タイトル:半年遅れの贈り物マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/30 20:45

●オープニング本文


 ラスト・ホープ内のとある小さな個人商店は、窓が割れんばかりの大声で満たされた。雑貨を扱うこの店に幸い人は居なかったが、唯一の店員である女性は長く伸ばした髪を掻きむしって喚き散らした。
「あーーーっ!! 最悪だ最悪だ最悪だあああ!」
 暇だからとレジ周りを整理整頓していたところ、日付が半年前の荷物がひょっこり出てきたのである。しかも送り先はお得意様だ。
 わなわなと震える女性は憮然として呟いた。
「そう言えば‥‥前に電話がかかってきたっけ‥‥」
 その時の会話を思い出して、彼女はまた悲鳴を上げて床をのたうち回った。ああ、嫌だ嫌だ! このお得意様が無かったらこんな小さな店はすぐに閉店してしまうというのに、何ということだろうか!
 一頻り床で悶絶し続けた彼女は、そこでハッとして身を起こした。既に目が据わっている。
 一拍遅れて、店のドアが音を立てて開いた。素早く立ち上がった彼女は、いつもの営業スマイルを浮かべて丁寧に礼をした。
「いらっしゃいませっ!」


 どこかに旅行でも行くのだろうか、やってきた客はカンパネラ学園の生徒だった。遠征道具を背負って、水筒のコーナーをまじまじと眺めている。
「何かお探しですか?」
「ああ。この中で一番入るのはどれですか?」
「それでしたら、こちらですね。‥‥どこへ行かれるのですか?」
 制服に身を包んだ少年が告げた場所を聞いて、彼女の表情が一変した。飢えたキメラでも裸足で逃げ出しそうな程の貪欲な表情で、ガッシと彼の肩を万力で掴んだのである。
「貴方‥‥一仕事、する気が無い?」


 話を聞かされた少年は、肩をさすりながらも意外とあっさり承諾した。
「丁度、俺達と別のグループが同じ方向に行くんです。多分あっちの方がその街を通ると思うので、良ければ掛け合いましょうか?」
「お願いします! あ、その水筒、タダであげるから!」
 水筒を押しつけた彼女は、そのまま例の荷物も一緒に放った。
 ずっしりとした重みの箱だ。普通の段ボール箱で人一人が両手で持てるくらいだ。
「その街に、一際気難しいお爺さんがいるの。その人に頼まれていた本一式よ。ちょーっとばかし遅れたけど、問題ないでしょ」
 いや、問題大ありではないだろうか。苦笑して受け取った少年は。買いたての水筒を提げて店のドアを開けた。
「それじゃ、確かに受け取りました。必ず届けるように伝えておきます」
「お願いね。あ、あと、一杯怒られても気にしないでって伝えておいて!」
 一緒に来れば良いのに、と少年は思ったが、よくよく考えて無理だなと思い直した。
 今から行く場所は、一般人には荷が重いかもしれないから。

●参加者一覧

ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
澄野・絣(gb3855
20歳・♀・JG
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
ケルテース・ピロシュカ(gb4774
15歳・♀・HA
天城・アリス(gb6830
10歳・♀・DF
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD
黒木・正宗(gc0803
27歳・♂・GD

●リプレイ本文

「それじゃあ、お先に。向こうの街で会おうぜ」
 依頼を持ってきた学園の制服を来た少年はそう言って分厚い本を渡した。
 なめし革で丁寧に包まれていた本を受け取った澄野・絣(gb3855)は、それをケルテース・ピロシュカ(gb4774)の手に置いた。目の不自由な彼女は、本の感触を確かめて頷いた。
「きちんと届けないといけませんね」
 そう言った彼女は、その瞳に映らない箱をしっかりと抱えた。


 赤木・総一郎(gc0803)とムーグ・リード(gc0402)を先頭に、一行は森へ足を踏み入れた。やや遅れて、後衛の天城・アリス(gb6830)とジャック・ジェリア(gc0672)が着いてくる。
 森を少し行くと、例の分かれ道が見えた。事前に店の店主から地図を貰っていたホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)が位置を確認して口を開いた。
「左に曲がろう」
「では、俺達は先を見てこよう」
「了解、デス」
 赤木とムーグが足早に鬱蒼とした木々の中へ入っていった。
「大丈夫かな?」
 心配そうに言った橘川 海(gb4179)である。結構な数のキメラが確認されているらしい森だから、二人では数が少ないのではないだろうか。
 そんなことを考えていると、後ろから天城の緊迫した声が届いた。
「気をつけて下さい、前の茂みに何か居ますっ」
 気を引き締めた彼らに応えるように、前方の茂みから獣の姿をしたキメラがぞろぞろと姿を見せたのである。
 ケルテースを後ろ手に庇った澄野が相手を睨む。
牙を剥きだしたキメラが一歩前に進み出た瞬間、それらの足元に銃弾が炸裂した。全く音の無い攻撃に、キメラ達が怯む。
「今だ」
 ホアキンの声に橘川が動いた。クロッカスを装備した拳を握りしめて、地面を殴りつける。
 刹那、強烈な電磁場がキメラの集団の足元に発生した。悲鳴を上げて藻掻くキメラに、澄野が走り寄る。
「さて、さっさと片付けましょうか」
 強弾撃を使用した彼女の弓「桜姫」が鋭い矢を放つ。正確にキメラの首を捉えた矢は、一体を絶命させた。
 続けてホアキンが小銃でキメラを撃ち抜いた。横から橘川を襲おうとしたキメラの体が草むらに沈む。
 一安心したのも束の間、今度は彼らの背後にキメラが現れたのである。
「ここは私達が。どうぞ先に行ってくださいっ」
 天城の言葉に頷いて、隊列を組み直した橘川が荷物を押し始めた。本の他にも大量の荷があるのだ。足止めを食らっては不利だ。
 唸り声を上げて彼女達を強襲するキメラの足を天城が射抜いた。隣でこちらを警戒していたキメラは、ジャックが銃で討ち取る。
「ぞろぞろ居るな。俺、ケンカは弱いんだけど」
 などと言いつつ、ジャックはガトリングガンを構えた。だが、まだ射程距離に味方が居る。
「アリス。ちょっと先に行って、この攻撃が終わったら留めを刺してくれ」
「分かりました」
 キメラの脇をすり抜けて、天城が橘川達の後ろについた。脇から来るキメラはホアキンが捌いていたが、殺しきれなかったキメラは彼女が壱式で切り捨てる。
「行くぜ」
 射程から味方が離れ、キメラが集まったのを確認したジャックは、制圧射撃で持ってガトリングガンを連射した。
 大打撃を食らったキメラの大半はその場で崩れ落ちたが、残った最後の一匹は距離を詰めた天城が壱式で首を跳ね飛ばした。
「先を急ぎましょう。二人が心配です」
 ケルテースはそう言って、橘川の手を再び取った。


 迂回路の角を曲がった所でキメラの集団に遭遇した二人は乱戦を展開していた。キメラ自体の強さはそれほどでもないが数が多い。
「ヤレヤレ‥‥敵ガ多イ、デスネ」
「まったくだ。こうも多いと逆に骨が折れる」
 番天印でキメラの額を撃ち抜いたムーグの背後にキメラが迫る。それを遠距離からスコーピオンで撃ち抜いた赤木は、その体勢のまま「探査の眼」を発動させた。
「ムーグ、七時の方向にキメラだ」
「了解、DEATH」
 銃口を向けたムーグは躊躇わず弾を撃ち尽くした。茂みの中で音を立てて何かが倒れる。
 これで終わりかとムーグが視線を巡らせた。赤木はじっと森を見つめていた。
 ガサリ、と微かな音が二人の耳に届いた。二人は同じ方向に殆ど同時に銃口を向けた。
「わわわっ、撃たないで下さいっ!」
 角を曲がってきたのは橘川だった。荷を引いているホアキンの姿もある。
 銃口を下ろしたムーグはほっと息を吐いた。
「無事、デスカ‥‥?」
「はい。お二人も無事で、何よりです」
 杖をついたケルテースがニコリと微笑んだ。
 順調に歩を進めた彼らは、予定よりも早く休憩所にたどり着いた。事前に赤木が調べたところ、この周辺にキメラはいないということで、八人は思い思いに休憩を取った。
 多勢を相手にするのは思った以上に疲れるもので、座って森の空気を吸い込むだけでもとてもリラックスできる。
 森林浴を楽しんでいたムーグに、天城がミネラルウォーターを渡した。
「アリガトウ、ゴザイマス」
「まだ後半があります。頑張りましょう」
「エエ」
 天城はケルテースを連れていた。聞けば錬成強化を皆に行っているのだと言う。
 一人離れた位置にいるムーグをちゃんと強化できているか確認した彼女は、ぎこちなく微笑んだ。目が見えない彼女はここまで歩いてくるだけでも疲れたことだろう。
「戻リマショウ」
 他の人にも水を渡すという天城と別れて、ムーグは彼女の手を引いて仲間の元に歩いて行った。


 八人が最も警戒していたのは橋である。
 ぐらぐらと揺れる橋を最初に赤木とムーグ、ホアキンが渡り、次に橘川達が渡ろうとしたのだが、後ろからジャックが彼らに声をかけた。
「待って待って。橋の途中で襲われたらやばいから、俺達が先に渡るよ」
 そうすれば敵を片付けてから荷を渡すことができる。
後衛の天城とジャックが橋を一人ずつ渡っていく。そして、ジャックの予想通り、まさに彼が橋の中心付近に立った瞬間だった。
 激しい水しぶきがあがり、鮫のような形をしたキメラが水中から飛び出したのである。
 流石に驚いたジャックである。
「うわ、やべっ!」
 こんなところでガトリングガンを使うわけにもいかないが、ナイフに持ち替えている時間も無い。このままでは頭から齧り付かれる。
 橋の上で立ち尽くした彼の代わりに、橋を渡ろうとしていた橘川が地面を蹴った。
AU−KV「バハムート」を瞬時に装着した彼女は、竜の翼で飛び上がり、クロッカスを鮫の腹に叩き込んだのである。強烈な一撃を腹に食らったキメラは目を回して川の中に沈んだ。
 だが、まだ終わりではない。
 橋の向こう側で待機していた三人にも、茂みから現れたキメラが襲いかかっていたのである。気配に気づいて盾を構えた赤木に、飛び掛かったキメラの牙が食い込んだ。
「く‥‥っ!」
「赤木サンッ!」
 身構えたムーグにもキメラが飛び掛かった。銃の構えが間に合わない彼も戦慄したが、脇からホアキンが割り込み、持ち替えた刀でキメラを斬りつけた。
「離れろ!」
 叫んだホアキンは裂帛の気合いと共に、キメラを薙いだ。距離を取ったはずのキメラをソニックブームでもって正確に捉える。
 彼の左から来たキメラは、ムーグが代わりに頭を撃ち抜いた。その屍を踏み越えて、天城が更に奥のキメラを壱式で斬り飛ばした。
 盾で抵抗していた赤木も、力一杯に盾ごとキメラを放り投げた。宙に投げ出されたキメラに小銃を連射する。地面に落ちたキメラはぴくりとも動かなかった。
「橋は‥‥?」
 振り返ったホアキンの目に、橋の上で奮闘するジャックと橘川の姿が見えた。キメラに苦戦しているのではなく、ぐらつく橋に苦労している二人をだ。
 だが、水は依然として不自然に揺らめき、黒く大きな影が泳いでいた。
 ケルテースについている澄野に手で合図したホアキンは頷いた。頷き返した澄野はケルテースに耳打ちする。
「分かりました!」
 盲目の少女は、澄野の指示通りに手を伸ばし、川を跳ねるキメラに錬成弱体を施した。それを見計らっていたホアキンは手早く雷光鞭に持ち替え、川底に照準を定めた。
「頼むぞ、澄野」
 川に猛烈な電撃が走った。
 堪りかねたキメラがその大きな姿を空中に晒す。銀色の鱗を持つ、大きな鮫だ。ずらりと並んだ鋸歯が川に住む魚を串刺しにしている。
 その無防備で弱った鮫の登場を澄野は待っていた。
「仕留めるわよ」
 狙撃眼を発動し長弓を構えた澄野の強弾撃が鮫の口に吸い込まれた。内部から破壊されたキメラが川に沈む。水しぶきを上げて、川底に倒れたキメラが事切れた。
「あぶねぇ‥‥助かった」
 橋を渡し終えたジャックはまだ顔が強ばっている。だが、彼にしてみれば、キメラに奇襲されたことよりも、橘川がAU−KVを装着したまま橋に着地してしまったことに焦っていたようだ。後ろから着いてきた橘川が手を合わせて謝っている。
「ともあれ‥‥荷物は橋を渡れそうだな」
 赤木の言葉通り、荷物と本は問題なく橋の上を通過したのであった。


 街に辿り着いた彼らは、その頑固爺さんの家を訪ねた。ドアから顔を見せたのは、まさに頑固を体現したかのような老人であった。
 応接室に通された八人は、八人それぞれがなぜか言い訳を考えて老人の言葉を待っていた。
「あいつ‥‥元気にしておったか。死んだかと思っとったわ」
 本を受け取った老人の第一声に、ケルテースは首を傾げた。声から怒りは感じられず、むしろ安堵している口調だったのだ。
「あの‥‥怒らないんですか?」
 尋ねた橘川に老人は目を丸くした。
「客人をいきなり怒鳴りつける趣味は無いわい。そうじゃな、強いて言うなら服装が汚れておる! くらいか」
 キメラと戦ったのだからそこは勘弁して欲しい。
 本を捲った老人は面白そうに言った。
「元気そうじゃな。まったく、いつもいつも遅刻しおって‥‥」
 老人が店に頼んでいたのは、ゴットホープでスマッシュヒットした小説だった。ハードカバーで六冊、全て赤い表紙のそれは、彼らも見覚えがあった。
「アノ‥‥ソノ、ノートハ?」
 ムーグが指差したのは、段ボールの底に残されていた一冊のノートだった。それを見た老人は、大慌てでそれを手に取った。
「おお! やっと来たか! こいつは一年振りじゃ!」
 半年遅れの上に一年振りの荷物。考えただけで、後々叱られるであろう店員が気の毒になったホアキンである。
「ノートですね。何のノートですか?」
 天城の質問に、老人は照れくさそうに言ったものである。
「いやな、これは孫との交換日記なんじゃよ。あいつはラスト・ホープに行ってしまって、わしもここで一人暮らしじゃからな。寂しいからと押しつけたんじゃ」
 最初は嫌がっていたが、徐々に書くようになったのだという。ただ、一年も音信不通でそろそろ不安になっていたらしい。
「これは‥‥本格的にあの姉ちゃんは謝った方が良いんじゃ‥‥」
 ジャックが苦笑しながら言った。
「でも、届いて良かったですね」
 微笑んだ澄野に赤木も頷いた。
 老人は八人に深々と頭を下げて、何度も礼を言った。
「良い家族じゃないか」
 家を出て、別動隊の到着を待っている間、赤木は澄野に言った。
 雪が降り始める。
 掌に落ちた雪を見ながら、澄野は微笑して言った。
「そうですね。家族とは良いものですよね」
 別動隊の先頭を歩く学園の制服が見える。彼はこちらに気がついて満面の笑みで手を振ってきた。八人も手を振り返す。
 家族の絆を見たようで、次の任務に向かう彼らの心は、ほっと暖かくなったのであった。