●リプレイ本文
そのスーパーマーケットは戦場と廃墟街の中にあっても尚、健在だった。
奇跡としか言い表せないほど戦前の状態のままで残り、今でも営業を続けていても不思議ではない様子である。
しかし、いくら耳を澄ませても、中から賑わいの声が聞こえる事はない。
最早そこは狂気の怪物が彷徨う、最悪の市場と化してしまったのだから。
「大事な店‥‥普通の買い物客として来たかった‥かな‥‥」
綺麗に並べられた棚の商品を見て、楓姫(
gb0349)は小さな声を漏らした。
今すぐ開店しても問題なさそうなほど、店内は整然としていた。
実際には食品コーナーの商品は全て腐敗し、使用期限の切れた薬品などが置かれているのだが、形だけ見れば充分である。
「残念ですが、それはもう叶わない夢ですよ」
隣を歩いていた秋月 九蔵(
gb1711)が彼女の言葉を聞き、冷たく事実を告げた。
しかしそう言う彼の表情はどこか暗く、悲しんでいるようにも見える。
楓姫はその様子を察すると、それ以上何も言わずに商品の一つを手に取った。
それは、賞味期限が数ヶ月前に過ぎた小さなラムネのお菓子だった。
一方、まひる(
ga9244)と彩倉 能主(
gb3618)はこれが任務であるという事を忘れているように、陽気に買い物を楽しんでいた。
最も、楽しんでいるのはまひるがほとんどで、能主は冷静に周囲の警戒や探索を行っていた。
まひるは使用期限の切れていない日用品や『セール中』と掲げられた保存の良い衣服を見つけると、気に入った物を買い物カゴに放り込んで行く。
その動向を横目で見て、能主は自身とまひるの状態を比較して、
(「日向と日陰みたいなコンビですな」)
と、心の中で呟いた。
食品コーナーでは、白鐘剣一郎(
ga0184)が稼動していない冷蔵装置の食品を見下ろして顔を渋くしていた。
店内に充満する腐臭のほとんどは食品コーナーが原因である。
色の変化した肉や魚がパックされているにも関わらず、その悪臭を溢れさせていた。
「そこまでしてでも護りたかったものか」
無意識の内に、剣一郎はそう零していた。
それを聞いた天城(
ga8808)は、悲しげな表情を浮かべる。
「店長さん‥‥またお腹へって倒れないかな‥‥。
あれっ? ‥‥そういえばキメラってお腹すくのかな‥‥?」
天城のしんみりとした口調が一変。素っ頓狂な疑問を唱え、剣一郎は思わず微笑してしまった。
「油断大敵だ。気を引き締めて行こう」
自分を戒めるつもりで剣一郎は言ったのだが、天城はそれを自分が注意されたと思い、慌てて姿勢を正した。
冷凍食品のコーナーでは虎牙 こうき(
ga8763)が、
「改造されてまで護りたい物を護る、ホントに大切に思ってたんだろうな‥‥」
と、ボソリと沈んだ声を出し、
「このアイスはもう食べられないな」
と、液体へと変化したアイスの山を見てサルファ(
ga9419)が残念そうに嘆いた。
一行は正面入り口から堂々とスーパーマーケットに侵入し、既に十分ほど捜索を行っていた。
完全ではないが店内のほとんどを見回ったというのに、未だに報告された怪物の姿はどこにも見られない。
腐臭で嗅覚がやられないようにマスクをしながら、一行は更に捜索を続けた。
ところが、意外な場面で怪物は姿を現せたのである。
「お、六番レジだ」
一通り買い物を終えたまひるがレジコーナーへと向かうと、合計で十台のレジスターが一定間隔で並んでいた。
無論、どのレジにも会計をする係員はおらず、その区画も他と同じように静寂で包まれていた。
まひるは買い物カゴを『6』と掲げられたレジに置き、しばらく様子を見るようにその場で待機した。
やはりどれだけ待とうとも、会計を行う者は現れない。
「すいませーん。レジをお願いしまーす」
間の抜けた大声で、まひるはレジ係を呼ぼうとする。
隣に居た能主は彼女の正気を疑い、蔑みの瞳を彼女に向けた。
『それでキメラが出てくれば誰も苦労しない』
そう能主が言おうとした瞬間だった。
今まで静かだったスーパーマーケット内が突如として僅かに騒がしくなり、車輪の転がる音を響かせて、何かがレジに向かって来ていた。
能主は訝しげに音のする方へ視線を向け、まひるは何故か嬉しそうな表情をしていた。
音が商品棚から飛び出すと同時に、その音の主も姿を現す。
まひるの呼び声に応じてやって来たのは、下半身を買い物カートと融合させた醜い人型の上半身のキメラだった。
カートの前面には鋭利な突起がいくつも生え、上半身は岩のような筋肉をし、顔の形は歪んで原型を留めていない。
「オ゛ギャグ、ザマ゛ァァ‥‥」
キメラは焦点の合わない瞳で二人の姿を捉えると、不気味な声でそう言った。
キメラを見て一言、「失格」と能主は呟き、まひるはポケットに入れていた呼び笛を取り出すと、大きく息を吸い込んでからそれを鳴らした。
騒ぎに身構えていた仲間達はそれがキメラ発見の合図であると察知すると、即座に音のした方向へ向けて駆け出す。
突然の大音量に驚いたのか、キメラは呼び笛にビクリと体を震わせた後、歯を思い切り噛み締めて全身を怒りで震わせ、
「‥‥デン゛ナ゛イ゛、デバ、オ゛ジズガニ゛ィ゛ィィ!」
と雄叫びのような声を上げ、猛スピードで二人に向けて突進を行った。
まひるは右、能主は左に跳んで隣のレジコーナーへと移動し、着地と同時に商品棚に両脇を囲まれ通路を移動し始めた。
キメラは先ほどまでの移動速度が嘘のようにレジを越えた所で百八十度回転すると、再び凄まじい速さで二人に向けて突進を行う。
「思ったより、速い──ッ!」
予想以上のキメラの駆動力に、まひるは思わず言葉を漏らした。
全力疾走する二人とキメラの距離は、一瞬にして埋まりつつあった。
このままでは二人とも餌食になると思い、能主が反転して正面からキメラを受け止めようとした瞬間だった。
突然キメラの頭部の一部が爆ぜ、痛みに苦しそうな声を上げてキメラが車輪を回転数を緩めた。
「大丈夫ですか、母さん!?」
声のした方へ視線を転じてみれば、狙撃銃を構えた楓姫が棚の上から二人を心配そうに見ていた。
どうやら間一髪の所で彼女の銃弾がキメラの頭部に命中し、二人を救った様子である。
「サンキュー、楓姫!」
まひるがお礼を述べ、楓姫は嬉しそうな少し照れたような表情を浮かべる。
しかしキメラが傷口を片手で押さえながらカートの中から銃器らしきものを取り出すのを見ると、慌てて棚を降りようとした。
こちらは間一髪、間に合わなかった。
キメラの銃から発射された弾丸は小さな礫を拡散させ、容赦なく彼女の腕と胴体に食い込んだ。
声を漏らし、崩れるように棚の下へと落下する楓姫。
九蔵が傍で待機していたため、地面に頭から激突する事態は免れる事が出来た。
キメラが傷口を押さえていた手で銃身下部の可動部分を動かしたのを見て、能主とまひるはそれが散弾銃であると理解する。
その銃口が今度は能主に向けられた時、キメラの背後側の通路の先から剣一郎が現れ、
「天都神影流・虚空閃!」
の掛け声と同時にソニックブームを放ち、隙だらけのキメラの背中を攻撃した。
ソニックブームの衝撃でキメラの上半身が前に傾き、さらに攻撃の機会が発生した事を確認すると、棚の影から天城が飛び出して洋弓「アルファル」を構え、強弾撃を発動させた強力な一矢を放った。
天城の矢はキメラの背中に命中し、キメラは痛みに声を漏らしながら体を捻って狙いを付けずに散弾銃の引き金を引いた。
散弾銃が見えた時点で二人とも棚の影に隠れたため、キメラの攻撃は失敗に終わる。
そしてそれを好機を見定め、まひるが行動を開始した。
瞬天速で加速を付けて跳躍し、驚くべきことに敵の懐とも言えるカートの中へ、お尻から突っ込んだのである。
衝撃を感じたキメラが急いで振り返り、カートの中でカメラを構えるまひるを見て驚く。
「スマイル♪」
そう言い放つとまひるはカメラのシャッターを押し、強烈なフラッシュをキメラに浴びせた。
そのまままひるはキメラの散弾銃を奪いたかったのだが、フラッシュで目の眩んだキメラが暴れて銃を振り回したため、仕方なくカートから急いで脱出した。
キメラの振るった銃がまひるの頭頂部を紙一重で通り過ぎ、数本だけ髪の毛を飛散させた。
着地と同時にまひるはショットガンに持ち替え、おまけとばかりに散弾をキメラの胴体に浴びせる。
キメラは早急に目の前の敵を排除するため、再び突進を開始した。
停止した状態からの加速とは思えない速度で二人に迫り、棚の上に逃げる機会さえ与えない。
しかし、能主はこの瞬間をずっと待ち望んでいた。
「正面でないと弾かれるから」
まひるに聞こえるようにそう告げて、能主は竜の鱗を発動させる。
まひるはその言動が何を意味するかすぐに理解したが、止める時間がない事を悟ると、苦渋の表情で棚の上に向けて移動を開始した。
刹那、能主の体にキメラのカートが正面から衝突し、リンドヴルムの装甲を貫いて鋭利な突起が彼女の中身に幾本か突き刺さる。
能主は口から血液の混じった唾液を吐き出しながらも、必死に飛びそうになる意識を押さえつけて、持っていたセリアティスをゆっくりと持ち上げた。
「散‥‥ッ! 牙・断・空」
竜の爪を発動させ、渾身の力を込めて槍をカート目掛けて振り下ろす。
能主のセリアティスはキメラのカートの中央を貫くと、そのまま地面に刃を半分ほど沈め、キメラをその場に縫い付けてしまった。
驚くキメラを他所に、能主は苦笑を浮かべると、
「店内で走っちゃ、危ない」
と言い残し、そのまま後ろに倒れて意識を失った。
両腕で槍の柄を持って真っ直ぐ上に抜けばいいものを、知性の低さ故か、必死にカートを動かして槍を除けようとするキメラ。
当然その姿は滑稽であり、隙だらけであった。
一番遠くにいたこうきとサルファのペアも駆けつけ、棚の後ろに隠れていた剣一郎と天城のペアも通路に姿を現す。
キメラは槍を抜く事に必死で、四人が近寄ってきている事など全く気付いていなかった。
「我が戟に宿るは、修羅の心、我が身に宿るは、強き想い、すべてを断ち切らん、烈斬空!」
自身に特殊能力による身体能力向上を行うと、こうきは機械戟を上段に構えて飛び上がり、カートの淵に着地すると同時に勢い良く振り下ろした。
戟の刃がキメラの上半身に垂直な切り傷を生み、キメラが痛みで暴れるのを予見して、こうきは右の棚の上に跳躍した。
こうきの予測通りキメラは腕を暴れさせるが、既にその範囲に対象は存在しない。
息を付く暇もなく、背後から剣一郎と天城の攻撃が放たれる。
「‥‥天都神影流『奥義』断空牙!」
剣一郎からは全特殊能力を付加させた強烈なソニックブームが、天城からは強弾撃と急所突きを発動させた矢がキメラの背中へと向かう。
キメラにとって不幸中の幸いか、激痛を伴ったものの、二名の攻撃の衝撃よって地面に突き刺さっていた槍が抜けて自由の身となった。
次に攻撃を予定していたサルファはキメラが抜けた槍を持っているのを見ると、慌てて剣身を顔の前に構えた。
直後、キメラは槍をサルファ目掛けて投げつけ、同時に背後へ散弾銃を発射させた。
キメラの怪力に押されてサルファは何歩か後退し、キメラの背中に阻まれて槍が抜けた事を知らなかった剣一郎と天城は、急いで回避したものの僅かに銃弾が掠った。
そのままキメラは散弾銃を排莢し、棚の上のこうきへ銃口を向けて引き金を絞る。
驚いて急いで棚を降りようとした結果、こうきは姿勢を崩して転がるように棚を落ち、そのおかげで散弾が命中する事はなかった。
こうきが棚の向こうへ消えた一瞬後、九蔵が棚の向こうから上半身を出して二丁拳銃をキメラに向けた。
キメラはまだ排莢作業を行っておらず、九蔵を迎撃する事が出来ない。
九蔵は相手が許す限り何発も銃弾を撃ち込んだ。
その内の一発がキメラの片目に命中し、キメラが本格的な痛みの悲鳴を上げる。
止めとばかりに、棚の上に退避していたまひるがカートへ飛び乗り、持っていたショットガンを振り下ろした。
キメラはそれを慌てて自身の散弾銃で受け止めたが、それが間違いであった。
「こっちにはどてっぱらにチェーンソーもついてんだよ!」
まひるの宣言通り、ショットガン下部に設置された小型のチェーンソーが稼動を始め、キメラの散弾銃に衝撃を与えていく。
瀕死の重傷を負ってそれに耐える事が出来なかったキメラは、散弾銃を手放してしまった。
刹那、まひるのショットガンのキメラの首元に滑り込み、チェーンソーの刃がキメラの皮を、肉を、噛み千切った。
「ヴオ゛ォォ‥‥」
キメラはチェーンソーの刃と連動するように体を震わせ、充分だと視認すると、まひるはチェーンソーを停止させてキメラから離れた。
キメラは何度か口をパクパクとさせた後、天井に向けて片腕を伸ばすと、
「ワ゛ダジノ゛‥‥ミ゛ゼェ゛ェェ‥‥」
と最後の呟き、カートに上半身を凭れさせるようにして絶命した。
その台詞を聞いた九蔵は苦笑を浮かべると、こう訂正した。
「違うな、そこは『掃除をしろ、6番レジ』だ」
こうきの練成治療を受けて動けるようになった楓姫は、ラムネのお菓子を持ってレジに向かっていた。
レジに到着すると現金を取り出し、受け取り口にそれを置いて、動かないキメラに振り返る。
「これ‥‥買っていきます‥‥」
相変わらずキメラは動く事はなかったが、構わず楓姫はそれを持って出ようとした。
しかし、正面出入り口を開けようとした時、どこからか風が吹き、
「ありがとうございました」
と聞いたような気がして、楓姫は密かに微笑みを浮かべた。