●リプレイ本文
「これで、事前に調べておいた資料は全て配り終えましたわね」
ガタゴトと揺れる軍事用車両。その大きな荷台に傭兵達を乗せた車は、乾いた風に土煙を乗せながら目的地へと走っていた。
「今あたし達が使っているこのルートとは真逆から、彼らは街へと向かったようですわ」
全員に資料を配布しながら、この付近に存在する街で音信の途絶えた傭兵達について解説するロジー・ビィ(
ga1031)。艶やかで、非常に美しい銀髪が風に靡く大人びた雰囲気を持つ彼女。どこか神秘的で、魅力的なその目が資料をジッと見つめていると‥‥
(「ふ、ふぁ、‥‥うう、我慢です」)
ロジーの隣に座っている少女がモゾモゾと資料で顔を隠す。
「どうかなさいました? ミスティ」
不意に名前を呼ばれ、ミスティ・グラムランド(
ga9164)はビクッと肩を上げる。彼女の異変に気づいたロジーが、視線を傾け語りかけていると
「あ、その‥‥ロジーさんの髪が、風で顔にかかって‥‥」
モジモジと切り出すミスティだったが、声を出し始めてすぐ
「クチュン」
と、小さくクシャミを1回。どうやらずっと我慢していたようだ。
「あら、あたしったらずっと気づかずに、ごめんなさい」
あたふたと長い髪を押さえながら謝る、見た目によらずに天然だったりするロジー。
「あはは、もう大丈夫です。それにしても綺麗な銀色の髪ですね‥‥」
そう言うミスティこそ、まるでバラからその色を抜き取ったような美しい赤髪なのだが、目を輝かせロジーの髪に触れる。そんな少女に、
「ありがとうですわ。でも、あなたの方こそ素晴らしい宝を持っていますことよ」
思わずスッと目線を下げてしまう。そう、人形のようなかわいらしい少女には、明らかに他と違うパーツが存在した。
「え、あわわ。これはパッドなんかじゃないですぅ」
ササッと手を胸の前で交差して、涙目になりながら必死に訴えるミスティ。パッドとか一言も言われていないのだが、いつも疑惑を持ちかけられるため切り替えしの一言が癖になってしまったようである。
「コホン。とりあえず申し訳無いのですが、誰か資料を読んでいただけないでしょうか。普段は問題なくとも、さすがに文字を読むことはできなくて‥‥」
2人のちょっと微笑ましい会話で、脱線しかけそうになった作戦会議に乾 才牙(
gb1878)が再び戻しをかける。傭兵として認められている彼であったが、実はその目に視力はない。覚醒による作用か、それとも自身が持つ不思議な力の仕業か、見ることは叶わずとも感覚で視ることができると言う彼。しかし、さすがに資料の文字を読むことは不可能の様子であった。
「いいわ、あたしに任せて」
乾の言葉に応えた赤崎羽矢子(
gb2140)が、彼への読み聞かし含め、再確認するように資料を音読する。
「まず、音信不通となった傭兵6人が辿ったルートは、ロジーさんが言ったように今進んでいるルートの反対。そして、音信普通となった場所はあたし達が向かっている街ね」
サラサラと読み続ける彼女、他にも細かな点を追読するが、具体的に敵に迫れる情報はなかった。
「街の何処で音信が途絶えたかも不明だね。ようは、実際に言ってみないと分からない‥‥ってとこかな」
最後に告げる彼女。なるほど、と頷く乾に続き
「とは言え、武装した傭兵6人が全滅、か。どれほどの奴らが待っているのやら」
皇 千糸(
ga0843)は、ふっと呟く。そう、彼女が言うように、彼らが最も分かりやすい情報の1つ。それは、今回の敵が一筋縄ではいかない相手、ということであった。
「生存者が一人でもいればいいのだけど」
切に願う皇。言動、外見、まるで氷を彷彿させるような雰囲気を持つ彼女だが、その心の中には生存者がいることの可能性を諦めない、優しく暖かい炎が燃えていた。そんな彼女の言葉に触発され、改めて敵のことを考え静まり返る車内。シーンとした重い空気が漂い始める空間‥‥
だったのだが、
「ところで、ミスティさん。いつも何を食べているのかしら? その胸を得る秘密、どうしても気になるわ」
真顔のまま、フッとミスティの耳元で皇が囁く。細身な体系に劣等感を抱く彼女は、どうしてもミスティの胸が気になるご様子。
「ひえーん。だからこれはー」
ちょっとだけ張り詰めた空気が緩み、表情に笑顔を浮かべる傭兵達。こうして、様々な願いが渦巻く彼らを乗せた車は、目的の街へと突き進むのであった。
「どうやら見えてきたみたいだぜ」
車両から顔を覗かせる来栖 祐輝(
ga8839)が、今回の目的とする街を視認し皆へ告げる。
「いよいよ、か」
その言葉に反応する青年、赤い髪と赤い瞳が特徴的なヒューイ・焔(
ga8434)が今まで読んでいた本を荷物の中へと直していると、
「へー、本が好きなのね」
その様子を見ていた赤崎が、感心感心といった表情で話しかける。
「ああ、結構おすすめだぜ」
ニコッと笑って返すヒューイ。彼は、自身の有する書斎にかなりの冊数を所有している読書家でもあった。無邪気そうな顔をしつつも、落ち着いた趣味の持ち主は
「この本の続きも気になるし、さっさと終らせないとな」
そう苦笑しながら武器の点検を始める。実は、内心、未知の敵への不安を拭い去れていない心境であったため、本で精神を整え敵に臨む準備も兼ねていたのだ。そして
「いよいよ始まるか‥‥」
ヒューイのように、各々が各自の武器と、今作戦における作戦の最終確認を済ませている間、一点を見据え神妙な面持ちで座り込んだままの青年が1人、ジッと目の前のライフルを見据えていた。
「全くもって不愉快だ」
静かに目を閉じて呟く暁・N・リトヴァク(
ga6931)。誰かから問われたわけでもなければ、目の前で何か起こったわけでもない。ただ、自らの過去と今依頼の内容を照らし合わせ、誰に言うとでもなく自然に発された言葉であった。よみがえる苦い記憶、冷たい雨が肌に当たる感覚までもを呼び戻し、彼は自らの武器へ手を向ける。
「戦争か‥‥俺に安寧は許されないのかもな」
停車した車両から降り、いざ目の前に廃墟と化した街を臨む彼は、自らの戦う意味の答えを探すかのように、足を踏み出すのであった。
「なぁ、街の住民がいつ消えたかは不明なんだよな?」
『探査の眼』を発動しつつ、絶えず周囲に注意を配りながら先頭を歩む来栖。同じ班の3人に語りかける彼に、1つの疑問が頭をよぎる。
「ええ、実質的には先の6人が来た時点で既に街の状態は壊滅的だったようですし、時間が経っているとは思いますが」
来栖と同じく周囲の様子を探るロジーが、目線は横に向けたまま返答する。
「何か気になる点でもございますの?」
不思議そうなロジーの前で、立ち止まりボソッと呟く来栖。
「確かに時間がかかってるとはいえ、おかしくねぇか? 何でこの街、亡骸の1つすらないんだよ」
彼の言葉にスッと顔を上げ、お互いの顔を見渡す4人。確かに彼らの前に広がる光景は無機質な建物の壊れた跡ばかりで、そこからはヒトがすっぽり消えているようであった。
「確かに変ですわね」
改めて、ロジーがそう言おうと切り出した瞬間
「――! 来栖さん、後ろ!」
「なっ!」
立ち止まり、一瞬油断が生じた来栖。その刹那の瞬間、目の見えない乾だからこそ気づく何かの気配。振り向いた来栖の背後には、巨大な影が飛来していた―――
「きっと誰か生きている方がいるはずです!」
時同じくしてもう1つの班、探査の目を使用しながら街を調査して行くミスティ達。彼女が最も気にかけていること、それは生存者の有無であった。
「そうね、絶対いる。だからこそ私達が頑張らないといけない」
ミスティに続き、自らに言い聞かせるように呟く皇。荒れ果てた廃屋に映えるその和服姿は、彼女の美しさを一層引き出しているようにも見えた。そう、言い換えるなら、キメラにとっても格好の目標となりえるほど‥‥
「あの声は、乾さん!?」
突如として横から聞こえてくる一声。一斉に振り向く4人、お互い2班ともがそれぞれのサポートに回れるよう配慮されていた配置。そのために、乾の声に反応した彼らが駆け出し前方に捕らえた光景は
「キメラ!」
そこには来栖を突き飛ばす獣の姿をしたキメラが1匹。
「始まったね」
赤崎の氷雨を持つ手に力が入る。4人が踏み込み、一斉に加勢に向かう姿勢を身構えて地を一蹴!―――するはずだったのだが
「え?」
突然高速で横へと移動した体、反転する視界。
「しまっ! 皇さん!」
4人の後方から奇襲した影、全員が気づいた瞬間には、ソレは皇をその腕に輝く爪で押さえたまま、壁に彼女毎突っ込むと
「かはっ」
そのまま壁にもたれ、ズルッと倒れる皇。グルルと口から白い吐息を出したキメラが次のターゲットへと目を向けていた。
「来栖さん!」
一方、こちらも敵からの不意打ちで突き飛ばされた来栖。
「ちっ、やってくれるじゃねぇかよ!」
しかし、咄嗟にクルシフィクスで衝撃を緩和した来栖は、突き飛ばされた勢いのまま体をぐるっと反転させ壁に足をつけると
――ガッ
そのまま壁を蹴り一直線でキメラの元へ突き戻る。
「お見事ですね」
それを視た乾が臨戦態勢へと移行し、自らの練力を糧に始動するリンドヴルム。彼のスコーピオンが火を噴くと同時に、残り2人が側面に散り、殺伐とした風景の中に赤い花が咲き始めた!
「GOGO!」
移動しながら、敵に反撃の余地すら与えぬ連射で半身を制圧する暁。銃口から絶え間なく繰り出される小さな圧力の連続に、思わずキメラが悲鳴を上げる。そして、射撃しつつも敵を観察していた暁が
「? なんだ、こいつ‥‥脚が少ない‥‥?」
確かにその目に映ったのは、強靭な2本の前脚と、非常に発達した筋肉が膨らむ、しかし本来あるべき数より少ない一脚のみの後ろ脚であった。
「前の傭兵達による負傷? いえ、しかしそれにはあまりに自然すぎますわね」
明らかに脚が切られた痕等は存在せず、キメラの動きもそれが当たり前であるかのような俊敏さ。何か、おかしい。そう直感的に判断したロジーであったが、
「ですが、今考えるには些細なこと‥‥全力を持ってお相手致しますわッ!」
敵から繰り出される前脚の爪による攻撃、しかし片手の蛍火でそれを円心の流れに吸い込むと、そのまま脚の横を華麗に半回転しながら
「ギシャア!」
もう片手の月詠を勢いよく突き立てる。両側面からの猛攻でひるむキメラに乾が追撃を加え、
「いてぇじゃねぇかよ、おい」
さっきのお返しと言わんばかり来栖が大剣を叩き付けた―――
「くっ、あたしは皇さんを!」
キメラの後方で気絶する皇を助けるべく、瞬速縮地で瞬間的に間合いを詰める赤碕。それに反応したキメラが振り向き、させまいと口から飛び出す不気味なほどの牙を彼女に向けるのだが、ヒューイがすかさず散発的にスコーピオンで牽制する。
―――トットッ
軽やかにワンピースを翻し、フッと気づけば敵の斜め後方に接近したミスティ。
「ドイツの騎士家系、グラムランドの家名にかけて!」
ハイヒールが小刻みに歌い、まだ小さな体から繰り出された強烈な一撃が確かにキメラの脚を抉り取る。
「グ、グルル」
2人に気がそれたキメラが向きを戻し、改めてその全体像を見るヒューイとミスティだったのだが‥‥
「こ、これは‥‥」
目の前のキメラに片目はなく、また所々奇妙に膨れ上がった皮膚から血管が浮き出ていた。
「そんな‥‥」
思わず目をそむけるミスティに突撃する隻眼のキメラ。ガキンと金属音をならし、必死で爪を捌くミスティだったのだが‥‥
「まったく‥‥随分とやってくれたわね」
後方で煌く一点の光、振り向いたキメラの背中から肉片が飛び散る。
「終わりだ!」
意識を戻した皇の援護を受け、一気に畳み掛ける3人の前に『不完成な一体』がひれ伏した。
「それで、結局見つかったのはこの2匹だけか」
日も落ちかけ、冷たくなりだした風が吹きすさぶ廃れた街。生存者なし、加えて目撃にあった大型のキメラも行方不明。それが、8人の最終的な結論であった。
「小さい街とはいえ、残念です」
バイク形態に戻したリンドヴルムを横に置きながら、乾が呟く。
「そうね、でもコレが見つかった分まだ良かったわ」
そっと赤崎が目の前に取り出す小さな小刀。
「それは‥‥先の6名のうちの‥‥」
「恐らく、ね」
茶色の澄んだ瞳で小刀を見つめる赤崎。ロジーの問いかけに残念そうに応える彼女の表情は、普段見せることのない哀しげなものであった。
「何か書いてありますわ。‥‥『必勝祈願、エダ』‥‥これは‥‥調べてみれば、誰が持ち主か分かるかもしれませんね」
血が付着して赤黒く固まっているが、それでもその刀身が眩い小さな刀。その美しい装飾が施された刀の柄部分に小さく刻まれた文字が、虚しく光に反射して輝いていた。
―――街の付近に位置するバグア勢力圏
「へー、能力者達に見つかっちゃったんだぁ、あそこ」
黒闇の中、不気味に青白い光が所々煌く空間の中、クッキーを頬張りながら無関心そうに笑って呟く少女。
「笑い事じゃないわ。あの街にもしもまだ『あの子達』が残っていたなら、ここの存在が気づかれる恐れがあるのよ」
「それは困るなぁ。あたし、まだこの子達作り足りないもの」
少し声を荒げて話す女に、モグモグと少女は返事する。
「全く、せっかく住民全員をあの子達が食べてくれたおかげで、忌々しい能力者達に知られることもなかったというのに‥‥何れにせよ、ここも長くは続かないわね。ほら、さっさと残りの子達を作り終えなさい」
「まぁまぁ、そあ急かさないでよ。今度の子はとっておきなんだからっ」
ニコッと笑顔で微笑むあどけない少女に、
「そう言うけど、あんたが何度も失敗作ばっかり作るから、あの街に捨てるはめになってるんでしょ」
溜息混じりに女が呟いた。
「これ‥‥ルカの‥‥」
8人の前に泣き崩れる少女。名はエダ。8人の帰りを本部で待っていた彼女は、彼らが持って帰ってきたいくつかの遺留品を見るやいなや飛びついていた。
「‥‥ってことは、あんたあの街に行った傭兵の‥‥」
泣き崩れる少女を前に、言葉に詰まるヒューイ。
「あの、ごめんなさい。私達‥‥」
自らに与えられた任務は完遂していた。しかし、それでも何故か少女を前に謝らずにはいられない皇。彼女だけではない、別に彼らのせいで先の6人が死んでしまったわけではないのだが、悲惨な光景を前にただ虚無感に襲われた8人は、言葉に表せない悔しさを胸に抱いていた。
「いいえ、いいえ。この小刀を見つけてもらっただけであたしは‥‥本当にありがとうございました、ありがとうございました」
何度も繰り返し涙を流しながら8人に感謝する少女。絶望感に苛まれ続けられるだけではならないのかもしれない。ただ、この連鎖を止めるためにあなた達は戦うのだから‥‥