●リプレイ本文
●調査その1
昼の半ばを過ぎた頃、一人の男が大尉が住まう宿舎の前に立っていた。
「ここか‥‥」
作業帽と帽子を被り、胸元には名札。水道局員の格好をしたこの男。名前は桂馬(
ga6725)であるが、名札には偽名が書かれている。
彼は今、少尉の依頼を受けて大尉の調査を行っているのだ。
早速、宿舎の管理人に会いに行く桂馬。
しかし、そこで思わぬ事態が起こる。
「申し訳ありませんがここは軍関係者が住まう場所なので、手続きを済ました上でお願いできますか?」
つまり、突然の来訪はお断りというのだった。
(「ぬ。失敗か?」)
桂馬は諦めて帰ろうとしたところ、
「あら? 貴方は」
「ん? あ、少尉」
依頼主である少尉と偶然出会う。そして、少尉は桂馬の格好を見ていぶかしげな顔をする。
「貴方は、確か桂馬さんですね。‥‥なんでそんな格好を?」
「これは‥‥」
桂馬は少尉に事情を説明する。大尉の部屋に入り、写真を確認するためだと。
「なるほど。分かりました。とりあえず、その格好着替えてきてください」
「は?」
少尉の言葉に、何故「とりあえず着替えてくる」のか桂馬は理解できなかった。
「ですから、大尉の部屋に入るんでしょう? 私が管理人に言って開けさせてもらいます。大尉から書類を取ってくるように頼まれたと言えば良いでしょう。言ったでしょう? いかなる手段でも、と」
結局、桂馬は少尉と共に大尉の部屋に入る事に成功する。しかし、目的の写真は部屋にはなく。おそらく、大尉が持ち歩いているものと判明する。
「ところで、桂馬さん」
「少尉、何か?」
「やけに水道局員の格好が似合ってましたね」
「‥‥」
桂馬が大尉の部屋を訪れていた頃、別の場所で二人の少年が大尉の調査を行っていた。稲葉 徹二(
ga0163)と金城 エンタ(
ga4154)の両名である。二人は大尉の身近な人物と接触して聞き込みを行っていた。
「いやー、実は大尉の様子が気になって気になって仕方がない女性が居られまして‥‥あ、本人には秘密でありますよ」
稲葉はそう言って最近の大尉の行動について情報を集める。
一方、金城の方は、
「顔見知りって、こういう時難しいなぁ‥‥」
そうぼやきながら稲葉と同じように周囲の人間から話を尋ねまわる。特に、大尉が14時ごろからどこに向かっているのかを重点的に。
そして、金城がある人物からこんな情報を得る。
「そういえば、大尉は公園でダニエル・ダーストンっていう研究員と会っているのを見たような‥‥」
「‥‥ダンさんと?」
金城はその情報に眉を寄せる。彼は大尉が会っているのは想いを寄せる相手だと予想していたのだ。そしてダニエルは男性である。
(「まさか、ね?」)
●調査その2
「いや、つーか。ありえないだろ? 大尉とダニエルがそんな仲って」
「でも、結構仲良いし‥‥」
「大尉の部屋にはそんな怪しげな写真は無かったぞ?」
「それでも、大尉なら有り得るような気がするであります」
調査の下準備を終えて傭兵達が集まって結果を報告しあう中、金城がもたらした情報は論議をかもし出す。
大尉なら、ソッチ方面でもOKなのではないか、と。
「だけど、それを少尉に報告したら‥‥」
「‥‥」
「と、とにかく。尾行して、それから考えましょう」
「そ、そうですね!」
午後2時。
本部前で1組の男女が大尉を待ち構えていた。
「こちら『イエロースィーツ』。目標を確認」
そういったのは、白いスーツに赤い髪という変装をしたヴォルク・ホルス(
ga5761)。周りを行きかう人々から指をさされるのも構わずそんな怪しげな格好をしていた。
「ヴォルクさん‥‥」
「しっ! 今、俺は『イエロースィーツ』だ。分かったな?」
「‥‥なんですか、それ?」
そんなヴォルクの姿を突っ込もうとした夕風悠(
ga3948)に彼は意味不明なコードネームを名乗る。夕風が若干着いていけていないのも構わず。対する夕風はニット帽に伊達眼鏡と一般的な変装をしていた。が、ヴォルクが目立ちすぎてその変装も無意味な気もしなくはない。
「む。動き出した。これより追跡を開始する!」
「‥‥面白がってませんか?」
「ふ。まさか。コレハ任務デスヨ」
夕風の言葉を否定するヴォルクは軽快な足取りで本部を離れていく大尉の後を追って歩き始める。
(「絶対、面白がってるよ、この人!」)
派手な男に付いていきながら、彼女は心の中だけで突っ込むのだった。
(「ん。なんや? 誰か、付いてきとる。と、いうか。憑いてきとる‥‥」)
田中祐一大尉は歩き始めてすぐに尾行の存在に気づく。しかし、同時に恐怖のようなものを感じていた。
理由は、ヴォルクの服装。目立つというレベルを超えて変なのだ。
振り向こうにも、振り向けない。そんなプレッシャーが大尉を襲っていたのである。
「ふふん。気づかれてないな」
(「たぶん、気づかれてますよ」)
ヴォルクの自信満々な発言に夕風は声に出さずに胸中で否定する。そんな彼らの更に後方でもう一組のカップルがいた。
本当の夫婦である水鏡・シメイ(
ga0523)と水鏡・珪(
ga2025)のペアだ。彼らは大尉とは面識が無いので普段の格好で大尉を尾行しているのだ。ちなみに言うと、ヴォルク達第1班が失敗した場合の補助としてである。
「シメイさん。あれって、気づかれてますよね?」
「たぶん、気づかれてますね」
この水鏡夫妻もヴォルク達の尾行が大尉にバレバレであるのに気づいていた。
大尉はすごく混乱していた。
(「なんなんや、アイツは! た、助けてオマワリさ〜ん! って軍人が警察に助け求めるってどんな展開やねん!?」)
まさか自分があんな変な人物に尾行されるとは夢にも思っていなかったのだから当然である。しかし、どんな恐怖であろうとも、軍人である自分は立ち向かわなければならない時があるのだ。そう、それは今まさにこの時。などと意味不明な葛藤を約3秒で済ませた大尉は決断する。
「お前何モンやぁああ!!」
若干、おかしな叫び声を上げつつ大尉は振り返る。
「ぬうぉおお! 手が滑ったぁああ!!」
大尉が振り返ろうとした瞬間、夕風は「あ、大尉〜」と声を掛けようとした。しかし、その隣で覚醒をするヴォルク。
雄叫びを上げながらどこからか取り出したパイを全力投球。明らかに彼の手は滑っていない。
大尉は目の前に迫るパイを認識。
(「パイやと?! これを避けるのは人生の汚点!!」)
大尉、刹那の思案。この反応の速さは能力者を超えていました。
――バッチーーーーン!
「ぶっは! てか、皿の部分んがっ!!」
鼻血とクリームを撒き散らしながら満面の笑みを浮かべて倒れる大尉。ヴォルクの投げたパイは能力者の力で時速170kmを越えており、顔面にぶち当たった紙皿がとてつもないインパクトを与えたのである。
「た、大尉〜〜!」
倒れる大尉に近寄る夕風をよそに、ヴォルクは全力疾走で逃走へと移ったのだった。
場所は少し変わり、近くの公園にて。一人の男が鼻にティッシュを詰めて俯いていた。その隣には夕風が座っている。つまり、その男とは田中大尉である。先の出来事で鼻血を出してしまい、それの処置のために近くの公園まで夕風が付き添っていたのである。
「大尉、大丈夫ですか?」
「‥‥ちゅーか、なんでいきなりパイ投げやねん。あれ、ヴォルクやろ。何してんねんアイツは」
「あははは‥‥やめとけって言ったんですが」
夕風はヴォルクの名前を出さずに乾いた笑いで答えるしかなかった。
「と、ところで。大尉。上着が汚れたので、クリーニングに出しておきますよ。ヴォルクさんを止められなかった償いです」
「ん? それっくらい別にええって‥‥」
「いえ! 出しておきます!」
何故かクリーニングに出したがる夕風に大尉は押されて了承してしまう。夕風が企んでいる事も知らずに。
「では、えーっと‥‥はい。サイフと携帯です。では! 後で渡しに行きますね!」
そういってそそくさと立ち去る夕風。彼女は上着からサイフと携帯を出して渡す時にちゃっかり一枚の写真を盗っていた。
大尉から離れた場所まで来ると、彼女はポケットに隠した写真を取り出す。
「さてさて。どんな写真なのかなぁ〜っと♪」
戦利品を早速確認する夕風、彼女が見たのは。
「え? これって‥‥!」
●調査その3
「‥‥シメイさん」
「ははは。なんですか、珪さん」
二人の男女が人で賑わう街の中心地から少し離れた通りを歩いている。水鏡夫妻、その人たちであるが。
「私達って、どこに向かってるんでしたっけ?」
「それは、企業秘密です」
予め二人で話し合って決めていた台詞をシメイは答える。しかし、珪が聞きたいのそれではなかった。何故なら。
「シメイさん、迷いました?」
「はは。それは企業秘密ですね」
大尉を尾行していたはずの二人。しかし、何故か目標を見失っていたのだった。シメイの驚異的な方向音痴がまさかこんな状況を作り出すとは‥‥。
「企業秘密ですよ」
「なんてこった! 尾行2班が消えた!」
今回の依頼、尾行班に加わっていない者達は尾行班のサポートに付いていた。しかし、第1班である、ヴォルクと夕風は大尉との接触により尾行を断念。そして、第2班とは連絡が付かなくなっていた。
「シメイさん達は。まさか、大尉に見つかって‥‥闇に消されたのかも!」
「そんなことする人なのでありますかっ!?」
「いや、ありえんから」
夕風の発言に稲葉が反応するのを沢辺 朋宏(
ga4488)が否定する。
「しっかし、冗談は置いといて。大尉を見失ったのは痛いな‥」
沢辺は親指の爪を噛みながら悔しそうに呟く。しかし、
「あの‥‥大尉は見失ってませんよ」
「へ?」
「ほら、まだあの公園に」
金城が沢辺の言葉を否定し、指し示した先には大尉が先の公園のベンチに座っているのが見えた。
「本当だな‥‥じゃ、なんでシメイ達が消えたんだ?」
桂馬がそれに頷き、当然の疑問を尋ねる。
「さぁ?」
「あ! 人が来ました」
「ん? あれは。ダニエル?」
傭兵達が話をしている間に、大尉へと近づく人物、ダニエルが現れる。金城達が仕入れた情報に間違いは無かったようだ。
「何の話しているんだろう?」
「何か手渡したぞ。大きいな」
「重そうだな」
ダニエルが何かの包みを大尉に渡すのを見て桂馬達が呟く。大尉はその包みを持ってダニエルと別れ公園から立ち去ろうとしていた。
「移動します。追いかけましょう」
「誰が行く?」
「とりあえず、皆で、見つからないように交代しながらで」
「了解」
●調査その4
道中、沢辺や稲葉が機転を利かせたお陰で、大尉を尾行することに成功。そしてその結果、大尉がある建物の中に入っていくのを確認する。
「ここは‥‥病院?」
「予想していた通り‥‥ではあるけど、誰に?」
大尉は一体ここで誰と会っているのだろうか。傭兵達の疑問はそこに行き着く。
「とにかく、俺と稲葉が見てくるよ」
「行ってくるであります」
沢辺と稲葉がそう言って病院内へと入っていくことになる。
受付で大尉の向かった先を聞いた二人は病室の前に着く。
「ここであります」
「稲葉。待て、これを見ろ」
「ん? これは!」
沢辺が示した病室の名札を見て、稲葉が驚きの声を上げる。名札には‥‥
『余有真』
「なるほど。これは‥‥もしかすると、ですね?」
驚いていた稲葉達の横からシメイがその名前からあることを推察する。
「ですね、シメイさん」
「可能性はあるであります」
珪と稲葉がシメイの言葉に頷く。そして、沢辺は、
「‥‥」
何の前触れも無く突然現れた水鏡夫妻になんと突っ込めば良いのか悩んでいた。
(「稲葉、何故そんな自然に受け入れているんだ! これはあれか、俺にツッコめということかっ!!」)
そんな彼の葛藤など露知らず、珪達は名札に書かれた名前等をメモすると、
「これは、少尉に報告するしかないですね」
そう言って外へと歩き出すのだった。
●結果報告
「‥‥て、わけなんですが」
調査の結果を少尉に報告をする傭兵。それを聞いた少尉は、
「そう‥‥」
短くそう答えるだけだった。少し間をおいて一人が疑問を尋ねる。
「あの、病室にいた方はもしかして?」
「私の姉よ」
夕風はその答えを聞いて手に入れた写真を少尉に渡す。それまで彼女はその写真を誰にも見せていなかったのだ。
そこには、少尉に似た一人の女性が笑いながら写っていた。その人物こそが少尉の姉、あの病室の主なのだろう。
「姉は、能力者だった。前線に出て、怪我をして病院送りに。大尉は、知っていたのね。このことを。だから‥‥」
大尉は少尉の今の状況を見て心配していたのだろう。前線送り、能力者であることで危険な任務に付くことが多くなる。そうなれば、少尉は姉と同じ運命にならないとも限らない。それを知った大尉は何か行動せずにはいられなかったのだろう。
それを考えれば、最近の大尉の奇行は全て少尉のための行動であったことなのかもしれない、そう思えるのだった。
「不器用な、人ですね」
少尉はそう言って笑った。
少尉に報告を済ませた傭兵達があることに気づく。
「ところで、先ほどからヴォルクさんが見えませんね」
珪が先ほどから見かけない人物を皆に尋ねる。そういえば、公園の辺りから姿が見えない。
「あれ?」
その頃、ヴォルクは‥‥
「いらっしゃいませ〜! 甘い、美味い、安い! 美味しいクレープはいかがですかー!!」
「お兄さん、ラズベリーひとつ」
「ラズベリーですねー。少々お待ちください〜」
何故かまだ街でクレープを売っていた。