タイトル:【FC】脅迫マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/06 13:50

●オープニング本文


 最近、沖縄の戦況を注視しているミスターS(gz0424)にとって、四国の動向は二の次である。
 しかし、指揮官にウィリアム・シュナイプ(gz0251)が就任したとの報告を聞くと、驚きの声を上げた。
「へぇー、それは思い切ったことをしたね。こっちの手を読もうと必死だ」
 彼は「これは楽しめそうだ」と笑うが、内心は「僕の敵じゃない」と思っていた。
 確かに用兵だけ見れば、ミスターは一枚も二枚も上手。だが、勝ちに不思議の勝ちはある。油断はできない。
「ウィリアム君はまだ、四国で活動するレジスタンスの詳細を知らないだろう」
 ミスターは東京解放戦線において、レジスタンスの活動を放置したせいで手痛い目に遭っている。まさに「千里の堤も蟻の穴から」を体現した格好だ。これを教訓とすべく、彼はある策を授ける。
「UPCとレジスタンスが組むと、何かと面倒だ。まずはここを封じようか」
 彼は部下に対し、レジスタンスを引きずり出す作戦を決行するように指示。あの手この手で存在を抹消しろと伝えた。
「僕はしばらくここを留守にする。沖縄の3姉妹をエスコートしなければいけないからね」
 ミスター肝入りの「レジスタンス討伐作戦」が、今まさに始まろうとしている。

 ●
 
 ああ、煩わしい。煩わしい。
 あの方の隣にいるべきはこの私なのに。
 あの方は私を見ようともせず、駒の一つにしか思っていない。
 他の女を見ないで。
 他の誰も見ないで。
 私だけを――貴方のために屍の山に立つ私だけを見て。
 
 
 衝撃音が響いた。その方角は、西。
 真紅のマリアンデールの砲口を翻した蛍のコクピット内からでも、逃げ惑う人々の姿が確認できる。
 ――四国のとある街は今、バグアの襲撃を受けている。比較的大きな街であり、人々の数も多い。
 そして何より、蛍――三枝 まつりの故郷だった。

「‥‥っ、ネネッ!」
「分かってるよ!」

 上空を舞うガンスリンガーが弾幕を張る。コクピットから聞こえる焦った声は、仲間の祢々だ。
 襲撃は、突然だった。慰安も兼ねた海上警備に来ていた所を襲われた形である。

「日向の予想が当たったかな‥‥嫌な当たり方」
「――蛍、来るよ!」

 瞬間――弾ける閃光に、蛍の機体は一時的に制動を失った。
 
 ●
 
 紅色に塗られたタロスの中から、彼女はマリアンデールのもげた砲台を見下ろしていた。
 敵は完全に動きを止め、その間を住民だけが必死の形相で走り回っている。

『‥‥私の名は、ミヤビ。この地を掌握するお方の為に動く者。愚かな人間共よ、聞くが良い』

 それは、紛れもなく遙か記憶の隅で生き続けて来た母親の声だ。
 コクピットにぶつけた頭を振って、蛍は憎しみに満ちた視線をタロスに向ける。

『我らの要求は一つ。レジスタンスを我らに引き渡せ。さすれば、お前達は安楽に包まれる』
「へぇ‥‥随分な事を言ってくれるじゃん。僕達と住民の命が引換?」

 鼻で笑った祢々の声に、住民達も一斉に声を上げる。
 この地を守ってきたレジスタンス達を引き渡して自分達だけが助かるなど、『今の』彼らには考えられなかった。
 そう――今の、だ。

『‥‥愚かな人』

 紅を引いた唇を歪めて、ミヤビは上空に留まる部下に撃墜命令を下した。
 気づいた蛍が叫ぶ。

「やめて――っ!」

 命令を受けたゴーレムが、背負っていた砲口を住民のいる真っ只中に放った。
 人々を多く巻き込んで、街の一角が文字通り陥没したのだ。その砲撃の後には、瓦礫すら残らない。
 あそこにいた家は、人は‥‥。
 恐怖で凍りついた住民に、今度はゴーレムのパイロットが口を開いた。
 
『――みんなっ、俺はレジスタンスの骨喰だ。話を聞いてくれっ!』
「骨喰っ!?」

 祢々が思わず声を上げた。それはそうだ、ゴーレムからはつい最近行方不明になったレジスタンスの仲間の声がしたのだから。
 戦慄する仲間を無視して、ゴーレムに乗った骨喰は続けた。

『俺は、レジスタンスがバグアを倒した後、四国を手に入れる計画を知った。ここにいるミヤビ様はそれを知って、無用な戦いを生まないように協議しにきたんだ。なのにレジスタンスはこうして、俺達を攻撃して、皆を巻き込んでる!』
「そんなこと本気で言ってるの? 骨喰、どうして貴方、ゴーレムになんか乗ってるの!?」

 叫んだ蛍は機体の先をゴーレムに向けた。
 口々に住民達が異を唱え始める。
 
「レジスタンスはそんな奴らじゃない!」
「狂ってるのはお前の方だ!」
『違うっ!』

 骨喰の叫び声で、住民が静まり返った。

『だったらなんでレジスタンスはいきなり機体で来たんだよ! 俺達が来なかったら、あんた達は殺されてたんだぞ!? 思い出せよ、どっちが先に攻撃をしかけたかっ』
「‥‥そうだ。今までこんなでかいの来たことなんて無かったのに、何故今日に限って来たんだ」

 住民の一人が呟いた。
 疑念が疑念を呼ぶ。人々はすぐにレジスタンスを誹り始めた。

「まさか、最初にこの街を制圧にしに来たのか?」
「そう言えば、レジスタンスは有無を言わさずあのバグアを攻撃してた。最近レジスタンスの動きが活発になってきたって聞くし‥‥」
「噂じゃ、あいつらはアジトに人を集めて洗脳してるって‥‥」
「待って‥‥待って! 話を聞いて!」

 必死に呼びかける蛍のマリアンデールに小石が当たったのはそんな時だ。自分の遙か下で、小さな子供が必死に石を投げつけていた。

「おかあさんを‥‥おかあさんを、かえせっ」
「――っ」
「蛍!!」

 地上に降りた祢々が蛍の機体の前に飛び出た。その身で、ゴーレムの砲撃を受け止める。

「祢々!」
「裏切り者が‥‥!」
「待って、駄目!」

 ゴーレムの砲撃を受け流した――本来なら、直撃したらひとたまりもない威力なのに――祢々は、咆哮を骨喰に向けて、ためらわず銃撃した。
 骨喰の乗ったゴーレムの片足が吹っ飛ぶ。
 それを狙っていたミヤビが、酷く切羽詰まった声で叫んだ。
 
『御覧なさい! レジスタンスが味方を撃ったわ! 正しいことを言った仲間を攻撃するなんて‥‥!』

 言葉を詰まらせたミヤビは、コクピットの中でニタリと嗤った。
 これでもう、誰もレジスタンスを信じない。

 ●
 
「‥‥で? 軍と協力してレジスタンスを助けろって?」
「はい」
「景光。違うな、助ける対象が違う」

 本部で一報を聞いた日向は落ち着きを失わなかった。むしろ焦る景光を諭すように言ったのである。

「レジスタンスを見捨てるのですか!」
「それも違う。まずは住民を、次いでレジスタンスを。ただし‥‥」

 言葉を切った日向は、冷たく言った。

「裏切り者は消せ」
「日向!」
「聞こえなかった? 裏切り者は殺せと言った。軍にもそう伝えろ」

 要らぬ火種は断ち切れ。
 そう言った日向の冷めた視線を溶かせなくて、景光は渋々頷いて部屋を後にした。
 窓から一人、外を見下ろす日向は呟いた。

「動き出したか‥‥」

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
各務・翔(gb2025
18歳・♂・DG
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD

●リプレイ本文

 空から、六つの機体が降りてきた時、地上の興奮は絶頂に達していた。
 まるで魔女裁判のごとく、人々は現れた異物を排除しようと叫ぶ。
 そして、それらを冷たく見下ろす真紅のタロス――。

「来たわね‥‥さあ、醜く足掻いて哀れに墜ちるが良い」

 全ては愛おしいあの方のため。
 汚物を見るように地上を見つめるミヤビは、狡猾に微笑んだ。

 ●
 
「やる事は山ほどある。手早くせんとな」

 唯一機体を降り、生身で住民の説得へ向かった各務・翔(gb2025)は手に入れた拡声器の持ち手を握りしめた。
 彼がわざわざこの行動に出たのは、これから戦場となるであろう場所に人が存在しない事を確認するためだ。
 住民が密集する場所では戦えない。
 ましてや、機体という高火力の存在を誇示する事など論外だ。

「俺は四国総司令ウィリアム・シュナイプから住民の救助を依頼された。これよりここは戦場となる。急いで避難しろ」
「ウィリアム‥‥? 誰だそれは、聞いたこともないぞ」
「安心しろ。俺達傭兵の司令官だ。決して悪いようにはしない」

 怪訝そうな目で自分を見る住民を説得する翔は直感した。
 敵に扇動されたからもあるだろうが、根本的にここの住民は部外者を敬遠しているきらいがある。

「‥‥骨が折れそうだな」

 一度呟いた翔だったが、諦めるわけにはいかない。
 その場を一旦離れ、説得が通用する場所からの攻略を始めた。

 ●

「やっと‥‥会えたな」

 同じ戦域に佇むマリアンデールを見つめる須佐 武流(ga1461)は呟いた。
 自分の手元から動かないと信じていた雛が、気がつけば自らの足で自分の元を去り、消息を絶った。
 たとえ戦場であっても、こうして姿を確認できることは武流にとって嬉しいのだ。
 だが、感傷に耽るのはもう少し後だ。
 
「まずはこの厄介な状況をなんとかしねぇとな」

 苛立ちさえ含んだ声で武流は言った。

「剣は抜身にて戦場で揮われてこそ真価が測れる‥‥」

 哨戒するHWを睨んだ終夜・無月(ga3084)は、いつでも撃墜できる体勢を取った。とはいえ、今は説得の真っ最中、砲撃することは得策でないことくらい無月には分かる。
 今の無月ならば瞬殺も可能であろう――だが、状況がそれを決して許しはしない。
 抜身の刃は触れたものを全て傷つける。彼の持つ、剣のように。

「‥‥っ」

 狙いを定めるのは簡単なのに。
 絞り切れないライフルの引き金に手をかけたまま、無月はしばし静観を続けた。
 彼が見つめる中、傭兵達の説得が始まっていた。

「気に入らねェ‥‥気に入らねェ!」

 怒髪天をつく表情のアレックス(gb3735)は、事実怒りに燃えていた。
 目の前のゴーレムを繰る骨喰を止められなかったのも、敵の付け入る隙を与えてしまったのも自分達だ。
 だからとはいえ、こんなやり方は絶対に許せない。

「こちらはカンパネラ学園所属のアレックスだ。バグアの言う事に惑わされるな! あのゴーレムは、まずアンタ達の街に砲撃したんだぞ!」

 怒りを含んで叫んだアレックスの声は、群衆の声に溶けこんでいく。

「レジスタンスによる四国の支配、もし万が一にでもそんな事が起こり得るなら。その時は、俺達がレジスタンスを討つ。そんな事は許さない」
「何を! お前達がバグアやレジスタンスでない証拠なんてどこにある!」
「俺達はアンタ達を傷つけたりはしない! 信じてくれ!」
「いいや、信じちゃ行けない! こいつらは皆を安心させて一気に殺すつもりかもしれないだろ! でなきゃ、こんな数で来るもんか!」
「骨喰っ!」

 アレックスの説得に割って入った骨喰に、彼は唇を噛む。住民達は明らかに冷静さを欠いている。
 こんな状況で、声が届くのだろうか。

「――そも、レジスタンスの四国支配は現実的なプランではありません。故に、真実性に欠ける言葉は信用するに値しないでしょう」

 そんな声と共に、民衆とゴーレムの間に割って入った機体が二つあった。
 アルヴァイム(ga5051)の字と、神棟星嵐(gc1022)のblaue Dracheである。全く違う二色の機体に、住民達は一瞬気圧されて押し黙る。

「仮に支配が可能であったとして、それを維持できる程の防衛能力をレジスタンスは有していないでしょう」
「そんな事がどうして分かる! やっぱりお前達はレジスタンスの仲間なんだろう!?」
「否定も肯定もしませんが、私は推測から得た見解を述べるのみです」

 淡々と――そう、傭兵ですら熱くなる展開で、アルヴァイムは酷く冷静だった。
 それこそが、彼の強みであり、場を支配するのに有効な姿勢であることを、彼は本能的に知っていたのかもしれない。
 アルヴァイムに代わって、今度は星嵐が骨喰の方を向いて話しかけた。

「骨喰、貴公は『レジスタンスがKVで来た』ことに対して『バグアが来なければここの住民は殺されていた』と言いましたが、ワームと戦うのにKVは必要な戦力。先日、別の町がワームの襲撃を受け、町は壊滅するところだったのを忘れた訳ではありませんよね?」
「それは‥‥」
「ましてやその戦いの最中、貴公は攫われてしまった。そして、人間には指の一本も動かすことが出来ないゴーレムを操っている。それはどう説明しますか?」

 言いながら、星嵐はちらりと蛍の機体を見やった。微かに機体を動かし、彼女に住民の避難を始めるように指示を出す。
 星嵐の言葉を受けて、明らかに骨喰は動揺していた。それが演技なのか本心なのか分からないが、少なくとも傭兵の言葉を論破する力が骨喰にはなかった。

「骨喰。貴公の言い分には大きな矛盾があります。貴公の本心はどこにあるのですか?」
「俺は‥‥分からない。だけど‥‥」

 たじろいだ骨喰の声に、周辺の住民が初めて怪訝そうな表情になる。
 その時だ。

「――骨喰?」

 問いかけるような、女の声。
 全員の視線が、真紅のタロスに注がれた。
 その視線を受けながら、操縦席に座るミヤビは長い黒髪の毛先を指で弄び、紅を引いた唇を引き上げた。
 それだけで十分だった。
 
「そうだ‥‥傭兵は軍の狗、軍はレジスタンスを使い、四国を荒野にしようとしている。俺はそれに気づいたから、こうして皆を助けにきたんだ!」

 息を吹き返したように叫んだ骨喰の様子は明らかに異常だった。
 まざまざと見せつけられたその姿に、アレックスは覚えず舌を打つ。

「あいつはやっぱり‥‥」

 洗脳――それしか考えられなかった。
 そして、骨喰の人ならざるものにしたのは、間違いなくミヤビだろう。

「裏切り者は、なるほど‥‥骨喰、貴公ですか」

 決して本意の裏切りでなかったかもしれないが、と心の中で付け加えた星嵐は言った。

「ヤロウ‥‥許せねぇ!」

 人間など物としか見ていないバグアの典型のような女。
 激高したアレックスが、今にも動き出そうとする時だった。
 群衆の怒声や叫び声を切り裂いて、場に怒号が響き渡った。

「うるせぇぇぇぇっ!」
 
 それまで状況を静観していた武流の声だ。痺れを切らしたのか、それまでの沈黙が嘘のように声を張り上げた。

「今まで恩を受けて危なくなったら掌を返し、不幸を嘆いているだけの身勝手さには反吐が出る。良いか、俺達みたいに戦えなんて言わない。だが、まずはその足で立って動け!」」
「傭兵は、今まで俺達に恩を売ったつもりで戦っていたのか!」
「違う! そんな事を言ってるんじゃねぇ!!」

 食ってかかった骨喰を大喝して、武流は彼に向けて言った。

「お前が洗脳されてようが脅迫されてようが関係ねぇ。結果として自分の命が惜しい故に全てを裏切ったも同然だろうが! 住民を、仲間を裏切ったのはお前の方だろうが!」

 裏切り、という言葉を強調した武流の声に住民は声をなくす。
 ただ、骨喰の怒った声だけが空回る。

「裏切っただと? 俺達の事を今まで助けようともしなかったくせに、何様のつもりだよ!」
「骨喰っ!」
「うるさいうるさいっ!」

 ゴーレムの砲口が住民達に向けられ、躊躇いなく砲撃した。
 悲鳴と狂声が入り乱れる。
 だが、その砲撃が住民達を襲うことはなかった。

「――言い方に思うところはあれど、煽りには最適でした、須佐」

 骨喰の砲撃を機体で受け止めたアルヴァイムが言う。
 メッキの剥がれた敵に、今更言葉は要らないだろう。
 時期を察した他の傭兵達も臨戦態勢を取った。
 
 決裂の、瞬間だった。

 ●
 
「心配することはない。必ず君達を守る」

 突然の砲撃――それも、傭兵と住民の区別なく――に震える住民達の肩を叩いた翔は気付かれないように息をはいた。
 こうも人が多ければ強化人間が混ざっていても不思議ではない。

「軍も君達を救助すると言っている、大丈夫だ」

 そう言って、翔は住民の移動を始める。余程一発が効いたのか、大人しく従う住民も多い。翔の少し先では、損傷しながらも誘導を手伝うレジスタンスの姿がある。

「‥‥あとは、あそこにいるのを何とかできれば、な」

 見上げた翔の先で、均衡の破られた傭兵とバグアが対峙していた。
 住民への損害が懸念される分、傭兵達の方が未だ不利であることに変わりはない。

「今回は其の第一歩です‥‥」

 状況は変わった。無月は即座に行動を始める。
 四国を守るのであれば、傭兵などいくらでも利用すれば良い。それに自分達は応えるはずだ。
 彼はその信念の元、空のHWに向けてレーザーライフルを放った。
 蜂のように鋭く放った一撃は直撃とまではいかないものの、HW一機の左翼を破壊した。
 砕ける大きな破片が無人の地上に向けて落ちる。

「ふふ‥‥力ばかり求めた自惚れに身を滅ぼすが良いわ」

 その光景を見ていたミヤビはほんの少しだけ操縦桿を倒した。
 刹那、彼女のタロスから落ちていく破片に向けて一本の砲が放たれたのだ。
 無月は確かに、住民達を避けて攻撃した。
 だが、その距離がほんの少し近かったのだ。

「危ない!」

 叫んだ翔が人々の中にもまれていく。
 地上にいる人々に細かな――けれども、生身の人にとっては大きな――破片の雨が降り注ぐ。
 悲鳴の溢れる中、人々を庇った翔がその雨に打たれるのを傭兵達は見た。

「テメェ――――!!」

 操縦桿が潰れるほどの力で握りしめたアレックスが、ブーストを全開にしてタロスへ向かう。
 その動きを契機に、住民の存在など構うことなく、HWとタロスが一斉に攻撃を始めた。
 攻めの姿勢に入っていたアレックスも、守りに転じざるを得なかった。
 
「くそ‥‥っ! このままじゃやられるぞ‥‥!」

 街を守るために機体を盾にするアレックスのシラヌイS2型の両翼が被弾する。中でも凄まじい衝撃が彼を襲った。
 ぶつけた額から流れる血を腕で拭ったアレックスは唇を噛んだ。
 
「‥‥っ、まつり! 住民達の避難は!」

 タロスの砲撃に右翼が悲鳴を上げる。体勢を立て直す武流は、後方で避難誘導の最中にある蛍に叫んだ。

「もう少しだけ耐えて下さい。負傷者もいては‥‥」
「俺が行く。負傷した各務一人じゃキツイだろ」

 窓を拳で殴りつけたアレックスが吐き捨てるように言った。推進力の低下した機体を荒っぽく動かして、彼は愛機を着陸させた。

「頼むぜ‥‥もってくれ」

 見上げたアレックスの頭上で、再びタロスが砲撃する。
 自機が盾になると言っても限界がある。
 住民達の避難の完了が急務だった。
 
 ●
 
 何をしてもタロスだけは止めなくてはならない。
 余裕の体で気まぐれに攻撃するタロスには武流と星嵐が向かった。
 
「まつりの母君ですか。残念ながら貴公は倒します!」

 凍風を放った星嵐が叫ぶ。その脇を、武流機が全速で駆け抜けた。
 
「この前の続きだ、紅いの!」
「ふん‥‥無粋な虫けらだこと」

 タイガーファングとシルバーブレッドを同時にた叩きつけた武流は、一気にブーストの出力を上げる。
 真正面からの攻撃を受けて、僅かにタロスが後退した。

「この‥‥っ」

 腕ごとシルバーブレッドを掴んだミヤビ機が、背負っていた大きな刃を振り下ろす。
 嫌な音がして、武流の推進力が一気に落ちた。

「――ぐぁっ!」

 続けざまに両腕を持っていかれた武流機に衝撃が走る。蹴り飛ばされた武流機が近くの民家を破壊しながら地面に叩きつけられた。

「須佐殿! ‥‥っ!」

 援護に回ろうとした星嵐にゴーレムが肉薄する。
 ウルで攻撃を防いだ彼は反転、ラバグルートをゴーレムに向けて斉射した。

「――っ、皆、避難は概ね完了したぜ!」
「アレックス!」

 骨喰が星嵐の砲撃を躱した直後、傭兵全員にアレックスの声が響いた。
 住民達は、少なくとも自身の命が危険にさらされていることには気づいたようだ。安全圏まで大人しく引き下がっていた。

「悪ぃが、後は任せるぜ‥‥」
「十分です‥‥。これで、戦える‥‥」

 ぐったりとしたアレックスの声に無月が応える。その砲口で、HWの砲台を打ち砕いた彼は、操縦席の中から次のHWに視線を向けた。

「行きます‥‥」

 ブーストを全開にしてHWに突っ込んでいく。多少の攻撃を食らっても引かない無月の機体が、たじろいだHWに集中砲火を浴びせかけた。
 対して、星嵐機には骨喰に代わってタロスが強襲していた。

「よくも‥‥邪魔ばかりして、憎たらしい虫けらどもめ!」
「く‥‥っ、邪魔をしているのはどちらですかっ!」

 怒声を発した星嵐のツインブレイドがタロスの剣圧に負ける。そのまま足を斬られた星嵐機は、バランスを大きく崩してその場に崩れ落ちた。

「あの方の為に、屍の山となれ」

 冷徹な声。
 その一撃が振り下ろされる前に動いたのは、アルヴァイムだった。
 星嵐機に向けて腕を振り上げたタロスに、アルヴァイム機がブーストをかけたままシールドアタックでぶつかったのである。ともすれば、自殺行為にすら見えるこの動きに、タロス側は完全に意表を突かれた形になった。

「住民の意思は翻りました。お付きの手勢ももうすぐ殲滅されるでしょう」
「こ、の‥‥っ!」

 怒りに燃えるミヤビだが、体勢の立て直しが間に合わない。
 アルヴァイム機に弾き飛ばされたタロスは、彼から大きく離れた戦域外で体勢を立て直すと、憎悪に満ちた声で言った。

「手負いが四人‥‥それで守れたものは、貴方達を憎む人間だけとは皮肉なものね」
「痛手はお互い様でしょう。同じ手は、私達も二度と受けません」

 わざと挑発するように言ったアルヴァイムに、ミヤビが砲口を向ける。
 そして、彼女は打って変わって驚く程穏やかな声で言った。

「‥‥興が醒めたわ。これ以上の戦いは美しくないもの‥‥骨喰」
「はい、ミヤビ様」

 あっさりとゴーレムが引き下がる。
 無月が追撃の構えを取ったが、アルヴァイムは敢えてそれを制した。

「何故‥‥」
「今は負傷者の救助が優先です。この状況での追撃は得策ではないでしょう」

 まともに動ける傭兵はたった二人。
 被った傷手は決して小さくない。

 だが、それでも彼らが守りたかった最低限のものは、彼らが命がけで守り抜いたのだった。
 
 了