覚‥‥さいこぉ‥‥♪」

 蔓を力づくで引っ張りキメラを引き倒した零奈は、そのまま一足飛びで懐に飛び込み、薙刀を突き立てた。緑色の血が腕に、脚にふりかかる。それらを拭うこともせずに、零奈は続いて狼に斬りかかった。

「ここから先は通さないよ♪」

 牙を見せて飛びかかった狼を躱して、零奈は反対に狼の腹を薙刀で横に滅多斬りにする。血泡を吐いて肉塊となったキメラを脚で踏みつけて、彼女はうっとりとした妖艶の笑みを浮かべて敵を見回した。

「次は誰がくるのぉ‥‥? もっとスリリングに戦おうよ♪」

 死骸に薙刀を突き立てて、零奈は敵を嘲笑う。
 大物を振り回して、飛びかかった狼の口に薙刀をねじ込み、血潮を浴びながら植物の蔓を断つ。
 恍惚として振る舞う彼女が覚醒を終える頃には、その周りには死骸と大量の血液しか残されていなかった。


 村へ繋がる道のうち、整備された道に現れたキメラにはウルリケと獅子鷹が出向いていた。
 その内の一本を担当するウルリケは暗視スコープを外して、村の方を一瞬振り返った。

「誘導は上手くいっているかしら‥‥。出来れば、お手伝いしたい所ですけれど‥‥」

 レジスタンスのことは絶対的に信用していないが、彼らとて無意味に住民を死なせはしないだろう。
 そう思ったウルリケは、彼女に近づくキメラを見つけて表情を引き締める。

「後ろに下がっては大変ですから‥‥。止まってはいけませんわね‥‥」

 キメラの姿を認めたウルリケは覚醒して冷静に言った。
 幸い、この周辺は由稀の援護射撃が容易に届く範囲だ。それほどの激戦は必要ないだろう。

「行きます‥‥!」

 覆い被さるように襲いかかってきた狼の脚を薙刀の柄で強烈に突いたウルリケは小さく息を吐いた。そして、その流れを殺すことなく、植物の蔓を一気に薙ぎ払う。
 刹那、彼女の脇を由稀の銃弾が掠めて狼の脚を撃ち抜いた。一度村の方を見たウルリケは、地面を蹴って狼の群れの中へ飛び込んだ。

「ここを通すわけにはいきませんわね‥‥。この場にて仕留めますっ」

 横一線、薙刀を大きく振るったウルリケの周りに狼が散らばっていく。
 開けた視界の先にいる植物に走り寄った彼女は、敵が蔓を出すよりも早く、その本体の死角から渾身の力を込めた一撃を打ち込んだ。
 大きく宙を舞った植物が地に落ちる前に、ウルリケは急いで別の戦地へと足を向けていた。
 

 一方、もう一本の整備道で警戒行動をとっていた獅子鷹も、ようやく敵を迎撃しようとしていた。

「ショットガンなら当たる‥‥か」

 走り寄ってくる狼をショットガンで撃ち抜いた獅子鷹は呟いた。
 レジスタンスがこちらにくる気配はない。信用されているのか、それとも放っておいても良いと判断されたのか‥‥いずれにせよ、自由にさせてもらおう。

「行くぜ」

 短く言った獅子鷹は、決して動きを止めること無く、狼に肉薄してその前脚を太刀で斬り飛ばした。バランスを崩した狼をそのまま上空へ打ち上げて、続いて植物へ向かって走りこむ。
 蔓ごと植物を真っ二つに斬り伏せた獅子鷹は、いきなり体の向きを変えて、手に持っていたショットガンの銃口を背中に飛び込んできた狼の口にねじ込んだ。
 そうして、獰猛に笑う。

「やはりポンプアクションは男のロマンだな。楽しくなってきやがった」

 そう言って、引き金を弾く。
 内側から銃弾で粉砕された狼の無残な死骸を冷たく見下ろす獅子鷹に、零奈が合流したのはそんな時だ。

「あれぇ、もう終わっちゃった?」
 
 思うまま敵を倒しながら進んできたのだろう、きょとんとして言う彼女の体は返り血で染まっていた。
 そんな零奈の姿を見て、獅子鷹は敵に対するのとは違った意味で眉根を寄せた。
 血を浴びて嬉しそうにしている、そして、更に戦いを求めて敵を渇望している。
 零奈を見れば、そんな事は獅子鷹にはすぐに分かった。彼もまた、彼女と同じ‥‥否、彼女のほうが危ういかもしれない。

「リスクジャンキーか、恋人もちなんだ‥‥無理はするなよ?」
「ふふふ‥‥♪」

 ため息混じりに言った獅子鷹の言葉に、零奈は艶やかに微笑むだけで深くは何も口にしなかった。
 
 ●
 
「とりあえずは、ありがとう‥‥というところだね」

 日向、と名乗ったレジスタンスの代表は掃討後の傭兵達に言った。その不遜な物言いに、由稀の視線が険しくなったが、日向自身は一向に気にしていないようだった。
 
「これから四国は激戦区になるはずや‥‥あんたらの力も、また要るかもしれん」

 小袖と名乗った女性は訛りのある言葉で言った。

「調子の良いこって‥‥」
「ですが、私達に出来ることがありましたら」

 煙を吐いた由稀は不機嫌そうに言い、ウルリケは苦笑交じりに返した。

「あたしはスリルたっぷりで叩ければ良いかなぁ♪」

 にこりと笑った零奈に、獅子鷹はどこか嗜めるような視線を向ける。それでも、彼女がすぐに姿勢を正すとは思えないのだが。

「それにしても、四国でこんなことがあるなんてねぇ‥‥忙しくなりそうなのかしら」

 悠季の言葉に、小袖は小さく頷いた。
 聞けば、東京の方で大きな戦いがあってから、四国で小競り合いの頻度が増え、またレジスタンスでは手に負えない敵も姿を見せているという。

「‥‥我々の目的は、四国の解放と、この戦火の種であるミスターSと名乗る男の討伐です」
「欲を言えば、もう一人倒したいんだけどね」

 景光の丁寧な言葉を打ち消すように、日向が言う。
 傭兵達はその話を詳しく聞こうとしたが、レジスタンス達はそれきり何も言わず、話はそこで頓挫した。

「蛍。帰るよ」

 振り返った日向の目線の先には、武流と久々の再会となった蛍――まつりの姿があった。
 何が会ったのかは聞かない。自分の前から消えた事を責めはしない。
 そう言った武流は、まつりをそっと抱き寄せた。その額に、唇を静かに押し当てる。

「忘れるな、離れていても‥‥いつでも俺はお前のことを想っている。俺とお前の心の絆‥‥忘れないで欲しい」
「‥‥しばらく、あたしのことは忘れて下さい」

 武流の言葉を否定したまつりの目は、少し潤んでいた。

「今は‥‥今のあたしでは、貴方に触れられない。だから、もし‥‥もし、我儘が許されるなら、待っていて下さい」

 全てが終わる、その時まで。
 それだけ告げ、彼女は『蛍』の顔に戻った。
 その様子を見ていたのは傭兵達だけではなく、レジスタンス達もまた、それをじっと見つめていた。
 
「‥‥日向。顔が歪んでいますよ」
「ふふ‥‥そうかな。ねえ、景光」

 笑みを殺した日向は、悪びれもせずに傭兵達の方を見て言った。

「良いね‥‥あれは使える。これからも、ね」

 そう言った日向の声は、傭兵達には届いていなかった。
 四国の地で、また血の雨が降る予感がした。

 了