●リプレイ本文
街に近づくにつれて異様な雰囲気が立ちこめてきた。唸り声とキメラの羽音が聞こえてくる入口をメビウス イグゼクス(
gb3858)はじっと睨んでいる。
「メビウス。顔が怖い」
「え? ええ‥‥らしくなく緊張、ですかね」
苦笑した戦友を見つめるサンディ(
gb4343)は友の背中を撫でる。後ろに視線を促して、着いてくる仲間達を指差した。
「仲間が着いている。必ず、助けよう」
「ええ。救い出しましょう‥‥必ず!」
おそらくは豊かであった街並みが徐々に近づいてきた。麻宮 光(
ga9696)はサングラスをかけて行った。彼の目には、既に街を監視する鳥型キメラが数体見えている。
「予定通りに。それでは‥‥行きますか」
彼らはキメラの殲滅と子ども達の救出でメンバーを分けることになった。ただ、屋敷の前に座しているというキメラを倒すために、前半は出来るだけ力を温存しておきたい。
街の入口には事前の情報通り、狼のような形をしたキメラが待ちかまえていた。思うように人間を殺せなかったのか、やや鬱憤の溜まった表情でこちらを睨んでいる。
先頭を歩いていた霞倉 那美(
ga5121)は機杖「ブレイブハート」を構えて言った。
「行きましょう」
「夢もお手伝いします」
織那 夢(
gb4073)が直刀「月詠」を強く持って彼女の隣に立った。
後ろから着いてきていたサンディとメビウスは互いに顔を見合わせて、彼らの後を黙々と歩いていたレイド・ベルキャット(
gb7773)を見た。
「狼型キメラは六体ある。どうする?」
「皆さんで一気に畳みかけるのが得策では無いでしょうか」
レイドの意見にファング・ブレイク(
gc0590)と各務 百合(
gc0690)は同時に頷いた。
「俺はそれでも良いが、殲滅班は出来るだけ温存した方が良いんじゃねえか?」
「賛成。名探偵ムノーも、戦うことくらいおやすい御用だ」
探偵だという少女を見下ろしたレイドは、前に立つ二人に目で合図をした。先頭の二人は既に狼に向かっている。
彼らの厚意を受けたレイドは苦笑して、そして小さく笑った。
「では、お言葉に甘えて。私は援護をしましょうか」
メビウスとサンディの連携を美しいと思う感受性をキメラが持っているかは疑問だったが、少なくとも援護する仲間達は彼らの舞のような戦いぶりに目を見張った。
街の入口を守る狼達と対峙するサンディは、円閃を発動させた。彼女の持つ剣「ハミングバード」が唸りを上げて獣の体を切り裂いた。異常を察知して飛び掛かってきた別のキメラは、メビウスの流れるような大剣に阻まれて、体を丸めるように地面に転がった。
「援護するぜ!」
背後からバイクに跨ったファングの声が聞こえる。静かに近づいた彼が閃かせた爪が狼を薙いだ。
「三人とも、門の影に二匹隠れているよ」
探査の眼を習得している各務が落ち着きを払って言った。名探偵さながらの発言に誘き出されるように、二匹の狼型キメラが姿を見せる。
「こいつらは夢達に任せて下さい」
先陣を切っていた織那が言う。彼女はその機動力を活かし、上手くキメラを走らせていた。手に持つ「月詠」をキメラの歯に噛ませて動きを封じると、その横から霞倉がキメラの側頭部を撃ち抜いた。
手早く二匹のキメラを片付けた二人は息を吐いた。
「今、何匹だ?」
「残り一匹ですが‥‥これで終わりです」
脇に逸れたキメラを拳銃で仕留めた麻宮が言った。気がつけば彼らの周りには六体のキメラの死骸が転がっていたのである。
「まあ、出だしとしてはこんなもんだな」
ファングの言葉に全員が頷いた。
だが、入口を制圧したことを確認していたレイドが、不意に小銃を放ったのはその直後だった。耳を劈く銃声に全員が彼の方に視線を向けた。
レイドの見つめる先で羽根の折れた一羽の鳥が地面に落ちて行った。落ち際にか細い声を上げる。
「向こうも気づき始めましたね。これは急いだ方が良さそうです」
どうやらキメラ達は籠城戦よろしく奥の方に集まり始めているようだった。麻宮が双眼鏡で確認したところだと、長い尾を振って犬型キメラが獅子の周りに集まっているのだという。
「困りましたね。正面突破するにしても、あれだけの数を一度に捌けません」
双眼鏡をしまった麻宮はサングラスをかけ直した。黒いレンズの奥で彼の瞳が静かな闘志を燃やしている。
「最優先すべきことは子ども達の救出だ。救出班だけでも屋敷に入れてしまえば殲滅は何とかなるのではないか」
各務の言葉に皆頷いた。
彼らはひとまず予定通りの班に分かれることにした。子どもの救出が優先されている現状では、屋敷に入らない限り何の希望も見えてこない。
バイクに跨り直したファングが言った。
「俺がこいつで一度突っ込む。犬共は何とか出来るだろう。その後ろを那美と百合が着いてくればいい」
「ムノーだ」
しっかり各務が訂正する。ファングは曖昧に唇の端を歪めて肩を竦めた。
「獅子の誘導は夢が引き受けます」
元々、囮役のつもりでしたから、と付け加えて織那は月詠を両腕で抱えた。
「行きましょう」
レイドの声で作戦が始まった。
屋敷の前に集まっていたキメラ達にしてみれば、何が起こったのか理解に苦しんだことだろう。突然死角からバイクが突っ込んできたかと思えば、それが犬達を蹴散らしたからだ。勢いを緩めず走るバイクは大きな獅子の前で方向を変えて横に逃れた。
起き上がってきた犬型キメラの足を、追ってきた各務が正確に撃ち抜く。バランスを崩したキメラはその場でよろよろと立つことしか出来なかった。
「各務さん!」
振り上げられた獅子の太い腕が各務に襲いかかる。咄嗟に霞倉が「ブレイブハート」を盾に各務を庇ったが、本来防御用に作られていないそれを、キメラの爪が弾いた。少女二人の体が反動で大きくよろける。
「危ない!」
飛び出したサンディとメビウスが彼女達を支えて後ろに下がる。そして、彼女達の背中を押してファングの後を追わせた。
屋敷に入ろうとする三人を襲わんと獅子が咆吼を上げた。
その瞬間をレイドは見逃したりはしなかった。怒りの叫びにも負けない大声を上げた。
「全員、眼を閉じて下さい!!」
レイドの投げつけた閃光手榴弾が獅子の目の前で炸裂した。悲鳴を上げて獅子がその場に崩れ落ちる。とばっちりを食らった犬型キメラも小さな声を上げて地面に平伏した。
「麻宮さんっ!」
「了解」
唯一サングラスを装着し閃光を回避していた麻宮が走り出した。救出班に最も近い犬型キメラを月詠で薙いだ。小さめの犬が宙を舞って地に落ちる。
救出班の三人はその間に屋敷の中に飛び込んだ。最後に入った各務が残った仲間達に手を振る。それに応えて手を振ったメビウスとサンディは頭を振って混乱を解こうとする獅子を見上げて物騒に微笑んだ。
「さて、――では観客(ギャラリー)も大勢居ることですし。一曲‥‥如何ですか?」
「ええ、喜んでお供します」
二人は同時に武器を構えた。
その時、彼らの背後で大きな羽音が聞こえたのである。探査の眼で辺りを見回したレイドが言う。
「鳥型がこちらに向かっているようですねぇ」
「俺が鳥型の殲滅に向かいます。お前も行こう」
織那は頷いてスナイパーライフルを担いだ。火力の高い二人なら鳥型など相手ではないはずだ。
「三人で大丈夫ですか?」
少女の問いにレイドはふっと微笑んだ。
「ええ。先程力を温存しましたから、問題ありません」
屋敷は思ったより広かったが、地下ということが分かっているので、三人は他には目もくれずに地下へと続く階段へ向かった。
屋敷の中にキメラはいないようだ。ほっとした三人は階段を静かに降りていく。
ややあって、小さく啜り泣く声が奥から聞こえてきた。三人は顔を見合わせる。
程なくして行き着いた扉越しに、先頭の霞倉が声をかけた。
「大丈夫‥‥? あなた達のお父さんに頼まれて、助けに来たよ」
ゆっくりと扉が開いていく。人形のように金髪の可愛い少女が顔を覗かせた。
「おうち、かえれるの?」
「ああ。必ず帰してやるぜ」
笑ったファングにつられて少女も笑った。そして、はっとしたように彼の服の裾を掴んだ。
「おとうとが、ケガしてるの」
階段から落ちたのだと言う。泣き声は幼い少年のものだったようだ。
「どれ。俺が手当をしよう」
中に入った各務が少年のすりむいた怪我を診た。
「これ以外の怪我は、していないかな‥‥?」
泣き声を上げたままの少年は頷いた。怪我の痛みもあるだろうが、それ以上にここから動けないことを怖がっているようだった。
一向に泣きやまない少年の頬を手で挟んで、各務は大真面目な顔で言った。
「ヒーローが来たから、安心だ。良いか、今からこの名探偵ムノーが、君に勇気を与える話をしてやろう。ほら、このチョコレートを食べると良い。少し遅いが、名探偵さんからのバレンタインチョコだ」
きょとんとした少年と少女にチョコレートを持たせ、各務は延々と話し始めた。手法は奇抜だが、これで子ども達はひとまず安心だろう。
各務からトランシーバーを借りたファングが状況を確認する。
「了解したぜ。那美、俺と来てくれ。獅子を後ろから奇襲する」
「はい。各務さん‥‥ムノーさん、一人で大丈夫ですか?」
「安心しろ、平気だよ」
子ども二人くらいは守れる、という各務の心強い言葉を信じて、二人は地上に足早に戻って行った。
犬型と鳥型キメラは簡単に倒せたが、獅子が意外に強く、殲滅班は決め手を欠いていた。スナイパーライフルで正確に鳥を墜とした織那は、隣で拳銃を放つ麻宮を見た。彼の手にはトランシーバーがある。
「了解しました。レイドが犬は片付けたようです。ただ、獅子に手が足りていない、と」
「大きいもの、あのキメラ。夢達はどうすれば良いのでしょう?」
「救出班が屋敷の中から攻撃を仕掛けるので、俺達も遠くから狙撃をしましょう」
一羽のキメラが織那目がけて飛び掛かってきた。ライフルを捨てて月詠に持ち替えた少女が瞬即撃で迎え撃つ。急所突きを併用したおかげで、キメラは羽根がもげた状態で地面に叩きつけられた。
「了解です。鳥型はこれで全滅のはずですから」
屋敷の前は戦場と化していた。合流した霞倉とファングが思わず目を見張るほどだった。
攻撃の核となるメビウスとサンディは優雅に舞うように的確に獅子の足を狙っているが、思った以上に強度があるキメラだったのだろう、まだ獅子は四本の足で立っていた。
長く太い尾が凄まじいスピードで振られた。軌道上にいるレイドが自身障壁を発動させてソードブレイカーで何とか尾を抑え込む。
尾を封じられた獅子が鋭い牙を剥き出しにした。耳を劈く大声を上げてこちらが怯んだと同時に、傷ついた腕を振り上げて襲いかかってきた。
「させるかよっ!」
髪を逆立てたファングが吼えた。パイドロスを装着した彼は覚醒して、屋敷の窓ごとキメラの背中に矢を放ったのである。
背後からの奇襲をまともにうけたキメラが悲鳴を上げた。その隙に、迎撃する全員が覚醒する。
「奇襲二撃目、行きます」
壊れた家の壁に隠れていた麻宮が拳銃「ラグエル」で獅子の右前足を撃ち抜いた。急所突きによって銃弾は寸分の狂いもなく足を貫いた。続いて織那がスナイパーライフルで後ろ足を撃った。
獅子の体が大きく傾いたが、それでもまだ暴れようとする。
足止めする術が無いと思われたが、ここで霞倉が動いた。獅子の周りだけに範囲を設定し、ブレイブハートを高く掲げた。
「いくよ、ブレイブハート‥‥!」
強力な電磁場が獅子の周りに発生した。体内を流れる強烈な電流に、流石に獅子が堪らずその場に足を突く。
そこへ、前衛三人が一斉に攻撃を仕掛けた。
レイドが放った銃弾が獅子の体に食い込むのを確認した後、サンディとメビウスは一気に距離を詰めて、獅子の頭に武器を振るった。蒼の目と紅の目が獅子を射抜いた。
「その命、神に返しなさい――!」
メビウスの天剣「ウラノス」が閃いた。流し斬りと両断剣を発動後、大きな剣を力一杯に振るう。
「蒼の輪舞曲!」
サンディの鋭い一撃が獅子の首を突いた。
唸り声を上げて最後の抵抗と言わんばかりに牙を突きだした獅子の口の中を、麻宮と織那の銃弾が強襲する。
振るった尾は既に力なく、レイドが一撃で沈めた。窓から出たファングがすかさず尾を爪で切り落とす。
しん、と辺りが静まりかえった。獅子の声も、鳥の羽音も聞こえない、ただ風の音だけが微かに聞こえる。
「やった、か‥‥?」
ファングの声に反論する獅子の咆吼はなかった。
巨大な体を地に預けて、荒れ狂う獅子は虚ろな目をしたまま、ぴくりとも動かなかった。
街を出た一行には、小さな同行者が増えていた。
一体どんな話を聞かせたのか、双子の姉弟はすっかり各務に懐いていた。ひっしとしがみついて離れないので、各務自身も苦笑していた。
道中、霞倉の入れてくれたココアを飲んだ子ども達はすっかり元気になり、今度は彼らに興味を見せるようになっていた。突然現れたヒーロー、と顔に書いてある。一同、妙に恥ずかしい気分になった。
「お。そうだ、お前等。こいつをやるぜ」
ふと思いだしたようにファングがこねこのぬいぐるみを子ども達に見せた。双子はきょとんとしてファングの顔とぬいぐるみを見比べた後、おずおずとそれを受け取った。そして、なぜかものすごい勢いで各務の背に隠れてしまう。
首を傾げた彼に、各務がさらりと言った。
「ああ、おぬしの覚醒を見てしまったらしい。怖がっているな」
「‥‥‥」
全員ファングの髪を逆立てた覚醒時の姿を思いだして、こねこのぬいぐるみとのギャップを考えた。だが、ファングの内面を少ないながらに知る全員が彼に同情した。
「良いぜ。俺‥‥慣れてるからな」
しょぼんとしたファングである。悔やみながら顔を腕で隠して泣いている。
「大丈夫ですよ。夢、ファングさんが優しいのは知っていますから」
「そうそう。優しいし強いし」
「ええ。同じ男として見習いたいです」
織那とサンディ、メビウスの必死のフォローが果たして彼に届いているかは謎だったが、霞倉がおずおずと差し出したココアをがぶがぶ飲んでいるところを見ると、結構傷は深そうだ。
「ああ、でも。兄弟とは良いものですねぇ」
「同感です。下は可愛いですから」
「ファングさんの心中、お察ししますよ」
先頭を歩く麻宮とレイドは互いに顔を見合わせて微笑した。
彼らの視界の先には指定された合流場所が見え始めている。子ども達の両親だろうか、二人の大人が満面の笑みでこちらに手を振っているのが見えた。気づいた全員が手を振ってそれに応える。
冬のグリーンランドの風は冷たかったが、その様子を見た彼らの心は春の日差しのように暖かかった。