●リプレイ本文
現場に到着した傭兵達は、状況は予想以上に芳しくないと誰もが思ったであろう。
大雨、強風、落雷の三拍子が見事に揃ったその日の天気はまさに最悪という言葉が的確だった。
大粒の雫が荒れ狂う風の影響を受けて、まるで小石をぶつけられているような痛みを全身が訴えている。
周囲は雨が叩きつけられる音で満ちており、それに時折雷の唸る音が混じって、僅かな物音や声は完全に消し去っていた。
ただでさえ雨粒の攻撃で瞳が開け辛いのに、空は暗い雨雲が支配し、無数の雨の弾幕で視界はかなり制限されている。
足元は多量の降水に対処出来ずに水がかなり溜まり、容易に靴の中まで染み込んできていた。
フード付きのレインコートを装着した八人の傭兵達は、そんな天候下で必死の思いで移動し、避難所に辿り着いた。
現在数名が避難所に入って中の様子を調べたり避難民と話をしたりして、残りの者達はその間外で見張りを行っている。
「思ったより、この状況下での行動は厳しいな」
ただ移動しただけで僅かなりとも体力の減少を感じた漸 王零(
ga2930)は、憎らしげに天を見上げながら呟いた。
その際に顔の前に手を翳さなければ目も開けられない事実が、彼を更に苛立たせる。
彼から少し離れた場所では、リュス・リクス・リニク(
ga6209)が周囲の警戒を行っていた。
風はそんな彼女の気を引こうとフードを吹き飛ばしたが、彼女はフードを暴れさせたまま、全く気にならないように警戒を続ける。
「っくしょん!」
リクスの関心を惹く事に成功したのは、盛大なくしゃみをした柊 理(
ga8731)だった。
元々病気がちだった彼は、このように厳しい環境下での長時間の活動に向いていない。
風邪を引かない内にさっさと依頼を終わらせようと思いつつ、心配そうに自分を見るリクスに苦笑を浮かべておいた。
そんな二人の様子を見守っていた王零の前に、赤宮 リア(
ga9958)がやって来る。
「零さん、寒くはないですか?」
「寒くないと言えば嘘になるが、耐えられない程ではない」
「‥‥それは、強がりですか?」
リアの言葉に、王零は少し驚いた顔を覗かせた後、理と同じように苦笑を浮かべた。
クリス・フレイシア(
gb2547)は正面百八十度にゆっくりと視線を向けると、避難所の扉を見た。
雨風が入らないように完全に扉は閉じられており、中の状況を窺う事は出来ない。
内部で行動している仲間を少し羨ましく思いつつ、彼女は警戒任務に戻った。
一方、避難所の中では三人の傭兵が避難民の対応を行っていた。
不安そうにしている少女を見つけた冥姫=虚鐘=黒呂亜守(
ga4859)は、傍に屈んで持っていた子猫のぬいぐるみを差し出す。
「‥‥‥‥」
無言でぬいぐるみをあげようとする冥姫を少女の母親は気味悪く思ったが、少女は喜んでそれを受け取った。
「ありがとう、おねえちゃん!」
「‥‥‥‥」
お礼を言われても冥姫は相変わらず口を開かなかったが、その表情は少し笑っているように見えた。
「それじゃあ、怪我人の方はいないッスね?」
近くで虎牙 こうき(
ga8763)の声が聞こえ、彼女はそちらに目を注いだ。
こうきは避難所の代表者らしき老年の男性と会話を行っており、特に被害がないことに安心していた。
避難所は一時的な仮施設という訳ではなく、元々学校の体育館だったものを補強、改築したものらしい。
おかげで今の大嵐にも耐えているようだが、キメラの攻撃までは防げないと言う。
「そっちは私達が何とかするから、安心して」
二人に歩み寄りながら、まひる(
ga9244)が会話に割って入る。
彼女は念のために避難の意志がないか全員に確認をしていたが、結局誰も避難所を去ろうという者はいなかった。
その事情は多種多様だが、皆それぞれの思いでこの避難所に固執しているのは明らかだった。
そのためか彼女の表情は少し暗く、どこか残念そうにこうきの瞳には映った。
その後、三人はこれから戦闘がある事や緊急時の避難手順等を説明し終えると、急いで避難所の外へ退出した。
荒天は相変わらずで、見張りをしていた傭兵達は彼らを見ると、やっと作戦開始できる事に喜びの溜め息を吐いた。
「待たせてごめ──」
長時間待機させた事にまひるが謝罪しようとした瞬間だった。
遠くの雷の閃光が眩く一面を白く染め、直後に建物が崩壊する音や獣の雄叫びらしき声が小さいながらも全員の耳に届いた。
落雷にしては、音が鳴るタイミングが早過ぎる。
一行は顔を見合わせると、避難所にリクス、こうき、冥姫、クリスを警護役に残し、王零、まひる、リア、理の四人が音のした方向へと走り出した。
四人が向かったのは、偶然にもキメラの目撃情報が寄せられた避難所南西にある小さな町だった。
現場に駆けつけた四人は、我が目を疑うような光景に遭遇した。
事前に情報を聞いていたとはいえ、実際に目の当たりにすると想像以上に巨大な二頭の熊キメラ。
しかもキメラは後ろ足で立ち上がっており、その巨体はかなり目立っていた。
だがそんな事よりも、もっと四人を驚かせる出来事が存在した。
それは、大型キメラ二頭を一人で相手しようとしている、白水 轟嵐の姿であった。
彼は雨に濡れ、風に吹かれる事も顧みず、上半身裸で巨大な槍を構え、キメラとの戦闘を開始していた。
キメラは移動は遅いが、攻撃は素早く、その破壊力はアスファルトや建物を粉砕している様子を見れば一目瞭然だった。
轟嵐はそれを必死に受け流したり回避しながら、腕や足に槍による攻撃を行っていた。
とはいえ、相手の攻撃に対してかなり警戒しているらしく、思ったように威力のある一撃を打てないでいる。
しばらく呆然とする一行だったが、慌てて現状を再認識すると、頷き合って轟嵐の元へと走り出した。
走りながらそれぞれの武器を構え、轟嵐の周りを囲むように隊列を組んでキメラと対峙する。
轟嵐は突然の加勢驚き、彼らの顔を見渡した。
「久し振りだな」
対立する恐怖の塊に臆す事無く、王零は轟嵐にそう声を掛けた。
「やぁ、轟嵐‥‥あんたとは是非とも一度会ってみたかったんだよ」
王零の反対側で構えたまひるが、その場の緊張した雰囲気にはそぐわない、嬉しそうな笑顔を浮かべて轟嵐に告げる。
「大きい‥‥でも僕達が倒さないと避難所が!」
理は目前の巨体に言葉を失いそうになったが、弱気な自分を奮い立たせるために敢えて大きな声を上げた。
「今、私達の敵は貴方ではありません。避難所の人達を守る為、どうか御協力を!」
遅れて轟嵐の後方に到達したリアが、簡単に状況の説明と自分達の意志を伝え、エネルギーガンの銃口をキメラに向けた。
轟嵐は尚も驚いている表情だったが、突然苦笑を浮かべ、槍を構え直してキメラに狙いを定めると、
「勝手にすればいい。だが、俺の邪魔をする奴は容赦なく斬り捨てるからな」
と、宣言し、協力戦線の姿勢を明らかにした。
轟嵐の言葉に四人は苦笑いで応えると、視線をキメラに戻し、全員臨戦態勢を整えた。
突然に増援に驚いて唖然とする二頭の熊も、向けられる敵意を感じ取ると咆哮を上げ、それが戦闘開始の合図となった。
まずはリアが特殊能力を発動させながら回り込むように移動し、正面右のキメラの側面からエネルギーガンによる攻撃を行った。
エネルギーガンの可視光線が命中して苦痛の声を漏らし、キメラの注意が彼女に向けられる。
「零さん!」
助けを求めるようにリアが大声で王零の名を呼ぶと、彼は右側のキメラの足元まで走り寄り、名刀「国士無双」で右後ろ足を斬った。
その場で武器を試作型機械剣に持ち替え、今度は左後ろ足に刃をぶつける。
結果、立ち上がり続けるのが辛くなり、キメラは倒れるように前足を下した。
その衝撃で町周辺が地震の被害に遭ったように震動し、姿勢を保つのに必死で一行は行動を起こせなかった。
その隙を逃さず、もう一頭の熊キメラが足元の建物を破壊しながら移動し、まひる、理、轟嵐達三人に攻撃を仕掛ける。
前足で三人同時に踏み潰してしまおうと、加速をつけて二足から四足状態へと移行する。
三人は慌てて回避しようとしたが、巨大な熊の前足から逃れる事が出来ず、全員下敷きとなってしまった。
驚く王零とリアにそれは油断だと教えるように、もう一頭の熊が行動を開始する。
まず後ろ足で王零を蹴り飛ばし、次に背中の突起から青白い雷を発生させてリアに直撃させる。
リアは直撃する前に避雷針に出来ないかとイアリスを放ったが、自然の雷と違って指向性を持つ敵の雷撃にその手段は適切ではなかった。
王零は武器による防御を行っていたが、予想を凌駕する攻撃力により、その時背後にあったコンクリートの壁を突き破るほど蹴り飛ばされた。
一瞬にして決着が付いてしまったように見えたが、そう思っているのは二人を排除した熊キメラだけだった。
もう一頭のキメラはいつまでも地面に着かない前足に違和感を覚え、そして徐々に恐怖心が湧き上がり始めていた。
ゆっくりとキメラの前足が浮かび上がり、その下から男女の怒声が聞こえる。
ようやく呑気に構えていたキメラも異変に気付き、何事かと浮いていくキメラの前足に視線を送った。
完全に地面から離れた熊キメラの前足の下には、まひると轟嵐が奥歯を噛み締めながら前足を持ち上げている姿がった。
「今っ!」
まひるが必死の形相で合図をすると、理が前足から急いで抜け出し、もう一つの前足に対して酒涙雨を袈裟に振り払った。
同時にまひると轟嵐が息を合わせて足を上方へ投げ、姿勢を崩されたキメラは横に転がってもう一頭にキメラを巻き込んだ。
再び地響きが起こるが、今度は姿勢を崩される程度ではない。
まひると轟嵐は肩で息をしながら、お互いの馬鹿力を表情で褒め合った。
無論、転倒させた所で戦闘が終了する訳ではなく、当然、のそのそと熊キメラが起き上がってくる。
おまけに負傷した事でキメラの気性が荒くなり、より攻撃的となってしまった。
まひると理が心配そうにリアと王零に視線を向ける中、轟嵐はこの危機的状況を楽しむように笑っていた。
対するキメラは怒りに表情を歪めながら、先に起き上がった一頭が全力疾走で三人に向けて突進を仕掛けた。
三人に避ける体力はなく、その攻撃を受け止め切れる自信もなかった。
しかし彼らは諦めようとはせず、武器を構え、迫り来るキメラの巨体を見据え続けた。
そしていよいよ直撃しようとする寸前、突如としてキメラの顔面が爆発し、その場にいた全員が驚いた。
キメラは激痛に突進を中止し、前足で顔を抑えてその場で立ち上がり、悶え苦しむ。
その光景に唖然とする三人の背後に何者かが接近し、武器を構えた。
そして次の瞬間、三人の体が不思議な温かさで満ちて、消耗していた生命力と体力が回復した。
「遅くなってすいません!」
驚愕の表情で三人が振り返ると、傍にはこうきが地面に機械剣を突き刺してしゃがみ、少し離れた位置ではクリスとリクスが武器を持って立っていた。
どうやら先程の爆発はリクスの弾頭矢とクリスのライフルによる同時攻撃によるものだったらしい。
そして今の三人の回復は、こうきの練成治療によるものだった。
「皆さん、どうして‥‥?」
三人の気持ちを代表して、理が何故ここに来たのか理由を尋ねる。
それに答えたのは、少し遅れてやって来た冥姫だった。
「リアから連絡を受けた」
言いながら彼女が三人に見せたのは、作戦開始前に冥姫がリアから借りた無線機だった。
リアは戦闘になる前に、避難所護衛組に増援要請をしていたのである。
おかげで救われた三名の能力者達は安堵の息を吐くと、キメラの痛がる声を聞いて緊張感を取り戻し、改めて武器を構え直した。
視線を向けてみると、リアも王零も既に立ち上がっており、同じように武器を構えている。
「逆転劇、か。悪くないな」
轟嵐の呟きは誰にも聞こえる事無く、雨音に消された。
倒されたキメラも起き上がり、鼻周辺が負傷したキメラも臨戦態勢となっている。
本格的な戦闘になることを覚悟しながら、一行はキメラ討伐のために一斉に駆け出した。
一時間後、元々瓦礫の多かった町は、ほぼ野原と化していた。
残っていた屋根の低い建造物などは全て崩壊し、破壊され、跡にはただ瓦礫が山を成していた。
最早町と呼称する事も困難なほど跡形もなくなった町中に、巨大な二頭の熊が転がっていた。
それは能力者達が激戦の末に勝利した証であり、キメラの命が終焉を迎えた証でもあった。
当の能力者達は死骸の傍で腰を下ろし、皆満身創痍の様子である。
いつの間にか嵐は過ぎ去り、山の向こうに沈む太陽が周囲を赤く染めていた。
一行はレインコートを脱ぎ捨て、誰一人何も喋らず、ただ時が過ぎるのを待った。
少し離れた所でそれを眺めていた轟嵐は意味深な笑みを浮かべると、自前の槍を杖代わりに移動しようとした。
「待って下さい!」
その背中に、休んでいたはずのこうきが声を掛ける。
轟嵐はゆっくりと振り返り、真っ直ぐにこうきの瞳を見つめた。
こうきは何度か深呼吸をすると、一気に自分の考えをぶつけた。
「前は問いに答えてくれてありがとう。これは俺自身の思いです。
俺は戦争を終わらせるとか大きい事は考えてません。でも、一人でも人を護りたい俺にとっては轟嵐さんもその一人ッス。
俺は力は無いけど、だけど、俺にしかできない事がある。だから俺に出来る事で貴方も護りたい。
だから‥‥俺達と一緒に行きませんか?
軍とかそんなもの関係ないッス。俺、虎牙 こうきは貴方と友達になりたいです。それが俺の思いッス」
驚いて反応出来ずにいる轟嵐へ、こうきに続いてまひるも思いを伝え始めた。
「私ととても似ていて、だけど真逆の選択を選んだ男。
その性格と行動故にその実、絶対的な自己犠牲と献身を理解されない。そして理解を求めない一途で一本気なその心意気。
他の奴はどうだか知らないけど私はあんたにシンパシーと共に、カリスマに近い感覚を覚えるよ。ぶっちゃけると、あんた好きだ」
それに続くように、次々と他の者達も自身の考えを轟嵐に伝えていく。
轟嵐は口を挟む暇もなく、ただ一方的に全員の思いを受け止め続けた。
そして皆話し終わったのを確認すると、轟嵐はゆっくりと口を開いた。
「これだけは言っておく。
お前らが俺の境遇なんかに同情を覚えているなら、それは間違いだ。
何故ならお前らは真実を知らず、『俺達』はそれを隠しているからな」
それだけ言い残すと、轟嵐は背中は向け、「またな」と誰にも聞こえない程小さな声を言っで歩み去った。