●リプレイ本文
●新たなる『救済者』
腕時計が午後九時を少し過ぎた所を指していた。
周囲は薄暗く、夜光塗料が文字盤に使用されたSASウォッチでなければ、恐らく光源なしに時間を知ることは不可能であっただろう。
三枝 雄二(
ga9107)は数回深呼吸を行うと、隣に立つサンディ(
gb4343)に目を向けた。
サンディは既に準備万端らしく、雄二の視線に気付くと力強く頷いて見せた。
作戦会議の時は自ら囮役を買って出たものの、いざ町に向かうとなると雄二は迷いを捨てきれずにいた。
彼は元々空を愛する戦闘機乗りであり、傭兵となった以降も度々KVに乗っていた。
彼がこうして牧師として活動する機会は珍しく、しかもそれが作戦の要となれば、緊張するなという方が無茶である。
そんな雄二の心境を悟ったかのように、サンディは唐突に自身の心情を語った。
「敬虔な神父を装い、純朴な住民たちを欺き、あまつさえ罪も無い少女の命を奪うなんて、断じて許せない!
一緒に頑張りましょう、ユウジ!」
雄二は驚いた表情でサンディを眺めていたが、彼女の意図に気付くと、
「やれるだけのことは、やってみましょう」
とだけ返答し、ゆっくりと町の入り口に向かって歩き始めた。
足取りから雄二の逡巡が消失したことを知り、サンディも心意気を新たにして彼の後に続いた。
●『神の教え』とは?
雄二とサンディが町の正面入り口広場に入って間もなく、松明を掲げた町民が二人を発見し、仲間に大声で侵入者を知らせた。
忽ち周辺の町民達が集まり、武器を構えて二人を囲んでいく。
それを見たサンディは所持していた剣と盾を地面に置いて害意がないことを表し、雄二は町民達に落ち着くよう諭した。
「警戒しないでください。
私達はあなた達へ危害を加えるつもりはありません。
あなた達へ危害を加えているのは、むしろ神父に成りすまし、あなた達を騙しているロベルトです」
サンディの言葉に、敵意を剥き出しにしていた町民達の瞳が僅かに困惑の色を浮かべる。
それでも中には「惑わされるな」と注意を促し、相変わらず二人に武器を向ける者達も居た。
雄二はサンディと一瞬だけ視線を絡ませた後、咳払いをしてから大きな声で話し出した。
「主はこう仰っています。
『あなた方が信ずる神は、それでよいのか』、と。
私の信じる神は、見返りを求めません。ただ、信じるものを見守ってくださいます」
突然始まった説法にも関わらず、町民達は戸惑いながらも耳を傾けていた。
それこそが、町民達がロベルトの説く『神の教え』を疑っている証拠だと、二人は確信した。
●六つの影
二名を囮として先行させた後、残り六名は外周に沿って作られた塀を乗り越えて町に潜入した。
ドラグーンのアレックス(
gb3735)とナンナ・オンスロート(
gb5838)は装着したAU−KVを解除し、バイク形態に移行させる。
旭(
ga6764)と虎牙 こうき(
ga8763)は各々の武器を取り出し、臨戦態勢を整えた。
時任 絃也(
ga0983)とキリル・シューキン(
gb2765)は、事前にトリストラム(gb0815)が調査してくれた教会の位置を地図で確認しあう。
確認を終えると、絃也とキリルは一足先に移動することを告げて、家と家の隙間の闇に飛び込んで姿を消した。
残った四名もすぐに行動に移り、アレックスとナンナはAU−KVに跨って町の中を疾走。旭とこうきはバイクの通り難そうな道での捜索を開始した。
●四つの丸い瞳
潜入場所から人目を避けて移動すること十分、絃也とキリルは目的地である教会らしき建造物を発見した。
念のために地図の印と見比べても相違はなく、正確な情報を手に入れたトリストラムに二人は心の中で感謝の辞を述べておいた。
「何かあったら連絡する。お互い、任務の達成のために尽力するとしよう」
それだけ言い残すと、キリルは即座に自分の持ち場へ走り出した。
絃也もその後ろ姿を見送ることはなく、事前に考えていた監視ポイントへ移動する。
その後、所定の位置に到着したことを相手に告げた以外は、しばらくお互いに無言で双眼鏡を覗いて監視を続行した。
そこが敵の陣中だとは思えないほど、平和で静かな夜だった。
正面広場で説法を説く二人の声が聞こえてきても良さそうだが、生憎と山から吹く風がそれを邪魔していた。
「信仰する神が違えば神父も悪魔に成り下がるか‥‥」
監視を続けながらぼんやりと今回の事件の粗筋を思い出し、絃也はロベルトに対してそう感想を述べた。
「奴は信仰という名の麻薬の売人だ。放っておくことができん」
常に回線を開いている通信機から、キリルの声が届く。
監視を始めて二十分。
全く動きのない様子に、二人がもしかしてロベルトは不在なのではないかという不安を覚え始めた頃。
旭から絃也に、応援要請の通信が入った。
●巨漢蝙蝠との対決
ロベルトの手駒として町を徘徊するキメラ。
二メートルを超える筋骨隆々の人間の体に、コウモリの頭部を持つ怪物。
その名も『バルクバット(巨漢蝙蝠)』。
ロベルト討伐も大事な案件だが、今回の依頼は町民の安全を優先しているため、まずその脅威を取り除く必要がある。
旭とこうき、アレックスとナンナは、二人一組の小隊でその解決を担当していた。
捜索開始から十五分が経過した時、旭とこうきがバルクバットと遭遇した。
脇にゴミ箱の並ぶ住宅間の路地を移動していたら、進行方向先の曲がり角からゆっくりとバルクバットが姿を現したのである。
先手を譲る訳もなく、旭は小銃を構えると、バルクバットに銃口を向けて引き金を引いた。
少し遅れてこうきが機械戟を地面に突き立て、練成強化による二名の戦闘力向上を図る。
旭の放った銃弾はバルクバットの肩に命中し、悲痛な叫び声を上げさせることに成功した。
だが直後、凄まじい勢いでバルクバットが駆け出し、旭は一瞬にして間合いを詰められてしまった。
続けて、バルクバットが石柱のように太い右腕を振り上げ、旭を狙って振り下ろす。
回避が間に合わないことを悟ると、旭は月詠で攻撃を受け止めようとした。
しかしバルクバットの一撃は予想以上に重く、手足の筋肉が悲鳴を上げ、足下の地面が砕けた。
それでも防御体勢を崩さなかったことは、彼の並ならぬ戦闘能力の証明となった。
「今です!」
旭が言うのと同時に、旭の背後からこうきが飛び出してバルクバットの懐に潜り込んだ。
驚くバルクバットの脇腹に、こうきが機械戟の刃を渾身の力で叩き込む。
機械戟の刃はバルクバットの脇腹を裂き、巨体を後退させるほどの負傷を負わせた。
隙を与えず、旭が豪破斬撃を乗せた月詠を上段に構えて跳躍し、縦に刀を振り下ろした。
旭の月詠はバルクバットの身体の前面を切り開き、致命傷を与えた。
緑色の血液を散らしながら、仰向けに倒れて絶命するバルクバット。
その様子を見届けると、旭はその場に片膝を着いて月詠を杖代わりにして身体を支えた。
すぐにこうきが旭に近寄り、彼に練成治療を施す。
『もしあと一体いたら勝てなかったかもしれない』。
冗談半分本気半分で旭がそう言おうとした時、先ほどバルクバットが現れた曲がり角から、新たにバルクバットが出現した。
さらに、背後の路地の入り口からもう一体バルクバットが登場する。
旭はゆっくりと通信機を取り出すと、絃也に今すぐ加勢して欲しい旨を告げた。
●二人の竜騎士
旭とこうきが交戦を開始した五分後、大通りを並走していたアレックスとナンナにバルクバットが奇襲を仕掛けた。
家の屋根を伝って二人を追跡し、曲がり角で減速した所を上から飛び掛ってきたのである。
ナンナに覆い被さる影に気付いた瞬間、アレックスは迷わず彼女の車体に体当たりした。
突然の衝撃でバランスを崩し、ナンナの車体は予定進路を大幅に外れたが、寸での所で持ち直して転倒は回避した。
驚いて彼女が振り返った時には、アレックスはAU−KVごとバルクバットの巨躯に潰されていた。
しかしバルクバットはそれだけで満足せず、何度もその場で跳んでアレックスの体を踏みつける。
AU−KVを装着していない彼の体には、計り知れない損傷が蓄積されていった。
その光景を目にした瞬間、ナンナは全身が燃え上がるように熱くなるのを感じた。
彼を踏みつける者が何者かは関係ない。それを今すぐ、『排除』する。
単純明快な思考が働き、AU−KVを纏うナンナ。
小銃とイアリスを握り締めて走り出した彼女を止める者は、存在しなかった。
●神の救済代行人
バルクバット殲滅完了の報せを受けて待機していたキリルは、集まった仲間達を見て驚きを隠せなかった。
応援要請を請けて戻ってきた絃也は負傷しており、両脇に彼よりも深手を負ったこうきと旭を抱えていた。
だがそれよりも、ナンナに肩を貸してもらっているアレックスの負傷具合の方が酷かった。
口の端に吐血の跡があり、誰が見ても重傷なのは明らかだった。
説得を終えたらしい雄二とサンディも、驚きの表情を浮かべている。
「説得は‥上手くいった‥‥のか?」
喋るのも辛そうにしながら、アレックスは雄二に尋ねた。
「とりあえずは、全員を家で待機させることにしました。
まだ疑心暗鬼な方が多いですが、それも時間も問題でしょう」
雄二の返答に安心したように微笑みを浮かべ、アレックスは気を失ってしまった。
ナンナはアレックスを教会の正面扉脇に座らせ、心配そうに見下ろす仲間を見上げると、
「私が付いています。
もし神父が正面から逃走を図れば、私が追跡します」
と、一緒に残ることを伝えた。
残りの六名の内、負傷していないのは三名。
戦力に心許なさを感じながら、傭兵達は正面扉を開けて一気に教会内部へと突入した。
教会内部には長椅子が整然と並び、一番奥の壇上には一人の男が立っていた。
丁度雲間から姿を現した光が、ステンドガラス越しに男の顔を照らす。
その男こそ、紛れもないロベルト・“ブラッド”・ヴァイスマンだった。
武器を向け、臨戦態勢を取る傭兵達。
しかしロベルトはゆっくりと一歩踏み出すと、悠長に挨拶をしてきた。
「初めまして。
私は当教会の神父を務めているロベルト・ヴァイスマンです」
俗称の『ブラッド』を名乗らないことから推察するに、どうやら本人は気に入ってないらしい。
「ロベルト神父。主を信じ切れなかった異端者。あなたの信仰は決して認められない」
拳銃を構え、力強い口調で言い切ったのは雄二だった。
だが、それを聞いたロベルトは不思議そうな表情を浮かべ、
「貴方は勘違いをしておられます。
私は今でも主を信じ、敬い、崇めております」
と、返事をした。
「神は人の命を必要としてはいません。
捧げられた少女の命が、神が欲した物だと言うのなら、それは偽りです」
雄二に続いて、サンディがロベルトの『神の教え』を否定する。
だがやはり、ロベルトは心外そうな表情を浮かべ、
「それも誤解です。
彼の少女は自ら神の御使いになることを望み、私はそれを助けただけに過ぎません」
と言うと、少女の冥福を祈り始めた。
その様子をしばらく見守っていたが、痺れを切らしたのか、キリルが銃を構えて口を開いた。
「‥‥やはり私は、聖書よりもマルクスの書物が似合う、か。
神父を撃つというのに罰当たりという意識などない‥‥」
キリルはアサルトライフルでロベルトを狙い、躊躇なく引き金を絞った。
発射された数発の弾丸は目を閉じて祈りを捧げるロベルトに向かって飛んで行き──彼の背後の壁に着弾した。
「「!?」」
その場にいた全員が驚愕し、完全に神父の行方を見失っていた。
最初に気付いたのは、真っ先に攻撃したキリルだった。
いつの間にか彼の懐に潜り込んでいたロベルトが、両手で彼の腹部を押さえていた。
そう認識した次の瞬間には、キリルの体は教会の壁に叩きつけられていた。
慌てて銃口を向けた雄二目掛けて、ロベルトは傍にあった長椅子を蹴り上げる。
雄二の撃った弾丸は長椅子に吸い込まれ、そのまま飛んできた長椅子を受け止め切れずに雄二は転倒した。
次は自分の番だと直感したサンディは、盾を構えてロベルトの攻撃を防ごうと試みた。
だがサンディの眼前で一度停止したロベルトは首を横に振ると、盾ごと彼女の体を拘束して首に噛み付こうと大口を開けた。
彼女の危機を救ったのは、瞬天速で近寄った絃也のエクリュの爪だった。
サンディから離れたロベルトは再び壇上に戻り、何事もなかったかのように祈りの言葉を捧げ終えた。
僅か数秒の出来事で、傭兵達は彼我の実力差を思い知らされていた。
最も、キリルも雄二も、目立つ外傷は一切負っていないが。
「私は神の救済代行人です。
私の邪魔をするということは、即ち神に反逆することを意味します」
相変わらず冷静な口調で、諭すように傭兵達に語りかけるロベルト。
だがステンドガラス越しの光が強くなったことを知ると、途端にその口の端を歪めた。
「今回の作戦で貴方達を全滅させる必要はありません。
誠に残念ではありますが、本日はこれでお別れです」
ロベルトは最後に笑顔を浮かべると、壇上に放置されていた巨大な十字架を片手で持ち上げた。
逃げようとしていることは容易に想像できる。
こうきは最後にどうしても聞きたい事があり、大きな声で質問した。
「あの、何か一つでもいい、貴方を救ったというバグアやその体に変えられた場所について覚えてることがあれば教えてください!」
刹那、傭兵達は足止めのために攻撃したが、ロベルトの行動の方が一瞬早かった。
彼は十字架を振り回して傭兵達の攻撃を防御しながら、背後の壁を一撃で粉砕して教会の外へと姿を眩ませたのである。
去り際にロベルトは一瞬だけこうきを見たが、とうとう何も答えないまま風のように消えた。
傭兵達は教会の外へ急いだが、既にロベルトの気配はどこにも残っていなかった。
その後、ナンナに町中を走り回ってもらったが、結局ロベルトを見つけることは叶わなかった。
●救済された町
ロベルトのいなくなった後、傭兵達は再び町民達を集めて説法を行った。
幸いにも町民達はロベルトの説く『神の教え』からは脱したが、特に宗教に興味を持たない元の状態に戻ってしまった。
その代わり、彼らは口々にこう言うようになった。
「助けてくれて有難う。貴方達こそきっと『神様の御使い』だよ」