●リプレイ本文
『罠』
それは予測されていれば回避できる物がほとんどだ。
地雷というのも一つの罠だろう。どこに埋まっているか予想できれば脅威ではないのは言わずもがな。
ブービートラップ。戦場に不自然に転がる人形を掴んだ時、仕掛けられた爆薬が爆発する。戦場では知られた単純な罠だが、その罠に掛かるまぬけな兵士もいる。それは総称してブービー(まぬけな)トラップと呼ばれている。だが、これもやはり予め判っていれば恐れるものでもない。
つまり罠とは、予想されていなかった状況で効果を発揮するものだ。
警戒していても気づけない罠、気づかなかった罠こそが‥‥。
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都市ミルウォーキー。今回の大規模作戦においてシカゴ攻略の際には援軍を阻止するために軍が部隊を派遣することとなった戦場の一つである。一部では、都市を制圧し、囚われた市民を解放できるのではと噂されていた。
しかし、現状はそうはならなかった。大規模作戦は一部成功するも、シカゴ解放にまでこぎつける事はできず撤退戦へと移行する事となる。それを知ったミルウォーキー市民はバグア側の領域から脱出しようと危険を冒して行動を起こすことになる。
軍は傭兵に依頼をしてこれの援護を行う事となった。それに参加した九人の傭兵達が今、ミルウォーキーへと赴く。
『軍から連絡が入ったわ。現在、都市の東方面で戦闘が開始されたそうよ。敵のほとんどはそちらに向かっているようね』
UPC軍所属の少尉が無線で傭兵達に報せる。それを聞いたみづほ(
ga6115)は別方面より行動を開始する実行部隊に連絡を送る。この連絡が最後になる可能性もある。もうすぐ自らも戦場へと入るのだ。別部隊との連絡はバグアのジャミングで遮られる可能性があった。
「こちら陽動部隊。まもなく作戦を開始するわ。実行部隊、そっちは任せるわよ」
『了解した。そちらもしっかりやってくれ。こちらにデカブツが来たら敵わないからな』
返される無線からはメディウス・ボレアリス(
ga0564)の笑い声が届く。そう彼女は言っているが、例え大物が現れても彼女が追い返しそうだと思うみづほ。苦笑しながら二言、三言返事をして無線を終える。
「早速、敵のお出ましだ。来たぞ、八時の方角」
伊河 凛(
ga3175)が敵の接近に気づき無線を繋げる。
空を翔る三機の鋼鉄の翼が地へと舞い降りる。残る三機が来る空の敵へと機首を向けた。
『作戦開始。都市内部へ入る』
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陽動部隊が五大湖上空の北東から侵攻を開始した頃、実行部隊は北から陸路を使い都市へと向かっていた。都市に近づいた一行はメディウスが無線を使って陽動部隊と連絡を取るのを見守っていた。
「陽動部隊が都市へと入ったな」
「タイムスケジュールに狂いは無さそっすね」
メディウスの言葉を受けて白鴉(
ga1240)が頷く。
「よし、こちらも行動開始だ」
「了解」
四人の傭兵達は輸送部隊の軍人に声を掛けて車に乗り込む。冷えた五大湖の空に白い息を吐き出しながら一行はミルウォーキーへと出発した。
「堕ちろぉぉぉおっ!」
ヴォルク・ホルス(
ga5761)が地上を這いずる大型キメラに向けてハンマーを叩き込む。真横から叩きつけられたその一撃を受けてコンクリートの壁を崩しながらキメラが押し潰されて息絶える。
そのヴォルクの後方から激しい銃撃音が響く。戌亥 ユキ(
ga3014)が放つ突撃仕様ガドリング砲の咆哮だ。
「ヴォルクさん、敵が集まってきました。頃合です、引きましょう!」
音に引き寄せられてキメラが群がるが、彼女は落ち着いて周囲の瓦礫などにガトリングと高分子レーザーを掃射する。以前、敵のエースが使用した目くらましを真似したのだ。ヴォルクと共に戌亥は煙に紛れて後退を開始する。地上の敵が徐々に都市外延部へと引き寄せられ始めた。
一方、空の陽動を行っていた三機のKVはビルの間を縫うように飛んでいた。
霧島 亜夜(
ga3511)が乗る赤い機体がヘルメット・ワームを引き連れて空を駆ける。
「俺の動きに付いて来れるとでも思ってるのか!」
自らを『緋色の閃光』と名乗る彼はワームの攻撃を避けながら叫ぶ。ミルウォーキーの上空で赤い軌跡が舞い踊る。
だが、ワームの方が彼の乗るR−01よりも性能が良いのだ。時期に追いつかれることになるが、そこへ伊河が間に入る。バルカンを放ちワームの動きを乱す。霧島はその間にフレアを放つ。ワームは重力波探知を掻き乱されて一瞬だけKVを見失う。二機のKVが連携して空の敵もまた都市の外へと誘導していく。
作戦は傭兵達の思惑通りに進んでいた。
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その頃、都市内部へと侵入を開始した実行部隊はKVに乗るメディウスを残して散開行動に移った。
「‥‥よっと」
廃ビルの屋上に上った白鴉が双眼鏡を覗き込む。
しばらく双眼鏡を覗いていた白鴉が無線を取り出す。
「こちら白鴉、発見しました。場所は‥‥」
白鴉は屋上から隣のビル目掛けて走り出す。空中に小柄な体を躍らせながら仲間に情報を流す。
『‥‥です。キメラがそちらに集まりだしてます。接触するのも時間の問題っぽいっす』
「了解。すぐに向かう!」
無線を受けて緑川安則(
ga4773)が駆け出す。指示された場所に一番近いのはもう一人の四条 総一郎(
ga6946)であるが、彼一人でキメラを追い返すのはキツイだろう。緑川の皮膚に変化が起こる。同時に姿が消えた。視認できない速さで人気のない都市を飛ぶように駆け出した。
同じように報告を受けた輸送車とメディウスが移動を開始する。五分もあれば到着できる距離、しかしキメラ接触と実行部隊の接触のどちらが先になるか。
「間に合うか‥‥賭けだな」
ハンドルを握りなおして彼女の口元が不適に歪む。
四条総一郎。彼は今回の傭兵達の中でもっとも経験値の少ない人物であった。
彼は白鴉からの連絡を受けて自らがもっとも近い位置にいることを知り、そして同時に己一人の力で群がるキメラと相対する事になるのを知る。
「やるしか、ないよな」
ニット帽を深く被り直し、自らに語りかけるように言葉を紡ぐ。
走り出す四条。次の角を曲がれば目的地。と、目前にキメラの影を見る。
相手は気づいていない。見据えるは脱出を試みる市民か。
「うぅ‥ぉおおおおおおお!!」
自らを鼓舞し敵を威嚇する雄叫びが辺りに響く。
抜き放った小太刀がキメラの首を跳ね飛ばす。撒き散らす返り血を振り払いながらこちらの存在に気づいた別のキメラ目掛けて回し蹴りを放つ。靴に付けられた爪がキメラの肉体を裂く。だが、一撃で倒す事が出来ない。キメラが勢い止めず四条に襲いかかる。体勢を崩す四条。
「くっ!」
「やらせはせんっ!!」
四条の窮地に影が飛び込む。飛び込んできた緑川がキメラを屠った。キメラが彼が放つ気迫に押されて後ずさる。
「緑川!」
「まだ来るぞ! 市民を誘導しろ。輸送車が着いたらすぐに引くぞ!」
数を増すキメラに目を走らせ、市民を背に緑川が叫ぶ。牽制にスコーピオンを撃ちつつ市民の側へと移動する。
実行部隊の人数の少なさが裏目に出たか。安全に市民を誘導する事には無理が出てきていた。実行部隊にあと二人ほど多ければ、と言ったところで今更遅く、現状の戦力で動かなければならない。間もなく、白鴉とメディウス達が到着するはずだ。輸送車が着き撤退戦をしながら都市外に逃げ切れば陽動部隊との連携も出来る。踏み込んでくるキメラを切り捨てながら緑川達は鬨の声上げる。
「おおぉおっ!!」
「ぁあああっ!!」
目的地へと走る白鴉。その後ろからエンジン音が届く。
「白鴉君、飛べ!」
「メディウスさん!」
彼女の指示に従ってKVに飛び乗る白鴉。開かれたコックピットに身を潜り込ませる。
「少し狭いが、我慢しろ」
「着いたら、降りますから。大丈夫っす」
そう会話している間にもKVとその後ろに続く輸送車が目的地を前にする。
二名の傭兵がキメラと相対している。若干押され気味で、市民の中には怪我人が混じっていた。白鴉がコックピットの端に足を掛ける。
「行きます!」
「行って来い!」
メディウスの声に背を押され、空中に身を躍らせながら蛍火を抜き放つ白鴉。
陽光の輝きを受けて淡き光がキメラの影を断ち切る。
メディウスは機体を変形させる。車輪が路面に軌跡を作り、機体を回転させながら周囲に群がるキメラをバルカンで蹴散らしていく。
「待たせた! 市民を乗せろ!」
「四条君。市民を誘導するぞ! 脱出だ!」
KVと輸送車の搭乗に目を輝かせ歓声をあげる市民を傭兵と軍人が誘導を開始する。その間にもメディウスが近くの建物に拳を振り上げ、瓦礫を落とす。簡易のバリケードだ。キメラの進行を一時停滞させながら実行部隊は市民を乗せた輸送車と共に都市外へと向けて走り出す。
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「実行部隊、移動を開始しました」
メディウス機との機体能力が効果を発揮して辛うじて無線が通り、みづほがそれによって手に入れた情報を味方に送る。
「よし、陽動はここまでだ。向こうと合流するぞ。東から迂回しつつ合流地点を目指す」
「了解」
伊河、霧島の二機が進路を変えて撤退戦を始める。
「ヴォルク、戌亥。支援する。後方に下がりつつ離陸開始しろ。進路はみづほ機からデータリンクして確認」
「了解!」
「了解です」
建造物の上から狙撃をしつつ少尉が指示を出す。それを受けて両機が下がる。牽制を終えた少尉も離陸。陸三機、そして空の三機が陽動を終えてミルウォーキーから離れていく。五大湖上空にて転進し実行部隊との合流に向かった。
陽動部隊が転進した頃、実行部隊もまたミルウォーキーの都市部から抜け出していた。都市内では強行突破に近かったために輸送車の中にはキメラの屍骸を張り付かせたまま走っているものもあった。部隊はこの後、敵の追撃を振り切りつつ陽動部隊と合流。合流後、一気に目標地点まで向かうことになっている。
「‥‥市民の被害は?」
「搭乗の際、キメラによって三名が死亡。重軽傷合わせて52名が怪我をしています。手当てはしていますが‥」
「結局、怪我人は出たか」
緑川が軍の兵士から市民の様子を聞いて舌を打つ。最悪に近い状況下で74名いた市民を何とか輸送車へと誘導したものの、死者が出てしまった事に不満が残る。また、重傷者もいる。一刻も早く輸送しなければ間に合わない可能性も出てきていた。
輸送車の後方を見ると、合流した陽動部隊が追撃してきていたキメラを蹴散らしている。このまま行けば、無事に任務達成となるのか‥‥。
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報告書には今回の任務、結果は成功といえる。と書かれている。
しかし、それはあくまで「といえる」という言葉が入る。
これは実質「失敗」という意味である。
死者24名、重傷者38名という最悪の結果を出していたからだ。
脱出を試みた74名のミルウォーキー市民の内、無事に脱出したといえるのは12名だった。全く傷を負っていない者はいなかった。
脱出劇に一体何があったのか。
市民を乗せた輸送車はバグア軍の追撃を振り切り、無事臨時の駐屯地へとたどり着いた。
輸送車から市民達が降りてくるのを少尉は愛機から降りながら見ていた。
「‥‥(何もなかった?)」
合流したメディウス達実行部隊の報告を聞く限り、市街地にて敵の仕掛けた罠は何もなかった。もしや市民が囮だったのではないか、そう勘繰ってもいた少尉だが、何か肩透かしを受けた感じだ。
「(私が敵だったら、市民を罠とするけど)」
重傷者が運ばれていくのを目で追う。何もおかしいところはない。自らの勘違いだったか、そう少尉が思った時。
―――パンッ
「?!」
市民達の悲鳴。
何故?
そして立て続けに起る銃声。
誰が?
逃げ惑う市民を誘導する軍人。覚醒する能力者達。走り出す。
「殺すな!」
少尉の目に映ったのは、傭兵達が飛び掛った先。
銃を持つ二人。この騒ぎを起こした原因。
傭兵達能力者の動きにその二人は視認すらできていなかった。
当然だ。何せその二人は、市民だったのだから。
子供とその親だろうか。傭兵達は気絶させたその二人から銃を取り上げる。銃はその2人の横で頭から血を流している輸送車に乗っていた二名の軍人のもの。
奪い取り、撃ち殺し。更に周りの市民に向かって撃ったのだ。ばら撒かれた銃弾は周りにいた市民と軍人の数多の命を奪っていた。
「これ‥‥は‥」
傭兵の一人があまりの惨状に震えている。
見ると、傭兵の中にも瞬時に反応できずに傷を負っている者もいた。
「『スリーピング・テロリスト』」
『スリーピング・テロリスト』。一般的に人質の中に紛れ込み、監視役を行う存在。また、人質のふりをして標的の深部に入り込んで、目的を果たす者のことを指す。
「やられたわね‥‥」
少尉は犯人の前まで歩みを進めながら呟く。おそらく、この二人はバグア派の者か洗脳を受けた者だろう。大した情報は持っていないだろうが、殺すわけには行かなかった。
負傷者を運ぶ軍人達。傭兵達は少尉へと目を向けていた。
後に、この事件について少尉は軍から呼び出しを受ける。
想定し得る状況でもあったに関わらず、この事態を呼び込んだのは少尉の判断だったのだ。今回の件での一切の責任を負うこととなる。
「‥っ‥申し訳ありません。大尉―――」