●リプレイ本文
当たり前の事だが、極北の気温は低い。
「ほほう。バイクを燃やす気になったか」
「今燃やしたら、盛大なキャンプファイアーになるっつーの」
機器のコードを繋ぎながら、作業を行うジジィことキャスター准将に、揶揄したようなセリフを向けるUNKNOWN(
ga4276)こと不明。もはや挨拶と化した燃焼用バイクの話に、不明は兎皮の黒帽子をかぶったまま「違うのかね」と、口元を歪ませる。
「雪崩起こしておっちにたいって言うんなら止めねーけどな」
「ふむ。まぁ行くなら手伝おう。何かの助けにはなるだろうからね」
こんな所で、盛大にガソリンを炎上させたら、物理的に酷い事になってしまう。その辺を行うのは、ラスホプに戻ってからと言う事で、まずはKVの電源を立ち上げていた。
「さて、取り込み分断工作を始めようかね。くくく‥‥」
みずがめ座に対するプロパガンダ工作と聞いて、錦織・長郎(
ga8268)がデータを持ってきていた。向こうの正体がカンパネラから攫われた子供、と分かった以上、揺さぶりをかけるのは策として間違いはないだろうと言うのが、彼の判断だ。
「可能性が少なかろうが、通して見せるのがエスピオナージュというものだよ」
そう締めくくり、ペインブラッドを起動させる彼。非常用予備電源となる都合上、あまり前には出れないが、牽制くらいは出来そうだった。
「FRとか、まだ来てないっすね」
「来るとしても俺らが挑発してからだろ。その前に、MRとMIが生えてくる」
森里・氷雨(
ga8490)が、周囲を見回してそう言った。既に、周囲の状況はアルヴァイムが集めてきている。そのデータを流し見しながら、マインドリフレクターとメイズイリュージョナーの略称である事を確かめた不明は、さらっと恐ろしい事を言う。
「それは困るな。私が惑わされては危険だろうし」
「よーゆうわ」
いや、確かにそうなんだが。苦笑する不明を見て、まだ姿を見せていない敵に、森里の弁もつい軽くなる。
「だいたい、俺ぁここに来るのはどうでも良かったんですよねー。個人的には時間稼ぎで、レンもSSも救出は優先すべきじゃないと思うし」
「まぁ、大半の奴はそう言うがな。聖那もそう言ってたしよ」
敵、と一度認識されてしまうと、例え相手が幼児だろうが萌え萌えきゅんな生き物だろうが、やっちまう奴は大勢いる。助けたい、と思う傭兵と同じだけ。ただ森里は、「ですよねー」とか言いながら、既にKVの電源を起こしていた。
「じゃあおまい、何の為にそれ用意してんだよ」
「そりゃあジジィのためですよ。当たり前じゃないっすか」
アルヴァイム(
ga5051)ムから貰ってきた事前調査のマップと、MRとMIの取り扱い説明書が積み込まれている。全てジジィのためと豪語する森里だったが、ジジィは軽くスルーしていた。彼が言うには、大規模作戦時のように行えば良いのではないかとの話だったが、ジジィ曰くそうは行かないようだ。
「だいたい、今更おせぇだろ」
「わかってますって。やるのは中止の説得に、SSいらない子、レンと質疑応答って所す
かね」
要約しすぎだが、作戦の主目的は時間稼ぎと言う名目である。ジジィの面の皮は厚い。
「要らないわけじゃねぇけど、まぁそんなトコだな。ほれほれ、弾道予測回してやっから
仕事しろ」
「わかってますよう。前衛はつらいぜー」
ぽぽぽぽーんとデータを横流しするジジィに、不明は首をかしげていた。
「いいのか? あれ」
「本人が手伝いたいって言うんだから、あれでいいだろ。遠慮なく使わせてもらおうじゃねぇの」
容赦しない部分はあるようだ。と、そこへアルヴァイムが何の気なしに言ってきた。
『空はどうする?』
「ここからだと、今から哨戒してたんじゃエネルギーの無駄になる。その分維持に回せや」
制空権を抑えるのは、周囲で哨戒警備中のUPCに頼んだ方が良いとの事だ。VTOLを備えた機体が2機もいるので、警戒音が鳴ってからでも間に合うというのが、ジジィの判断である。
「さて、こっちはどうするんだね?」
そのジジィがやる事は他にもあった。いや、むしろこちらがメインと行っても言いだろう。足元に転がった謎の超機械の山に、ジジィも頭を悩ませているようだ。
「まずは向こうに通信つなげねぇとなぁ。電源はKVから引っこ抜いてきて、色々あるし‥‥」
「ふむ。それならバイパスを作ってみてはどうか、な?」
不明が珍しくまともな技術談義をしていた。
「ケーブルは束で持ってきたんで、どこでも繋げられるけどな。何にしろ、バグア製で部品に見たことねーもんばっかりだ」
「まぁ、規格と合うものではないから、な」
そういえば、くず鉄博士ことブレスト氏も、以前鹵獲したバグア製品に頭を抱えていたとか言う話が、傭兵達の間で持ち上がった事があった。その言い分に、ジジィは自分が手を出さなくて良い部分を、がっつりと丸投げしていた。
「んじゃ、あっち側ひと通り任すわ。メイン電源とこっちは、一台しかねーから、こっちでつなげるしかねぇんだけど、そっちのは幾つか部品があるから、お前さんでも出来るだろ」
「必要なら、ね」
相変わらずつかみ所のない回答をする不明さん。「必要なんだっつーの」と毒づいて、ぽいっと超機械を渡すと、入れ替わるように反対側から声が上がる。
「じいさまー、こっちはこれでいいのか?」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)もまた、ジジィの手伝いで、配線やら機材の調整やらに取りかかっていた。増援要請はまだない。今は、こちらの作業に従事できそうだ。
「しかし、呼びかけ、ねぇ」
もっとも、引っかかる事はある。
「なんだよ。おまいまで、か?」
「いえ。あのわがままなお子様が、おとなしく聞くとは思えないけど、と」
ひねくれ者の印象はある。それが、説教を聞き入れるとは思えなかった。ジジィ曰く「それを聞かせるのが仕事なんだよ」との事だったが。
「せめて文句の1つも言わせて貰うかな」
「それで良いと思うぜ。おっと、こっちにも流れてきたか‥‥」
見れば、超望遠のカメラに、小さく動くものがある。どうやら、前線から流れてきたワームのようだ。
「電源が必要な場合は言ってください。天魔くん、手順は覚えましたね?」
「あ、ああ」
錦織に問われ、頷く天野 天魔(
gc4365)。かなり扱いが不安なようだが、そんな天魔に、ジジィがフォローを入れる。
「俺がいるんだ。何とかなるさ。そいつが燃やさなきゃな」
「だから、何故私を見る‥‥」
にらまれた不明が、心外だと言わんばかりに、帽子をかぶり直すのだった。
その頃、外では。
「甲斐さんとは、何の面識も関わりもありませんが、お手伝い出来ればと思いますよ」
「ありがとうございます。皆様」
斉天大聖に乗った鈴木 一成(
gb3878)が、指示に従い警戒を行っていた。礼を言う聖那は、相変わらずKVの奥深くに身を置いている。それでも警戒の指示を仰ぐ姿は、自分の役割を心得ていると言ったところだろう。
「では、参りましょうか。一応、高感度の偵察カメラと、特殊電波長装置を持ってきたので、何とか対応出来るとは思いますよ」
『地殻変化計測器のポイントはこっちで送る。まぁ、大丈夫だと思うが、サンドワームでも出てくると、面倒くさいからな』
その一成の設置場所を指示するアルヴァイム。前線の情報を流してもらい、抜けてくるであろうワームの方向を特定し、進行速度や数を算出している。それによれば、方向的には、この人数でも何とかなるだろうとの事だ。
「了解です。ああでも、MIやMRの方が大変でしょうかね」
『幻覚やパワーダウンを食らっている時に、妨害系ワームが来ると、手間だけ掛かるからな‥‥』
もっとも、半数ほどは厄介な相手が混ざっている。通常の頭痛だけでも、文字通り頭が痛くなる存在だと言うに、パワーを反射するわ、幻覚で操ろうとするわと、手数ばかり増える。ジジィも、うんざりした顔で、予想データを受け取っていた。
「何しろ、こう言う連中を警戒する為の品って所だしなぁ。面倒くさい除去方法がいるん
だよ」
「何故私がご指名されるのかね」
で、それを受け取った先にいるのは不明である。
「だいたい、空装備で来るかわからねぇしな。ほれ、お迎え来たぜ」
しかし、それには答えないジジィが、天空へ向けた外部カメラの画像を見せた。MRとMIが半々と言ったところだろう。上から突き刺さるように、氷上へとお見舞いされる。管理しているワームが数体いるが、FRクラスは見えない。
「周囲に、もう少しワームがまぎれているかもしれないな」
「注意しておきましょう」
アルヴァイムが警戒するように告げると、それを受けて一成がカメラを向ける。傘を開いたMIが氷上にぽこぽこと胞子じみたバグアの幻覚を生み出していた。
「もう少し寄れるか?」
頷いて、カメラの望遠力を上げる一成。レンズがじぃぃっとよられ、MIとMRの数をはっきりと捕らえる事が出来た。
「予想通り多くないですね。余り電源を消費できませんが、数個くらいなら何とかなるでしょう」
一成が、グッドラックを使い、幻覚をわずかでも緩和させると、如意金剛棒を伸ばした。取り付けられた機斧「カフカス」振り上げ、その太い石突の部分へと叩きつける。
「ほんじゃあ、やってみますかねぇ」
それを見て、助力とばかりに出撃する森里。だが、駆けつけてきたMRとMIへの対応に、おたおたする羽目になる。
「うわー、しばらくやってなかったから、忘れてるー」
一応、掃除と言わんばかりに、何とか掃射しているが、MRのコアってどこにあるんだっけ。範囲外から攻撃したら届かない。おまけにジジィへのキュアは、KVに乗っている限りは無理だろう。
「ほれみろ、言った通りじゃねぇか」
「何とかなんねぇんすか?」
通信機越しに涙目になった森里に、ジジィはばたばたとケーブルや機器を繋ぎなおしながら、こうアドバイスしてくれた。
「そうだなー。相手を騙すくらいの心意気でやってやれ。俺はこっちの調整で忙しい」
「へいへい。茸は男の持ちもんってことですか。あーあ、こんな面倒くさい作戦なら、受
けなきゃ良かったかなー」
ため息と共に公開が吐き出される。撤収は、ジジィが危なくなった後だと決めていたが、その前に落とされてしまいそうだ。
「そう言うわけにも行かないでしょうね」
血の匂いをかぎつけてきたのか、キメラの姿もちらほら見える。その相手は、生身の終夜・無月(
ga3084)が対応していた。大きな剣を振るい、MIの対応をしながら、弓で遠距離を攻撃する。強敵の姿を探しはしたものの、他の面々の出番をさっぴいてまで出張らなければならない状況ではなさそうだ。
「今のが噂の幻覚キノコか。早々に排除しておく方が効果的だな」
「ええ。優先順位はあっちがさきだろうね。レジストで正気を保つ、といったところでしょうか」
何しろ、どれが本物だかわからないワームを見せ状態では、弾の無駄撃ちを招きかねない。ヘイル(
gc4085)にそう答える錦織。そんな中、ぎりっとその唇をかみ締める一成。
「くう、この高揚感‥‥。でも、今笑うのはだめですよね‥‥っ」
「我慢のしどころだな」
以前ならば、覚醒と共に高笑いを響かせていた一成だが、経験を重ねる事により、必要に応じて耐える術を身につけていた。喉から響きそうにる声を抑えつつ、こう答える。
「了解です。ヘイルさん、MIはお願いします」
アルヴァイムが纏めて始末しようと、VTOLを起動させ、空へと舞いあがる。その後ろから、同じ用に赤崎羽矢子(
gb2140)が出撃していた。そして、一成に言われ、同じ様に空へと出発するヘイル。
「心得た。そろそろ俺は空で警戒を行おうか。こちらは任せる」
「強敵そうだなと思ったら報告してくれ。かけつける」
不明がジジィの手伝いをしながら、そう言ってきた。タイムラグはあるだろうが、彼の速度を考えれば、持ちこたえる事は可能だろう。
「わかってる。こちらは強敵と戦えるような機体ではないのでな。その手の奴らが来たら、すまないが任せるぞ」
「ああ。その為に来たわけだしな」
ヘイルはそう告げると、天空へと飛び立って行った。格段に進歩したKVは、ヘルメットワームを翻弄するほどの動きを見せた。
「こっちを片付けて頂戴! でないと、落ち着いて喋れないわ!」
赤碕もまた、MIの影響を受けないよう、8.8mmのレーザーが、最大射程からMRを狙っていた。纏めて幻覚を受けないよう、集団から離れていたが、それでも頭痛は止まらない。
「ああもう、頭痛うざいっ」
見方の識別コードでもって、何とか敵とは見間違わないようにはなったが、それでも見かけは、ヘルメットワームだと思える事がある。
「先にMRをやるぞ」
「了解っと」
ロッテを組むアルヴァイムに言われ、がりがりとレーザーが舞った。ペイント弾をツングースカに装備していた赤碕だったが、アルヴァイムからのデータを見る限り、こちらへ向かってくる予定はなさそうだ。
「ふむ、さすがにFRを出す余裕はないと言った所か。准将の読み通りだな」
『けど、タロスはいるかもしれねーな』
「わかってる。妨害系ワームの対処が先だ。回り込むぞ」
下手に妨害される前に倒そうとする彼ら。中で操作するジジィには指触れさせないとばかりに、氷上と雲海の中で、それぞれの思いが飛び交う。
「くっ。電源を狙われたかっ」
しかし、そんな中、設置された見慣れない機器を狙うワーム達。ここを落とされたら、声は届かない。ヘイルが回り込もうとする中、錦織がグレネードを放った。電源となる機体は自身の機体でかばいつつ、杖でその攻勢を受け流す。
「援護を頼む。電源がないと、大変な事になるだろうし」
「わかったわ」
衝撃波で後ろへ下がらせた錦織だったが、それでも抜けてきた敵がいる。そこへ赤碕が同じくVTOLで回り込んだ。ロッテを組んだ二人の向かい側へ、ヘイルが周り込む。
「いまだ。進路オールグリーン。十字砲火いくぞ」
「了解っ!」
刹那、合図により、MRの両側へと回った機体から、迎撃の一矢が放り投げられる。
「いくぞ‥‥ファイエルッ!」
白いもので覆われた中に、赤い潜行が
「なんとか、MIは処分したか‥‥。どうやら、様子見のようだな?」
「中へ戻りましょう。言いたい事は、山ほどありますし」
無月がそう言って促す。そうして、希望者を残し、言いたい事がある組は、基地内部へと滑り込むのだった。
呼びかけが、始まった。
『言い争いが激しくなると、FRで出てくるかもしれないな』
「いや、今回はそれはないだろう。だいぶ離れているし、あの場所にいるのは、京太郎の命令みたいだからな」
アルヴァイムの危惧に、ジジィは首を横に振った。もし、FRで襲撃するのなら、もっと広範囲で暴れているだろう。だが、作戦の経緯を見る限り、その心配はしなくてよさそうだ。
「SSも回ってくるほど余裕はなさそうだしな。おまえさんにとっては楽な仕事か」
『そうでもないさ。色んな可能性を考えなくちゃならなかったしな』
交戦に砲撃。決して楽な仕事ではない。
「‥‥そこまで、面倒くさい攻撃をしてこないかもしれないな。このままだと」
『だと良いがな‥‥』
まだ、何か対応しなければならない事があるような気がする。膨大な数のやることリストを頭から引っ張り出してきた刹那、ユーリが声を上げた。
「機器に反応がある。向こうが電波を拾ったんだろう。言いたい事があると見える」
「よし、では各々順番に喋れ。ただし、記録はされてるから、気をつけろよ」
ジジィがどう見てもスタジオにしか見えない調整ルームで、マイクをONにしていた。『オンエア中』の灯りが灯る中、ヘイルはその光景に、ぽそりと呟く。
「さて、これが吉と出るか凶と出るか‥‥。これもひとつの戦いの形、と言うわけか」
論破もまた、手段なり。と、その相手が、モニターの向こうに姿を見せる。子供の姿を残したまま止まってしまったみずがめ座。
「出てきたぞ」
『なんだよ。大騒ぎしてるからで、出てみれば。傭兵達? 僕今忙しいんだけど』
見れば、背後には檻が見え隠れしている。持ち場を離れていないまま、会話に出てきたと言うところだろう。
そんなレンに、森里曰く。
「SS落ちたら殺すって? じゃあ、落ちそうで落ちてない少し落ちてるSSには、どう対応するんだよ」
「ラー油かよ」
ジジィがなんでもない顔をしながら突っ込んでいる。だが森里は、小学生が教室で言い争いをする時のような口調で、べんべろべーと言葉を紡ぐ。
「そもそも、何時何分何秒にどうしてどんな資格で決めるわけぇ?」
「小学生の論争じゃねぇんだよ。おまい、少し黙ってろ」
さすがに、相手が子供の精神を持つレン相手だと、交渉がやりにくくなる。そう判断したジジィが止めていた。「しぃません‥‥」と小さくなる森里を見て、レンが嘲笑する。
『あははは、バカじゃないの? でも、面白いよね。SSは傭兵によっては美味しいご飯のともってわけかな!』
(あんなむごいことを平気で、遊び感覚でするなんて‥‥)
その様子に、怒りより恐ろしさ、悲しさを覚える一成。それと同時に、レンは寂しい子なのかな、とも。口には出さないけど、一成はそう感じてしまう。
「久しぶりだな馬鹿ガキ。俺を覚えてるか?旧校舎で迂闊な発言をしてお前に重傷を負わされた傭兵だ」
少し緊張した口調で、口を開いたのは天魔だった。電力の予備はまだ充分にある。
『ああ、あの時いたお兄さん? なんだよ、僕に恨みでも良いに来たの?』
映像が、少しクリアになった。妨害電波が弱まったらしい。そこを狙い、彼はレンに呼びかける。
「あの時の礼に今度は俺がお前の迂闊な行動を教えてやる。ハーモニウムを人質にとって俺達の動きを封じたつもりだろうがまったくの逆効果だ。救う手段の無いハーモニウムでは人質にならん。非道なお前に対する怒りでこちらの結束力と戦意が高まるだけだ。つまりお前の策は俺達を有利にするだけの子供の浅知恵だ」
と、レンは以外そうに首をかしげた。
『非道? 何が?』
「お前の策が、だ。普段のお前ならこの程度は気づけたはずだ。だが今回は気づけなかった。何故だかわかるか?」
そんなの知らないとばかりに、声を上げるレン。
『なんだよ、僕の考えたすごい作戦が、役立たずだって言うのかよ!』
「それはお前がハーモニウムに嫉妬しているからだよ。自分と同じ境遇の彼等が自分が持っていない本当の絆を持っているのが羨ましくて、憎らしいから壊そうとしたんだ」
が、レンは首をかしげたままだ。
『嫉妬? 同じ境遇? 絆? 何、それ』
「本当は解っているはずだ。お前が佐渡に抱く想いと佐渡がお前に抱いている思いが違う事に。自分が本当にやりたい事は彼等を人質にする事でなく、彼等の輪に入ることだという事に」
心底不思議そうに。いったい何の事を言っているのだろう? 意味が理解できないと言ったところだが、京太郎の名前を出されて、ぷうっと頬を膨らませる。
『違う! 兄様は僕の全て。だから、兄様の為にするの。人の子? 絆? お前等の持つ玩具と何が違うの? 喋るから? 嫉妬? あいつらは兄様に可愛がられてるわけじゃないもんっ」
「思い出せ。お前が甲斐蓮斗になる前の望みを。母に捨てられ、施設に売られたお前の願いを」
叩きつけるように言った天魔に、レンの動きが止まった。
『かあ‥‥さま‥‥?』
「そして考えろ。その願いはお前の今いる場所で叶うのかをな」
目を見開くレン。頭を抱えるその姿は、無理やり封じられた『記憶』を押さえ込んでいるように見えた。
『違う。僕の願いは、兄様の思いを適えて上げること。兄様は僕の全て。だって僕は兄様に作り出された存在‥‥。僕は人の子とは違う存在‥‥』
ぶつぶつと言い聞かせるように呟く。ジジィがぼそりと『洗脳されてんなー』と解説していた。
「言いたいことは終わりだ。それと俺は暫くここにいる。もしお前が俺の言葉を否定するならその証に直接俺を討ちに来い。来なかったらお前は俺の言葉を認めたとみなす。じゃあな、馬鹿ガキ」
『兄様が許せばね』
どうやら、彼の心に鍵をかけているのは、兄様こと京太郎のようだ。そう知った無月は、疑念を解消する為、こう語りかける。
「俺は今‥カンパネラの学び舎の屋根の下にこの身を置く者の一人と為っています‥‥。貴方もそうだったのでしょう?‥」
『過去、何の事? 僕は最初からここにいたよ。それ以前の事なんて、知らない』
どうやら、過去の詳細は、記憶に残っていないと見て良いだろう。それでも、無月は続けた。
「山羊座‥牡羊座‥牡牛座‥双子座‥蟹座‥獅子座‥乙女座‥天秤座‥蠍座‥射手座‥‥。彼等彼女等又は其の成れの果てや後継‥‥、其の多くと刃を交え‥其の最後を見て来ましたが‥‥、全員‥必ず何か自分自身と言うモノを持っていました‥‥」
1人づつ名前を出す無月。そして、こう締めくくる。
「貴方も彼等彼女等の様に俺の前に立ち塞がるのですか?‥」
『それを、兄様が望むなら』
きっぱりと、レンは言った。全ては、京太郎が決める事。自身の意思など、介在していないかのように。
「あなた、自身は?」
『自分自身? そんなの、いらないだろ。僕は兄様が全て、それ以外のものなんて、価値がない。そう、兄様が言っていたから』
そうやって自分を持つからいけないのだと、京太郎は言っていたのかもしれない。
「貴方にも有りますか?‥頭の中から命じ発するモノでは無い‥心から感じ魂から発するモノが‥‥」
『魂‥‥?』
初めて聞いた単語のようだ。
「そう、魂。貴方の心」
『心なんて、いらないよ。そんなもの、必要ないって、兄様が言ってたから』
疑念に感じた事すらないのかもしれない。やはり‥‥と言う感じで、無月は頷く。
(どうやら、佐渡によって洗脳されていると見た方が正しいでしょうね。刷り込み、でしょうか‥‥)
並のバグアに施されたレベルの洗脳ではない。意識と価値観を書き換えるほどの『洗脳』。親が子供に植え付ける、逆らう事を許さないレベルの。
「なら‥全力で相手をしてあげますよ‥他は関係無くね‥‥」
『そ、そんなのには乗らないよ。きたかったら、ここまでおいでーだ』
べーと舌を出すレン。
(ふむ。人質の無駄と言うのは感じ取れませんか。けど、レンの興味は誘い出したようですね)
そう判断した無月だったが、赤崎には、それが腹立たしいようだ。声を荒げて、レンに抗議する。
「あんた自分が何してるかわかってる? ハーモニウムもあんたもバグアに利用されてるだけじゃない。あんたは自分と同じ立場の子供を殺すって言ってるんだよ?」
『あんな腐ったりんごと、僕を一緒にしないで欲しいなぁ。僕は兄様に選ばれたんだよ? あいつらとは、能力からして違うんだよ?」
自分は特別だから。そう言いたい様子のレンに、赤崎はイライラした様に叫ぶ。
「自分は違うとでも思ってる? 言っとくけど、このままだとあんたは傭兵に討たれるか、バグアに捨てられて死ぬことになるよ。これまでの戦いで死んだゾディアックやジハイドみたいにね」
『他の奴なんて知らないよっ。僕は選ばれた子なんだ。兄様に選ばれた子は違うって、言われたもんっ」
自身の存在を肯定したい。ただそれだけの思いで、反論するレン。
「もうっ! いい加減あんたも佐渡も、強化人間は奴等に利用されてるって気付きなよ!」
『利用? だって人なんて、物と一緒じゃんかっ。人の子に感情があるから、人の子は行動を迷う。必要がないものだって』
価値観を植えつけられていないのだろう。全て取り去られ、植えつけられなおした存在。きっと、周囲にはバグアと強化人間だけ。それでは、まともに育つわけがない。そう思ったユーリが補足するように告げる。
「お前、友達居ないだろう。もしもの時、誰も助けてくれないぞ」
『そんなことないもん。兄様は、頑張ったらほめてくれるって言ったもんっ』
友達、と言う感覚が果たしてあるのだろうか。自分と京太郎以外の全ての価値観が取り去られた状態。そんな彼に、声は届くのだろうか。
「お前がハーモニウムの子たちを捨てた様に、そのうちにお前が上の連中に捨てられるかもな。明日は我が身、って言葉知ってるか?」
『なんだよ、それっ』
(‥‥まあ、要は「仲間や部下は大事にしようね」って事なんだが、やはりそういう価値観は植えられてないみたいだな)
確信するユーリ。
「俺には‥‥バグアが京太郎が、君を「用済み」だとして、利用し終わったら捨てるつもりでいる様に見えるから。ヘマやった時点で捨て駒にされるんじゃないかな」
『違う! 兄様はそんなことしない! だって、包帯ちゃんと巻いてくれたもんっ。僕のFR、直してくれたもんっ』
腕を差し出す彼。大切そうにしまわれた白い布。きっと、それが彼が意識をしていない京太郎への『絆』なのだろう。
(その程度で忠誠を誓うとは‥‥。京太郎が本当にレンを大切にしているわけではないのかもしれないな‥‥)
けれど、ユーリは思う。それだけの扱いしかしない京太郎は、追い詰められたレンを庇う事はないだろう。
『つまんない。何かわめいてるから、面白い事言うのかなと思ってつけたけど、兄様の悪口ゆうんだもんっ』
ふいっと姿を消しかけたレンに、口を出してきたのはソーニャ(
gb5824)だ。
「つまんない? それが君の口癖かい?」
『面白くないなら、つまらないって言うだろ』
当然のように、言い放つレン。だが、彼女はそれを馬鹿にした様に言い返す。
「当然だね。君の面白いは底が浅すぎ」
『‥‥どこが、だよ』
自分の意見を否定されるのは、京太郎以外にあまり表立って言われた事はないのかもしれない。レンが振り返る。
「ただ感覚的で本能的で。君自身がどこにもいない。どんな遊びでもひとりぼっちじゃ、最後にはつまらなくなる」
『僕は一人ぼっちじゃない。だって、兄様はかまってくれるもの』
そのレンのセリフに、ソーニャは見下したような声で言った。
「君の存在価値って、それだけ?」
『そうだよ。僕は兄様が全て。兄様しかいなかったもの。母親? 友達? なにそれ。見たことないよ』
今までの傭兵達のセリフを反芻するように。
「ふうん。人でもバグアでも何か求め戦っている。自分の存在意義をかけて。それは何かへと繋がっていく。なのに君は人の思いを茶化すだけでなんの自分も持っていない」
『自分‥‥? そんなの、持っていいわけないだろ』
自分自身の考え方を持てば、邪魔になる。そう言いたいかのように。
「やっぱり。君の境遇に同情してる人がいるよ。ナンセンスだね。君は生きていない。反応しているだけ。ボクは物には興味ないよ」
ソーニャには、レンが機械のように見えていたのかもしれない。
「掲げるべき自分を持って出直してきなさい。一人ぼっちじゃなくなるよ」
『自分? だから、そんなものを持っても仕方がないだろっ』
なんでわからないんだよっと言いたいかのように、レンの表情が子供の駄々をこねるものになる。
「そしたら、敵として憎んであげる。いい男になったら惚れてあげる。そして殺しあってあげる。今の君じゃ、殺されても事故死だ」
『僕は、死なない。兄様が、きっと助けてくれる‥‥』
よぎったのは、不安だろうか。
「もし、京太郎が助けてくれないんだったら、ジジィの名前でも呼べよ。きっと、助けてくれるから。たとえ世界が見捨てても、ジジィはレンを見捨てないんだろ?」
「俺ぁ子供が切り捨てられて泣くのを見たくねぇだけだ」
自分の事を出され、森里に即答するジジィ。
「今なら間に合う。自力で自爆装置何とかして降りるんだ。ハーモニウムも解放してね。同じ境遇の子供を殺せば二度と戻れなくなるよ」
『僕は、違う‥‥』
レンの声が小さくなった。否定しようとして、しきれて居ない。そんなように、赤碕には思えた。
「空を飛ぶ為にだけに傭兵になり、仲間と敵の血を吸い続けるボクがなにを言ってるのかって? ボクはこれでも大人だからね、もう手遅れなのさ」
ソーニャの見かけはレンと同じ位だが、その心は既に大人のもの。だから、子供の心が分かっていると自覚するまでには至らない。それでも。
「ボクみたいな大人は少ない方がいい。それにバグアでもいい男は多い方がいい」
間に合うなら、変えてあげたい。それは、赤碕も同じ。
「これまでまでどんな目に遭ったかあたしは知らない。でも、レンを助けようとした傭兵だっていたでしょ?」
確かに、手を差し伸べてきた子がいたはずだ。だから、まだ間に合う。最後の、引き金さえ引かなければ。
『こなかったじゃないか‥‥』
ぽつりと、そう呟いたせりふは、どこか悲しげで、何かを待っているようにも思えるのだった。
そして。
「結局、時間稼ぎにはなったのかな‥‥」
「ああ。動揺はしていたしな。少なくとも、すぐにハーモニウムの部屋をぶち壊しに行く事はないだろう。ただ、すでに被害が出ているんで、自分じゃない奴にやらせるかもしれないが」
ソーニャに、そう答えるジジィ。子供の理屈で、自分じゃないから良いんだ! とでも言いそうではあるが。
「そっか‥‥。けど、僕が言って良かったのかな」」
あまり関わりがなかった自分を憂うソーニャ。見た目は子供にしか見えない彼女に、ジジィは安心させるようにこう言った。
「大丈夫だ。お前さん達のおかげで、手は打てる」
ぽふん、と頭の上に手が乗った。だが、ソーニャの思いは、既にそこにはない。
(レン。虚ろな君の心にボクの言葉が響けばいいのに)
水琴窟。
目に見えない地中の空洞。
底の水面に落ちる水滴が音を響かせる。
こだまの、ように。