●リプレイ本文
●戦場
崩れ落ちた壁。押し潰された屋根。
いまだ火の手が残っている中、燻りを残した場所からは黒煙が不吉な色に空を染める。
眼前に広がる光景を目の当たりにして、月森 花(
ga0053)は思わず身震いした。
「‥‥戦場‥‥」
言葉にして、そんな生易しいものではないことに彼女は目を閉じた。一瞬怯んだ自分に、後悔が胸を刺す。
覚悟を決めてきた筈の自分を内心で叱責し、ゆっくりとまぶたを開いた。
「ここまでとはな‥‥」
耳に届いたのは終夜・無月(
ga3084)の呟き。
ふと花が振り返れば、彼のいつもは冷たい表情が僅かに曇っているのが見て取れた。
彼の脳裡を過ぎっているのは、忌まわしい記憶の残滓。バグア侵略によって多かれ少なかれ人類の誰もが体験した悲劇。
「酷い状況だな‥‥こんなに炎が広がってるなんて」
悔しげに吐き捨てたブレイズ・カーディナル(
ga1851)の言葉を受け、無月が静かに告げる。
「‥‥これ以上、悲しみを増やすわけにはいかない」
「ああ。一人でも生き残ってる人を助けるんだ!」
グッと拳に力を込め、ブレイズは憤る感情を懸命に堪えた。今は一刻でも早く行動するべきだということを、誰よりも実感していたからだ。
「兎に角、先を急ごう」
ジーラ(
ga0077)がそう言うと、他の者達も皆一様に頷く。
そして彼らは、広がる戦場へと散っていった。
●救援 Side:B
無月の提案で二手と分かれた能力者達。
特に隊列を意識していなかったが、直感に優れたジーラを先頭にB班は移動する。第一の目的は人命救助だ。
注意深く、物陰の大きな建物を中心に彼女らは探索した。
「さすがに敵のど真ん中で戦い続けてるとは考えにくいからな」
小さく呟いた彼女の耳に、隣に立つゲック・W・カーン(
ga0078)の苦笑が洩れ聞こえた。
怪訝な顔で振り向くと、すまないと一言詫びて弁明を口にする。
「‥‥考えてみたら、俺が請ける仕事には救助関係が多いなと思ってな。かつてレンジャーだった頃を何処かで引き摺っているのかもな」
能力者の経歴の多くは、バグア侵略によって中断を余儀なくされている。かつての暮らしを奪われ、その代償として彼らは能力者となった。
ゲック自身がレンジャーをしていたアフリカは、今はもう完全にバグアの支配下だ。
「誰だってそんなものよ」
飄々と、どんな時でも斑鳩・眩(
ga1433)の態度を変わらない。
視線が集まる中、彼女はなんでもないことのようにそれを口にする。
「でも、それに引き摺られてたらこの戦場でやってられないわ。今はただ生きている人を助けるだけ、余計な事を考える暇はないわ」
「‥‥そう、だな」
「そうそう。生きるか死ぬかは二の次よ。戦うか否か、それだけ」
両手に嵌めたメタルナックルが合わさり、カチッと音が鳴った。口元だけに浮かべた笑みが、ゲックはもとより他の面子にも肩の力を抜けさせる結果となる。
その一瞬。
いち早くジーラがその影に気付く。物陰から飛び出した人物は、別の人影に明らかに襲われていた。
――バグア!
彼らの脳裡に共通した言葉が浮かぶ。
手に銃を持ち、咄嗟に身構えた少年は、だがその引鉄を引くことを何故か一瞬躊躇った。
「まずい!」
ブレイズの声に、ゲックと眩がとっさに飛び出した。
まだ向こうはこちらに気付いていない。二人とも自らのスキルを使用することを念頭に置いていなかったため、このままではタッチの差で間に合わない。
ブレイズもまた飛び出そうと考えたが、それよりも早くジーラのライフルが火を噴くのが早かった。
特に狙いを定めたワケではない。銃声によって相手の気を引ければよかった。
そんな彼女の目論見どおり、少年を押し倒していたバグアが何事かとこちらを振り向く。そのワンクッションの動作が、勝負の明暗を分けた。
「これでも喰らえ!」
殆ど体当たりするかのように、間合いを詰めたゲックの拳が炸裂する。バランスを崩したところへ追い打ちをかける形で眩の一撃がバグアの頭部を横殴った。
茫然と見上げる少年に、彼女はなんでもない事のように声をかける。
「よ、大丈夫かい」
急な展開に状況が把握出来てないようだ。
思わず苦笑すると同時に、眩はゲックと並んで彼を護るように前に立つ。
「まあ、いいさ。さっさとこいつを倒そうか。話はそれからさ」
「だな。それまではそこで大人しく――」
「や、止めろ!! そいつに手を出すな!」
突然叫んだ少年にハッと振り向くと、彼は銃を自分達に向けていた。本来なら敵であるバグアに向ける筈の武器を。
何故、と思う間もなく、少年の悲痛な声に誰もが目を瞠る。
「そ、そいつは、俺らの、隊長だったヤツ――――」
●調査 Side:A
「‥‥鬱陶しいのよ、お前達」
冷淡な呟きを残し、花は小銃の構えを解いた。その視線の先には鼠に似たキメラが数匹、命を絶たれて転がっている。
ふう、と一息つくと、彼女はカイト・キョウドウ(
ga3217)の方を振り返った
「そちらはどう?」
「ああ、問題ない。向かってくる奴らは全滅させた」
ハンドガンを片付けつつ、彼はもう一度周囲の状況を確認する。
極力避けたかった戦闘だったが、何故かキメラ達は執拗に自分達を追いかけ続けた。無論、そうすることが奴らの本能なのだろうが、どこか腑に落ちない点があるのをカイトは少し引っかかる。
同じように、前線に立った御山・アキラ(
ga0532)も感じているのだろう。戻ってきた彼女の表情は、どこか晴れない様子だった。
「無理に戦わずともよかったが、少し連中も執拗だったな」
「‥‥アキラやカイトも、そう思うか?」
周辺の調査に出ていた無月が戻り、そちらを振り向いた途端、誰もが目を見開いた。
「! その傷――」
「ああ、大した事ない。それより」
頬の傷を拳で拭い、彼が告げたのは敵の動きだった。
哨戒に出た彼が目撃したのは、建物を崩し、平らげていくバグア達の動き。それに追従する形でキメラも次々と人の建造物を破壊していく様子だった。
そう――まるで、通行に邪魔なものを排除しているかのような。
「ここは‥‥バグア側のモンゴルの拠点に近いと聞いている。そうなると‥‥」
「仮にこの町が、連中の進行の邪魔だとして、向かう先は何処になる?」
無月の言葉に、アキラが浮かぶ疑問を投げた。
彼女の問いに、彼は借りてきた地図を広げる。指で差したのは、今自分達がいる場所。そしてバグアの拠点を指で示し、その進行方向をずっとなぞれば――。
「‥‥日本?」
ぽつりと呟くカイトに、無月は顰めた表情でゆっくりと頷いた。
「推測に過ぎないが‥‥おそらく」
「それはそうと、生存者の方はどうでした?」
花の問いかけに、彼は首を静かに振った。
表情を僅かに歪め、その眼差しが暗くなる。それを見て、彼女もそれ以上追及は避けた。逸らした視線の先には、無造作に転がる焼け焦げた遺体の数々。
おそらく、これと同じ光景を無月は見たのだろう。
今回は無闇に敵と戦うのが目的ではない。僅かでも命在る者達を救う事が目的で、その為にはバグアに自分達を悟られる訳にはいかないのだ。
「そうすると後は」
言いかけた時、その場にいた者全員が轟く銃声を聞いた。
ハッと互いに顔を見合わせる四人。すぐ次の瞬間、彼らは同時に思い至る――向こうの班が生存者を見つけたのだと。
「急ごう。銃声はこっちだ!」
カイトの声に促されるように、彼らは駆け出した。その背を追う形でファイアーマウスが動き出したのを、彼らはまだ気付かない。
●真相
相手が一瞬動揺した隙に、『彼』はその場を離脱した。
一対一ならばともかく、複数の能力者を相手するにはさすがに荷が重い。そう判断した結果、『彼』は勢いよく逃走を始めた。
「待て!!」
追う声よりも早く、その足は動く。
なるほど、鍛えられた良い肉体だ。これならばもう少し使い勝手があるだろう。
だが――突如目の前に現れた女によって、『彼』の逃走劇はあっけなく幕を閉じた。
アキラ、と誰かが呼ぶ声が聞こえ、それに呼応するように女の拳がその足を止めた。次いで、身構える間もなく、鋭い刃がその身を切り裂いた。
激痛に倒れる『彼』を見下ろすように、連中が取り囲む。
「どういうことだ?」
「すまない。一瞬、動揺した隙を突かれた」
「ちょっとこの子の言葉に驚いたからね」
大柄だが細身の男の言葉を受け、不敵な笑みを浮かべた女が肩を竦める。
彼女が振り向いた先にいるのは、『彼』にとって見覚えのある少年。ああ、そうだ確か‥‥。
「‥‥そいつ、は‥‥俺らの隊長、なんだ‥‥そいつのせいで‥‥この町は」
悔しげに唇を噛む少年。
やれやれ、折角上手い具合に人間を見つけて潜り込んだというのに。
どうやらここまでか。
「‥‥そういうことか」
長い銀髪の男が、無造作に剣を振り下ろす。それは、『彼』の腕を貫き、地面へと縫い止めた。
激痛に歪む顔を見て、少年が思わず飛び出そうとするのを、他の連中が食い止める。彼らが口々に説得する様を見て、『彼』は残念に思った。
近付いてくれれば、もう少し利用出来たものを。
ドバッと降りかかる液体。アルコールの匂いが辺りに充満する。
「‥‥吐け。お前達の企み、全てだ‥‥」
「所詮お前達は、もうすぐの命だ。間もなく我らの作戦は遂行される。その時――小さな島国など跡形もあるまい」
一切表情を変えることなく、『彼』は淡々と告げる。
そのまま、これ以上話す事はない、と押し黙った。するともう用は済んだとばかりに、男はもう一度刃を振り上げた。
そして――。
燃える遺体を前に茫然とする少年へ、無月は小さく詫びる。
「すまない‥‥辛い思いをさせたな」
いくらバグアとはいえ、彼にとっては部隊を纏める上司でもあったのだ。聞けば、能力者でなかったにも拘らず、その手腕は尊敬に値するものだったらしい。
握り締める拳からは、あまりの力の強さに血が流れ始めていた。
「まさか、また無茶に突っ込もうって訳じゃないよな。悲劇のヒーローぶって死にたがる奴なんて、庇った友人が可哀相だ」
「なっ!」
ジーラの言葉にバッと少年が顔を向ける。
が、それに追い打ちをかけるように他の者達も口添えする。
「ダメだよ。キミが今ここで倒れても、この戦いは終わらないんだよ!」
「無駄に命を捨てるな‥‥最後まで足掻くことこそ、死んだ連中の意思を継ぐことだ」
花が、ゲックが、心配する眼差しで少年へ告げる。
その度に少年の中で葛藤が起きているのが、周囲の者の目には手に取るように分かった。今ならば、そんな思いでブレイズは一言声をかけた。
「少しでも奴らを倒したいと、そう思うなら‥‥今は俺達と一緒に来い」
差し出した手。
逡巡する少年。
張り詰めた空気。
時間にして、おそらく一分も経ってないだろう。そうして少年の手がピクリと動こうとした時、遮るかのようにカイトの声が割って入った。
「まずい、連中に見つかった。ひとまず高速艇まで引き上げるぞ!」
即座に反応してその場を離脱する能力者達。
少年も後を追おうとして、後ろに残ったアキラの声に振り向いた。
「ああ、名を訊いても構わないか?」
「別に――‥‥ぃだ」
「ん?」
「‥‥速水、遼平だ」
「そうか。これからよろしくな、速水」
後ろを見るな、そう彼女が叫んだ直後。
眩い閃光が周辺を覆い尽くす。その光の中へ溶け込むようにして、彼らはその場を後にした。
――――Fin.