●リプレイ本文
「またチェーンソー野郎か‥‥やれやれだぜ」
廃病院へ到着するなり、ブレイズ・S・イーグル(
ga7498)は同じ芸は飽きたというように呟いた。
口調から容易に推察出来る通り、彼は過去に似たような事件と遭遇したことがある。
最も、その時の相手は一台のチェーンソーを両手で振り回すキメラだったが、今回はそれを左右に装備したより屈強なキメラである。
おまけに本体は周囲と同化する能力を所持していると言うのだから、かなり強敵となるだろう。
「‥‥雰囲気ありすぎないか?」
隣のブレイズの口振りなど意にも介せず、天(
ga9852)は周囲を漂う雰囲気に飲まれつつあった。
放置された雑草は伸び放題で、それが時折風に揺れて擦れ、まるで子供の笑い声のような音を立てる。
さらに割れた窓ガラスから入り込んだ風が病院内で奇妙な渦を巻き、呻き声に似た不気味な音を響かせていた。
おまけに現在は日付変更を終えたばかりの深夜。
周囲を容赦なく闇が包み、一行を照らしているのは頼りないランタンの炎とAU−KVのライトのみだった。
「あっ! あそこに人影が!」
三島玲奈(
ga3848)は突然大声を上げると、今来たばかりの坂道の方を指差した。
彼女の横にいたドリル(
gb2538)とヒューイ・焔(
ga8434)が驚きの声を上げ、玲奈の指の先へ視線を向かわせる。
しかし、そこには相変わらず闇が満ち溢れているのみで、人間らしき影など全く見当たらなかった。
むしろ、いると思って眺めている内に闇が人の形を形成し始め、二人は慌てて廃病院へ目を戻した。
「しかし、見えない敵ですか‥‥俺にとっては大した問題ではないですね。
常に見えない敵と戦ってきましたからね」
そう言ってのけたのは、乾 才牙(
gb1878)だった。
彼は生来の盲目のため、その目は常に黒一色の世界に囚われていた。
「まぁ、コインは表でしたし。油断でもしなければ大丈夫でしょう」
同じように軽い口調で公言したのは、レイヴァー(
gb0805)。
彼はコインが一行の身の安全を保障しているとでも言わんばかりだった。
「B級ホラーに興味はないんだがな‥‥」
言いながら頭を掻いて明らかに不服そうな表情を浮かべているのは、八神零(
ga7992)だ。
今一度、半袖服で感じるには少し肌寒い風が一行を通り過ぎ、怪奇的な自然現象で恐怖心を植えつけていった。
「とりあえず、早く中に入ろうぜ」
ヒューイの提案に異議を唱える者はおらず、一行は周囲を警戒しながら廃病院の玄関へ向けて歩き出した。
「こりゃあ、荒れ放題ですね」
玄関ロビーを見渡して、玲奈は一同が感じた思いを口から漏らした。
廃病院となってからかなり時間が経過しているためか、病院内はとてもかつて営業していたようには見えなかった。
来客用に設置されていた黒革の長椅子は全て壁際に寄せられ、訪問者の悪戯のせいでボロボロとなっていた。
少しでも美観を整えようと置かれた観葉植物は見事に枯れ、その土と鉢の破片が床の上に散乱している。
利用する人間がいなくなった人工物達は寂しげに闇の中に横たわり、静寂の世界の住人と化していた。
よく知る病院の知らない一面を垣間見て、一行は静かに身を震わせた。
だがいつまでも恐怖心に飲み込まれていたのでは、いざキメラと遭遇した時に致命傷を負いかねない。
一行は素早く頭を切り替え、それぞれの作戦を開始した。
まずは零と玲奈が東と西に伸びる廊下の前まで移動すると、周囲の安全を確かめた後に罠の設置に取り掛かる。
ドリルと才牙がそれぞれ護衛として付き、設置者の手元をAU−KVのライトで照らした。
そう時間を掛けず、最初の罠が完成する。
落ちていた何かの破片やゴミを紐で結び、それに鈴を括り付けたものを廊下の左右に伸ばした簡易式鳴子である。
もし何者かがこの罠に引っ掛かればロビー中に鈴の音が響き渡り、愚か者の来訪を一行に知らせる事が出来る。
彼らが考えた作戦は、キメラを待ち伏せて迎えるものだった。
ロビーの安全確保と罠設置のために半数が残り、もう半分のメンバーが一階の安全確保と罠展開のために探索を行う。
零と玲奈が罠を仕掛け終えたのを見届けると、天、ヒューイ、ブレイズ、レイヴァーの四名が罠を跨いで廊下の先へと進んでいく。
その後ろ姿を角を曲がって見えなくなるまで見届けると、残った四人はより多重の罠を張り巡らせるために準備を始めた。
ブレイズとヒューイの二人が先行して歩き、その背中を守るようにレイヴァーと天が移動を行う。
レイヴァーは懐中電灯を頭に紐で括り付けた、傍から見ると可笑しな格好をしていたが、本人は至って真面目だった。
天はランタンの炎で進行方向先を照らし、ブレイズとヒューイは武器を構えたまま進んでいく。
まず捜索班が向かったのは西に伸びる廊下の先、診察室の並ぶ区画だった。
南に伸びる廊下の左右には診察室がいくつも並び、北の少し広い空間の先には上階へと進む階段が待ち構えている。
しかし、一行は上階へ行くつもりなど最初からなく、南へと進んで診察室を一つ一つ確かめて行った。
安全を確保する度に小さく安堵の息を吐き、すぐに気を引き締めるために大きく息を吸い込んで次の部屋を目指す。
その繰り返しを六回ほど行うと、診察区画の安全は保障された。
今度は襲撃に注意しながら天が所々で罠を設置し、ロビーへと後退していく。
結局一度も敵影を見る事無く、一行はロビーへ帰還を果たした。
「西のエリアに敵は存在しませんでした」
レイヴァーが手短に待機組に報告を終えると、今度は一行は東に伸びる廊下の先へ進み始めた。
こちらも西側と同様、しばらく進むと北に少し広い空間があり、上階へ進むための階段とエレベーターがあった。
そして南に伸びる廊下があり、左右には廊下を囲むようにいくつかの部屋が並んでいる。
レントゲン室や機材室などと書かれた薄汚れたプレートが扉の上に設置されたそこは、差し詰め手術区画と呼称するのが相応しい場所だった。
一昔前の古びた大型機械が置かれた部屋はかなり不気味で、おまけに妙な所が赤黒く汚れていて注目してしまう。
やや腰が引いている感じがしつつも、一行は慎重に探索を続けた。
そしていよいよ最後の一部屋となり、扉の上に取り付けられたプレートをランタンで照らす。
そこには手術室と書かれており、誰ともなく唾を飲み込む音が響いた。
ブレイズとヒューイが扉の横に張り付き、ドアノブに近いヒューイが手を伸ばして他の者達の準備が完了しているか確認した後、勢いよくノブを回して扉を開ける。
雪崩れ込むようにブレイズと天が中に入り、続いてレイヴァーとヒューイが部屋の中へと侵入する。
そこは、今まで調べてきたどの部屋よりも気味が悪かった。
台の上に放置されたままのメスは錆で汚れ、患者を乗せるための手術台は何故か全面が赤黒く変色している。
そして手術台から零れた雫の行方を表すように、放射線状に液体の痕跡が残っていた。
おまけにその部屋は埃臭い以外にも何か異質の臭気を内包していて、あまり長居したくなる場所ではなかった。
さっさと安全を確保しようとレイヴァーが一歩踏み出した瞬間、部屋の奥で奇妙な音が発生し、彼は慌てて銃口をそちらに向けた。
そして間髪入れず引き金を引こうとした時、その正体を知って安堵の息を吐いた。
部屋の奥に佇んでいたのは、金色の瞳を闇の中に浮かべた黒い猫だった。
訝しげに一行を睨みつけ、さっさと出て行けとでも言いたげである。
「うし、これで一階の安全確保は終わったな」
ブレイズの発言に他のメンバーは頷いて同意し、手術室を後にした。
闇の中に一人残された黒猫はのんびりした様子で欠伸をした後、割れた窓から外へと飛び出した。
数秒後、猫の悲痛な声が響いたのだが、生憎とそれを聞いた者は存在しなかった。
改めて合流を果たし、一行は全員玄関ロビーに集合していた。
既に一階のほぼ全ての場所に罠が張り巡らされ、いつでも奇襲に対応できる準備が整っていた。
一行は息を潜めて周囲を警戒し、ただキメラが罠に掛かるのを待った。
しかし、時刻がそろそろ夜明けの到来を知らせる頃。
キメラは一向に罠に掛かる気配を見せず、その間一行はただ神経を尖らせて注意を行っていた。
予想外の長期戦と精神疲労が、思いも寄らぬ新たな敵を生み出した。
睡魔である。
事前に体調を整えてきた一行ではあるが、退屈な時間の経過にいつしかその瞼は重くなり始めていた。
しかし仲間と会話を行って気分を紛らせるのも気が引け、ただ黙々と一行は睡魔と戦い続けた。
それが三十分ほど続き、すっかり全員の注意力が散漫になった頃、玄関のガラスを踏む音がロビーに響き渡った。
瞬時にそちらを見たのは、ほぼ無意識の動作だった。
だから、そこにチェーンソーを構えたキメラが立っていたとしても、いきなりリアクションを行う事が出来なかった。
そしてそれが、廃病院のロビーを血の海へと変える惨劇の引き金となってしまった。
果たして彼らの敗因は睡魔だったのだろうか。
それとも、個人の怠慢か。
いや、もしかすると作戦ミスか。
否。彼らはもっと基本的で大事な事を見落としていたのである。
その答えは、病院のベッドの上で見つけてもらうことになるだろうが。