●リプレイ本文
「僕のお願いを聞いてくれて有難う。
今日の公演は共に力を合わせて、一緒に最高のサーカスにしよう!」
ヴォール・アルマノイドの言葉に賛同するように、芸人達が一斉に拍手を始めた。
熱い歓迎を受けた傭兵達は、照れ臭く思いつつも、各々の言葉で拍手に応えた。
全員の挨拶が一通り終了すると、ヴォールは注目を集めるために手を叩いた。
「早速だけど、全部通しで練習をしよう。
彼らを交えての共同練習の時間はあまり取れないから、公演までの短い時間で何とか息を合わせて欲しい」
団長の提案に異議を唱える者など当然いる訳なく、「了解〜」や「うぃーっす」や「やりましょ〜」といった返事を団員達は返していった。
無論、それは傭兵達も同じ事で、それぞれの返答を行い、ぞろぞろとサーカス内に入っていく芸人達の後に続いていった。
合同練習を開始して数時間後、サーカスの周辺は明るく彩られ、そこが競合地域である事などすっかり忘れてしまいそうになるほど賑やかとなった。
テントの入り口では化粧を施した道化師や着ぐるみを纏った芸人が入場者を迎え、戦争で疲れ果てた表情を浮かべている人々を見送っていく。
数時間後、再びサーカステントの門を抜ける時にはそれが笑顔に変わっている事を信じて、芸人達は決して笑顔を絶やさなかった。
そして、サーカス開始の報せがテント内に響き渡るのを確認すると、芸人達は自分の演目準備のために慌ててテント裏へ回り込むのであった。
まず円形舞台を包み込んだのは、軽やかで明るい曲調の笛の音だった。
演奏しているのは、舞台の隅でパイプ椅子に座っている道化師の扮装をした朧 幸乃(
ga3078)。
シンプルで派手な衣装ではあったが、大人しく笛を吹くその姿はあまり目立っていなかった。
次に舞台に登場したのは、新人道化師のソラシドだった。
「みなさーん。こんにちはー!」
まるで教育番組のような挨拶をして、一向に返答をしない観客達に眉を寄せる。
「元気がないですねー‥‥。みなさーん。こんにちはー!」
全員とまではいかなかったが今度はちゃんと返答してくれて、ソラシドは満足そうな表情を浮かべる。
その後、これから行う演目の事やサーカス上演中の注意事項などを冗談を交えつつ簡潔に説明すると、円形舞台奥に注意を向け、
「朔月(
gb1440)お姉さーん! ティエンランくーん!」
と、一人と一匹の名前を呼び、それを合図に朔月とティエンランがスポットライトの追跡を受けながら颯爽と登場した。
朔月は巨大な白い犬の着ぐるみに身を包んでいて、可愛らしさと滑稽さを併せ持つその姿に、観客達に早くも笑みが浮かび始める。
ちなみにティエンランというのは朔月が飼っている黒い狼犬の名前で、彼女はテンと呼んでいるらしい。
ソラシドが朔月の紹介を終えた時には朔月が頭を下げ、ティエンランの紹介を終えた時にはティエンランが頭を下げる。
早速観客の興味を引く事に成功し、内心喜びつつ朔月は演目を始めた。
朔月の演目は朔月のジャグリング技術とティエンランのフリスビー芸やドックダンスを合わせた独自の演目であった。
ただ朔月が腕の良さを見せるだけではなく、ティエンランとの連携や協調を合わせる事で舞台全体を使用した大掛かりな芸に発展した。
演目中は一切喋らない朔月の代わりにソラシドが司会や解説を行い、芸の変化に合わせて幸乃が音の強弱や曲調を変えていく。
こうして少人数ながらも協力し合う事により、より一層面白い芸をお披露目する事が出来た。
最後に朔月がわざとジャグリングに失敗したフリをしてスティックを放り投げると、ティエンランがそれを空中で咥えて見事な終了を迎えた。
最初の演目でいきなり盛大な拍手を送られ、これにはサーカス団員達も驚きを隠せなかった。
「これは負けていられないぞ」
同じくその模様を目撃したヴォールがそう零すと、団員達は皆意気込んで次の演目の準備に取り掛かった。
次は、神楽克己(
ga2113)や滝岡海(
gb0746)、サーカス団の道化師達が出演して寸劇を行った。
克己は高下駄を長いズボンで隠し、燕尾服を着て、シルクハットとステッキを装着したひょうきんな手品師を演じた。
空中でステッキが勝手に踊りを始めたり、シルクハットから鳩が飛び出したりする。
それを見た道化師達は自分達も出来ると威張るが、誰一人成功する事はない。
そんな中、海が演じる一際体躯の小さなちびっ子道化も参加しようとするが、他の道化師達は全く相手をしてくれない。
一人寂しく舞台隅で海は克己の真似をし、彼女だけが密かに克己と同じ手品を成功させていく。
無論、他の出演者は肝心な部分を見逃したり、わざと見過ごしたりして、海の偉業に気付く事はない。
最後の手品で克己はわざと失敗し、克己が出来ないならと他の道化師達は最初から諦めた雰囲気で挑み始める。
しかしそこで海が見事手品の成功を果たし、他の道化師達は大変大騒ぎした後、土下座をして彼女に非礼を詫びた。
海はふんぞり返り、克己はそれを見て満足そうに頷いた後、手品で出したボールに乗って舞台奥へと移動していく。
そして去り際にステッキを刀に変化させると、上空に飛ばした刀を鞘で受け止める見事な納刀術を披露して舞台が暗転し、演目が終了した。
短いながらも充分なボリュームを感じさせる寸劇は、会場を再び盛大な拍手で溢れさせた。
その後、二、三演目を挟み、緩やかだった雰囲気がいつの間にか少し張り詰めたものに変わろうとした時。
火絵 楓(
gb0095)がバニーガール姿で人間大砲に挑戦し、火薬量を間違えたのか少し衣装が燃えて露出度多めの状態で空中を舞った。
それも計算の内なのか上手く大事な部分を隠しつつ飛翔し、ネットに包まれて成功を収めた。
この時の歓声は今までのものと少し違ったような気がしたが、結果オーライということで楓は特に気にしない事にした。
サーカスの予定上演時間も半分を過ぎ、いよいよ佳境に入ろうとしていた。
テント内の照明は少し暗くなり、より幻想的なムードを漂わせる音楽が流れ始める。
ゆっくりと舞台奥から姿を現したのは、和服姿で白塗り厚化粧の鳥飼夕貴(
ga4123)と、高下駄を自分の足のように自在に操る克己。
しかし、二人はその時の演目の主役ではなかった。
黙々と舞台中央に移動し、持参した長い棒を真っ直ぐになるように肩に掛け、膝を落として静かに時を待つ。
そう間を置かずに舞台奥から連続後転跳びをしながら派手に登場したのは、マリオン・コーダンテ(
ga8411)だった。
マリオンは銀色のラメの入った白いレオタードを着用していて、そのフィット具合が彼女の肢体の美しさを際立たせていた。
最後にマリオンは後方宙返り半捻りを行い、着地の成功に安堵しつつ観客に向かって礼をした。
まだ演目が始まってもいないのに、観客達は興奮した様子で彼女に大きな拍手を送った。
拍手の波が収まるのを待つ事もなく、マリオンはバーを持って控えていた二人に目配せをする。
二人は頷いてタイミングを計ると、同時にゆっくりと立ち上がった。
二人の人間が支える一本の小さなバーの上に、マリオンが跳躍して着地する。
ロシアンバーと呼ばれるサーカス演目であった。
現在マリオンがそうしているように、小さなバーの上でアクティヴな動きをする芸である。
これはバーの上に留まり続けるバランス感覚だけではなく、バーを支える二人との呼吸も合わさなくてはならない難易度の高い芸だ。
事前の練習量と個人の実力が容易に推察できそうだった。
そんなロシアンバーをマリオンは危なっかしい場面を一瞬足りとも見せる事無く、着実により高度な動きへと変化させていく。
後方二回宙返り一回捻り──通称月面宙返りを終えた時、初めて足を滑らせたような危険な場面を見せた。
しかしそれも一瞬の出来事で、ただ見ているだけの観客は到底気付かなかっただろう。
だがこの時、彼女の表情は真剣そのものであり、決してふざけて足を滑らせるフリをした訳ではない事を証明していた。
初めての些細なミスが彼女の心を蝕み、次の動きへの遅れが生じてしまう。
それでも彼女は懸命に動揺を押し殺すと、更に危険度の高い技に挑戦を始めた。
最後にマリオンは空中で何度も身を捻りながら回転し、舞台の上へと着地して三人同時に観客に礼をして演目を終えた。
次の演目は克己達の寸劇と似ていたが、場の雰囲気は大人しく、どこか危険な香りを漂わせていた。
暗転していた舞台に突如として登場したのはバニーガール姿の風代 律子(
ga7966)と、道化師に扮するヴォール団長だった。
二人は一切言葉を発する事無く、動きだけで感情や思考を表現していく。
ジャグリングやエアリアルリングといった技術を競い合う二人だが、いつも挑発的な律子が勝利を手にする。
ヴォール団長の技術も悪くないのだが、いつも不恰好に終わり、いつも律子に笑われていた。
そんな寸劇も最後にはヴォールが団長としての実力を誇示するように、ジャグリングしようと考えないようなものまでジャグリングして逆転勝利となる。
律子は参ったと頭を下げるが、ヴォールはその肩を叩き、一緒に頑張ろうと体で表現する。
最後は仲直りの握手を握り締め、ヴォールの額に律子が軽くキスをした所で終了となった。
次の演目に移った瞬間、それまでの静かな音楽から情熱的で躍動的な音楽へと一変し、照明の明るさも僅かに変更された。
舞台に現れたのは、アーキラス、幸乃、風花 澪(
gb1573)の三人。
どうやら二人の内一人が敵のスパイという設定らしく、三人な関係や役割を説明しながら演目は進んでいった。
幸乃は最初に登場した時と同じ道化師の格好だったが、その顔の半分はマスクに覆い隠されていた。
澪はフリルの多い黒のドレスを着ていて、アーキラスは西部劇のカウボーイのような闘牛士のような格好をしていた。
最終的に幸乃と澪はそれぞれ舞台の端と逆端の壁に括り付けられ、アーキラスが尋問官として二人にナイフを投げ始めた。
ナイフは二人の近くのものに突き刺さったり、二人の体のすぐ傍に刺さったりしていく。
そして物語はいよいよ大詰めとなり、幸乃がスパイであると判断したアーキラスが彼女に向けてナイフを投擲する。
幸乃は事前の打ち合わせ通り、ナイフが命中する紙一重のタイミングで拘束から抜け出し、アーキラスの背後へと回った。
観客からすれば突然道化師が服を残していなくなり、アーキラスの背後に美しい女性がいきなり現れたと見えただろう。
驚くアーキラスを幸乃が素早く羽交い締めにすると、それまで味方だと思われていた澪が拘束から抜け出し、どこからかナイフを取り出して投げた。
ナイフは見事にアーキラスの心臓に命中──実際には幸乃が受け止めた──して、実は彼こそが敵のスパイだったと明らかになって幕を下した。
アーキラス達の芸が終わると、いよいよサーカスは終盤に差し掛かった。
舞台は地上から空中へと変わり、興奮を誘う音楽から冷静さを表す音楽に転換される。
そうして始まった綱渡りは、芹架・セロリ(
ga8801)とロザリーの美しい共演からだった。
セロリはフリルの付いた翡翠色のレオタードを身に付け、演目前にそれをロザリーに褒められて、かなり上機嫌だった。
だからといって大好きな人との共演を無駄にするほど彼女は愚かではなく、慎重に、ゆっくりと、交差するように綱を渡っていく。
ちなみに交差した瞬間、セロリは心の中で「えーーーーっくす!」と唱えたが、観客が二人が渡り切れるのか心配な様子を見て、それを実際に言う勇気はなかった。
綱を無事に渡り終えてセロリが達成感を味わっていると、隣の綱から飛び移ったロザリーが平気な顔で普通に綱の上を歩いてくるのを見て、ショックを覚えた。
その日最後にして最大の演目は、サーカスのある種定番とも言える演目──空中ブランコだった。
そしてこの危険な演目に参加希望をしたのは、女形の青年夕貴であった。
一人で練習する時間はそれなりにあったが、実際にこの演目で重要なのは仲間との息の合った行動である。
その点で夕貴は合同練習が出来た僅かな間でしか必要な練習が行えず、結局練習中は一度も成功する事はなかった。
ただ、反対側に渡るだけでいい。
最悪でも、反対側の相手が自分の腕を掴んでくれればそれでいい。
いよいよ自分の出番となり、ブランコを握る手に力を込めた時、夕貴はそんな事を考えていた。
そして集中するために雑念を振り払い、反対側の相棒に目配せしてタイミングを視線で告げると、夕貴は足場から飛び出し、宙を飛んだ。
重力と遠心力が夕貴をブランコから離そうとするが、彼は必死にブランコを握り締めてそれに抗った。
だが抵抗を続けたままでは自らブランコを放す際にタイミングにズレが生じてしまい、相棒の手を掴む事が出来ない。
その事で必死に頭を悩ませていた夕貴だったが、演目前、そんな彼に相棒役の空中ブランコの芸人がこう言った。
「あるがままを受け入れ、力を自分のものにすればいい。あとは俺がそれに応える」
今の彼ならばそれを理解できるような気がした。
重力も遠心力も味方にして、仲間のために跳ぶ。
そう考えた途端、ごく自然にブランコから手を離し、虚空に向かって手を伸ばす事が出来た。
それはまだ誰にもどこにも届かず、とても不安定なものだったが、大事なものを掴み損ねる事はなかった。
「よくやったな。夕貴」
相棒はきちんとその働きに応じ、彼の腕を掴み、反対側の足場へと導いてくれた。
あっという間の事で達成感や充実感がいまいち湧かなかったが、彼の瞳は歓喜に濡れていた。