●リプレイ本文
トランプには、ジョーカーが含まれている。
時に何の役にも立たないジョーカーは、時に最も強い力を見せる番狂わせ的存在だ。
それを言うのであれば、小迫り合いがありながらも人類側に有利に進んでいた四国に、突如大群を率いて現れたミスターSはまさしくジョーカーであった。
だが、ジョーカーは彼だけなのだろうか。
ジョーカーが一枚とは、この世界のルールのどこにも載っていないのだから――。
●
空戦を展開した傭兵達にとって、統制の取れない敵勢力の相手は難しいことではなかった。だが、こちらも傷を負った者がいる。油断は禁物であることに違いはない。
「気が付けば、ゼオン・ジハイドも残すところ後一人か。ジハイド終焉の時は間近だな」
操縦桿を握るハンフリー(
gc3092)は前線からやや離れた位置で制空権を賭けて激しいドッグファイトを展開していた。
ブーストを駆けて機首を下げたハンフリー機が敵ワームの側面に回りこむ。相手が迎撃体制を取る前に、至近距離から凍風を放った。
空に大きな爆発音が響く。休む間もなく低空に高度を下げたハンフリーは、眼下に望むキメラと、地上部隊のUG隊を見やった。
【東京】で猛威を振るったアルケニーとは言え、KVに空から狙われてどう対処できようか。
「今日はお前達のために沢山の贈り物を用意してやったんだ。精々楽しんでくれ」
言いながら、ロケット弾を投下する。後の友軍が進行しやすいように木々を跳ね除け、ミサイルが地上部隊に直撃した。
燃える大地の光景は余り気持ちの良いものではないが、それでもまた一つ血路が開かれた。
「とりあえずの仕事は完了、か。悪くないな」
敵の反応が無いことを確認したハンフリーは、再び空へ舞い戻った。
一方、傭兵達もただ殲滅していたわけではない。最後方では、ピュアホワイト二機が各機のサポートに回っていた。
「石榴さん、大丈夫ですか? 無茶をしないで下さいね」
「うん、ごめんね。前は、任せるよ」
苦笑いを浮かべた弓亜 石榴(
ga0468)に石動 小夜子(
ga0121)はもう一度労いの言葉をかけた。
無傷でなくても、出来ることはある。二人は接敵後、すぐさまロータスクイーンを起動させた。周辺の地形や状況を取り込み、友軍に転送する。
「こいつは便利さね。仕事が捗る」
口角を上げたリック・オルコット(
gc4548)は示された爆撃地点に向かって速度を上げた。眼下にはこちらを睨む獣や無数のワームが見える。
リックを視認したワームは、背負った砲台を彼の機体に向けて迎撃を始めた。
「おっと」
弾幕をひらりと躱したリックはグン、と高度を下げた。ロケット弾を装填し、狙いを定める。
「さてさて、辺り一面ロケットの雨といこうかね」
言いながら発射スイッチを押す。魍魎の如く蠢いていた敵勢力を大量に巻き込んで、ロケット団が地表で炸裂した。目を焼くような火柱が立ち上る。
「制空戦闘は苦手さね。任せるよ」
高度を飛ぶ仲間に言って、リックは低空からの爆撃を続けた。
「ラジャー。こちら、フォックストロット2、エンゲイジ」
「こちら、フォックストロット3、同じくエンゲイジ!」
ロッテを組む伊藤 毅(
ga2610)と三枝 雄二(
ga9107)が高空を旋回した。狙うは敵の密集地帯である。
交戦区域に入った二機は射程一杯からフレア弾を連続で投下した。弾が地上にぶつかって、灼熱の風が広範囲に吹き荒れる。
全てを凝縮するかの衝撃が走り、そして、一気に弾が炸裂した。
「敵目標消失確認」
「ラジャー。次の攻撃ポイントに向かうっす」
機首を返した雄二機が毅機に続く。
一撃離脱型の戦法を取る二機は、次々と敵が集まる地点を爆撃していった。彼らの過ぎ去った後には、わずかに残った敵の影と荒れ果てた大地だけが残されていた。
「現状はこちらの有利ですね。このまま押し切れると良いですが」
バルカンを連射した小夜子は先を行く友軍の状態を見て頷いた。後方でロケットランチャーを放った石榴の声が返ってくる。
「大丈夫、大丈夫。皆強いからね。私達も出来ることをやろう!」
「そうですね、行きましょう」
傷ついた体では、小夜子の援護をするのが精一杯だけれども。それでも、何も出来無い訳ではない。
言い聞かせるように頷いた石榴は、小夜子機の狙う敵に向けてチェーンガンを放った。対空制圧を担う二機による多段攻撃は、手薄な食う戦力を着実に削っていった。
「――そろそろ、かな」
最後方で空戦を仕掛ける二機を追い抜いて前線に躍り出たのは、蒼い機体だった。
「ミスターにリベンジはしたいけどね‥‥下には降りないよ。今は、飛ぶ方がいい」
操縦席で伸びをしたソーニャ(
gb5824)のロビンが速度を増した。ブーストをかけたまま敵陣に突っ込み、ミサイルポッドを開放して全弾を放つ。先手を掴んだソーニャの空爆が、木々諸共キメラを薙ぎ払った。
「‥‥殺しあうために飛んでるわけじゃないよ」
飛ぶのは、ただ飛びたいから。敵を屠るのは、飛び続けたいから。
ソーニャにとって飛ぶ理由は、それだけで良い。
「ただ‥‥」
言い淀んだソーニャは少し微笑んだように見えた。
一直線に空を裂く機動で、残ったミサイルを発射する。即座にバレルロールで空へ舞い上がった彼女は、地上に広がる爆煙を見つめた。
「邪魔な青い小鳥もいたって事を覚えていてくれたらいいなぁ」
空に自分の姿は刻めないけれど。相手の目には焼き付けられる。
澄色に変わりゆく空を蒼が舞う。
どこかにある理想郷を求めるように――。
●
「空戦部隊が全滅だって? ちょっと、全然役に立たないじゃないのさー」
「全くもって同感だよ。どうせ負けるのならば美しく散ってこそというもの‥‥」
地上部隊も壊滅的な打撃を受け、ましてや制空権は完全に傭兵の手中にある。
放っておけば主が狩られるのは必至。
最後の砦として陸に出た照屋ミウミとフィリス・フォルクードは進軍する敵を見やった。
「絶対にボスをやらせるわけにはいかんのよ‥‥フィリス、あんたの尻拭いはしないから、そのつもりでいーや!」
「言われずとも、あなたの手を煩わせる事はしません。白く美しい私のタロスと、華麗なる私の動きに、人間たちは手も足も出まい。戦場は私の華やかなショー・タイムに包まれるのです」
くわっと目を見開いたフィリスには何も返さず、ミウミは操縦桿を握り込んだ。
確かに、ボスにはできるだけ遠くまで逃げて欲しい。
だが、それ以上に気にしていることもある。
「うちは雑魚とは一味違うんよ。『三姉妹』の長女、せいぜい楽しませてもらうよ」
興味を惹かれないと、戦っても面白くないのだから。
●
「照屋ミウミ‥‥沖縄で好き勝手してくれたみてぇで、おかげで友人どもの機嫌が悪ぃです。この地から、消えてもらいやがるですよ」
友人達の敵は自分の敵だ。
吐き捨てたシーヴ・王(
ga5638)はちらりと空を見やった。仲間の善戦を確認すると、彼女は友軍にアンチジャミングを施す。
「シーヴが墜ちないコトに意味はありやがるです。行くですよ、鋼龍」
愛機が応えるように加速する。
だが、シーヴはこの時気づいていただろうか。
この戦域に息を潜めた、もう一つの敵意に――。
「お前が大人しく後ろに居るとは珍しいな。普段なら先陣を切って敵に噛み付くものを」
「そういう君は、前に出なくて良いの?」
部隊の最後方にいる日向は面倒臭そうに各務・翔(
gb2025)を見た。何かを問いかけるような物言いの翔は、日向の問いには答えず前を向いた。
「ミスターSは大人気の様だな」
「大捕物だからね。君も行くと良いよ。ここはそこまで危険じゃない」
「まあそう言うな」
慎重な俺は素晴らしい‥‥と自画自賛する翔が気にかけているのは、今回もまたミスターSの陽動ではないか、という点だった。そうであるのならば、奇襲を一番受けやすいのはこの場所だろう。
「一分の不安要素に備えるのが俺の流儀だ」
「ふうん。まあ、好きにすると良いよ」
好きにさせて貰うさ、と返した翔の視線の先で大きな爆発が起こった。上空の仲間からの通信によれば、敵機と仲間が激突しているのだという。
その戦場にいる傭兵達は、ミウミとフィリスが少なからず連携してくると予測し二機を分断させようという所であった。
「イタさはあああっ強さ! 俺も相棒も負けられねーっ!!」
分断の援護に出た村雨 紫狼(
gc7632)は、寄ってくるワームに向けて弾幕を張った。余計な敵はこの戦域には入れさせないと言わんばかりの攻撃に、ワーム達も空に留まるしかない。
「此処は通行止めだ、お前もこの返り血の一つとなれ!!」
OGRE/Bを起動させた孫六 兼元(
gb5331)は銀色の愛機を真っ直ぐフィリス機に向けて突進させる。
「突っ込んで殴る、それぐらいしか取り得が無いんでな」
続いたゲシュペンスト(
ga5579)が軌道を修正しようとするフィリス機に凍風を放った。デタラメな狙いだったが、警戒した敵機が友軍との合流を諦めたようにこちらに向かってくる。
「ふふふ‥‥私一人にすれば、勝てると思ったのかな。美しい私の機体は、そう簡単に墜ちたりしないよ」
「事情は聞かん、敵として向ってくるなら全力で斃すだけだ」
「うむ! ワシとゲシュペンスト氏を突破できる者など早々おらんぞ、ガッハッハッハ!」
百戦錬磨の二機がフィリス機に正面から突っ込んだ。機体を絶対に――何があっても傷つけたくないフィリスは、綺羅びやかな塗装の愛機を繰り、ひらりと攻撃を躱す。時折反撃しながら、徐々にミウミ機との距離を詰めていった。
それを見逃さなかったのはD‐58(
gc7846)だった。
「‥‥援護します。前衛の方は気兼ねなく突っ込んでください」
刹那、フィリス機とミウミ機の間をPDレーザーの高圧縮された光の束が駆け抜けた。
それでも両機が尚も近づこうとすると、再び、今度は別方向からPDレーザーが飛んで来た。撃ったのは、宗太郎=シルエイト(
ga4261)である。
「おっと、悪ぃな。連携されちゃまずいんでね」
両機はこれを躱したが、この回避行動が二機の距離の差を決定的なものとした。
空いた隙間に、孫六機が、引き続き正面からはゲシュペンスト機がフィリスに向かった。
後方支援としてD−58が二門の砲を構え、敵機の行動を阻害する布陣である。
「ミウミ嬢とはぐれたが‥‥私の美しい戦いはこれからです!」
ようやくエンジンがかかったフィリスだが、今回は相手が悪すぎる。
最初に突っ込んだゲシュペンストの二刀を躱すどころか、受け止めるの精一杯のフィリスが終始圧倒される展開は、容易に想像できた。
「後顧の憂いを絶つためにもここで終わってもらう!」
「美しくない‥‥こんな展開は、実に美しくないっ‥‥!」
スレイヤーの機剣がタロスの右腕を貫通する。揺れるコクピットの中で唇を噛んだフィリスは、自慢の髪を振り乱しながら剣を弾き飛ばした。
――瞬間、がら空きになった背中を孫六が強襲した。
「ワシの武士道は、元来の武士道でな! 背後からでも躊躇いなく斬るぞ!」
「卑怯な‥‥!」
足元を払われたフィリス機の体勢が傾く。それでも果敢に孫六に斧を振るったタロスの斬撃を、彼は剣で安々と受け止めた。
否、受け止める事が目的だった。
「武士とは、時に背後から襲い、時には正面から隠し手を使うものだ! ワシも当然、その例に漏れん!」
「何!?」
返り血のような紋様を纏うOGREの頭部からレーザー砲が放たれた。鍔迫り合いを演じていたタロスは回避すら出来ず、その頭部が衝撃と熱で吹き飛んだ。
「わ‥‥私の、美しい、顔が‥‥!」
自慢の愛機の顔面を壊されたフィリスが愕然と呟いた。よろよろと後退したところを、孫六が追撃する。
「退いたら死ぬぞ! ゲシュペンスト氏、行くぞ!」
「任せろ!」
フィリス機を弾き飛ばした孫六の声にゲシュペンスト機が応える。反動でスレイヤーと向き合うような体勢になったフィリスの目の前に飛び込んできたのは、使い込まれてなおも戦意を失わない大きなドリルだった。
「初めてKV依頼に出たその日から、あらゆる戦場で回し続けたこのドリル‥‥お前達とは年季が違うぞ!!」
ブーストをかけたゲシュペンスト機がフィリス機に突撃する。完全に戦意を挫かれたフィリスは撤退しようと構えたが、その背後にはOGREのギラギラした目が迫っていた。
「なんということ‥‥!」
「行くぞ! KV抜刀・斬奸!!」
くわ、と目を見開いた孫六の大剣がフィリス機の体を乱暴に薙いだ。袈裟斬りの要領で斬り流されたタロスの半身が空に舞う。
そして――タロスの破片に紛れて、スレイヤーが宙に舞う。
「究極ゥゥゥゥゥッ! ゲェェシュペンストォォォォォッッ! キィィィィィィィッック!!!!」
長年戦場を共にしたドリルがタロスを貫き、地面すら抉った瞬間、周囲に猛烈な風が一迅駆けた。オーバーキルに達したタロスが、自壊の音を立てて崩れ始める。
「なんと、美しくない‥‥死ぬならせめて、美しく‥‥散りたかった‥‥」
血を吐くフィリスはそう呟いて、静かに目を閉じた。
数瞬後、タロスが大きな音を立て、操縦者をコクピットに残したまま爆散した。
砕け散った破片が地面に投げ出されていく様を視界の端に捉えたミウミは舌打ちした。
「あんた達‥‥よくもやってくれたわね。でも、このミウミはフィリスのようにはいかないよ!」
事実、ティターンとタロスでは桁違いの強さがある。
そして、ミウミは対峙する傭兵達の間に流れる微妙な空気の変化を、傭兵達自身よりも早く感じ取っていたのである。
●
「‥‥へぇ、気合入ってるじゃねぇか」
ミウミに向かった仲間の姿を見た宗太郎は友軍機に呼びかけた。
「後ろの守りは任せろよ」
「了解でありやがるです。ミウミ機はシーヴ達に任せるですよ。反対側を頼みやがるです、風閂」
通信を介して流れてきたシーヴの声に風閂(
ga8357)からの応答はない。聞き逃したかと思って繰り返したシーヴだったが、直後に風閂機との通信がブツリと切れた。
その風閂は、ミウミ機に向かって声を張り上げた。
「我が名は風閂! 照屋ミウミ、嘉手納基地での屈辱ここで晴らす!」
「えー? 誰だっけ‥‥?」
「またしてもそのような‥‥! この際、あだ名でもいいから、俺の名を呼んでもらうぞ!」
言いながらブーストをかけて突進する。単機突撃に出た友軍機を見て、他の傭兵達も慌てて速度を上げた。
対峙するミウミにしてみれば、ちぐはぐな動きに見えたことだろう。
「何なん、こいつら‥‥。あー、で、あだ名だっけ?」
風閂の機刀を躱したミウミは「うーん」と唸りながら弾幕を張り距離を取った。
「じゃあ、ヌッキーで良いか。うん、覚えたわー」
悩み事が消えたのか、ミウミも反撃に出た。広域ソナーを起動させたミウミ機の動きが先程とは段違いに早くなる。
「降参するなら今のうちだぜ、悪いが手加減はできん‥‥」
後方から来栖 祐輝(
ga8839)の機弓が飛んでくる。それを真正面から弾いたミウミは楽しそうに笑った。
「邪魔せんといて。うちはもっと、真正面から戦いたいんよ!」
「敵機、加速確認。援護する!」
前線の支援を行うヘイル(
gc4085)が叫んだ。ミウミ機の脅威はプロトンウィングだ。出される前に回避行動を取らなければ間に合わない。
電磁加速砲を放つヘイルの迎撃を躱し、ミウミはどんどん速度を上げた。
「来やがるですよ。タイミングを合わせて――風閂!」
シーヴの声を待たずに、再び風閂がブーストをかけた。この頃になって、ようやくシーヴは何かがおかしい事に気がついたのである。
仲間が自分の声を拒絶している。しかも、徹底的に。
その理由がシーヴには分からなかった。連携しなくては勝てる相手ではないことを相手も解っているはずなのに、と唇を噛む。
「何を考えてやがるですか‥‥! 馬鹿やってねぇで話を聞きやがるですよ!」
声を張ったシーヴには何の反応も返って来ない。舌打ちして、加速したシーヴ機は風閂機の反対側に踊り出た。
「シーヴ! 派手にやっちまいな!」
シーヴ機の後方から宗太郎機が束ねた砲をミウミ機に向けて斉射した。大火力の一撃を機体の反転で回避したミウミは反対にバルカン砲を宗太郎機に向けて撃ち込んだ。
「仲間に何しやがるですか!」
怯んだ仲間の代わりに前線に出たシーヴ機が槍を突き出してミウミ機に突貫した。
だが――、
「――っ、危ねぇですよ!」
シーヴとミウミの間に立ちはだかるように風閂機が割り込んだのだ。仲間を貫くわけにはいかず、彼女は槍を慌てて引っ込めた。
「何を考えてやがるです、風閂!」
怒鳴ったシーヴには返さず、風閂は凪と陽を構えてミウミ機に正面から突っ込んだ。
「‥‥邪魔などさせん!」
呟いた風閂にとって、シーヴがどうなろうと知ったことではなかった。
ましてや、彼女と連携する気など彼には更々ない。
ミウミは、自分が追い詰める。その意志だけが風閂を動かしていた。
逆に、この状況に面食らったのはミウミの方だ。
「これ、何なん‥‥もしかして、うち、ナメられてるー‥‥?」
照屋ミウミは、意思疎通すら図れない集団を差し向けても勝てる相手だと?
自分は、その程度の敵と見られているのか。
「‥‥ナメとんねー」
激昂したミウミがプロトンウィングを起動させた。ティターンの背中の翼が光を纏って巨大化する。
「三姉妹の長女を、ナメるんじゃないよ!!」
「――全機、来るぞ!!」
ヘイルの叫び声が友軍機を駆け巡る。直後、周囲を焼きつくすような大きな衝撃と熱風が吹き荒れた。
後方支援に徹していたレジスタンスや、一般兵、そしてキメラすら巻き込んで地面が激しく抉られる。衝撃に耐え切れずに傭兵達の機体も一瞬動きを止めた。
その一瞬で、今のミウミには十分だった。
一時強化で機体の性能を更に上げたミウミは背負った剣を引き抜くと、一気に加速した。
「あんたらには飽きた! 一気にやらせてもらうよ!」
「来たぜ、鋼龍! ぶちかましちまえ!」
誘導弾を放った宗太郎の声にシーヴが応える。槍を回して突撃した彼女とミウミ機が激しくぶつかり合った。
「羽交い絞めにしてでも逃がさねぇですよ」
至近距離から槍で練翼を貫かんと突き出したが、ここでも攻撃のタイミングがズレた。風閂機が先にミウミを背後から斬りつけたのである。派手に接近されては気づかないものも気づいてしまう。
軽やかにミウミが躱した後、シーヴ機と風閂機は相討ちのように槍と剣の一撃を機体に受けた。
「もらった!」
再び、ミウミの練翼が舞う。
「―――っ!!」
「ぐあぁ――!!」
練翼は側面にいた二機を切り裂いた。コクピットの中まで至る攻撃を受けたシーヴ機は搭乗者ごと意識を失い、風閂機は両腕両足を根こそぎ持っていかれた。
「後味最悪やね。ボスも結構遠くまでいけたと思うし、うちもそろそろ帰ろー」
「っ、逃がすか!」
「行かせねーよ!」
撤退行動に入ったミウミ機を追って、ヘイル機と村雨機が追撃する。
それを鬱陶しそうにみやったミウミは、機体の下部から煙幕を発生させた。
「相手する気にもならんわ。出直しておいでなー」
置き土産にレーザー砲で斉射したミウミは、さっと空に上がった。
煙幕が視界の邪魔をして回避しきれなかったヘイル機と村雨機は推進部を撃ち抜かれ、残った傭兵達も追い切れる力もなかった。
陸の前線は、ミスターSを追撃する傭兵達を先に通すまでの間、緩やかに瓦解していったのである。
●
ミスターSが想定よりも遠くに逃げている、という報告を受けた日向は舌打ちした。
「前線はどうなってるの? ミウミとフィリスは?」
「フィリス機は撃破、ミウミ機は撤退です。残った前線は敗戦濃厚で‥‥当該戦域で傭兵一名が重傷、数機大破。レジスタンス、一般兵の四十名弱が死亡しました」
冬嗣の報告を聞いても表情を変えなかった日向は、全域に向けて声を発した。
「生身部隊は追撃を急いで。二段目の部隊は三段目の部隊通過後、速やかに負傷者を回収して拠点まで撤退して」
「それと、大佐。エーリク大尉が後方支援に回りたいそうです。恥を忍んでお願いする、と」
「許可する。――それと長篠軍曹、後で負傷者と死亡者の名前を調べて」
指示を受けて戻っていく部下を見送った日向は呟いた。
「ミスターSの首を取る‥‥それが本来の目的だからね」
●
ミウミ機が去った戦域に到着した傭兵達は緊急時の撤退ポイントを定め、一部は先に進み、一部は大尉にここで待機するように伝えた。
「私に、残れと言うのか?」
「おとなしくしてなさいって、シャルちゃ――」
「いかに女性の言葉でも今回は譲らんからな」
鷹代 由稀(
ga1601)の言葉を遮った大尉に溜息をついた彼女は、表情を固くして大尉の胸倉を掴んだ。
「マトモに動けない怪我人に前でウロウロされると邪魔なのよ。私の誤射の原因になりたくなかったら引っ込んでなさい」
「お前が誤射などするものか。将が逃げては末代までの恥だというのが分からないのか!」
「‥‥では君は妹にもそう言うのか。エーリク家の為に、死ねと。同じ事を君の先祖は果たして望んでいるのか」
「‥‥っ」
リヴァル・クロウ(
gb2337)の言葉に押し黙った大尉である。
「軍人ならば、怪我人が一人いることで三人分戦力を下げるってことくらい知っているだろう」
すかさず援護射撃に出た神撫(
gb0167)の言葉に、大尉も少しは落ち着いたのか小さく頷いた。普段居丈高の大尉も、しゅんとしていると外見通り小さく見える。
「ともかくね‥‥」
男二人に責められる大尉に溜息をついた由稀がやんわりと言った。
「茶飲み友達に目の前で死なれるなんて寝覚め悪いのよ」
戦いが終わったら茶を飲む約束はまだ有効なんだからね、と付け加えた由稀は大尉の肩をぽんぽんと叩いた。
それでもまだ何か言いたげだった大尉の目の前で、一台のバイクが止まる。
「まだ不満かぁ? なら、ボクらにオーダーをよこしな、シャルロット。ゼオン・ジハイドの14、ミスターSを倒せというオーダーを」
そう言ったレインウォーカー(
gc2524)の顔を見つめていた大尉は、やがていつもの凛とした表情に戻る。
「命令が欲しいとは酔狂だな‥‥。分かった。私は後方支援に回ろう。だが、お前達は必ずミスターSを仕留めろ。そして、誰も死なず帰って来い」
「了解だぁ。さぁ、行くぞ相棒。――悪いけど、先に行ってるよぉ」
「心得ました。では、行ってきます」
後ろに音桐 奏(
gc6293)を乗せた道化のバイクが走り出す。最後まで、奏が意味深な視線を大尉に向けていた。
「自分もここに残ってサポートに回りましょう」
同じく負傷者である神棟星嵐(
gc1022)が言った。ここまで来て前線に出れない悔しさは星嵐も同じだ。
「戦いが出来ないのであれば、他にやれることをするまで‥‥」
「あたしもこの辺にいようか。この辺りは丁度、司令部と戦場の中間地点だしね」
赤崎羽矢子(
gb2140) も名乗りを上げる。日向の元へ敵が進軍することを懸念している羽矢子は、持ってきたバイクを止めて手早く司令部との通信網を構築していった。
「前線は気をつけて。ミスターSのことだから、博打を打つかもしれないし。何もなければ、あたしも後でそっちに行くよ」
「気をつける。そっちも頼んだよ」
銃を担ぐ由稀が言って、彼らに背を向ける。
私達も行くか、と歩を進める傭兵の中で最後に歩き出したリヴァルが大尉に言った。
「シャル。もし君さえ良ければ、剣を貸してくれないか。その剣で、ミスターSを討つ」
一瞬何のことか分からなかった大尉だったが、意図を察した彼女はペシッとリヴァルの胸を叩いた。
「私の剣で殺せるなら四国はもっと早く解放されているだろうが。とっとと行って帰って来い。貴様には茶会の買い出しをして貰いたいからな」
●
「3、4‥‥っと結構集まったわね」
仲間の数を数えたゴールドラッシュ(
ga3170)はこくりと頷いた。
ミスターSを追い込む傭兵達に先んじて前線に踊り出たのは【アクアリウム】だった。隊長である鯨井昼寝(
ga0488)を筆頭に、キメラ殲滅を第一の目的として統制の取れた傭兵部隊が投入された。
「ここは俺たちに任せて先に行ってください、ってやつですよ」
隊員の鏑木 硯(
ga0280) がシャロン・エイヴァリー(
ga1843)と背中合わせに立つようにして仲間に言った。
「これで7匹目! 昼寝! 背中がお留守よ!」
硯の背中に立つシャロンが隊長周辺に向けて十字劇を放つ。ぱっくりと集団を割られたキメラ達が、丁度良い塩梅で隊員たちの近くに散らばった。
「どれでも良いから、どんどん行くわよ!」
直近のキメラを爪で切り裂いた昼寝の声が響く。その大物に直行しない姿勢にゴールドラッシュが目をぱちくりとさせた。
「ボ、ボス。ミスターSに直行‥‥」
「それは後!」
「えぇ‥‥」
賞金首が‥‥とごねるゴールドラッシュの隣で昼寝がキメラを引き裂いた。
「お掃除、しましょう‥‥」
後方から銃弾が飛んでくる。スナイパーライフルを構えたメイド服の少女、エメラルド・イーグル(
ga8650)である。彼女もまた隊長同様、遠慮なくキメラを銃撃しながらジリジリと前に進んでいた。
「これで回避しづらくなったわ。やるなら今よっ!」
隊員ではないが一団と共闘するクレミア・ストレイカー(
gb7450)は【アクアリウム】に言った。跳弾を利用した攻撃で、キメラの集団の足元を掬う。動きを封殺されたキメラの集団が、なだれ込んだ傭兵の刃にかかっていった。
「このまま進めば、前線と合流できるのも早そうかしら」
額の汗を拭ったクレミアは積み上がっていくキメラの死骸と、これから挑もうとするキメラの集団をみやった。
「っし! 次いッ!! 進むよ!」
血に染まった昼寝の声が少し遠くから聞こえた。残党を処理した傭兵達は前にどんどん進んでいく。
「ああ‥‥あたしの懸賞金ゲットへの道が遠く‥‥って、みんな置いてかないでよー」
猛進しながら進む仲間に取り残されそうになったゴールドラッシュの悲哀に満ちた声と、腹いせに修道女が持つには大きすぎる大剣をぶん回してキメラを薙ぎ払う音が戦場に木霊した。
●
「うむ。顔を合わせるのは初めてかな?」
「初めてかもしれないね。君が初めてというのならば、そうなんだろうね」
対峙したUNKNOWN(
ga4276)に最後のゼオン・ジハイドの男は微笑んだ。
当初の予定であった西予市よりも更に南下していたミスターSは、追撃する傭兵達に海岸沿いで遂に補足された。なるほど負傷したという情報は確かななのだろう、傷口も十全に癒えないまま彼は逃走するしかなかったのだ。
「あはははっ♪ 自爆とはやってくれましたわね。次は何をしてくださるのか楽しみですわ」
「次も何も。ここまで来れば、正攻法が一番だと思うね、僕は」
「そんな戯言は信じませんわよ。覚悟なさいな!」
ジーザリオを停めて反対側から回り込んだミリハナク(
gc4008)が面白そうに鼻で笑う。
失敗は許されない。必ずここで仕留めきる。
その目的の元集った傭兵達がミスターSの前に立つ頃には、日は既に傾き始めていた。
ミスターSは負傷しながらも脅威であることに違いなかった。傭兵達の想定を超える勢いの抵抗を見せていたのである。
だが、傭兵達にも意地がある。
「‥‥直接火砲支援、開始。こっち気にせず動いていいわよ。隙間を抜くから」
敵将にまとわり付くアルケニー部隊のエンジン部に狙いを定めた由稀が引き金をひいた。誤射などするものか、と言われた通り、その銃弾は正確に狙いを撃ち抜いた。
飛び上がるように爆発したバイクと、降り注ぐ破片の中を傭兵達が駆ける。
「リベンジマッチと行くかぁ。やるぞ、音桐」
「勿論です。借りを返さなければ気が済みませんので」
バイクで戦場を駆けるレインウォーカーと奏がアルケニー部隊を強襲する。後部座席で発砲する奏の銃弾がアルケニー部隊の操縦者を撃ち抜く。砲台形態に変わった敵機には、道化が小銃で足元を銃撃する。
「いっちまいなぁ、後から行くよぉ」
脇を走り抜ける友軍に道化は面白そうに言った。
アルケニー部隊は程なく全滅するだろう――そう判断したミスターSは、ようやくここで本腰を入れて傭兵達の相手を始めた。
「面白いものでも用意できれば良かったんだがね‥‥こう見えて僕は、不器用だからさ」
「何を‥‥! 東京のあの日以来だ、ミスターS。貴様は、俺が討つ!」
吶喊したリヴァルの直刀がミスターSを捉える。細身の刀身が彼の月詠を弾いた。即座にミスターSが左手に構えた銃を放つ。回避の間に合わないリヴァルが、盾で銃弾を弾いた。
「おい、リヴァル! 相手が女じゃないからヤル気でないとかないよな?」
「そ、そんなことはない!」
「OK。なら、もうちっとがんばっぞ」
代わって飛び出した神撫に発破をかけられて、リヴァルも攻撃の勢いを増す。二人の息のあった連携に、定位置で動かなかったミスターSの足が徐々に後退していった。
「まあ、時が違えば。飲んで話を聞いてみたかったところだ」
隙間を縫うようにミスターSに肉薄したUNKNOWNが銃を放つ。彼にとってミスターSは近しい――とは、少し違うが、興味深い存在ではあった。
「やれやれ‥‥思ったより、早く使うことになりそうだね」
自分が不利なのは承知している。だが、この能力を使って逃げ切った者はいない。
「相討ち‥‥というのも、奇策の一つなのかもしれないね」
そう呟いたミスターSの気配が明らかに変わった。周囲に生暖かい風が吹く。その肉体が硬さを増し、爪が刺々しく伸びていく。
そして、傭兵達初めてミスターSの『眼』を見た。朴訥とした、有り体に言えば変哲のない黒色の瞳だ。この状況下にあっても感情の変化を見せない黒の瞳が、逆に不気味ですらある。
「――行こうか」
ミスターSの姿が消えた。否、消えたのではない。
限界突破で驚異的な能力を得たミスターSは近くにいたミリハナクに突進した。
「限界突破で、今度は命懸けの道連れかしら? 喰われる前に喰らい尽くしますわよ」
重機関銃を連射するミリハナクの銃弾をかいくぐって、ミスターSは指に挟んだトランプを投げた。普通の紙でできたカードが、ミリハナクの機関銃に突き刺さる。
「なんてことをしますのっ」
銃撃を中断されたミリハナクが大きく退いた。
追撃しようとするミスターSに再び神撫とリヴァルが迫った。
「さぁ、とうとう年貢の納め時かな、Mr?」
「それはどうかな?」
突っ込んだ神撫の二刀を捌くミスターSが不敵に笑った。剣戟で足を止めている間にリヴァルが後方に回ることは、彼も承知の上なのだろう。
本気の傭兵二人を相手にしても、ミスターSは一歩も退かなかった。それは傭兵達も同じことだ。
しばし、意地と意地のぶつかり合いが続いた。
だが、ミスターSにも終焉の時が着実に近づいていた。限界突破は身を滅ぼす。長期戦になればなるほど、ミスターSの不利は確実なものとなるのだ。
そして――、
「【アクアリウム】総員! ミスターSの退路を絶て!」
凛とした、気高い昼寝の声が戦場を満たす。
「――来たか」
遠目に友軍の姿を確認したUNKNOWNが呟いた。
「メインディッシュを食い逃すこと程バカなことはないわ」
ビシッと言った昼寝にとって、ミスターと名乗って良いのは、例えばドーナツ屋や、例えば定食屋の少年くらいなものだ。
「一度言ってやろうと思ってたのよ。ミスターの呼称はそんなに安いもんじゃない、ってね」
などと、一瞬気の抜けそうなことを昼寝が主張している間に【アクアリウム】のメンバーや、後方から駆けつけた羽矢子、そしてレインウォーカーや奏がミスターSを取り囲むように布陣した。
「賭けが好きなのはボクらも同じなんでねぇ」
ニヤリと道化が嗤って見せる。
更に後方からは、クレミアと由稀がいつでも狙撃できる位置でミスターSを睨み据えている。
「ここが終焉の場よ、ミスターS!」
射程圏内に敵将を捉えたクレミアが声を張り上げる。
完全に包囲されたミスターSは、唇の片端を釣り上げた。
怪我をした男一人に、何と豪勢なことか。
そして何の因果か、目の前にいる男は東京で出会った因縁の傭兵だ。
「運命とやらは、粋な事するものだね」
言って、ミスターSは地面を蹴った。狙いは正面のリヴァルだ。
「‥‥終わらせよう、此処で」
敵将の意図を悟ったリヴァルが正面から構える。
「最後だ。よく僕を追って来たね」
「最後の最後まで、貴様は‥‥っ!」
ミスターSの刃が、リヴァルの腹に突き刺さる。引き抜く前に、盾を投げ捨てた手で刃を掴んだリヴァルが刀を相手の四肢に襲いかかる。
「――っ!」
回避不能の一撃を受けてバランスを崩したミスターSだったが、ここで終わるはずもない。無理矢理引き抜いた剣を、今度はリヴァルの心臓に向けて突き出した。
「させるかっ!」
友人の捨て身を予測していた神撫が間に割り込んだ。それを契機として、友軍も援護射撃を始める。FFの効果など既に無いミスターSは全身に無数の銃弾を浴びた。それでも、彼はまだ両足で立ち上がろうとしていた。
「神撫!」
「気にせず行け! お前の意地、突き通せ!」
頷いたリヴァルが真っ直ぐにミスターSの心臓を狙って、刀の柄を両手で掴んで持ち上げる。
東京でのあの日。東京陥落を目の当たりにした日。
目の前で多くの仲間が死んでいった。傷ついた戦友達がいた。
辛酸を舐めてまで追いかけた宿敵が、目の前にいる。
振り下ろす刀は自分の為にではない。
掴もうとして掴みきれなかった人々の想いが、託された決意が、この瞬間をくれたのだ。
だから、応えなければならない。
「貫けぇええ――――――――――っ!!」
渾身の力と全ての意地を掛けて、リヴァルは刀を突き立てた。その鋒が、確かにミスターSの胸に吸い込まれる。
時が止まったように、ほんの数瞬、辺りには何の音も聞こえなかった。
●
傭兵達に補足されないギリギリの位置から戦況を見守っていた機体があった。
一度は戦域から撤退したティターンである。手を貸すことは吝かでなかったが、ミスターSがそれを望まないことはミウミにも分かっていた。
「ボス‥‥四国は、三姉妹は、どうしたら良いん?」
将を欠いた集団ほど脆いものはない。沖縄でもそうだ。また、目的を見失ってしまう。
「でも、ボス‥‥。ボスの遺志は、うちら三姉妹が引き継ぐから」
やられっぱなしは性に合わない。機首を返したティターンは静かに海の向こうに消えていった。
「落陽、か‥‥」
血泡を吐きながらも、かろうじて意識のあるミスターSは傭兵達に見下されながら横たわっていた。起き上がる力すら残っていない彼がこのまま息絶えることは誰もが予測できた。
生命の灯火が消えるように、辺りが薄暗くなってくる。
「まだ‥‥四国は、終わりではないよ。まだ、彼女達がいるから、ね‥‥」
不敵に笑ったミスターSは、貫かれた胸に手を添えた。流れ溢れる血が思ったよりも温かい。
そして、ふと、思い出したように彼は口を開いた。
「足りないと‥‥思っていたんだ‥‥」
最後の一刃を加えた男を見ながら、ミスターSは掠れる声で言った。
トランプには、ジョーカーが含まれている。
時には何の役に立たず、時には誰よりも強い力を見せる。
いつでも場を乱す番狂わせは、ジョーカーだ。
「君だったのか‥‥ジョーカーは‥‥」
それならば、仕方がないのかもしれないね。
何かに満足したように、ミスターSは瞳を閉じることなく息を引き取った。
最後のその瞳に、初めて好奇の感情を宿したまま――。
了