●リプレイ本文
「あち〜。誰か冷たい飲み物もってねーか?」
緊張感のない第一声を発したのは、セージ(
ga3997)だった。
彼は服の襟を摘んで動かし、もう片方の手で自身の顔を扇いでいた。
時期的には間もなく雪が降ってもおかしくない頃だったが、場所が場所だけにその兆候は見られない。
まるで夏の最盛期のように周囲の気温は高く、ひどく乾燥していた。
「これをどうぞ」
そう言ってセージにミネラルウォーターを差し出したのは、狭間 久志(
ga9021)である。
彼はこの高温状況を予測し、対策としてミネラルウォーターを持参していた。
本当は自身が飲むつもりだったのだが、目の前で暑そうにしているセージを放っておける彼ではなかった。
セージは礼を述べてミネラルウォーターを受け取り、久志は微笑を浮かべて「どう致しまして」と答えた。
「うわ〜初めての依頼はやっぱり緊張する〜」
その傍らで言葉を漏らしたのは、レイナ=クローバー(
ga4977)。
言葉通り、彼女は今回が初めての任務であり、些か緊張した面持ちであった。
「いざと言う時は頼むよ、セージ」
ポンと肩を叩き、レイナはセージに声を掛ける。
二人は幼馴染だが、傭兵歴はセージの方が長く、実力も彼の方が上回っていた。
幼馴染に頼りにされて嫌な顔をする訳はなく、セージは「任せておけ」と男らしく返した。
「名付けるならば‥‥差し詰めマグ魔人といった所でしょうか?」
少し離れた所では、赤宮 リア(
ga9958)が漸 王零(
ga2930)と話をしていた。
どうやら事前に報告書から敵の特徴を見抜き、分かりやすいように名前を付けているようである。
王零は渋い表情を浮かべ、リアは「ならば」と新しい呼称を考え始める。
結局出発まで話し合った結果、『マグ魔人』で落ち着いた。
「爆発するキメラかあ‥‥まあ、どんな敵であれ全力で散らすまでや!!」
意気込んでいるのは、リンドヴルムを身に纏った鮫島 流(
gb1867)だ。
その隣には周防 誠(
ga7131)が立ち、彼も同じ考えを持っていた。
相手がどんな強敵であれ、それを倒すのが自分の使命。
二人の考えは似通っていたが、その真意はまた別物だった。
誰が言い出す訳でもなく自然と任務開始の準備を整え、一行は活火山の山頂を見上げる。
台形の上辺に相当する部分はギザギザの形を成し、内部で全てを融解させるほどの高温の泉を沸騰させている。
その中に岩の破片が飛び込んでは泉の一つとなり、火口から延々と黒い煙を立ち上らせていた。
「それじゃあ、行きますか」
誰かがそう言い、誰もが従う。
彼等はゆっくりと山頂に向けて歩き始め、少し遅れた終夜・無月(
ga3084)が小さく呟いた。
「皆にいと高き月の恩寵があらんことを‥‥」
しかし空は火口から溢れる煙で僅かに覆われ、それが丁度月の姿を隠す形となっていた。
その様子は何となく不気味であったが、彼等はその事実に気付く事無く足を進めて行った。
火口まで百メートルと言った所まで迫り、いよいよ足場も悪くなってきた。
煙と共に火山灰も巻き上がり、周囲は灰色と肺を焼くような空気で満ちている。
火山の影響か生きた動植物の姿は一切なく、枯れ果てた樹木と絶命した動物の骸が点在していた。
そんな状況下で、一行は目的の相手と対峙した。
火口から昇る煙を背に、まるで溶岩の塊のような人の形をしたキメラが一体、一行を見据えている。
周囲との疑似率が高く、一行は十メートル以内に近付くまでそれがキメラだと誰一人確証を持てなかった。
そうして遭遇してしまった以上、最早真っ向勝負は避けられない。
一行は各々の武器を手に取り、キメラの挙動を見守った。
しばらく棒立ちだったキメラだが、ゆっくりと一歩を踏み出し、一行へ近付こうと歩き始めた。
「今だ!」
セージが合図をし、隠し持っていた照明銃をキメラに向けて発砲する。
他の者達は合図を受けて両目を閉じてその上から手で覆い隠し、尚且つ事前に話し合った作戦通りの陣形へ移動を始めた。
発射された照明弾がキメラの目前で発光し、一時的にキメラの視界を白で染める。
その間に一行は自分の既定位置まで移動し、キメラが視力を取り戻すまでには陣形を整えていた。
前衛と後衛の二組に分かれ、二つの輪の中心にキメラがいるような陣形だった。
まず行動を開始したのは、キメラであった。
周囲を囲まれている事を感知し、一掃しようと自身の内側に密かに力を溜め始めたのである。
そんな事など知らない前衛組は、後衛組に攻撃を仕掛けられまいとキメラとの距離を詰めていく。
王零はペイント弾を装填済みのショットガン20を取り出すと、キメラの顔を狙って引き金を絞った。
同時に後衛組のレイナもアサルトライフルに込めたペイント弾を発砲し、キメラの目潰しを狙った。
二つの弾丸はお互いを潰すような形でキメラの眼前で爆ぜ、顔全体をペイント塗れにする事には成功した。
しかし元々白目を剥いているキメラに狙い通りの効果があるのかは微妙で、現にキメラは全く気にしている様子はなかった。
続いて王零は武器を国士無双と試作型機械剣に持ち替え、キメラに対する近接攻撃を行う。
反応が鈍いキメラは避ける事が出来ず、二太刀を両腕で防ぐので精一杯であった。
だが強固な岩石質の肌を持つキメラには、それで充分だった。
強化された二つの武器は僅かにキメラの両腕の一部を欠損させたが、それ以上の損傷をキメラに与える事はなかった。
一方王零はキメラの防衛本能による無意識的爆発に巻き込まれ、予想以上の負傷を負った。
「下がってください!」
無月の声を聞き、敵の堅牢さに唖然としていた王零は慌てて後ろに跳んだ。
刹那、月詠から放たれたソニックブームがキメラに直撃し、それを追うように真デヴァステイターの弾丸が叩き込まれる。
無意識的爆発が攻撃に答えるように連続し、キメラの全身が煙に包まれてしまう。
無月が冷静にキメラの様子を窺っていると、煙が晴れると同時に灼熱の爆炎が彼に向かって飛来した。
慌てて回避しようとするも足場の悪さが不幸を呼び、防御も出来ず炎に包まれてしまう。
その様子を見て仲間の仇を討つように、セージがキメラに向けて駆け出した。
「敵を断つのは力に在らず、技に在らず、刃に在らず。斬ると決めた心の在りよう――即ち覚悟」
機械剣αを構え、キメラとの距離があと僅かの所まで迫ると、彼は紅蓮衝撃を発動させ、剣を握る手に更に力を込めた。
「無神流――『紅葉』」
直後に流し斬りを発動させ、セージの渾身の力を込めた一撃がキメラの右側面に直撃する。
今度は防御が間に合わず、キメラはまともにセージの攻撃を受け、数歩後退した。
しかしセージもキメラの無意識的爆発を喰らい、数歩後退してしまう。
幼馴染のピンチを救おうとレイナがアサルトライフルを撃つが、その弾丸がキメラに辿り着く事はなかった。
攻撃が及ばずともキメラはその射手を特定し、反撃の爆発弾を彼女に向けて放つ。
攻撃の反動で動けずにいた彼女だったが、横から跳んで来た誠によって寸での所で回避する事に成功した。
誠はレイナを抱えて数回転がった後、すぐに身を起こして拳銃による攻撃をキメラに行う。
同時に久志が駆け出し、誠にキメラが攻撃を仕掛けるのを防いだ。
「一撃必殺といかないまでもね!!」
持ち得る全ての特殊能力を同時発動させ、久志は蛍火と氷雨による連続攻撃を行った。
一太刀浴びせる毎に高速で移動し、無意識的爆発を追い風にして更に加速と攻撃を行う。
キメラはあまりの高速技に防御する事も儘ならなかったが、反撃の意志が潰えた訳ではなかった。
久志の軌道を本能で読み取り、無意識に手を伸ばす。
その手が久志の胸倉に掴む事に成功すると、久志の顔は驚愕に満ち、キメラは僅かに口の端を歪めた。
もしこのままキメラに爆発をされれば、久志の体が如何に常人を卓越した強靭さを持ち合わせているとしても、爆散してしまう事は間違いないだろう。
腕にエネルギーが溜まりつつあるのを悟りながら、久志は具体的な死に直面するという恐怖を味わった。
一瞬間を置いて、キメラの腕が爆発する。
しかしそれはキメラの意識的なものではなく、リアが仲間を救おうと洋弓「アルファル」で矢を放った時に発生した無意識的爆発であった。
おかげで久志は無意識的爆発を零距離で直撃する羽目になったが、五体満足でキメラの拘束から脱出する事は出来た。
久志が離れたのを見届けて、リアは弾頭矢を数発、キメラに発射していく。
自身の無意識的爆発に加えて弾頭矢の爆裂する煙も加わり、キメラは無月の時よりも大量の煙で覆われた。
リアは無月の時の敵の反撃を思い出し、すぐに横に移動した。
読み通り、煙を掻き消すように爆発弾がリアが先ほどまでいた場所を通過し、遥か後方で大きな爆発を起こした。
キメラはリアが攻撃を回避したのを知ると、苛立たしげに表情を歪め、溜まりに溜まった内部のエネルギーを一気に放出しようとした。
もし今周囲十メートルを巻き込む強烈な爆破をされたら、怪我をして回避出来ない仲間が範囲内に残ってしまう。
周囲を破壊するその爆発は間違いなく意識的なものであり、その威力を想像して何人かが戦慄した。
その事実を知ってか知らずか、キメラは自身を中心とした巨大な爆発を起こそうとする。
キメラの内側から光が溢れ始め、誰もが絶望を感じていた時、その光に飛び込んでいく一つの影があった。
「このっ‥‥吹っ飛べええぇぇ〜!!」
竜の翼で急速接近を行った流は、加速に竜の咆哮を乗せ、同士討ちの覚悟でキメラに強力な体当たりを行った。
破壊する事で頭がいっぱいだったキメラは流の体当たりに為す術もなく吹っ飛び、一行から五メートルほど離れた所で強烈な爆破を起こした。
その間に怪我人達は少しでも距離を稼ごうと走り出し、彼らを守ろうと流は一番後ろを走行していた。
結果として流だけが爆発による損害を被る事になったが、爆心ほど高威力ではなかったのでリンドヴルムの背面が焦げ、少し火傷を負った程度で済んだ。
一行は荒く息をつきながら、爆発したキメラの様子を見守った。
最後の流の一撃が決定打となり自身の爆発の威力に耐え切れず、絶命した事を願って。
しかし、現実とは無情なものであった。
ゆっくりと晴れていく煙の向こうに悠然と佇む人影を視認し、例外なく一行は恐怖心を覚えた。
そして思い切り奥歯を噛み締めると、誠が大きな声で提案した。
「撤退しましょう!」
突然の誠の言葉に他の者達は驚き、異議を申し立てようとしたが、彼の表情が苦渋のものであると理解すると、抗議の声は喉から上る事はなかった。
改めて一行が忌々しげにキメラに視線を向けると、煙は完全に晴れ、落ち着いた様子でキメラは一行を見返していた。
これ以上戦闘が続けばより多くの重傷者が続出する事を予想すると、今のまま戦闘を続行する事は英断とは言えない。
悔しさに表情を歪めながら、王零は声を上げた。
「撤退する! セージ!!」
王零の言わんとする事を理解し、セージはもう一丁照明銃を取り出すと、再びキメラに向けて発砲した。
最初の時と同じように照明弾がキメラの眼前で発光を始め、負傷者に肩を貸しながら能力者達は急いで山を降りていく。
キメラはそれを追おうと数歩足を進めたが、突然足を止め、能力者達の背中を見守った。
そして彼らと同じように背を向けると、火口に近付くように移動を始めた。
その後、麓まで降りた能力者達は緊急要請を行い、本部に帰還した。
戦闘中は気付かなかったが、火傷を負った者が多く、肺の痛みに喘息状態となる者もいた。
結果としては敗退を規してしまったが、一行は全員無事に戻れた事を喜んだ。