タイトル:その名は―カコクマスター:日乃ヒカリ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/14 21:18

●オープニング本文


 高層ビルが立ち並ぶ中国の都市。
 軍隊の警備によって守られたこの都市は比較的安全な場所である。
 だが、そこに一匹のキメラが現れる。

「くそ! また現れた。カコクだ!!」
 軍の能力者達が都市を駆け、声を上げる。
 彼らは訓練された能力者であり、過去にもキメラとの戦いを経験してきた一流の戦士達だ。
 しかし、その彼らが一匹のキメラに翻弄されていた。
「女性は下がれ! 狙われるぞ!」
 女性能力者の前にキメラが飛び出してくる。このキメラ、女性を狙い攫って行くという習性を持っているのだ。能力者である女性ですらその対象となる。
「このバケモノ近づくな!」
 女性能力者が目の前に現れたキメラに向け至近距離で銃を全弾撃ち込む。
 キメラがその衝撃で吹き飛ぶ。
「よし、やった!」
 打ち倒した、彼らがそう思ったのは当然だろう、あの距離で食らったのだ、死んでないわけがない。
 そう思い、女性能力者が近づいたとき‥‥。


「ダメだ、逃げられた‥‥。負傷者は?」
「2名重傷、1名が死亡です」
「くそ‥‥なんなんだ、あいつは。不死身なのか?」
 部隊の隊長が部下に負傷者の確認を取っていた。
 逃げられたのだ、キメラに。
 キメラは死んだかのように見えたが、実際には未だ息があり、不用意に近づいた女性能力者を襲い掛かったのだ。その女性能力者はその一撃で力尽き、更に逃亡を図ったキメラを追撃した部隊員が2名返り討ちにあったのだ。
「あれは我々にはどうすることもできない‥‥」
「では、どうするんですか! 黙って女性達が攫われるのを見ていろと?」
「いや、方法がまだある。‥‥傭兵に依頼するんだ」

●参加者一覧

リズナ・エンフィールド(ga0122
21歳・♀・FT
吾妻 大和(ga0175
16歳・♂・FT
間 空海(ga0178
17歳・♀・SN
リリィ(ga0486
11歳・♀・FT
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
神森 静(ga5165
25歳・♀・EL

●リプレイ本文

 何かを成すには、何かを犠牲にしなければならない‥‥そういったのは誰だったのだろう。
 その考えには間違いがある。
 何かを犠牲にしても、必ずしも何かを成しえる事はできない、と。
 いや‥‥それも違うのか。
 結果とは、全てが望んだ方向には転ばない。
 例え、何かを成しえたとしても、その結果は‥‥。


 招集された傭兵達に割り当てられた待機所にて、男女六名が集っていた。
 机と椅子が備え付けられているだけの簡素な部屋。
 傭兵達は思い思いの形でくつろいでいた。
「カコクねー。本物は女を攫う妖怪だっていうけど、何にせよ人間様のオスとしちゃ助平なエテ公を放っとく訳にも行かないかね」
 そう言ったのは、今回招集された傭兵の中で唯一の男性である吾妻 大和(ga0175)である。吾妻は机の上に愛用の銃を置き、マガジンに貫通弾を詰め込んでいる。
 特に誰ともなく呟いた言葉なのはその様子からも分かるが、それを返す言葉が続く。
「女性を攫うなんてエッチなお猿さんですねー」
 答えたのはリリィ(ga0486)。彼女は吾妻とは別の机に持ち込んだお菓子を並べてそれらを頬張っていた。頬が膨れているのは怒っているからなのかは判断しづらいが、言葉からは彼女なりの怒りが伺えた。
「まったく‥‥醜いわね」
 緋室 神音(ga3576)が軍からもらった資料を机に投げながら言い放った。資料には写真も添付されていた。見た目は正しく猿。しかし、その性質からか見た目以上に醜さがにじみ出ているように感じる。緋室はそれを率直に言葉に出していた。
「緋室ねーさんよぉ。それって男の俺に言ってるんじゃないっすよね?」
「言ってほしいの?」
 冗談で言った吾妻の言葉に対して緋室も瞳を笑わせながら返す。
「言ってほしくねぇって」
 そんな彼らの会話の外で、一人の女性が両手を組んで僅かに震えていた。
「静。あなた、大丈夫なの?」
「え? あ、あぁ‥‥大丈夫、よ」
 その様子に気づいたリズナ・エンフィールド(ga0122)が彼女、神森 静(ga5165)に声を掛ける。
「そういえば、神森さんはキメラ討伐、今回が初めてでしたよね」
 間 空海(ga0178)が同様に仲間の事を心配して声を出す。
 神森以外の傭兵は皆が数々の戦闘経験を積んだ能力者である、それに対し、彼女は能力者になってから正式依頼での初めてのキメラ討伐任務となっているのだ。
 恐怖という己の中に存在する敵と向き合っていたのだろう。そのため、体の震えが無意識に沸き起こっていたのだ。彼女は自分が震えていることすら気づいていなかっただろう。
 皆は自分達が初めて戦いに参加したときのことを思い出す。
 その時、自分達の不安、心細さを。
 リズナが席を立ち、神森にそっと近づく。
「大丈夫です。年下の私達が言うのもなんですが、心配しないでください。全て上手くいきますよ」
 そう言って微笑みながら、リズナは神森の震える手を包み込むように握る。
「んと‥‥リリィのお菓子食べる?」
「‥‥ありがとう」
 リリィから渡されたクッキーを神森は口に運んだ。
 手の震えは、仲間の温もりによって止まっていた。


 天をきらめく星を掻き消すようにネオンの輝きが灯る頃、その通信が入った。
『カコク出現、傭兵ノ出動ヲ求ム』
 緋室達はその通信が入るとともに行動に移っていた。
 待機所から飛び出し、指示された場所へと急行する。
「リズナ、リリィ。予定通り、私達は正面から当たる!」
「了解よ!」
「はぁーい、まっかせて!」
 リズナとリリィが緋室の言葉に答える。
 目標のキメラに向かって直進するのはこの三人。
 数分で目標と接触する。
 カコクもこちら側の存在に気づく。手前、30メートルのところでお互いが歩みを止める。これ以上踏み込むと、お互いの間合いになる、それを感じ取る。
 カコクは何かを警戒しているようだ。今までと違った雰囲気を感じ取っているのか、無意味に襲い掛かってくる様子がない。
「さて、見合っていても仕方ないわね。仕掛けるとしますか」
 リズナが自らの得物、コンユクシオを肩に担ぐように構える。青いオーラが体からにじみ出る、四肢の蒼白い雷光が尾を引くように地を駆ける。
 彼女に合わせるようにリリィがバトルアックスを後ろ手に構えて飛び掛る。バトルアックスが地面と擦れ合い火花散らす。
 カコクが反応する。直進してきたリズナを横に避け、そこを飛び掛ってきたリリィの攻撃を更に回避する。リリィの赤い瞳がそれを追いかける。
 彼女は敵の注意がこちらに向いたと感じて声をだす。
「きゃー! こわーい! ‥‥って、ごらぁあ!」
 カコクはそんな彼女を無視するように間合いを広げる。リリィを対象としていないのか、攫おうという素振りさえみせなかった。
 リリィが無視された事に威嚇の声を上げた。
「‥‥狙う相手を選り好みしてるのかしら?」
 その様子を見ていた緋室が呟く。
「ふぁぁあああああっく!!」
 その呟きを敏感に聞きつけてリリィが素を出す。今まで被っていたお子様フェイスを脱ぎ捨てたようだ。
「まぁ、キメラにかわいこぶっても意味ないわよね」
 リズナがそれを見て苦笑気味に言う。
 と、そうこうしている間にカコクが動き始める。狙いは、リズナだ。
 獣の雄たけびを上げながら飛び掛る。
 そこに、一本の矢が放たれる。空海の長弓による狙撃だ。
 後方50メートルからの狙撃。
 引き絞った弓から放たれた矢は空を切り裂きカコクの足へと突き刺さる。
「‥女には蜜もあれば棘もあるのですよ、お猿さん」
 華麗なる狙撃手はそういって片目を瞑る。
 キメラは空中で狙撃される事でバランスを崩し、地面に転げ落ちる。
「よっしゃ、一気にいきますかっと」
 空海の横から吾妻と神森が飛び出す。吾妻の蛍火から出る淡い光と長髪が風に流れる。
 吾妻の攻撃がカコクの足を斬る。
 悲痛な叫び声を上げ、キメラが転げまわる。
「アイテール‥戦闘モードに移行‥抜く前に斬ると知れ。剣技・桜花幻影・ミラージュブレイド」
 追い討ちをかける様に緋室の刀が抜かれる。背に虹色の光を残すように、流れる動きでキメラを斬りつける。
 彼女が使うは抜刀術、抜かれた刀は得物を鋭く切り裂いた。
 この攻撃を避けきる事ができず、もんどりうってのた打ち回るカコク。
 そして、しばらく痙攣した後、ピクリとも動かなくなる。
「あら? あっさり‥‥死んじまったか?」
 吾妻が手ごたえのなさに呆れてぼやく。報告を受けた感じではもっと強力だと思っていたのだ。
 他の者達も同様だ。どこか肩透かしを食らったように感じる。
「死んだんでしょうかね? 白目向いてますけど‥」
 そういって、神森がキメラに向かって一歩踏み出す。
「あ、待て!」
 それにリリィが静止をかける。だが、一瞬遅かった。
 リズナと緋室が銃に持ち替えて撃とうとするのに手間取っているうちに、カコクの目がカッと見開く。
 リズナは構えて撃つのが間に合わないと判断し、神森の前へと飛び込む。

 紅が飛び散る。

「リズナ!」
「リズナさん!」
 カコクの攻撃はリズナの右肩の肉を抉り取り、更に神森の胸元に突き刺さる。
 二人の鮮血がほとばしり、道路を赤く染める。
「こんの猿やろぉおおおお!!」
 リリィの赤い瞳が怒りに染まり、キメラへと強力な一撃を叩きつける。
「やりすぎだよ‥‥エテ公!」
 吾妻も全ての力を注ぎ込んだ一撃をカコクへと放つ。
 二人の強力な攻撃をその身に受け、カコクが吹っ飛ぶ。
 だが、一瞬後にキメラは立ち上がる。与えた傷が再生している。異常な再生力だ。
 カコクはここに来て危険を感じる。このまま戦えば殺られる、と。
 キメラはそう判断すると身を翻し、逃げへと転じる。
 しかし、それを逃がしはしないと空海が矢を放つ。カコクの背中に突き刺さるが浅い。
 攻撃を受けた反動で更に前進するカコク。
 そこに全力で駆けた緋室と吾妻が追い付く。
「その足、もらった!」
「逃がさねぇよ!」
 緋室の刀がキメラの足を体と切り離し、吾妻の蛍火が反対の足を同様に切り落とす。
 カコクの両足から血が吹き出る。
 もう逃げられるはずがない、そう感じた瞬間キメラは腕だけで街灯に飛びついた。
「なっ?!」
 傭兵達が驚いている間に街灯伝いにカコクが逃亡を開始する。
「やばい、逃げるぞ!」
 銃や弓でこれを狙い撃つ。
 しかし、それをほとんど避けきる。当たったのは、空海が放った矢だけだった。
 キメラの動きは素早く、見る見るうちに引き離されてその姿を見失ってしまった。
 これを追撃するも、キメラの血が都市の外へと続いているのを発見するに終わった。


 戦闘が行われた翌日、傭兵達はラスト・ホープに向かう高速艇の中にいた。
 カコクの攻撃を受けたリズナ、神森の両名は軍の治療を受けているためこの船には乗っていなかった。
 幸いにも、リズナの怪我は肩の肉を削られただけで出血が激しかったが大事には至らず、神森の怪我もリズナが庇ったおかげで致命傷には至らなかった。
 しかし‥‥。
「失敗、か」
 空海が呟いたその言葉は傭兵達の胸に響いた。
 カコクは逃げ切った。
 ただ、軍が血の後を追いかけた結果、カコクの屍骸が森の中で発見された。出血多量が死因と見られている。
 だが、それは気休めにしか聞こえない。
 都市から逃げられたという事は、依頼失敗であった。
 敗因は何か‥‥。
 それは、包囲戦で終わらせる事にばかり気を使いすぎたために、逃亡への対応、阻止するための連携が甘かったからではないだろうか。
 例え、あの場面でリズナ達が怪我を負っていなくても、結果は変わっていなかっただろう。
 傭兵達は、この失敗をどう捕らえているのか。その胸中は推し量れない。
 高速艇が出航のサインを出す。
 ラスト・ホープ、傭兵達の還るべき場所に向かって。