●リプレイ本文
解き放つ者と称される嘉雅土(
gb2174)、曰く。
終わりの時に心が戻り、その痛みに泣いているのなら。
許し、助ける。
その為に――‥‥。
常冬の原因となるようなキメラが、氷の息吹を吐き散らす。
「残党にしても敵が多いね。‥‥この先にレンが居て囚われてるのなら、何故通信を飛ばせるのかな」
その1匹‥‥やたらとトゲトゲした獣型を討ち殺した赤崎羽矢子(
gb2140)が、そんな事をぽつりともらす。しかし、それには痕跡を調べていた雅土がこう切り出す。
「そこはゾディアックの残り火なのかもしれない。何にせよ、同じバグアだ。抜け穴があるのだろうさ」
「だといいけれど‥‥」
別の誰かが糸を引いている。そんな考えが捨てきれない彼女。その思いを裏付けるかのように、キメラが数を増した。かてて加えて、今まで散らばっていた筈のFRの破片も、ここに来てなくなっていた。
「足跡が途切れた?」
「いや、巧妙に隠されてはいますが、なんとかなります。それより問題は、こっちの足跡ですね‥‥」
雅土の分析では、方角は間違っていないようだ。おそらく、陽明がそうしているように、雪原カモフラをかけられているのだろう。バグア製である事を考慮すれば、人の目に触れない可能性は充分にある。そう考え、終夜・無月(
ga3084)は探査の目を駆使していた。
「心宿ら無き筈のモノの心に響け我が想い、レン君の居場所の方を向いて欲しいの」
暴かれた無人機が攻撃してくる中、終夜・朔(
ga9003)が攻勢操作を使い、動きを止める。ハッチを開けるまでにはいかないが、氷の内側に、赤や緑の光点が灯っていた。
「見つかりましたか?」
「ええ。恐らくこの先でしょう」
そこへ、無月が意識を向ける。天照と月読に繋げたその望遠機能は、氷の内に人口建造物がある事をはじき出していた。雅土のKVへと転送し、彼が集めた現場状況と、無月地震の電波測定を重ねてみれば、通信の大元である事を特定出来る。
「どうやら、正解みたいだな。生身班は今のうちに突入を!」
「氷だらけだけどな。やってみる」
雅土がポイントを指定すると、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は氷壁に向かってウリエルを振るう。と、機械剣はその錬力を受け、表面の氷をガラスのように砕いていた。この先にレンがいると見て、間違いなさそうだ。次々に現れるガードの無人機が、それを証明している。
「冗談じゃないわ。あんた達なんかに渡すつもりはないわよっ」
羽矢子が構わず中に進む。取り囲む無人機を、後ろから朧・陽明(
gb7292)と朔ががりがりと削っていった。
「まかせてくりゃれっ」
「兄様のためですもの」
KVのパワーに耐え切れず壊れて行くガードワーム達。それを見て、月影・白夜(
gb1971)が微笑む。
「兄さんは自分の思う様にして下さい‥‥。僕は其の為に来たのですから‥‥」
「ありがとう、皆。だけど、無茶はしないでくださいね」
これがもし生身なら、いとおしげに撫でている事だろう。
「蓮斗が京太郎に懐いていた想い、もし本物だったのならこの子達の様だったのだろうか‥‥。其の感情の奥に本当は何が在ったのだろうな」
朔、白夜、陽明の無月に対する会話等を聞きながら物思いに耽る氷刃。しかし、今は戦場。答える変わりに、武器の嵐が降り注ぐ。
「兄様、行ってくださいっ」
「わかった。必ず戻る!」
無月が機体をそのままに、氷の入り口へと姿を消した。残った妹と弟、それに氷刃は、留守をまもるように、その機体を氷の中へと押し込む。援護をする目的で、雅土が氷雪の面へ、混合弾を撃った。表面がざりざりとめくりあがり、色つきの弾と混ざる。それを隠れ蓑に、ガードロボットの束を凍月・氷刃(
gb8992)が斬り捨てて行った。
「兄様、無事だと良いけど」
「大丈夫。あの人はそう簡単にやられたりしないから」
むしろ、心配なのは自分達のほうかもしれない。と、目の前のキメラを見据えて、氷刃はそう思うのだった。
たどり着いたそこは、幾つもの水槽が乱立する部屋だった。一つ一つは、良く目にする3m前後のキメラがゆったりと浸かれるだけの大きさを誇っている。
「これは‥‥。水瓶って。ひょっとしてこれの事か‥‥」
大部分は空っぽだった。開いている部分があると、すでに解放されてしまったのだろう。しかし、その一番奥から、かすかに声が聞こえてくる。
【‥‥けて‥‥】
「レン‥‥?」
はっと気付く3人。共にその声がする方へと走り出す。駆け寄ってみれば、幾つかの太いチューブが伸びていた。生体的にさえ思えるその束は、キメラ培養のものだろうか。無月が、先に何があるかを確かめてから、切ろうとして‥‥刹那、その場から飛び退る。
『残念ながら、そうはいかないので』
くぐもった声。自分達が入ってきた通路とは反対側の闇からぬぅらりと現れた、白い巨体。
「タロスだと‥‥? 何故こんな所に‥‥」
流石の無月とはいえ、生身でタロスを相手取る無茶をしたいわけではない。水槽の陰に潜み、相手の出方を待つ。そう言えば、捕まえた奴らが、誰か別の‥‥と言っていた事を、今思い出した。
『おやおや。私の留守中に何事かと思えば‥‥。残飯漁りはよろしくありませんねぇ』
くくく、とタロスが哂う。耐え切れず、羽矢子が「誰よ、あんたは」と問うた。
『名もなきバグア、とでも言っておきましょうか。と言っても、これから名がつくのですがね」
その手が、指先が‥‥チューブの先に伸びる。そこにいたのは‥‥一回り大きな水槽に浮かぶ裸の少年。胸に、水瓶型のペンダントだけを着けている。
「止めろっ、触るなっ!」
彼女が飛び出したのを見て、タロスの手が止まる。そして、以外そうにこう言った。
『おや、異な事を。あなた方にとって、この子供は敵。利用して何が悪いと?』
「悪いんだよっ。こっちにとってはねっ」
タロスの中身は、レンをヨリシロ化しようとしているのだろう。バグアの人の身を思わぬやりかたに、彼女はエナジーがんを乱射する。このまま、一気に距離を詰めようとした刹那、その水槽から声がした。
【いけない‥‥。避けて‥‥!】
はっとして飛び退れば、足元のチューブが生き物の意思を持って動いた所。踏めば捕らえられるのは必定だっただろう。
「レン!?」
何故助けたと言う想いには、彼は答えなかった。いや、答えられなかった。目は閉じたまま、意識はないように見える。ただ、その足元に設置された機器から、かすかな声が漏れていた。
「これは‥‥ひょっとして、生体パーツ化‥‥?」
「かもしれない。人間キメラの材料にするなんて、バグアにはよくある話だしな‥‥」
ユーリが頷く。自分以外の命と、失ったものに関しては材料。それが彼らのやり口だ。
「‥‥許せない。こんな風にするなんて」
それでも、羽矢子の表情には怒りが渦巻いていた。ユーリが作戦を問う意味で「どうする?」と尋ねれば、彼女はきっぱりと答える。
「決まってる。解放するの。あの子を」
「賛成だね」
ぱっと散開する彼ら。レンから、タロスを引き剥がす為に。
その頃、外側ではゴーレムを相手取り、時間稼ぎに奔走していた。
「えぇい」
朔の砲撃が、相手を近付かせぬよう掃射する。同じ用に、射撃で近付かせないようにしていた陽明が、痺れを切らしたように「なんとかならんのかぇ!?」と詰め寄っていた。焦りは、5人の命中精度を下げてしまう。そのせいか、ゴーレムの攻撃が、すぐ手の届く範囲にまで迫る。
その刹那だった。
「皆、お待たせしました!」
「兄様!」
陽明の顔がぱっと明るくなる。出てきた無月は、隠しておいた自らの機体へと乗り込む。直後、それを追いかけるかのように、タロスが出現していた。
「くっ。やっぱり奪われたかっ」
「取り返すだけよっ」
ユーリが臍を噛む。叫び返した羽矢子ともども、白く埋もれたKVへと乗り込もうとしていた。気付いたキメラが妨害をかけようとするが、それは陽明が許さない。
純白の機体が、起動する。中身は、彼女が愛する兄、無月だ。
「貴方との決戦の場を先に整えようと言う甘い考えが、貴方を苦しめた‥‥」
【ボクも本当は待ってた‥‥】
タロスに抱えられたレン。チューブが中途半端に接続している中、はっきりと通信が流れ込んでくる。
「謝罪程度で済む筈も無く‥‥自らに過ちを刻み、貴方の全てを今度こそ受止める‥‥其の為に俺は今此処に居ます‥‥」
【ボクを、受け入れてくれるの?】
不思議そうな、少年の声。まるで、初めて見るもののように。
「ああ、そうさ。最後くらい、望みをかなえて上げるよ。だから、おいで」
羽矢子が、氷刃の機体の上で、手を伸ばした。タロスから攻撃される危険性もあったが、彼は牽制するように、相手を睨みつける。そこへ、ご希望通りとばかりに、タロスの刃が飛んできた。レンが入った水槽が、輝きを増す。それと同時に、レンの体から力が抜けて行った。
【やめて‥‥。もう‥‥制御出来ない‥‥】
「うわぁっ」
タロスの刃が、氷刃のパワーを上回る。その様子に、無月は他の兄弟達を呼び集める。タロスからくぐもった声が響いた。
「おやおや。取り戻すおつもりですか。仕方ありませんね」
ぶぅんっと尻尾が唸った。兄弟達が一斉によけようと動く。円形の攻撃は、当たる事もあったが、止まらない。全員が、長兄無月と似たような動きなのを感じ取ったのか、レンが言った。
【ああ‥‥僕がいる‥‥】
「どういうことなのじゃ?」
怪訝そうに、陽明がたずねた。
「レンは、あんた達に自分がなりたかった関係を見ているのかもしれないと言うことさ」
「ボクと、同じ‥‥」
白夜が、ユーリの解説を聞いて、納得したように声を出す。他の姉妹達のように、大手を振って甘えられない。それでも、兄に想いを寄せているのは変わらなくて。その焦燥感を、攻撃に変えようとして。
「白夜、今はそれよりも、レンを」
「わかってる。兄様、あの子の半身を取り戻そう」
頷く白夜。無月が、通信機越しに「それでいいのですよ」と微笑んでくれる。大丈夫。自分も姉妹達と同じように、きちんと愛されているから。
その狙いが、タロスに定められる。朔が掃射モードで、その射線上にいる敵を排除しにかかる。
『皇騎‥‥月牙!!』
無月の合図に従い、白夜はぱんぷチャリおっ津で突撃をかけた。掃射線上にいる残りのキメラとワームを除去し、走り抜ける。そこへ、今度は陽明と氷刃が共にブーストをかけた。振り上げた腕を氷刃がおさえ、その間に陽明がディノファングで食らい付く。
『この、離せ!』
「兄様、今です!」
動きの止まったタロスへ、無月がブーストで肉薄する。
「レンは決して渡さない‥‥」
目指すは、レンの収められたコクピット付近。
【ダメ‥‥!】
レンの声が通信機から響いたが、勢いは止まらない。刹那、まるでその動きを予想していたかのように、至近距離でプロトン砲が無月の視界を焼いた。灼熱の焔が、辺りの氷ごと無月を溶かそうとした時、氷結の温度が足元からそれを冷やそうとする。
「レン‥‥!?」
【割れた水瓶は、戻らない‥‥。けれど、その欠片は、君の力になれるかもしれないから‥‥】
見れば、水槽の水が足元からこぼれていた。レンの瞳は閉じたままだが、その眉根がきつく絞られている。まるで、力を振り絞るかのように。
「力をかしてくれてる? なら、ここで何とかする!」
ユーリが、合流しようとするゴーレムを盾で押し込めた。細かい攻撃は、タロスの再生を中々に追いつかせない。それでも、悪あがきのように、細かいフェザー砲が周囲へと漏れる。
「お前の居場所はここには無いんだよバグアっ!」
その被弾をものともせず、PRMを解放する羽矢子。囲い込んだ氷刃と共に、自らの全武装をゼロ距離から叩き込んでいた。
「こっちだ!」
刹那、雅土のペイント混合弾がタロスの足元に大穴を穿つ。避けきれずはまり込んだタロスから、レンをもぎ取ったのは、その直後だった。
穴に落ちたタロスは追いかけてこなかった。胸元まではまり込んでいたので、早晩追いかけてこないだろう。それを確かめた羽矢子は、寒いのも構わず、水槽から放り出された少年を抱きかかえに行く。
「‥‥レンっ」
「あははは‥‥。ゾディアックが、このざまさ‥‥。でも、それが望みだったんだよね‥‥」
聞こえる声は、歳相応のものだ。
「レン、しっかり。こんな事でつぶれたりしないだろう?」
「ああ。僕はつぶれないよ‥‥。ただ、眠るだけさ‥‥」
雅土が動かそうとする。が、その瞳に光はない。が、抱えた羽矢子は、首を横に振っていた。
「そう‥‥。なら、もう休め‥‥」
「羽矢子さん?」
意外そうなユーリ。と、彼女はその身を姉のように、母の様に抱き、こう囁く。
「レンに罪があるなら、あたしが赦したげる。楽しい夢を見なさい」
「うん、そうするよ。でもそれまで‥‥ここにいて、良い‥‥?」
ぎゅっと小さな手が、彼女の身を掴んだ。子供が甘えるそのままで。
「ああ。ずっといればいい」
冷たい頭を撫でる。声が、小さくなる。
「ありがとう。ごめん‥‥。起きたら、また遊ぼうね‥‥」
自分が、二度と起きないのを知っていてもなお、彼はそう言っていた。
「ああ。また、遊ぼう‥‥。それまで、さよなら」
「レン、君とは仲間に、友達に成れたかもしれないのにな‥‥」
閉じた目からこぼれた氷の涙に、白夜は自分と無月の姿が重なったような気がした。
そして。
「これから、どうするんだ?」
「ヨリシロにされる事を考えれば、火葬がいいと思うけど‥‥」
氷刃が問うと、無月はここで葬儀を行う事を提案した。が、羽矢子はレンの遺体を抱いたままだ。
「連れて帰る。こんな寒い所には置いていけない」
「でも、ラスホプで、UPCにバラされる事もあるんじゃ‥‥」
雅土の疑念は当然のものだ。それなら、ここで埋葬した方が良いのかもしれない。が、そこにユーリが妥協案を出した。
「じーさまなら、そんな事はしないと思うよ」
そういえば、彼も准将の肩書きを持っている。
「せめて、魂は救われるように。それが、水瓶の欠片を継いだ者の義務ってモンだろうさ‥‥」
そう言った羽矢子の剣には、水瓶座を示す銀のペンダントが瞬いていた‥‥。
ゾディアック水瓶座‥‥甲斐蓮斗。グリーンランドでの激戦により撃沈。
その後、見つかった遺体は、傭兵達の希望により、キャスター・プロイセン准将が保管・管理を行う事になった。ただし、遺骸の在り処は、関係者以外極秘とされ、そのサインをした准将も黙して語らない。
だが、その日を境に、准将のガレージに、良く手入れされた噴水が増えた。
水瓶のモチーフで飾られたそれには、少年の好みそうな玩具が組み込まれていると言う‥‥。