●リプレイ本文
秋口とはいえ、グリーンランドは寒い。住んでいる人々から見れば、どうと言う事のない気温でも、なれない人々にとっては、極寒の大地だった。
「まったく、まだ秋じゃというの寒い、冷える。早く帰って風呂に入りたい物じゃよ」
美具・ザム・ツバイ(
gc0857)がそう言って身をすくませる。赤鎧「ネメア」を着こんで、軍用の歩兵外套を着ているが、やはり寒い。
「なかなか状況は難儀なようだな‥‥」
ルーガ・バルハザード(
gc8043)が、厳しい表情を浮かべている。が、 嘉雅土(
gb2174)が周囲を見回してこう言った。
「ここはまだマシな方だよ。ティグレス、ベースになりそうな場所をピックアップにセッティングしてくれたし」
チューレ駅の予定地として、資材コンテナがセッティングされている。簡易暖房器具や、コンロ等も置いてあるので、サルベージを行うだけなら、特に凍える事もないだろう。
「俺だ。遅くなったな。ふむ、やはりそんな格好になったか」
そのコンテナに取り付けられた窓を開けてみれば、AUKVを装着したティグレスが到着したところだ。
「格好‥‥?」
「ほれ鏡じゃ」
美具がコンテナの中に都合よく転がっていた鏡に、茅野・ヘルカディア(
gc7810)を映した。彼女は、頭にウシャンカをかぶり、防寒ポンチョとライダー用のゴーグルとグローブで、寒さから身を守っている。
「てるてる‥‥坊主?」
あまり磨かれていない鏡の中では、そうにしか見えない。あまり表情を表に出せない茅野は、何と反応して良いのか分からない為か、そのまま固まってしまった。
「必要な装備なのだろう? ここは曇天の地。晴れれば景色も変わってくるだろう」
「ええ、任務が終わったら眺めてみたいですね‥‥」
寡黙な彼女が見上げた空は、まだ厚い雲に覆われている。こういう場所は空が綺麗だと聞いた事があったが、てるてる坊主はその空を見せてくれるのだろうか。
「空か‥‥。ここから見えるのかな、カンパネラ」
釣られるように旭(
ga6764)が見上げてそう言った。横で雅土が「たーまやー」とか言っている姿に、ティグレスは苦笑する。
「2人ともまだ早い。これだけ曇ってると、通常の星空も難しいだろ」
星が見えるような空なら、宇宙にいるカンパネラも見えるのだろうか。
「凄い話だけど、浮かべてどうするんだろうね」
なんだか壮大な話に、旭が当然と言った疑問を口にする。と、ティグレスは。
「カンパネラは、宇宙で拠点として機能するんだ」
一同が固まった。
「これはまだ学園でも一部の者しか知らないがな。カンパネラは、それ自体が衣食住を完備した箱庭だ。拠点になるのに、これ以上のものはない」
確かに、カンパネラはそこから一歩も出なくとも、生活は送れる施設は揃っている。衣食は購買がばっちりキープだし、住は寮完備だし。刺激が欲しいなら、研究棟でそこらへんの映画もまっつぁおな実験をよく行っている。
「いいのか? 俺達にそんな事を言って」
「何れ傭兵達にも告知が行くさ。その時になって、慌てて準備するよりは良いだろう?」
ティグレスがそう言って顔を向けたのは、備品をチェックしていたアルヴァイム(
ga5051)。
「コッチミンナ」
じーっと注視されて、ふいっと顔をそらす黒子だった。
カラスとの合流は、谷の壁面だった。いくつも横穴が開いているそこは、捜索するだけで骨の折れそうな作業である。
「スイッチの形をしたパンドラの箱、ねぇ。スイッチといってもいろいろあると思うんだけどなぁ」
ダミーの可能性もある。旭が見回す限り、他にもいくつもスイッチのようなものが転がっていた。
「今回見つけるのは、1つだけだ。だが、他にも慣性制御装置はある。それに、研究材料として役には立つだろうな」
その1つを拾い上げ、ティグレスがそう言った。見れば、鉄パイプのように見えるが、この極寒の地でも、普通に見えるあたり、未知の金属なのかもしれない。
「穴は、一つ一つ調べて行くしかなさそうですよね」
前のほうを歩いていた茅野が、ライターを使って穴を覗きこむ。しかし、僅かなライターの灯りでは、先までは見通せない。
「それは?」
「これですか?お父‥‥父の形見です」
ティグレスに聞かれ、そう答える彼女。だが、それ以上は何も言わず、無線機の方を調整している。ジャミングの強弱によって、ワームの動向を探ろうと言うわけだが、違いは中々現れない。
「カラスは、確かこのあたりで姿を消したって言う話だよな」
それでも、無線と振動に注意する黒子。
「アイツは、確かエクセレンターだから‥‥。持って行くにしても、そう深くは持っていないと思うんだよな‥‥」
雅土が怪訝そうに首をかしげながら、地上を進む。穴を中心に捜索を開始するものの、穴は存外に深く、中々捗らなかった。
「地上に進んだ方が良いか?」
「いや、複数入手するのは、効率が悪い。まずはカラスを見つけてからだ」
ティグレスが切り替えを尋ねると、黒子が首を横に振った。確実に言われているのは1つだけ。それは、くぼみや暗がりを、暗視スコープで覗いている雅土が証明している。
「なんにせよ面倒な話じゃ。SWも出るようじゃし、手早くすませるとしようかのう」
早くお風呂に入りたい美具、ぶつくさと言いながら、暗がりを覗き込んだ。しかし、役に立ちそうな者を持っていない彼女、写真の物を探すのもひと苦労なようだ。中々見つからない。
「すぐに見つかれば良いけどね。崩落とかダミーとか起きませんようにっと」
淡い期待をこめて、GooDLuckを使用する旭。彼は一応タクティクスゴーグルを装備しており、捜索にはそれなりに手を用意しているようだ。
「ここは調べたな。後は、南側のあたりか‥‥。だんだん位置が絞れてきたぞ」
彼らが調べた地形は、黒子が起こした地図に、雅土が印を入れて行く。崩落し易い場所には、地図にバツの字が書かれると共に、ざっくりと目印の旗が差し込まれる。子供の玩具な旗だが、白い大地にはよく目立つ。と、その旗をねじ込んでいた美具が、散らばっていた部品を拾い上げた。
「これ、役に立つかのう?」
ごちゃっとしたディテールを持つ部品の塊。ネジは一本も見当たらない生物的な物体は、ワームの欠片なんだろうか。付いたスイッチは、目的のスイッチとはかなり違うが、回収した方が良さそうだ。
「准将に言えば、研究サンプルになるだろう。預かっておいてくれ」
「了解じゃ。カラス殿も、そろそろ見つかるかのう」
彼女もまたGooDLuckを使う。丁重に包んでバックパックに入れている。
「ん? これは‥‥。黒子さん、この印、道しるべになっていません?」
と、その発見場所を地図に記していた雅土がそう尋ねてきた。黒子がなぞって見ると、その部品を発見した場所を中心に、何度か交戦し跡が見えた。
「どうだろうな。ティグレス、どう思う?」
「アイツは、自分の追跡を不可能にはしない。ありうる話だ」
わざと戦い、痕跡を残して、身を隠す。手がかりを残すだけの技能は持っていると。
だが、それにはひとつだけ問題があった。
「もうすぐ合流出来ると言った所でしょうが、そう簡単には進まないようですね」
旭が厳しい表情で、身を隠すよう告げる。その先には、バラされたワームの部品を食い漁るサンドワームの姿があった。
それは、中々にシュールな光景だった。コブラに似た姿のワームが、倒された同型機のボディを分解し、自身を強化している。それはさながら『食っている』と言う表現が相応しかった。見ていてあまり気持ちの良い物ではないそれにルーガは顔を歪ませる。
「ちっ…そう簡単には行かせてはくれんか!」
迎え撃つつもりなのか、自身の烈火を構える彼。が、黒子はそれを押し止め、自分の銃を取り出した。
「お前は後衛で頼む。剣では威力が足りない」
「了解した。こう言う時の為に、ソニックブームを持ってきたんだ」
頷いて、3歩後ろへ下がるルーガ。剣は本来長距離攻撃には向かないが、それでも彼はサンドワームの頭部にある『口』めがけ、真空の刃を打ち付ける。弱点には及ばないが、注意を向けさせる事は出来る。
「待って。まずは、先手必勝」
舌がちろちろと動く中、後衛の茅野が、少し高い場所へと昇る。そこから見えるサンドワームは、まごうことなき蛇の形をしていた。
「ここからなら、行ける‥‥」
普通の蛇ならば、感覚器官は目と鼻だ。匂いによって獲物をかぎ分けると言う特徴があるらしいが、果たして。
「あれ?」
影撃ちと鋭角狙撃が、鼻の部分に命中する。 だが、相手はワーム。蛇に似ていても、蛇の特徴を備えてはいない。
「確か蛇は、熱源を感知してるのは舌だったよな」
「切り落としたとして、攻撃力は変わるまい。むしろ、暴れて危険になるやもしれんな」
茅野の位置は遠いので、そこへたどり着くまでには時間がかかるだろう。逃げも隠れもせず、正面から撃ってくる姿は、仲魔を信頼してと言うより、ただ自分の危険を省みていない様に見えた。
「めめずのくせにコブラ型とは・・・バグアもろくな物を考えんな。呑み込みだけでも厄介じゃというのに、毒とはの」
「だが、あの舌がセンサーなのは間違いないと思うぞ」
ルーガのソニックブームが舌の部分に炸裂する。が、細いように見えて、彼の剣と同じ位ある舌は、容易には切れない。
「探索能力さえ低下してくれれば良い。火線を集中しろ。旭、隣へ。魂の共有が出来るように」
「前に出るんで、ついて来て下さいよ」
黒子が有無を言わさず、隊列の構築を告げる。射撃装備の彼を、コブラの一撃から守る様に前に立つ旭。その銃口が、コブラに向けられると、美具もまた、自身の銃口を適へと向ける。
そして。
「我が一撃の後は、フルボッコにするのじゃぞ。それ、制圧じゃ!」
「切り込む」
黒子の制圧射撃と、美具の制圧射撃が圧力のようにコブラを押さえ込む。より幼く見える美具を捕まえようとするコブラ。触手から逃れるようにして、旭が切り込み、迅雷で回り込む。いわゆるヒットアンドアウェイと言う奴で、小刻みに避けながら切りつけるが、中々成果が上がらない。
「蛇は、知覚器官は目や鼻腔部分にあるはずなのに‥‥」
「ワームに蛇の弱点が残っているとは思えん。口の中も同じだろう」
ティグレスが槍を横薙ぎにする。それを口で受け止めたコブラは、柔らかい口を持っているようには見えない。
その口が、かぱりと開いた。
「まずい。避けろ!」
雅土がそう叫ぶ。被害を軽減する目的で、様子を見ていたのが幸いしたらしい。だが、コブラは構わずその口中から毒液を放つ。
「唸れっ、天狗ノ団扇!」
その毒液に向かって、雅土は団扇を動かした。ただの団扇ではない。超機械の団扇である。受け流されたそれは、地面にじゅうっと嫌な音と匂いを撒き散らしている。
「くうっ。盾で食らったら、ぼろぼろ決定だな‥‥。受け流して正解か‥‥」
ルーガも盾で受け止めようとしたが、SESをつけていても、溶かされてしまう可能性が高いようだ。初陣と言う事もあってか、自分から前にでるのは避ける彼。
「翼を使え。あの速度なら、それで避けれる」
「離脱に使うつもりだったんだけど。この状況じゃ同じか。何とかしますかね」
ティグレスのアドバイスに、雅土はその能力を使う。竜の力と称されるドラグーンのパワーは、仲間を退却させる事くらいは出来るだろう。無理やりだが。
「開いた。気をつけろ、すぐ来るぞ!」
ルーガがそう言った。かぱりと開いた口から、液が滴り落ちる。
「このぉぉぉぉ!」
雅土の龍の方向が響きわたる。その口先で矢が炎を上げ、コブラの頭が炎に包まれる。
「畳み掛けろ!」
「心得た!」
黒子がそう言うや否や、皆の攻撃が底へと集中した。のたうつ触手が、壁の一角を崩す、崩落に巻き込まれないよう身を引いたそこが、ぽっかりと空洞を空けた。
「あれは‥‥。カラスさん?」
「やっと御到着か。遅いよ、皆」
少し、怪我をしているようだったが、にやりと笑う。その動きが多少ぎこちないのは、寒いせいだろう。
「文句は後だ。スイッチはどうした?」
「まだ持ってるよ。ほら」
見せてくれるカラス。独特な形をしたスイッチは、旭曰く「ど、どう見てもスイッチだっ!?」だそうで。
「和んでいる場合じゃないかのう。あいつら、こっちを捨てて別のほうに向かったみたいじゃな」
美具が、大破したコブラ型を見てそう言った。傷ついた仲間を見捨て、これ以上の長居は無用、とばかりに後退しはじめる。
「無理やり強奪したいわけじゃないみたいだからね。もっとも、向こうの方が機動力あるし、幾つか確保していると思うよ」
カラスの目撃証言では、いくつかパーツを集めていたらしい。収集が目的ならば、仲間のパーツを『食って』いたのも納得できる。仲間を見捨てたのは、パーツ収集にやっきになって、折角抱え込んだお宝を回収されるようなへまはしないと言った所か。
「少しでも確保した方が良いか。あれ、止めを刺すぞ」
「お手伝いします」
黒子が見捨てられた方のコブラを指し示す。もし、奴が持っているとすれば、大きな戦利品になると。茅野が銃口を向けた刹那だった。
ぶしゅうっと放たれた毒液が、崩落し易い壁へと炸裂したのだ。その上には、全体を見下ろすつもりだった茅野の姿が。
「あやつめ、毒液で壁ごと溶かす気じゃな! のけ!」
「ここからなら、確実に当たるから‥‥」
目前に迫るコブラを、茅野は好機と捉えてしまったようだ。だが、そこへ横合いから滑り込む迅雷のとび蹴り。
「さ、せ、るかぁぁぁっ!」
防御力の落ちたコブラに、旭の両断剣・絶が叩き込まれる。どがしゃぁぁぁっと部品を撒き散らせるコブラ。毒液が止まった。
「撤退しよう。本来、KVで戦うもののようだし」
「これだけあれば充分じゃないかな」
ルーガに頷く黒子。雅土が、ばらばらと落ちて行くスイッチを回収しながら告げた。少し小型のモノもあるようだ。
「ふむ。何かを手に入れる時には、長居をしないのがセオリーだ。引き返そう。後ろはやっておく」
「付き合いますよ、黒子殿」
旭がそう答える。
「お互い学生の内に肩並べて戦うのはこれで最後かな。卒業しても偶には遊びに来てくれよ、2人共」
雅土がティグレスの卒業を祝いながら、これからはOBとして学園を支えてくれるように告げる。
「カンパネラが戦場に出れば、共闘する事もあるだろうさ。これからも、な」
「僕は元々研究生だしね」
カラスは研究棟で、相変わらずこき使われるのだろう。
「お母さん、お父さん。今日も生き残れたよ‥‥」
そんな傭兵達の日常に、茅野は座り込んで空を見上げつ、無意識に何かを掴むように手を伸ばしながら、そう言った。
こうして、一行は目的のモノを手に入れ、基地へと戻るのだった。