●リプレイ本文
「この依頼終わったらみんなでご飯でも食べに行かない? 打ち上げみたいな感じでさ♪」
目的地への移動中、急に風花 澪(
gb1573)がそんな事を言い出した。
他の者達は気が早いと笑いながら、誰もその提案には反対しない。
これから赴く任務は通常よりも危険度が高いと評価されているもの。
全員が無事に帰還出来る事を願って、皆その案に同意したかったのだ。
だが、誰もがそのような気配を微塵も見せず、楽しそうに談笑しながら目的地へと向かうのであった。
「ふむ、報告どおりのようだね〜」
目的地に着いて早々、特に探す苦労をすることなく目的の3体を発見し、ドクター・ウェスト(
ga0241)は言葉を漏らした。
事前報告にあった通り、3体の人型キメラは廃ビルの前で佇み、微動だにせず一点を見つめている。
今回の騒動の発端とも言える前回の人型キメラの事件を知っている者がいれば、その行為が何を意味するのか理解できたかもしれない。
3体が立ち尽くしている隣の廃ビルは、その時の現場となった場所である。
そして3体が囲むようにして立っている中心は、件のキメラの胸を貫き、命を奪ったビルの瓦礫が転がっている。
その行いの意味が追悼なのかどうかは定かではないが、前回の事件を知らない一同にとっては不可思議な行動だった。
「迂回組は移動するぞ」
炎帝 光隆(
ga7450)が声を掛け、智久 百合歌(
ga4980)が静かに頷いて後に続く。
残った一行はビルの陰に隠れて、未だに動かないキメラを見守った。
「外見からは判断できませんね」
瞳 豹雅(
ga4592)の言葉は最もだった。
3体はどれも同じ外見をしていて、個人差と呼ばれるものが見つからない。
「今後判別できたら分かりやすいように、水の奴を蒼水(ソウスイ)、火の奴を紅炎(コウエン)、雷の奴を金雷(キンライ)とするか」
伊河 凛(
ga3175)の発案に全員同意し、蛇穴・シュウ(
ga8426)が無線機を使って迂回班にもその事を知らせる。
すると、まるでその無線機の電波を傍受したように、急にキメラが顔を上げ、周囲に視線を移し始める。
一同は慌てて身を隠し、しばらくしてからそっと相良風子(
gb1425)が様子を窺ってみた。
キメラはこちらの位置を把握しているように横に並び、無言で待機している。
「こちら百合歌。いつでも準備OKよ」
「こちらはいつでも大丈夫だ」
シュウと風子の無線機に通信が入り、一同は作戦決行の時が来たことを知る。
緊張を解すように大きく深呼吸をした後、全員は一斉にビルの陰から飛び出した。
即座にキメラも戦闘態勢に移行したようで、いきなり3体同時に攻撃を放ってきた。
廃ビル側から雷、水、炎の弾丸が拳の先から発射され、一同はすぐに近くのビルへと飛び込んだ。
目標を失った弾丸はビルの壁を破壊し、柱を砕き、やっとその勢いを停止させる。
「これはすごいね〜。報告以上かもしれないよ〜」
難なくコンクリートを撃ち破る破壊力に、ウェストは興味深そうに笑みを浮かべた。
しかし次の瞬間、頭の隣のコンクリートが弾丸によって砕かれ、慌ててさらに奥へと逃げ込む。
キメラは容赦することなく、一行がそれぞれ隠れたビルに対して攻撃を行い続けた。
このままではいつか誰かが被弾するか、その前にビルが倒壊してしまうかのどちらかである。
光隆と百合歌は迅速にキメラ3体の背後へ近付くと、両端の金雷と紅炎の無防備な背中に攻撃を行った。
光隆は覚醒と同時に『紅蓮衝撃』を発動させ、イグニートの穂先で金雷を斬りつける。
百合歌も同じように覚醒し、『虚闇黒衣』で防御を固めつつ鬼蛍で紅炎の背中を逆袈裟に斬った。
どちらも渾身の力を持って弱点属性での攻撃を行ったが、キメラは怯むことなく裏拳で襲撃者を撃退しようとする。
2人は速やかに後退して回避すると、そのまま別々の方向へ走り出した。
3体のキメラはまるでアイコンタクトを行うように一度視線を絡めた後、各自を負傷させた者を追跡するようにゆっくりと歩行を開始する。
その場に残ったのは蒼水だけとなり、ビルに隠れていた一行は事前の打ち合わせ通り、各々の担当となるキメラへ向かって走り出した。
最終的に留まったのは、澪と凛の2名のみ。
「ん〜、今までで一番強そう?」
澪は蒼水がこちらに背を向けている事を確認して、何気なく呟いた。
「作戦開始だ。行こう」
凛は澪の言葉を無視すると、ビルの陰から飛び出して蒼水との距離を一気に詰めようと駆け出した。
澪は不満そうな表情をしながらも、遅れることなくその隣を走る。
蒼水がゆっくりと旋回し終えた時には、既に2人とも個々の間合いまで移動を終えていた。
対峙する2名を見て、蒼水は笑い声とも捉えられる小さな声を発した。
その声を聞いて、凛はハッとした。
もしかして3体は連携を『行わない』のではなく、『行う必要がない』ほど個々の能力が高いのではないか、と。
胸に募る不安を無理矢理掻き消すと、凛は月詠とパリィングダガーを構えて戦闘態勢を整えた。
北西に移動した後、百合歌は足を止めて紅炎に向き直った。
「ゆっくり相手してあげるから、いらっしゃいな?」
艶かしさすら感じるその口調に、紅炎の歩みがゆっくりと停止する。
その背後に、駆けつけたシュウの姿があった。
紅炎を挟むようにして、2人はそれぞれの武器を構える。
紅炎はその様子を静かに観察すると、笑い声らしき不気味な奇声を発した。
明らかにこちらを見下している態度に、まず我慢が出来なかったシュウが攻撃を仕掛ける。
小銃「S−01」を抜き、その背中に向けて3発続けて発砲した。
百合歌が慌てて続くように走り出し、姿勢を低くしたまま鬼蛍を構える。
しかし紅炎はまともに弾丸を背中に受けながらも全く微動だにせず、迫り来る百合歌を冷静に眺めていた。
(「私を『獲物』と認識しているのでしょうか」)
このまま攻撃しては反撃確定となると予想し、百合歌はすぐに移動を停止して距離を取ろうと後ろに跳んだ。
紅炎は百合歌のその動作を予想していた。
それは自分の素体となった喧嘩屋の戦闘経験データのお陰なのだが、本人はそんな事など全く知らない。
ただ本能の赴くまま、最適の攻撃方法を行うのみである。
紅炎は一瞬にして百合歌との距離を詰め、掲げたハンマーのような右拳を振り下ろす。
百合歌は『瞬速縮地』を使用し、間一髪で攻撃の回避に成功する。
だが、紅炎の狙いは百合歌ではない。
百合歌を攻撃をした事で再度発砲して注意を向けようとしたシュウの方こそ紅炎は狙っていた。
直後、たった一度の跳躍で眼前に迫った紅炎を見て、シュウはヴィアによるガードを行うしかなかった。
細身の長剣に紅炎の鈍器のような拳が打ち込まれる。
ろくに姿勢を整えずに行った防御だったため、その衝撃にシュウは後方へと飛ばされ、硬いアスファルトの上を何度も転がった。
息をつく暇もなく、紅炎が百合歌に向けて、足元に転がっていた拳大ほどの瓦礫を蹴り上げた。
百合歌は冷静に瓦礫を鬼蛍で受け止めると、自身も後ろに跳んでその衝撃を緩和させた。
頭蓋骨を砕かんばかりだった瓦礫の衝撃は相殺される。
しかし、その後続として放たれた炎弾の存在は想定外であった。
瓦礫を後押しするようにぶつかり、二重の衝撃に鬼蛍が弾かれて、百合歌は廃ビルの壁にぶつかるまで後退を余儀なくされた。
おまけにその際に後頭部を強く壁にぶつけ、気が遠くなりそうになるのを必死に止めるも、その場に膝を着く事は禁じ得なかった。
百合歌の鬼蛍を必死に握る手が、許容範囲外の衝撃に激しく震えている。
これだけ力の差を見せ付けておきながら、紅炎はまだ攻撃を止めない。
容赦や情けなど、紅炎の中には存在しなかった。
「報告以上というのも、中々困りものだね〜」
仲間の負傷を『練成治療』で治しながら、ウェストは複雑そうな笑みを浮かべていた。
金雷を誘き出して包囲したはいいが、火力に圧倒的な差があった。
ポリカーボネードとセルガード白衣を装備していたウェストの傷は大した事ではなかったが、光隆と風子は出血を伴う傷を負っていた。
それも今は『練成治療』のおかげで止血出来ているが、両者の傷は完全に癒えた訳ではない。
「弱点属性で攻撃し、包囲すればそれなりにいけると思ったのだが‥‥」
光隆は左腕を押さえながら、悔しそうに呟いた。
「攻撃は有効のはずなのに、一切怯まないのはおかしいです」
風子の意見に、2人は渋い表情を浮かべる。
反撃はされたが、確かにこちらも攻撃を行っていた。
それも全てきちんとダメージが入っているはずなのに、金雷は怯む事なく攻撃を続けている。
「とにかく、もう一度やるしかない」
再挑戦を志す光隆がイグニートを杖代わりにして立ち上がった瞬間、隠れていた廃ビルの壁が突如として爆発した。
一同は驚いて崩壊した壁の向こうを見て、そこの金雷の姿を確認する。
金雷は砂埃が完全に消えるのを待ってから、ゆっくりとビルの内部へ進行した。
「休む暇も与えないとはね〜」
ウェストは苦笑いを浮かべて額を掻くと、傍に置いてあったエネルギーガンを持ち上げて銃口を金雷に向けた。
風子も刀とスコーピオンを構え、いつでも攻撃が行えるように体勢を整える。
最後に光隆がイグニートの穂先を向けると、金雷は戦闘再開の合図のように雷の弾丸を放った。
月詠を間に挟んで、凛の腹部へ蒼水の拳が叩き込まれる。
月詠で威力を抑える事には成功したが、それでも尚その力は強かった。
「‥‥何度も耐えられるものじゃあないな」
凛は苦しそうに笑みを浮かべて、精一杯強がってみせた。
しかし腹部へのダメージは相当なもので、すぐにまともに動く事も叶わない。
とどめを刺そうと、蒼水が拳を振り上げた。
「させないよ!」
その振り上げられた腕目掛けて、澪が『豪破斬撃』と『流し斬り』を併用した蛍火による強烈な一撃を振るう。
蒼水は攻撃を腕で受け止めようとしたが、それは過誤であった。
見事に命中した一撃は構えられた腕を斬り落とし、今までどれだけ攻撃を受けても無反応だった蒼水が怯んで何歩か後退する。
この機会を逃すまいと、澪がさらに追撃を行うために一歩を踏み出した。
しかし、片腕を失った事により、蒼水の真の力がここから発動する。
廃ビルの窓が割れる程の大音量の咆哮を上げ、全身の筋肉がさらに膨張すると共に、その筋に沿うように紺色の線が浮かび上がり始める。
憤怒の感情によってさらに力を発揮したその姿こそ、激昂状態だった。
次の瞬間、自分の顔の前に蒼水の拳がまるでスロー再生するように迫ってくる光景を、澪はただ見つめる事しかできなかった。
「このキメラ野郎が‥‥!」
荒い息をつきながら、シュウはいつもとまるで違う口調と形相で紅炎を睨んでいた。
その足元には百合歌が頭部から血を流して倒れており、気絶している様子だった。
状況は一目瞭然で、最悪。
何度か攻撃を命中させ、紅炎の攻撃を回避したりもしているが、たまの命中が痛過ぎる。
まともに攻撃を喰らった事は一度もないのだが、それでもシュウはかなりの重傷だった。
紅炎はゆっくりと姿勢を低くした後、瞬時にしてシュウの眼前まで距離を詰めた。
「何度も、‥‥喰らうかっ!」
シュウは先に『流し斬り』を発動させて側面に回り込む事で紅炎の殴打を回避すると、続けて『両断剣』を発動させて伸びきった紅炎の腕に向かって縦に剣を振り下ろした。
攻撃を目的として放たれた腕に防御としての役目はなく、ヴィアの一撃は確かな手応えと共にその腕を両断した。
紅炎が腕を断たれた衝撃で怯み、シュウは初めてまともにダメージを与えられた気がして、内心で喜んでいた。
しかし歓喜に浸る間もなく、紅炎の様子が激変する。
冷静かつ冷酷に攻撃を行ってきた紅炎が激情を露わにし、全身に紅蓮の線が浮かび上がる。
その目には溢れ出さないばかりの殺気と怒気と狂気が混在し、シュウは生命の危機を感じた。
このまま立ち尽くしていては殺されてしまう。しかし、満身創痍の体は思うように言う事を聞いてくれず、シュウは数歩下がるだけが精一杯だった。
再びその眼前に紅炎が迫るが、シュウにはそれが突然目の前に現れたようにしか思えなかった。
飛躍的に上昇した紅炎の跳躍力が、その過程を捉えさせなかったのかもしれない。
しかし、そんなことは死を目前としたシュウにとってはどうでもいい事だった。
顔面を粘土細工のように破壊するであろう拳が振り下ろされる光景を呆然を眺める。
と、突然シュウの目に見知らぬ人影が飛び込んできた。
人影は太陽を背にして形しか把握できなかったが、その手に武器を構えていることは視認できた。
紅炎がシュウの頭を砕くよりも早く、その人影の剣が紅炎の首の後ろを深く斬り付けた。
途端、今までどれだけダメージを負っても動じなかった紅炎が苦痛の声を漏らし、痛みに狂ったように暴れ始める。
人影はさらに追撃として紅炎の両足を斬り、最後にその顔面に向けて真っ直ぐにミラージュブレイドを振り下ろした。
まるで舞踏のように一連の動きは佳麗で、今まで散々苦しめてきた紅炎を簡単に屠ってしまった。
シュウは安心感からその場に座り込んでしまい、人影は紅炎の死亡を確認するとゆっくりとシュウに歩み寄った。
「大丈夫ですか?」
豹雅は心配そうに手を差し出し、シュウはその手を握って再び立ち上がった。
「助かった‥‥」
金雷の死体を前に、一同は全員集合していた。
皆ボロボロで、かなりの深手を負っている。
ちなみに先ほど言葉を漏らしたのは、光隆だ。
「すいません。私がもう少し早く助太刀していれば良かったかもしれません」
比較的軽傷な豹雅の言葉に、風子が「とんでもない」と慌てて発言した。
「結果的に全員助かったのは、豹雅君のおかげです。有難う御座います」
全員も同じ気持ちらしく、肯定するように頷く。
別行動を開始してから姿の見えなかった豹雅は、どこかで戦闘データをとろうとしているキメラがいるのではないかと案じ、独自に探索を行っていたのである。
豹雅の考えは的中し、小型の戦闘能力の低いキメラが3体、それぞれの動きを見守るように配置されていた。
豹雅はそれらを全て討伐した後で、それぞれの応援に駆けつけた、という訳である。
「どうやら激昂の引き金は瀕死状態だったみたいだね〜」
ウェストの述べた推測通り、瀕死に追い込まれた際に激昂状態に移行するようになっていたようである。
ただし、それは諸刃の剣で、自らの体力を消耗しながらの最後の抵抗だった。
そのため、その状態でさらに負傷を負うと、必然的にキメラは自滅してしまう訳である。
一同は疲労困憊の体を座って落ち着けると、迎えが来るまで一歩も動く事はなかった。