●リプレイ本文
●情報収集
「こういう地味な仕事は苦手じゃ‥‥」
最初から思わず愚痴をはいてしまったのは夜柴 歩(
ga6172)だ。
傭兵達がまず現地入りする前に行う事にしたのは地元の警察や住民相手の情報収集だった。情報が少ない分、できる限りの情報を得たいと思ったからの行動だったが、夜柴にはこういう地道な作業が向いていないようだ。
「長丁場となりそうですな‥‥敵の正体はわからず、しかも僕の仕事は長時間監視と来た。精神的に参りそうだ」
翠の肥満(
ga2348)も今回の作戦の過酷さに同じようにため息をこぼす。
しかし、現地入りする前に牛乳と煙草で落ち着こうと決め、被害者の調査を行っていた警察官や住民から得た情報を元に、キメラの行動範囲を割り出そうと地図を使って試みる。他のメンバーも同じように紅の樹を中心とした地図に順番に被害者が襲われたと思われる場所を書き込んでいくが、
「結構、捜索範囲が広いですね‥‥」
地図を見つめるフォル=アヴィン(
ga6258)が呟く。
十人以上もの人が亡くなっているため、彼らがいなくなった場所を基準とする捜査を行うとすると捜査範囲は嫌でも広くなる。
「俺は‥‥俺にできることをするまでだ」
というのはクーヴィル・ラウド(
ga6293)だ。自分の力を試すために参加した彼にとって捜査も苦にならないのかもしれない。
「亡くなった人たちや、残された人たちのためにも頑張らないといけませんね。被害は最小限、早期退治を目指しましょう」
愛輝(
ga3159)の声に皆が頷き、戦いへの決意を固めた。
そして、その頃、梶原 暁彦(
ga5332)や岡村啓太(
ga6215)、月神陽子(
ga5549)はキメラの調査に当たっていた刑事を見つけ、詳しい情報を聞き出そうとしていた。
「些細な事でも構わない‥‥何か手がかりは無いか?」
尋ねたのは梶原だ。手持ちの情報が少なすぎるゆえの質問だったが
「と言っても、こちらが持ってる情報はほとんど最初に提出しちまったんだがなぁ‥‥」
刑事は煙草を咥えながら、そのぼさぼさの頭をかきむしる。
情報が少ないのは警察も同じだ。最初に傭兵達に示した情報も警察が彼らなりの精一杯の調査をして得たものだった。それ以上の情報を要求されても難しいというところだ。
「せめて、夜行性かだけでも分からないか?」
と、告げたのは岡村だ。被害者が行方不明になった状況などからキメラが活動する時間帯を割り出せるのではないかと思ったのだ。
「‥‥あぁっと、夜行性の可能性は高いかもしれないな」
刑事は数回頷くと、デスクから一つの書類を取り出し傭兵達に見せた。
「これが今回の被害者の詳細だが、確かに被害者が行方不明になってる時間帯は日が沈んでからのほうが多い。実際、俺達が調査した時も昼間だったからキメラに遭遇しなかったというのもあるかもしれないしな」
しかし、と警察官は付け加える。
「当たり前だが『夜にしか襲い掛からない=夜行性』と100%言い切れるわけじゃない。もしかしたらキメラには何か夜じゃないと人を襲えない理由があったのかもしれない。だから、昼間といっても油断はしないほうがいい」
「‥‥どちらにしても、きつい戦いになりそうですね」
月神がぽつりこぼした言葉が今回の戦いが一筋縄でいきそうにないことを物語った。
●捜索&監視
これ以上情報は集まらないと踏んだところで、傭兵達は紅の樹に向かうことにした。
集まった情報で、おおまかな捜査範囲を決めた彼らはグループを二つに分ける。梶原、月神、夜柴、岡村、クーヴィル達の捜索班と翠の肥満、愛輝、フォル達の監視班だ。
捜索班がキメラを捜索し、その間、監視班が紅の樹を見守る。
こうする事でたとえ捜索している最中、樹にキメラが訪れてもUPCから借り受けた無線で互いに連絡を取りあい駆けつけることが出来る。
捜索範囲は、行方不明者の消失地点を円状に囲んだ範囲だ。だが先ほどフォルが指摘したように範囲は非常に広い。ゆえに紅の樹に到着すると捜索班はすぐに捜索に入るため出発した。
対して監視班は捜索班が捜索している間、ずっと樹のそばにいなければならない。
しかし、
「フフフ、コソコソするのは苦手じゃありません」
どこか楽しそうに言う翠の肥満はフォルとともに草の茂みを使い、上手い具合に風下の方に隠れていた。同じように愛輝は二人とは別に樹上に隠れ、双眼鏡を用いながら相手が来るのを待ち伏せる。
監視をする事で改めてフォルは思う。
「血で染まった樹か‥‥気味が悪いですね」
山のふもとに立つ樹は、既に紅には程遠く、幹や葉は変色した血でどす黒くなっていた。そのため昼間でありながら周囲の樹とは全く違う異様な雰囲気を漂わせ不気味さを演出していた。
夜はさらに不気味になることが容易に予想できるため、三人は嫌な予感をしながら監視を続ける。
早々と紅の樹のもとを出発した捜索班は、キメラ以外にも何か少しでもいいから手がかりはないかと地図の範囲をしらみつぶしに回る。
「野生の動物達は特に問題はないようだな」
呟くのはクーヴィルだ。
キメラがいると分かれば野生動物たちも逃げ出すなり何らかの行動を起こしているのではないかという予想だったのだが、動物達ははこれといった奇行は見せなかった。
一方、夜柴は相手が飛行するのではないかと空の監視も行っていたが空には雲すら存在しない。
他にもねぐらや巣がありそうな場所も徹底的に捜索をしていくが、やはり、目撃情報が少ないため生態もわからないキメラを、手がかりなしで探すのはほとんど無理に近かったのかもしれない。
手がかり一つ見つからずに日が暮れ始める。
「‥‥そろそろ、監視班と合流しないとな」
梶原が時間を確認して、捜索班は今日の捜索を断念することに決め、また紅の樹の下に戻ることにした。
●現れたるは漆黒の‥‥
夜に現れる可能性が高いことから、夜間は樹の下で番をし待ち構えるという方法をとることにした彼らは待機と監視のローテーションを組むことで出来る限りメンバーの疲労をなくすことにした。
さらに、監視する者達も樹の下でキメラを待ち囮になる者と、近くの茂みに隠れ監視する二組に分れる事で不意打ちなどに対応する。
森の夜は徐々に、そして静かに闇を引き連れてくる。
闇夜の中での明かりの確保のため、さらに、暗闇の中での自らの存在の誇示のため囮役の者達は火を焚き、あたりを明るく照らす。
風が木々を揺らす音と、火がはじける音のみが無音の世界を支配する。
一時たりとも油断が許されない緊張ゆえか、誰も必要以上の言葉を発さず、ただ淡々とそれでありながら体感的にはゆっくりとした時間が過ぎていく。 冬の冷たい風は容赦なく傭兵達を攻め続ける。
しかし、クーヴィルが
「少しだが、用意しておいた。好きに取ってくれて構わない」
と、用意したコーヒーと飴玉が彼らをほんの少し暖めてくれた。
二時間単位で交代するローテーションも既に二回目の交代の時間になろうとしていた。実質四時間近くが経過し、既に時間は深夜といってもおかしくない時間に入ろうとしている。
「‥‥時間だ、交代しよう」
囮役として焚き火のそばにいた岡村が、同じく囮役の夜柴に声をかける。
夜柴はその呼びかけにコクリと首を縦に振る。
その時だった。
周囲の静寂を切り裂くようにゆっくりと茂みを分け入る音が聞こえてくる。
岡村と夜柴が音のした方向に振り向く。だが、その先は焚き火の明かりが届かない闇に覆われていて何がいるのか確認する事が出来ない。
すかさず照明銃を使い、あたりを明るく照らし出す。
闇の中に現れたのは濡れたように漆黒に光る毛並みを持つ黒豹、いやこちらを睨みつける黒豹型のキメラだった。さらに最悪な事にキメラの口元には‥‥
「女性じゃ!! 女性が咥えられておる!!」
夜柴の声が無線で他の仲間達に瞬時に伝えられる。
「やはり予想通りの事態になりましたね‥‥」
翠の肥満が、ライフルを構えながらぼそりと告げる。
キメラがまた、紅の樹に現れるとするならば、獲物を持ってくる可能性が高いのは分かりきっていた事だ。ゆえに翠の肥満に動揺はない。
茂みからゆっくりと、キメラに狙いを定め、覚醒する。
「伝説のスナイパー、ベレンジャー氏よ‥‥僕に力をくれ‥‥ここだ、当たれッ!」
引き金を絞り、放たれる弾丸は強弾撃で威力を増し、岡村たちを睨みつけていたキメラのわき腹を穿ち、貫通する。
突然の横からの衝撃に思わず吹き飛ばされ、口を離すキメラ。
キメラが落した女性を、無線の声を聞き駆けつけたフォルが抱きとめ、キメラから引き離す。
「女性の状態は?!」
同じように駆けつけた愛輝の声にフォルが叫び答える。
「息はしてる!! ただ、急いで治療しないと!!」
救急セットを取り出し、フォルは治療にあたろうとする。
しかし、キメラはまだ獲物である女性に執着しているのか、もう一度襲い掛かろうと突撃してきた。
そこに、
「貴方が流した人々の血の量と同じだけ――貴方も血を流しながら死んでいきなさい」
そう言うと月神が流し斬りで相手の側面に回りこみ、渾身の一撃をぶつけ、キメラを無理やり止めようとした。
月神の流れるような一撃が確かにキメラの突撃を止める。
だが突撃は無理だと判断したキメラは瞬時に行動を変える。月神の正面を向くと口を大きく開け、黄色の閃光を放つ。
何が起きたのか、月神は一瞬何の攻撃を食らったのか判断できなかったがすぐにしびれるような感覚を受け、何の攻撃かを理解した。
雷撃だったのだ。
思わず、その場に倒れかける月神にキメラが追い討ちをかけようとする。
しかし、クーヴィルの矢と梶原の銃撃がキメラを月神の前から追い払う。
梶原はそのままキメラに接近すると、
「‥‥ターゲットを破壊する」
という言葉とともに刀に武器を持ち替え豪破斬撃を相手に見舞う。さらに、その攻撃をクーヴィルの矢が追撃する。
気づけばキメラの周囲は傭兵達が円を描くように包囲されていた。
「待ちぼうけで退屈していたのでな‥‥とことん付き合ってもらうぞ!」
キメラの背後、退路をふさぐように立っていた夜柴が叫ぶと、覚醒で巨大化した腕によるグレートソードの一撃をキメラに叩き込む。
キメラも負けじと、雷撃を放つがすでに多勢に無勢の状況だ。誰かに攻撃があたったところですぐ次の者の攻撃が繰り出される。集中砲火のように浴びせられる攻撃に、もはやキメラはなす術もない。
「お前に殺された人や遺族の痛みがこの程度だと思うな!」
愛輝のファングによる一撃がキメラの胴体を貫く。体中から血を噴出させた黒豹のキメラはもう耐え切れなくなったのか、ゆっくりとその場に倒れこんだ。
そして、そのキメラに最後のとどめとして夜柴が剣をつきたてた。
「自分が早贄になった気分はどうじゃ? 人間を舐めるなたわけ」
●紅の樹
女性を町の病院に連れて行った傭兵達は再び、紅の樹に集まっていた。
「こんな物を残しておいては、殺された人々の魂はここに縛られて天に昇ることすらできません」
「いっそ、この樹燃やしちゃいませんか? 被害者の供養にも」
という、月神とフォルの二人の意見により樹を燃やす事にしたのだ。樹は火をつけるとあっという間に燃え上がっていく。
立ち上る火の柱を見ながらクーヴィルは胸元で十字を切る。
「神を信仰している訳ではないが――な。せめてもの手向けだ」
「呪われた悲しき紅の樹よ、最後に灯火となって、殺された人々の魂を天へと導きなさい‥‥」
そっと、呟くのは月神だ。
他の傭兵達も燃えていく樹を見て、それぞれの思いを馳せていた。
樹の焼け跡には愛輝が添えた花束と、月神の花の種がまかれた。
いつか、花は満開の花びらをつけるだろう。無残にも殺されていった彼らの墓碑の代わりとして‥‥