●リプレイ本文
太陽が間もなく最高度に到達しようという時、一行は天端 元の住処にやって来ていた。
元の行方を探す上で何か手掛かりとなるものがあると踏んだからである。
そして見事その推測は的中し、元のものと思われる足跡と、見慣れない大きさの獣の足跡が現場には残されていた。
「鍛冶師か‥‥刀を研いでもらうかな」
ベーオウルフ(
ga3640)は仕事場の様子を眺め、早くも救出した後の算段を行っていた。
しかしそれは彼一人だけでなく、同じような考えの者が他にも数人居た。
「やっぱり十文字槍とかもいいよな‥‥」
カルマ・シュタット(
ga6302)もその一人で、彼は元に武器の製造を依頼しようと考えていた。
その隣に立つ神凪 久遠(
gb3392)も、口にはしないが自分の刀を打ってもらいたいと思っている。
元の仕事場では九条院つばめ(
ga6530)が興味深そうに道具を見て回り、不意に自身が扱う槍を見て、
「この槍も、天端さんの製作だったりして‥‥? だとしたら、日頃のご恩返しと思って頑張らないとっ」
と、救出の意気込みを新たにした。
一方、足跡の傍では風閂(
ga8357)が地面に膝を着き、元の靴の特徴を捉えようと凝視していた。
その傍らでは柿原 錬(
gb1931)がバイク形態のリンドヴルムをセンタースタンドで停め、足跡の続く先を目を細めて見ていた。
少し離れた所では、美環 響(
gb2863)とリヒト(
gb3222)が会話を行っていた。
会話とは言ってもリヒトは口数の少ない人間なので、専ら響が彼に話し掛ける形となっている。
「今回の依頼はスピード勝負ですね。
僕たちが見つけるのが先か。謎の男が見つけるのが先か」
そう言って怪しく微笑む響の言葉に肯定するように、リヒトが黙って静かに頷いた。
それから五分ほど経過して、やっと一行は本格的な探索開始のための準備を始める。
実は元の住居に到着するまでに、一行は四十分も掛けて山道を登ってきたのである。
慣れない山道の移動で既に疲労を覚え、一行は本格的な探索の前に僅かな休憩を行っていた。
特にカルマは重体で、錬はリンドヴルムを装着した状態で登山したのである。他の者達よりも疲労感は大きかった。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
風閂の言葉を受け、準備完了を告げるように首肯する他の者達。
事前に話し合って決めていた二人一組の班に分かれ、足跡を追うように獣道へと歩を進めていく。
その途中で、風閂がボソリと一言漏らした。
「天端殿が無事だと良いのだが‥‥」
それを聞いた彼の相方となるカルマは、特に何も言わず、彼の隣をゆっくりと歩き続けた。
先行して探索を行うベーオウルフとリヒトのペアは、既に道なき道をひたすら元の姿を求めて彷徨っていた。
それは彼らの東で探索を行う錬と響の班も同じで、生い茂る雑草や時折地中から顔を出す木の根に足を取られ、思うように移動する事が出来ない。
彼らの後方ではつばめと久遠が追跡するように歩き、その近くではカルマと風閂が周囲を見渡しながらゆっくりと移動をしていた。
既に太陽は頂点を過ぎ、後は山の向こうに沈むだけとなってしばらく経った頃、ベーオウルフとリヒトが進行方向先に人影を見つけ、仲間に無線で連絡をした。
人影は凭れるように大木に腰掛け、かなり疲労しているのか荒い呼吸を繰り返しているのが胸の動きで察知出来た。
果たしてその正体は捜し求める天端 元か。それとも、彼を攫おうとした謎の男か。
緊張した面持ちで、ベーオウルフとリヒト、錬と響の四人で人影へと近付いていく。
後方では四人を見守るように、つばめと久遠、カルマと風閂が武器に手を掛けて様子を窺っている。
やがて足を滑らせそうになる苔の生えた岩を昇り切った時、四人は人影の正体を知る事が出来た。
大木に倒れていたのは、側面と背面に白髪を残した禿頭でやや肥満体質の、頑固そうな中年男性だった。
山中を走行するには向かわない草鞋を履き、作務衣の上に袖の無い羽織を着て、苦しそうに表情を歪めている。
ベーオウルフは周囲を警戒しつつも急いで男性に近寄り、声を掛けた。
「鍛冶師の天端氏ですね?」
それを聞いた男性は荒い呼吸のまま訝しげに彼の顔を見上げると、ゆっくりと首を縦に振った。
「如何にも。ワシが天端 元じゃ。
‥‥どうやら、ようやく助けが来たようじゃの?」
明らかに「遅いじゃないか」と責め立てるような口調だが、ベーオウルフは嫌な顔一つせず肯定した。
「天端氏を助けるために来ました。
麓にヘリを待機させてあるので、そこまで案内します」
一瞬、元は安堵するような表情を見せたが、すぐに再び顔を渋らせた。
「実は、さっきそこで転んじまって、足を捻ったみたいなんじゃ。
申し訳ないが、肩を貸してもらえんか」
ベーオウルフは仕方なく元の腕を引っ張って体を起こすと、首にその腕を回して一緒に立ち上がった。
反対側をリヒトが支え、周囲の警戒を錬と響が担当する。
元の体にあまり負担を掛けないようにゆっくりと移動を始め、四人は下で待つ者達の元へ向かった。
道中で響は元の横顔を眺めると、
(「バグア側が欲しがる程の技術者ですか。
天端さんの保護を最優先としますが、万が一バグア側に渡るような事があれば最悪な選択を選ぶ必要があるかもしれませんね‥‥」)
決して口には出さず、内心で密かに可能性と覚悟を考えていた。
第一目標である元の発見を成し遂げた一行は、一度集結して今後の方針を話し合った。
その結果、今まで後方探索組だった二班を今度は先行索敵班とし、先行探索組だった二班を元の護衛として役割変更する事で決定した。
元の疲労と怪我の具合を考慮し、下山は迅速且つ慎重な行動を余儀なくされた。
焦らず、しかし臆病にもならず、細心の注意を周囲に向けたまま一行は山を降りていく。
そうして二十分ほどが経過し、ようやく獣道へと辿り着けた時、前方の木陰から突然人影が出現した。
距離が離れているため顔立ちまでは見えないが、背格好や服装からそれが男であるという事は充分把握出来た。
元はその男の姿を見るや否や、大きな声を上げ始めた。
「あやつじゃ。あやつがワシを攫おうとしたのじゃ」
それを聞いて男の正体について粗方の予想をしていた一行はすぐに各々の武器を構え、謎の男に敵意を露わにした。
男はしばらく一行の実力を推し量るように一人一人を眺めた後、ゆっくりと右手を挙げたかと思いきや、それを勢い良く前方に放り投げた。
刹那、男の周辺に並んでいた木々がいきなり粉微塵に粉砕され、その後ろから巨大な猪達が攻撃的な視線を一行に向けて登場した。
鼻をフゴフゴと鳴らし、片足で地面を掻いて今にも突進してきそうな雰囲気である。
元の保護と避難を最優先に考えていた一行だが、ここはキメラを打ち破らなければ先に進めそうにないと考え、本格的な戦闘を覚悟した。
重傷人であるカルマに元の警護を任せ、他の七人が戦闘のための準備を整える。
男は律儀に一行が準備完了するまで見届けると、今一度右手を挙げ、今度はそのままの状態で停止させた。
その腕が振り下ろされた時が戦闘開始の合図であると考え、緊迫した表情でその時を今か今かと待ち望む一行。
しかし不意につばめは違和感を覚え、腕に集中するのを止めた。
改めて猪の数を確認してみると、男の周りには三匹しか巨大猪がいない。
事前報告では四匹であったはずだと思い出すと、つばめは叫ばずにいられなかった。
「奇襲です! 避けて下さい!!」
だがその事実に気付くのは一瞬遅かった。
男は不気味に微笑み、同時に腕を振り下ろした。
それを合図として、男の脇に控えていた三匹の猪キメラが一斉に突進を開始する。
それと合図として、一行の背後に隠れていたもう一匹の猪キメラが、リヒトと久遠の間の空間目掛けて突進を開始した。
リヒトと久遠は自分が狙われている事を知ると、慌てて左右に跳躍して奇襲攻撃を回避した。
通り過ぎた猪キメラはしばらく木々を破壊しながら走行した後、すぐに軌道を修正してもう一度爆走を始めた。
結果、受身を終えたばかりのリヒトと久遠に、今度は正面から四匹の猪キメラが距離を詰めてきたのである。
体勢を整える事もできぬまま、二人はただキメラの攻撃に耐えようと奥歯を噛み締めた。
だがあと僅かという所で、猪キメラの狙いは外れてしまった。
仲間達の援護のおかげである。
一匹目のキメラの脇をベーオウルフが屠竜刀で斬り付け、痛みに耐えかねてキメラは軌道を変えざるを得なかった。
二匹目と三匹目は風閂のイアリスと錬のハルバードが脚部を攻撃し、勢いを止める事が出来ずに何度も斜面を転げ回った。
四匹目はつばめが華麗に軸をずらして回避した後に側面をイグニートで突き刺し、速度が落ちた所を響が後方からイアリスを数本投げて止めを刺した。
リヒトと久遠は感謝の言葉を述べながら立ち上がり、再度襲い掛かろうとするキメラに駆け寄って先手を仕掛けた。
リヒトはキメラの横を通り過ぎるように疾風脚で高速移動し、通り抜け際にコンユンクシオによる一閃を放った。
幸運な事にその一撃は弱ったキメラの弱点に命中し、見事二匹目の敵を倒す事に成功した。
一方の久遠は豪破斬撃と紅蓮衝撃を同時発動させた『筧神命流・月墜』なる技を見舞い、こちらも見事三匹目の敵を打ち倒す。
残った一匹は我武者らに一行に向かって突進を行ったが、回避された挙句に全員から返り討ちを貰い、最後は大木に激突して絶命した。
一通り脅威を退けた事に一行が安心していると、いつの間にか謎の男の姿が消えていた。
用心深く周囲を探したり怪しい場所に攻撃を仕掛けたりしてみるが、どうやら男は完全にその場から消失したらしく、何の気配もなかった。
離れた場所で待機していた元とカルマと合流し、一行は再び下山を始める。
今度は邪魔立てする者もおらず、無事に一行は山を降りる事が出来た。
麓のUPC軍のヘリに元を搭乗させる際、つばめは突然あるお願いをした。
「あの、もしお邪魔でなければ‥‥今度、お仕事しているところ、見に行ってもいいでしょうか?」
元は一瞬だけ嫌そうな表情を浮かべるが、すぐに思い直し、
「本来ならお断りじゃ。
じゃが、あんたらはワシを助けてくれた。
この恩を返さなければ、ワシはこの先素晴らしい作品を生み出す事はできんじゃろう」
と言い残し、最後に知り合いでも滅多に見ないという笑顔を一行に見せた後、ヘリと共にその場を去ってしまった。
そして、遠くの空に消えたヘリを、山の頂上付近の木の上から、謎の男が不気味に見送っていた事を、誰も知らない。