●リプレイ本文
●銀の小隊長の回顧
セレスタ・レネンティア(
gb1731)は回顧する。
「下艦後は敵を各個撃破しつつ前進、周囲警戒を怠らない様に」
彼女は自身が体調を務め小隊の仲間と共にバグア本星に突入していた。戦いは既に最終局面を迎え、互いに疲弊した状態での長期戦が展開されていた。
UK三番艦から歩兵として出撃したセレスタと【月狼 戦駆裂隊 神狼】の隊員も、躊躇うこと無く戦場に足を踏み入れた。
戦場におけるセレスタの第一の目的は、仲間への損害を最小限に抑えることであった。共同戦線を張る傭兵や小隊員などが負傷する姿を見ることは、できれば避けたいところであった。
「敵襲――! 各自、迎撃態勢へ。私も前に出ます」
仲間達の目の前から飛び出した敵の軍団が正面からぶつかってきた。
これ以上先に進めさせる訳にはいかないバグアと、全力前進しか選択肢のない人類の、意地の張り合いにも似た熾烈な銃撃戦が始まった。
(手が‥‥。でも、それでも)
遅れて武者震いが手を伝い、背中を流れる汗を感じながらセレスタは引き金を絞った。
息を抜けば、恐怖と不安と緊張で震えそうな自分を内側から無理矢理制して、セレスタは裂帛の気合と共に本星内部を突き進んだ。
――そして、その『刹那』が訪れた。
黒の翼がユダを裂いた直後、全戦域に一斉に傭兵達の声が木霊した。
「緊急報? これは‥‥! ブライトンが‥‥」
意外にも、セレスタは僅かに瞠目しただけでそれ以上の反応は示さなかった。それは眼前に首領の死を知らない敵勢力が依然残っていたこともあるが、彼女自身がブライトンの死を実感するには少し時間が掛かったからでもあった。
ブライトン死亡の報が駆け巡ると同時に、本星内部のコア破壊を目指した仲間たちの声が断続的に入ってきた。
まもなく、本星が沈む。
長きに渡った大きな戦いが、その争いの風を止めようとしている。
(――そうですか、終わりましたか)
その瞬間を直接見届けたわけではないためか、拍子抜けしなかったというのは嘘になるが、セレスタには仲間を無事に帰す任務と、最後まで作戦を完遂させる任務がまだ残っていた。
この戦争が終わった後、地球はどうなるのだろうか。
最奥に進むセレスタの胸に、ふとそんな疑問が浮かんだ。
そして、それはすぐに一つの結論で打ち消された。
「私はワタシのできること、すべきことをやっていくだけです」
呟いて一瞬目を伏せたセレスタの瞼の裏に、次いで懐かしい情景が浮かんできた。
帰りたいと長っていた、カナダの景色だ。
懐かしい望郷の景色が、彼女を背中を押した。
●とあるシッターの日常
美楚歌(
gc3295) は、当時を感慨なく語った。
カンパネラ宇宙要塞に臨時で設けられた「シスターズ保育所第一支部」に彼女はいた。戦闘よりも子どもの世話が得意な美楚歌は、宇宙要塞内部に待機するクノスペに留まっていたのだ。
今回の戦いに赴いた傭兵達で、子どもを持つものは少なくない。
大半の夫婦は地球に子どもを預けての出撃ではあったが、そうではない子どもや、要塞内の居住スペースで暮らす夫婦の子どもは、一時的に美楚歌が引き受ける形をとっていた。
駐機場で行き場をなくしていたクノスペを借り受け、塗装を変えた美楚歌の支部は、小さな保育所の体を整えていた。
そんな仮の保育所が出来上がったのが、宇宙要塞完成直後のことだった。いかなる時も受け皿となり、ブライトン討伐作戦が発令されたあの日も、美楚歌は普段通り保育所で忙しなく駆け回っていた。
「もうすぐ戦いも終わるのであります。ここで、大人しく待っていて欲しいのであります」
親の顔が見えず、普段と違う様子に泣き止まない赤子をあやしては次の赤子をあやすという仕事に追われていた美楚歌は、今バグア本星がどんな状況で、姉妹が無事なのかどうかも分からなかった。
――そして、その『刹那』が来た。
「‥‥?」
はたと手を止めて一度顔を上げた美楚歌は、周りを見渡した。
いつもと変わらない部屋、いつもと変わらない空気。
何故、手が止まったのかは分からない。
美楚歌を急かすように赤子が一斉に泣き叫んだ。
「はいはい、今行くのであります」
大慌てで走り回る美楚歌に、ブライトン討伐の報が入るのは、夜もめっきり更けた頃であった。
●白のベッドの上で
肉が裂かれた感触が生々しく残っている。
「‥‥どう、なったの」
苦痛に眉を潜めたモココ(
gc7076)は、その『刹那』には巡洋艦へ運ばれようとしていた。
深い深い眠りについて、彼女が目を覚ましたのは、戦いが終わって数時間経った頃だった。
無機質な天井をじっと見つめながら、要塞に設けられた医療室のベッドに横たわったモココは、これまでの事を思い出していた。
自分には、狂気が潜んでいる。
傭兵になる前に、殺した姉の顔が浮かんでいた。
自分を救おうとして、逆に救いたい妹の手にかかった姉。
優しかった姉の死が、狂気に支配されたモココの人生を変えた。
「お姉ちゃん‥‥」
自分の罪は消えない。だが、同時に、姉の死がなければ誰かの為に戦うこともなかったということも、変わることのない事実だった。
自分には、恋人がいる。
狂気を疎い、けれども時に無意識に狂気を隠れ蓑にしてきた自分を突き放すことなく傍にいてくれた人だ。
優しい人には、何か魔法がかかっているのだろうか。
そう思うほど、彼に出会ってモココは変わった。表情が豊かになった反面、半ば諦めをつけていた自分の醜い狂気を嫌悪した。
彼に出会わなければ、こんなことは思いもしなかっただろう。
彼が受け止めてくれなかったら、自分も彼の優しさに応えようと思わなかったに違いない。
「お姉ちゃん‥‥私、自分より大切な人に出会えたよ‥‥」
静かに目を閉じたモココは、この世にいない姉に語りかけた。
姉は怒っているだろうか、恨んでいるだろうか。
自分は、許されていないのだろうか。
そんな後悔と罪の意識がなかったとはいえば嘘になる。
だから、モココはこの戦いに二つの賭けをした。
一つは、過去の罪を赦されるか。
二つは、恋人の言葉に応えられるか。
結果は、怪我をしながらも彼女は生き残った。
「――‥‥」
心に残る姉の名前と、共に生きていきたい愛しい人の名前を呟いて、モココは再び深い眠りに落ちていった。
●託したペンダント
赤い星が空に浮かんでいた。
地球の病院のベッドで目が覚めた黒羽 風香(
gc7712)は、その場で最終作戦の発令を知った。
ならば、おそらく義兄達はユダと――。
「はぁ‥‥」
風香は溜息をついた。
こんな大事に、傍に居ることは叶わなかった。否、傍に居た所で、こんな傷だらけの状態ではかえって迷惑になる。
「護られてばかりは嫌だから、能力者になったのに‥‥昔から、肝心な時に兄さんの傍に居てあげられない」
苦笑した風香は、自身の間の悪さを悔やんだ。そういう呪いでもかかっているのかと疑いたくなるほどだった。
ベッドから起き上がり、広々とした病院の窓から赤い星を見つめてみた。傍目には、ただ異形の星が浮かんでいるようにしか見えないが、あの中では今、苛烈を極める戦いが始まっているのだろう。
「約束、破ったら許しませんよ‥‥必ず、もう一度私に来てくれるって信じてますから」
そう呟いて、風香は胸の辺りに手を添えた。
本来、そこには思い出のペンダントが静々とあるはずだった。片時も離さなかったそれは、今、彼女のものにはなかった。
彼女の想いと共に、それはあの赤い星にあるのだ。
(‥‥お願いします、エミタ。貴方が想いを力に変えるというなら、私の想いで兄さんを助けてあげて下さい)
かつて、傭兵達はその想いを力に変えたことがあった。自分一人でそれが出来るかは分からないが、もしエミタが意味のあるもので、力があるものならば、きっと想いは届くはずだ。
義兄の無事と共に、風香はもう一人、年上の幼馴染を思い浮かべていた。
「それに、私とあの人。二人も約束して待たせてるんですから、絶対です」
託したペンダントには、二人分の約束と、二人分の祈りを。
願うことしかできない風香は、ただじっと、じっと義兄の無事を想っていた。
「だから‥‥早く無事に帰ってきて下さい」
――その『刹那』は、風香の目には見えなかった。
だが、その後、本星のコアが破壊され、地球からでも目に見えて分かる程、本星が欠け始めた頃、彼女は戦いの終わりを悟った。
傷は深いものの、動きまわることは容易だ。即座に義兄達の帰還予定を調べに、風香は病室を飛び出した。
幸いにして、ここは軍用の病院だ。戦いの様子を聞きまわるのに、そう苦労はしないはずだ。
「さて、行きましょうか」
手早く外出許可まで貰った風香は、ドアのガラスに映った自分に語りかけた。
義兄に会える。
また、彼の声が聞ける。彼の顔が見られる。
あのペンダントを、もう一度首にかけられる。
その時、私は、どんな顔をしているのだろうか。
●哀悼の意を
「‥‥あー。もしもし、母さん? 俺だよ。ははは」
終戦直後の宇宙要塞は、地球へ連絡を取ろうという人々でごった返していた。ジョージ・ジェイコブズ(
gc8553)もその中の一人で、幸い早めに順番が回ってきた彼は、最初に家族に自身の無事を知らせていた。
ジョージは本星内部で戦っていたが、目を見張る活躍は出来なかった。
だが、勝利の礎を築いた一人であることに変わりはない。誰が欠けても、今回の勝利の形はあり得なかった。
そして何より、無事に帰れたことが一番の収穫だろう。
「‥‥母さん?」
通信口では、母の少し震える声がしていた。終わったの? と聞かれて、ジョージはようやく長い戦いが終わったことを深く自覚した。
「終わったいってもまだこっちだよ。この後も地球に落ちる破片をどうするとかでさ」
破片って何のこと、と状況の飲み込めていない母の声に少し笑ってしまう。
説明する前に、遠くの方で父の声が聞こえた。父も元気そうだ。
お父さんに代わる? と言われて、ジョージは小さく笑った。
「あー‥‥まあ、よろしく言っといてよ。ははは」
積もる話は、実家に帰ってからにしよう。その方が、きっと父も喜ぶ。
「じゃ、破片に頭ぶつけないように気をつけて。うん、また連絡するよ」
たった五分くらいの会話だったが、ジョージは満たされた自分の胸に手をあて、温かい息を吐いた。
サングラスをかけて、通信室から出たジョージの前には、真っ暗な宇宙が広がっていた。
これから、砕け散った本星の破片が地球に降り注ぐ。
本当の意味での終戦は、もう少し後の事だろう。
その前にと、ジョージは少し要塞内を歩き、展望室に入った。誰もいない空間に長椅子が置かれている。腰掛けた彼は、暗い宇宙に散った仲間のことを考えていた。
誰もが無事で帰れた訳ではない。誰もが全てを守れたわけではない。
人類も、多くを失った。
ジョージが思い浮かべた人は、それほど面識のある人物ではなかった。どこかの任務で一緒になった、という程度のものだ。
そんな関わりの人でも、亡くなったと聞けば驚いた。驚いて、残念だと思った。
「生きていれば、きっと‥‥」
ブライトン討伐――その『刹那』を共有できたはずだ。
人々の数だけ、世界の未来に対する選択肢は増えていく。世界の良さや幸せに比例して、その数は更に増していく。
だが、死んでしまえば、その選択肢はもう選べない。あらゆる『瞬間』から切り離された存在になって、そして何も見えなくなってしまう。
だから、残念だと思う。
その人が生きていれば、もっと楽しい世界になっていたかもしれない。
「綺麗なかただったし、ね‥‥」
これは余計かな、と一人呟いたジョージは、勝利の余韻の片隅に佇む死者へ、一人哀悼の意を捧げた。
●明日へ
地球には、傭兵ではない一般人が多く残っていた。
直接戦いに関わることはできないが、能力者だけに任せる訳にはいかないと、力を持たない人々は地球で必死に戦線を支えていたのである。
凪宮 紫蓮(
gc9103)は、戦いの重圧に押し潰されそうになっている人々を必死に励ましていた。
「大丈夫よ、大丈夫。必ず――上手くいきます」
怪我をして苦しんでいる人の包帯を取り替え、不安で泣き出す人の手を握った。
そして空を見上げて、傭兵達の無事を祈った。
紫蓮には、軍医の父がいる。彼は軍の命令に従い、宇宙要塞の中で働いていた。
「お父さん。どうか、無事で‥‥」
優しい父の面影が胸を過る。
きっと、もう一度会える。
そう信じて、紫蓮は目の前の仕事を必死でこなしていた。
――そして、その『刹那』は彼女にとって、忘れられないものになった。
地球へ送られてくる映像は、実際よりも少し遅れる。
ブライトン討伐の報と映像が届いた時、人々は一斉に歓声を上げた。
紫蓮は、泣いていた。
大粒の涙をこぼして、彼女は映像を見上げて、手に持った一枚の紙を握りしめていた。
父が死んだ。
誇り高い最期であったと信じているが、詳細は教えられなかった。
もしかしたら、誰も分からないのかもしれない。
「だから、傭兵になろうと思ったの――父の、遺志を受け継ぎたいから」
遺品整理の終わった部屋。
全ての準備を終えた紫蓮は今、能力者として最初の任務に赴こうとしていた。
こんな時期に能力者になるなんて、という人もいるかもしれない。
だが、優しく気高った父の遺志を背負って、紫蓮は傭兵になった。戦いが終わった今だからこそ、出来る事があると信じて――。
「お父さん、見える? 私達が望んだ、平和な時代――失くしてしまったものも、多いけれど」
時代は変わっていく。恐ろしいほどの勢いで、これから新しい世界が築かれるだろう。。
それでも、なくしてしまったものは戻らない。
ようやく届いた遺骨を手に、紫蓮は自室の扉を開けた。
向かう先は墓地――病死した母が眠る場所に、父を連れて行くのだ。
「お父さんの思いは、全て私が受け継ぐから‥‥」
安心して眠って――そう呟いた紫蓮の目から、あの日と同じ涙がこぼれ落ちた。
戦いは終わっても、胸に空いた穴は埋められないまま。
「これが、喪失感――」
独りぼっちなのだと、紫蓮は初めて自覚した。
そして、すぐに涙を拭った。
独りでも、紫蓮は孤独ではない。
会社の従業員も居るし、これから多くの仲間が出来るかもしれない。
誰よりも大切な人ができるかもしれない。
だから――、
「私は、行きていこうと思えるの」
眠る父と母は言葉を返してはくれないが、紫蓮はそれで良かった。
がらんとした部屋を見返して、彼女は微笑んだ。
「行ってきます」
パタン、と思い出を詰め込んだ部屋の扉が閉まる。
これからの日々を祝福するかのように、穏やかな音がした。
了