●リプレイ本文
「それにしても、もっそい分かりやすい電波だな」
ゲック・W・カーン(
ga0078)が、周囲を見回してそう言った。町で一番大きいその通りには、街路灯ごとにスピーカーが取り付けられ、少女ボイスの歌が流れまくっている。担当の元に届いていたのは、一曲だけだったが、今聞く限り、その数はアルバム一枚くらいに膨れ上がっていた。
「確かに、ずっと聞いてると毒されそうだねぇ。他に何か変わった事はないのか?」
「ちょっと聞いてみたいんだけど‥‥。皆いないわねぇ」
江崎里香(
ga0315)がそう言って周囲を見回す。現地で分かっている事を聞こうと思ったが、やはりバグア軍を恐れて、人どおりは欠片も無い。
「うーん、どうも大通りと駅前にある、一部の店舗で流されてるみたいね」
人を探して、近くの大きな建物に入ってみた所、集まりそうな場所には、軒並みスピーカーが取り付けられ、いつでも耳に入るよう配備されている。発生源を見ると、店内や大通りに設置されたスピーカーから、流れてくるようだった。見れば、日付は大戦前になっており、おそらく店内放送やBGMに使われていたのだろうと、推測できた。
「何とかして、音を聞かずに済ませたいところなんですが‥‥」
「だったら、耳栓でもしたらどうだ?」
頭を抱える藤川 翔(
ga0937)に、カーンがそう提案する。相談の結果、何とかして耳栓を手に入れようと言う事になった。
だが。
「やっぱりないか‥‥」
残念そうにそう言うスカーレット(
ga1322)。このあたりは、バグア軍とてバカではない。市内にある耳栓には、全て『都合により売り切れ、次回入荷未定』の文字がしっかりと貼り付けてある。仕方なく、市販品ではなく、あり合わせのもの‥‥この場合、持っていた救急セットの脱脂綿を少し切り取って‥‥と言うわけである。
「あーあー。うーん、だがこれを仕込むと、お互いの声が良く聞こえなくなるな‥‥」
カーンがお互いの声を確かめながら、そう言った。歌も聞こえづらくはなったが、完全に聞こえないと言うわけではない。おまけに、かなり大きな声を出さないと、意思の疎通は図れなかった。
「通信機は‥‥支配地域じゃ、そもそもジャミング入るか‥‥」
代わりに、無線機を使おうと試みるカーン。しかし、さすがに支配地域で、貸し出された品を使っては、逆探知されるのがオチそうだ。
「どれくらい聞いたらと言うのが、人によって様々とわかっている以上、うかつに耳は使えませんね。簡単な指差しと手の指示のみで行いましょう」
仕方なく、蛍雪(
ga0021)がそう言ったので、通信機は使わない事にする。
「あーあ、高性能な通信機、あったら貸して欲しいのに‥‥」
「バグアの攻撃が激しくて、支配地域には持ち込めないんでしょう。大丈夫なのを研究中だって、担当の人が言ってましたよ」
ぶつぶつと文句をつける里香に、そう言う翔。詩作機が出来たら、きっと仕事として回ってくるんだろうと予想して。
「あとは‥‥。どこかで地図が手に入らないかな‥‥」
「本部に問い合わせたら、古い観光用マップが残されていた。改装はしてあるだろうが、概ねこれであっていると思う」
スカーレットがそう言うと、カーンが紙切れを差し出した。それには、小さく縮小したと思われる当時の地図が描かれている。
「本当は、端末にでも仕込みたかったんだが、開発中だそうで、使用許可下りなかった‥‥」
いささか不便さを感じるカーンだったが、機器に関しては、いずれ使えるようになるだろうと、彼は地図を見せてこう言った。
「市内にある酒造メーカーは三つ。人が流れ込んでいるのは、こっち側の様だ。が、場所を考えると、准将が捕まっているのは、小さい方だろう」
指し示しているのは、何か大規模な研究をしているらしいのは、大通りにある酒造工場跡地。だが、キメラの数が多いのと、数日前に、何やら作業していたらしい事を考えると、ミク准将は、小さい方の研究所に移送されたようだ。
「でも良かった。古くても経路が分かるだけ、安心ですからね」
スカーレットはそれでも胸をなでおろす。こうして、一行はその研究所へと向かったのだった。
数時間後、一行はそれぞれ研究所の近所へと潜んでいた。このあたりは住宅街で、隠れる場所も多く、潜むには困らない。オマケに大通りからも離れている為、電波ソングも聞こえにくい。耳栓を外しても大丈夫そうだ。
「あれが例の研究所か‥‥。分かりやすい酒蔵だなぁ」
ジンクード・フィアルグ(
ga0291)がそう言った。正面に大きく『酒』と書かれた垂れ幕もそのままな、明らかな工場。しかし、正面にバグア軍のマークと『接収済』の文字が書かれている為、一般人の出入りするモノではないと分かる。
「正面入り口の他に、出入り口は‥‥裏かな」
駐車場だったと思われるひび割れた空き地を見て、里香がそう示す。こう言った場所の場合、『従業員用通用門』があるのが相場だろうと。見れば、窓という窓は潰されてるようだが、使い易いように、出入り口と搬入口の矢印があった。もっとも、その分見張りも多く、昆虫に似た2m弱のキメラが、まるでガードロボットのように、うろうろと集会していた。
「8人も固まっていると目立ちますね。二手に分かれましょう」
そう言う里香。相談の結果、武器の大きいスカーレット達が表、そして他の面々が裏へと回る事になった。
「音が漏れているか、敵がスタジオみたいなものを使って歌わせて放送しているか、のどちらかだとすると、割と入り口近くだと思いますわ」
「OK。入ったら、連絡取れないだろうから、二時間後にそのスタジオ前で合流ね」
スカーレットの指示に、里香はそう告げて姿を消す。
「行ったな。んじゃ、さっさと始めるとするか」
長弓を組み立て始めるジンク。そんな彼に、蛍雪がこう言った。
「先に音源を壊しましょう。そうすれば、釣られて自動的に出てくるはずです」
彼の指し示した先は、少し離れた場所にあるかつてのスーパー。そこからも、電波ソングがもれ出ている。
「おう。と言う事は、あの電柱にぶら下がってるスピーカーが目標だな」
「行きますよ! 豪破斬撃!」
ジンクがそう言った刹那、蛍雪は覚醒モードへと切り替え、その手にしたヴィアへと練力を乗せる。
「きしゃああ!」
瞳を澄んだ琥珀色から、真紅へと変え、普段の柔和な雰囲気をかき消した彼へ、眼を警戒色へと変じたガードキメラが、大げさな声を上げつつ、こちらへと向かってくる。
「現れやがったな。おらおら、こっちは急いでるんだから、前振り無しだっ」
同じように覚醒したスカーレット、その額には、鬼を思わせる二本の角が生えていた。口調も乱暴になった彼女は、ぶぅんっとツーハンドソードが唸り、キメラの固い甲殻に傷をつける。
「スカーレット、覚醒すると強気になるんだなー。さて、ばら撒きますかっ!」
前衛2人を援護するように、ジンクが長弓から矢を放つ。SESを搭載されたその矢は、まっすぐ飛んで行ったが、1本は甲殻にはじかれてしまった。
「さすがに固いな‥‥」
タイプ的には一番多いはずの、中型の昆虫タイプキメラ。しかし、駆け出しの彼らでは、なかなかダメージが通らないようだ。
「甲殻ではじかれるぅ‥‥。3発は当てないと、沈まないなぁ」
ぶつぶつと文句を言うジンク。昆虫タイプは、その見かけどおり、防御力が高い。いくらSES搭載の武器でも、半分はそれにはじかれてしまうのが現状だった。
「そんなには練力が持たない。2回が限度だ」
一撃の威力が劣る代わりに、手数で補おうとしていた蛍雪、温存して、少しづつ削るしかなさそうだと悟る。怪我は後で救急キットを使えばどうにかなりそうだが、練力はそうはいかないから。
「ふん。面白くなってきやがった」
もっとも、覚醒中のスカーレットにしてみれば、ピンチでもわくわくしてしまうようだったが。
「1匹づつ潰して行くしかないか」
「いや、この場合きりが無い。先にスピーカーをやる。ちょうど、良い釣り役がいるしな」
ジンクの台詞に、そう言って蛍雪が指し示したのは、「いくぜいくぜいくぜっ! 雑魚は引っ込んでろっ!」と、ツーハンドソードをぶん回すスカーレットの姿。
「OK。んじゃ、援護するとしますかねっ」
矢を番えなおすジンク。こうして4人は、キメラの攻撃を避けつつ、電波音源の破壊に従事するのだった。
その頃、裏に回った残りの面々‥‥カーン、里香、翔、如月・由梨(
ga1805)の4人は、聞こえ始めた戦闘音に、ゴングが鳴らされた事を知っていた。
「向こうは始めたらしいな。キメラが移動を始めてるようだ」
裏口にいたキメラも、何事かと、表へ回っているのを見て、如月がそう言う。
「だが、こっちにもいくつか残ってますね‥‥。目的地はどう見てもアレなんですけど」
そう言って、通路の先を示す翔。見れば、通路には虫型キメラが2匹うろついている。そして、その奥には『MIKU’s ROOM』と書かれたプラカードのぶら下がった扉。中に、ちらちらと人影が見える。
「距離はおおよそ10m。オマケに狭い‥‥と。だったらこいつが使えるな」
目測でそう計ったカーンのお手手には、何やら手榴弾のようなものが握られている。
「それは?」
「本部からかっぱらってきたフラッシュグレネードだ」
攻撃力はないが、音と光で相手をびっくりさせるシロモノ‥‥と、説明してくれるカーン。少し前の映画かなんかで、犯人を捕らえる為に使ってたのと同じ効果のモノだ。
「かっぱらうって‥‥」
「はっはっは。気にするな。よし、目を瞑っていろよ」
出所を気にする翔に、カーンはあっさりとそう言うと、サングラスをかける。そして、周りの皆が目を覆ったのを確かめると、思いっきり放り投げていた。
「きしゃあああ!!!」
キメラとて、生体反応はある。驚いたキメラが、混乱して周囲に見境の無い攻撃を加えているが、ターゲットは邪魔をする全てなので、傭兵達はターゲットになっていない。
「今だ! 駆け抜けろ!」
その隙に、既に覚醒していたカーンは、瞬天速を発動させ、その脇をすり抜けるように駆け抜けていた。
「せぇいっ!」
手にしたファングで、扉をねじ切る彼。
「だ、誰?」
「助けに来た。説明は後だ。行くぞ」
突然扉を開けられて、驚く少女。ツインテールの彼女は、多少衣装を変えられているが、プロフィールにあった通りだ。そう言って、カーンはその手を引いて、強引に部屋を出る。
「だいじょーぶ? 怪我とかしてない?」
翔がそう言って屈み込む。
「う、うん平気〜。あたた‥‥」
が、そう言うミクの足は、真っ赤にはれ上がっていた。おそらく、余波で何処か捻挫してしまったのだろう。
「ちょっと待ってて」
てきぱきと救急キットから包帯を出し、手当てする彼女。だが、そうして作業を進めていた時だった。
「って、その間に、奴ら復活してきたな」
きしゃああ! と雄たけびが聞こえ、まるで立ちふさがるように、前足を上げるキメラの姿がそこにあった。
「私が時を稼ぐ。その間に脱出しろ!」
「強化しておきます。無理はしないで下さいね」
如月がそう言って、刀を抜き放つ。そこへ、翔が自らの練力で持って、錬成強化を施してくれた。
「よし、頼んだぜ!」
「がんばってねぇーー♪」
足の治ったミクちゃんも、カーンの背中で手を振っている。そうこうしている間に、外からキメラの撃破される声が響いた。どうやら、外の連中が、スピーカーを破壊したようだ。
「皆、もう耳栓外して大丈夫です」
翔がそう言って、耳栓を外す。が、音質のクリアになった傭兵達に、そうはさせじと昆虫キメラが、頭を下げ、突進の姿勢を取った。
「ミク様や後衛の方たちには指一本触れさせません!」
瞳を赤くした如月が、その甲殻に包まれた頭を、自身の刀で受け止める。温和な目つきが凶悪に成っているところを見ると、覚醒した状態なのだろう。
「ほらほら、ミクちゃんはこっちっ!」
「えぇぇぇんっ。お洋服が汚れちゃうよぉぉぉ!」
その間に、翔がカーンからミクを引っぺがし、背後に庇う。
「さすがに固いな‥‥」
そのカーン、ファングでの手ごたえをそう言う。この人数で、1匹がようやくの状態では、後から後から現れる彼らの全てを撃破するのは無理そうだ。
「外で待ってる筈だ。ここは脱出に専念するぞ!」
「わかった‥‥。ここで落ちるは、正義にあらず! 信ずる者のために、私は戦うっ!」
カーンが出口に向かって、瞬天速を使う。駆け抜けた先へ道を開く為、如月は刀を振り下ろした。
「‥‥あいつらを始末‥‥」
その後ろからは、里香が昆虫の眉間めがけて、スコーピオンの弾をばらまく。両手に持ったそれから放たれたそれは、キメラの甲殻を確実に削って行った。
「おう、こっちだぜ!」
その彼らがたどり着いた通路の先。そこには、スピーカーを壊して駆けつけたスカーレット達の姿があった。
「無事だったか」
「まぁな。約束があるんでねぇ‥‥。そう簡単にはやられねぇぜ!」
そう言ってにっ笑ってみせるジンク。人数を倍にした傭兵達に、キメラ2匹では役に立たず、やがて蜂の巣にされていった。
「これで、私の正義は証明されたのだろうか‥‥」
死体となった彼らを背に、如月は誰とも無しに、そう呟く。
なお、ミク曲の正体は、サンプルとして採取されたボイスデータを、バグア軍が勝手に改造したものだったらしい。