●リプレイ本文
カンパネラの湯。以前は学園の様々な生徒教員のみならず、一般人も出入りしていた巨大温浴施設である。
というと大げさだが、だいたいどこの県にも一つはあるスーパー銭湯的なものだ。
だが今回、その一角にある湯船と脱衣所には、『清掃中』と記され、ぺこりとお辞儀をする生徒会の姿そのままの札がかけられていた。
「イカ〜イカ〜イカ〜イカの名は、クリオネー♪」
謎のお歌が鳴り響く。樹・籐子(
gc0214)さん作のそのお歌は、人けのあまりない脱衣所に、反響してわんわんと響き倒していた。
「さて、水場の掃除と言えば水着にバンダナ! デッキブラシだね!」
きゅっと頭にオレンジのバンダナを縛った布施川 逢介(
gc7835)がそう言った。とはいえ、傭兵達の間に出回っている水着ではなく、ごくごく一般的なものだったりするのだが、その傍らには緑色の箱が鎮座していた。
「この救急箱は‥‥?」
「女の子がけがしたら大変だし!」
月野 現(
gc7488)に即答する布施川。が、その口元がにやーりと緩んでいるのを見て、彼の表情にぴしりとひびが入る。
「能力者だから平気だと思うのだが‥‥」
「気にスンナ。俺の救急箱は心も癒す!」
なぜかやたらと包帯が入ったその救急箱を取り上げようとする月野だったが、その前に布施川が救急箱をがっちり確保。
「癒されるのはお前の方だろう」
「ぎく。いや、誰かがローション飲んじゃったら胃薬も入ってるし!」
ちなみにブレスト博士の研究室からこっそり調達したものだ。魂胆はともかく、取り上げるような危険物でもないので、月野はいぶかしみながらも、そっと元に戻してやる。
「まさかこれで重傷になるとは思わないしね。準備はこうでいいのかなぁ‥‥」
その横で、白衣を脱ぎ、身軽になったレガシー・ドリーム(
gc6514)が、ブーツを脱いで裸足になっている。そのまま、とことこと浴室へ向かうレガシー。その姿は、どうみてもお手伝いに来た美少女だ。
「モモコちゃんは怪我、大丈夫?」
「ええ」
一方、手間取っているモココ(
gc7076)さん。ついこの間、任務で重傷を負ったそうで、まだうまく着替えができないらしい。それでも、さっさと仕事を終えてお風呂に入りたいらしく、身軽な服装になっていた。
ところが。
「甘いな。やっぱりこれくらいはやらないと!」
そう宣言する葵 コハル(
ga3897)。ばばーんっと取り出したのは、スクール水着と巫女装束である。
「うわー」
目を丸くする一同。まぁ、普段は武者鎧でお仕事に臨んでいるコハルさん。こんな場所で鎧なんか着てたら、群れるは痛むはでろくな目に合わないわけで。代わりに超軽装モードで来たらしい。
「どうカナ?スクール水着×巫女装束。まだまだマイナーっぽいからパイオニア目指してガンバってみちゃう?」
足元まで覆う巫女服は、どーーーーー見ても動きやすいとは言い難いのだが。
「名付けてスク巫女! 新しいでしょ!」
ドヤ顔で主張するコハルちゃん。が、そこへ藤子さんが困惑した表情で告げる。
「普通にビキニでいいじゃない。ねぇ?」
ちなみに彼女はビキニ水着にホットパンツといういでたちである。その割には、パンツのボタンが取れかかっているわけだが。
「むううう。‥‥あたしも成長してきてるとは言え、やはり上には上が‥‥触らせて貰っても良かですか?」
豊満ボディをうらやましそーにガン見するコハル。と、やっぱり黒のマイクロビキニを着用した雁久良 霧依(
gc7839)がにこにこと笑顔で近づいてくる。
「あら、興味があるの? どうぞどうぞ」
じーっと見つめたコハルちゃんを引き寄せ、ぎゅーっと抱きしめる藤子さん。その反対側から、やっぱりその素晴らしいものをお持ちの霧依さんがぎゅむーーっと押しつぶしてくる。当人達にとっては、ただの女の子のスキンシップというやつなのだが、周囲には濃厚な百合の香りが漂っている。
「うふふふ。楽しい依頼になりそうね♪」
その余波で、鼻血の海に沈んだカラスをはじめ、血の気の多い若者たちの光景に、霧依さんはうふふふふっと愉悦の笑みを浮かべながら、お掃除に向かうのだった。
浴室に布施川の声が響く。
「カンパネラの風呂場よ‥‥! 大規模作戦では何度かお世話になったかもしれない大浴場よ! その恩を今、返しに‥‥私は帰って来たぁ!」
ちなみに三日前に利用したばかりだ。
「世話も恩も減ったくれも普通に使ってただろうが」
「はっはっは。目の保養も出来て一石二鳥とは、この事だな! さぁーて、張り切ってお掃除と洒落こみますか!」
嘉雅土(
gb2174)にツッコまれ、そう答える彼。にやりと緩んだ口元が、抜け目なく水着の女性陣を眺めているのを見て、雅土は自分の判断が間違っていなかったことを確信する。
「聖那連れてこなくて正解だったなー。まずは各インフラの確認だな。配管とか正常に動くか確かめないといけないし」
そう言って、雅土は風呂場内の各シャワーと湯口を少しひねってみる。詰まっているのか、まったく出なかった。ため息をつく雅土。
「ちゃんと水出るぜ」
一方で、そう答える布施川。幾つかの配管は無事なようだ。その無事な方の配管の水を使い、タオルを濡らした雅土は、貸し出された専用道具を手に、『機器室』と書かれた、立ち入り禁止の扉へと向かう。
「あれ? どこいくの?」
「ちょっと裏行ってくる。入り口に清掃の張り紙張っといてくれ」
レガシーにそう答える彼。その機器室の先には、いくつかの配管があり、足元には排水用の溝が蓋してあった。そこも、ローションらしきものであふれているわけで。
「あいあい。こっちはこっちでお掃除しておくよん」
あまりやりたがる者のいないエリアを、自らやろうといったところである。それを見てとり、レガシーは自分の担当場所へとデッキブラシを振りかざすのだった。
掃除と言ってもやる事はたくさんある。
桶や風呂椅子をどかし、片っ端から通ってる配管で洗い流すというものである。こびりついたローションは、デッキブラシでごしごしとこすり落とすといったところだ。
「汚れが取れるのは気分がいいな」
探査の目を使いつつ、そう言う月野。力仕事要員として呼ばれた彼だったが、脱衣場も浴場も、基本的には軽いものばかりで、あまりその力を発動する機会はなさそうだ。キメラもまだ現れていないので、すぐ出せるように隠し持った暗器や銃も、使おうとしていた技も、すべてはまだ頭の中から出ていない。
「へぇ、これが謎のローションかぁ」
そうしている間に、レガシーが興味深げにローションを指先でつんつんしていた。どうみても、女性もののワンピースを身に着けたレガシーさん、お肌の再生補助機能を研究中だったというその謎ローションを掬い取る。
(うーん、美肌効果のあるローション‥‥かー)
ためしに腕に塗りたくって見るものの、一般的に出回っているローションと、あまり変わらないように思えた。まぁ、こういうものは、すぐには効果が出ないとはわかっているものの、お肌に異常は出ないので、後でもう少し広範囲に塗ってみようと、レガシーは心に決める。
ところが、その刹那だった。
「どいてどいてどいてどいてぇぇぇぇぇ!」
突如、モココの悲鳴が響いた。反響であさっての方向にまでぶっ飛んだ声に振り返ってみれば、洗剤の容器でひっくりかえり、つつぅぅっと滑ってくるモココさんの姿が見える。
「わぁぁぁぁあんっ!」
あわてて避けるレガシーさん。こんな所ですっこけたら、せっかく隠しているアレが台無しになってしまう。頬を朱に染め、据え付けの鏡に隠れるレガシー。見捨てられた格好となったモココさんはというと。
「むうう。あぶないっ!!」
布施川が気合で滑りながら飛び込んでいった。が、速度が今一つ足りなかったらしく、お手手を差し出したところで、モココさんはその指先をすり抜けてしまい、桶の山へと突っ込んでしまう。一方で、布施川はローションの海へと強制ダイブさせられていた。
「うう、止めてくださいよ‥‥。‥‥ぬめっとしてて気持ち悪いです‥‥」
「だ、だって濡れちゃいそうだったし‥‥。ごめんなさいです」
ローションまみれになったモココに、申し訳なさそうに謝るレガシーさん。
「気を付けてね。滑りやすいんだから」
「はい‥‥」
すかさず、立ち直った布施川がお手手を差し出した。抜け目なく女子の悲鳴を聞きつけた彼は、紳士的に抱き起そうとするが、その全身はローションまみれでまったく格好良くはない。
「立てるかい? 足元には気をつけなきゃね。なんだったら俺がおぶってってやろうか?」
「却下だ」
どしゅっと月野の一撃がお見舞いされた。そりゃ、全身ローションまみれの男子の背中に、わざわざおぶさりたいとかいう女子はあまりいないだろう。ましてやモココには大切な人だっているのだ。
「そこまで言わんでもいいぢゃないか‥‥」
「お前の場合は危険すぎるんだ」
デッキブラシでローションごとごりごりと湯船へ放り込む月野。ずばしゃぁっとあふれたローションにまみれた月野は、納得いかない表情で、霧依の方を指し示す。
「まだ序の口だろう。だいたい、向こうの方が危険じゃないか?」
「んーーー。でもこれ、お肌つやつやになるかんじー」
黒マイクロビキニという、全裸タイツより危険といった格好の霧依さんが、ローションを全身に塗りたくっている。中身は美容液なんだが、モココの洗剤と混ざって白濁したそれは、どーー見てもケフィアである。
「もう。遊んでないで掃除手伝って下さいよ‥‥」
「そう? 結構気持ちいいよ」
引き金を引いちゃったモココさんが、ぷうと頬を膨らます。と、それを見た霧依姐さんは、にっこりと笑顔でモココに抱き着いていた。
「ひゃわっ!?‥‥あぅ‥‥やめ‥‥」
「うふふふふ。そんなんじゃ綺麗になれないわよぉ?」
そのまま、ローションを自慢の胸や太もも使って、塗りたくっていく。16歳のかわいい御嬢さんに、21歳の愉悦に浸った霧依さんがローションを塗っている図は、正直バラエティでもある光景とわかっていても、相当にやんらしい。
「そ、そういうのはちゃんとおうちに帰ってからやりますうううう!」
「あらぁ。遠慮しなくてもいいのよぉ? ほーら、これなんだ?」
面白がっているのか、落ちてたお見せできないような物体の用途を聞いちゃったりしてくる霧依さん。明らかにカメラを回せない光景に、月野が頭を抱えていた。
「風呂に来るとこんな事ばかりだ」
胸にお手手が滑り込んじゃったり、うっかり動かしちゃったりと、遠慮の二文字は全くない。
「えぇん。やめてくださいよぉう」
さすがに耐えかねたモココが、必死で逃げだした直後、足元には月野が転がしておいた石鹸が。
「あ」
つるんっと滑ったモココさん。その先には、やっぱり水着で掃除していたコハルちゃんがいて。
「けほっ‥‥うぇ‥‥おいしく、ない‥‥」
ぶつかった拍子に、白濁ローションを盛大に口に入れてしまう。もともと食べるもんじゃないので、あわてて吐き出しているんだが、やっぱり危険でやヴぁいモンを飲んだようにしか見えない。念のために言うが、他意はまったくなかった。
「おーい。そっちどうだー?」
と、そこへ裏方作業に従事していた雅土が戻ってくる。
「順調ですわねー」
そう答える藤子さん。探査の眼は、まだ敵の姿をとらえてはいない。
「ここまで滑りやすいと、石鹸ホッケーがやりたくなるなー」
月野が何個目かの石鹸を片手にそう言った。水分を吸って柔らかくなったそれは、普通に投げても壁に張り付いてしまいそうだ。
「覚醒はするなよ。砕けてえらいことになるから」
「それもそうだ。ん?」
雅土も、余計な手間は増やしたくない。と、そろそろ終わりかけたと思った刹那だった。
「つっきーも気付いたみたいね。キメラいるわ」
藤子さんが、探査の眼で気づく。月野の目にも、配管から出てこようとする半濁の物体が見えていた。
「ああ。左の配管だ。引き寄せるぞ」
そう言って、月野が仁王咆哮を吠える。あまり知能は高くないのだろう。ずるりと抜け出たキメラと思しき軟体生物は、ここぞとばかりにこちらへと進んでくる。主に‥‥藤子へと向かって。
「あらあら。キメラでも私の魅力がわかるのね」
へいかもんと言わんばかりに進み出る彼女。囮になるつもりだと思ったモココさんは、あわてて回れ右。
「わ、私武器とってきます!」
脱衣室に置いたままの蛍火へと走る彼女だが、そんなに急いでしまうと、勢いで、思いっきり須っ転んでしまう。そこへ、ここぞとばかりに襲い掛かる半濁ローションキメラ。
「いやぁん、あなたの相手はこっちですわよぉ」
藤子がその彼女を庇うようにして、あえて白濁のボディアタックを受け止める。キメラのせいか、ちょっとあったかいそれに、彼女は何故か恍惚の表情。その間に、半濁ローションの出した溶解液が、彼女の衣服ごと溶かしてかかる。
「ああもう。前衛が少ないっていうのに〜」
が、もう少しで危険地帯というところで、コハルがエクリュの爪を振り下ろした。
「あぁん。もうちょっと効果を味わ‥‥確かめようと思ったのにぃ」
助けられた割には、ちょっと残念そうな藤子さん。分断されたキメラは、その間に他の傭兵達に取り囲まれてしまう。
「焼いちゃえ焼いちゃえ☆」
「ったく。こんなの持ち込むとかありえんだろ」
「不届きものめ。成敗してくれるー」
キメラ、分断されつつ2匹になって逃げまわる。行先は、排水溝のぶっとい配管だ。それは、風呂の邪魔にならないように、壁へ埋め込まれていた。それを見た布施川は、一応脱衣所で様子を見守らされている聖那に許可を取る。雅土の手で、レースのテーブルクロスをセッティングされ、一通りの紅茶セットを用意された聖那は、桜のフレグランスをまとい、コサージュで飾られ、危険な浴場から強制隔離されていた。
「よし、配管はこっちに流れてるから、ここをぶっ飛ばせばいいな。なぁ、風呂場壊しちゃまずいよな?」
「どうだろうか。外壁に逃げ込まれたら、壊すしかない」
ちらっと彼女を見れば、優雅に紅茶を傾けながら首を切る仕草をしてくれる。どうやら、許可が下りたようだ。
「よし。その辺は後で准将になんとかしてもらおう!」
「ようやく追いつきました。ええい!」
責任は全部准将に押し付ける気満々で、デッキブラシを振り回す布施川。壁に鈍い音が響き、キメラの詰まった場所を教えてくれる。そこへ、今度こそ滑らないように、モココが蛍火をぶっ放す。追い出されたぬるぬるを、月野のアッシュブレイドが粉砕していた。
なお、壊された壁は、霧依の持ち込んだネギのような栓ですべてふさがれた模様。