●リプレイ本文
ラスホプでは、様々な資材が右往左往している。その中で、発注の電話をしているらしき男が1人。
「‥‥サンクスだ。ついでに棺桶の用意を頼む」
なにやら物騒な単語が飛び交っている。
「サイズは‥‥。そうだな、キャスター准将に合わせておくといい」
本当に物騒な相談のようだった。
サンタカタリナ島、西岸‥‥。
そこに、一艘の船が接岸されていた。かつてはリゾート地として名高い場所だったが、今はどう見ても漁村と大差ない状態だった。
そこへ、船の上から、黒装束に身を包んだアルヴァイム(
ga5051)が出てくる。物音を立てず、こっそりと忍び込む彼。記憶に覚えた地図の通り進めば、そのすぐ先で、島のメインストリートへ出るはずだった。
だが。
『くきゃあ、くきゃあ』
メインストリートに面した、商店の跡地。そこには、まるで俺が主だと言わんばかりに、ハーピー型キメラが、鳴き声を上げている。狼型のキメラも、何匹かうろうろしているようだ。1人では手に余る量のキメラに、アルヴァイムは腰に治めていた地図に、注釈を書き込む。通行止め‥‥と。
『アルヴァイムさん、そっちはどうです?』
「ところどころにキメラの巣があるな。テリトリーから出てはこないようだが‥‥」
大神 直人(
gb1865)にそう答える彼。うっかり狩場に紛れ込むと、たかられて朝ご飯にされてしまう。そう判断したので、コースから外すとの事だ。
『そっちはどうだ?』
「あー、水中も似たような感じですねー。けど、流れの速いところには数少ないみたいですから、対処しときますよ」
レース参加者には酷な気もするが、それくらい対応出来ないようでは販売できまい。そう思って、直人は寄ってきたキメラに自前の武器で切りかかる。ずばしゅっと鮮血が海中に舞った。
「これでよしと。入れそうにない場所の入り口には、待機しておきます」
通信機越しにそう言う直人。レース参加者にももちろんだが、関係者にも自分の位置を連絡している。
「うーん、やはりリンドブルムのバージョンアップ版って感じだな。あくまでバイクとしての性能はって所だけど」
慣らしを兼ねて、パイロドスをバイク形態で運転しているユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)がパイロドスを止めてそう言った。ドラグーンにしか装着の出来ないAUKVだが、エンジンさえ付け替えれば、バイクとしても運転は出来る。あくまでも方法を知っていれば、だが。
『そっちは大丈夫か?』
「ああ。まさかAUKVとは思わなかったけどな。アクセの用意が無駄になっちゃったよ」
アルヴァイムに問われ、答えるユーリ。うっかりKVだと思っていたらしく、ソードウィングまで用意していたが、やっぱりAUKVには無理があったようだ。
「きしゃああ!」
そこへ、潜んでいたらしい蔓型が何匹か襲ってくる。
「流石に安定性悪いかな‥‥っ」
止めたバイクからなら、弓も撃てる。蔓そのものはさほど強度がないらしく、矢は襲ってきたキメラを撃退する事に成功していた。
「これでよしっと。潜んでる伏兵はいないようだな」
周囲を見回し、安堵の表情を見せるユーリ。後は、定期的に巡回しておけばいいだろうと確信する。
『こちらもOKだ。さて、戻るとするか‥‥』
手の届く範囲の狼型を除去し、くるりと踵を返すアルヴァイム。こうして丁寧に書き込まれた地図は、緯度経度を元にナンバリングされ、フォルダにまとめられる。一通り島を回り、片付けられるキメラを片付け、黒装束が返り血で染まる頃、日が昇り始めた。
「そろそろ‥‥だな」
レースは日の出から、日が暮れるまでの時間で行われる。3時間後に一斉にスタートする手はずになっているので、そろそろ参加選手達が姿を見せる頃だろう。そう思ったアルヴァイムは、注釈付きの地図を大切そうにしまいこみ、ブースの設置場所へと向かうのだった。
ピットは、さながらテント村のようだった。そこでは、傭兵達が様々に入り乱れ、準備に余念がなかった。
「しかし、これだけの試作機が並ぶと、壮観ですねー」
須磨井 礼二(
gb2034)がまぶしそうにピットを見上げている。
「おじいちゃん、またバイクのテストやるんだねっ。私も何か手伝える事あるかなっ?」
橘川 海(
gb4179)がそのピットでトリプルチェンジャーのブースにいたお爺ちゃんことキャスター・プロイセン(gz0204)准将を捕まえて、そう尋ねている。
「おう、こっちだ。ちょっとここ頼むわ」
「って、いきなり手伝いですかっ」
で、いきなりジジィに拉致られる。
「それぞれのピット全部回んなきゃいけねーから、忙しいんだよっ」
大体は何をやれと言うのが分かる海だったが、それでも問答無用でKVの下に潜りこまされると、ちょっとげんなりだ。しかし、じじぃはまったく気にせず、手の足りない所へ行ってしまった。
「やれやれ、騒がしい師匠だなぁ」
「無事にお返ししますよ」
苦笑する海ちゃんに、パイロットの1人の礼二がそう答えている。と、そこへアルヴァイムからの通信が入った。
『ただいまー』
「あー、ご苦労様です。どうだった?」
海、状況を尋ねる。と、マーキングされた地図が次々とモニターに映し出された。
『だいたいのところはこんな感じだ。外は大神が回ってる』
「了解です。各ワークスに通達しておきます。主にハーピーと狼型、それに蔓型もだね」
画像で確認されたキメラの姿を、ブースへと送り込む海。と、大神からも海中の状況が転送されてくる。
『海の中には鮫っぽいのもいますよ。蔓は海中でワカメだか昆布だかになってます』
「出汁にしたら食べられないかなぁ。メンマたくさん作れそうだし」
うねうねと動く海草を見て、ブースにも山ほどお菓子持ち込んだ火絵 楓(
gb0095)がじゅるりとよだれをぬぐう。お菓子の中に、サルミアッキが見えたから、キメラも問題なくつつけるに違いない。他の人じゃ無理だが。
「よーし、これはこれでOKっと。あれ? おじいちゃんは?」
「んと、多分オールラウンダーチームの所かな。あそこが一番手間がかかるみたいだから」
転送の終わった海が、どういうわけか手伝わされていたミクに尋ねると、彼女は3つほど向こうのブースを指し示す。「じゃあ手伝ってくる。ミクちゃん、ここはお願いねー」と言い残し、海がそのブースを訪れると。
「ARの試作機をこさえた准将の男気に答えたので参戦なのでありますよー」
「問題は、この局地戦用ユニットが、UPC内部じゃ軒並み反対食らってんだよ。機体アクセにすると、変なもん浮いちまうって」
試作型換装システムの事で、美空(
gb1906)と准将がなにやらパーツを弄っていた。ぱっと見ただけでは、大きなブーツにしか見えない。一応作って見たものの、KV用にバージョンアップするのは難しそうだそうだ。理由は‥‥規格があわないとの事。
「設置型じゃダメなんでありますか?」
「システムが追いつかねぇよ。なんで、生身パーツに組み込んだほうが良いかもしれんとさ」
他のKVに組み込まれると、エラーを起こす確率が高いそうだ。で、准将ってば考えた結果、なにやら色々持ち込んでいる。
「美空〜、調子はどうだぁ? 手伝いに来たぞー!」
「ありがとうであります。んじゃ、そっちの組み立てを頼むのであります」
美空は、その組み立てを兄の大槻 大慈(
gb2013)へ頼んだ。「おう、任せときなー」と、作業に取り掛かっていた頃、アルヴァイムがなにやら箱のようなモノを運び込んでくる。
「ちわぁす、棺おけ納入しに来ましたー」
ぺらぁっと布をめくると、綺麗な白い桐の箱。しかもご丁寧に窓付き。
「は? 一体誰が‥‥」
「えぇと、発注者はアンノウンさんと書いてあるであります」
怪訝そうにするじじぃに、伝票を見る美空。そこにはUNKNOWN(
ga4276)の文字。ぴくぴくと頬を引きつらせた准将は、げしぃっと部品を積み上げると、回れ右。
「‥‥美空。俺は他のところを回ってくるから、ここは任せた」
「へ? 一体何が」
理由を聞こうとしたが、准将はそのままダッシュでブースを離れてしまった。
「なにやらとんでもないハプニングが待ち受けてそうですね」
獅子河馬(
gb5095)、そんな彼らの姿を見て、とりあえず速度ではなく完走を優先させようと、心に誓う。
「よしOK。じゃ、俺は行くから。美空、がんばれよ?」
「はいであります。必ず完走するでありますよ」
それは美空も同じだったらしい。兄の励ましに答え、にっこりと笑顔で機体に乗り込むのだった。
ぽんぽんと、開催の花火変わりに煙幕が登っている。アルヴァイムが刻限を告げる鐘の音が鳴らし、ファンファーレなんぞもオンエアされている中、実況席に陣取った大慈は、彼にカメラを向けられて、笑顔でマイクを握った。
「さぁ、やってまいりました。チャリティオートレースの開幕です! 各ピットでは、最後の仕上げが急ピッチで行われている模様です。現場の海ちゃーん、どうですかー?」
ぱっと画面が切り替わる。
「はーい、こちらピットレポートの桶川ですっ。ただいま、各ワークスチームを回っておりますっ。今は、ベルゼブブワークスのブースですね」
レポーターっぽくマイクを握った海が、巨大なサイドカーのついた機体に兵装を装備している依神 隼瀬(
gb2747)にそれを向けた。
「サイドカーって、荷物たくさん詰めて便利そうだし。ついでに怪我人の運搬とかもできそうだから、小回りの利くリッジとしても、使えそうだと思ってね。あ、これってAUKV着たまま乗れる? ダメならここ止めて装備なしで行くけど?」
携帯品をぽいっと放り込みながら、カメラ越しに尋ねてくる准将。と、実況席でマイクを向けられたジジィは、ん? と怪訝そうにしながらこう答えた。
「いや、全部AUKV対応にしてある筈だが」
「ちょっと重い気がするんですよね。水中で動きが制限されそうだから」
確かに、その重々しい外見は、バイクKVと言うには少しばかり重量感がある。と、准将はスタンばっていたアルヴァイムに合図していた。
「んまぁ、それなりに対応装置がそろそろ届くはずだ」
「ちわー。届け物ですー」
彼の事前調査により、キメラの数と所在は、各チームへ配信されている。その為、大して労せずに、水中装備を運び込む事が出来た。見た目は巨大なボディボードだったりするが。
「名付けて、コバンザメだ。中々いけてるだろ」
「浮きとか必要そうだなー‥‥」
よく見れば、しっかりコバンザメの意匠化されたワンポイントがおされである。が、KV全体を浮かすには、まだまだ何枚か必要そうなので、彼は急いで『浮くモノ』をかき集めるのだった。
「まだ調整が難航してるかもしれません。他のチームに移りまーす」
その間に、海はヘルヘブンワークスのブースへと移る。都合4名のパイロットを要するチームは、結束も固い。
「二輪型KVか‥‥悪くないな」
にまりと見上げる一人。ガチ向き機体もあるが嵐 一人(
gb1968)はあえてこれを選んだ。理由は、自分のライディングテクニックに自信があるからだろうか。
「出るからには勿論、優勝を狙いましょう」
「私としては、それよりも無事に帰ってきてもらえればいいんのですけど」
挨拶を済ませた後、そう宣言している赤城・拓也(
gb1866)に、メカニックでもあり、そもそもヘルヘブンの発案者でもある鬼道・麗那(
gb1939)が、パイロット達に健闘を祈るハグで答えている。あまり邪魔は出来そうにないと思った海は、そっとチームスカイフィッシュの方へと向かった。
「まさか形になるなんて、スカイフィッシュ♪」
で、そこには試作機体を抱きしめ、すりすりと頬を寄せている柿原ミズキ(
ga9347)の姿があった。
「あのー、ミズキ選手何を?」
「あっ、僕は何をっ!」
声をかけると、我に帰ったようで、慌てて身を離している。略称TSFのメンバーは、キメラ掃討で軽く柔軟体操をこなしてきたらしい冴城 アスカ(
gb4188)、メカニックのイスル・イェーガー(
gb0925)。主に知覚に特化したアクセと兵装を取り付けていた。
「各チーム、試作機に事のほか思い入れがあるようですねー」
「自分の考案した者が出せるのは、とても嬉しいものだよ。ただ、あんまり自信はないけどね」
海のインタビューにそう答えるミズキ。若干顔色が悪いのは、ここ数日、寝食を忘れて取り組んでいるせいらしい。アスカが水分補給のミネラルウォーターと、消化しやすいゼリー状飲料を持ち込んでいた。
「でも、良い機体だと思いますよ。頑張ってくださいね!」
「あはは、ありがとう。確かに、逆境なんかには負けてられないよね」
同じメカニック系少女と言う事で、気持ちはよく分かる。そう言って励ますと、彼女はびっと親指を立てて、にっと笑う。
「各車、準備が整ったようです」
今回、万能すうぱぁアシスタントなアルヴァイムから、『OK』のサインが出る。それを確認し、各機体が所定の位置についた。
「ではいっせいに‥‥すたぁと!」
ぶぉんっといっせいにエンジンが点火される。それぞれの方法で飛び出す傭兵達。
「レースとあっちゃ、そっちにかまけてる暇はないな!」
スタートダッシュに命をかけてる一人。いきなりスロットルを全開にし、合図と共に一気にコースへと踊りだしていた。
「さぁ! かっ飛ばして行くわよ!」
アスカも、陸戦形態でスカイフィッシュをかっ飛ばす。スノーモービルに近い外見のそれは、地面を滑るように走り出していた。
「コース情報確認。転送します」
海、アルヴァイムから貰った最新地図を、各モニターへ転送する。色の違うポインターが付与され、各チームの位置が判るようになっていた。
「解説はじっちゃんことキャスター准将です。じっちゃんよろ‥‥あれ?」
大慈が実況席を振り返る。が、そこにジジィの姿は無い。
「准将なら、さっきアンノウンの姿見て、血相変えて飛び出していったが‥‥」
カメラにこっそり映っていたらしいダンディ不明に、顔を引きつらせて回れ右をしていたと、アルヴァイムから連絡が入る。
「なにぃ。中継のユーリ、今どこだー?」
「はーい。私は今、先頭集団に併走して、トップ争いをお届けしています♪」
大慈がコース上のユーリへ連絡を取る。カメラが振られ、営業スマイル中のユーリが映し出された。
「順位はどうだ?」
「トップはやはりスピード重視のトリプルチェンジャー、ついでスカイフィッシュ、リンクスフォーチュン、ヘルヘブン、オールラウンダー、ベルゼブブの順だ。ヘルヘブン以下は、横並びと言ったところだな」
もっとも、すぐに元の調子へ戻ってしまったのだが。本人曰く『いつもと違う口調は疲れる』だそうで。
「なるほど。やはり、最高速度の違いが、スタートダッシュに響いてますね」
「スマイル、スマイラー、スマイレージ♪ やっぱり軽い機体はいいなー。これで身軽だと、もっと良いんだけど☆」
同じ様に笑顔を浮かべた礼二、トリプルチェンジャーで障害物をアクロバティックに回避している。身の軽い機体は、他の機体と比べて、移動力が高い。その為、最初に機体1つ抜き出る事が可能だ。
「ここで、番場さんから、今回のコースについて説明してもらいます。どうぞー」
「上空の番場です。今回のレースコースを、上空画像と重ねると、おおむねこのようになります」
そんな状況を見ながら、大慈が分かりやすいようにコースをアップにした。パイロドスに乗った番場論子(
gb4628)が、集団の後ろから行程を映し出す。そこには赤字で立ち入り禁止エリアもしっかり書き込まれていた。
「こちら桶川。このうち、島内のこのエリア、海中ではこの付近では、キメラとの戦闘が予想されるため、パイロットは細心の注意を払ってくださいねー」
オペレーターの海が、そんな注意を促している。
「後方はこれより警戒行動に入ります。皆さん、中継車は巻きこまない用にお願いしますね」
番場も、中継カメラを回しながら、そんな事を言っていた。が、既に傭兵達はそんな事あまり気にせずに、前だけを向いている様だ。
「各機、妨害対策は万全なようです。さて、最初に仕掛けるのは誰でしょうか‥‥」
そんな彼らを、後方から撮影する番場。それぞれの機体がよく分かるように、時折加速して追いかける。その画像には、大慈の実況が思いっきり録音されていた。せっかくなのでと、番場さん、録音用の音量を上げたりしている。
「目指すはトップだ! レースである以上、譲れないぜ!」
そのカメラの中で、一人の乗るヘルヘブン、最初っから飛ばしている。ブースではタイムを見ながら、相麻 了(
ga0224)が削ったカウルの残骸を見ながら、ぼそりと呟く。
「出来るだけ装甲削ったんだが‥‥さすがに人工知能は無理か」
「その為のエミタですわよ」
取り付けたアームと連動させれば、それを補う事は可能だろうと、准将は言っていた。
「それもそうだ。さて、旋回性能を拝ませて貰うとするか」
頷いた相麻が、一人に合図を送る。ちょうど、島の急カーブにさしかかっていた。他の機体が曲がれるかどうかは微妙な角度に見えたが、今は突破するほうが先だ。
「うぉりゃああああ! トップはわたさねぇぇぇ!」
重心の傾く機体。倒れそうになる刹那、一人は地面側に、ナックルフットコートを叩きつける。反動で反り返る機体。
「突っ込んでくる気か!」
前にいたトリプルチェンジャーの礼二が、足のローラーで壁ギリギリまで張り付く。その刹那、麗那がマイクを奪い取り、一人に叫んだ。
「そんなに倒さなくても、旋回は可能よ! アームを美味く使って!」
「やってみるっ」
こんのぉぉぉぉ! がりがりがりと火花が散った。アームが地面を削り溝を作る。カーブのすぐ内側を回り、トリプルチェンジャーを追い抜いている。
「おぉっと! ヘルヘブンチーム、まず一歩抜き出た模様ー!」
「ああもう! とろとろ走ってると、あっという間に追い抜かれるわよ!」
しかし、トリプルチェンジャーも負けてはいない。 ぴったり張り付いて、いつでも抜けるような位置へと追いつく。
「高速走行は、海中では活かし難いですからね。ここは出来るだけ飛ばしますよ」
「おぉっと、トリプルチェンジャー、さらにスピードを上げたー!」
カーブの後は直線だった。まっすぐな道に、トリプルチェンジャーがブーストで加速する。ヘルヘブンとは、わずか機体半分程の差しかなかった。だがそこへ、エマージェンシーが鳴り響く。
「あ、こちら瀬川です。この先はキメラの密集地です。気をつけて通行してください」
そんな大騒ぎを、ハーピー達がかぎつけたらしい。ぎゃあぎゃあと怪鳥の悲鳴がとどろく。まるで、レースを見に来た観客のように。
「ち、放っておくわけにいかねぇか‥‥」
スピードを緩めざるを得ない一人。しかしそれは、他の参加者もおなじようで、全体のスピードがこぞって落ちた。
「1番から6番までは任せた。こっちは7番から12番を対応する」
「了解。下の方はこっちでやりましょう」
アルヴァイムと大神が自前のKVでもって出撃して行った。囲まれてはいるが、2人なら何とかなるだろうと、大慈は声を張り上げる。
「だがしかし! そこは我ら運営スタッフが黙っちゃいない! 中継の倫子、そっちはどうだぁ?」
「入ったのはまずヘルヘブンですね。それからトリプルチェンジャー。3番手には、チームスカイフィッシュのようです」
ナンバリングの施された機体がモニターへ映り、それぞれのブースへと滑り込んで行く。
「れーいなーちゃーん、水中キット頼みますよー」
「OK、任せといて!」
ヘルヘブンから飛び降りた一人に代わって、相麻が乗り込む。それと同時に、麗那がばりばりと海中仕様の品を取り付けて行った。それと同じ事は、トリプルチェンジャーでも起きている。
「ご苦労様っ。せっかく作ってくれた秒数、僕頑張って走るよっ」
海中担当は水理。ナビは相変わらずクラークのまま。そしてどういうわけか、ドリルナックルが用意されている。
「レースをやるなら、安全を確保してからの方が良いと思うのですがねぇ」
「それはたぶん、ミクちゃんのお爺ちゃんがどうにかしてくれると思うしっ」
危機感を募らせているクラークに、水理がそう言った。が、実況席にじじぃの姿は無い。
「どこ行っちゃったんだろう。せっかく僕でも乗れるの作ってねって言おうと思ったのにー」
不安そうに顔を曇らせる水理。と、番場のカメラが、後方集団を捕らえている。そこに映ったのは、こちらへ向かってくるオールラウンダーの姿。
「あ、あれ? お爺ちゃん?」
よく見ると、予備機がへ移送しており、どういうわけかアンノウンさんの姿がある。
「どいたどいたどいたーー!」
「むぁぁあてぇぇぇ、きゃすたあぁぁぁぁ!!」
で、その前にパイロドスで逃げ回ってるじいちゃん。スピーカーから響くバリトンの声に追い立てられながら、全力疾走中。
「バイクの横にならべっ。散々待たせて! こっちが諦めた頃にっ!」
「今さらって言うな! 新しいクラスに回せばいいってお達しだったんだっつーの! だいたい、開発ベースに乗せようとしてんの、俺だけなんだぞっ!」
それなりに予算とかULTの都合とか、UPCの都合とか、色々あったらしい。詳しくは極秘らしいのだが、アンノウンにとって、そんな事ぁどうでもいい。
「ふっ、はははははっ!」
距離をつめていくアンノウン。直後、ちゅっどーんと何か嫌な音が響いた。
「あ、ごめんちょ」
よく見れば、リンクスフォーチューンにパイロドスごとはじかれている。計らずもひき逃げアタックをその身で体感する事になっていた。
「うむ。やはりこのオールラウンダーと言うのはいいな。アメリカンスタイルと言う流線が、男心をくすぐる」
機体そのものは悪くはないようだ。その間に、スカイフィッシュが到着している。イスルとミズキが、衝突で出来た箇所をチェックし、素早く水中システムを取り付けていた。その作業をしている間に、じじぃの後をべったりつけたリンクスが到着。
「愛で炎があたしを詠んだ!今炎翼が舞い降りた! 楓ちゃん参上!」
結局、キメラ戦に参加できなかったのが心残りだったのか、到着した楓ちゃん、きぐるみ姿のまま、ポーズを決める。が、ぱちぱちと拍手が鳴りおわると、ふっと我に帰ってしまった。
「ほへ? あたし何してたんだっけか」
きぐるみが鳥だから鳥頭と言うわけではないだろうが、怪訝そうな顔をしながら、サルミアッキを口に放り込んでいる。その間にオールラウンダーが到着し、海中仕様へと変えていた。さらに遅れて、最後はベルゼブブだ。
「やれやれ。丁寧なコース取りってだけじゃだめかなぁ」
ブレードウィングに大量の草の後をつけたままの衣神が、そう言っている。コースが設定されているので、最短と言うわけにはいかなかったようだ。
「ハロハロー、順調かぁーい? 気楽にいこうぜー」
そんな彼を、ばしばしと背中を叩いて‥‥いやつついてくる楓。ぼろぼろとメンマの空き瓶が落ちる。
「って、なんだこの大量のくいもんは」
「気にしない!」
ふんぞり返る楓。ピクニックと同じ仕様になっているが、そこはそれ、スイーツ大好きな女の子の特性なのだった。
後半戦は、水上の戦いだった。
「ミユお姉さまに頼む為にも、僕がんばるっ」
「レースが終わったら、アイスでもおごってあげますよ」
後ろのシートにクラーク・エアハルト(
ga4961)を載せた水理 和奏(
ga1500)が、機体を発進させる。耳元で風がうなるような気がした。
「ねぇねぇロジャーちゃん、飛んだらダメかな?」
「ダメだよ。レースにならないだろ」
パイロットシートに収まった楓が、不満そうにそう言っている。が、メカニックのロジャー・藤原(
ga8212)は、そう言って断った。事前に調べた所、空中に上がればワーム達がやってくる可能性がある。
「まぁ、色々と改造案はあるけどね」
バイクのシートから人型になっているほうがいいんじゃないかとか、スペースシャトルっぽくしたほうがいいんじゃないかとか、コスト面で単発が双発くらいがベストなんじゃないかとか、頭はフルフェイスタイプがいいとか。
「空飛べたら楽なのににゃ〜」
鳥なのににゃーとかいいながら、ざんぶと飛び込むリンクス。大きな前輪は浮きの代わりにもなるようだ。
「水上は水上でまた勝手が違うわよねー」
「お魚ボディの本領発揮か。さーて、最後まで気を抜かないで行きますよ」
「わかなさん。足元の岩礁に注意して下さい。結構多いみたいですから」
先頭の3機、軒並みスピードが落ちる。いや、一歩抜き出ているのは、ヘルヘブンだ。そのすぐ後ろにスカイフィッシュ。トリプルチェンジャーは3位に後退していた。
「やはり水上仕様は皆勝手が違うようだ。タイムマージンを考慮しても、先頭争いはほぼ2つに絞られたか? いや!」
大慈愛の実況と共に、倫子のカメラが大きく振られる。そこに映っていたのは、後方にいたはずのオールラウンダーだ。
「作戦かぶっちゃった見たいね‥‥」
すぐ前にいたスカイフィッシュのアスカ、徐々に順位を上げて行く作戦だったが、結果的に同じ事になっていたらしい。気合こそあったが、向こうは一人でこなしている分、伝達事項がスムーズだったのかもしれない。
「おっと。激しいバトルが勃発だ! 制するのはどっちだ!?」
大慈が興奮した口調で煽り立てている。そんななか、アスカはにやりと笑う。
「かち合いで私に勝負しようなんて、面白いじゃない!」
「アスカさん、無理は禁物ですよ?」
ミズキがマイク越しに言ってくるが、それは相手も同じ事だ。
「オールラウンダーはあらゆる戦場で、能力ダウンしないのが真価なのであります!」
専用水上装備を持つオールラウンダー、その強みを生かして、スカイフィッシュを抜き去ってしまう。他の機体より小さいので、どうやら浅瀬も難なく抜けられたようだ。
そして。
「今回優勝したのは‥‥麗那率いるヘルヘブンワークスだぁ!」
おめでとーーっとノンアルのシャンパンが振りまかれている。
こうして、レースそのものは、たいした被害もなく幕を閉じた。賞金はそれとは別の形で振り込まれたようだが、真の賞金はそんなものではなかった事を追記しておく。
後日。
レースからピックアップされた、各種改造案が、ベッドでうなっている准将の元へ届けられた。ビデオの形を取られたそれは、耳元のモニターで呪いの文言かなんかのように、エンドレスで流されている。
「リンクスに固定武装の大砲かガトリングつけようよー。んで、もう少し前輪を大きくして攻撃的にしてさー」
楓いわく、似た奴のパーツ流用もできればとの事。その絵には、直人の希望で、タイヤがオフロードタイプになっている。が、その直人の希望は別の所にあった。
「やっぱり、夢やロマンじゃなくて、初期機体を」
「局地戦用ユニットの完成を頼むであります」
美空、やっぱり販売ベースには乗せたい。
「メーカーはカプロイアだ。こう言う機体はワンオフに限る」
アンノウンの注文に、准将のうめき声がちょっとだけ大きくなった。
「ローラブレードに、天使の羽根の意匠とかどうかなっ。あ、発注先はミユお姉さまのところがいいなっ」
要するにドローム希望のトリプルチェンジャー。ドリルアームは結局使う暇がなかったが、出来れば導入したいとの事。
「やはり、高速化で移動力が増えるといいんですけどね」
これは礼二。
「堅実な空中格闘能力と、大型アフターバーナーで、脚部を省略すれば‥‥聞いてます? 准将」
最後に、麗那が、結果を元にそんな意見をお見舞いしている。一通り利き終わったじじぃ、枕元にミクを呼び寄せて行った。
「とりあえずカプロイアとドロームの担当者呼び出せ‥‥。新しいAUKVとKVの案が固まったってな」
げんなりしてるが、どうやら頭の回転は元に戻っているようである。