●リプレイ本文
吹き荒れる雪が、視界を白く閉ざす。伝統的な天幕が立ち並ぶ村はひっそりとしていて、活気というものが欠片も見当たらなかった。
「こんなことになってただなんて‥‥」
どんよりとした天気に相応しい空気に、学園戦闘服を身につけた橘川 海(
gb4179)が、そう呟く。カンパネラ学園の入学式騒動が、現地の人々に、今でも影響を及ぼしていた事を、かなり気にしているようだ。
そんな彼女達を、自分がいる離れで迎えた青年は、少し驚いたようだった。
「まさかここまで来てもらえるとは‥‥。もう少しはやく連絡しなければなりませんでしたね」
「気にしないで下さいな。この状況では仕方ありませんよ」
白衣に眼鏡のいわゆる女医さんスタイルのリアリア・ハーストン(
ga4837)は、申し訳なさそうに口にする兵に答え、簡易医療キットを持ち出して、診察を始めている。
「はい、具合悪い人は並んでー」
海もそれに協力して、救急箱を持ち込んでいた。彼ばかりではない。具合が悪くなった人々を、一番大きな天幕に集め、容態を確かめていた。
「とりあえず放射能や疫病の心配はないから、そこらの心配はしなくていいわよ」
念のため、口にしている食料等も見せてもらったが、それらに特に異常は見られなかった。伝統的な生活を続けているとは言え、食べたらおなかを壊すものに関しては、長い歴史の中でしっかりと育まれていた模様。
「治療の終わった者は、少し話を聞かせてくれ。原因を特定したいのでな」
大丈夫な者に、UNKNOWN(
ga4276)が変調を起こした者の年齢性別発生した時期などを聞き取り、統計を取ったものを、村とその周辺の地図に記載している。それによると、気分が悪くなったのはごく最近なようだ。
「よかった。入学式の騒ぎが、原因じゃないみたい‥‥」
微妙に、入学式とは時期が離れている。村人を見て回り、そう教えてもらった海は、少しほっとして、怪我をしている彼の元へと向かった。
「あの、兵隊さんはどうして‥‥」
もしかしたら、入学式の時に、重症を負ったのかもしれない。申し訳なさいっぱいの表情で、海はそう尋ねたが、彼は苦笑して「ただ、少し力が足りなかっただけじゃないかな。運が悪かっただけだよ」と答えていた。どうやら、海があまりにもしょんぼりしている為に、事情を話せないでいるらしい。
「あっ、ごめんなさいっ。あの、ここでの生活の事、ちょっと聞きたいんですけど」
「と言っても、あまりここから動けないから‥‥」
慌てて、別の話題に切り替える海。だが、話を聞く限り、生活そのものではないようだ。ちょうど、回復しない期間と、地震が頻発するようになった時期、そして人々の具合が悪くなった時間も、ぴったりと一致する。
「そうですか‥‥。ちょっと無線機見せてもらっても良いですか?」
「ああ、構わないよ」
どうやら、入学式の騒動が原因ではなさそうだ。そう思った海は、彼が直そうとしている無線機を持ってきてもらった。あちこちに修復した痕跡のある無線機を分解し、壊れていない無線機と比べてみると、弱い衝撃をずっと当て続けたような後が見つかった。まるで、バイクの上に固定していない機械を置いたような壊れ方だった。完全に『逝っちゃってる』らしく、電源を入れても、ノイズすら聞こえてこない。
「この無線機、いつもどこに置いてあるんです?」
「外に近い場所だけど‥‥」
天幕でも、電波の拾い易い場所に置き、自分が起きれずとも、村の誰かが気付けばいいと思ったようだ。人目にも触れるが、その気になれば、誰でも弄れる場所ではある。
(きっと、兵隊さんを見初めた女の子が、彼を引きとめたいって。そういう艶のある話、だからっ!)
もしかしたら、村の誰かが手をつけていたのかもしれない。修理箇所が多く、人為的に壊したかどうかは分からなかったが、青年の扱いと、村の女性達を省みるに、ロマンスを否定するような要素がかけらもなかった。
「どうしたの?」
わずかながら頬を染めている海に、怪訝そうに覗き込んでくる青年。顔色こそ青いが、その爽やかな容姿は、海のほっぺも朱に染める程度だ。
「なんでもないっ。私、ちょっとトナカイの様子を見てくるねっ」
その思いを気取られぬよう、海は無線機持ったまま、同じく具合を悪くしているらしいトナカイ牧場へと向かうのだった。
すでに、水理 和奏(
ga1500)が心配そうに様子を見に来ていた。
「かわいそうなトナカイさん、どうしよう‥‥。これ借りてきたけど‥‥」
手に、村でトナカイを捕らえる時に使う道具を持って来ている。が、トナカイを傷つけてしまうかもしれないので、躊躇しているようだ。
「これまでの低周波関連の依頼に関わってきた身からすると、村のかたがたのおかげんがすぐれないことや機械がなおせないのは低周波のせいだと思いますわ。病院の件では、敷地内の地中で低周波を出していたモグラキメラがいましたし」
「地震を引き起こしてるって事は、きっとそうだな」
今までの事から、そう結論付けるノーマ・ビブリオ(
gb4948)。森居 夏葉(
gb3755)も、そのモグラ型キメラが原因だろうと推測してくる。
「そっか‥‥。だったら、こうすれば、FFが発生するだろうから‥‥」
「あっ、海お姉さん!」
その話を聞いた海。とととっと柵を越え、トナカイ達のいる場所へと迷わずに進む。気付いたトナカイが、きっとこちらを向いた。季節柄、成長途中の角を持つオスらしき固体が、彼女へ角を向ける。
「わぁっ」
がつんっと鈍い音が響いた。AUKVを装着した海に衝撃が伝わる。勢い余って尻餅をついた彼女に、トナカイが突進をかけているが、FFを相手にしたような感覚は伝わってはこない。やんわりとそのパワーを押さえ込んでいたところに、和奏がかけより、借りた首輪を、トナカイにかけた。
「危ないよ〜」
「ごめん‥‥。でも、FFはなかったから、キメラじゃないみたい」
トナカイの体力も、そこまでだったのか、急に大人しくなる。その間に、牧場の柵へ戻ってきた海は、申し訳なさそうな表情だ。
「もしかして、村はずれにあるって言うMIに‥‥」
「トナカイさん、なんだか具合悪そうにしてるし、きっとそっちだよ」
キメラが、ワームの守護に回ると言うのは、よくある話である。夏華の判断に、和奏と海も「よし、行ってみよう!」と従うのだった。
MIを優先にしていたのは、何も夏華だけではなかった。
「皆、防寒とかは大丈夫?」
「ああ。足りないものは、村から借り受けたからな‥‥」
村で、伝統の毛皮の上着が、服の上に羽織られている。アンノウンが、村から借りたのだが、彼らはこちらの方が猟に適しているだろうと言う事で、ソリを貸してくれた。
「そう言うわかなは大丈夫なのか?」
「うん、僕はこれがあるから。あ、そうだ。学校のおばちゃんに言って、シチュー持ってきたから、辛かったら飲んで元気出してね!」
夏華に言われた和奏、中佐のぬいぐるみと大き目の水筒を見せた。が、その直後、地面が細かく揺れ始める。
「地震‥‥。やはり、村はずれのMIのせいですかしら」
「可能性はあるだろうな」
夏華が周囲を見回すが、まだMIの姿は無い。それでも、ノーマはMIの存在を指摘する。
「すごいなぁ。ノーマちゃん、もう目星付いてるんだ」
「私だけじゃありませんわ」
和奏が感嘆の声を上げるが、ノーマは軽く首を横に振る。どうやら、夏華と彼女にMI関係はお任せした方が良さそうだ。ノーマ自身も「気になっていては存分に戦えませんものね」と、その案を了承してくれる。
「では隊列はこれで良いな? 必ず1人では行動しない。定時連絡を欠かすな。いいな?」
アンノウンがそう指示している。こうして、まるで中世の行軍のように、アンノウンを先頭に、夏華を後ろで、いくつかのグループに分かれて行動する事になった。
「こうしてみると、同じ光景に見えますわね」
「見る人が見れば、違うさ。例えば‥‥あの辺りとか」
覚醒し、探査の目を使う夏華。そのおかげで、傍目には似たような光景に見える雪原も、起伏に富んだ丘に見え、そして隠れられる場所も多く発見できた。
「うう、全然わかんないっ」
もっとも、和奏には、その差はまったく見分けが付かなかったりするわけだが。
「あんのん、そっちはどうだ?」
「振動波が強まっている地点に近付いている、な」
そんな中、凍った地面に手をつき、振動を確かめていたアンノウンは、木々の根元にある雪の波紋を見ている。さっきまでは殆ど分からなかったが、夏華の話では、感覚が狭くなっているそうだ。水に浮かぶ波紋と同じならば、震源は近いはず。そう判断するアンノウン。
「何か。くらくらしてきた‥‥」
が、その直後、和奏がそう言い出した。リアリアが、練成治療を施そうとするが、どうやら元々の値が低下しているらしく、一向に回復しない。
「やはり、錬力か‥‥。知覚中は止めて、こっちにしておこう。‥‥出て来い」
その頭痛は、アンノウンをも襲っていた。それでも、顔色1つ変えず、スコーピオンをエネルギーガンに変えるアンノウン。と、半ば雪に埋もれた木々の向こうから現れたのは、大きな角を持つトナカイ達。
「野生の‥‥トナカイ?」
「いや、アレはキメラ‥‥!」
探査の目を使っていた夏華が指摘する。牧場のトナカイ達と比べ、角が立派過ぎる。今は、融けない雪もあるとは言え、季節は夏に向かおうと言う頃合。鹿と親戚なトナカイなら、冬場に生えるような立派な角はまだ生えていない。
「くっ、MIの見せた幻覚かもしれん。援護を頼む」
そう言って、ノーマに連絡するアンノウン。近づかないようにしながらも、エネルギーガンの銃口を向ける。トナカイは動じない。
「‥‥‥‥やっと、面白く。いや、ややこしくなってきたのかな?」
やはり、キメラか。そう確信したアンノウンの足元が、激しくゆれ、トナカイが地を蹴った。
「地震が‥‥。来るぞ!」
「くッ」
足元を狙われ、トナカイが振ってくる。右手で銃を撃ちながら、左腕で夏華を横抱きにし、地面へと転がる。
「大丈夫ですか?」
そこへ、ノーマ達が追いついてきた。『大丈夫』と答えた夏華、アンノウンに礼を言いながらも、武器を向けた。
「構えろ。数m先にいる」
彼女が警告した直後、雪の積もった丘が、激しく揺れ始めた。盛り上がりに注意したノーマが、目を凝らせば。
「モグラさん、病院の時より強そうですわね」
直後、出てきたのは、巨大なモグラ。だが、病院に出てきたキメラではない。そう‥‥サンドワームだった。
確かに、形状はモグラに酷似していた。出てきた様子も、ちょうど漫画やアニメでデフォルメされたような感じで、上半身に当たる部分だけを、地面に出している。
「こんのぉ! 食らえっ!」
くぱぁと口をあけるようにして、こちらへ牙を剥くサンドワームに、夏華が怪刀『嵐真』を突き刺した。手ごたえはあったが、効いているとは言い難い。
「竜の角でも無理か‥‥」
AUKVを装着し、覚醒した状態で臨んだ海だったが、トナカイが現れた前後から、絶え間なく襲ってくる頭痛を、竜の角で押さえる事は出来なかった。むしろ、激しくなっていると言っても良い。
「この頭痛、もしかしてMIの?」
M2(
ga8024)がそう言いながら、ノーマに弾頭矢を渡している。
「いえ、この感覚は、以前の依頼とおなじもの!」
「どっちみち、倒さなきゃ駄目なんだよな」
そう答える彼。自分達が壊したものの残骸だ。M2もまた、責任を持って最後まで処理しようと思い直す。
「これをちゃんと始末しなけりゃ、上杉の名前が廃る。任務を完遂し、立派な男にまた一歩近づく為に、頑張ります!」
上杉 怜央(
gb5468)が、先祖の武将に誓う。家庭の事情で、どこをどうみても少女姿なのだが、そのうちに秘める心は、日陰の身となってなお火を絶やさなかった先祖名前に恥じないサムライハートだ。
「練成‥‥強化!」
その彼の練成強化が、攻撃役となる面々へとかかった。それだけでも、結構な負荷となってしまうのか、頭痛が激しくなる。
「く‥‥。頭痛が‥‥。僕にもっと力があれば‥‥」
くらくらするその感覚に、上杉の脳裏に、嫌な思い出がよみがえる。以前。強敵相手に力及ばず、任務を失敗してしまった苦い経験。
「大丈夫。僕が何とかするから」
と、その練成強化を受けた前衛の1人、和奏はそう言ってくれた。両腕のルベウスを、クロスさせ、地をかける。疾風脚で回避力を上げた彼女は、瞬天速を使って、一気に距離を詰めた。
「いくよ! 中佐アッパー、ダブル!」
がっつんと手ごたえがあったが、そこで頭痛が増し、動きが鈍ってしまう。それでも、動きにはまだ余裕があった。
「今のうちに」
彼女が頑張っている間に、上杉はMIの処理にむかう。アンノウンに言われ、ノーマも共に向かった。
「見つけた‥‥。傘、開いてる!」
そう言うや否や、ノームが魔装の弓から、弾頭矢を放った。ひゅんっと弧を描いて飛んで行った矢は、着弾するなり、その本体を炎で包む‥‥かに見えた。
「消えた?」
「違う‥‥。こっちはダミー!」
M2の放ったペイント弾は、傘に印を付けていない。それどころか、MIの姿すら消えている。そしてそれを認識した直後、再び地面から振動が襲ってきた。それは、すぐ上にあったはずの、雪の塊を崩してしまう。
「わかなさん。上から雪崩が!」
「わわっ。モグラさんこっち!」
声を上げる上杉。モグラと戦っていた面々が、その場から離れる。勢い、乱戦になってしまったが、幻はがらがらと崩れた雪の塊に、悲鳴すら上げない。
「よし、幻は消えた! いまだ!」
上杉がエネルギーガンを放った。命中したそれの先端が、淡く光る。
「エネルギー収束を感知! プロトン砲、来ます! 全力回避っ!」
M2がそう叫んだ刹那、周囲が白く染まった。視界が奪われる中。それでもノーマは、大鎌サリエルに持ち替え、その石突の部分に、二連撃をを振り下ろす。
「こんのぉぉぉ!」
M2もまた、同じ場所に布斬逆刃を付与したイアリスを振り下ろした。アンノウンも同じ様にエネルギーガンを撃ち込んでいる。
「あっ。モグラさんが!」
こうして、MIを集中的に攻撃している間、サンドワームは不利を悟ったのか、地面の奥底へと逃げていくのだった。
「頭痛、治まったな」
「あのモグラが持っていたのかもしれんな」
M2が自身の頭を振ると同時に、アンノウンが時間を確かめる。村の方でも、サンドワームが姿を消したのと前後して、症状が嘘のように消えたらしい。戻ると、トナカイが元気に餌を食べていた。
なお、残ったMIの残骸は、夏華の手によって細かく分解され、海の希望でカンパネラの研究室へと丁重に運ばれたそうである。