●リプレイ本文
かつて人々で賑わっていた街は今は見る影もなく崩落し、寂れた空気に包まれていた。
高い建物は破壊され、窓ガラスは全て砕け散り、砂と埃で溢れた風景は『荒廃』という単語を忠実に再現している。
街の中心から北北東にある地下鉄駅を、少し離れた所で八人の人間が見守っていた。
彼らは一般的に『能力者』と呼称される、侵略者の戦力に対抗しうる数少ない人類の切り札の一つだ。
本来ならばその姿は頼もしそうに映るものなのだが、この時ばかりはそうもいかなかった。
何故ならば彼らの半数はひどい怪我を負い、歩く事すらも苦しそうな表情で佇んでいたからである。
今も仲間が心配そうな表情で具合を尋ね、それに一人の女性が返答した。
「勇敢と無謀は違いますから、私も無茶をするつもりはありません。
無事に戻る事を考えています。勿論、やれる事をやった後で・・‥ですけど」
鳴神 伊織(
ga0421)は毅然とした態度でそう話し、痛みを悟られまいと凛とした表情を整える。
その横顔を心配そうに見つめながらも、ナレイン・フェルド(
ga0506)はそれ以上彼女に何も言えなかった。
唯一言、「危険感じたら、すぐ下がってね?」という言葉だけを告げて。
そんなナレインの冴えない表情に気付き、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)がわざとらしい笑みを浮かべ、
「戦う仲間の役に少しでも立ちたいんだ。今回は大目に見てくれ」
と肩を叩きながら安心させるように声を掛けた。
ナレインは少し驚いた表情を浮かべた後、仲間の胸中を察し、笑顔で応えた。
皆、悔しいのである。
戦線に立てず、仲間の役に立てない事が。
それでも足手纏いで終わる訳にはいかず、今の自分に出来る精一杯を尽くす。
それが、能力者としての彼らの誇りであった。
ならば、その行為を邪魔するというのは無粋なものである。
ナレインはそれを悟り、自身の胸に巣食っていた不安を力技で拭い去った。
三人から少し離れた物陰では、ファルロス(
ga3559)が自身を顧みて心境を述べていた。
「‥‥っ、せめてこんな状態じゃなければ!」
そう言って倒れそうになった彼の体を、傍に居た神無 戒路(
ga6003)が慌てて支える。
その様子を見て、八神零(
ga7992)も悔しげに表情を歪めた。
「戦力には加われないが‥‥やれるだけの事はやらねば‥‥」
二人の台詞を受けて、それまで黙っていた戒路がゆっくりと口を開いた。
「貴方達は最善を尽くしてくれればいい。戦闘は俺達に任せてくれ」
何も戦う事だけが能ではない。
怪我をして動けないなら、今出来る事だけをすればいい。
そういう時に頼れるのが、仲間というものではないのか。
戒路の言葉にそういう意味が含まれているように感じ、二人はそれ以上現状に不満を漏らすのを止めた。
そこから更に離れた場所では、虎牙 こうき(
ga8763)と立浪 光佑(
gb2422)が会話を行っていた。
「メタルハート、金属の心か。本当に心までなくなってしまってるのかな?」
「さあな。何にしても、敵も俺と同じ機兵みたいだから楽しい任務になりそうだ」
二人の口調、表情、態度は明らかに対照的である。
こうきは戦う事に僅かなりとも戸惑いを覚えているのに対し、光佑は好戦的で一分の迷いも存在していない。
どちらが正しい訳でもない。
彼らは自分なりの答えと信念を元に行動を起こしている。
言うなれば彼らはどちらも正しく、どちらも間違っているのである。
「さて、そろそろ作戦を始めましょうか」
伊織は懐中時計で現時刻を確認すると、行動開始を一行に提案した。
いつまでも地下鉄へ続く階段から敵が出てくるのを待っている訳にもいかない。
時期を逃せばそれは好機ではなく、危機として全員に降り注ぐ事になる。
伊織の意見に一行は同意見を述べ、地下鉄を警戒しながらも一箇所に集結し、改めて作戦の大まかな流れを確認しあった。
今回彼らが考えた作戦は、仲間の状態を考慮した班分けと内容だった。
まず重傷を負っていない四人が隣の地下鉄から線路沿いに現場まで移動し、その間重傷者達は入り口の監視。
四人が駅構内に到着し、目標と接触をしたら重傷組が階段を降りて駅に侵入。
撤退時に四人が無事逃げ切れるように罠を設置し、重傷組が撤退すると同時に四人が本格的に戦闘を開始する。
事前情報によると敵はかなりの実力者らしいので、果たして四人で事足りるか不安だが、最悪の場合は退却も一行は想定に入れていた。
やはり一番大事なのは自身の命である。
もしここで息絶えてしまえば、生き延びて再び戦いを挑む機会を永遠に失ってしまう事になる。
それだけは決して許す訳にはいかず、一行は再び生きて会う事を約束して行動を開始した。
最も近い隣駅は南に進んだ所に在った。
地下鉄の入り口を示す看板が壊れていたため危うく通り過ぎそうになったが、偶然にも光佑が階段を見つけ、迷う事なく地下へ降りる事が出来た。
戦争の影響で電気は一切通っておらず、当然地下は闇と空気の漂流音のみが鼓膜に届く世界が広がっている。
一行は貸し出し申請によって得た懐中電灯を取り出し、足元を照らしながら慎重に地下の移動を始めた。
下へ伸びる階段を二度降りると、目的のホームに辿り着く事が出来た。
作戦開始前に渡された地図と路線図を取り出して確認を行い、間違いないと判断すると、一行は電車の走る事のない線路の上を移動し始める。
風のうねりがまるで呻き声のように駅構内に響き渡り、不気味な世界により一層の恐怖を演出する。
中間まで移動し、前も後ろも同じような景色になると、果たして進む先に終点があるのか怪しく思えてさえしまう。
不安と恐怖に耐えながらひたすら前進を続けていると、風の流れが変化している事に気付き、いよいよ目的地に辿り着けた事を悟った。
軽く安堵感を覚えた後は、敵の姿を探して疑心暗鬼に似た状態で周囲を警戒しながら慎重に歩を進めて行く。
足音を忍ばせずとも索敵のために飛び交う懐中電灯の光で充分目立っているというのに、一行は無意識に一歩一歩に神経を注いでいた。
一行は平行に三つ並んだ線路の真ん中南のトンネルから駅構内に進入し、線路内に敵影がない事を確認すると最寄りのホームによじ登った。
暗闇に包まれているせいで想像よりも広く捉えがちだが、実際には広大と言うほど大きな駅ではない。
再び索敵を行い、こうきが何気なくホームのベンチに光を向けると、巨大な黒い塊が円形の灯りの中に浮かび上がり、思わず驚きの声を上げた。
何事かと仲間が彼の方に視線を向け、こうきは恐る恐るといった様子で灯りをゆっくりと黒い塊のいた辺りへ移動させていく。
次の電車を待つ間ベンチに腰掛けるように、黒い金属の鎧を身に纏った人間がそこに存在していた。
何ともシュールな光景に一行はしばし呆然となるが、それこそが探し求めていたメタル・ハートと呼ばれる敵であると認識すると、すぐに武器を構えて戦闘体勢を取った。
メタル・ハートはそれでも尚無言と硬直を続行していたが、まるで居眠りから覚めたように突然稼動音と光を全身から発し始め、ゆっくりとベンチから腰を上げた。
関節が動く度に金属の擦れる音がするという古典的な効果音はなかったが、行動を起こす度に空気を排出する音や内部で何かが駆動する音が響き、隠密作戦には向かない仕様であることを証明していた。
非常にゆっくりとした動作でメタル・ハートは一行に体の正面を向け、たったそれだけの動作で疲労したように背中の排気口から大きく空気を吐き出した。
懐中電灯の灯りがなくともメタル・ハートの位置を特定可能なほど全身の各部が薄く光っていたが、足場や状況を把握するために電灯を消す事は出来ない。
先手を打つため、牽制を目的とした射撃を一行は行った。
狙わずに撃った弾丸が偶然メタル・ハートに命中する事はあったが、全て分厚い装甲に弾かれ、一瞬足りとも怯む事はない。
むしろ弾丸を受けながらもメタル・ハートは前進を始め、一行との距離を詰めていく。
しかし、それこそが一行の狙いである事にメタル・ハートは気付かない。
メタル・ハートは一つ上の階層に続く階段に背を向け、完全に一行に意識を集中していた。
「作戦を開始する」
無線機の電源を入れるなり戒路は手短にそれだけ伝え、相手の返答を待つ事無く再び無線機の電源を落とした。
戒路からの連絡を受け、地下鉄の入り口で待機していた四人はゆっくりと階段を下り始めた。
階段を降りた先は乗車切符の販売や路線案内図を壁に貼ったフロアで、もう一つ下の階層が地下鉄の乗降場所らしい。
その推測が正しい事を裏付けするように、階下から銃声や戦闘の振動が伝わって来ていた。
慎重且つ迅速にホームへ続く階段前まで移動し、四人は急いで罠を設置する作業に取り掛かった。
まずはホアキンが市販の液体ワックスを階段上からばら撒き、零とファルロスがそれをモップを使用して階段の上半分に塗り込んでいく。
その間に伊織が階段上で手頃なものを見つけ、ロープを強く結んで階段へと引っ張って行った。
これで逃亡時に有利なるような細工は完成である。
重量のあるメタル・ハートでは階段を昇り切る前にワックスに足を滑らせ、かといってロープを使う事も出来ない。
これはおまけにと、零とファルロスがロープで昇ったのを確認してからホアキンはスブロフの入った風船を階下に放り投げた。
それも一つや二つではなく、大量にスブロフを階段下の床に散布しておく。
もし昇ってこようとした際には紙マッチの火を落とし、メタル・ハートを火の海に包もうという計画である。
一通り罠の設置が完了し、階下での戦闘音がかなり激しさを増してきたので、伊織達が早急に撤退しようと一歩踏み出した瞬間だった。
突然階段下の床まで人影が飛んできて、勢い良く階段に叩きつけられて停止した。
驚いた四人は慌てて身を隠し、人影の正体を確認しようと懐中電灯の光を向ける。
そこにいたのは、口の端から血を垂らした光佑だった。
「いい腕してんじゃねぇか‥‥」
最後にそれだけ皮肉を吐き捨てると、光佑は意識を失って床に倒れてしまった。
慌てて四人が救助に向かおうと階段を降りようとするが、階段に向かってくる数人の足音が聞こえ、思わず足を止めた。
しばらくして姿を現したのは、戦闘を担当していた別班の三人だった。
皆多少の差はあれど負傷し、背後を気にしながら階段を昇ろうとしている。
気絶した光佑はこうきが背負い、あとの二人はそれを支援するように後ろについた。
階段の上に呆然とする四人がいる事に懐中電灯の光で気付くと、普段は冷静な戒路が珍しく声を荒げた。
「逃げろ! やつが来る!」
四人はそれがメタル・ハートの事を示しているのだと理解すると、慌てて地上へ続く階段へ移動し始めた。
四人とはいえ、複数の能力者にこれだけの傷を負わせる程の実力を持つ者である。
負傷して満足に実力を発揮できない彼らでは、太刀打ちできる可能性など皆無に近かった。
ワックスに注意しながら戦闘班は階段をロープを使って駆け上がり、光佑を背負ったこうきをナレインに任せて、戒路は階段上で振り返った。
駅の隅々まで響き渡る重量感のある足音を連れて、ゆっくりとメタル・ハートが階段に近付いてくる。
作戦前に受けた罠の説明を覚えていた戒路は、メタル・ハートが階段の一段目まで後僅かという所まで近寄るのを待つと、渡されていたマッチを擦り、小さな種火を投下した。
それは淡い光を闇の中に浮かべながらゆっくりとメタル・ハートの足元に落ち、床に染み込んだスブロフと反応する事で強烈な炎へと変化した。
火炎の海に飲み込まれながらもメタル・ハートは一切怯む事はなく、平然とした様子で立ち止まっている。
効果があるかは分からないが、動きが停まったおかげで逃走に充分な時間は稼ぐ事が出来た。
戒路が満足して自分も逃げようとした瞬間、突然メタル・ハートの右腕が肩ごと胴体から分離し、空中に浮遊した。
それが何を意味するか、先ほどまでの戦闘で嫌と言うほど理解した戒路は、急いでその場に伏せた。
刹那、本体から分離したメタル・ハートの右腕は真っ直ぐに戒路の頭があった空間に突進し、そのままコンクリートの天井に突き刺さった。
回避に成功したからと言って安心する暇もなく、戒路はすぐに体を起こして走り始める。
何故ならば天井に突き刺さった程度で右腕が停止する訳はなく、現に周辺の天井を粉砕して再び右腕は空中を浮遊していた。
右腕は時折振り返る戒路をしばらく残念そうに見送った後、一瞬にして本体の傍まで帰還し、金属の噛みあう音を鳴らして元の位置に落ち着いた。
メタル・ハートは具合を確かめるように自身の右腕に視線を送り、手の平が思い通りに変形するのを確認する。
次に階段上へと消えた能力者達に視線を向け、そのままの体勢で五分近く停止する。
しかし唐突に何かを思い出したようにホームの奥へと歩き始め、最初にメタル・ハートが居たベンチに戻ると、全く同じ位置に腰を下して排気口から大量の空気を放出した。
そして、まるで眠りにつくように全身の光を消灯させて、メタル・ハートは動かなくなった。