タイトル:絆を示す戦いマスター:水君 蓮

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/10/01 00:56

●オープニング本文


 過去数週間の傭兵達の活躍を纏めた書類に目を通し、男は低く唸った。
 成果は上々であり、完璧主義という訳ではない男にとって、称賛に値する結果である。
 だが、男は腑に落ちない様子で腕を組んでいた。

 男の名は鴉天狗(カラステング)。
 鴉天狗とは元来、日本の伝説に登場する鳥に似た頭部を持つ人型の生物のことである。
 山伏装束を黒い羽毛に覆われた体の上に纏い、背中に翼を生やしていると伝えられている。
 そんな妖怪と同名を名乗る男は、やはり似た姿をしていた。
 鳥のような嘴を持つ頭部は漆黒の羽毛で埋め尽くされ、背中にまでその毛先を伸ばしている。
 全身を包む山伏装束は動き易いように改良が加えられ、邪魔な装飾品は省かれていた。
 袖から伸びる手は羽毛に覆われておらず、ゴツゴツとした岩の如き手を覗かせている。
 連想は容易だが、男は間違いなく人間だった。
 その証拠に、頭部は本物ではなく、特注品のフルフェイスマスクである。
 ただ、毛を引っ張ると痛がったりするため、よく誤解される。
 男はUPC軍に所属する軍人であり、初期から奮戦していた能力者でもある。
 現在は諸事情で前線を退き、傭兵の成長を促す訓練教官を務めている。
 教育方針は『何事も実践で学べ』。
 そのため、無茶な注文をすることが多いが、無理をさせることは少ない。
 尚、名前の人物は公式には存在せず、彼が自称しているのみである。

 鴉天狗は静かに椅子から立ち上がると、UPC本部に向けて歩き出した。
 二メートル近い体躯の彼の歩幅は広く、足が速いことも乗じてあっという間に到着する。
 知り合いのオペレーターに借りていた書類を渡し、返却手続きを頼みながら、唐突に鴉天狗は尋ねた。
「戦場で生き残るために必要なものは何だと思う?」
 いきなりの質問にオペレーターは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で硬直する。
 仕方なく、鴉天狗は同じ問いを繰り返した。
「戦場で生き残るために必要なもの、ですか‥‥」
 簡単に思い付かないらしく、オペレーターは何度も質問内容を繰り返し呟いていた。
 思考しながらも返却手続きを怠らずに済ませたことは、優秀さの証明になっただろう。
 最後の完了ボタンを押すと同時に、オペレーターは自信なさげに答えた。
「『力』、ではないでしょうか」
 即座に鴉天狗は首を横に振り、オペレーターは肩を落とした。
「不正解とは言えないが、解答としては抽象的過ぎるな」
 彼がこう言う場合は、彼の中で明確な正解が存在する時だということをオペレーターは知っていた。
 落胆を隠し、オペレーターは彼に正解を乞う。
 特に勿体振る仕草もなく、鴉天狗は素直に胸の内を明かした。
「ワタシは、戦場で生き残るために必要なものは『仲間』だと考えている。
 独学や独力では簡単に壁を迎えるが、仲間が居れば多くの困難を乗り越えられると信じている。
 そして、真に強き絆で結ばれている者達は、あらゆる障害を打ち砕く力を持つと信じている。
 だが、最近は即席の仲間で任務を遂行する輩が多く、その場だけの信頼関係を築く者がほとんどだ。
 ワタシは、そういう現状に警鐘を鳴らしたいのだ。
 信じる相棒に背中を任せ、眼前の敵にのみ集中できる心の余裕を伝えたいのだ。
 一時の関係では到底味わえない、あの堅い繋がりを感じて欲しいのだ」
 鴉天狗の言葉に、オペレーターは胸が熱くなるのを感じた。
 目頭も熱くなっていたが、公衆の面前という状況を考慮し、涙は流さずに済ませた。
 だが、オペレーターは彼のために何かしたいという衝動を抑えられなかった。
「それでは、二人一組のチームによる模擬戦闘訓練をされてはどうですか?
 多数の応募者を獲得するために、報奨金を普段よりも多く設定させてもらいます」
 鴉天狗は嬉しそうに頷き、オペレーターは喜びの笑顔を浮かべる。
 空かさず、鴉天狗はオペレーターに注文を出した。
「愛着のある物でなければ、真に戦力を発揮することは難しいとワタシは考えている。
 そのため、普段使用している装備と同性能の模擬訓練用装備を用意してもらいたい。
 殺める心配がなければ、全力を尽くし、良い結果が出せるはずだ」
 オペレーターは鴉天狗の要望に少し戸惑ったものの、最後には押し負けて容認してしまった。
 満足そうに鴉天狗は首を振り、最後に場所を指定する。
「訓練場はコロシアムを使用したい。
 円状に一定間隔で石柱を並べ、中央に大きな岩を設置して欲しい」
 通常ならば訓練場の改造は容易に行えないのだが、鴉天狗はそれを成し遂げた。
 恐らくその真実は、来月のオペレーターの給与によって語られるだろう。

 こうして、『共闘』と銘を打たれた模擬戦闘訓練が発足された。
 果たして真に強き絆とは何なのか?
 愛する恋人か?
 頼れる師弟か?
 大切な兄弟か?
 心許す親友か?
 今、それを示す戦いが始まろうとしている。

●参加者一覧

イリアス・ニーベルング(ga6358
17歳・♀・PN
ブレイズ・S・イーグル(ga7498
27歳・♂・AA
ヒューイ・焔(ga8434
28歳・♂・AA
天(ga9852
25歳・♂・AA
澄野・絣(gb3855
20歳・♀・JG
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
天原大地(gb5927
24歳・♂・AA
セグウェイ(gb6012
20歳・♂・EP

●リプレイ本文

 広大な訓練場の中央には高さが五メートルはあろうかという巨大な岩が鎮座し、その岩から三十メートルほど離れた地点には一定の間隔で石柱が円状に並んでいる。
 中世のコロシアムを髣髴とさせる異様な雰囲気の漂う中、八人の男女と鴉天狗とが向かい合っていた。
「準備はできているようだな」
 鴉天狗の鋭い目が八人の能力者に注がれる。どの能力者にも戦闘前の緊張は窺えない。百戦錬磨の能力者であるから、戦闘などは手馴れたものであろう。油断をしているという感じもなく、皆程よい精神状態に思えた。

「それではさっそく始めるか。まずはイリアス・ニーベルング(ga6358)、ブレイズ・S・イーグル(ga7498)チームと、澄野・絣(gb3855)、橘川 海(gb4179)チームの対戦からだ」
 鴉天狗の宣言が終わる前に、
「さあ、やって参りました、チーム対抗模擬戦のお時間です。果たして真に強き絆とはなんなのか」
 どこからか爽やかな実況が聞こえてきた。
「愛する恋人か、頼れる師弟か、大切な兄弟か、心許す親友か、‥‥今、それを示す戦いが始まろうとしている!」
 声の主は、ヒューイ・焔(ga8434)だ。どこから用意してきたのか、マイクを握って実況者になりきっている。
 鴉天狗は小さく首を振ると、身軽に跳ねて訓練場の外に出た。先ほど鴉天狗に呼ばれた四人以外も外に出る。
「えー、司会はわたくし、ヒューイでお送りいたします。チャンネルはそのまま!」
 ヒューイも客席に移動しながら、軽やかな声を発し続けた。

 観客のいない訓練場である。張り詰められた空気が漂ってはいるが、居心地が悪いということはない。
 これから始まるのは訓練であって殺し合いではない。そのために武器も愛用しているものと酷似してはいるが、殺傷能力のないものが別途用意されている。
 もちろん勝敗も問われない。訓練の中で互いの絆を深め育むのが目的だ。
 しかし、身体能力の尋常でない能力者たちであるから、苛烈になるのは避けられそうもなかった。


 鴉天狗は双方の準備が整ったのを見て軽く右手を上げた。
 同時にヒューイが戦闘の開始を告げる。
「始まりました、模擬戦、絆を深める戦い。果たしてどのような死闘が繰り広げられるのか‥‥」
 ブレイズはイリアスを一瞥して「準備はできてるな、イル」と質して口を閉じた。
「お守りはしてやれんぞ」と続ける必要はないほどにイリアスは鋭い目を相手方に向けている。

 ブレイズは小さく顎を引いて、視線をイリアスから己の変わり果てた手に向けた。
 彼の半身は重傷のために人工の筋肉で補われている。最新の技術を用いているらしく、ほぼ生身と変わらない程度にまで自在に操ることは可能だが、やはり違和感は拭えなかった。
 実はブレイズが今回の模擬戦に参加した理由がこの人工筋肉のリハビリであった。
「できることから‥‥、だな」
 独り言ちながら腕の感触を確かめるブレイズの横で、イリアスは覚醒し始めた。
「模擬戦ですが、加減は抜きです――。Auferstanden(蘇れ)」
 イリアスの美しい両足の膝から下が爆ぜて竜の皮膚と形状とに変化し、続いて右肩と左肘とが同様の変化を見せる。背中には天使を思わせる翼が出現して、微風をはらみながら優雅に揺蕩った。
 同年代でもある澄野は、異形だが神秘的な空気を漂わせるイリアスに見蕩れていたが、すぐに表情を引き締めて長弓「桜花」を構えると、鴉天狗の合図と同時に矢を番えた。

「師匠。まずはあれで分断しましょう」
「イルっ。ファフニールでいくぞ!」
 先に動き始めたのは、ブレイズとイリアスだった。
 二人は師弟の関係にあるという。であれば連携攻撃などはお手の物だろう。
 同時にファフニールを示唆し、相手の返事も待たずに作戦に移る迅速な行動は、強い信頼があってこそだ。
 対する澄野たちは迎え撃つ体勢をとっている。
 遠距離での戦闘を得意とする澄野の前に橘川が立ち塞がって磐石であったが、ブレイズが『ソニックブーム』を地面に向けて放つと、橘川の足元が派手な音を立てて炸裂し、砂塵が舞い上がった。

 唐突な砂嵐に目を庇う橘川の目前に、大剣を振り上げたブレイズが舞い降りた。
 橘川は咄嗟にプロテクトシールドを突き出して切っ先を跳ね返し無傷で堪えたものの、ブレイズの『スマッシュ』と『紅蓮衝撃』とによる猛攻を防ぎきるのは容易でない。さらに百戦錬磨の経験で、ブレイズは大剣を振るった後の隙に蹴りを放つなどの工夫を凝らし、巧みな戦法で橘川の盾を弾くことに成功した。
 できた隙は一瞬であった。が、ブレイズと同様に、イリアスもまた多くの死闘を経てきた女性だ。
「‥‥畳み掛けるぞ。カバー!」ブレイズが声をかけるまでもなく、イリアスは橘川の隙を見逃さずに『瞬速縮地』で接近し、『獣突』を発動させた。「紫電一閃――。受けられるものならっ!」

 ファフニールの目的は、澄野と橘川との分断だ。『獣突』により橘川を弾き飛ばして体勢を崩し、澄野を狙う作戦は成功するかと思われたが、橘川はしっかりと『獣突』を予測していた。
「やらせませんっ!」
 橘川の『竜の咆哮』により、逆にイアリスが吹き飛ばされて地面を転がった。
 訓練用の装備であるから砕けた肋骨が臓器に突き刺さることも背骨が折れて全身不随になることもないけれど、橘川の一撃はイアリスが悶絶するほどの威力を秘めていたらしい。

 膝を突いて胸を押さえるイアリスに、澄野の矢が容赦なく降り注いだ。
 『強弾撃』と『影撃ち』とにより強化された矢は、耐刃繊維で編みこまれている漆黒の軍装を容易に貫くまでには至らないものの、凄まじい速度で飛来する矢の衝撃は体の芯にまで響く。
 ブレイズは悲痛な呻き声を背中に聞きながら、振り返ることをしなかった。
 それは師弟の信頼もあるだろうし、イアリスの近くにまで戻るよりも、橘川の追撃をこの場で受けたほうが逆にイアリスのためになるであろうことを瞬時に悟っていたからにほかならない。もしブレイズがイアリスの近くまで退いていたら、橘川の攻撃によりイアリスは戦闘不能にまで追い詰められていただろう。

 ブレイズは橘川の猛攻を防ぎながら、イアリスが戦線に復帰するのを待った。
 が、橘川の猛攻は鬼気迫るが如く的確で、避け続けるのは容易でない。
 もし一撃でも受けたら、戦闘に支障の出ることは明白だった。
 劣勢と考えたブレイズは、器用に剣で棍棒を防ぎながらイアリスの気配を探り、口を開いた。
「諦めは悪いんでな‥‥。ジィィクッ! フリィィド!」
 ジークフリードも『ソニックブーム』を器用に使う戦法で、澄野の足元に放って動きを止め、高速で移動したイリアスが仕留める研ぎ澄まされた作戦であったが、橘川の迅速な援護に防がれてしまった。
「させないからっ!」
 『竜の翼』で瞬く間にイリアスに追いついた橘川は、棍棒をイリアスの背中に振り下ろした。その正確な一撃はダメージの蓄積したイリアスには致命傷である。
 ブレイズが移動用の特殊能力を有していれば橘川の行動を阻害でき、ジークフリードは成功、勝利を引き寄せられていたかもしれない。が、起死回生の奥の手も、橘川と澄野との絆には勝らなかった。

 澄野は矢を番えてブレイズに向けたが、ブレイズは小さく首を振って覚醒を解き、イリアスに歩み寄った。
「‥‥立てるか?」
 弱々しく頷くイリアスの手を引いて立ち上がらせたブレイズは、
「ここまで、だな」
「ありがとうございましたっ!」
 元気よく頭を下げる橘川と、その裏でおしとやかにお辞儀をする澄野に軽く手を上げて、ブレイズはイリアスを担ぎながら訓練場の外に向かって歩き始めた。澄野たちも二人の後について観客席に移動する。


 続けて、実況に扮していたヒューイとその相棒の天(ga9852)の二人と、天原大地(gb5927)、セグウェイ(gb6012)の試合が始まった。先ほどの試合は、策を弄して果敢に攻めるイリアスたちを橘川が受け止め、澄野が後方から援護をするという形だったが、今回は四人入り乱れての大熱戦となった。

 開戦と同時に四人は近接した。ヒューイの真後ろにいた天が素早く抜刀して突っ込んできた大地を狙ったが、セグウェイの咄嗟の判断により大地が蹈鞴を踏んだため、切っ先は空を切った。
 空振りの直後は隙が大きい。一隅のチャンスをものにしようと大地は瞬時に蛍火を天に向けて突き出したが、天の前に身を滑り込ませたヒューイのイアリスに弾かれて天には届かなかった。
 大地とヒューイとは、その場で足を止めて互いに剣を振るった。
 刃と刃とが交差し、甲高い金属音の鳴り響く間に火花が散る。
 刃引きのされた刀とはいえ、一流の使い手同士の鍔迫り合いとあって、その迫力は筆舌に尽くし難い。

 大地が猛攻撃を続け、ヒューイが的確にイアリスで防ぐ。『スマッシュ』によって強化された一撃さえも淡々と受け流しながらヒューイは大地に生じる僅かな隙を狙っていた。
 が、逆に絶妙の呼吸で機先を制したのは大地のほうであった。
 至近距離による銃撃は唐突に、だが非常に効果的に行われた。さすがにこれはイアリスでは防げない。
 けれども、ヒューイは尋常でない反射神経で身を屈めて銃弾を躱し、大地の横に回り込んだ。
 その後の動作はまさに一瞬のことだった。
 大地の銃を持つ腕が跳ね上がった次の瞬間には、『流し斬り』と『二段撃』とが大地の脇腹を深く抉っている。
 筋肉の軋む嫌な音と同時に激痛が大地の体を駆け抜けた。
 が、大地は平然とした顔で腹を押さえもしない。ヒューイはさらに幾度か大地の体にイアリスを叩きつけたが、大地は『活性化』によって床に膝を突くことさえしなかった。

 一方で、セグウェイは天の華麗な二刀流に、『自身障壁』を用いて対抗していた。
 事前の作戦通りに相手を分散させることに成功した。後は互いが相手を破るかパートナーが勝利を得るまで耐えればよいのだが、ヒューイと同様に天も一筋縄ではいかない。
 能面のように冷静沈着な天の攻撃は、ただセグウェイを傷つけるだけでなく、セグウェイの武器を絡めとる仕草を見せるなど、変化に富んでいる。
 武器を落とさぬように強く握り締めれば余計な力が入り、攻撃に全霊を込めるのが難しくなる。
 セグウェイは盾と『自身障壁』とを上手に使って耐え忍ぶしか方法はなかったが、それは決して勝負を諦めたわけではなく、虎視眈々と一撃必殺のカウンターを狙っているのだった。
 その作戦は成功すると思われたが、惜しむらくは練力が足りなかった。

 じりじりと窮地に追いやられていくセグウェイと同様に大地も確実に消耗しながら、しかし己の頑強さを盾に肉を切らせて骨を断つ精神を地でいく勇猛果敢な姿を見せた。ヒューイと刺し違える気迫さえ感じられる。
 だが大地よりも多くの死闘を経てきたヒューイが相手では、それさえかなわないかもしれない。
 時間はかかれども勝敗は明らかだが、大地の瞳は強い光を讃えたまま、幾度も『活性化』を使っては反撃を試みている。素人目には愚鈍とさえ思えるその姿は、大地からすれば想定の範囲内であった。

 前述のとおりに天とヒューイとの分断が目論見どおりに成功したから、あわよくばセグウェイが天を倒し、大地自身もヒューイを圧倒すれば勝ちが転がり込む。
 そこには自分が勝てずともセグウェイが天に勝ることを信じる気持ちがあったのかもしれない。
 それは、師弟愛や兄弟愛、もしくは幾度も背中を合わせて戦ってきた戦友との絆などの違いに差などはなく、あるのは互いを信じ合う心のみという、ある種の本質を突いた感情によるものだろうか。

 それにしても天賦の才とでもいうのか、華奢な体から繰り出される天の素早い攻撃は常人の理解を超える威力も併せ持っていて、セグウェイでなくとも一対一で勝るのは難儀に過ぎた。
 もとよりセグウェイに油断などは微塵もないし、『自身障壁』を効果的に使って果敢に攻め込んでもいた。のみならず大地との絆にも綻びはなかったにもかかわらず、激しい死闘の末に立っていたのは天であった。

 大地に降参をする気持ちは微塵もなかった。もともと大地には、自分の目指すべき剣の頂に僅かでも近づけるように、相手の剣からなにかを学ぶという参加理由があった。
 もちろん勝ちを得ようとの考えはあったに違いない。が、その勝ちが手のひらから零れたことを知って、大地は『活性化』による時間稼ぎを止め、剣を構えながら最後の一合に望んだ。


 すべての試合が消化され、鴉天狗がそれぞれに一言三言声をかけ、絆を示す戦いは終わりを告げた。
「お前たちの絆、しかと見せてもらったぞ」
 鴉天狗の声が朗々と響く中を、ブレイズが出口に向かって歩き始めた。イリアスが腹を押さえてついていくのを見て、澄野が手を差し伸べる。橘川も反対側から彼女を支えた。
 示された絆はやがて繋がり、蜘蛛の巣のように能力者の間に張られていくものかもしれない。

 座って話し込むのはヒューイとセグウェイと天との三人だ。
 天はあまり喋らず、ぼんやりと絆について考えていた。
 確かに天は勝ったけれど、そのことよりもヒューイとの共闘の成果が彼の頭を占めている。
 見事に分断されて後、手助けにいくことも可能ではあったが、信頼があったのか、それとも手を出すまでもないと考えたのか、ともかく互いの邪魔をせず意思を尊重する部分において、成果は上々であった。
 絆か、と天は、殊の外手強かったセグウェイと歓談を交わすヒューイを見遣った。
 ――今の俺には大切なもの、だな。

 大地は鴉天狗と向かい合っている。前々から鴉天狗の剣に並々ならぬ興味のあった大地は、可能であれば彼に挑んでみたいとも考えていた。が、こうして向かい合ってみると、その威容に圧倒されるばかりであった。
「また今度」それだけを呟いて背を向けた大地に、鴉天狗は小さく顎を引いて応えた。

 激闘の熱気の微かに残る訓練場の中心に立ち、鴉天狗はほんの数分前に繰り広げられた絆を示す戦いを瞼の裏に思い浮かべた。どの顔も真剣そのものではあったが、両眼は信頼と興奮との入り乱れた澄んだ色を浮かべていた。
 ――彼らなら、これから先にどのような試練が待ち受けていようとも、その強い絆で乗り越えていけるだろう。もちろんそれは存外に脆い糸かもしれない。けれども、あの短い模擬戦に見え隠れしていた絆は、宝石のように磨かれ、いずれはバグアの赤い星をも遥かに凌駕する強い光を放つに違いないという嬉しい予感がした。

(代筆:久米成幸)