タイトル:轟く嵐と静かな天マスター:水君 蓮

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/23 00:57

●オープニング本文


 白水 轟嵐(ハクスイ ゴウラン)が行方を眩ませて半年近く。
 ULTは早期に彼の死亡を決定し、彼の消息を知る者は誰一人存在しなくなった。
 謎に包まれた彼の計画と行動の真意。
 それを解き明かすことは禁忌とされていた。
 轟嵐に関わる情報の隠滅。真実を知る者の抹殺。ULT上層部の暗躍。
 数々の噂が囁かれたが、どれも現実味を帯びないただの空論に過ぎなかった。
 最初は騒いでいた人々も、次第に彼に対する興味がなくなったのか、ついには彼の名前すら忘れ始めていた。
 中には未だに彼に固執する者もいたが、そのほとんどが生存は絶望的だと考えていた。
 その大きな理由として、傭兵ならば誰しもが持つエミタが挙げられた。
 超人的身体能力を授けるエミタは、定期メンテナンスなしでは正常に動作しない。
 それを半年近くも怠れば、逆にエミタが肉体に害を及ぼす可能性すらある。
 おまけに轟嵐は反逆者としてバグアに追われている身。
 いつ命の危険に晒されてもおかしくない状況が、さらに彼の生存確率を低くしていた。
 そうした根拠から、皆轟嵐の存在を忘却の彼方に追い遣ろうと努めていた。
 だが、思いも寄らぬ事件から彼の生存が判明する結果となる。

 日本国内の某都市。
 轟嵐は人々の波に紛れるように何食わぬ顔で街中を歩いていた。
 葉を隠すなら森の中とはよく言ったもので、彼は数日間その街に滞在していたが『追っ手』の姿はまだ見えなかった。
 無論、長居をすればいずれ気付かれ、彼や周囲の人間が損害を被る結果となることは明白。
 それを回避するためにも、轟嵐はその日で街を去る準備を整えていた。
 ところが、突然歩行を停止して照りつける太陽を憎らしげに睨むと、彼は道端のビルに片手をついて休憩を取り始めた。
 顔を伏せていたため歩行者達からは見えなかったが、この時彼は苦悶の表情を浮かべていた。
 多くの傭兵達が予想した通り、エミタが彼の体を蝕んでいたのである。
 本来の機能はほとんど失われ、今の彼は極力戦闘を避けて生活していた。
 彼ならば戦いの末に死ぬのではないかと傭兵達は予想していたし、実際に彼もそれを望んでいた。
 だが、彼にはどうしても倒さねばならない相手が存在した。
 五分ほど微動だにせず苦痛に耐えた後、轟嵐は新たな目的地を目指して移動を再開した。
 だが数歩進むと彼は再び立ち止まり、正面に視線を固定して動かなくなってしまう。
 彼の視線の先には、人波の中にあって一際存在感を放つ男が佇んでいた。
 白のスーツを着こなし、長く伸びた金髪を首の後ろで束ね、眼鏡をかけた端整な顔立ちの男。
 一見するだけでその優秀さと上品さを知ることができ、多くの女性が彼のために振り返っていた。
 その男が、透き通る琴の音のように美しい声で呟いた。
「久し振りですね。轟嵐」
「静天(セイテン)‥‥!」
 それまで金縛りに掛かっていたように動作を停止させていた轟嵐が、その名前を口にすると同時に吠えた。
 驚く街の人々と押し退け、隠し持っていた槍で静天と呼んだ男に斬りかかる轟嵐。
 周囲の絶叫を一切無視して、男は片手で轟嵐の強力な一撃を受け止める。
「このように人の多い所で武器を振り回すのは感心しませんね」
 逃げ惑う人々の気配を感じながら、眼前の轟嵐から視線を逸らさない男。
 轟嵐はいくら力を込めても槍の刃が男に食い込まないことに腹立ちを覚えて舌打ちをした。
 槍を拘束する男の手を退けるべく、轟嵐は鋭い蹴りを放つ。
 男は華麗に後方に飛翔してそれを回避すると、着地の際に微妙にずれた眼鏡の位置を正した。
「やれやれ。貴方は昔から変わらないのですね。相変わらず無茶で乱暴だ」
 息一つ乱さない余裕な男の言葉に、轟嵐はギリッと音が鳴るほど奥歯を強く噛んだ。
 彼らの周りから人はいなくなったが、まだ遠巻きに様子を窺う連中は存在していた。
 男はその姿を確認すると、顔の横で指を親指の付け根に打ち付けて小気味良い音を響かせた。
 刹那、三メートル近くはある全身を鎧で包んだような狼型キメラが四体、彼を囲むように降臨する。
 キメラの四肢は剣のように鋭く尖っており、アスファルトの地面にその刃先を沈めて立っていた。
「申し訳御座いませんが、観客の皆さんにはご退場を願います」
 彼が丁寧に礼をして告げると、即座にキメラが行動を開始した。
 迫り来る怪物に呑気な観客達は再び悲鳴を上げて走り始め、轟嵐と男の二人だけが道路の中央に残った。
「用件は告げずとも理解しているでしょう?
 数年振りの兄弟の再会ですが、ここで息の根を止めさせてもらいますよ。轟嵐」
「望む所だ! 俺の全身全霊の力でお前を破壊してやる!」
 それぞれ構え、睨み合う二人。
 槍を構える轟嵐からは荒々しい炎のような闘気が、素手で構える静天からは静かな水流のような闘気が窺えた。

●参加者一覧

フィアナ・アナスタシア(ga0047
23歳・♀・SN
ユウ・エメルスン(ga7691
18歳・♂・FT
虎牙 こうき(ga8763
20歳・♂・HA
まひる(ga9244
24歳・♀・GP
鬼非鬼 つー(gb0847
24歳・♂・PN
翡焔・東雲(gb2615
19歳・♀・AA
ミルファリア・クラウソナス(gb4229
21歳・♀・PN

●リプレイ本文

 ●轟く嵐と静かな天
「では私は別行動です‥‥。
 準備ができるまで狙撃援護はできないので、準備出来次第至急ご連絡します」
 そう告げると、フィアナ・アナスタシア(ga0047)は早々に仲間と別れて行動を開始した。
 今回の彼女の役目は、援護射撃と仲間への情報提供。
 そのため、まず彼女は区域内にある最も高いビルへ移動する必要があった。
 フィアナを見送る暇もなく、傭兵達は事件発生現場である中央大通りに向けて駆け出した。
 西から東へ真っ直ぐに伸びる道路を放置された車両に構わず進む最中、翡焔・東雲(gb2615)が虎牙 こうき(ga8763)に声を掛ける。
 出発前の彼の言動から、彼女は彼が白水 轟嵐と何らかの関係のある人物だと推測していた。
 彼女の推理は的中。翡焔が頼むと、こうきは快く轟嵐に纏る様々な話を教えてくれた。
 こうきから一通り話を聞いた後、翡焔は独り言のように感想を漏らした。
「なんだか似てるな、沖那と。
 自分で決着つけないと気が済まない‥‥というか、つけたいんだよな。
 まあ、あいつのように素直じゃなさそうだし、下手に手を出すよりまずはキメラの殲滅が先だ」
 それを聞いたこうきは、同意する意見を述べながら胸中で決意を改めていた。
(「どんなことがあっても轟嵐さんは死なせない。たとえUPCに背いても。
 大切な仲間だけはこの身を傷つけようが必ず守る」)
 初めて轟嵐の名が依頼に記された時から彼と関わり続けてきたこうき。
 彼だからこそ、知っている事実が存在したのかもしれない。
 二人の会話が終わると同時に、傭兵達は目的地である中央大通りに到達した。
 家電量販店と飲食店に挟まれた道路の中央で、二つの人影が四体の獣に囲まれて立っている姿が見える。
 その内一方が見知った人間だと知ると、数名が走り出し、残りの者達は慌てて後に続いた。
 対立していたのは、白水 轟嵐と白水 静天という名の二人の男性。
 一見するだけでは類似点など見当たらないが、正真正銘の兄弟だった。
 対峙する二人は傭兵達を一瞥すると、轟嵐は面倒臭そうに顔を顰め、静天は僅かに笑みを浮かべた。
 獣が威嚇を始めたので傭兵達は立ち止まり、ユウ・エメルスン(ga7691)はその姿に注目する。
 全身を鎧のような甲殻で包む四足歩行キメラは、四肢が剣のように鋭い刃物を形成しており、容易にその頑丈さが窺える。
 本来の形とは懸け離れた姿をしているために想像は困難だが、俗称は『剣狼』だった。
「またやけに硬そうなキメラだな。こりゃぁ骨が折れそうだ」
 剣狼の容姿を確認すると、ユウは憎まれ口を叩きながら早速倒すための算段を始めた。
 ミルファリア・クラウソナス(gb4229)も「面倒そうなキメラですわね‥‥」と、呟きながら、脳内で戦闘風景を想像してみる。
「随分、御大層な兄弟喧嘩だなあ」
 呑気な口調で微笑むまひる(ga9244)だったが、その目は一切笑っていなかった。
 その瞳に浮かんでいるのは怒りの色。故に、その笑顔は攻撃的な意味を表現していた。
 静天は無言のまま轟嵐に向けて掌を掲げ、一時休戦を一方的に宣言すると、傭兵達に体の正面を向けた。
 ただそれだけの動作なのに非常に優雅で、傭兵達はまるで人間としての格の違いを見せ付けられているような錯覚を覚える。
「招待されていない者の登場ほど、滑稽で御粗末なものはありませんよ。
 最も、貴方達がやって来ることは最初から想定済みですが‥‥」
 穏やかな表情とは裏腹に、その口調は刺々しく攻撃的で、そしてとても冷たかった。
 それこそが白水 静天という人物の本質だと知ると、傭兵達は躊躇せずに武器を構えた。
 しかし静天は構えを取らず、ゆっくりと首を左右に振る。
「本来ならば私が貴方達を葬るべきなのですが、生憎と今は先約が御座いましてね。
 ですが、質に関わらず、客人に対して無礼を働く訳には参りません。
 貴方達の御相手は、このブレイドウルフ達が務めます。存分にご堪能下さい」
 静天の紹介を受け、上半身を深く沈めた剣狼達が、金属を激しく擦り合わせるような耳障りな鳴き声を上げた。
「私達は前座や露払いをしに来たんじゃないんだぞ」
 鬼非鬼 つー(gb0847)が不満を述べるが、静天は全く表情を崩さず、
「御安心下さい。ブレイドウルフは必ず貴方達の相手を全うしてみせます」
 と、余裕の返答を行った。
 言葉を返せば、それは自分が相手をするまでもないという愚弄の意味が込められている。
 静天の態度に傭兵達は益々苛立ちを覚えたが、事態解決のためにはキメラの一掃を優先させる必要があると判断した。
 いつ誰が攻撃を仕掛けてもおかしくない状況の中、フィアナから配置完了の報せを無線機で受けると、傭兵達は事前に決めた班に分かれて移動を始めた。
 去り際につーが、「人の邪魔をするのが、鬼の仕事でもあるんで、ね」と、静天に必ず戻って来ることを宣告する。
 相変わらず微笑のまま静天が手で合図をすると、鎖を解かれた猛犬のようにブレイドウルフ達が一斉に追跡を開始した。
 中央大通りから傭兵達とキメラが姿を消すのを見届けると、静天は轟嵐に向き直り、眼鏡の位置を修正する。
 轟嵐が下していた槍を構え直す様子を見て、静天は先程とは違う意味の笑みを浮かべた。

 ●剣狼円舞
 中央大通りに残された二人に気を配りながら、フィアナは移動した仲間達の様子をライフルのスコープ越しに見守っていた。
 傭兵達は半数に別れてそれぞれ反対方向に移動し、キメラもそれに合わせるように二匹ずつ彼らを追った。
 結果、傭兵三人に対してキメラ二匹という構成が出来上がる。
 まひる、ミルファリア、こうきの三名は、左右をキメラに挟まれた形で柵に囲まれた駐車場に辿り着いていた。
 駐車場には数台の車が残っていたが、いずれも剣狼によって大小様々な傷が付けられている。
 最早走行不可能な状態のものもあり、持ち主には同情を覚えるしかなかった。
「我らに戦う勇気を、奴らには縛を! 進撃マーチ、そして弱りのノクターン!」
 先手を奪ったこうきは、真っ先に練成強化と練成弱体を同時発動させた。
 練成弱体は二度使用し、両方の剣狼に効果を及ぼす。
 こうきに続いて、まひるが行動を開始した。
 正面に佇む剣狼に向かい、瞬天速を発動させて側面への回り込みを試みる。
 キメラの意識に一瞬の隙を作る事に成功すると、今度は疾風脚を発動させて、上昇したスピードを乗せた強力な蹴りを放った。
 まひるの靴が剣狼の脇腹に接触した直後、突然靴の踵部分が小爆発を起こす。
 踵に装着された小銃が、過負荷という発動キーを得て自動的に発砲を行ったのである。
 虚を突かれた一撃にキメラは怯み、まひるは一気に止めを刺そうとショットガンによる追撃を試みる。
 だが剣狼はすぐに体勢を整えると、まひるの放った散弾を華麗にかわし、逆に身動きの取れないまひるに向かって飛び掛った。
 絶体絶命の危機からまひるを救ったのは、遠心力を上乗せしたこうきの機械戟だった。
 斧状のレーザーが剣狼の右前足付け根を滑り、鋭く伸びた甲殻を切断して剣狼の攻撃を中断させる。
 だが大した損傷は与えられず、剣狼は距離を置くと、すぐに威嚇体勢に戻った。
 一方、ミルファリアも苦戦を強いられていた。
 剣狼の動きが予想以上に素早く、寸での所で全ての攻撃を回避出来てはいるが、攻撃を仕掛ける機会がなかった。
 隙を見つけては一歩を踏み出すのだが、まるで別の生物のように尻尾が動いて真空波を巻き起こし、強制的に手を封じられている。
 拮抗したまま発展しない戦闘に腹立ちを覚えつつも、ミルファリアは冷静に相手の動きを読み続けた。
 同じ頃、つー、翡焔、ユウの三人もキメラと戦闘を繰り広げていた。
 こうき達とは中央大通りを挟んで反対側の路上で、二匹の剣狼と向き合っている。
 最初に行動権を手に入れた翡焔は、攻撃ではなく仲間へ指示を下した。
 指名されたのは、ビルの屋上から三人を見守るフィアナ。
 翡焔は彼女に援護射撃を要請し、フィアナはそれに隠密潜行の効果を加えたスナイパーライフルによる狙撃で応えた。
「銀の狙撃手の腕を見せてあげます‥‥!」
 研ぎ澄まされた感覚がキメラを捕捉し、絶対に命中する自信を持って引き金を絞るフィアナ。
 高所から発砲された弾丸は狙い通り、剣狼の背中に命中した。
 不意打ちを受けた剣狼は驚き、攻撃主を探そうと視線を転ずる。
 その隙を突いて翡焔は即座に剣狼との距離を詰めると、豪破斬撃を行使した二刀の小太刀による斬撃を放った。
 二度もまともに攻撃を喰らう失態を披露した剣狼は、躍起になって翡焔に反撃を試みようとする。
 だが、翡焔はまだ行動権を失っておらず、流し斬りによる回避と攻撃を成功させると、数歩引いて間を空けた。
 仲間内で初めて、剣狼に明確な傷を与えたコンビだった。
 こっちも負けていられない、と、つーが鬼面を脱ぎ捨てる。
「鬼の宴へようこそ」
 宙を舞う鬼面にもう一匹の剣狼が気を取られているのを知ると、ユウは雲隠で斬り掛かった。
 しかし剣狼の機転は早く、ユウの攻撃は前足の刃で受け止められてしまう。
 既に側面へ回り込んでいたつーが鬼金棒を振るおうとするが、キメラはそれに対して軽く尻尾を振って牽制した。
 迫る尻尾を攻撃目的で振り上げていた鬼金棒で受け止め、続けて放たれた真空波を慌てて回避するつー。
 剣狼がもう片方の足で攻撃を仕掛けようとしたので、ユウは競り合いを中断して後方へ跳躍した。
 せめて一矢報いようとユウが放った小銃だけが、剣狼に対してまともな損傷を与える結果となったのは皮肉だった。
 時間にして一分にも満たない戦闘で、傭兵達は全員思い知らされていた。
 静天の豪語は根拠のない戯言ではなく、真に自信に満ちた発言だった、と。
 少しでも油断をすれば即ち自らの痛手となり、少しでも容赦をすれば即ち自らの過失となる。
 眼前の敵は加減を許すほど生易しい存在ではないと認識を改めると、傭兵の多くは行動予定を大きく変更した。
 全力を尽くさねば倒せないなら、その後のことなど考えるべきではない。
 轟嵐と静天の争いは気になったが、余裕を持って二人を見守る余裕などもう存在しなかった。

 ●静天に響く雷鳴
 中央大通りに戻ってきた傭兵達を視認すると、静天は素直に驚きの表情を露わにした。
「これは驚きました。
 まさか、ブレイドウルフ達を討ち破るとは‥‥。
 貴方達の認識を改めると同時に、先程までの対応を謝罪する必要がありますね」
 だがすぐにその表情はいつも通りの微笑へと変じ、傭兵達を不快にさせるサービス精神を忘れない。
 彼と対峙する轟嵐は、帰還した傭兵達に一声掛ける余裕もないほど疲弊していた。
 息は荒く、全身の至る所に傷が生じ、武器である槍を杖代わりにして立ち、膝を着いていないのが不思議なくらいである。
 既に決着は見えたと判断すると、まひるは二人に割って入ろうとした。
 彼女もまた、轟嵐とは馴染みのある人物である。彼を死なせる訳にはいかなかった。
 しかし、それを止めたのは轟嵐だった。
「俺が『勝つ』と信じてんのに、お前は信じねぇのか?
 まぁ、それはお前の勝手だが、手出しは許さねぇ。
 これは俺の戦いだ! 邪魔すんじゃねぇ!!」
 弱った体のどこにそんな力があるのか、轟嵐の一喝はまひるの足を止めるのに充分な気迫があった。
「やぁ、私も仲間に入れてくれないかい?」
 ならば、と、つーが代わりに足を踏み入れようとする。
 まるで飲み屋で酒を注文するような気軽さだったが、邪魔をする気は満々だった。
 それを聞いた轟嵐は苦笑を浮かべ、
「お前、酒が好きなんだろう?
 だったら、男同士の喧嘩を邪魔するなんて無粋な真似は止めな。
 ‥‥酒が不味くなるぞ」
 と、返す。
 確かに無粋だと思うし、酒が不味くなると言われては、つーにそれ以上固執する理由はなかった。
 大人しく引き下がったつーを見て小さく笑うと、轟嵐は杖代わりの槍を構えて自らの足だけで立つ。
 次が最後となることは、震える足を見なくとも本人がよく理解出来ていた。
 戦いを止めようとしない轟嵐に、こうきは涙を流しながら言った。
「轟嵐さん、貴方の願いは聞けません。だって、こんなにボロボロじゃないですか!
 もうこれ以上貴方に傷ついてほしくない。貴方に死んでほしくない。もうこれ以上‥‥大切な、大切な仲間を失いたくない!
 俺にとっては貴方は大切な仲間なんです!」
 それを聞いた瞬間、轟嵐は豪快に笑い出した。
 彼のそんな笑い方を初めて見るのか、正面に立つ静天は意外そうな表情を浮かべる。
 一通り笑った後、轟嵐は涙が溢れて止まらないこうきに顔を向けた。
 その表情は、今まで彼が見せた事のない、とても優しいものだった。
「泣いてるんじゃねぇよ、馬鹿野郎が。
 今はまだ泣く時じゃねぇだろ?
 涙を流していいのは、全てが終わった時だけだぜ」
 轟嵐の言葉に唖然とした後、こうきは懸命に涙を拭き取った。
 まだ少し涙が残っていたが、構わず歪んだ視界で轟嵐を見つめ返す。
 彼は友人として、轟嵐の決着を見届ける覚悟を決めていた。
 こうきの瞳に介入する意志がないことを確認すると、轟嵐は静天に向かって「待たせたな」と詫びた。
 静天は無言で構え、同時に彼の体から青白い電光が発せられ始める。
 それこそが彼が唯一武器として全身に纏う、雷と同等の電撃を放つことが出来る特殊スーツの効果だった。
 雲ひとつない空の下で、小さな雷鳴が響き渡る。
 それが一際大きな音を発した時、弾かれたように轟嵐が駆け出した。
 槍の先を向け、獣の如き咆哮を上げながら突進する轟嵐。
 それを静天は静かに眺め、迎撃の体勢を整えた。
 二人の体が激突した刹那、激しい雷光が傭兵達の目を眩ませた。

 ●奇跡
 静天の拳が、轟嵐の胸の中心に埋まっていた。
 だが轟嵐の槍もまた、静天の胸を貫いていた。
 先程までの疲労具合からは想像出来ない展開に、静天が驚きの表情を浮かべている。
「まさか‥‥!
 この私が、貴方のような、愚劣な者に‥負ける、とは‥‥!」
 それを間近で見た轟嵐は、口の端から鮮血を零しながら笑う。
「これで、俺の『負け』はなくなったな。静、天‥‥」
 それを聞いた静天は、先程までとは違う驚愕を覚え、そして優しい表情に変わった。
 兄が弟に向ける、最も自然な顔だった。
「‥‥フフ。やはり、私達は兄弟なのですね。‥轟‥‥嵐」
 その場に崩れ、まるで眠るように絶命する静天。
 それを見守った後、轟嵐は受身も取らずに仰向けに倒れた。
 最後の瞬間、それまで枷でしかなかったエミタが奇跡の稼動を起こした。
 結果、一瞬だけだが轟嵐の身体能力は飛躍的に上昇し、相打ちという結末を迎える事が出来た。
 それに満足したのか、轟嵐は笑顔を浮かべたまま息を引き取った。