●リプレイ本文
●知恵比べ
能力者達の練った作戦は次の通りだった。
まず瓜生 巴(
ga5119)、西島 百白(
ga2123)、フェブ・ル・アール(
ga0655)の三名が頂点となる三角陣を作る。
その中央に支援役として篠崎 美影(
ga2512)が入った四名が森の中を堂々と探索する。
後方からの奇襲に備え、サヴィーネ=シュルツ(
ga7445)が四名の後ろを歩いて警戒しておく。
以上五名とは別に、OZ(
ga4015)、リュス・リクス・リニク(
ga6209)、ヴィンセント・ライザス(
gb2625)の三名が班を組む。
前述の一団を本隊とし、後述の三名を別働隊と以降呼称する。
別働隊は本隊の更に後方を追従しながら、本隊の支援や金刃幻妖斎の捜索を行う。
簡単に言えば本隊は囮で、別働隊が作戦の要を握っていた。
敵が囮に惹き付けられている間に別働隊が幻妖斎を見つけ出し、息の根を止める。
完璧とまではいかないが、工夫の凝らされた巧みな作戦だと言えた。
最も、それが幻妖斎に通用すれば、の話ではあるが。
●アヤカシノモリ
森に入った瞬間から、その奇妙な感覚は常に一同を包み込んでいた。
不意に気配を感じて急いで視線を向けても、どれだけ目を凝らして周囲を探しても、何一つ奇妙なものは存在しない。
しかし、ピリピリと肌に直接感じるそれは、間違いなく生物の視線だった。
それも一つや二つではなく、まるで森そのものが生きているかのように、ありとあらゆる角度から複数の視線を感じる。
鬱蒼とした森の雰囲気と交わり、一行は不気味さを感じずにはいられなかった。
一歩一歩踏みしめるように慎重に足を進め、少し進む度に視線を左右に泳がせて敵影がないか確認する。
地道だが、確実性のある団体行動だと言える。
風に揺れる木の葉の音にさえ過敏に反応しながら、一時間ほど経過した時だった。
それまで静寂を守ってきた森が、唐突にその誓いを破った。
明らかに風のせいではない、木の葉の擦れる音。枝の折れる音。微かに響く耳障りな羽音。
巴、百白、フェブ、サヴィーネは全身に一層の緊張感を持たせ、美影はいつでも仲間の援護に回れるように武器を強く握り締めた。
別働隊の三人も周囲に気を配り、敵襲に備える。
故意的な騒音はまるでこちらの動きを察したかのように一瞬にして消え去り、再び森が静けさで満たされる。
しかし先刻までと違い、今度は明らかな生物の気配が周囲に感じられた。
耳を澄ませば息遣いまで聞こえてきそうだが、生憎と耳を済ませた所で仲間の呼吸音くらいしか聞こえない。
緊張で肌を伝う汗には一分の注意も払わず、ただ奇襲と強襲に用心して、一行はその場で敵の登場を待ち続けた。
そしてまるで期待に応えるように、唐突に最初の敵襲が開始される。
●全ては掌の上で
無骨な羽音を響かせながら、最初の襲撃者が飛翔してきた。
現れたのは体長三十センチほどの──従来の大きさと比べて巨大な──白銀色の甲殻を纏ったクワガタムシだった。
木陰から現れたかと思えば真っ直ぐに飛行し、まるで銃弾のように美影に向かっていく。
無論、迎撃体勢を整えていた百白とフェブは逸早くその存在を発見し、スコーピオンを装備していたフェブが先制攻撃を行う。
スコーピオンから発射された弾丸がクワガタの右角を破壊し、そのまま体内を貫通していくと、体外へ飛び出すと同時にクワガタの体が弾けた。
空中で分解されたクワガタは体液と内臓を撒き散らしながら本隊の一歩手前に墜落し、しばらく足を痙攣させ続けた。
明確な殺意を持っての行動ではあったが、その行動には何の理知さも感じられず、一行は少々面を喰らう。
それを油断と判断したのか、今度はムカデ一匹とカブトムシが二匹、草むらから飛び出して襲い掛かってきた。
ムカデとカブトムシの出現位置は対極で、挟み撃ちを仕掛けてきたように思えなくもない。
再び全身に程よい緊張感を持たせ、迎撃を開始する三人。
フェブは再びスコーピオンによる銃撃を行い、巴はエネルギーガンの狙いを定めて発射する。
二者の攻撃はクワガタを再び空中で絶命させ、巴の相手のみ生前の姿のままで地面に落ちるが、僅かに足を動かす事もなかった。
クワガタの死を確認した二人が視線を転じてみると、三メートルはあろう巨大なムカデと百白が戦っていた。
咄嗟に援護をしようと銃口をキメラに向けた巴とフェブだったが、戦況を見極めると武器を下した。
ほどなくしてムカデキメラが倒れ、百白が戦闘に勝利する。
多少手間取る場面もあったが、図体が大きい割りに力強い訳でも利口な訳でもなく、百白の敵にはならなかった。
再び訪れた沈黙に、一行は違和感と不安に苛まれる。
まるで幻覚を見せられているかのように相手の思うがままに行動している事から、『怪師(アヤカシ)』の名が付けられた幻妖斎。
その幻妖斎が組んだ戦略にしては余りにもお粗末で、知性の欠片も感じられない攻撃ばかりである。
苦悩する本陣を目指して、今度は巨大な蝶が三羽、ゆっくりと羽を上下させながら登場した。
しかし動きはかなり緩慢であり、移動速度も遅い。
こちらは後方から不意を突くような形で襲来しているが、それにしては随分と鈍重な兵であった。
サヴィーネは苛立ちをぶつけるようにサブマシンガンを構え、蝶達の羽を無惨な欠片へと変貌させていく。
羽を失って尚更移動力が遅くなった蝶を見下ろしながら弾装を交換すると、サヴィーネは三羽の生命を奪った。
戦闘を開始してから三十分も経たない内に、七匹ものキメラが命を落とした。
一斉に襲い掛かってくればもしかすれば一撃与えられたかもしれないのに、彼らは敢えて別々に攻めて来た。
まるで無抵抗の相手を虐殺しているようで、本隊の人間達は気分が良くなかった。
一刻も早く作戦を終えたいとすら思うようになり、美影が別働隊のOZに無線連絡をする。
この作戦を手っ取り早く終えるには、先導者である金刃幻妖斎を見つけ、抹殺する方法が最善である。
そう判断した上での行動だった。
何度目か声を掛けた時、やっと通信相手からの応答があった。
だが、それは予想していた人物ではなく、全く思い描いていなかった人物からの返事だった。
『残念じゃが、まだまだ御主等は青いのう』
●静かなる爆弾
「ったく、どこにいやがるんだか‥‥」
戦闘を行う本隊を見守りながら、OZは苛立たしげに舌を打った。
本隊後方で支援射撃を行いながらも幻妖斎の姿を求める別働隊は、皆特殊能力の隠密行動を発動させている。
『易々と見つかるはずはない』と、誰もが思っていた。
現にキメラのほとんどが彼らに見向きもせずに通り過ぎ、本隊にのみ攻撃を集中させている。
特にリニクはギリースーツを全身に纏い、背景との違いが一目しただけでは判別がつかない。
しかし、結果として彼らの存在は既に気付かれていた。
それも、森へと入った時点で。
作戦開始前にOZがこんな台詞を漏らしていた。
「レーダーの役割してる奴とかいるんじゃねーか?
常に戦場にいて仕掛けてこない奴とかよー」
何気ない口調ではあったが、仲間達はその意見を重要視して周囲警戒に念を入れていた。
無論、本人もそれは例外ではない。
特に敵へ存在を気付かれないよう心掛けていた別働隊の三人は本隊以上に用心をしていた。
そこまでして何故彼らは存在を知られたのか。
それを説明するには、森へ入った最初の頃まで遡らなければならない。
現在の陣形である本隊と別働隊に分かれる前、一行は全員一丸となって森林探索を行っていた。
しかし進めど進めど敵の気配すら窺えず、チームに分かれて視界を広げる作戦を決行した。
本来ならば奇襲後に分断する予定だったのだが、その兆候が見られないための予定変更だった。
最初はこの突発的な予定の変化に不満と不安を覚えていた一行だったが、結果として敵が姿を見せ始めたので成功だと思っていた。
ただ、こちらの変化に合わせるような敵の変化に違和感を覚えなかった訳ではない。
しかし、それが罠であると気付いた時には既に遅かったのだ。
幻妖斎の姿を探すOZ、本隊に向かうキメラの暗殺を試みるリニク、別働隊の周囲警戒をするヴィンセント。
真っ先に異変に勘付いたのはヴィンセントだった。
傍の茂みが僅かに動いた事を感じ、彼がそちらに視線を向ける。
すると、それまで全く気配すら感じていなかった巨大なテントウムシが彼の手の届く距離まで迫っていた。
反撃と仲間への警告は許されなかった。
テントウムシは瞬きほどの間に彼の胸元に飛びつき、足でしっかりと体を固定した。
同じように突然出現した二匹のテントウムシはリニク、OZを捕獲する。
三人が外そうとテントウムシの体を両手で掴んだ時だった。
「無駄な抵抗は止めておけ。そいつらの束縛は易々とは解かれん。
それに、儂が命令を下せば一瞬にして御主等の体は粉微塵に吹き飛ぶぞ」
低くしわがれた声を発しながら、木陰から老人が現れた。
●遭遇
本隊全員が武装解除を示すと、木の陰からゆっくりと老人が歩み出てきた。
太い眉に厳格そうな顔付きの礼儀正しそうな老男性で、和服の上に羽織を着て、漆塗りの杖をついている。
老人は茶色のソフト帽を取り、禿げ上がった頭でゆっくりと一度だけ礼をした。
「初めまして。能力者の諸君。
儂が今回諸君らの相手を勤めさせてもらった金刃幻妖斎だ」
礼儀正しい自己紹介に間を差すようで踏み止まれたが、これだけは尋ねておかねば、と美影が口を開く。
「私達の仲間は無事なのでしょうか?」
幻妖斎は特に怒った様子もなく「ええ」とだけ答えると、ちらりと背後に目配せした。
彼が出てきた木陰から、OZ、リニク、ヴィンセントが続々と現れてくる。
皆武器を所持しておらず、両手を頭の後ろで組み、胸には十センチ程のテントウムシが張り付いていた。
「わりぃ、真っ先に降参しちまった」
「‥‥」
「申し訳ない‥‥」
OZはお気楽な口調で、リニクは目を伏して沈黙し、ヴィンセントは申し訳なさそうに告げる。
仲間の無事を確認して安心するが、やはりその胸元のテントウムシが気になる本隊の人間達。
その視線を読み取ったように、幻妖斎が静かに説明を始めた。
「こやつ等は儂が特別可愛がっておる種類でな。
体内に高濃度の燃焼性体液を保持していて、自爆した際には半径十メートル近くを焼け野原にしてしまうのだよ」
どこか誇らしそうに語るその口調は、やはり聞いていて楽しいものではない。
無言の抵抗とでも言いたげに、能力者達は彼を睨んだ。
「いくら儂を睨んだ所で結果は変わらん。
御主等が儂の掌の上から逸脱する事は叶わなかったのだ」
一度咳払いした後、再び幻妖斎が口を開く。
「さて、御主等もさぞ不思議だろうから、如何にして儂に軍配が上がったか教えてやろう」
それは、明らかな屈辱の宣言だった。
自らを破った相手に、どうして負けたのか延々と説明される。
しかもこちらにそれを拒否する権利はなく、一行は大人しくそれを聞くしかできなかった。
「御主等の考えは良い線を行っていた。
だが、今回はこちらに有利な条件が揃い過ぎておった。
森の地形の把握。それに伴う重要観察箇所の徹底研究。そして、そやつ等の能力だ」
幻妖斎がそう言って杖で指したのは、ヴィンセント、リニク、OZの胸に張り付いたテントウムシだった。
「そやつ等は完全偵察用キメラのため、一切の戦闘能力を保持しておらん。
自爆だけは派手なのは、せめて敵に一矢報いるための措置だ。
‥‥その代わり、御主等もよく知る能力をそやつ等は持っておるのだよ」
意味深な幻妖斎の笑みを見て、ヴィンセントは頭の中で構築していたいくつもの仮説から答えを導き出した。
「『隠密行動』、ですか‥‥」
ピクリと片眉だけ動かした後、幻妖斎はヴィンセントの顔を見ながら満面の笑みを浮かべる。
「それ程の洞察力と推理力があれば、今後は飽きずに済みそうだな。
次回はもう少し対等な条件で戦おうではないか」
幻妖斎は一通り話し終えた後、苦しそうにしばらく咳き込み、そしてゆっくりと口を開いた。
「今回の儂の目的は情報収集だ。
その目的は達成された。もうこの地にも御主等にも用はない」
それだけ一方的に言うと、幻妖斎はゆっくりと移動を始め、森の奥へと進んで行った。
「悪いが、儂が安全な場所に避難するまでそいつ等は付けたままにさせてもらう。
追跡しようなどと考えるな。儂とそいつ等は一心同体。すぐにでも起爆させられるぞ」
敵が森の奥に姿を消す様子を見守りながら、能力者達は一歩も動けずに悔しさを噛み締めていた。
やっとその制限が解除されたのは、頭上に巨大なトンボが来襲してきた時のことだった。
トンボが尾の先から球体を一行の中央へ射出すると、球体は地面に触れた瞬間に大量の煙を発生させ始め、一瞬にして能力者達は煙幕に飲み込まれてしまった。
それが晴れた頃にはすっかり太陽が沈みかけ、いつの間にかテントウムシが消失していたのであった。