タイトル:【VD】せいなのお茶会マスター:姫野里美

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 15 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/10 21:10

●オープニング本文


●パーティへようこそ
「私のバレ活は‥‥そうね。お茶会しましょう♪」
 授業中止のお知らせを強引に決めちゃった聖那さん、そう言って、引き出しから納品書を取り出した。ULTのはんこが押されたそれには『業務用ブロックチョコレート5kg:納品数10』と書いてある。
「いつの間に‥‥」
「普通のチョコレートですよ☆」
 どこからゲットしてきたのか、合計50kgともなると、壮絶な胸焼けを起こしそうな量である。中には、輸送の途中で崩れちゃったのか、融けかけたものもあったが、彼女はまったく気にせず、むしろ楽しそうに、すらすらと内容をつづっていく。
「でもチョコレートは湯煎が必要だから、カンパネラの湯を借りないと。会場は演習場‥‥は味気ないから、どこか良い場所を探してもらいましょう」
 参加費は500と書いてあった。すっかりやる気の聖那に、頭を抱えるティグレス。
「課題にするなら、もう少し授業らしい事を‥‥」
 ところが、そう言っている間に、彼の視界から、聖那が消えた。窓がひらひら開いているところを見ると、執務室から逃亡しちゃったらしい。後には、ハートに切り取られた、薄いピンクのカードが置かれている。

『チャリティ・チョコレート・パーティのお知らせ』
 5kgのチョコレートを10枚ほど入手したので、生徒の皆さんでお菓子作りましょう☆
 少数ですが、作成道具もご用意しています。レシピは募集中。
 製作は、カンパネラの湯から、湯煎用設備を借り受けますが、会場はまだ決まっていないので、良い場所があったら紹介してくださいね☆

                    by せいな☆

 濃いラメピンクのペンで書かれたその招待状は200枚ほどあった。1つには『ティグレス様』と書かれているあたり、副会長もご指名のようである。どう考えてもカオス前提のパーティが予想される事に、ため息をついたティグレスは、おもむろに通信回線を開く。相手は、風紀部の部長、秋山修一だ。
「‥‥と言うわけだ。別にVDがどうなろうが知ったこっちゃないが、学園にこれ以上余計な揉め事が起きては困る。手分けして対応にあたってくれ」
『‥‥了解』
 修一は文句言わずに仕事をこなしてくれる。程なくして、控えめにパーティ護衛の募集が乗っているのだった。

●参加者一覧

/ 煉条トヲイ(ga0236) / 水理 和奏(ga1500) / クラーク・エアハルト(ga4961) / 百地・悠季(ga8270) / 森里・氷雨(ga8490) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 嵐 一人(gb1968) / 嘉雅土(gb2174) / 美環 響(gb2863) / ハイン・ヴィーグリーズ(gb3522) / 水無月 春奈(gb4000) / 佐渡川 歩(gb4026) / 橘川 海(gb4179) / ソフィリア・エクセル(gb4220) / 郷田 信一郎(gb5079

●リプレイ本文

 正面ゲートに、専用シャトルで降り立った煉条トヲイ(ga0236)は、具合が悪そうにこう呟いた。
「カンパネラの生徒でも何でもない俺が、参加しても良いのだろうか‥‥」
 私服の彼が目立つような環境ではないが、少し自信がなさそうだ。
「いいんじゃないんすかね。他にもいっぱい来ているみたいだし」
 そう答えるのは、同じく輸送任務に携わっていた森里・氷雨(ga8490)だ。調理器具と思しき品々が詰まったダンボールを、シャトルから引きずり降ろしている。その姿を、興味深そうに覗いたり、足早に去ったりしている制服組を見て、トヲイは頭を抱えていた。
「って、子供と学生ばっかじゃないか。これじゃあ不審人物だぞ」
「それを取り締まるお仕事の面子もいますけどねー」
 森里が葬答えた直後、管理部と思しき生徒がこちらへよってくる。正式な依頼書と許可証を見せると、彼らはすぐに納得したようだ。その管理部に、所属を尋ねられ、思わず『護衛』と答えてしまう。
「あ、パーティの護衛として参加するのなら、怪しくはないか」
 自分で言っておいて、はたと気付くトヲイ。管理部が搬入先の場所を教えてくれる。
「あれが会場みたいっすね」
 向かった先、食堂の倉庫では、既にチョコレートが到着していた。
「50kgのチョコレート。これほどのものですか‥‥」
 驚いたように見上げている水無月 春奈(gb4000)。何しろ、ひと一人分である。と、その横で、真新しい保存用の箱に詰められたそれを、感慨深げに確かめるトヲイ。
「‥‥なるほど。これが俺たちが命をかけて守り抜いたチョコレートか‥‥」
「融けた分もありますけどねー」
 中身を検品と称して勝手に開ける森里。茶色のインゴットに見えるそれは、端っこが少し粉を吹いた様になっている。
「それでも、これだけ立派なチョコが無事でいてくれて、本当によかった‥‥」
 その様子を確かめて、しみぢみと口にする遠いおめめのトヲイに、森里がニヨニヨしながら「何か作りますかね?」と、レシピ本を差し出した。
「そうだな。俺達の血と汗と涙の結晶だし、何か作り上げて見たいものだ。これなんか良さそうだな」
 トヲイが選んだのは、『初心者でも簡単』とビックリマーク付きで写真に写っているチョコカップケーキだ。
「美味そうッすね」
「どうやって作るのかよくわからないなー」
 イラストでわかりやすくと言ったコンセプトのようだが、何しろお菓子なんて食べる専門だったので、理解不能なようだ。
「あら、美味しそうな本を読んでらっしゃいますね」
 と、そこへ涼やかな感じの声がして、2人は何事かと振り返る。そこには、にこやかに笑みを浮かべる聖那の姿。
「かかか会長っ?」
「ふふ。厨房に詳しい方いらっしゃいますから、そちらへどうぞ☆」
 慌てふためく部外男子2人を他所に、聖那はそう言って食堂の方を指し示す。なんでも、食堂のおばちゃんが、アドバイスをくれるとの事だ。
「あれがここのボスか‥‥」
 カンパネラを実質仕切っているとは思えない、普通のヲトメに、トヲイはちょっと驚いたようだが、素直に後についていくのだった。

 食堂の厨房には、既に何人かが集まっていた。学校の調理実習を、少し規模でかくしたようなもんである。
「えーと、最初は何から始めるんだ?」
 先に材料を揃えて、レシピを張り出していたユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)に、そう尋ねるトヲイ。ユーリが作っていたのは、チョコレートサブレだそうだが、作るコツとしては、さほど変わりがない。そこで、教わる事にした。
「まぁ、この動画にレシピ全部載ってるから、見てから作って下さい」
「こんなんで本当に出来上がるのか‥‥」
 懐疑的なトヲイ。しっかりエプロンまでつけて、ボウルに材料を放り込む姿に、ユーリは記録を見せる。それには、卵一個を基準に作る方式で、ボウルに入れたバターに、砂糖や塩をまぜ、さらにチョコや薄力粉等を加えた、型抜きサブレの作り方が、丁寧に乗っていた。
「小学生でも作れるチョコケーキか‥‥。確かに、こっちの方が量は作れるしな」
 しかも動画のほうには、子供でも大丈夫なように、電子レンジでのやり方まで乗っている。割と簡単に出来上がるそれを準備し終え、生地を休ませる為、ラップで包んで冷蔵庫に放り込んでいた。代わりに出してきたのは、シロップを吸わせたビスケットと、チョコレートムースだ。
「こうして、生地に練りこんで焼いてしまえば、わかるまい。次は、えぇとコレを交互にするんだっけな」
 今回、彼がテンパリングしているホワイトチョコは、別の輸送ルートから入ってきたものだ。
なるほど、こういうものもあるのですね。勉強になります」
 手伝っていた水無月が、今度家でも作ってみようと、その作り方を確かめている。かなり本格的に出来上がりつつあるケーキ‥‥通称『白いオペラ』を完成させつつあるユーリは、試作品のテスト先を探していた。
「ところで、ミクさんもくるんですか?」
「ああ。ソフィリアが探しに行っている筈だ。あそこにジジィがいるしな」
 トヲイが、カウンターの向こう側を指し示す。そこには、じぃぃっと熱視線を送るジジィこと准将の姿があった。
「美味そうだなー」
「まだ出来てないんですよ。もう少し待っていてください」
 ユーリがそう言って、カウンターから離れるよう促す。准将、不満そうにぶつぶつ。
「私、経理部の書類には、きちんと目を通しているつもりなのですが、そんなにチョコ買えないほどだったかしら‥‥」
 そんな准将の姿に、聖那は困った様に首をかしげた。が、その会長を手伝いに来たらしい百地・悠季(ga8270)は、色っぽくウィンクして、チョコレートと生クリーム、それにココアパウダーをいくつか持ってくる。
「あれはただのイタズラよ。気にしないでいいわ。それより、これありがとうね」
「いいえー。学校ですから、調理実習用の器具くらいは、用意できますわ」
 彼女に申し出て、厨房を使わせて貰う例をする百地。こちらの方が広いため、調理実習室の品を貸してもらっているのも、管理部へ申請させてもらった結果だ。
「だめだったら、会長の名前でも出そうかと思ってたんだけどねー」
 まっとうな理由がありと予定が開いていれば、生徒や聴講生にも、学園施設は貸し出してくれるらしい。
「それで、何を作りますの?」
 怪訝そうに首をかしげる聖那に、百地はレシピを指し示してこう言った。
「トリュフかな。4つは普通に作るけど、残りはコーヒーパウダーでもかけようかと思ってるわ」
 抹茶や紛砂糖も用意してある。完成予定の写真には、色とりどりのボールが転がっていた。多少大人向けなのは、どうやら渡す相手の好みが関わっている模様。
「会長は何か作るの?」
「え、えぇと。何にしようかしら」
 まだ決まっていないらしい。ややあって、レシピを見ていた彼女は、その1つを見せてこう言う。
「こちらの、型抜きのチョコでクリームをはさんだものにしようかなーと」
 お約束のようにハートマークである。さながら、プチケーキのように見えるそれは、薄く延ばしたチョコを型抜きして、ガナッシュクリームではさんだだけのシンプルなチョコだが、それなりに見栄えがしていた。
「あら、いいじゃない。誰かに渡すの?」
「まだヒミツですわ☆」
 なぞめかす会長。と、百地は諭すように言葉をつむぐ。
「それじゃ、フォローできないわよ。ね、教えて?」
 恋する乙女の意地は、普段料理しなくても、クッキーくらいは焼けてしまうようにするものだ。色々と思惑はあるのが常だが。
「じゃあ、他の人には内緒ですよ?」
 そう言って、聖那は百地に内緒話を振ってくる。どうやら、ごく近しい複数の人間に、チョコを渡す予定らしい。
「ふふ、なるほど。じゃ、腕を振るって頑張ってつくらないとねー」
 心癒す友人は、多いに越した事はない。彼女もまた、そう言った友人を持つ一人だと知った百地は、そう言って、彼女と共にチョコレート作りを再開するのだった。

 厨房内にチョコレートの香りが、ほんわりと漂う。その香りに引き寄せられるがごとく、厨房には女子が溢れていた。
「だから、ここは女子高かっつーの」
 じじぃはカウンターに再び乱入している。そんな准将に、エプロン姿の森里は、ブロックチョコを割る為の木製ハンマーを、高々と振り上げる。
「ふふふ。いいじゃないですか。この俺のカンペキな調理管理! 乙女達が甘く切ない思いを胸に、チョコレート菓子をつくりまくる! ビバヴぁれんたいん!」
 ごすっとチョコレートにハンマーがめり込んだ。砕かれたそれを、どうみても学校の調理室には不似合いな本格的調理器具の数々に放り込んでいく。とは言え、さすがに某スイーツ屋さんにあるような、大理石や横文字道具はないのだが。
「どう見てもまな板と耐熱容器だらけだぞ」
「だって、調理実習室に、大理石プレートなかったしぃー」
 准将のツッコミに、そう答える森里。湯煎の鍋には、温度計が差し込まれ、エアコンの調整は15度に下げられている。アーモンドやチョコペン等の飾り用品食材もばっちりだし、シリアルやウェハース、パンの生地も調達してあるけれど、さすがにそこまで本格的なモノは用意できなかったようだ。
「んなもん、とっくの昔に採掘人がUPCに借り出されてるわ。しかし、こう寒いと、関節に響くな」
「仕方がないじゃないですか。そうしないとチョコが解ける」
 こきこきと間接を健康そうに鳴らす准将に、そう答える森里。が、その手元にあるチョコは、白く粉が吹いていた。
「もう融けてるから、あんま意味ないじゃないか」
「これ以上質が低下したら、大問題です」
 それを刻んだものに、専用バターを混ぜ込む森里。あとは、ウェハースではさんで終了だ。
「その割に用意しているのは、駄菓子じゃねぇか」
「ここここの方が美味いんですよ。それに、おまけつけたしっ」
 見た目はどう見ても、一個30〜50くらいで売ってそうなしろものである。それを森里は、外側から見えない袋になにやら詰め込んでいる。
「俺様がそんなモンに引っかかるとでも思うのかー」
「じゃあチャレンジ」
 同じ様に詰め込まれたウエハースが、森里の持っていた箱に山積みされていた。差し出された准将、そのまま一個開封する。
「‥‥レアリティあるのかよ」
「当たり前です」
 中から出てきたのは、イラストの描かれたカードだ。下の方に、お星様がいくつか描かれている。准将の引いたのは☆1つの、最低ランクらしい。
「何か腹立つ。もう一回だ」
「予想通り‥‥」
 によーりとハンマー持ったまま、今度はシールを入れたチョコがけシリアルを出してくる森里。
「なんかゆうたか!?」
「いえ、何でも‥‥あ」
 で、その彼と准将の引いたシールを比べると、准将のほうが一個多い。ふふふと今度は准将が含み笑いをする番だった。
「お前の負けだなー。罰ゲームだ。コレを着ろ」
 ジジィが出してきたのは、どこから調達したのか、カチューシャつきのメイド服である。
「いつの間にそんなものをっ」
「はっはっは。開発ってーのは、いついかなる時も不足事態を予想しているもんだ!」
「それは司令官だー!」
 エプロンをひっぱる准将に、反論する森里。そうやって2人が、ガキのじゃれあい延長な事をしていると、横からゆらりとした気配が。
「みぃぃぃつけた☆」
 2人そろって横を見た。そこへ、ソフィリア・エクセル(gb4220)が大きな網をかぶせてしまう。
「キャスターさんも、お茶会に参加いたしましょう☆」
 そのうえから、ぐるぐるとロープで縛り、准将を連行していこうとする彼女。身動き取れない状況に、准将ロープ外そうとすると、ソフィリアはその准将の耳元でこう囁く。
「ふふ、抵抗なさると言うのですね。では」
 すちゃっとポケットから取り出した小型マイク。市販品980円。
「あぁぁいぃいぃ〜ゆえにいぃいぃ〜♪こぉのぉみぃぃいいを〜♪焦がしぃいぃ〜♪」
「うぉわぁぁぁ」
 少し離れた場所にいたはずの森里がひっくり返って泡を吹いた。
「だらしねぇなぁ。この程度でのびちまうなんて」
 対して、耳元で歌われたはずの准将、顔色1つ変えていない。そういえば、ミクは窓ガラスがびりびり悲鳴を上げる音声の持ち主だ。
「うふふ。まぁいいですわ。参りましょう、キャスターさん」
 ソフィリア、准将が大人しくなったので、るるん気分で食堂前の即売会場へと引っ張っていく。
「う、ここは。ん?」
 目を覚ました森里の上に置かれていたのは、赤い食用ペンで『ぶっち義理』と書かれたハートチョコだ。それが、白を貴重にしたラッピングで、おされに装飾されている。
「これは、まさか俺を慕う心清き乙女からの贈り物!」
 一気にテンションの上がった森里、妙なチョコだとは思いつつも、バリバリと放り込む。直後、ぶひーっと顔が真っ赤になった。
「ここにおいておいた品は‥‥。あら」
 ソフィリアが、忘れ物のチョコレートを回収しにきたのは、それから程なくしての事である。
「さ、食堂へ向かいましょう☆」
 が、彼女はひっくり返った森里を見つけるものの、さぁっさと見捨てて販売会場へと戻っていくのだった。

 さて、一部に犠牲者が出始めていた頃、男性陣もまた、チョコレートを作っていた。ブロックの一端を削り、大量にボウルへと注ぎ込んでいた。
「しかし、これだけ大きいと、刻むのも一苦労だな」
 ハイン・ヴィーグリーズ(gb3522)がそう言ってチョコを刻んでいる。何しろ硬いので、ミキサーにかけると、向こうが壊れるそうだ。
「まぁ、融ける心配はないみたいですし。って、それ食べられるんですか?」
「ああ。ちょっとビターな感じで。芯の代わりにナッツとクッキー使ってる。食べられるよ」
 同じ様に作業していたクラーク・エアハルト(ga4961)から、コーヒーを調達するハイン。抽出したそれをざらざらと注ぎ込み、ゆっくりと溶かしていく。その間に、KV型のアルミ型を用意する彼。部活で用意してもらったらしいそれに、ハインは刻んだナッツを敷き詰めていく。10cm四方で用意したものだが、それなりに量があるので、結構たいへんだ。
「あとは、外すだけっと。保冷剤、あったよな?」
 冷却効果を高める為、上にラップをかぶせて、保冷剤で覆う。あら熱が取れた後、冷蔵庫へGOだ。
「あ、よければ取り置きしておくが?」
「いえ、他の方にどうぞ」
 結構かわいらしい出来栄えである。コーヒーを分けてくれたクラークの分を別にしておこうとするハインだったが、クラークは首を横に振っていた。
「しかし、酷い惨事だなー」
「刻んで溶かすだけとは言え、なれない作業でしたからねぇ」
 作業を終えたハイン、クラークを手伝おうと振り返る。と、そこにはどういうわけかあちこちに融けたチョコレートが広がり、どこの攻撃を受けたんだろう‥‥と言った惨状になっていた。
「片付けないと、茶会にならないぞ」
「そうですね。コーヒーも淹れられませんし」
 まずは、作業台を確保しなければならないようだ。というわけで、クラークとハインは、手分けして跳び取ったチョコレートをふき取っていたのだが、そこへどこか焦げ臭い匂いが漂ってきた。
「うわっ。鍋がー!」
 慌ててクラークが鍋の方へ向かう。湯銭量が足りなかったのか、すっかり蒸発して、ちょっぴり焦げていた。「あーあ」とため息をつくクラーク。
「何か混ぜてたと思ったんですがねぇ。煮えたぎらせちゃ、駄目だったんでしょうか」
「んまぁ、コレだけ残ってれば、もう少し作れるだろう。これ、刻んできてくれ」
 その焦げたチョコを冷却し、再び刻むよう指示するハイン。横に先ほど使った残りのコーヒーと、お砂糖が準備してある。どうやら、『混ぜてしまえばわからない』方法で行くようだ。
「すみませんね。手伝ってもらって」
 迷彩柄のエプロンと三角巾を身に付け、申し訳なさそうに言いながら、がりがりと削っていくクラークに、ハインは向こうのテーブルを指し示してこう言う。
「お互い様さ。女性達もやっている事だし」
「そうですね。日本には男性から女性に渡す場合もあるそうですし。それに、後のホワイトデーでは、三倍返しですからね」
 確かに、テーブルに広がるチョコレートは、女性達が作っているそれよりも、かなり多い。刻んだチョコを複数にわけ、今度は失敗しても大丈夫なように、少しずつ作っていく。
「‥‥ちったぁ、練習になりましたかね」
 その中で、比較的まともそうに見えるハートチョコを、綺麗にラッピングし、コーヒーを添えるクラーク。
「まぁ、見れるようにはなったんじゃないか」
 見かけは、写真と同じ様になったのを見て、ハインはOKと指でマルを作って見せるのだった。

 さて、準備が進む中、食堂の外では、太平洋上にも関わらず、周囲に寒風を吹き荒ばせている約一名がいた。
「男からこんなものを貰うなんて‥‥。ああ、報告書でうっかりチョコが欲しいなんて、言うんじゃなかった!」」
 佐渡川 歩(gb4026)の手には、綺麗にラッピングされたチョコレートと思しき品が納まっている。とある報告書を読んだらしい男性傭兵からのプレゼントだ。打ちのめされた表情の彼に、何かがぶっ飛んできた。
「これは‥‥?」
 そこには、ピンク色の文字で『チャリティ・チョコ・パーティ』と書いてある。
「これこそ運命! 舞ってくださいね、せいなすわぁぁぁあん!」
 園瞬間、今までのどんよりした空気は、跡形もなく吹き飛び、超勘違い男を復活させる佐渡川。そのまま、食堂へと全力移動を敢行する。
「ご苦労様です。おかげで参加者が増えましたわ」
「チャリティか‥‥。たまには,こう言う事もしないとな?」
 そこには、開催のポスターに小さなポップを貼り付けている嘉雅土(gb2174)の姿があった。体育館や家庭科室等も候補にはあったが、結局第一候補の食堂を貸してもらえる事になったので、ある程度人が来るように、色々と飾り付けていた。
「むうっ。聖那さんに先客が‥‥っ。いったい何を‥‥」
 テーブルの上に、一口サイズのナッツチョコが置かれているのを見て、がりがりと入り口の扉を握り締める佐渡川。どうやら、いざ聖那さんを前にしたら、中々声がかけられずにいるようだ。と、聖那さん、冷蔵庫の張り紙に気付く。
「あら、なんでしょうこれ」
「ティグの仕業だな。ちょっと呼んで来る」
 覗きこむ嘉雅土。見れば『チョコ入らない中立派はここへ』とティグレスの字で書いてある。相変わらずの朴念仁ぶりに、彼は執務室にいるであろう彼の元へ向かう。
「‥‥で、俺にどうしろと」
「仕事でも何でも良い。でてやってくれないか」
 相変わらずの表情に、そう頼み込む嘉雅土。これも聖那の為だと思いつつ、交渉開始。
「‥‥あまり華やかな場所は好きではない。それに、混乱の元だろう」
「そういわずに、頼むぜティグ。駄目なら‥‥」
 馴れ馴れしいかなぁと思ったが、本人はまったく気にしていないようだ。このままだと、彼は執務室から動かないだろう。そう思った嘉雅土、たたたっと執務室の窓へと向かう。
「てぃーちゃん愛してるー」
 さほど大声でもなかったが、すぐ下にいた学生が驚く内容だ。振り返ると、ティグの槍の切っ先が、嘉雅土の喉元に突きつけられていた。
「言ってくれなきゃ、次は叫ぶぜ?」
 が、彼、まったく動じずにやりと笑う。
「‥‥二度とやるな。わかった。茶くらいは付き合ってやる」
 スピアを片付け、くるりと踵を返すティグレス。してやったりとほくそえむ嘉雅土は、彼を食堂まで引っ張るようにして連れ込んで行った。
「ただいまぁ。ティグ呼んで来たぜー」
「まぁどうやって‥‥。ありがとうございます」
 聖那、嘉雅土ににこりと笑顔を見せてくれる。おててが胸の前で組まれ、首をかしげるようにして、おめめがきらきらと輝いている。その姿に、嘉雅土はやってよかったと安堵していた。
「どうでもいいが、そのガン見しているごつい野郎は」
 もっとも、それ以上の手を出そうとはしない。代わりに、後ろから突き刺さるような視線を送ってくる郷田 信一郎(gb5079)を指摘。
「和風な甘いモノを持ってきてくださった郷田さんです」
 彼が練り練と練り上げているのは、カスタードクリームではなく、卵餡だ。側にあるホットケーキは、よく見りゃ大きなどら焼きである。しかも、次々と並べられているのはお饅頭だ。
「別に。ただ、自分が作れるお菓子を作っているだけだ」
「色々なものがあったほうがよろしいですから☆」
 いつもは堂々としているが、聖那を前にすると、普段と違うようだ。言葉の代わりに作られていく和菓子の材料がなくなると、郷田くん、くるりと回れ右。
「恥ずかしがり屋さんなんですね」
 人、それを逃げたと言うんだ。と嘉雅土は思ったが、口には出さないでおく。
「なるほど、面白くなりそうですね」
 そんな様子を、チョコレートを持ち込んで遊びに来ていた響が気付いて、によりと口の端に笑みを浮かばせる。
「これじゃ。俺がプレゼント渡せないじゃないか‥‥」
 嘉雅土のぼやきは、誰にも聞こえないのだった。

 続々と並ぶチョコレート。後からやってきた面々は、その種類の多さに、目を見張っていた。
「なるほど。こう言うものもあるんですね」
 まるでチョコレートの博覧会な光景に、感心する水無月。中には、どう見たってチョコレートには見えなかったりするものもあるが、わいわいとにぎやかに並んだ女性陣には、そんな事どうでもいいらしい。作ってる奴の半分が男性だったりもするが、そのあたりはまぁぁったく気にしていないようだ。
「あれ? これ、売り物なんですか?」
「ええ。チャリティですもの。ソフィリアの愛が込められたチョコ、皆様買ってくださいな☆」
 美環 響(gb2863)の問いに、きらっとウィンクして、そう言うソフィリア。市価の半値以下で並べられたそれは、一部どう見てもシングル向けな品も入っているが、半分以上はハートや色とりどりのラッピングで包まれ、暖かい愛の雰囲気とやらをかもし出している。
「では、これとこれをよろしくお願いしますね」
 いくつかの種類を、優雅な仕草でトレイに乗せる響。これなら。あまり物欲しそうな顔をせず、色々な国の味わった事のないチョコを堪能できそうだ。
「うぉう、これが聖那さんからの愛のチョコレートっ!」
 中には、端から端まで大人買いを敢行し、ソフィリアのぶっち義理激辛チョコにひっかかって、撃沈している佐渡川みたいな奴もいたりするが。
「甘いばかりではつまらないですわよね☆」
 しかも当のソフィリア、気にもしていない。
「あとそれ、そっちのごついの」
 口直しに手を伸ばした、抹茶パウダーかかったチョコレート。が、一口それを放り込むと、中からだだ甘の粒餡が口いっぱいに広がった。
「甘ければ、喜ばれるだろう?」
 いわゆるチョコ餡強化ブースターと言う奴である。起き上がれない佐渡川。
「げふっ。いいや、この場合作った奴が問題ではなく、くれた奴が問題なのだ!」
「あっ。それはっ!」
 めげずに手を伸ばしたのは、小さな薔薇の花弁を模したものだ。それを、ごくんっと飲み干しちゃった佐渡川、喉から火を吹いている。
「ま、またしても誤爆‥‥。うう、恋の神よ! 男に走れとか言う啓示か! だが断る! 俺にそんな趣味はない!」
「面白い方ですね〜」
 まるでお笑い芸人でも見ているような感じの聖那さん。
「おやおや。もう食べちゃったんですかー」
 くくくっと楽しそうに笑ってその包み紙をゴミ箱に放り込んだ響。ほのかにアルコール臭が漂っている所を見ると、度数のとても高いものを仕込んだようだ。
「聖那さんもどうぞ? こっちのは、アルコール飛ばしてありますから」
「ありがとうございます。でも、未成年ですから、止めておきますわ」
 会長にも薦めるが、そのあたりの線引きはしているようだ。
「そうですか。じゃあ、今度一緒に甘味どころ行きましょう。最近は色々出来たんで、回るのが楽しいですよ?」
 さりげなーくデートのお誘いをしようとする響に、嘉雅土が割ってはいる。
「甘いな。聖那には、むしろこっちの方がよく似合う‥‥」
 彼が、そう言いながら聖那の髪に挿したのは、薄いピンクのコサージュだ。
「‥‥まぁ‥‥」
 ぽっと頬を染める聖那を他所に、詰め寄ってきたのは佐渡川と郷田である。
「ぬけがけだっ」
「うるさい、こう言うのは平等だろうっ」
 ぎゃあぎゃあと始まる彼ら。一人が悪乗りして、ギターでバラエティ番組等でよく使われる、乱闘シーンの音楽をかき鳴らす。おかげで、あわや食堂内でドツキ愛が発展しそうになった直後、3人の後頭部がすぱーんとはたかれた。
「いい加減にしなさい。はしゃぎすぎですよ」
 にっこりと笑顔で撃沈しているのは、水無月である。「あらあら‥‥」と困った顔をしている聖那に、春奈はこう言った。
「えと、会長。一言忠告したいのですけど‥‥食べ過ぎると太りますよ?」
 カロリー計算くらいはやっていると思うが、一応そう言ってみる。
「アリガトウございます。私は作る方ですけど、いざとなったら、おばあさまのお家に、結構な人が出入りしてますから、そちらに納入しても良いかもしれませんね」
 なんでも、常時20人だか30人だかの屈強な男性が出入りしているそうなので、余ったら引き取ってもらおうと言う魂胆らしい。
「止めておけ‥‥」
 事情を知ってるティグレスが、頭を抱えていたのは、言うまでもない。

 お茶と甘いもの、販売の綺麗どころ。飾り立てた売り場。とくれば、次は小粋なBGMである。
「お、中々良い感じじゃねぇか」
 愛用のギターを片手に、食堂へと乱入してくる嵐 一人(gb1968)。聖那が気付いて、「いらっしゃいませ」とにこりと笑う。
「俺、客じゃねぇよ。嵐一人ってんだ。ちなみに『ヒトリ』じゃなくて『カズト』だからな。よろしく」
 本当は現行生徒会打倒を目指す闇の生徒会所属なんだが、別に聖那を敵視しているわけじゃなあい彼、軽く挨拶してくれる。
「よろしくお願いします。厨房はあちらですわ」
「そうじゃねぇよ。パーティには、音楽も必要だぜ? 色々と練習してきたし」
 深々と頭を下げる聖那に、ホワイトをベースに赤と黒のラインが入ったギターを持ち上げてみせる一人。フィアナ・ローデンやIMPあたりの曲を一通り弾きこなせるそうだ。
「ありがとうございます。では今、ステージ作ってきますねー」
 アンプを持ち込まれ、電源を確保するよう指示する聖那。ちょっと天然さん入っているのかもしれない。
「んー。このままだと、元、取れないかなぁ?」
 橘川 海(gb4179)、入ってくるお客の数に、そう首をかしげている。たしかに、そこここに興味深そうな面々はいたが、チョコレート減り具合は、さほど高くない。
「何か足りないかしら‥‥」
「うん、あとは衣装とかかなー。ちょっと聞いてくるねー」
 ソフィリアの難民救済チャリティと言う案は悪くなかった。実際、作ったチョコレートは、どれもとても美味しそうだ。問題は、着る物がほぼ制服な件である。しばし考えた海は、捕獲したままの准将のところに向かった。
「ん? 何、俺に踊れって?」
「お師さんに踊れとは言ってません。何か衣装ありませんか?」
 ステージから流れてくるBGMを肴に、森里と勝負していたジジィは、こう答えていた。
「俺じゃなくてミクに言え。俺のは、そこにある宴会用のメイド服しかねぇし。後は青い作業着と、流すDVDしかないぞー」
 どうやら、准将ご自身はあんまりコスプレは手を出していない模様。もっぱら、宴会でのイタズラ大作戦と、洗脳用DVDくらいなようだ。
「寺田先生とか、天狗の先生とかは、何か持ってないの?」
「天狗の野郎は、着物くらいなら持ってそうな気がするが。寺田は、多分脱がす方だ。期待しないほうが良い」
 思い当たるのはその2人だが、じじぃは首を横に振る。「やっぱり‥‥」と肩を落としたところに、からんと入り口の音がして、よく見たツインテールが現れる。
「あうあー。なんかソフィリアさんから招待状が来たんだけど、呼んだー?」
 ミクの手には、どうみても脅迫状にしか見えないお手紙が握られている。ちょうど良いところに来た! とばかりに、目を輝かせた海は、すかさずこう尋ねた。
「あ、ミクさん。コスプレ衣装で、聖那さんやティグレスさんに似合いそうなの、何か持ってない?」
 一瞬ナンの事かわからず、きょとんとしたミクだったが、海に『こう言うのだよ』と森里のメイド服を指し示され、ああと頷く。
「え。んと、ミクのサイズにあわせてあるから、ちょっとティグレスさんには辛いかも」
 コスプレ衣装ってのは、基本オーダーメイドだ。自作するか既存品を買ってくるかは、それぞれの状況によって違うが、おおむね『その人が楽しむ為に作成』なので、確かにミクの身長では、聖那やティグレスには合わないかもしれない。
「持ってきてくれる?」
「あーい」
 ミクがそう言って寮にとって返し、いくつか合いそうなものを持ってきてくれる。それを海は、大きさごとに分け、適当な男性陣のところへ持っていく。
「で、なんでそれを俺が着なければならないんだ」
「難民救済物資を売りさばく為には、ご協力してくださいな」
 ティグレスにそう言うソフィリア。収益を救済に当てるという大義名分に、ティグレス、反論できないようだ。そこへ、海が援護射撃をするように説得していた。
「このままでは元を取れないですし、風紀部と管理部を鼓舞して元を取る為には、お二方にも自らお給仕を。会長もやってくれるみたいですし」
 秋山以下風紀部や管理部の生徒だけでも、かなりの数に登る。彼らからチャリティ募金を取れれば、元は取れそうだからと。
「楽しそうですし、良いんじゃないかしら」
「面白そうだな。俺も天狗からちょっと借りてくる」
 聖那や准将が、自ら執事服やら着物やらを羽織っているのを示し、海は秋山へ是非にと申し出る。
「私も着るし、ミクちゃんもソフィリアさんも和奏ちゃんだって、協力してくれてますからっ」
「俺も、リクエスト受け付けるし」
 一人も、そう言ってギターを鳴らしていた。5人がかりの説得に、ティグレスため息をつくしかない。こうして、衣装も全て揃い、後は喫茶室を空けるばかりとなったのだが。
「あら、今日は女装しないのですか?」
「するか!」
 アンプをセットしている一人は、弾き易いよう執事服だ。そんな彼に、水無月がたんたんとツッコミを入れてくる。あまり思い出したくないかもしれない記憶に、即答する一人。
「残念。とってもお似合いでしたので期待していたのですけれど」
「しないでいいです」
 こうして、パーティの楽しい時間は、ゆっくりと幕を開けるのだった。

 薔薇で飾り付けられた扉が開く。テーブルクロスがかけられ、部屋には一人が流すギターの調べが聞こえ、そして甘いチョコレートの香りが漂う。響の手品でどこからともなく現れる花吹雪が、夢の世界へ誘ってくれる。それは、つい先日まで生徒の喧騒に包まれていた食堂とは思えない光景だった。
「おかえりなさいませ、お嬢様。パーティへようこそ!」
 執事姿のハインがにこやかに言うと共に、水理 和奏(ga1500)が、同じ姿で出迎える。入ってきたジジぃは、和奏を撫でつつ、「中々見栄えするようになったなー」と感言ってくれた。
「えへへ、なんだかこう言うと、偉くなったみたい‥‥」
 和奏は照れた様に頬を染める。と、彼女はチョコレートのできばえを見ているトヲイを見つけ、ぱたぱたと駆け寄る。
「あ、トヲイさんにも用意してあるよー。はい、これ」
「おおう?」
 トヲイ、もらえるとは思っていなかったようだ。
「いつもお世話になってたからね。女の子に免疫ないみたいだけど、今の僕なら平気だよね?」
「あー、いやそのー。ま、まぁ礼は言っておくよ」
 もっとも、男装していても、和奏は和奏。すっかりおされになった妹分に、しどろもどろで目をそらす。相変わらず、女性と意識してしまうと、駄目らしい。
「うーん、この格好でも駄目なのかなぁ」
「いえ。とっても可愛い執事さんですよ」
 聖那にも言われ、彼女はまた頬を染めていた。チョコの作り方なんて、すっかり忘却の彼方だったらしい和奏、せめてお給仕をと思ったらしい。次は、そのトヲイに菓子の説明をしていたクラークだ。
「はい、わかなさん。自分からの日頃の感謝を込めての気持ちですよ。これからも、よろしくお願いしますね?」
 コーヒーを入れていたクラークの所へ行くと、向こうから差し出されたチョコ。
「あ、ありがとう。クラークさんも、僕以外の子からも貰えるように応援してるね!」
「ははは、そうだといいですね」
 用意してくれていたらしいその返礼に、和奏もチョコをさしだす。 引きつった顔のクラーク。何かまずい事言っちゃったかなと思った和奏、申し訳なさそうに席へと案内する。
「これで大丈夫。会長ありがとう」
「いえいえ。そう言う光景の為に、食堂を貸してもらったのですから」
 聖那が首を横に振ったが、和奏はしょんぼりと肩を落とす。
「でも僕、結局チョコ作れなかったし‥‥。お礼って恋のお話になっちゃう」
「あー、私も聞きたーい」
 海がしゅたっと手を上げた。聖那も「お茶会ですから、よろしいんじゃないでしょうか」と言い出す。そこへ、ハインが「甘いモノだらけでは、体によくないですよー」と、紅茶を持ってきてくれた。
「好きな人、出来たの?」
「うん。優しくて、大人で、尊敬できて‥‥でも今の僕じゃ全然釣り合わないって思う‥‥だから‥‥将来、中佐のおじさんのような立派な男の人の部下になって‥‥僕も立派になれたら‥‥ずっと、ずっと側にいたいな‥‥」
 ミクが小首をかしげると、頷く和奏。名前は聞かなかった。ただ彼女は「和ちゃんならできるよ。きっと」と、その恋が成就する事を祈ってくれた。
「えへへ、ありがとう。ミクちゃん」
「お、いたいた。ようやく出来ましたよ。白いオペラ」
 そこへ、ユーリが出来上がったケーキを差し出す。真っ白なそれは、元が粉吹いたホワイトチョコとは思えないしろものだ。「ちゃんと誤魔化したぞー」と、自慢げなユーリ。
「皆さんお料理上手ですねぇ」
「そりゃあ、恋する乙女の意地だもの」
 のほほんと並んだチョコの感想を言う会長に、そう答える百地。こう続ける。
「ところで、会長はどうして推進派になったの?」
「愛は世界を救うのです」
 で、ソフィリアの言うチャリティバザーも、愛の一環としてOKをだしたようだ。そうじゃなくてさぁと、具体的な理由を上げる前に、ソフィリアがきらっと笑顔を再起動。
「だって、それならば収益は難民救済資金になりますし、そちらの睨んでいる副会長さんにも、不利益はありませんわ☆」
 その割には、顔が引きつってたり、包装がモノトーンだったりするが、気にしてはいけない。
「うふふ。ミクさんもいっぱい食べてくださいね♪ あ、キャスターさんは通風とか心配でしたら、紅茶だけでも良いですわよ」
 さりげにお預けを食らわせようとするソフィリア。よく見れば目が笑っていない。しかも、その手に握られているのは、特製唐辛子チョコレートで書かれた『ぶっち義理』の文字。
「‥‥唐辛子ココアは美味いぞ」
 もっとも、ジジィくらいの年季が入ると、たいていのものには顔色を変えないのだが。と、そんなじじぃに何とか一泡吹かせようと、嘉雅土が一口サイズを持ってきた。
「こう言うジジィには、こう言うほうが会うと思うぞ」
 ぽいっと中身をじじぃに向かって放り投げる。
「ナニを渡したのですか?」
「‥‥一味唐辛子入り黒酢にんにくあえ」
 微妙にチョコじゃないが、ジジィはまったく平然と食っているので、まずくはないのだろう。
「あたしからも。お師さん、いつもありがとうございます」
「お返しは等価だぞ?」
 師匠の鉄板みたいな表情を崩すのは、中々に大変そうだが、海はいつも世話になっている整備員の分もと、ノーマルなチョコを出す。そんな光景に、和奏は、やっぱりどこかしょんぼりしていた。
「いいなぁ。僕の大好きな人達、みんな遠くにいて‥‥。会えなくて‥‥渡せなくて‥‥」
「和ちゃん、泣かないでー。きっともうすぐ会えるよ」
 ミクがぽふぽふと背中をなでている。彼女の大切な人は、今遠い場所にいる。けれどきっと、彼女を忘れたわけではないだろう。
「うん。僕、今度13歳になって、一つ大人になるんだ‥‥だから、泣くの我慢するっ‥‥! また会える時は、笑顔でいなきゃね‥‥!」
 その時の為に、しょんぼりした気分は、チョコレートと一緒にコーヒーの中だ。ごしごしと涙をぬぐい、元の笑顔になっていく和奏。
「どうやら、楽しいパーティになったようですね。基本的にお祭り好きが多いのでしょうか‥‥」
 そんな光景に、販売ブースにいた水無月がのんびりと感想を呟く。ソフィリア、笑顔をを出しすぎて、張り付いてしまった表情で「義理ではこうでなくては、ね」と満足げだ。
「汝の魂に幸いあれ」
 甘い香りで、賛成派も反対派も、癒されてくれるといいな‥‥と、響は思うのだった。