●リプレイ本文
瞬天速で屋敷の二階に飛び込んだラルス・フェルセン(
ga5133)は辺りを見渡した。朱の絨毯が敷かれた細長い廊下に、部屋が数室。
「敵は‥‥いませんか」
足音を殺して歩いていたラルスは、ふと人の気配を感じてある部屋のドアに近づいた。微かな物音が聞こえる。
「御無事です‥‥か――?」
武器を構えたまま部屋に入ったラルスを待っていたのは、鼻先で止まった鋒だった。
その先を辿れば、鬼のような形相の大尉がいた。
二人は互いに互いの姿を確認して、そこでようやく事情を察した。
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一方、玄関先では妹達が歓声をあげていた。
「きゃー! マーガレット、見てよ! 傭兵だわ!」
「傭兵だわ。姉様とちょっと違うけど傭兵だわ」
「え、えーと‥‥」
全身真っ黒な鎧を身に纏い、物騒な竜斬斧を担いで入ってきた鳳覚羅(
gb3095) はいきなり足元でくるくるとはしゃぐ双子を見下ろした。珍しく状況に頭がついていかない。
「はて? ここがバグアに襲われていると聞いてきたんだけど‥‥」
「バグアってあれでしょ! すっごいの!」
「すっごいの。怖いやつでしょ?」
「凄くて怖いんでしょうけど‥‥ふー、びっくりさせるわよね」
援護をする気満々で家に上がってきた百地・悠季(
ga8270) は肩を竦めた。
彼女の後ろから、続々と傭兵達が戦闘準備を整えた状態で入ってくる。
「シャルロット大尉の命が危険とは、一体どの様な状況と思いましたが‥‥」
「ねーさまの命? 危険だわ! 色んな意味で!」
呟いた神棟星嵐(
gc1022)にリリーが物凄い勢いで駆け寄った。ぐいぐいと腕を引いて彼を中に入れようとする。
そんな時だった。
「こらーーーーーっ!!」
居間からとんでもない怒声と共に次女のアイリスが走って来た。眉間にぴしっと皺を寄せて仁王立ちになった次女に、傭兵達は一瞬大尉の幻覚を見た。
「‥‥妹達が、ごめんなさい。事情を話しますので、どうぞ中に入って下さい」
ぺこりと頭を下げた次女の言葉で、傭兵達はなんとなくエーリク家の事情を察した気がした。
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「確かに危機ではありますね。では、傭兵として依頼を遂行するとしましょう。よろしくお願いします、アイリスさん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
穏やかな笑みを浮かべる音桐 奏(
gc6293)は、苦労性の次女に頭を下げる。
「いやー、バグアでもー現れたのかと〜。ですがー、これはこれで、大変なー状況ですよね〜」
「あの大尉殿がなぁ‥‥人間、何があるかわからんものよな」
のんびり言うラルスの横で、フィオナ・フォーリィ(
gc8433)は意外そうに言った。
「そういうことなら乗りかかった船だ、協力するよ」
溜息をついた覚羅に双子は全く同じように両手を上げて喜んだ。あまりにもかしましいので、会話はあまり耳に入ってこない。
その傍では、一人一人挨拶に回るアイリスに星嵐が自己紹介をしていた。
「神棟星嵐です。シャルロット大尉が大変な状況と聞いて、エーリク家のお手伝いに参りました。宜しくお願いしますね」
「おにーちゃんね、分かったわ!」
「でもお兄さんが一杯だわ。青いお兄さんね」
「こらーっ! 失礼でしょ!」
アイリスの脇から飛び出した双子が星嵐の周りをくるくると回る。それを叱りつける次女に彼は苦笑した。
きっと毎日こんな調子なのだろう。
「さて‥‥それではまず、家主に挨拶といきましょうか」
ぼんやりと自分を見上げているベルの頭を撫でた奏が言った。
そう言えば、いつの間にかフィオナがいない。
誰よりも早く、彼女の部屋に向かったのだろう。
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「なんともはや‥‥話を聞いた時は何事かと思ったが、無茶にも程があるぞ」
「少将に申し訳が立たない‥‥たかが風邪などに屈した自分が憎い」
くく、と笑うフィオナはベッドの脇に腰掛け、大尉の銀色の髪をそっと撫でる。
――お姉様は女の人に弱いの。
持っていたスケッチブックにそう書いたベルに、不覚にも覚羅は吹き出しそうになった。
純粋な子どもというのは怖いものだ。
「いや‥‥それにしても、良い雰囲気だね」
やれやれと肩を竦める覚羅の傍で、悠季が興味津々の体で中を覗いている。
一同が完全に挨拶のタイミングを逃す中、金色の騎士は言った。
「いい機会だ、あとは我々に任せてゆっくりしておれ」
「すまない」
「貸し一つ、と言ったところか? ‥‥冗談だよ。病人相手にそんな話をするわけが無かろう」
ちらりと視線を向けた大尉にフィオナは苦笑する。それでも楽しそうな声と視線は変わらずに、弱り切った女性に注がれる。
――と、ふと思い至った大尉が口を開いた。
「一つ、聞きたいのだが」
「うむ」
「‥‥貴官、家事は出来るのか?」
面食らったような顔になったフィオナは、直後に思いっきり踏ん反り返って腕を組んで言ってのけた。
「家事だと? 我に出来ると思っているのか?」
「で、あろうな」
部屋の外で全員がずっこけた。
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物干し竿の置かれた庭に出たラルスは洗濯籠を置いた。そこに、小さな足音が近づいてくる。
マーガレットだ。いつも一緒のリリーと離れて、一人でこちらに来たらしい。
にこり、と笑ったラルスである。
「私がー、干しますからー、洗濯物、パンパンとー広げてくれますか〜?」
「洗濯物ね。私、リリーよりも洗濯物を干すのは上手だわ」
きぱっと言った四女はいそいそと濡れた洗濯物を広げ始めた。
糊の効いたシャツを広げる音が庭に響く。
「お日様で乾いたシャツはー、気持ち良いんですよ〜」
「これを着たら、姉様は元気になる?」
「もちろんですよ〜。元気になりますよ〜」
のほほんと言うラルスにマーガレットも釣られて笑みを浮かべる。
「私にもー、双子の弟がいるんですよ〜」
「私と同じだわ」
「同じですね〜」
のんびりのんびり。
ラルスのペースにすっかり染まっているマーガレットも、段々ぼんやりとしてくる。それでもラルスの手は動きを全く鈍らせていないのは流石だ。
女性用の下着も多いのに、実に手馴れている。
「‥‥姉様は、男の人なんて洗濯もできないで、ただ服を投げ捨てる存在だって言ってたのに、ラルスさんは違うのね」
「あはは〜。そういう人もー、いないでもないですけどね〜」
最後の一枚を干し終えたラルスはそう言って、それとなく大尉のフォローをしておいた。
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「では始めるとしましょうか。何なりとお申し付けください、アイリスお嬢様」
「わ、わ‥‥私、お嬢様なんかじゃにゃいれふっ」
思いっきり噛んだアイリスに奏は不覚にも小さく笑った。
「遠慮はいりませんよ、アイリスさん。私は家族想いの優しいアイリスさんのお手伝いをする事が愉しいんですから」
「‥‥そ、それでは、そろそろお昼ですし、ご飯を作りたいと‥‥」
「かしこまりました」
わざと傅くように言った奏は、案内された台所に入った。
あれこれと道具の場所を見て回っていると、後から星嵐がそこに姿を見せた。
「自分もお手伝いしましょう」
「ありがとうございます」
「それと、申し訳ありませんが、台所にある食材使わせて頂きます。料理ならそれなりに作れますので、お好みのものを作りますが」
「私も家事はそれなりにできますので、何でも言って下さい」
男二人が台所に立つという光景を見たことがないのだろう、おろおろしているアイリスだったが、徐々に調味料の場所や材料の場所を話し始めた。
星嵐と奏が作るのは、子どもでも馴染みのある料理だ。日本人の星嵐は和食の準備にとりかかり、奏もサラダやグラタンなどの手料理を作り始めた。
大の男二人の間に立って包丁を持つアイリスは、時折星嵐と奏を交互に見比べていた。そうして、しばらくして待ち時間に口を開いた。
「傭兵というものは、お料理もできないといけないんですね」
「意外ですか?」
尋ねた星嵐に、アイリスは頷いた。
「お姉様は、『男なんてものはガサツで卵の一つも満足に割れない、食べる専門の存在だ』と言っていたので‥‥お父様も料理はできませんし」
「それはそれは‥‥」
苦笑した奏である。大尉の周りにも料理の一つや二つできる男がいるであろうに、とんだ偏見である。
きっと家に帰っては妹達に男の愚痴を漏らしているのだろう。
ぽつぽつとレンジの中で焼け始めるグラタンを見つめながら、そこまで想像した奏は言った。
「良いお姉さんですね」
「自慢の姉です」
ぱっと輝いたアイリスの笑顔に、家族の温もりを感じた奏である。
先天性の欠陥を持つ彼には、見ることのできない笑顔なのかもしれない。
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どこからかジャージにエプロン姿になって戻ってきた覚羅に、リリーは目を輝かせた。
「覚羅おにーさまは、イケメンだわっ!」
「それはどうも」
直球である。
料理は他の人が作るようなので、覚羅とリリーは散らかった居間の片付けをしていた。傭兵が助けに来るまで暇を潰していたのか、非常に散らかっている。
肩を竦めた覚羅は目についたものから、分類しつつ片付け始めた。くるくると視線を巡らせて手が休んでいるリリーにそれとなく声をかけては、片づけ方を教えていく。
本の大きさを揃えて棚に直したり、埃はきちんと拭きとったり、アルメリアの邪魔にならないように静かに床を拭いり――片付けと掃除を同時にする手際に、おてんばな三女は目を丸くした。
「男の人ってすごいのね! ねーさまが男はガサツだって言ってたけど、そんなことないわ!」
「LHの傭兵たる者‥‥此れぐらいの事は出来て当然‥‥」
「傭兵ってすごいのね。リリー、傭兵は皆お嫁さんになれると思うわ!」
「ははは‥‥」
流石に嫁にはなりたくないなぁ、と思いながら、覚羅は十歳児との片付けをこなしていく。
その二人の傍では、アルメリアを悠季とベルで世話していた。まだ生まれて間もない赤ん坊の世話など、現役母の悠季にはお手のものだ。
「アイリスに色々聞いておいたし、あとは経験でどうとでもなるわね」
「‥‥」
シャツワンピースに着替えた悠季は手慣れた様子で六女を抱き上げる。思ったより体が小さいが、すっぽりと彼女の腕の中に収まった赤子は、初めて見る人に緑の瞳を瞬かせた。
「見た処ハーフバースデイぐらいの頃合かしらね」
「‥‥」
――初めての人で泣かないのは、珍しい。
妹の近くに置かれた端末に打ち込んだベルが悠季を見た。彼女の会話は紙か、この端末なのだろう。
アルメリアをあやしつつ、悠季はベルにも積極的に話しかけた。
「事情は大体聞いているけど、お母様はよく逃げ出すの?」
――稀に。
「ちゃんと見つかってるのね?」
――父様がいつも見つけてくる。
「そう。それなら、一応安心‥‥なのかしらねぇ」
じっと悠季を見つめるベルは、彼女が既婚者で子どももいることを薄々感づいているようだった。
無言でカチカチで端末に打ち込む。
――悠季姉様は、家出とかしたくなるの?
「家出はまあねえ‥‥」
目を逸らした悠季である。
そこのところは、身に覚えもあるので、ノーコメントとさせてもらおう。
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フィオナに呼び止められたマーガレットは忙しなく動かす手足を止めた。
無理をするな、という彼女の言葉に四女は首を横に振る。
「アイリス姉様も、リリーも頑張るって言ってたわ。私も、シャルロット姉様が元気になるまではしっかりしないとね」
「姉上のためにしてあげたいこと、一つずつ解決しようではないか。急いたところで何もいいことは無いぞ」
急に大人になろうとする四女を制するように言ったフィオナである。
次女はともかく、双子はまだ十歳なのだ。
だから、フィオナは教育の一環で、今回の事に言及した。
「傭兵は、家政婦ではないからの」
「でも、皆手伝ってくれてるじゃない」
「勿論、必要ならば我も手伝おう。だが、こういうことがまた起きた時に傭兵を呼べるとは限らん。まずは自分達でやるのが大事だ」
「大丈夫よ。今度はきっと大丈夫だわ」
「ほう?」
「だって。今度姉様が倒れる時は、きっと私も大人だもの」
そういう問題なのか。
流石に苦笑を禁じ得なかったフィオナだったが、それで納得するのであれば、ひとまず何も言わないでおいた。
そこへ、スケッチブック――遊んでいたラルスが全身全霊をかけて描いた絵がある――を持ったベルが姿を見せた。
「昼食ができました。食べましょうか」
ベルの隣から、奏が顔を見せて二人に声をかけた。
居間から、良い香りが漂ってきた。
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「シャルロット君にー、お茶を持って行って、あげましょうか〜?」
「リリーが持っていくー!」
「あっ、ずるい。私が行くっ!」
ご飯を食べて一服した後、ラルスの入れたハーブティを持った双子がバタバタと居間を出ていく。
残った傭兵達はようやく休憩といったところだろうか。
「ご飯、ありがとうございました。とても美味しかったです」
「そう言って頂けると幸いです。大尉殿もお粥を食べられると良いのですが」
星嵐に頷いて、アイリスは手早く慣れた手つきで皿を台所に運んでいく。
それを手伝おうと立ち上がった奏は、彼女にそっと言った。
「今日はありがとうございました、アイリスさん。貴女方のおかげで家族の温もりを感じる事が出来ました。今日この日の事を記憶し、私は決して忘れません」
「そん‥‥私の方こそ、感謝しないといけませんのに」
少し哀しそう微笑んだ奏に頭を下げた次女が居間に戻ると、ベルがラルスにくっついてうとうととしている所だった。
「ねむーい。ねーさま、ねむいー」
「私も眠い‥‥」
「‥‥」
戻ってきた双子も声を揃えて言う。
どうやら、妹達はそろそろお昼寝の時間らしい。
「あの子たちもなれない人達が沢山いて今日は大変だっただろうね‥‥ゆっくりおやすみ」
タオルケットを引っ張りだして床に転がる妹達を見た覚羅は、おもむろにハーモニカを優しく奏でる。
そして、末っ子をベビーベッドに寝かせた悠季が立ち上がった。
「さて、私達もそろそろお暇するかしらね」
傭兵達を玄関まで案内したアイリスは、彼らの顔を一度見渡して、きちんと頭を下げた。
「本当にありがとうございました」
「大尉にもよろしくお伝え下さい」
「またいつでも、お手伝いしますよ」
「君も、ゆっくり休むんだよ」
各々労いの言葉をアイリスにかけて、傭兵達はエーリク家を後にした。
「実に奇っ怪な家であったな。まぁ、あの大尉の実家だと言われれば納得できるが」
「いやー、久しぶりにー、疲れましたね〜」
「普通の傭兵業では、あまり経験しないことではあるわね」
道中呟いたフィオナに、ラルスはのんびりと言った。隣で悠季が面白そうに付け加える。
――故郷の弟妹達は、元気でやっているだろうか。
――家で待っている娘は大人しく眠っているだろうか。
――自分達を待ってくれている人達は、今日も何事もなく過ごせただろうか。
一日を振り返り、彼らはそれぞれの帰路に着いた。
了