タイトル:彼女の求めるものマスター:疾風

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/14 20:18

●オープニング本文


 守るからね、ずっとずっと、あなたが、遺したものを‥‥


「‥‥依頼です」
 いつもどおり、事務的な口調でオペレーターは告げる。
「イタリア中部の村がキメラに襲われ壊滅しました、警察などの迅速な対応で村人達は全員避難することができたそうですが‥‥」
「そのキメラを退治しろと?」
 傭兵の一人が、オペレーターの言葉を先に奪うように告げる。
 しかし、オペレーターは横に首を振った。
「キメラの数は多数で、おそらくそれなりの人数でなければ討伐するのは不可能です。そして、今回の依頼主は一般人の女性で、そこまでの人数に依頼するほどお金をもっているわけではないそうです」
 いずれ、村からも正式に依頼が来るでしょうけど、と前置きをした上でオペレーターは続ける。
「依頼は避難の際に、一緒に連れ出すことが出来なかった子供を助けて欲しい、と。」
「‥‥は? ちょ、ちょっと待て、さっき村人は全員避難に成功したって‥‥」
「えぇ、村人は全員避難に成功しました」
「じゃあ、なんで子供が残されるんだよ!!」
 要領を得ないオペレーターの言葉に、いらだつように若い傭兵が叫ぶ。
「村人と言っても、現在戸籍上に確認されることが出来る人間のみです。それ以外に関しては避難の際に、カウントから洩れてしまったという可能性があります」
 いきりたつ傭兵に、あえて冷静にオペレーターは答えてゆく。
「この女性は夫を戦争でなくしてからと言うもの、ほとんど外部と接触を絶って生きていたそうです」
「だから、村人も子供を生んだことにも気がつけなかったって?」
「まだ、そうとは言ってません、最後まで話を聞いてください」
 先に急ごうとする傭兵達を落ち着かせるようにオペレーターは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「こちらがわで、役所と連絡をとり、彼女の戸籍等を調べさせてもらいました。そして、分かった事ですが、確かに彼女の子供は存在しました」
「じゃあ、なんで避難時のカウントから洩れたんだ?」
「存在しました、と言ったはずです。彼女の子供は去年、今回と同じようにキメラに襲われ、亡くなっています」
「――?!」
「目撃者の話ですが、彼女は目の前で自らの子供が生きながらにして、食べられていく様子を全て見てしまったそうです。そして、そこから彼女は精神的に、おかしくなりはじめたとも」
 無理も無い。さらには彼女の場合、子供は亡き夫の忘れ形見でもあったのだ。大切な人との子を彼女は守れなかった‥‥
 その心痛は、はかりしれない。
「一体、彼女が自らの家に何を残してきたかはわかりません。本当の子供を残してきたかもしれませんし、幻覚を本物だと言い続けているだけなのかもしれません。しかし、それでも仕事として頼まれた以上、行くべきだと私は思っています」
 一息。
「ただの無駄足、結局、何も救わずに、そして救えずに帰ってくることになるかもしれないです。それでも彼女の依頼を、たとえそれが嘘でも幻覚でも、受けてやるという物好きな方は、参加してください」
 そういうと、オペレーターは全員に一礼して、
「参加、お待ちしております」
事務的に微笑んだ。

●参加者一覧

ブランドン・ホースト(ga0465
25歳・♂・SN
赤村 咲(ga1042
30歳・♂・JG
高村・綺羅(ga2052
18歳・♀・GP
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
岡村啓太(ga6215
23歳・♂・FT
シャレム・グラン(ga6298
31歳・♀・ST
ハルトマン(ga6603
14歳・♀・JG
スティンガー(ga7286
31歳・♂・SN

●リプレイ本文


 柔らかな陽光が窓より差し込む、陽だまりの中、外を向く女性は動かない。
 絵画を彷彿させる光景が象徴するのは停滞だろうか、浮世離れしたその姿は彼女が“現実”を向いてない事を悟らせる。
 枯れ枝のような手足、ぼうとした瞳。……まるで夢を見ているかのように。

 気づかれぬよう重い息を吐き、ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)は瞳を伏せた。
 目の前にはいるのは今回の依頼人、アレクサンドラ・ナニーニ婦人。夫を亡くし、子を食われ……精神を病んだ女性。
 生気の感じられないその姿。硝子に映る幻のように、その心中は……計り知れない。

●事前
 事前、依頼実行に向けての準備状況は芳しくない。申請した車両の貸し出しは許可されず、ブランドン・ホースト(ga0465)が尋ねる町の様子は鈍い。
 避難が迅速であったためか、襲撃後の様子やキメラの種別について住人は何も知らないというのだ。「警察か軍の人の方が詳しいと思います」、そう申し訳なさそうに言われ、その辺の情報収集は断念ざるを得なかった。
 その代わりホアキンが相談した潜入路については割と良好な解答を貰え、幾つかの経路候補を割り出す事には成功している。
 軍の方にキメラについての更なる情報を求めたが、種別は事前の説明通り多種多様としか答えられず。この辺は自分達で偵察するしかないだろう。
 ハルトマン(ga6603)が申請した装備品、暗視スコープについては稀少品ゆえに余っていないと言われ、赤村 咲(ga1042)が申請した無線機と地図こそ渡されたものの、リローダーについては物資不足で回せる品がないと詫びを入れられた。
 結局は身一つで突入する事になりそうか。……事前に説明されていたとはいえ、危険性は感じざるを得ない。

 事前偵察に赴くのはブライドン・咲・ハルトマン・スティンガー(ga7286)の筈だ……が、何故かホアキンも混じっている。
 行くのか? 仲間がそう怪訝そうに尋ねると、ホアキンは頷きを返し、視線を仲間達から依頼人の方に一旦向け、
「俺は郊外の方に、婦人の方は十分のようだし……な」
 そう答えた。
 ……護るべきものを失い精神を病んだ彼女が、誰もいない家に何を求めるのか知りたい。しかし、彼女の口からそれは聞き出せないだろう。
 ならば、まずは事を成すために準備を整えるまで。
 先のシカゴ解放戦にて、目の前で失いかけた恋人の事を思う。……彼女を目に己を重ね、心にいらぬ負担をかける事は望ましくない。
 やはり行かない方がいいか? そう問う彼を制止する人間はいなかった。打ち合わせこそないものの、郊外までしか近づかないとのことだ。信頼に足りる人間ではあると思う、……問題はないだろう。
 依頼人の方には岡村啓太(ga6215)、シャレム・グラン(ga6298)がついている、高村・綺羅(ga2052)はその輪に加わる事無く、ぼんやりと三人を見守っていた。
(「子供を残してきた、か……」)
 それは彼女が家に残してきた自分の生きる糧。今の時代は、こういう人は少なくないはずだと綺羅は思う。
(「綺羅達にもっと力があれば終らせる事が出来るのかな?」)
 どうだろうか、いつもの疑問に答えは出ない。辿り着かない限り誰にも言い切れない事は薄々わかっている。
 でも今は……そう、この戦いに終わりがくる事を信じるしかない。
 ナニーニ婦人の微笑みが痛々しい、絶えず話しかける二人に返る言葉はなく、届いてるかどうかも怪しいぼんやりとした笑顔を向けるだけ。
「あなたは大切な人達への愛と…失う悲しみ、辛さを知っている…その気持ちは痛いほどわかりますわ…私にも経験があるから…」
 そんなシャレムの言葉や、岡村が尋ねる子供のことにも彼女が反応する事はなかった。……駄目、なのだろうか。
 幻で閉ざした世界は開かれず、雨に濡れた硝子のように冷たく拒む。
 ……結局、婦人が口を開く事は一度たりとてなかった。

●偵察
 徒歩で村へと到着する、避難というだけあって、出発場所から赴く距離は長い。
 辺り一帯は閉鎖令がかかっているのか、人気は少なく、静まり返っている。
 両脇を緑に覆われた道を歩く、緑は森というほど深くはなく、割と奥まで見通す事は出来た。
 地図を見る、郊外までというなら、ホアキンとはこの辺で別行動だろう、本隊はこの辺りで待機か。村の周囲には外界を分ける敷居がある訳でもなく、道先に空けた場所が見えるあたりからホアキンは林へと入っていく。
 本来なら危険な行動だが、今回のキメラは家をねぐらにしているという情報だ。その点は行く先が郊外にしろ内部にしろ、能力者達にとって幸いであり、偵察担当の二組には事前に尋ねた裏道から村へと潜入する。
 極力音を立てず、静かに。
 時折響く物音はキメラが家内をひっくり返す音だろうか、もしもこれが婦人の家内でも発生していたら……悪い想像がふとよぎる。
 婦人の【子供】は無事だろうか。それは幻覚? それとも実在する何か?
 考えに答えが出るはずもなく、偵察は淡白に進む。
 敵の種別は事前の情報通り、確かに多種多様としか言いようがない。どの方向にはキメラが密集しているか、種別には何がいるか――そういった類の情報を観察し、記憶していく。
 ……ふと、時間を巻き戻すように、ブランドンの長髪が短髪へと縮んだ。
「あ……」
 それは彼の覚醒前の姿、覚醒の強制中断――錬力切れ。
 幾ら呼びかけてもエミタは力を返さない、錬力がないと能力者達は覚醒を保てない。過度消耗の原因は……技能か。
 偵察中、彼が展開していた『隠密潜行』の効果時間は僅か一分、それは有効ではあったが、常時維持が仇となり、割と早く錬力が尽きてしまった。覚醒出来ない能力者はただの人間に過ぎない、そして錬力を回復するには長時間の休憩……6〜8時間の休息が必要だ。
 本隊は村の外で待機していて、作戦決行の舞台は既に整っている。……時間は、ありそうにない。

●陽動
 偵察班が村から帰還した頃、何事もなかったのか、ナニーニ婦人を引き連れた本隊は動く事無くその場で待機していた。
 婦人は相変わらずぼうとしたままで、その視線は村に向けられている。とりあえず話は通じてるのか、この場にいてはくれるようだが。
 時折視線を向けてその存在を確認しながら、持ち帰った情報を加味し、改めて今回の潜入ルートを決めていく。
 綺羅は村の側面から潜入して本隊ルートの露払いを、囮班、咲とブライドンは村の反対側から入って敵をひきつける手筈になるが……。
「……僕一人で行きましょう、覚醒出来ない状態でいくのは危険です」
 身体能力を大幅に向上する覚醒状態は、ただ『逃げる』という行動だけでも常人との差が大きく出る。というよりは……キメラに対して、人が余りにも無力にすぎるのだが。それを顧みると囮役という危険な行動はさせられそうになかった。
 本隊ならば足の遅い婦人に合わせる必要があるため、覚醒出来ずとも足手まといになることはないだろう。
 広げた地図に敵戦力を大まかに書き込み、二人の潜入ルートを決めていく。徒歩で挑むため、過度のひきつけは厳禁、どこまでやれるかは不明だが、真正面から挑むよりはましだろう。
「こんな感じ……かな」
 結局、囮同士の連携はない事になった。覚醒中の綺羅が無口になるというのもあったが、逃走行動は基本的に二人より一人の方が容易であるために。そもそも、どちらかが囲まれるような不手際を起こすかどうか、そういう時点からしてNOだ。
「では、そろそろ……婦人には」
 眠って貰う。能力者達の申し出に、婦人が拒絶を示す事はなかった。相変わらず会話が成立することはなかったが、事情を説明すると、黙って睡眠薬を服用してくれた。
「大丈夫ですよ。ちゃんとアナタをお子さんの所まで連れて行ってあげますからね。あ、ちょっと緊張してますか? ならコレを飲んでリラックスしてください。飲んだら出発です。な〜に、あっと言う間ですよ」
 そんな岡村の明るい言葉や、
「あなたが声を出したり足が止まれば私達は全滅する。戦場ってそんなトコですわ。自信がなければコレを飲んでおいて。家に着いたら効果が切れる様に調整しますわ」
 このシャレムの厳しい言葉に反応することはなく。
 その存在感のなさは寝ている時も起きてる時も同じで、これはいっそ生気がないとでも言うべきなのか。背負う際に触れた体温は低い、重みはしっかりと感じるのに、ふとするとその感覚を見失ってしまうかもしれない。……まさか、錯覚だ。
「じゃ……大体、三十分後に」
 無線による連絡は本隊との撤退合図のみ、それまでは各自役割を果たすだけ。

 ……それから十数分後。
 ナイフを握り締め、綺羅が長く息を吐く、僅かに細められ、柔らかさが失われた瞳が前方、開始地点を見据える。
 一歩を踏み出した、村の中にするりと潜入し、頭に叩き込んだルートをなぞっていく。辿る道は多くの家から死角となり、キメラは潜入者に気づけない。
 障害物の影からキメラの影を確認、いける。
 地面を蹴り、一瞬で距離を詰め、首元にナイフを突き刺す。踏み込んだ足に力を入れ、敵の生死を確認せずナイフを引き抜いて次へと。引き抜いたナイフの傷口から血が吹き出し、腕が返り血で染まる。それを気にする風もなく、一刺し。
 強化されたナイフは抵抗を裂き、肉を掻き分けて食い込んでいく。ナイフを逆手に持ち替え、一気に振り抜いた。
 ナイフにかかる抵抗が一気に消失する、風に揺れる枝葉が奏でる音と、家屋から響く何かをかき回す音は変わらない。何かが倒れる音がする、一振りしてナイフについた血を払い、死骸だけを残して綺羅はその場を後にした。

 数分遅れて、村の反対側。ドローム製SMGを構え、咲は覚悟を決めていた。
 ……自分は囮だ、銃声を放てば、多くのキメラが寄って来る事になるだろう。全員が当たっても討伐が困難とされるその数、準備が万端とはいえ、プレッシャーを感じるのは致し方ない。
 尖っていく神経を抑え、逃走経路の先に立つ。静かに銃身を構え、初弾を放った。
 劈く銃声、連射式のそれは金属が弾く音と薬莢を派手に撒き散らし、目標となったキメラを滅多打ちにする。
 銃声に他のキメラが引き寄せられたのを確認し、後退。弾倉を入れ替え、二匹目に照準を合わせる。射程ぎりぎりを維持し、発砲。あくまでその姿は隠さずに、キメラ達の前に姿を晒し、しかしその間合いを外しながら攻撃を加えていく。
 思考の隅で、村の反対側にいる依頼人の事を思う、大切な人を二人も失い、今にも壊れて無くなりそうな彼女に果たして救いはあるのだろうか…。
 綱渡りのようなステップ、ふとすれば危険に陥りそうなその手順を重ねる。慎重に、慎重に。自分がしくじったら元も子もない。
 成功させるのだと。自分に言い聞かせた。

●本隊
「始まりましたわね……」
 銃声、攻撃的な動物の咆哮が歪んで響く。始まった騒動を、本隊は入り口から少し離れた場所で観察していた。
 突入するにはまだ早い、キメラが引き付けられない内から入るのは自殺行為だ。
 銃声が遠くなるのを待つ。ぐったりした婦人に起きる気配はなく、その点には不思議と安堵のようなものを感じている。
 ……一般人、それもトラウマを抱えた人間に見せる場面ではない。たとえ音声のみであってもそうだろう。
 ましてや今回の依頼人だ。普通なら発狂したり、キメラは見たくないはずなのに…あの心の強さの源は彼女の家にあるのかと、スティンガーは黙した。
「そろそろいこうか……」
 ホアキンの言葉に頷き、一行は村へと赴く。引っ掻き回したため内部配置は大分変わっているが、キメラの密度はかなり低下している。
 反対側だけでなく、側面からも引きつけたのが功を奏し、敵数は少ない。ましてや、通過路付近は綺羅が集中して処理を行った場所だ。
 残りは自力で処理するほかないが―――ハルトマンが銃を構えようとするのを、ホアキンが制止した。
「銃はまだやめておいたほうがいい……キメラがこっちに来る可能性が高くなる」
 折角敵の密度を下げて貰ったのだ、それを維持するのに越した事はないだろう。
 基本は隠密行動、やり過ごせるならやり過ごす。裏道を辿って、婦人の家へと向かう。戦闘した場所には長居しない、迅速に処理して先へと。家に辿り着き、比較的外から見えない場所へと滑り込む。
「ちょっと待っていて下さいのですよ」
 内部の見回りにホアキンとハルトマンが先行した、残りの面子は待機。剣とナイフを構え、家屋内に踏み込む。
 一階、二階。侵入の形跡こそ明確にあるものの、キメラの姿は見えない。囮班に引き寄せられて、外へと出たか?
 二週ほどしてその安全を確信し、二人が外へ出る。
「大丈夫のようだ、入ってくれ」

●望んだものは?
 荒れ果てた室内へと踏み込む、依頼人をソファに横たえ、覚醒を促した。
 指先がまずぴくりと動き、睫が動き、何度か瞬きを繰り返して意識が戻る。ゆらり、と身が起こされ、感覚が戻るまで数秒を要し、黙って周囲を見据える。
 ソファから立ち上がり、窓元へと歩み、そのまま足を進めて棚へと。表面を撫で、引き出しに手をかけ、順に開けては吟味していく。
 そんな調子でクローゼット、化粧台と、一つ一つに手をかけ、最後に埃を被ったカラフルな箱へと手をかけた。
 長年手をかけられずにいただろうそれに、手をかける。
 一行は黙ってその一連の動作を見守り、何か言おうとするブランドンから言葉は出ない。
 細い指が箱を引き開ける、中には……子供向けの玩具が詰まっていた。
 瞳を閉ざし、婦人が深く息を吸っては吐く。
 依頼主は子供の死を受け入れられず、生きている幻に囚われる一方、死という現実に直面すべく無意識に動いている……のだろうか。ホアキンが依頼前に思ったそれは未だ答えが出かねている。
 婦人の指が、中へと吸い込まれた。震える指が玩具の一つ一つを撫で、なぞり、その埃を払い落とされていく。
 最後の一つ、さして奥深くにある訳でもないのに、ずっと手をかけられずにいたそれに指が伸びる。揺れ動く瞳は堪えているのか、内心は表情に出ることなく、声にも涙にもならず、婦人の裡にだけあった。

 丹念に、撫でる。
 震える指で、存在を確認するように輪郭をなぞる。
 唯一の言葉が、漏れた。

「……もう、結構です」
「判りました、行きましょう―――」

(代筆:音無奏)