●リプレイ本文
作戦決行予定時刻まであと数分。
各々の思いを胸に渦巻かせて、一行は教会を見上げていた。
木造建築の歴史を感じさせる教会は、静かに、まるで何かを待っているような様相だった。
その待ち望むものが何なのか、それともそれはただの幻想か。
答えのない疑問を思い浮かべては、意識の底へと沈めていく。
そんな無駄な行為を何度か繰り返していると、アグレアーブル(
ga0095)が戻って来た。
彼女は先行して教会の周囲の探索、内部の視察を提案し、単独でそれを遂行してきた。
「‥中の‥様子‥‥どうで‥した‥‥?」
真っ先に尋ねたのは、リュス・リクス・リニク(
ga6209)だ。
アグレアーブルは静かに顔を左右に振り、
「内部の詳細は不明。周囲に敵影はありませんでした」
と、短く、無表情で答える。
内部の様子が分からないのは残念だが、こちらを監視する敵がいないことは嬉しい情報だ。
複雑な心境をそのまま表情に浮かべて、リニクは礼を述べた。
他の者達も一様に同じ風な表情の中、妙に苦しそうなのが二人。
実際に彼らを見てみればそれは妙でも何でもなく、本当に苦しそうなのだと理解できるだろう。
ブレイズ・S・イーグル(
ga7498)と紫藤 文(
ga9763)は、重傷の状態で任務に参加することを望んだ二人である。
本来ならば病院で安静にしていなければならない具合だというのに、何故彼らは戦地へ赴いたのか。
その理由は、その場にいる他の数名にも関係していた。
今回の依頼の根源と言えなくもないある依頼。
彼らはその依頼に参加し、ルーベン=シュトラム=ホーンハイムという人物を殺めた者達なのである。
無論、そこには仕方のない事情とどうしようもない状況が存在した。
しかし、彼の息子であるリクリ=クジョウ=ホーンハイムとカイ=クジョウ=ホーンハイムが事件を起こしたと知り、彼らは黙っていられなかった。
父親の手を掛けた自分達が、その息子達の凶行を正そうとしている。
奇妙な運命であったが、彼らはそれを必然と見ていた。
(「彼等に道を踏み外させない義務がある。それが例え自己満足でも、です」)
内心で呟いて、音影 一葉(
ga9077)は静かに眼鏡の蔓を動かして位置を調整した。
「んじゃ、そろそろ行こうかね」
まひる(
ga9244)は敢えて軽い口調で、作戦開始を口にした。
その真意を読み取ろうにも、彼女はさっさと教会へ向けて歩き出してしまっている。
慌てて楓姫(
gb0349)がその横に並び、彼女の表情を見て驚いた。
そしてすぐに表情を硬くさせ、彼女と同じように教会に視線を向けたまま口を開く。
「‥‥止めてみせる」
その言葉に同意するように、まひるは小さく頷いた。
教会の扉の前に到着すると、一行は事前の作戦通りの配置についた。
楓姫は身を低くして姿が見られないように慎重に歩き、教会の東側に回り込む。
文はアグレアーブルに付き添われて、西側に回り込んで行った。
『緊急時』には楓姫が東側から、アグレアーブルが西側から、文が裏口から潜入して突入する手筈になっている。
扉の正面──教会の南側に残った者達は、その時が来ない事を願いつつ、配置完了の合図を待った。
一分と待たず、無線機から準備完了の言葉が三度、小さく響いてきた。
緊張を落ち着かせるようにまひるは数回大きく深呼吸をした後、ゆっくりと教会の扉に手を伸ばした。
力を込め、軋む扉を左右に開け放って教会へ進入していく。
聖堂には外観の古臭さはなく、丁寧な掃除が行き届いている事がすぐに理解出来た。
不思議と心地の良い匂いを漂わせる、重厚な木目調の長椅子の間をまひるがゆっくりと歩いていく。
そして三つ目の長椅子の角に手を乗せた時、
「あれ? お姉さん一人なの?」
という子供の声が聖堂内に響き渡り、まひるは足を止めた。
左右に視線を走らせるが、子供の姿は確認出来ない。
その正体を見つけようと再び足を動かし始めた時、突然背後の扉が閉じた。
驚いて振り返るが、扉を閉めた人物の影も形も見当たらない。
「まぁ、いいか。何しに来たの?」
無邪気な子供の声が再び。
ゆっくりとまひるが視線を北側に向けると、聖堂の奥にある祭壇の前に二人の少年が立っていた。
どちらも父親の面影をどこかに残した、幼いながらも整った顔立ちをしている。
「ちょっと話を、ね」
まひるは落ち着いた口調で言い、体の正面を子供達に向けた。
リクリとカイはお互いの顔を見合わせた後、不思議そうな表情でまひるに視線を戻した。
「話って、何?」
「人質を解放して欲しい」
前置きもなく、まひるは単刀直入に要望を告げた。
当然、子供達は不満と侮蔑の表情を浮かべる。
しかしまひるは一切動じず、さらに口を開いた。
「要求を呑んでくれた場合、見返りとして──」
先ほど自分が入ってきた扉をまひるは意味深に横目で一瞬だけ見て、
「あんた達の父親を殺した奴等と会わせてあげる」
と、続けた。
まひるの言葉に、子供達は目に見えて明らかに動揺した。
それは驚きであり、歓喜でもあり、嫌悪でもあり、興奮でもあった。
しかしすぐに応答することはなく、子供達は小さな声で冷静に相談を始めた。
その姿は無防備に見えるが、両手には登場した時からずっと大型の拳銃が握られている。
普通の子供ならば持ち上げる事も叶わないそれを、二人は平然とした顔で扱っていた。
その不気味な光景に表情が強張りそうになるのを我慢して、まひるは二人の結論を待った。
そしてまひるが主軸となる足を変えた時、結論が出た様子で二人はまひるに向き直った。
「いいよ。もう用済みだし」
一先ず人質解放の要求が通り、まひるは内心で安堵の息を漏らす。
しかし、リクリは不意に視線を背後に向けるとこう言った。
「それに、お姉さんの仲間がもう助けてるようだしね」
一方、裏口から密かに侵入した文は、食堂に集められていた人質達を発見した。
文はすぐに他の突入班に応援を要請し、彼等の安全確保に取り掛かる。
幸いにも全員意識はしっかりとしており、体力の消費と怪我の具合も心配するほどではなかった。
しかし、全員一人で動く事が出来ず、突入班が一人一人肩を貸して教会の外へ移動をさせることになった。
リクリの言葉の意を解する前に、まひるに銃口が向けられた。
「さぁ、早く父さんの仇を呼んでよ」
その口調は今までになく冷たく、同様に双子の表情も冷徹なものとなっていた。
まひるは仕方ないと言った緩慢な動作で、無線機で仲間に連絡をした。
間を置かずに教会の扉が開き、リニク、一葉、ブレイズの三人が入室する。
双子はブレイズの重傷具合に驚いていたが、すぐに冷徹な瞳で三人を見据えた。
銃口は全員に向けられ、狂いなくその頭部を捕捉している。
「誰から死にたい?」
リクリの口の端が歪んだ。
いつ引き金を絞ってもおかしくない状態である。
「まず、私達の話を聞いて下さい」
一葉が発言した直後、彼女の足元が爆ぜた。
威嚇射撃にしてはあと数ミリずれていれば彼女の脚を貫いていたであろう位置に穴が開いている。
「言い訳は聞きたくない。
どうやらお姉さんが一番目でいいみたいだね。その次は誰がいい?」
リクリは次に発言するものがいないか、四人の顔を見回した。
しかし、発言したのは再び一葉だった。
「貴方達の父親の事聞きたければ十分下さい。その後撃ちたいなら撃てば良いです」
再び銃声。
しかし、今度は一葉の足に命中していた。
耐え難い激痛を、奥歯を噛み締めて一葉は必死に我慢する。
「父さんの事を聞きたいだって?
違うでしょ。そっちが『言いたい』んでしょう?」
一葉を支えたいが、下手に動けばさらに被害が増える。
三人も一葉と同じように、奥歯を噛んで我慢するしか出来なかった。
「確かに、私は貴方達の父親を殺した一人です」
倒れたいのを懸命に堪え、再び一葉は言葉を紡ぎ始めた。
今度は彼女の頭部へ、ゆっくりと銃口が向けられる。
「でもそれは、彼が望んだからなんです」
「嘘だッ!」
三度目の銃声。
その弾丸は彼女の頬を浅く裂いたが、その後は背後の壁にぶつかって静止した。
「父さんがそんな事を言う訳がない!」
リクリが一葉を射殺しようと腕に力を込めるが、逆に力み過ぎてうまく狙いがつけられなかった。
「彼は、キメラに寄生されて無差別に人を襲う怪物となりました。
しかし、そのまま自分が人々を傷付ける事を嫌がり、意識のある内に私達に殺してくれるように頼んだのです」
一葉の言葉を消し去るように、四度目の銃声が響いた。
その弾丸は彼女のもう一方の脚を貫き、とうとう自分を支えられなくなって一葉はその場に崩れた。
まるで土下座をするように、膝をついて両手で上半身を支える一葉。
今度口を開けば、間違いなくその頭部を弾丸が粉砕する。
しかし死を目前にした事で、一葉は両足の痛みを麻痺させる事が出来た。
どうせ次の一撃で死ぬなら、今苦しむ必要はない。
一葉は頭を上げ、双子を睨むように視線を向けた。
「ルーベンさんが命を投げ打ってでもしたくなかった事を、何故貴方達がするんですか。貴方達は・・彼の心を冒涜したいんですか!」
その声は、今まで全く認めようとしなかった双子の耳に初めて届いた。
その証拠に、彼女の頭部へ向けられていた銃口が、今はあらぬ方向へ向けられている。
恐れを捨て、リニクも話し始めた。
「原因の根源はもっと他にあります。それに‥‥あなた達の父親に何が起きたか知っていますか?
あなた達が力を得たように、ある存在によって無理矢理狂わされてしまったんです。‥‥リニク達だって本当は‥‥助けたかった‥‥」
相変わらず双子は口を開かないが、言葉は届いているようだった。
明らかに動揺し、銃口が定まっていない。
リニクに続いて、ブレイズも口を開く。
「ルーベンは最後まで支配に抗った。つまり最後までバグアと戦ってたんだよ。
俺の推測だが、アイツが何故傷だらけになってまで戦っていたのか‥‥それは殺された妻の復讐でも金の為でもない。お前達の為に戦っていた筈だ。
胸を張れるお前達の父親であるために、あいつは『人間』として死を選んだんだ!」
一度壁が崩れれば、あとは早い。
双子は銃口を向ける事も忘れ、両手で自身の頭を抱えた。
そして、苦悩の雄叫びを上げる。
「そんな‥‥父さん‥‥父さん‥‥!」
四人は静かに見守った。
現実を知った二人が、きちんと立ち直れるまで。
しかし、ここで予想外の展開を一行は迎えた。
「うわああああああああああああっ!」
自分の中で渦巻く様々な思念や感情の混沌に耐え切れず、双子が持っていた銃口をこめかみに突きつけたのである。
そしてそのまま、感情の波に飲まれるようにして引き金に掛けた指に力を込める。
誰もが駆け出し、その行為を止めようとした。
しかし、間に合わない。
無情にも二発、聖堂に最後の銃声が響き渡った。
だが、放たれた弾丸は双子の銃からではなかった。
驚くべきことに、その弾を発射したのはスコーピオンを構えた一葉であった。
彼女の狙撃は見事に双子の銃を弾き飛ばし、二人の自殺は未遂に終わった。
銃を弾かれた衝撃が効いたのか、まるで頬を叩かれたように双子は呆然として、もう片方の手に握っていた銃を無意識に落としてしまった。
荒い呼吸の後、一葉は告げた。
「私に、人を撃つ銃はないんです。まだ、人なんですから貴方達は‥‥」
それを聞いて双子はその場に膝を着くと、まるで生まれ出でた赤ん坊のように大きな声で泣き始めた。
その姿は歳相応の子供らしさを見せており、一行はもう双子に戦意はない事を悟った。
そして、いつまでも泣き続ける双子に近寄ると、優しく胸に抱いてその頭を撫でた。
双子の泣き声はより一層強くなったが、それはやっと安心できた証拠でもあった。
「どうやら今回、私達の出番はなかったみたいですね」
「そのようですね」
教会の扉脇にある窓から中の様子を見て、楓姫はやれやれといった口調で呟いた。
隣で同じように中を窺ったアグレアーブルが短く同意の言葉を告げる。
その隣で、教会の外壁に凭れたまま、文が笑顔を浮かべていた。
「これで、良かったんですよ」
彼らは既に裏口から負傷者達を救助し、応急手当を済ませていた。
そして何度も聞こえてきた銃声に突入を試みようとしたが、その度に自身を抑止した。
その行為が、命を賭けて説得を行う彼等の意思を無駄にすると考えたからだ。
だから、彼等は仲間を信じた。
本当に危うくなったら助けるつもりだったが、結果として彼等の信頼は功を成した。
遠くから負傷者を運搬するための救急救命艇が近付く音が聞こえ、三人は同時に空を見上げた。
一葉の負傷を心配する幼い二人を必死に説得して、双子には特殊輸送艇で先に本部へ帰還してもらった。
本部へ到着してからも色々とあるだろうが、とりあえず温かいココアにはありつけるだろう。
まひるとの約束を果たすため、ロック・エイプリル(gz0108)は静かにその準備を行っていた。
双子を見送った一行は、乗る間際にカイが振り返って言った言葉を思い出していた。
赤く腫らした目を細め、彼は笑顔を浮かべてこう述べた。
「ありがとう」