タイトル:【狂】大黒柱マスター:水君 蓮

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/30 03:22

●オープニング本文


 どうか、彼を責めないで下さい。
 彼は一途に生きる事を望んだだけなのです。
 悪いのはそう、その思いを利用したバグアなのです。
 純粋な彼の心を弄び、その体を兵器として改造した。
 何もかもバグアのせいなのです。
 そうだと、誰か言って下さい。
 彼は悪くない、と。
 お願いだから、彼を責めないで‥‥。

 <私は、護るために戦うことを選んだ> 

 ルーベン=シュトラム=ホーンハイム。36歳。
 25歳の時に日本人の妻と結婚。
 1年後、双子の子息が誕生。
 その後、戦争の影響で妻を亡くし、エミタ適性合格を経て傭兵に。
 傭兵登録後は男手一つで息子達を育てるために様々な依頼に出発。
 持ち前の力強さで多くのキメラを倒し、その功績を軍に認められるほどに。
 現在息子達は10歳で、積極的に家事を手伝う父親思いの子供に成長。
 料理の腕前では既に自分を超えているかもしれないと、彼は傭兵仲間に息子達の成長振りを語っていた。
 その日も彼はいつものようにキメラ討伐の任務に当たっていた。
 日常的な問題を解決する依頼も受けるが、彼は基本的にキメラを倒す仕事を選ぶ傾向にある。
 それは妻を失った原因がキメラにあるからなのかもしれないが、詳しい事を彼は誰にも話さなかった。
 そして、その真意を知る機会は永遠に失われてしまう。
 その日の彼の体調は万全とは言えなかった。
 連日キメラ殲滅任務ばかり受けていた彼は、少し疲れていた。
 おまけに戦闘の際に負った傷が完全に癒える前に次の仕事に出発するため、生命力も低下していた。
 それでも、彼は愛すべき息子達のために頑張った。
 この仕事が終わればしばらく休養し、息子達と海に行こうとも考えていた。
 最後に彼が受けた依頼は危険度の高い凶悪なキメラの討伐。
 そのキメラは吸着した宿主を制御し、その力を増幅させる能力を持つものだった。
 吸着した後、キメラは脳に直接連結するために除去は不可能。
 さらに乗っ取った宿主の体を自分の都合の良いように作り変えてしまう。
 その反面、個体では満足に生命活動が行えず、宿主の死亡と共に息絶えてしまうのが常であった。
 そんなキメラが寄生した巨大な象を仲間と倒す事に成功した彼だったが、不覚にも重傷を負ってしまう。
 そのままでは救援が来る前に絶命してしまう傷の痛みと、彼は必死に戦った。
 今自分が死ぬ訳にはいかない。
 愛すべき家族のためにも、生きなくてはならない。
 その強い思いを受け止めたのは実体無き神ではなく、悪魔の如きバグアだった。
 最後にとどめを刺した彼の体目掛けて、象の頭部に張り付いていたキメラが飛び掛ってきたのだ。
 キメラは小さくて半透明で軟体のカブトガニのような姿をしていた。
 仲間が慌てて攻撃を行い、その体の半分を消し飛ばしたが、残りの半分が彼の体の上に乗った。
 瀕死の状態でゆっくりとキメラは彼の頭部へと移動、侵蝕を始める。
 狼狽する仲間をよそに、彼は必死に自分の意志とキメラからの寄生攻撃を戦わせた。
 悶え、苦しみ、しばらく地面の上を転がり回る。
 その決着はキメラが寄生完了前に活動を停止したことで迎えられたが、結果は悲劇だった。
 半分をキメラに制圧され、半分を残った僅かな理性が制御する彼の体。
 その境界線は非常に曖昧で、そのバランスは一定ではなかった。
 バグアの能力によって再生能力を手に入れた彼は、無事生き延びる術を手に入れた。
 しかし、その代償として精神を制御され、彼は同行した仲間を全員殺す破目となった。
 気が付けば自分の手が仲間の血で染められており、彼は絶叫した。
 最早自分は生きる事を許されない存在だと悟ると、彼は現実から逃げたくて仕方なかった。
 だが、少しでも自分の意識がある間に彼にはすべき事があった。
 それは、人のいない安全な場所へ向かい、自分を始末してくれる人間を頼む事。
 彼は血文字で目的地を書き残すと、ふらつく足取りでその場を後にした。

●参加者一覧

鋼 蒼志(ga0165
27歳・♂・GD
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
ブレイズ・S・イーグル(ga7498
27歳・♂・AA
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
音影 一葉(ga9077
18歳・♀・ER
紫藤 文(ga9763
30歳・♂・JG
ルーシー・クリムゾン(gb1439
18歳・♀・SN

●リプレイ本文

 水平線に浮かぶ朝日は神秘的な美しさを内包していた。
 眩さを空と海に示し、ゆっくりとその姿を海面から浮かび上がらせていく。
 遠くでは海鳥が鳴き声を上げ、空を自由に飛翔していた。
 そんな光景を、ルーベン・シュトラム・ホーンハイムは砂浜に打ち上げられた大木の破片に腰掛けて静かに眺めていた。
 懐かしい思い出を見る、楽しさと悲しみの瞳だった。
 彼は無言で海を見続けた。
 自分の方へ能力者達が歩み寄ってくるのを察知しながらも、一度もそちらを見る事はなかった。
 彼らがルーベンと距離を置いて立ち止まったのを知り、そこで初めて視線を向ける。
「やぁ、わざわざ申し訳ないね」
 乾いた、しかし朗らかな口調だった。
 一行は口を開かず、油断ない目つきで彼の言動を見守っている。
「悪いけど、我輩の意識はそう長く持ちそうにないんだ。
 隊列とか考えてるならさっさと実行した方がいい」
 大木から腰を上げ、苦笑を浮かべてルーベンは作戦遂行を推奨した。
 その様子から、現在はルーベンが肉体の支配権を握っているのだと察すると、一行は警戒しながらも事前の打ち合わせ通り陣形を作った。
 ルーベンの背後にブレイズ・S・イーグル(ga7498)とリュス・リクス・リニク(ga6209)が。
 正面前衛に漸 王零(ga2930)と鋼 蒼志(ga0165)が。
 後衛に鈍名 レイジ(ga8428)、紫藤 文(ga9763)、ルーシー・クリムゾン(gb1439)が。
 その中間に支援役として音影 一葉(ga9077)が並ぶ。
「まったく、素直に死ぬ事も許されないとはね‥‥」
 全員が配置に着いたことを確認すると、蒼志がルーベンに軽い口調で話しかけた。
 ルーベンは苦笑でそれに答える。
「駄目なのか‥‥もう、助けてやれないのかよ‥‥」
 レイジが悔しそうに言葉を漏らし、ルーベンはそれを寂しそうな瞳で否定した。
「気を抜くな。相手はキメラだ」
 文がレイジを叱咤し、レイジは一瞬噛み付きそうになったが、すぐに自重した。
 目の前にいるのは人間の姿をしたキメラだ。
 そうとでも思わなければ、誰もルーベンを殺す事など出来ないのだろう。
 実際にルーベンにはキメラが寄生している訳で、そう思い込む事は困難ではなかった。
「仲間を傷つける辛さは、身を切られるより痛いものです‥‥今なら私にもそれが解る」
 一葉の言葉にルーベンは一瞬何を言っているのか理解できないようだったが、すぐに察知した。
「ああ、彼らの事か‥‥。
 彼らの遺体の処理やその後はどうなった?」
「全員回収され、現在は恐らく葬儀の準備中だと思います」
 一葉の返答に「そうか」と呟きながらルーベンは何度も頭を縦に振った。
 一際大きな波が砂浜に押し寄せ、周囲を静寂で包み込む。
 ルーベンは両手に剣を強く握って何かを我慢している様子で、口を開いた。
「そろそろ時間みたいだから、後の事は頼むよ」
 言葉を受けて、一行は武器を構えて戦闘開始の準備を行う。
 最後にルーベンは脂汗を浮かべながらぎこちない笑みを浮かべて、顔だけブレイズに振り返った。
「迷惑かけて、悪いな」
 ブレイズは少し驚いた後、すぐに真面目な表情で答えた。
「すぐ楽にしてやるよ」
 ルーベンは正面に顔を戻し、最後の一瞬まで自分の中で暴れるキメラの意識と戦った。
 だが、ここまでの移動時間と一行を会話をした時間が彼の限界だった。
 次第に蝕まれる自分の意識に、彼は断末魔に似た悲鳴を上げる事を禁じ得なかった。

 叫び声を上げたルーベンの体が、力なくだらりと前傾に倒れる。
 しかし足は根付いたように地に付いたままで、結果としてルーベンは背中を大きく曲げるだけに終わった。
 このままではいずれルーベンの意識が完全に消失することを悟ると、王零と蒼志は同時に行動を開始した。
 王零の名刀「国士無双」が、蒼志のドリルスピアが、ルーベンの頭部目掛けて攻撃を行う。
 ルーベンは相変わらず猫背で地面を睨んだままだったが、両手だけがまるで別生物のように動き、2人の攻撃を同時に防いだ。
 驚く2人だが、即座に次の攻撃手段に移る。
 王零はもう片方の手に握られた月詠を振るい、蒼志は防がれたドリルスピアの回転機構を作動させた。
 ルーベンは左右に剣を薙いで両者に僅かな隙を作り、後方に跳躍して攻撃を回避する。
 そうして着地したルーベンの右足に、リニクの放った矢が突き刺さった。
「‥‥まずは足。さあ、踊って見せてください」
 リニクが意味深に囁いた直後、ルーベンの右足が突如として爆発した。
 先ほどリニクが放った矢はただの矢ではなく、鏃に火薬の詰められた弾頭矢だったのだ。
 皮一枚で繋がったルーベンの右足が宙を舞う。
 突然支えを失ったルーベンの体は、為す術もなく倒れていくしかなかった。
 その隙を逃さず、後衛組が追い討ちを掛ける。
 ルーシークリムゾンは頭部を狙い、他の者達は胸やもう片方の足を狙撃する。
 一葉もこの機を逃すまいとエネルギーガンを構え、引き金を引いた。
 倒れながらも剣を振るってルーシーの矢とレイジの弾丸を弾いたルーベンであったが、他の攻撃は見事に命中。
 特に一葉のエネルギーガンは胸の中心を捉え、ルーベンに多大な損傷を与えた。
 仰向けで倒れたルーベンはピクリともせず、一行は黙って様子を窺った。
 キメラが完全に意識を乗っ取る前に彼を葬ってあげることが、一行は最善だと考えていた。
 人間として彼の命を終わらる事が彼の望みなのだと解釈していたからだ。
 だが、彼らの行動は更なる悲劇を生み出す事となってしまった。
 なまじルーベンの人間としての意識を残してしまったことが、その原因であった。
 死を目前にした彼には、建前だとか自己犠牲なんて思考は存在しなかった。
 ただ、死にいく自分と残された息子達が気になって気になって仕方なかった。
「確かに、我輩は仲間を殺してしまった。
 それは大いなる罪だと思うし、償いきれないものだとも思う」
 ふいにルーベンが口を開き、一行は驚愕の表情を浮かべる。
 それがキメラによる騙りか本人の意志による言葉なのか判断しかねていると、さらにルーベンは言葉を続けた。
「だけど‥‥、それでも、だ──」
 皮一枚で繋がっているだけだったルーベンの右足が再生を始め、肉の断面からピンクの触手が伸びて元の形を形成しようとする。
 その様子に一行が危機感を覚え、ルーベンに止めを刺そうとした時には僅かに間に合わなかった。
「──我輩は、生きて息子達に会いたい」
 王零、蒼志、ブレイズの刃が寝ていたルーベンに突き刺さる。
 しかし、全員の刃が突き刺さったのはルーベンが寝ていた砂浜で、ルーベンは一瞬にして姿を消していた。
 慌てて周囲を見渡す3人を、影が覆った。
 気付いて見上げた時には既に遅く、皆砂浜に叩きつけられた。
 地面に伏す3人の中央に、先程よりも一回りほど大きくなったルーベンが立っている。
 生き残ろうとする本能がキメラと同調し、ルーベンの更なる力を引き出したのだ。
 仲間の負傷を心配しつつも、残った全員で再び攻撃を開始した。
 全身に銃弾を浴びながらも臆する事無く、ルーベンは正面に向かって疾走を開始した。
 レイジは銃をしまうと急いでツヴァイハンダーを構え、両手の剣を大上段に構えたルーベンとの間に挟んだ。
 刹那、激しい衝撃がツヴァイハンダーから伝わり、レイジは後退を余儀なくされた。
 支えた両腕が痺れ、無意識に奥歯を噛み締めている。
「止めろ! その人にこれ以上何をさせようってんだ!」
 レイジは言いながら防御に使用した大剣を即座に構え直し、横に薙いでルーベンの胸を狙った。
 刃先がルーベンの胸に浅く一文字を刻んだが、すぐにルーベンの再生能力によって傷が塞がってしまう。
 再びルーベンが攻撃のために剣を構えるが、その腕を文の弾丸が貫通して攻撃を中止させた。
 さらにルーシーの放った矢が頭部を狙うが、ルーベンは過敏にそれに反応して弾き飛ばした。
(「もしや‥‥」)
 その様子を見てある仮説を組み立てながら、一葉はエネルギーガンを敢えてルーベンの頭部を狙って発射した。
 先ほどと同じようにルーベンはそれに気付くと、素早く移動を行って攻撃を回避する。
 その動作に、一葉の考えは確信になりつつあった。
「いくぞ――この螺旋の鋼槍で貴様を穿ち貫く!」
 突然背後から声が響き、ルーベンは驚いて振り返った。
 その瞬間、振り向いたルーベンの腹部を、蒼志のドリルスピアが捉えた。
 回転する穂先が皮を破り、肉を引き裂き、内蔵をミキサーして、背中側から飛び出す。
 ルーベンが咆哮を上げて暴れ始めたので、すぐに蒼志はドリルスピアを抜いて後退した。
 腹部の空洞からは血液が溢れ、再生能力が完全にその傷を治すまでにはかなり時間が掛かりそうであった。
「後衛に皆さんは彼の頭部へ攻撃を集中させて下さい!」
 一葉が突如として大声で提案し、狙撃組は疑う事無くその考えに順じた。
 ルーベンの頭部へ集中的に弾丸と矢の雨が降り、ルーベンはそれらを必死に回避したり弾いたりする。
 しかしその行動はルーベンの身に負担がかかり、再生途中の腹部からはより一層血液が漏れ始めた。
 その光景を眺め、一葉は自分の推測が見事に的中していた事に喜んだ。
 彼女は過敏に頭部への攻撃に反応するルーベンに、それがキメラの本能的な動作なのだと察したのだ。
 本体を守るのに必死になり、宿主の事など二の次となってしまう。
 その結果が、現在のような隙だらけな状態を生み出してしまった。
 だが、いつまでもやられるばかりのキメラでもなかった。
 ゆっくりと後退しながら最初の位置へ戻ると、大木の破片を片手で持ち上げて狙撃組へと投げつけてきたのだ。
 しかし、その攻撃はレイジのツヴァイハンターによって両断されてしまう。
 ならばと、大木投下の影響で攻撃が一時的に中断された機会を逃さず、ルーベンは『ソニックブーム』を発動させた。
 その対象は狙撃組ではなく、一葉のみ。
 狙撃組の護衛をしたレイジは間に合わず、一葉は慌ててエネルギーガンを盾代わりにする。
 しかし、肉体を強化されたルーベンの『ソニックブーム』は予想以上に強力で、彼女はエネルギーガン諸共砂浜の上を何度か転がる羽目になった。
 その際に砂浜の様々なゴミが彼女の体を傷つけ、やっと停止した時には肩や足から出血していた。
「支援を頼む!!」
 王零が声を上げながら、ルーベンへ一直線に走り始める。
 ルーベンはそれをソニックブームで阻もうとしたが、王零も同時にソニックブームを発動して相殺しようとした。
 本来ならばルーベンのソニックブームの方が打ち勝ったのだろうが、発動直前で文の弾丸とルーシーの矢が彼の腕に当たり、威力を弱めてくれた。
 そのおかげで見事相殺を為し得た王零が、月詠を捨ててショットガン20に持ち変える。
 事前に貫通弾を装填したそれでルーベンのエミタを攻撃する作戦だった。
 王零が間合いを詰め、振り下ろされるルーベンの剣を片手の国士無双だけで受け止めようとする。
 リニクによる援護射撃が行われるが、それでもルーベンの力が王零に勝った。
 受け止め切れなかったルーベンの刃が王零の体を縦に斬り付ける。
 間一髪で心臓は免れようと半身を逸らせたが、彼の体にはルーベンの剣による傷が刻み込まれた。
 王零は苦痛に顔を歪めつつも、ショットガン20を持った片手を伸ばした。
「零距離をとったぞ‥‥」
 ショットガン20の銃口がルーベンの左胸に付き、王零は引き金を絞った。
 直後、放たれた弾丸がルーベンの心臓の上部半分を消し飛ばし、反動を抑え切れなかった王零の肩が脱臼した。
「今だ!! ブレイズ!!」
 ボロボロの体に鞭を打ち、ルーベンの正面から必死に移動した王零が幕引きを申請した。
「オォァァ!! 貫けェ! レェヴァテイィン!!」
 全ての能力を発動させた、全力の一撃をブレイズが放つ。
 その時、ルーベンは必死にその攻撃を防御しようとしていたが、それは叶わなかった。
 何故ならば、レイジの放った弾丸が彼の頭部へ向けられ、彼の意識はそちらに集中していたからである。
 ツヴァイハンターの巨大な刃がルーベンの胸の中央を貫き、そこに装着されていたエミタを粉砕した。
 そして同時に、レイジの弾丸がキメラ本体に命中したのであった。

 砂浜の横たわるルーベンの遺体を探り、ブレイズはあるものを見つけた。
 それは、彼がいつも持ち歩いていたという戦前に撮影された家族の写真が入ったロケットであった。
 そこには幸せそうに微笑む彼の妻、幼い子供、そして彼自身の姿が映っていた。
 ブレイズはそれを強く握り締めると、奥歯を強く噛んだ。
「ルーベン‥‥」
 無意識の内に、彼は涙を流していた。