●リプレイ本文
准将の研究室は、いわゆるバイクガレージである。その主であるジジィと孫に、水理 和奏(
ga1500)は皆が挨拶を済ませている間、てこてこと寄って来て、ぽっと頬を染めていた。
「あ、あのね。この1年もミクちゃん達のお陰で素敵な思い出ができたよ‥‥。本当に沢山あるけれど‥‥は大好きな人と離れ離れになった僕を励ましてくれた事とかっ‥‥」
「ミクは困った子には手を差し伸べてあげなきゃいけないって教わってるから、そうしてるだけだぉ」
お礼を言うのは、少し照れくさい。それは水理もミクも変わらないらしく、言うほうも言われるほうも何だか頬が恥ずかしく染まっている。
「あのね、おかげで‥‥今日は間に合わなかったけど、もうすぐ‥‥この1年間ずっと待っていた大好きな人に会えるんだ‥‥!」
「あっ、再会出来るんだー! よかったね、和ちゃん」
片思いしていた相手と、会えるようになったらしい。そう報告してくる彼女に、ミクは素直に喜んでいる。
「本当にありがとう‥‥。だから僕ね‥‥今回はミクちゃんに恩返しがしたいんだ!」
「いいよそんなのー。ミク、何もしてないもん」
首を横に振るミク。と、そんな女の子2人の光景を見て、橘川 海(
gb4179)もじじぃにおててを振っていた。
「こっちもお礼をしたいんで、大掃除、手伝いますよっ」
「んなモンはいらねぇが、まぁ好意はありがたく受け取ってく」
こっちはこっちで、さらりと受け流しているが、やっぱり明後日の方向を向いているところを見ると、孫と同じで照れくさいのだろう。
まず、エリア毎にわかれて掃除する事になった。書類エリアは、水理とミク。そしてやっぱり仮面は脱がない絶斗(
ga9337)である。
「ミクちゃんメイドさんが欲しいって噂を聞いたんだ〜。なので僕、今日はミクちゃんのメイドさんになる」
着替えを持ってきた水理が、バッグからごそごそと引っ張り出している。しかし、メイドと言う割には、どこかのスポーツ会場で応援のダンスをしてそうな衣装だ。
「た、タンスの奥に入れてたら、出せなくなっちゃって‥‥。チア服メイドさんって事でいいかなっ」
あせあせと言い訳をする彼女。元々動く人用のものなので、吸湿速乾性は抜群だし、動きを阻害する事もない。掃除にはうってつけだろう
「でも、せっかく可愛いのに、汚れないかな」
「大丈夫だよ。書類とかだもの」
掃除で変なしみがつかないかを心配するミクに、水理は首を横に振った。その雰囲気と自分との間に、空気の溝が出来ているような気がした絶斗だが、同じ空気はカンパネラに入る時もなんとなく感じたので、学生特有の空気なのだろうと推察している。
「えっと、お仕事の担当は‥‥ミクちゃんと僕は書類だね。紙や本って重なると結構重いし、僕が力仕事するから、ミクちゃんは内容チェックしてね」
「あーい。でもミク、なんとかなるよ?」
可愛い格好していても、グラップラーな水理が、力仕事を担当するらしい。よっこいせと上の方か降ろしていく彼女。しかし、受け取ったミクは覚醒すると、その書類箱を絶斗さんの所へ運ぶ。
「ウオオオオオオオ!!」
気合を込めて積み上げて行く絶斗。そこまで気合を入れなくても良さそうなもんだが、そこは人それぞれなので、ミクは気付かない。
「あ、何か面白そうな本とかあったら教えてね☆」
むしろ、水理と2人で書類の整理に没頭しているようだ。あれがあったこれ懐かしいと、色んな報告書をひっくり返している。と、絶斗は別室で作業中の部品組に声をかけた。
「む。もしかすると、他の部品の箱にも混ざってるかもしれないな。おい、そっちにあったらこっちに回してくれ」
追いかけっこに興ずる少女2人を尻目に、今度は絶斗も開封作業に従事する。何も喋らないが、手元はちゃんと動いているようで、分類毎に仕分けされていく。
「ああ、設計図がこっちに混ざってたな」
電源の取説と、イルミ設置の注意書きも、その中にあったようだ。ただ、簡易製本だったらしく、バラバラになってしまっている。それを、ゴミと混ざらないように丁寧に閉じなおす彼だった。
部品担当のホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)と海は、整理に必要な用具一式を確かめると、用心の為、合金軍手を着用し、山を崩さぬよう、なるべく山頂から箱を下ろして行く。豪力発現が必要なほどの重さではなかったが、結構な重量のようだ。一番上に置かれていたのは、見覚えのある扇風機のお化けみたいな金属だ。
「んー、これ冷却用のファンですねー」
試作品を組んだ時の余りなのだろう。そう判断した海は、用意した油性ペンでダンボールに『ファン』と書き記す。
「ところで、何の部品だ? これ」
ホアキンも、慎重に箱を開け、中身を確認してみる。が、中にあったものは、何やら組み合わされた金属の塊で、一見すると鉄くずの用にも見える。
「なんでしょう、これ?」
整備や依頼で見たことのないものは、海にもわからないようだ。2人してしばらく首を捻っていたが、ややあってホアキンがこう判断する。
「どうも頻繁に確認しに行く都合がありそうだなぁ」
そう言われて、海が別室で作業中だった准将を呼んでくる。しかしジジィも首を捻っていた。
「面倒だから適当にまとめとけ」
「えー、在庫管理は重要ですよっ。もったいないじゃないですかっ」
ぷーと頬を膨らます海。お金に細かい性格もあるが、それ以前に、まだ使えるのに、使われずに役割を全うできない道具って可哀想、という気持ちが大きいようだ。
「そう言わんと、協力してください。掃除が終わったら、一杯やりましょうか」
熱弁を振るう海をフォローするように、今度はホアキンが懐柔策に出た。差し出したのは、持参したワイン。それを見て、ぶつぶつ言いながらもダンボールに書き書きする准将。その彼に、海はその鉄くずじみた正体不明の処分を進言する。
「そのまま腐らせちゃうなら、他の人にあげちゃったほうがいいですよっ」
「んじゃ、こうだな」
ホアキンがコピー用紙に油性ペンで書いたのは『ショップ売却』。
「こっちの書類は、後でミクちゃん達にっと。他の箱と間違えて書いたものも多いみたいです。ああっ、何か液漏れしてる?」
違う箱に入れられている事も多々あった。しかも、液漏れしていて、ダンボールは今にも壊れそう。その1つを開けると、うねうねと勝手に動いている物体があった。電源も何もかも見当たらないが、見かけはタイヤだけ肥大化したオモチャの車っぽく見える。
「なんですか? これ」
「ああ、強度実験で作った試作品だ。内臓電池、まだ生きてたみたいだな」
海が興味深そうに尋ねると、闘技場の対ソニックブーム検査用だったらしい。本当は、もっと早いそうだ。と、そう説明受けていた最中である。
「キシャシャシャシャシャ」
そのタイヤのお化けが、いきなりジャンプして海に飛び掛ってきた。ホアキンが空にした古いダンボールを投げつけて、迎撃している。小型だったせいか、タイヤのお化けはそのまま落下。そこへ、止めを刺すホアキン。
「‥‥不要だ」
粉砕された試作品は、ダンボールに入れなおされ『破棄』と記されたのだった。
その頃、コード山担当はと言うと。
「しっかし、なんで、こんなにあんのか不思議だ。そこ、足下気をつけろよ」
「はい。どうもあまりお掃除がお得意ではないそうですね」
相賀翡翠(
gb6789)に心配され、そう答える沢渡 深鈴(
gb8044)。コードは巻いてあるものとないもの、絡まっているものなど、千差万別だ。
「‥‥これだけ量があると、足を引っ掛けて転んでしまいそうで怖いですね‥‥」
少なくとも、使い道別に分別はしないと‥‥と、深鈴は複数色のビニール紐を用意してくる。
「俺も気をつけなきゃなぁ。とりあえず、上の方から、束ねてくか‥‥」
足をかけ、一番上のコードを引っ張ってみる。と、その刹那、中ほどのコード毎崩れ落ちる。
「危ねっ‥!」
慌てて飛びのく翡翠。迷わず覚醒していたので、無事ではあったのだが、その代わりコードの山は崩れてその辺に散乱してしまっていた。
「‥‥悪ぃ。大丈夫か?」
「私は平気です。どうも適当に引っ張っちゃ駄目ですね」
自分がどこも痛くないので、まずは恋人を心配するが、深鈴は2歩ほど下がった場所にいたので、無事だったようだ。
「‥‥‥魔窟だ」
改めて見回すと、いっそうこんがらがってしまっている。中には、どういう絡まり方をしたのか、まるでマフラーのようだった。思わずげんなりする翡翠。
「掃除は深鈴に指示してもらった方が早ぇな。頼む」
「わかりました。では、まずは色の同じモノに揃えて行きましょう。上から順番にね」
下手に手を出す事を諦めた翡翠は、そう深鈴に頼んだ。と、彼女はマフラーの糸を解く要領で、一見するとねじれているコードを、器用に一本にしていく。
「翡翠さんだとまた崩しちゃいそうですから、こっちをお願いします」
彼女がそう言って、解き終わった物を、翡翠に渡した。それを、彼は一本毎に輪を作り、二箇所でくくって止めていく。こうして、一種の共同作業を繰り広げて行くと、次第に山が解かれる。その中に、深鈴は電球のついたケーブルを見つけてきた。
「あ、きっとこれがイルミネーションですね。結構な長さがありますし」
大切にしまわれたようになっていたのは、宝物は奥にしまう癖の表れだろうか。
「やっぱり、エプロンはこれよねー」
嬉しそうにそう言うティム・ウェンライト(
gb4274)さん。力押しでやろうと言うのか、いきなり覚醒する。見た目は女性にしか見えない姿だが、プロフィールを見ると男の子。しかも妻帯者である。奥方もそれは心得ているらしく、着替えの袋から出てきたのは、まごう事なきメイド服だ。
「なるほど、確かに外見、かわらないし、こっそり覚醒するのも、ありよね」
その姿を見て、髪を結い上げて、バンダナで巻いていたカンタレラ(
gb9927)が自身も覚醒していた。見かけが変わらないので、全く気付かないが。
「はい、ティムさん。おててが荒れると大変だし」
そんな彼女、ゴム手袋をティムにも差し出した。下は既にジーンズをはいている。多少乱暴な扱いをしても壊れないジーンズは、お掃除にはとても大事。
「これは‥‥汚いというより、単純に物が多いのね‥‥」
「まずは、物を外に出さないと、掃除にならないし、ね」
各種道具を持参した彼女、大きなゴミを取り除く作業から始めた。上に降り積もった埃の山を削るべく、洗剤をばしばしと振り掛ける。真っ黒になった洗剤を、今度は流れ作業でティムが固く絞った雑巾で吹き取って行った。
「この辺運べばいいのか?」
作業の終わったらしい翡翠が、深鈴と共に、荷物を片付けている。その姿は、どこか新婚さんのようで、まだ部品の仕分けが終わらない海が、何だか1人で頬を朱に染めていた。
「でも身内のいちゃいちゃはちょっと‥‥」
恥ずかしいらしい。
「ふふ、仲良しですね。嫁がいれば、負けなかったのですけど」
一方、そんな2人の姿を、うらやましそうに眺めているティムさん。一応妻帯者だが、今日はこれなかったので、寂しい気分らしい。初々しいカップルは微笑ましく見守って応援するつもりだが、左のあたりに嫁の姿を求めてしまうのは、致し方ないと言ったところだろう。
「微笑ましいけど、先にこっちを。仕上げのワックスがけは、長時間放置しないといけないから、あんまりオススメじゃないのかな‥‥?」
「ん、大丈夫だぉ」
カンタレラさんの問いに、乾く間、別の事をする予定があるから。とミクは言う。了承を取り付けたので、カンタレラはフローリングの床にワックスをかけていく。コンクリ打ちっぱなしの方は、ティムがモップでごしごしと洗い流していくのだった。
ようやくワックスをかけ終わり、乾かしている間、ささやかなクリスマスのお茶会をする事になった。
「おつかれさまでしたっ」
海が、全員に甘くした紅茶を配っている。と、何やら鉄骨を汲み終わった絶斗が、ミクにこう切り出した。
「すまないが、少しLEDを分けてもらえないか? 無理そうなら、こっちで調達するんだが‥‥」
「かまわないぉ。って言うか、任せるぉ」
ミク、迷わずLEDの束ごと持ってくるように指示。と、それを見たホアキンも、何やら針金を引っ張ってくる。
「ワックスが乾くまで、どれくらいかかるんだ? ツリー作ってくるが」
クリスマスらしいものと言う事で、三角形をいくつか組み合わせ始めるホアキン。だが、先に作った鉄骨は、どう見ても竜神様だ。作ってしまったものは仕方がないので、上手く合うように組み立て始めるホアキン。そこへ、美味しそうな匂いが漂ってきた。
「ひと段落しました? クッキー焼いてきましたよー」
クリスマスらしく、ツリーやトナカイ、サンタの形をした、三種類のクッキーを持って来たのはティムだった。
「こっちがプレーン。これが、チョコチップ。あとこっちは、ジャムを入れたものですね。グランマ直伝です」
「凄いや。パティシエさんみたいー」
覚醒を解かず、メイド服のまま給仕している姿は、どうみても可愛いお嬢さん。さしずめ、リトル・パティシエールと言ったところだろう。男だけど。
「あ、僕僕、手作りケーキ持って来たの! 本来はみゆりさんの為に作ったものだけれど‥‥ミクちゃんも大切なお友達だし、おすそわけ」
水理が、冷蔵庫にしまっておいたケーキを持ってくる。初心者でも扱いやすいベイクドケーキだ。そんな姿を、微笑ましく見守るカンタレラさん。と、それまでお茶をすすっていたミクが、仲よしな翡翠と深鈴の姿に、ほうとため息をつく。
「ふふ‥‥ミクちゃんは今日はメイドさんのご主人様だから、遠慮しなくていいんだよっ‥‥はい、あーん☆」
浮いた話を聞いた事のないミクに、水理がフォークに刺したケーキのきれっぱしを差し出している。戸惑いつつ、それを口にするミク。
「孫の仲良しぷりをみて、おじいさまとしてはどうなのよ?」
カンタレラ、その光景を見て、じじぃにワインをお酌しながら尋問している。重ねて、今後の事とかも聞きだそうとしている彼女に、ジジィはこう答えた。
「まぁいいんじゃねぇの? そーだなー。しばらくはこいつで遊んでっけど、次はまたこっちを弄るかな。俺には変なモンこさえる方があってるらしい」
相変わらず、仕事してんだかしてないんだか分からない状況だ。そんなジジィに、にこっと笑顔を見せる水理。
「ミクちゃんもお爺ちゃんも皆も‥‥来年もよろしくね!」
「フッ‥‥メリークリスマス‥‥」
結局、最後まで仮面を外さなかった絶斗さん、鉄骨の上でそう呟く。
「帰ったら、俺も掃除しなきゃ‥‥」
しかし、ホアキンの悩みは、クリスマスを過ぎても終わらないようだった。