●オープニング本文
前回のリプレイを見る ●1日目・深夜
「今の所問題なし、か」
経過報告をまとめ、ロック・エイプリル(gz0108)は一息ついた。
どうやら怪しい人物との接触や、不審な行動を起こす者はいないようだ。
このまま自分の不安が杞憂となってくれることを彼は望んでいた。
だが同時に、直感的な不安も彼は感じていた。
人里離れた山奥の旅館。温泉地。能力者と一般人の混在。
これが小説ならばいつ事件が発生してもおかしくないシチュエーションである。
「まさか、な‥‥」
そう言って笑い飛ばそうとするが、苦笑にしかならなかった。
そして数時間後、彼は思い知る事となる。
『事実は小説より奇なり』という言葉の意味を。
●2日目・早朝
事件が発生したのはその日の朝9時を10分ほど過ぎた頃だった。
朝風呂を楽しもうとした宿泊客の男性が、風呂場で倒れている人間を発見した。
その人物は背中にアーミーナイフが突き刺さっており、一目で死亡していると理解できる出血だった。
男性はすぐさま従業員に事態を告げ、従業員は警察に殺人事件発生を連絡した。
かくして和やかな早朝は一変、騒がしい目覚めとなってしまった。
20分ほど経過して到着した警察はすぐに旅館周辺を閉鎖し、現場の調査に取り掛かった。
この件を指揮し、捜査の担当となったのが、一部の人間の間で有名な石垣 坐武(イシガキ ザブ)警部。
彼が有名な理由は、彼の能力者差別的な思想に由来している。
どういう訳か彼は能力者を毛嫌いし、事件に関係性があれば尋問を執拗に行う傾向が見られる。
しかしノンキャリアながらに警部まで上り詰めた彼の捜査の腕は、中々侮れるものではない。
そんな坐武警部の独自の調べにより、次々と事実が発覚していく。
旅館「まどろみ」は9時から宿泊客の温泉の利用を許可していて、温泉の利用のみの客は正午以降でなければ入館出来ないようになっている。
つまり、犯人は宿泊客の中にいる可能性が高いという事である。
そして、温泉のある西館付近で目撃された人間は以下の6人。
容疑者1
【名前】ビリー・ライジング
【性別】男
【クラス】ファイター
【年齢】26歳
【体型】身長2メートルを越す筋肉質の巨漢
【性格】寡黙で強面に反して、心優しい男
【特徴】絵画を趣味にしており、その腕前はプロ顔負けである
容疑者2
【名前】アニス=ケーネ=センツロウ
【性別】男
【クラス】スナイパー
【年齢】17歳
【体型】女性のように小柄で、柔らかい曲線を描いている
【性格】自分の容姿を理解し、それを利用する
【特徴】記憶力が高く、小さな癖も見逃さない洞察力がある
容疑者3
【名前】リー・ツァン
【性別】女
【クラス】サイエンティスト
【年齢】31歳 *外見年齢20歳
【体型】男性ならば誰もが振り返りたくなるナイスバディと美貌の持ち主
【性格】歳相応の落ち着きを持っているが、時折親父臭い発言をする
【特徴】カメラなど映像記憶機械をいつも持ち歩いている
容疑者4
【名前】葉瀬川 涼(ハセガワ リョウ)
【性別】女
【クラス】エクセレンサー
【年齢】63歳
【体型】小柄でやや腰が曲がっている
【性格】のんびりとしていて、平和主義的な発言をする実力者
【特徴】現役傭兵を務める気功の達人。仲間からは「おリョウさん」の名で親しまれている
容疑者5
【名前】天原 一恵(アマハラ カズエ)
【性別】女
【クラス】一般人(主に受付担当をしている従業員)
【年齢】47歳
【体型】小柄だがずっしりと重量感ある体型
【性格】実はかなりの噂好きで、彼女が気を許す相手には彼女の情報は全て筒抜け
【特徴】葉瀬川 涼とは親交があるようで、よく彼女と話をするらしい
容疑者6
【名前】磯部 鯛良(イソベ タイラ)
【性別】男
【クラス】一般人(温泉の清掃を行っていた従業員)
【年齢】33歳
【体型】小柄な上に細身で、さらに猫背。かなり弱々しい印象を受ける。
【性格】時々ドジをするが、根は真面目な働き者。
【特徴】特になし
坐武警部は特に能力者の四人を怪しんでいる様子だったが、事情聴取は全員一通り行った。
以下が、それぞれの言い分である。
容疑者1・ビリーの発言
「オレは中庭を散歩していただけ‥‥。
西館に近付いたのは‥‥池の鯉を見るため‥‥。
それに、中庭からは西館に入れない。犯行は‥‥無理」
容疑者2・アニスの発言
「僕はただ温泉に入ろうとしただけだよ〜☆
だけど、忘れ物しちゃったから部屋に取りに戻った訳。
んで、『さぁ入ろう』って西館に行ったら通行禁止になってて涙目だったよ〜」
容疑者3・リーの発言
「私は普通に朝の入浴を楽しんでいただけだ。
男湯でそんな事があったなんて微塵も知らなかった。
温泉から出た瞬間、彼方達警察と出会って驚いたよ」
容疑者4・涼の発言
「昨晩脱衣所に忘れ物をしましてね。
それを取りに行ってすぐに部屋に戻りました。
それから警察の方々が来られるまで、ずっと部屋に居ました」
容疑者5・一恵の発言
「何だい、アタシを疑ってるってのかい?
冗談はよしておくれ。アタシはここの従業員だよ。
朝の仕事に温泉の見回りがあったからそれをやったまでさ」
容疑者6・鯛良の発言
「私目はただ早朝の温泉の掃除を行っていただけに御座います。
お客様がいらっしゃる9時前には掃除を終え、西館から離れました。
それ以降の事など一切存じません」
坐武警部は現在も尚、旅館を閉鎖して捜査を行っている。
一泊二日の旅行がてらの調査依頼は、どうやら延長になりそうだ。
こちらから提供できる情報は少なく、また現時点で入手できる情報も少ない。
内通者探しの兼任ということで、事件の真相もあんた達に調べて欲しい。
だが注意して欲しい。
嗅ぎ回られている事を知られたら、坐武警部に小一時間は拘束されてしまうだろう。
内通者探しは一応極秘裏の依頼となっているため、それを明かすことは厳禁とする。
色々と制約が多い中での任務遂行になるだろうが、是非とも頑張って欲しい。
●リプレイ本文
●篠崎 公司(
ga2413)&篠崎 美影(
ga2512)の場合
事情聴取が終わった後、公司と美影は涼の姿を探した。
事情聴取の際に公司が言葉巧みに聞き出した情報によれば、涼は重要参考人ということで警察に目をつけられているらしい。
兎に角情報が欲しい、と公司は懸命に涼の姿を求めた。
二十分ほど探索を行った結果、中庭の池の前で西館の外壁を見上げて佇んでいる彼女が発見された。
公司達はすぐに声を掛け、早速情報の引き出しに取り掛かった。
「流石に警察官達の”あの”様子では、此方を信用してくれそうもありませんので‥‥」
公司がそう言うと、涼は「ほっほっほ」と笑った後、ゆっくりと話し始めた。
「歳のせいか、昨晩入浴した時に忘れ物をしてしまいましてね。
今朝それに気付いて、慌てて取りに行ったのですよ。
その後は普通にご飯を食べて部屋で寛いでいたのですが、どうやら忘れ物がいけなかったようですね。
警察の方に散々疑いの目を向けられて、荷物の検査までされてしまいました」
美影が「ご愁傷様です」と気の毒そうに声を掛けると、涼は「有難う御座います」と温かい笑顔で応えた。
「確か、従業員の方にも疑われている方がいらっしゃられるとか?」
公司が何気なく聞いてみると、これにも涼は答えてくれた。
「きっと一恵さんと鯛良さんの事ですね」
「一恵さん‥‥ああ、受付の方ですね?」
美影が素っ気無い風を装って質問すると、涼は首肯した。
「一恵さんとは古くからの知り合いでしてね。
彼女が人を殺すなんて絶対に在り得ないと思っています」
「何か、事件発生時の彼女に関する情報を知っていますか?」
公司は自分でも直球過ぎる質問の仕方だと思っていたが、涼は特に気にした様子もなく答えてくれた。
「先ほど聞いた話ですと、今朝はお風呂の見回りをしていたみたいです。
温泉の状態や清潔かどうかを調べる仕事なんだとか。
その後は普通に南館で仕事を行っていたようですよ」
思ったほど有益な情報ではなかったが、公司は礼を述べておいた。
「犯人は何故被害者を襲ったのでしょうか? どう思われます、おリョウさん」
美影の質問に対して、一瞬鋭い視線を見せた涼だったが、すぐにいつもの柔らかい表情に戻り、
「私には検討が全く付きませんが、もしかすると被害者にも問題があったのかもしれませんね」
と意味深な返答をすると、「それでは」と言い残して涼はその場を去ってしまった。
「被害者が何故狙われたのか。今一つ見えて来ませんね‥‥」
公司が推理を巡らせながら呟き、美影が思考を停止させる。
「考えるにも情報が足りません。
それより公司さん、一恵さんにも話を聞いてみませんか?」
公司は美影の提案に頷くと、今度は二人で一恵の姿を探し始めた。
結局、その後一恵と話をする事は出来たものの、愚痴や余計な推測ばかりで確かな情報はほぼ皆無であった。
●ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)の場合
事件のあった時間、ホアキンは南館食堂の北側の窓際席に腰掛け、中庭の様子を観察していた。
別に美しい中庭の景色を眺めながら優雅に食事を行うためにわざわざ苦労してその席を確保した訳ではない。
中庭の西館寄りの池の前にビリーがいたからである。
彼が内通者なのか監視しつつ何となく空を見上げると、そこに朝日は存在していなかった。
「‥‥妙な雲行きだな」
ホアキンのその言葉をまるで実現化したように、その後事件発生の報せが至る所で発生し、そして警察がやって来た。
いつの間にかビリーの行方を見失っている事も忘れ、ホアキンは警察の事情聴取に付き合わされて時間を消費した。
何とか警察から解放された後、ホアキンは疲れた体に鞭を打ち、中庭のビリーがいた位置までやって来た。
池の鯉をスケッチしつつ、警察から聞いた事件の情報を頭の中で反芻し、中庭から西館に侵入できるか調べてみた。
調査もスケッチもそう時間は掛からなかった。
中庭に面する西館の外壁に窓は無く、西館に侵入するとしたら屋上まで昇らないといけない。
排気管らしき何本ものパイプは設置されているが、そこを昇れば南館からも東館からも丸見えで目立ってしまう。
ホアキンはスケッチを片手に、ビリーの宿泊している部屋を訪れた。
「折角のご旅行が‥‥とんだ災難ですね」
ホアキンが気の毒そうに挨拶をして、鯉のラフスケッチをビリーにプレゼントすると、彼は大いに喜んでくれた。
そしてお返しにと、昨夜遅くまで掛かって完成させたホアキンの肖像画をビリーは渡した。
ホアキンは礼を言い、雑談しつつ事件について情報を聞き出そうとした。
残念ながらビリーは被害者の身元については知らなかったが、死亡推定時刻についてはこう語った。
「警察から聞いた‥‥昨日の深夜から今朝掃除をするまで、温泉は閉鎖されていた‥‥らしい。
だから、犯行が出来たのは、従業員が掃除を始めた今日の七時から、九時までだ、って‥‥」
ホアキンは感心する素振りで、その情報を確かに記憶した。
その後、ビリーの部屋を去ると、ホアキンは南館で疲れた様子の女将に声を掛けた。
殺人事件に些か参っているようだが、噂通りの美貌を持つ女将で、ホアキンはスケッチする許可を尋ねた。
女将は恥ずかしそうにしつつも承諾し、僅かにポーズを決めてみたりした。
スケッチを終えた後、世間話をしつつ、それとなく従業員二人の様子について探りを入れてみる。
しかし女将の二人に対する信望は厚いらしく、決して二人が不利になるような情報はなかった。
●風代 律子(
ga7966)&ミスティ・K・ブランド(
gb2310)の場合
警察からの事情聴取を終えた後、二人はリーの部屋を訪ねた。
その理由をミスティはこう話す。
「一人でいた時間が長いというのは不利になると思ってな。
そして、一人よりは二人の方が気が紛れるだろう。
‥‥まあ、何もしていないならそれ程気にする事はない。
何せ露見する事が何も無いのだから、な」
事前に顔見知りだったミスティが律子を友人だと紹介し、二人して情報を聞き出し始めた。
「朝の温泉ってどんな感じだったの?」
「どんなって‥‥他にお客さんもいなくて、静かだった。
おかげでのんびりとあの広い温泉を独占できたけどね」
律子の問いに、リーは顎に人差し指を当てて思い出すような感じで答えた。
「何も変わった事はなかった?」
「全然。だから、温泉から出たら警察がいて焦ったわ」
その後も質問を繰り返すが、本当にリーは何も知らない様子だった。
最後に二人は急に押しかけた事を謝罪し、リーはそれを微笑みで見送った。
二人は一度部屋に戻ってお互いに気付いた事を話し合うが、特に新しい情報はなかった。
「敢えて言えば、人気の少ない風呂でとなりの男湯の騒ぎに気付かんのがおかしい、程度の疑いはある」
ミスティの意見に律子は同意するように頷いた後、中庭を調べると言って部屋を後にした。
ミスティはしばらく部屋で推理を巡らせていたが、新しい情報を求めて一恵を探し始めた。
結局、彼女が一恵を見つけた時には篠崎夫妻が既に質問中で、断念せざるを得なかったのだが。
一方、律子は中庭を散歩している風を装いつつ、旅館の北側について調べてみた。
もしかしたら北側から回り込めるのではないかという彼女の推理は、遠からず当たっていた。
敷地に沿うように多量の樹木が植えられているが、東館も西館も、北側に非常階段が設置されていたのである。
中庭から北側へ抜け出すのは困難だが、東館から西館へ移動する手段は見つけた。
慌てて検証しようと東館へ戻ろうとした所を、
「おや、そんなに慌ててどうしました?」
と、ニヤニヤ顔を浮かべた坐武警部に呼び止められてしまった。
一刻も早く解放されたかったが、慌てて行動をしては今後の動向が注目されかねない。
仕方なく律子はしばらく坐武警部に付き合わされる羽目になってしまった。
●吟羽・このは(
gb2735)の場合
事情聴取が終わった後、このはは南館の食堂で意気消沈していた鯛良に声を掛けた。
元々気弱そうな彼は、警察の圧力的な事情聴取にかなり疲労している様子だった。
しかし従業員魂がそうさせるのか、このはが声を掛けた途端、彼は背筋を真っ直ぐにして応対し始めた。
「こんな私に、何か御用でしょうか?」
「えっと、鯛良さんは今朝、温泉の掃除をしていたんだよね?」
「左様で御座います。私の朝の仕事は温泉の掃除と決まっておりますので」
「男女共、一人でやってたの?」
「いいえ、温泉の掃除をするのは私の他にも数名存在します。
しかし、私が温泉の衛生担当ですので、自然と温泉掃除をする時間が一番長くなってしまいます」
「それじゃあ、女湯の脱衣所で、小さな髪飾りを見なかった?
実は、このはも忘れ物をしちゃったんだよね」
鯛良は考えるように首を傾け、目を閉じ、小さく唸り声を上げた後、横に首を振った。
「残念ですが、私は存じておりません。
確かに忘れ物は御座いましたが、それは別のお客様のものでしたので」
「はぅ‥‥」
そう言って残念そうにするこのはは、幾分が身長が縮んでしまったようにも見える。
鯛良は慌てて謝罪をするが、元々そんな忘れ物は存在しないので、逆にこのはが恐縮してしまった。
「あ、あまり気にしないでいいんだよ。
‥‥それより、その忘れ物って、おリョウさんだよね?」
一瞬、鯛良が驚いた素の表情を浮かべるが、すぐに営業スマイルに戻った。
「涼様のお知り合いでしたか。失礼しました。
確かに、今朝掃除をしている時、涼様が忘れ物を取りに来られました」
涼の証言の裏付けを終えると、しばし雑談した後、このはは鯛良と別れた。
このははしばらく歩いてから何気なく振り返ってみると、鯛良は元の猫背になって深い溜め息を吐いている所だった。
その後、愛しの澪の所へ戻ろうとした所を坐武警部に捕まり、驚きの余り彼女は転倒してしまう。
●桔梗 澪(
gb2737)の場合
事情聴取の後、アニスから情報を聞き出そうと思って彼の部屋を訪問した澪だったが、生憎と彼は不在だった。
仕方なく旅館内を探し回ってみると、アニスは昨晩このはと雑談をした南館のラウンジで椅子に座って外を眺めていた。
椅子の上で体育座りをして、寂しげな表情で曇った空を見つめている。
「少し、時間をもらってもいいだろうか?」
澪が声を掛けると、憂い顔だったアニスの表情が一変して明るい無邪気な子供の笑顔になる。
「いいよいいよ〜☆
ってあれ? お兄さんは昨日の女の人の恋人さん?」
「いや、違う。しかし、話題はその女性に関する事だ」
アニスの言葉に内心驚きつつ、表面は一切動揺を見せないように努めて冷静に澪は返した。
「な〜んだ。昨日お兄さんが熱心に見てたから、てっきり恋人さんだと勘違いしちゃったよ」
ニコニコと笑顔で言ってのけるアニスの真意を、澪は見抜けなかった。
しかし、その外見に反する重鎮的なオーラを、澪は直感で感じていた。
澪は咳払いをして気を取り直すと、自分について架空の設定を説明し始めた。
昨日の女性を調査している者で、接触を試みたが最終的には逃げられてしまった。
その後、アニスと会話している所を発見し、彼に彼女の様子を聞きに来た。
自分でも無理矢理な気がする話だったが、アニスは特に気にしてない様子で質問に応じる事を快諾した。
何となく、澪はアニスがもう全てを見抜いた上で話をしてくれているような気がしていた。
一通りこのはについてアニスが知っている事を教えてもらった後、澪は何気ない様子でアニスの事を訊いた。
「そういえば、一人で旅行ですか?」
「うん☆ 僕はここには一人で来る事にしてるんだ☆」
「それはまた、どうしてでしょう?」
「一人でのんびりするのが好きだから〜☆」
言いながら、だらしなく椅子に凭れるアニスは、嘘をついている様子ではなかった。
案外孤独が好きなのかもしれない、と澪は考えつつ、さらに質問を重ねる。
「ちなみに、昨晩温泉には入られました?」
「え!? そりゃあ温泉に来たんだから入ったけど、どうしてそんな事訊くの?」
「いえ、単なる調査の一環ですよ」
「‥‥もしかして、臭う?」
自分の服の匂いをクンクンと嗅ぎながら、怪訝そうな表情をアニスは浮かべる。
澪は慌てて否定すると、その場から離れた。
曲がり角の向こうへ澪が姿を消したのを確認すると、アニスは妙に大人びた表情を浮かべて頬杖をついた。
「調査、ねぇ‥‥」
●小鳥遊・夢生(
gb3083)の場合
「おいおい、温泉に浸かれねぇなんて勘弁してくれよ!」
旅館を囲む警察を無理矢理突破した後、西館が閉鎖されていると知って夢生は大声を上げた。
現在彼は温泉を浸かりに来た普通の旅行客ということになっている。
目的が達成出来ないとなれば、怒るのも当然である。
ただ、彼の怒りようは本当に温泉に入れなくて怒っているようにも見えるが。
「こりゃあ、何の騒ぎですか?」
騒ぎを聞きつけた坐武警部がやって来て、夢生の応対をしていた制服姿の警官が慌てて敬礼をする。
警官が夢生を不審者だと説明すると、坐武警部は夢生を上下に見て、
「まぁ、彼に非はないから通してあげなさい。
こっちがさっさと捜査を終わらせればいい話だし」
と、呑気な言葉で警官を制したものだから、その場にいた人間は全員驚いた。
無論、夢生は調子に乗って警官達の間を抜けると、さっさとチェックインを済ませるために受付を目指した。
残念ながら受付の女性は一恵ではなかったため、情報を聞きだす事は出来なかった。
その後、何度か温泉に入れないか確認するために西館の前まで赴くが、警官に立ち塞がれて結局入浴は出来なかった。
仕方なくラウンジの横を通り過ぎて自室に戻ろうとした時、坐武警部がこのはを呼び止めている場面に遭遇した。
「おいおい、まだ捜査終わらねーのか」
間に割って入って夢生が文句を言うと、坐武警部は夢生の対応で精一杯となり、このははその隙に急いで逃げ出した。
視界の隅でこのはがいなくなった事を確認すると、夢生は文句を言うのを止めて肩を怒らせたままその場を去る。
そして今度は自室にいるのが退屈になり中庭の様子を不意に見下ろした時、座武警部が律子に詰め寄っている場面に出会った。
夢生は急いで階段を駆け下りると、偶然やってきたように偽って、再び坐武警部に文句を付ける。
「おいおい、仕事中にナンパしてていーのか」
再び坐武警部は夢生を宥めるのに必死になり、律子は静かにその場を後にした。
内心で安心しつつ去ろうとして、坐武警部が夢生の背中に声を掛ける。
「お仲間のためにご苦労様ですが、あまり派手に動かない方がいいですよ」
夢生が驚いて振り返るが、既に坐武警部の姿は消えていた。
──3日目に続く