●リプレイ本文
●炎の村
沈む太陽に負けないくらい、その村は赤く染まっていた。
燃え尽きた家屋が炭の塊となって至る所に点在しているが、未だ炎は村全体を覆っている。
おかげで村周辺は異常な熱気で溢れ、傭兵達は近付くだけで発汗を禁じ得なかった。
「炎獄‥‥か」
村の様子を眺めて、メビウス イグゼクス(
gb3858)は小さく呟いた。
彼の言葉を聞いた誰もが、その感想を否定しなかった。いや、できなかった。
炭となって地面に転がっているのは何も木材ばかりではない。
村に住んでいたのであろう、老人か若者かも判別できない焼死体が所々に横たわっている。
崩れた家の隙間から覗く手足もあり、恐らく正確な死者数は確認できる数を上回るだろう。
現実離れした凄惨な現場の状態に、傭兵達は自身の表情が強張るのを感じた。
どれだけ戦場を駆け、修羅場を潜り抜けても、この感覚が消失することはない。それが自身の人間らしさなのかと思うと、思わず苦笑を浮かべる者さえいた。
炎を見つめながら無言で思考を働かせ、時枝・悠(
ga8810)は何故シスルがこうも残虐に豹変したのか理解出来なかった。
彼女だけではない。シスルを救出した時にいた他の傭兵達も未だ現実を受け止められずにいる。
特に蒼河 拓人(
gb2873)、ティリア=シルフィード(
gb4903)の二名は出来ることならば全てを否定したい気持ちが強い。
しかし、現状を受け止め、歩みを進めることが自分のすべきことだと改めて自身に命じると、弱りかけた炎が勢いを戻した。
そんな二人の様子を心配そうに横目で見守りながら、クリス・フレイシア(
gb2547)は静かにライフルを持つ手に力を入れ直した。
最悪の場合、彼女は全ての汚名を被る覚悟を決めていた。
それは決して彼女が冷酷だからなのではなく、彼女なりの仲間への気遣いだった。
偶然にも、似たような考えを狐月 銀子(
gb2552)も持っていた。
最も、彼女の場合は自分の考えに軽く辟易し、悲しみを覚えていた。
(「澄んだ瞳と純粋な心。あたしはどこで忘れちゃったのかしら‥‥」)
内心で肩を落とす銀子の隣で、リア・フローレンス(
gb4312)と皇 流叶(
gb6275)は互いの救急セットの中身を点検していた。
不備がないことは出発前に既に確認済みだが、いざという時使えなくては話にならない。
何事も怠慢が最悪の事態を引き起こすと知る二人は、最後の確認作業にも熱心に取り組んでいた。
だが門前でいつまでも時間を潰しても、事態は好転しない。
各々の準備や覚悟が整ったことを互いの目を見て確認すると、傭兵達は尽きることのない炎の村へと足を踏み入れた。
様々なものが燃えて交わった臭いはかなり強烈で、おまけに熱気のせいで充分な空気を吸えない。
一同は酸素マスクをしてこなかったことを、少し後悔した。
●炎と少女
村に侵入して十分と経たない内に、シスルを発見する事に成功した。
シスルは村の入り口から進んですぐの場所にある広場の隣、一際大きな家が燃え上がるのを呆然と眺めていた。
シスルを最初に見つけた流叶は静かに手を動かして仲間を招集し、目標の存在を伝える。
拍子抜けな早さで探索終了となったが、誰もが予想外という訳ではなかった。
むしろ、彼女は傭兵達が来る事を望んでいる。そんな予感さえあった。
事前に打ち合わせた通り、彼女に説得を試みたい者達がまずシスルの元へと向かう。
「こういうのは得意じゃないので任せるよ」
「任せます」
「左に同じ」
「僕はここで待機します」
「御気を付けて、だ。危なくなったら、分かっているな?」
悠、クリス、銀子、リア、流叶の五名は即時戦闘が行えるようにして少し離れた位置で待機。
拓人、メビウス、ティリアの三名が説得を行うため、シスルへと近付いていった。
燃え尽きた柱が倒れる音を聞いて意識が覚醒したように、シスルはやっと傭兵達の存在に勘付いた。
ゆっくりと体の正面を歩み寄る三人に向け、かつてと同じ慈愛に満ちた左目で彼らを見つめる。
「シスルちゃん、また来たよ‥‥君の笑顔を見るためにね」
最初に口を開いたのは拓人だった。
シスルは汗で額に張り付いた髪を指で払い、弱々しい笑みを彼に向ける。
それだけならば、どれだけ気持ちは救われただろうか。
非情にも彼女の右目からは蛇が生え、その頭を持ち上げて威嚇するように傭兵達を睨んでいた。
その光景が拓人の言葉を詰まらせ、中々続く言葉が告げられない。
それに業を煮やしたかのように、メビウスが彼女に問い掛けた。
「確認しますが、バグアに洗脳されている訳ではありませんよね?」
敢えて洗脳されていない事を前提として尋ねてみると、シスルはすぐに頷いて肯定した。
「ならば何故、キメラの移植などを望んだのですか」
努めて冷静に、可能な限り優しい口調でメビウスは訊いた。
シスルは黙って左目を動かし、自身の右目から生えた蛇キメラの姿を改めて視認すると、ゆっくりと口を開いた。
「ねぇ、お兄さん。二ヶ月前にこの村で起こった事件のこと知ってる?」
「窺っています」
「そう‥‥。
どういう風に伝わっているのかは知らないけど、でも一箇所だけその情報には間違っている部分があるわ。
きっとアタシは村を救った英雄みたいに描かれていたんだろうけど、実際はその逆なの。
アタシは、この手でこの村を壊すために、あの人達に協力してもらったの」
淡々と語っていた口調が一変。次に口を開いた時、シスルの声は低く唸るようなものになっていた。
「赦せなかった。
おじさんもおばさんも、同じ位の歳の子達も、知らない大人達も。
毎日毎日いじめられて、無視されて、軽蔑されて、同情の目だけ向けられて。
絶対にこの手で復讐すると胸に誓って、毎日を生きていたの。
そしたらあの日、あの人達が現れたの」
先ほどから彼女の言う『あの人達』というのは、恐らく八卦衆のことだろうとメビウスは察した。
今は話を聞くべきだと考え、拓人もティリアも無言でシスルの次の言葉を待っている。
「アタシは復讐の邪魔をされたくなくて皆の前に立ったの。
相手が誰だろうと構わず思い切り睨んだ。
それなのに、そんなアタシの背中だけを見て皆はアタシを英雄だと騒ぎ始めた。
結局皆、アタシのことなんて何一つ分かってくれなかった。
でも、あの人達はアタシの話を聞いてくれた。
この村に来てから初めてのことで、アタシはとても嬉しかった」
不意に、ティリアは八卦衆襲撃時の報告書の内容を思い出した。
シスルが村人達の前に立ち塞がった時に八卦衆が驚いていたのは、その瞳に宿る激しい憎悪を悟ったからなのかもしれない。
そう考えると、彼女の慈愛に満ちた瞳が急に哀れみを浮かべているように感じられた。
「アタシはあの人達にお願いして、復讐するために必要な力をもらった。
元々右目はいじめられてた時の怪我が原因でほとんど見えなくなってたの。
だから、代わりにこの子を住まわせることに特に抵抗はなかった。
最初は違和感があって気持ち悪かったけど、すぐにそれも慣れたよ」
そこで彼女の話は終わり、彼女は最後に大きく息を吐いた。
三人は何か言おうとして、言葉が出なかった。近寄ろうとして、手足が動かなかった。
予感はあった。想像もした。ありえないことではないと考えていた。
だが実際に少女から現実を聞かされると、それはまるで鉛球のように三人の体に重く圧し掛かった。
「どうして、すぐに復讐を果たさなかったの?」
打ちのめされたような感覚を覚えながらも、ティリアは胸に抱いていた疑問を彼女にぶつけた。
「本当はアタシもすぐに皆を殺すつもりだったの。
でもね。戻ってくるなりお祭りみたいに騒いで、皆がアタシのことを大切にしてくれた。
最初、それが嬉しくて復讐なんて忘れちゃってた。
でも、やっぱり皆はアタシのことを理解してくれないままだった。
村で過ごしていく内にそれに気付いて、アタシはやっぱり独りなんだなって思った。
そしたら急にどうでも良くなって、やっぱりこの村を壊すことにしたの」
悪びれる素振りもなく、シスルは抑揚のない口調で全てを語る。
その様子に妙な胸騒ぎを感じながら、ティリアは自ら最後の希望を砕くために質問した。
「寄生したキメラが意識を乗っ取ろうとして、それに抗い切れずにこんな惨劇が起こった訳‥‥じゃないんだよね?」
ティリアの言葉を聞いてシスルは可笑しそうにクスクス笑う。
それは彼女の歳相応の仕草で、もっと違う環境だったら可愛らしく映ったかもしれない。
「最初にそっちのお兄さんにも答えたけど、これはアタシの意志だよ。
アタシが望んでこの子を手に入れて、アタシが望んだからこの村はなくなっちゃったの。
そして、──アタシの望む終わりが来るの」
最後の口調がそれまでと違う事に気付いた時、既にシスルは三人に向かって走り出していた。
今まで静寂を保っていた蛇キメラが奇声を発し、口の端から炎を漏らし始める。
一瞬遅れて事態の変化に気付いた待機組は、慌てて説得組の元へと走り始めた。
その時、説得を試みた三人だけが知る事実があった。
三人へと走り寄ってくるシスルの左目に僅かな悲しみと、口元に微笑みを浮かべていたのだ。
●炎と涙
戦闘と呼ぶほどの時間も規模もなかった。
細長い蛇キメラに向けた傭兵達の攻撃はあっさりとその頭を刈り取り、蛇キメラは絶命した。
だがその折に血液と共に可燃性の体液が噴出し、少女の全身を濡らした。
それこそが少女の狙いだと気付いた時、彼女はもう炎の海の中に居た。
何人かが自らを省みずに炎の中に飛び込もうとするが、キメラの体液によって炎の勢いは増しており、仲間達が慌ててそれを制する。
シスルは全身を炎で焼かれながら、振り返って笑顔を浮かべていた。
その瞳が浮かべているものは何なのか、焔が隠して誰も知る事はできない。
だが、彼女の最後の言葉だけは全員聞くことができた。
「アタシは後悔したくない。
例えアタシがどれだけ酷い事をして、皆に責められたとしても。
これがアタシの望んだことだから、後悔したくない」
次の瞬間、残っていた家具や柱が彼女を覆い隠し、更に炎は勢いを増した。
最早誰も彼女を助けようとする者はおらず、皆ただ呆然と炎を見守り続けていた。
ただ一人、シスルに渡すはずだったリボンを握り締めて、拓人は涙を流していた。