●リプレイ本文
●森を守れ
傭兵達が現地に到着した時、やはり焔はまだ森を無慈悲に燃やし続けていた。焔が巻き起こす熱が傭兵達の皮膚を刺激し、その熱さに思わず傭兵達は顔をしかめる。
森の外側でこの熱さでは内部の熱さは想像を絶するものかもしれない。
覚醒しているとはいえ、この状況下での長時間の行動はやはり避けた方がいい。
傭兵達の出した結論は、
「相手を倒すのが早いか‥‥スピード勝負です」
霞澄 セラフィエル(
ga0495)の言葉通りいかに速攻でキメラを倒すかが、鍵を握ることとなる。
そのため、長期戦も覚悟している天・明星(
ga2984)を除く、他の傭兵達はスピードが落ちる耐火服を着ることを選ばなかった。
ただ、短期決戦が失敗した場合を考えれば耐火服を着た者は必要だ。保険としての役割も含めて天の選択は決して間違ったものではない。
燃える木々を見て、ティーダ(
ga7172)は眉をひそめ、呟く。
「ひどい‥‥。キメラ‥‥絶対に許さない‥‥」
この地において森は長年、人々の暮らしと密接な関係を持ってきた。
地元の人々も生活の中でこの森は無くてはならない存在であり、あって当たり前のものだ。それがたった数日で炎の海と化し、森の全てが灰となる。
この地の人々にとって、それは本当に心痛計り知れないものだろう。
さらには、
「これだけの森が育つのに何年かかると思ってるのよ‥‥! ドイツ南部にはあのシュヴァルツヴァルト(黒い森)もあるんだから、一刻も早く止めるわよ」
叫ぶのはシャロン・エイヴァリー(
ga1843)だ。
そう、この森からそこまで離れていない場所にはドイツが誇る広大な森林地帯、シュヴァルツヴァルトが存在するのだ。この森が延焼を続け、シュヴァルツヴァルトにまで火の手が及んだとすれば被害はさらに途方も無いものとなるだろう。それだけは、何とかして防がなければならない。
「そのとおりだ、これ以上この火事を広げさせてはならない」
シャロンの言葉に、相槌を打つように傭兵達の前に現れたのは消防団のリーダー格と思われる中年の人物だ。
「今回、君たちのキメラへの道を開くために同行する消防部隊の隊長を務めさせてもらっている。俺たちも出来る限りの範囲内で全力でバックアップを行う。だから、なんとしても倒してくれ、俺たちの故郷の風景を奪ったあのキメラを」
「えぇ、消防団の方々の腕前に頼らせていただきますので、よろしくお願いしますね」
アイロン・ブラッドリィ(
ga1067)は気負う隊長を落ち着かせるようににっこりと微笑む。
「無理はしないでいい。危険と思ったら下がれ‥‥帰り道は頼んだ」
そう、隊長にレーヴェ・ウッド(
ga6249)が告げる。
「お互い、生きて帰るために最善を尽くしましょう」
シャロンが親指を立て、隊長に笑いかけると照れたように隊長は「おう」とだけ答えた。
●作戦会議
消防団と合流が済んだところで、彼らは一度大まかな連携などの確認をする。ただの作戦会議と言えど、ほんの少しのミスで命を落す過酷な状況なために張り詰めた緊張感が漂う。
まぁ、先ほど、三島玲奈(
ga3848)が
「隣にベルリンの壁が出来たそうやな。どいつの家や?」
などギャグを言って、この緊張した空気を和ませようとしていたのだが、もちろん、そんなことで和むはずも無い。
ただ、高熱の中を突入する前に傭兵達が一様に寒くなれたのは手柄といえば手柄だろうか。
「とりあえず、俺たちは、キメラへ至る出来る限りの安全なルートを確保する。帰り道も同じようにな。それ以外に俺たちが出来る事は何かあるか?」
団員の一人が傭兵達に尋ねる。
「そうですね、出来れば戦闘中にキメラの周囲の木々を出来る限り伐採してほしいのですが‥‥」
キリト・S・アイリス(
ga4536)は団員に告げる。
要するに戦闘時の障害物の除去だ。また、キメラが暴れた挙句に、木々をも巻き込む可能性が無いとはいえない。
「ですが、キメラからは十分距離を置いてください。‥‥巻き込まれる可能性がありますから」
ティーダの言葉に、団員達はゆっくり頷く。
「了解した。こちらはそちらの戦闘の邪魔にならないように心がけよう。では互いの幸運を祈る」
団員達は傭兵一同に敬礼をすると各々の装備の準備に取り掛かった。
●焔の巨人
傭兵達のうち数人は水を自らにぶっ掛けていた。
「まぁ、気休めだがな」
レーヴェはそう呟く。
「中に水着をきてるしな。水も滴るええ女やで」
本当にええ女なのかどうかは分からないが、とりあえず、いい感じに濡れた三島が笑う。
「ヘリコプターから連絡が入った。巨人は現在こちらに向かって直進中だそうだ。そろそろ‥‥突入するぞ」
隊長がそう告げると傭兵達はそれぞれの武器を手に身構え、燃える森の前に立つ。そして各自覚醒し、互いに準備が整った事を頷きあい確認する。
「準備はいいか? それでは作戦を開始する!!」
隊長の言葉と同時にいっせいに焔の海へ突入していった。
先鋒を務めるのは、道を切り開く消防団員たちだ。安全な道を瞬時に判断しながらチェーンソーを使いながら道を切り開いていく。
傭兵達はそのあとを追いながらも、木々を切断できる武器を持っている者は団員達の手伝いを行う。
だが、そうしている間にも容赦なく焔は体力を奪っていく。
「さすがに‥‥熱いですね。ですが、早く到達しないと‥‥」
アイロンはそう言うと額の汗を拭う。しかし、焦る気持ちが、さらに体力を消耗する。
それでも‥‥
「‥‥見えてきましたよ、焔の巨人が」
キリトの言葉に皆が正面を向く。
そこには焔の海のなか、ゆっくりとこちらへと足を進める茶褐色の色に包まれた5mほどの巨人の姿があった。
確認したと同時に一番最初に動いたのは霞澄だ。
手に持つアルファルに矢をつがえ、引き絞ると急所突きと強弾撃のスキルを発動させる。狙いは股関節。相手の足を封じ倒れこませる作戦だ。
手を離し、放たれる矢は正確に股関節を貫く。だが、相手をまだ倒れこませるには至らない。
その様子を見て天は相手に向かって走り出す。
「僕はあえて巨人に接近攻撃を挑みます。射撃班の皆さん、援護、宜しくお願いします」
同じく、接近戦を主とする者達が、あとを追いかけるように天に続く。
先行する彼らを援護するようにアイロンはS−01で、三島は矢で頭部に攻撃を行い、接近戦を挑む者達から気をそらす。
案の定、巨人は足元に向かう傭兵達に気づかない。
だが、次の瞬間、頭部に橙色の光が集まる。
そして、轟音とともに炎弾が霞澄、アイロン、三島に向かって放たれた。
とっさに後ろに跳び退り三人とも回避に成功するが、地面に炎の弾が着弾する同時に風圧が起こり、軽く吹き飛ばされる。
しかし、その頃には他の傭兵達はすでに巨人の足元に到達していた。
「一気に畳み掛けるわよ! これで‥‥倒れなさい!」
紅蓮衝撃により、攻撃力をあげたシャロンのコンユンクシオがキメラの膝裏に斬撃を叩き込む。
キメラは予想だにしない衝撃にゆっくりと尻餅をつく形で周囲の木々を破壊しながら後ろに倒れこんだ。
このチャンスをものにしないわけにはいかない。
すかさず、キリトが頭部に蛍火と月詠の二刀による強烈な二段撃を与える。
巨人は奇声を上げながらその巨大な手を左右に振り、もがき苦しむ。
巨人の近くにいる者達はその手に当たらないように、回避し、もう一度懐にもぐりこむ。
「ティーダさん!! 共に戦いましょう!!」
天の声がティーダに届く。
同じグラップラーのティーダはその言葉に頷くと、瞬天速でキメラの頭部まで一気に飛び上がった。
応じるように、天も瞬天速で駆け上がる。
キメラは二人に向かい、正面から炎弾を撃ち込もうとするが間に合わない。
二人の爪撃がほぼ同時に巨人の鼻っ面を切り裂く。
そして、そこに追撃するような形でレーヴェのスナイパーライフルによる強弾撃で強化された援護射撃が炸裂する。
さすがにこの攻撃の連続にはこらえ切れなかったのか、頭部を抱え込む形でゆっくりと巨人は仰向けに倒れこんだ。
「‥‥倒したのか?」
その光景に汗まみれとなりながら伐採を続けていた消防団員の一人が声を上げる。
「いや、油断するな!!」
後方から射撃を行っていたレーヴェの声が響く。
まだ、倒せたかどうか、確認できていないのだ、緊張感を切らしてはならない。
ならば、
「行くで、9回裏の攻撃や!!」
三島の声と共に各々が完全にトドメを刺すべく攻撃を放つ。
もともと体の組織自体が脆かったのか、キメラの体はその攻撃に耐え切れず、粉砕された。
「さすがに、これじゃあキメラといえど生きてるわけないわよね‥‥」
砕けたキメラの体を見ながら言うシェリルにみなが頷く。
「倒せたのなら話しが早い!! これ以上ここにいたら焼け死んでしまう!! 急いで脱出するぞ!!」
隊長の声が響き渡り、傭兵達は帰路を急ぐ事となった。
行きと同じように、消防団員たちが道を作り傭兵達を先導する。
行きに通れた道が必ずしも帰りも通れるわけではない。焔は常に気まぐれなのだ。
数分後、傭兵達は無事に焔の海から脱出することに成功した。
そして炭で真っ黒になった顔で、互いに笑いあう。
それは、任務に成功した嬉しさからの笑みなのか、互いの顔が面白いからなのかは分からなかったが。
とりあえず、皆が生還できたことに誰もがほっと一息ついた。
●終焉‥‥
消防団員が一人、樹を伐採する過程で怪我をしたが、それ以外はほとんど無傷で済んだのは傭兵達が任務に成功した証だろう。
しかし、任務が成功しながらも歓喜に満ちていた人間は少なかった。
キリトは焔に包まれる森を見ながら、自分達が倒したキメラに思いを馳せる。彼は相手がキメラでも命を奪うという行為に悲しみを覚えていたのだ。
三島は泣きながら砂を拾っていた。これが何故かは‥‥よく分からない。
そして、他の傭兵達は共に戦った消防団員たちと話しをする。
それは礼を述べる意味で、そして‥‥
「『私たち』の勝利ね」
シャロンは消防団員たちに連携により勝利できたことを伝える意味で『私達』を強調した。自分達もキメラと戦う力になれた事が消防団員たちには嬉しかったのか、彼らはすこし照れたように頭をかく。
しかし、一人の団員は燃える森を眺めながら、目を細めながらこう呟いた。
「本当に勝利なのかね‥‥」
元凶は絶たれたものの、キメラが残した爪あとは非常に大きい。
また、この森がかつてのような姿を取り戻すのは数十年以上かかるだろう。
その言葉に誰もが口をつぐむ。
そして、現状、焔は止まることを知らず、燃え広がり続けている。
「あの‥‥私達も消火作業等を手伝いたいのですが‥‥」
霞澄の言葉に他の傭兵達も同意する。
しかし、隊長は横に首を振る。
「いや、ここからは俺たちの戦場だ。申し出はありがたいのだが‥‥」
「なんでですか?」
天が尋ねると隊長は告げる。
「‥‥君たちには君たちの戦場があるのだろう? なら、俺たちが君たちに言えることは一つだ。これ以上バグアの思い通りにさせないでほしい。」
唇をかみ締めながら続ける。
「行ってくれ、君たちは戦える力を持っているんだろう。ここは俺たちだけでもなんとかなる。だから、ここで消火活動している暇があったらその分も戦ってくれ。もう二度と俺たちのように大切な故郷の風景が奪われないように‥‥」
うつむく隊長の姿を見てアイロンは言う。
「‥‥わかりました、では、消火活動頑張ってください」
そして、彼らへの敬意を表して、深くお辞儀をすると、彼らに背を向ける。
他の傭兵達もアイロンに続く。
たとえ、戦う場所が同じでなくても、バグアと戦う力がなくても彼らも共に戦う戦友なのだ。
傭兵達はそういう思いをそれぞれ胸にしまいながら帰路へついた。