●リプレイ本文
●中尉
ヘリの音が聞こえていた。
銃声も、そして‥‥その音が遠ざかっていくのも聞こえていた。
救出部隊は撤退して行ったのだろう。
この付近はキメラが多い。
奴らの立てる音が聞こえる。
そろそろここを移動しなくては‥‥。
●降下
「降下ポイントに到着。か‥じょの‥‥のん‥ぞ!」
パイロットが無線機越しに声をかけてくる。最後の部分ローター音で掻き消されて聞き取れなかった。誰かがそれを聞き返す。
「中尉のこと頼んだぞって言ったんだよ!」
彼はそう叫んで傭兵達に親指を立てた拳を突き出した。
「任せろ」
ヒデムネ(
ga5025)をはじめ、他の傭兵達もそれに返す。
彼らの前に広がるは鬱蒼と茂った木々。
この森の中に、佐々木中尉がいる。
稲葉 徹二(
ga0163)とファルル・キーリア(
ga4815)をそこに残し、傭兵達は森の中へと駆け出した。
●中尉
再びヘリの音が聞こえた。
救出部隊が来てくれたのだろうか。
ならば、なるべく近づかなければいけない。
周りにキメラの気配がない、今のうちに行動しておこう。
機体から取り出したエマージェンシーキットも軽くなってきた、これが最後のチャンスになるな。
生き残ってやる。
●捜索
「よし。ここから、二手に分かれよう。なるべく敵との戦闘は回避していこう」
赤村 咲(
ga1042)がそう言って他の皆を見回す。
彼と共に行くのはヒデムネとハルカ(
ga0640)。こちらがA班となる。
そして、里見・さやか(
ga0153)、皇 千糸(
ga0843)、リン=アスターナ(
ga4615)がB班となる。
二班は左右に分かれて中尉の捜索を開始した。
A班が少し進んだとき、赤村がそれに気づく。
「ん。止まれ」
「どうしました?」
ハルカがその静止の理由を尋ねる。それに赤村は指を刺して示す。
左側、木々の隙間からキメラが見えた。数は四。
殿についていたヒデムネもそれに気づく。
「多いですね。‥‥中尉が無事だといいんですが」
「大丈夫ですよ、きっと」
ヒデムネの囁きにハルカが力強く答える。
一行はこのキメラを回避。迂回するように先へと進む事にした。
一方、B班もまたキメラを発見する。感覚の鋭いさやかがこれに気づいた。
「二‥‥いや三体いますね」
「まだ、こちらには気づいてないわね。行きましょう」
皇が双眼鏡を覗きながら先を促す。リンも隣で同様に双眼鏡を構えていた。
「あぁ、行こう。中尉の身の安全が心配だ」
リンは火がついてない煙草を揺らしながら小さな声で話す。
さやか達はエマージェンシーキットを詰めた鞄を背負いなおして再び移動を開始する。
●中尉
ヘリのローター音が消えた。
遠ざかっていく感じがしなかったのだから、恐らくキメラの注意を避けるためにエンジンを切ったのか。
随分と腰を据えての救出作戦‥‥よほどの精鋭が来たのだろうか?
‥‥先ほどから、右足の痛みがつらい。
この間のキメラにやられた傷が開いたのかもしれない。
いざという時に動けなくなっては困る。
少し、ここで休憩をとることにしよう。
●護衛と塹壕
捜索班が森の奥へと進んでいる頃、ヘリの待機ポイントでは稲葉とファルルが周囲警戒を行っていた。
稲葉達は現在、覚醒状態ではない。周囲にキメラの気配がないためだ。
「‥‥それにしても。ファルルさん」
稲葉がファルルに声をかける。
「ん? 何でしょう?」
ファルルが手に持ったスコップを動かすのを止めて振り返る。
「塹壕‥‥でありますか?」
「そう。塹壕」
彼女が先ほどから持ち込んだスコップで作っていたのは即席の塹壕。
その数はすでに六つで、七つ目に取り掛かっている最中だった。
異常な早さだ。
能力者の力がこのようなところで最大限発揮されているのは、エミタ製作者もこんなことは想像していなかっただろう。
ただ、塹壕がキメラに対してどの程度効果があるのかは疑問ではあるが。
「‥‥」
稲葉は何か言いたそうにしつつも、それを口には出さずに警戒行動を続ける事にした。
●中尉
失敗をした。
キメラに気づかれてしまった。
なんとか引き離す事はできたが、まだ付近にキメラがいるのが感じられる。
やっとここまで来たというのに、これ以上進むのが困難な状況に陥ってしまった。
落ち着け、考えろ。生き抜く方法を。
今は。
不用意に動いては駄目だ。
やり過ごすか?
‥‥くっ。
足の傷から血が流れているのを感じる。走った事で完全に傷口が開いたか。
血が、足りない。思考に靄が掛かる。
生きるんだ。生きる‥‥。
●捜索
B班はパラシュートのあった地点へとたどり着いていた。
「しっかし、本当にキメラが多いわね‥‥嫌になるわ」
SMGを下げた皇が首を振りながら呟いた。道中、キメラとの戦闘はなかったものの、気づかれないように移動するのは彼女ほどの能力者にとっても苦痛だったようだ。
「ここは敵中ね‥‥軍にいた時に経験したあの嫌な感覚が蘇るような‥‥。一刻も早く、助けてあげないと、ね」
元軍属であるというリンは何か語り尽くせない過去の物語があるのだろう、そう話す彼女の横顔は辛そうである。
二人から少し離れた所でさやかがしゃがんで地面を調べている。
「この付近に新しい足跡はないですね」
地面から起き上がりながら彼女は言った。
サイエンティストと元自衛隊の彼女の知識で見た結論であるのだから、間違いはないだろう。
「この近くに中尉はいないか。となると、あとは‥‥」
森の奥に進むA班は途中数度、キメラとの戦闘を回避しつつ捜索を続けていた。
そして、第一目標のポイントである機体墜落地点へとたどり着く。
その時、数発の銃声が森の中に響き渡る。
「銃声。近いぞ‥‥あっちだ!」
赤村が銃声した方向を示す。
「先に行きます!」
グラップラーのハルカが覚醒状態に入る。彼女の容姿が変化しつつ、その姿が一陣の風となって森を駆け抜ける。
ヒデムネ達もこれに続く。視界の悪い森の中、銃声を聞きつけたキメラ達の姿が彼らの横を並走するのが見える。
「こいつらも中尉の方に向かってやがる!」
ヒデムネが眼帯を引きちぎりながら叫ぶ。ヒデムネの右目に生気が宿る。
「殿は任せて、先へ行ってください!」
全力疾走する赤村に届くように声を張り上げながら自らの得物である蛍火を抜き放つ。
枯葉が舞い上がり、土に足を食い込ませてヒデムネが速度を落とす。
「任せた」
赤村がそれに短く返す。そして無線機を使い、B班へ指示を出す。
「こちらA班。機体墜落地点付近にて銃声が‥‥」
『‥‥にて銃声があった。中尉の可能性が高い。また、キメラが集まりだしている。支援を頼む』
無線機からA班の指示が伝わる。
「こちらB班。既にそちらに向かっているわ。もう、すぐよ!」
皇が無線に答える。
遠くで銃声が聞こえる。再び数発の銃声。
「私のほうが足が速い。先に行くわ」
そう声を残してリンが駆け出す。木々の合間を銀の疾風が駆け抜けていく。
「皇さん、先に行ってください」
足が遅いさやかが皇に先行を促す。
「分かったわ」
彼女の瞳の色が朱色変わる。SMGの重さを物ともせずに皇は駆け出す。
●中尉
朦朧としていた頭に活を入れて歩き出してすぐ、キメラに見つかってしまった。
もはや、近くにキメラが来ていたのに気づかないほど判断力は低下していたらしい。
もう駄目か、そう思いつつも体は自然、腰の銃を抜いていた。
飛び掛ってきたキメラに二発撃つ。
しかし、一発は木に穴を開けた。二発目は運良くキメラの足を穿った。
だが、致命傷ではない。
起き上がるキメラ。
銃を構えるが、次を当てられる自信はなかった。
キメラはすぐには襲い掛かってこない。
追い詰めた獲物を弄るつもりなのか?
いや‥‥なんだ?
何かを気にしているのか。
そう思った瞬間、左手側から突然飛び掛ってきた。
慌てて撃った二発の銃弾は至近距離だったのが幸いしてか、襲い掛かってきたキメラの胴体に穴を開けて吹き飛ばした。
悲鳴を上げて飛び下がるキメラ。
胴体に穴が開いたのに動いているとはなんとタフなことか。
また、キメラが襲い掛かってくるか。
そう思って身構えた時、その瞬間が訪れた。
初め、何が起こったのか理解するのに時間が掛かった。
巻き起こる風がキメラと枯葉を吹き飛ばした。
風が止んだ時、彼女達が立っていた。
耳が尖ったスタイルの良い子と淡い銀色を纏った銀の瞳を持つ子だった。
「佐々木中尉ですね?」
「あぁ‥‥そうだ。佐々木響子、だ。君達は、傭兵か?」
私は彼女らの服装からそう見た。それは間違っておらず、彼女らは頷いた。
傭兵、能力者の集団。それが救出に来るとは、驚きだった。
「なんだ、もう終わったのか」
彼女達の後ろから弓を携えた男が現れる。開いているのかどうかすら疑問に思える目をこちらに向けている。
その目が私の足の怪我を捉える。彼がそれについて口を開こうとしたとき、再び足音が聞こえる。
髪が赤い眼帯を着けた男性とセーラー服にSMGを携えた女性、更に遅れて背が低めの日本人女性。
「里見さん。中尉が怪我している様だ、治療をお願いします」
「はい!」
狐目の男性に言われて、里見という女性が私の傍に寄ってくる。持っている武器からサイエンティストと分かった。
彼女の処置で足の痛みが和らぐのを感じる。
「ありがとう。‥‥えっと」
「里見さやか、です。中尉殿には、絶対に生きて基地へ帰還して頂きます」
さやかと名乗った彼女は敬礼をした。
「あ、そうだ。水飲みますか?」
セーラー服を着た女性がエマージェンシーキットから水が入ったペットボトルを取り出して差し出してきた。
それを受け取りながら、私は思った。助かったんだ、と。
●撤退
佐々木中尉の怪我を応急処置した一行は、撤退準備に取り掛かっていた。
その時、沈黙していた無線から音が届く。
ファルルの声。そして、連射される銃声が。
『こちらヘリ護衛班! キメラの襲撃に‥‥』
『ファルルさん、そっちに行きました!』
『くっ! ヘリに傷は付けさせないわよっ!』
銃声の音と混じってヘリのローター音が聞こえていた。
「さっきこっちでかなりの数倒したけど、ヘリの方にもかなりいるみたいね」
皇が無線を聞いて答える。それと同時に考える、ヘリが動いているという事は、撤退ポイントの変更になるだろう、と。
『こちらファルル! 現時点に留まるのは不可能と判断。B地点に移動します』
案の定、無線がそれを伝える。
「了解。こちら捜索班。中尉と一緒にB地点に向かう」
「よし、行こう。少し遠くなるが、仕方がない」
中尉はさやかに肩を貸りて立ち上がる。
傭兵達はその中尉を囲むようにして陣形を組む。
グラップラーを先頭にヒデムネが殿を務める。
「一気に行こう。既に敵に見つかっているから強行突破だ」
森の中が再び騒ぎ始める。獣のうなり声が聞こえてくる。
「雑魚がいくら群れてみたところで無駄ですからね」
傭兵達は駆け出す。
●終
「どうしたの徹二くん?」
ハルカが稲葉に声を掛ける。
場所はヘリの中。無事、中尉達の回収を終えて安全圏まで来たところだった。
中尉は疲労のため、既に眠りに落ちていた。
他の者達も敵領域を脱した事による安堵で一息ついていた。
そんな中、稲葉がどこか落ち込んだ様子を見せていた。
それをハルカが気がついたのだ。
「あぁ、なんか稲葉君護衛中も元気がなかったなぁ。理由は何かしら?」
ファルルもぼんやりとそのことを思い出しながら尋ねる。
それに稲葉は言いにくそうに口を開く。
「自分、今回活躍の場が少なかったであります‥‥」
それはそれは物凄く深刻そうな顔だった。
その深刻さに周りの者もなんとなく言葉が掛け難い雰囲気が漂う。
「えっと、そうでもないと思うよ! ほら、私も護衛担当だったじゃん。活躍は同じくらいじゃない?」
乾いた笑いを出しつつもファルルが必死のフォローを入れる、が。
「ファルルさんは塹壕掘っていたであります‥‥」
それは活躍か? と周りが思いつつも、やはり言い難いのか、誰も口を開かない。
「あー。その、なんだ‥‥中尉が無事でよかったよ、ね?」
「そ、そうですねー」
「そうだな」
「うんうん」
「‥‥」
「‥」
十四歳だとは思えないほどの哀愁を漂わせた彼を乗せて、ヘリは夕日の落ちる空を背に帰って行く。
人類の安住の地、ラスト・ホープへと。
「活躍の場が‥‥」