タイトル:姿なき殺人者マスター:鋼野 タケシ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/24 08:10

●オープニング本文


 空路でも海路でも、どちらを選んでも大した違いはない。ただ到着が早いか遅いか、それだけの差だ。
 受け取る側にとってその違いが重要なことであっても、運ぶ側にしてみれば同じ。
 どちらだろうと、面倒臭い。
「あー、就職先間違ったかな」
 空港か海港がそれぞれ仕事を募集していた。どちらかを選ばなければいけなかったから、何となく彼は海港を選んだ。
 特別、深い理由があったわけではない。そう、どちらを選んでも変わりはなかったのだ。
 空路と海路では、ただ到着が早いか遅いか、それだけの違い。
 どちらだろうと面倒臭い。だから、早い方を選んでおけばよかった。
 初めは港内の作業だけだったのに、人手不足を理由に、半ば無理矢理に貨物船の船員にされてしまった。
 遠くに霞む稜線を眺めながら、陸地に思いを馳せる。たった数日しか離れていないとはいえ、海の上といったら退屈この上ない。空港を選んでおけば、もし乗り込んでいたとしても数時間のフライトで地上に戻れたのに。
「よし決めた、この航海が終わったら仕事辞めよう」
 誰もいない貨物室で、彼は後ろ向きな決意を込めて呟いた。
 カタン。何かの倒れる音が、青年の背後で響いた。
「げ‥‥だ、誰かそこに居るんですか」
 こんなところでサボっているのを見られたら最悪だ。それ以上に最悪なのは、今の呟きを聞かれることだ。この船の船長は短気なことで有名だ。もしあんな発言が船長の耳に入れば、即刻クビにされかねない。辞めた決意はしたものの、気持ちが変わる可能性だってあるのだから。
「あー、今のはその、言葉のあやって言うか、ついって言うか、ね、ほら本気じゃないんですよ。ヘコんだ時に死にたいって言う人いるじゃないですか? アレと同じっていうか本心じゃないっていうか‥‥って、なんだ?」
 ベラベラと言い訳を並べ立てながら、音の出所に近付く。そこにいたのは人間ではなく、一匹の子犬だった。
 薄茶色の身体がしっとりと水に濡れて、毛がペタリと身体に張り付いている。
「おいおい、ビビらせるんじゃねえっての‥‥まったく、どこから紛れ込んだんだ? 濡れてるけど、まさか泳いで来たってこたないよなぁ」
 青年が子犬を抱え上げようと、小さな身体に触れた。身体が湿っているのは水ではない。何か別の、ぬるぬるする気持ちの悪い粘液‥‥
「なんだ‥‥コレ」
 不可解そうに自分の手を見つめる青年。氷で出来た彫刻が解けるように、子犬の身体が半分消えていた。透明の粘液が、青年の手を覆っている。子犬を象っていたソレは、不定形の粘液に姿を戻した。古くはクトゥルフ神話から現代のビデオゲームにまで広く登場する、モンスターの代名詞スライム。
 ゲームに登場する彼らは、冒険者にとって脅威ではなく雑魚の象徴だ。だが、現実に存在するキメラとしてのスライムは違う。人外の力を持つ怪物。
 スライムは自らの肉体を伸ばし、それを刃に変えた。未だに事態を飲み込めていない青年に向かって、刃を振り下ろす。
 結局、青年は絶命の瞬間まで、目の前の生物の正体に気付かなかった。

「貨物室に死体、だあ?」
 副船長の報告を受けたガント船長が苛立たしげに声を上げる。もじゃもじゃのアゴ髭を掻きながら、呻き声を上げる。
「やったのは誰だ? やられたのは誰だ? どうせ船員同士のくだらねえ喧嘩の結末だろう。どうしてテメエがいながら下っ端どもを管理出来なかった? さっさと犯人を名乗り出させろ。素直に出て来ればサメのエサで済ませてやる。出てこねえんなら全員サメのエサにしちまえ!」
 真っ赤な顔でツバを飛ばしながら怒鳴る。バンバンと何度も机を強く叩き、船長は怒りを露にした。人相の悪さと性格の荒さで、これではまるで海賊船の親分だ。
「落ち着いて下さい、船長‥‥喧嘩なんかではありませんよ。予想ですがね、キメラに乗り込まれましたよコレは」
 現場にはナメクジでも這い回ったかのような粘液。人外の力で両断された死体。そして姿の無い敵。そういった痕跡を残すキメラには思い当たるフシがある。
 恐らく、積荷と共に侵入していたのだろう。自在に姿を変えるキメラ・スライムが、この船のどこかに忍び込んでいる。
 たった一匹のキメラでも、船に乗り込んだ人間を殲滅するには十分な能力を持っている。もし航海中の船にキメラが乗り込めば、後は全滅を待つしかない。
 だが、不幸中の幸いと言うべきだろうか。この船には、傭兵たちが乗り込んでいた。
「‥‥能力者たちが乗っていたな。アイツらに連絡してくれ」
 歯噛みしながら、船長は搾り出すように言った。積荷の中には、ULTへ物資として運ばれるものもある。念には念をということで、副船長が傭兵に護衛の依頼を出していたのだ。
『どうせ何も起こらねえのに、連中が乗り込むだけで余分に金払わなきゃならねえんだぞ? 余計なことするんじゃねえ!』と、副船長が傭兵を乗せた時、ガント船長はそう怒鳴り散らした。
「保険、無駄にならずに済みましたね」
 淡々と副船長が言う。ガントは何も答えなかった。

●参加者一覧

レイミア(gb4209
20歳・♀・ER
サンディ(gb4343
18歳・♀・AA
ブロッサム(gb4710
18歳・♀・DG
ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD
能見・亮平(gb9492
23歳・♂・SF
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG

●リプレイ本文

船員が一人殺されたということもあるのだろう。船長はいつにも増して不機嫌な様子で、傭兵たちの話を聞いていた。
「これ以上の犠牲を防ぐためにも、この船に乗っている全員を食堂に集めてください」
 レイミア(gb4209)の提案を聞き、ムスッとした表情で船長はうなった。
「食堂に俺たちが集まって、その間は誰が船を操るんだ? こっちは他の仕事だってしなきゃなんねえ」
「それでは、自動操縦に切り替えては?」
 ソウマ(gc0505)も共に交渉してみるが、元々能力者に対して偏見を持っている船長の表情は変わらない。
「ふん、年代物の貨物船だ。そんなご立派なモノは付いてない。だいたい俺は機械なんて元々信用しちゃいないんだ! 昔の船乗りってのは自分のカンと熟練の腕で自然の脅威に立ち向かってだな‥‥」
 ソウマは肩をすくめて副船長を見た。偏屈の船長相手では埒が明かない。眼鏡を掛けた副船長は呆れたように溜息を吐くと、船長に見えないように五人に向かって頭を下げた。能見・亮平(gb9492)が副船長に耳打ちする。船長を説得するよりも、彼に話をした方が早いだろう。
「船長、彼らはキメラ退治のプロです。私たちが船乗りのプロであるのと同じように、キメラ退治にも彼らなりのやり方があると思うのですが」
 手馴れた様子で副船長が言い含める。船長の機嫌を損なわず、かつ五人の意向に従うように誘導する。付き合いが長いのか、その手管は慣れたものだった。
 船長は不満そうに呻きながらも、重い腰を上げた。伝声管の前に立つと、大声で怒鳴る。
「ったく‥‥おい、聞こえるかてめぇら! 全員食堂に集まれ! 作業は中断して構わん! 駆け足!」
 ぶつぶつと文句を呟いている船長に向かって、亮平が言った。
「船長、俺たちが船を歩き回ること、しばらくの間だけ許可して欲しい。あなたの船だ、色々と不満はあるでしょうが」
 礼儀正しく亮平が挨拶をすると、船長はバツが悪そうに頭を掻く。
「別に文句はねえさ。こっちだって命が掛かってる‥‥まあ、なんだ‥‥頼んだぜ、ホント」
 渋々といった様子ではあるが船長は傭兵に協力を約束した。棚の中から船員名簿と、余っていた船員用の服を用意する(しまい込んであったからカビ臭いけど我慢しろよな)
「この制服を着ていたら、囮になれるかも知れない。レイミアも着る?」
 サイズの合わない男用の船員服に身を包み、サンディ(gb4343)がレイミアに尋ねた。
「スライムを誘き寄せるには良いかも知れないですね」
 ソウマが賛同する。スライムに対する囮になるため、全員が船員の格好に身を包んだ。
「一番重要な場所は機関室よね。そこだけはしっかりと探索しないと‥‥」
 機関室を破壊されれば、船は動けなくなる。レイミアとサンディの二人は機関室を始めに探索することにした。
「二人が向かうのとは別の方向に向かった方が効率的か」
「能見さん。俺たちは貨物室から探索しよう」
 作戦を確認し、互いに頷き合う。傭兵たちは探索を開始した。


 ナンナ・オンスロート(gb5838)は一人、船員たちの護衛として、彼らと共に食堂に向かった。
 食堂にもスライムが入り込む余地はたくさんある。通気用のダクトに、真水の蛇口。超機械「クロッカス」を壁面に向けると、電磁波を流す。もしどこかにスライムが潜んでいれば、攻撃に対して何らかのアクションがあるはずだ。船内の機械配置は船員から情報を貰っている。この位置からなら、超機械による攻撃で貨物船に影響が出ることはない。
 しばらく内部を確認し、安全を確かめる。スライムがいないことを確認してから、ナンナは船員たちを食堂に招きいれた。
 このまま探索班が戻るまでは、彼らを守りきらなければならない。
 本来、航海が持つ死の危険とは違う。キメラという敵対生物のもたらす恐怖を感じているのか、船長も船員も、誰一人として口を開かずに黙っていた。
 誰かが落ち着かない様子で、テーブルに乗せた指をトントンと叩いている。顔色の蒼白な船員は、貧乏ゆすりを繰り返していた。
「おい、やめろよ見苦しい」
「なんだよ、お前には関係ないだろ!」
「うるせぇぞ! てめぇら黙ってられねえのか!」
 船員たちはイライラし始め、食堂内に一触即発の雰囲気が流れる。
「落ち着いてください。喧嘩をしても仕方がないでしょう」
 女性のナンナに注意を受け、気恥ずかしく感じているのか、誰一人反抗はしない。だが、不満を感じていることは明らかだった。
「こんな状況、すぐに終わりますから」
 ストレスを感じている船員たちをなだめるように、ナンナは言った。
「なあ、傭兵さんよ。疑うわけじゃないが‥‥本当に大丈夫なんだろうな」
 憮然とした表情で船長が尋ねる。隠そうとしているが、不安を感じているのは良くわかった。
(「未知なるものにこそ、人は恐怖を覚えるといいます。この類のキメラが、一番厄介なのかもしれませんね」)
 たとえこの場にスライムが現れないとしても、十分に人々を混乱させている。その脅威は決して侮れない。
 ナンナは船員たちを安心させるため、気負うこともなく答えた。
「大丈夫です。そのために、私たちが居ます」


 亮平とソウマは貨物室に向かう。被害に遭った青年の遺体はそのままになっていた。キメラの脅威が取り除かれるまで、彼は貨物室の冷たい床に横たわり続けるだろう。
「依頼を引き受けた時、何か起こりそうな予感はあったんですが、悪い方が当たったみたいですね」
 ソウマは溜息を吐くと、凄惨な遺体の様子を注意深く確認する。首筋から胴にかけて、深く切り裂かれている。恐らくは即死だろう。傷口の周辺と切り裂かれた衣服に、よく見れば焼け焦げたような跡が付いている。
 更に視線を動かすと、死体の横たわる床が不自然に地面が濡れている。水ではない、何かの粘液が這った痕跡。死体付近の濡れた床にも、僅かに焼けたような跡が残っていた。
「これは‥‥溶けているのか?」 
 痕跡はダクトまで続いている。ここからなら、船のどこにでも行けるだろう。死体から遠ざかるほど、溶けた痕跡は薄くなっている。
「手当たり次第に探すしかないか」
 ソウマは頷くと、自らの運を『GoodLuck』で高める。虹色の精霊が祝福するように辺りを舞い、消えた。それは『GoodLuck』発動のキーだ。
 天秤が揺れ動くように、自身の運が吉と出るか凶と出るかはわからない。だが、結果を出すためならば自らの『キョウ運』を利用しない手はない。
「今回の依頼は航海を無事終了させること。その障害となるキメラは、速やかに排除する‥‥!」
 決意を込めた表情で、ソウマは呟いた。貨物室の探索を終えると、二人は次の場所へと向かう。
「こちらソウマ。貨物室の状況を確認しました。スライムは強酸を使うようです。恐らくは攻撃時に使用しているのでしょう。スライムはダクトを通って移動した模様。能見さんと共に、付近の捜索を続けます」
『了解です。こちらは機関室を捜索しています。スライムと思われる痕跡はありません』
 互いに状況を報告し合いながら、スライムの捜索を続けた。
 水洗式トイレの付近を通った時、何かの音が聞こえる。
「水の流れる音だな」
 亮平が耳を澄まし、音の出所を探る。音は洗面台の付近から聞こえた。
「水と縁のある場所を探すときは要注意だな。敵がどこに潜んでいるか分からない」
 亮平の言葉に、ソウマも頷いた。
 慎重に手洗い場を覗き込む。洗面台が水浸しになり、溢れた水が床にまで伝っている。船上で真水は貴重品だ。船員が蛇口を閉め忘れたなんて間抜けなことはないだろう。
 スライムが自らの痕跡を隠しているのか、それとも偶然そうなっているだけだろうか。
 立て掛けていたモップを見つけて、亮平がそれを掴む。モップを洗面台のそばへ放り投げる。その動きに反応するように、洗面台から何かが飛び出し、モップを両断した。
「見つけた‥‥!」
 ソウマが超機械「ミルトス」を構え、スライムの姿を確認できる位置まで駆け出す。だが、両断されたモップを踏みつけてしまい、転倒を防ごうとしてバランスが崩れた。ソウマのすぐ目の前に、ぼとりと何かが落下する。じゅうじゅうと音を立てて、木造の床が溶け始める。
 スライムの身体を構成する強酸だ。肉体を二つにわけて、天井から強襲の機会を伺っていたのだ。ただ本能で動くだけでなく、罠を張る程度の知能は持ち合わせているらしい。もしバランスを崩さずに走っていれば、酸はソウマの身体を直撃していた。
 体勢を立て直したソウマが超機械「ミルトス」を構え直し、洗面台に向けて電磁波を放つ。すかさず亮平が超機械「ST−505」による追撃を行う。
 洗面台に溜まった水が泡立ち、一部が蒸発する。スライムと思われる残骸はない。
「ソウマだ。スライムは蛇口を通って逃げた!」



 ソウマからの通信が入ると、即座にナンナは船員たちを蛇口から離れた位置に移動させた。機械剣βを構えて、スライムの襲撃を警戒する。
「船長、水の蛇口はどこに繋がっていますか?」
「ああ‥‥ここ以外なら、トイレにある手洗い場が三箇所とシャワー室。それから、貯水タンクだな」
 もしスライムが人の少ない場所を狙っているとしたら、食堂には訪れないだろう。サンディとレイミアが狙われる可能性が高い。
 蛇口から注意を逸らさず、ナンナは無線機を手に取った。


『サンディ、水道管は手洗い場とシャワー室、貯水タンクに繋がっている。気を付けて、敵はそちらを狙うかも知れない』
「わかったわ。水周りを中心に探索してみる」
 機関室にはスライムの痕跡はなく、破損した箇所も見られなかった。すでに貨物室、食堂、船員室は探索を終えている。残された場所はシャワー室と手洗い場の付近。サンディとレイミアは無線からの通信を元に、水周りの探索に切り替える。
 低出力に抑えた超機械「ハングドマン」を構え、レイミアが水道管に向けて電磁波を撃つ。反応に注意しながら、スライムの痕跡を探した。
「レイミア、これ」
 サンディが床を指差す。シャワー室と通路の間に、不自然に湿った痕跡がある。その跡は通路の端まで続いていた。
 慎重に痕跡を追って進むと、一人の船員が床に倒れこんでいた。太ももを抑えて呻いている。
「怪我人? 今治療を‥‥」
 駆け寄ろうとしたサンディをレイミアが手で止める。
「貴方、名前は?」
 距離を保ったまま、レイミアが尋ねる。スライムは自由に姿を変えることが出来る。もしかしたら人間にだって化けられるかも知れない。
「ジョアンだ‥‥船長の命令は聞いたか? キミたちも逃げろ、何かがこの場所にいる!」
 船長から借りた船員名簿で、全員の名前は記憶している。ジョアン・キーツの名前は確かに名簿に記録されていた。恐らく、食堂に向かう途中で襲われたのだろう。
 人間であることを確認すると、レイミアは即座に船員に駆け寄った。
 足を攻撃され、這って逃げて来たのだろう。血の跡が通路に残されている。
「今、治療しますね‥‥」
『練成治療』を発動し、船員の怪我を治療する。自分の怪我が治るのを、ジョアンは不思議そうに見ていた。
「もう大丈夫です」
 レイミアが微笑みかける。船員の青白い顔に生気が戻っていた。彼の目が、レイミアの顔から天井へと移る。
「危ないレイミア!」
 サンディが叫ぶ。天井にへばりついて機会を伺っていたスライムが、レイミアと船員を共に襲撃しようと落下する。一人目の死体は一撃で殺されていた。傭兵たちがいることを知ったスライムが、船員に怪我を負わせ、それをエサに能力者を誘き寄せていたのだ。
『迅雷』を発動させ、目にも止まらぬ速度でサンディが駆ける。二人を庇うように、サンディが覆いかぶさった。落下したスライムはサンディの背中に落ちる。
 スライムに乗られたまま、サンディは離れた場所まで駆け、床を転がる。背負っていた盾のおかげで強酸の直撃は免れた。腕に浅く怪我を負ったが、かすり傷に過ぎない。
「レイミア、みんなに連絡を!」
「こちらレイミア、スライムを発見しました!」
 無線機を通じて、仲間へと連絡を行う。亮平とソウマもすぐに駆け付けるだろう。形成が不利であると悟ったのか、スライムは途端に逃げ出した。素早い動きで、通気用ダクトに向けて這い寄る。
「逃がさない‥‥!」 
 瞬時に苦無を放り投げ、動きを牽制する。スライムの進行方向に苦無は突き刺さる。木製の床に刃が刺さる直前、スライムは自分の身体を伸ばして苦無を受け止めた。そのまま突き刺さった苦無を体内に取り込むと、強酸で溶かし始める。鋼鉄の苦無が泡立ち、不気味な音を立てて崩れ始めた。
 恐らくは条件反射的な行動。間近に飛来した苦無を獲物と認識し、本能で捕食を試みたのだろう。だが、そのおかげで一瞬の隙が出来た。
 レイミアはすぐに体勢を立て直すと、一気にスライムに接近した。
「これで、とどめだ」
 炎のような光をまとう天剣「ラジエル」を両手で構えると、スライムの体に突き立てた。
 断末魔の代わりなのか、スライムがぶるぶると震える。そのまま身体が硬質化し、ボロボロと砂のように崩れて消えた。


 貨物船は無事、港へと到着した。キメラの襲撃で船員を一人失うという痛ましい事件が起こったが、乗り合わせた傭兵たちの活躍で被害は最小限で食い止められたらしい。
 寄る先々の港で、貨物船の船長は得意げに語る。
「俺は最初っから思ってたんだ。一目見た時にピンと来たね。あの連中は他とは一味違う! こいつらに任せておけば大丈夫だ! ってな。いや、俺の目に狂いはなかったぜ。俺はあいつらを信頼してよ、キメラ退治を全部任せた。するとどうだい、アッという間に退治完了だ!」
 まるで自分の武勇伝を語るように、船長は傭兵たちの活躍を語り継いだ。
「海を覆い尽くすほどのスライムの群れ! 腕の立つ五人の傭兵! あいつらは船員と船を守りながら、スライムの群れを千切っては投げ千切っては投げ、一騎当千の大活躍! いやぁ、お前らにも見せてやりたかったぜ!」
 船長に酒を一杯おごれば、当時の話を喜んで聞かせてくれる。
 貨物船を襲う無数のスライムと、果敢に立ち向かった五人の傭兵たち。彼らの活躍は、長らく海の男たちの語り草になったようである