●リプレイ本文
「顔は、覚えてるよね? じゃ、行こうか」
黒崎 美珠姫(
ga7248)に合わせて、バーテン姿となったカラスに誘われて、トレイの上にシャンパンとケーキを乗せた給仕と言う名のメイド服な彼女、若干頬染めながら、その台詞に従う。
「楽しんでいますか? シャンパンはどうかしら」
この日のためにお勉強しなおしたイタリア語で、参加者に話しかけている。時々、黒崎自身に興味を持っちゃったりする輩もいたが、彼女は笑顔こそ振りまくものの、誰とも踊らず、目的の人物に近づいて行った。
「疑惑のある人間は、余り動かないですわね」
反応をそう報告する黒崎。緊張しているのか、飲み物は受け取るものの、笑顔を向けられても、あいまいな反応しかしていない。
「誰が誰だかわかる?」
「ええ。右から二番目の‥‥」
仮面ごしでも、人は特定できる。大泰司 慈海(
ga0173)に訪ねられ、彼女はトレイのケーキで、その御仁を指し示す。
「女の子なら任せてよ。出来れば綺麗なお姉さんが良いけどね」
どうやら彼は、女性にアプローチしてみる事にしたようだ。だが、そんな彼の耳を、横からナレイン・フェルド(
ga0506)が引っ張った。
「独り占め禁止。片方は私が受け持つわ。慈海さんじゃ、鼻の下伸ばしちゃうもの」
顔を引きつらせる彼。どうやら、野郎より女の子とお話する方が楽しいと、目ぇつけたのを、止められてしまったようだ。
「綺麗なお姉さんを取られるのは、ちょっと面白くないな。じゃ、頑張ってみますかね」
もう片方のお姉さんの方へ向かう彼を横目で見送りつつ、慈海はさりげなさを装いながら、ターゲットの隣へと陣取っていた。
「こんにちは。ナポリが陥落して大変だよね」
そう言って、世間話のフリをしつつ、様子を見る彼。最初、女性はモッツァレラチーズが食べられなくなるとか、そう言った話をしていたが、その途中で気になる一言を言った。
「手に入りにくくなっちゃったんだけど、ナポリからここに来る途中、持ってる人が居て、ちょっとした騒ぎになってたわ」
遠かったので、中心に誰が居たのかは分からずじまいだったそうだが。
「なるほど。貴重な品を持って歩いている人がいた‥‥と」
やはり、脱出組の中に、イレギュラーが混ざっていたようだ。
「そうよねぇ。女性らしさを保つのって大変よね〜。こんなご時世だし、ストレスが溜まっちゃってお肌に良くないわ」
一方、ナレインもまた、リストに上がっているもう1人の女性に、接触していた。会場の雰囲気が落ち着いた頃、ワインとお茶請けを片手に、お悩み相談大会を開催してしまっている。オネェなお兄さんには、励ましてもらえそうと言う良くある勘違いと共に、結構な人だかりが出来ていた。
「ところでさぁ」
「話は変わるんだけどね」
2人、同時に切り出すのは、彼女達のアリバイ。そして仕事を含めた交友関係と、それに関わる噂。
「経過はどうぉ?」
一通り聞き終わった頃、飲み物とお茶菓子を運ぶフリをして、黒崎が声をかけてくる。お化粧直しをしてくるフリをしたナレイン、首を横に振った。
「女の子は空振りそうねぇ。そっちに怪しそうな人いた?」
彼の話と、黒崎の手元にある新聞等の情報を照合すると、彼女達の話にうそは見られない。京太郎の周囲に居たユダ達も、男性が多かったそうだから、ナレイン担当は白と見て良いだろう。
「じゃああっちも空振りかなぁ」
黒崎が視線を向けた先には、美味い事言ってダンスに誘い出した慈海の姿が見える。
「僕には楽しそうに踊っているように見えるけどね」
カラスが苦笑しながらそう言った。思い思いに踊る姿は、他の面々と全く遜色がなかった。
「俺はカプリリアの関係者なんだよね」
踊りながら、そんな事を言い出す慈海。合わせている掌は、汗ばんではいない。が、嘘発見器でも、見付からない御仁はいるので、油断は出来ない。
「今、こういう開発を進めているんだよね。知ってる?」
盗用された開発データを、ちらりと聞かせて見る彼。女性は首を横に振ったが、口からでまかせかもしれない。慈海は、注意深く相手の目の動きを探った。
「今度セキュリティ強化する予定で、いいシステム業者、知らないかな?」
何でも、目の動きと言うのは、利き腕に比例するらしい。利き腕と逆の方向へ動かしたら、嘘と言う事だ。反応は五分五分。どうやら、相手も自分がカプリリアの関係者だと知って、何とか新作情報を聞き出しているようだ。
「あちらの結果は、後回しにした方が良さそうだね。僕達は別のお客様をおもてなししようか」
まだ時間がかかりそうだと判断したカラス、黒崎を別の男性へと差し向ける。彼女は頷くと、若い男性容疑者へと話を向けた。
「ナポリでは大変だったそうですね。避難もさぞや苦労なさったでしょう?」
スパイでない可能性を考えて、他の面々と同じ様に、脱出の気遣いを見せる黒崎。その御仁はあまり話すほうではなかったが、ぽつりぽつりと苦労話を聞かせてくれた。
「ナポリ周辺の港湾都市も、次々とバグアの支配下に置かれてるようですわね。どう思います?」
それに、相槌を打ちながら聞き手に回り、彼女は今度敵の状況を尋ねる。が、その青年曰く、支配者がどちらに変わっても構わないから、家と職場を返して欲しいと答えていた。
「割とまっとうですわね」
「もうちょっとツッコんで聞いてみようか」
さりげなーくシャンパンのお代わりを持ってきたカラスが、すぐ側で仕事するフリをして、そうアドバイスしてくる。それに従い、親しく話しかける黒崎に、その御仁はこう言った。
「そう言えば、ナポリにいた時、黒髪の日本人をみたような気がするな。お前さんと同じ位の」
男性。地位の高い御仁らしく、粛清も激しいそうで、バグア側の御仁に統率が取れていたとか。名前は京太郎。
「やはり、黒幕は奴か‥‥」
「伝えた方がよろしいですわね」
カラスの判断に、黒崎は急ぎ、他の面々へ警報を告げに行くのだった。
その頃、ループ・ザ・ループ(
ga8729)と鯨井昼寝(
ga0488)は、少し離れた場所で、周囲を観察していた。
「録音機の様子はいいみたいだな。く、カラスめ‥‥。自分だけ楽しんでるな‥‥」
ジャケットの内側に仕込んだレコーダーは、順調に赤ランプをつけてくれている。電池もまだ充分にあるようだ。
「最近は各メーカーが頑張ってるみたいね。カプリリアでも、新型機を開発してるみたいだし」
「それ、もう少し詳しく聞かせてくれるかな。お嬢さん」
一方では、昼寝がロボ話に花を咲かせていた。サンドリオンの話や、開発中の装備品話やらを振る彼女に、目を輝かせてすりよってくる男性1人目。
「それほど深く知っているわけじゃないわよ」
ややげんなりとした表情をしつつ、それらにドローム社が対抗しているらしいと言う話を混ぜる彼女。どうやら、引きずり込み自体は成功しているようだ。
「向こうは大丈夫そうだな。さて、こっちは‥‥」
彼女なら、例え相手のイタリアーナ・ボーイがちょっかいかけてきても、軽くあしらってくれるだろう。そう判断した慈海は、再びお嬢さんのところへと戻る。
「カプリリアか‥‥。給料低くてな、ナポリ辺りの会社なら、もう少し出してくれそうなんだが、何とかできんかな」
こちらでも、話題は依頼元であるカプリリアだ。愚痴を聞かせるふりをして、何らかの影響を聞きだそうとしているループ。
「私のいたのは陸側だから、そこまでひどくなかったわ。海側は物凄かったみたいだけど」
そのついでに、ナポリでのアリバイを問いただす彼。それによると、彼女自身は家族と一緒だったらしいが、同じ逃げてきた組には、海側の人と陸側の人が居たそうだ。
「じゃあ、ズタボロ? 人は?」
「逃げ出せた人と、そうじゃない人もいたみたい。沿岸部は真っ先に乗っ取られたみたいだったし‥‥」
ルートが話を聞くと、ナポリの町が襲われた時、運良く被害を免れた者達でも、早急に脱出できた者と、そうでない者がいるようだ。それには、後半で表れたシェイド乗りの人‥‥すなわち京太郎の存在が、大きく関わっているらしい。その女性は、仕事先の同僚やら友人やらが巻き込まれたそうで、心配そうにしていた。
「どうやら、ナポリに京が来てたのは、ほぼ間違いなさそうだね」
それは、昼寝の耳にも届いていた。男性の話からも、京太郎の存在がうかがい知れる。
「本命は女性ではなさそうだ。そうすると、残り4人に絞られるか‥‥」
そう判断したループは、さりげなく女性の元を離れると、昼寝にその結果を告げた。
「試してみるわ。協力よろしく」
「わかった。俺も別の話を流してみる」
彼女には、何か思う所があるらしい。偽情報に従った人間がスパイだろうと思い、ループもまた、釣りの網を仕掛ける事にした。
「実はミラーシェイドは起動した際に、その機体の位置捕捉をカプロイア社内で行うことができるって聞いてるけど‥‥」
昼寝、そう偽の情報を流す。味方であれば、何も問題ないギミックだが、もし敵だったら、慌てふためいて、そう簡単には看過出来ないに違いない。
「スパイ対策の為にカプリリアのシステムは今日からオフラインに移行するらしい。しかし、オフライン移行前にシステムが無防備になるのは酷いよなー」
一方のループは、端々に酷いだのふざけんなだと言いながら、そんな噂を流している。文句と言う衣を纏わせて。
「今夜、このパーティの参加者が、その位置捕捉情報を、UPC側の人間に流すみたいよ」
「けど、警備がこうザルじゃなぁ‥‥。それに、あの横暴な上司じゃ、果たして上手く行くかどうか‥‥」
両方の場面で、餌をまく昼寝とループ。これがどこかのスパイ映画なら、画面が2分割され、交互に話している状態だろう。残った男性4人、興味を惹かれたらしく、何やら手帳をひっくり返している。
「後は、引っかかるのを待つばかり‥‥か」
そんな彼らを見て、昼寝とループは、仮面の口元を、にやりと綻ばせるのだった。
その頃、ドクター・ウェスト(
ga0241)は絞り込まれた6人の中で、一番当たり障りのない人間に接触を試みていた。
「実際陥落直前のナポリはどんな様子だったのかね?」
彼によると、相当混乱していたようで、あれでは誰かバグア側の人間が紛れ込んでいても、分からないだろうと言っていた。その表情に嘘はなさそうだ。
「ドクターの方ははずれかな。残りは年配と若いのが1人か‥‥」
その様子を見た近伊 蒔(
ga3161)と瑛椰 翼(
ga4680)は、それぞれ最後の2人に、ターゲットを絞る。経験のある人物が、スパイ行為なんかやらないとは思うが、油断は出来ない。
「京の字が、年上の野郎を重用するとは思えないしな‥‥」
翼が、その年配の御仁から、話を聞きながら、そう呟く。扶南をほのめかすように容疑者が反応しそうな単語をちらつかせた所、バグア側の若い指揮官が、同じ様な年代の兵を登用する場合が多いと、愚痴をこぼしてくれた。
「とすると、残るは‥‥」
その情報を信用するなら、該当者は絞られる。20代前半の‥‥若い男性。それなら、容疑者面々の中には、2人しかいなかった。
「と言うわけなのよ。何とか、つなぎを取ってくれないかしら?」
蒔は露骨な作戦に出た。腕をわざと大胆に露出した胸につけ、絡みつくように相手の青年に申し出る。綺麗なお姉さんに言い寄られて、悪い気はしないらしく、相手の青年は鼻の下が延びていた。
「2人とも、しつこくするのは良くないよ。困っているじゃないか」
と、そこへトレイにお菓子を山積みしたドクターが、助勢に入る。
「私はアルコールが苦手でね、注射の前に消毒用アルコールで拭かれると、そこだけ赤くなってしまうほどだ」
雑談しながら、技術的な話題へ摩り替える彼。アルコールアレルギーの彼、ロボット関係では、あまり使う事も無いので、その点では非常に安心だとか、そんな話をしながら、相手の手腕を探っている。
「種まき終了っと」
「こっちも水やりは終わってる。あとは、張り込めばOKかな」
その話を容疑者2人に平等にばらまいて。満足げにそう言った翼は、パーティが落ち着いた頃、手分けして指定の場所を張りこむよう、皆に告げるのだった。
数時間後、該当のスパイは、一番若い男だった。
「‥‥だ、そうです」
予定の場所に現れた、ごくごく普通の大衆車に、ループと昼寝の出した偽情報を、報告している。中からちらりと姿を見せた御仁を見て、ドクターが厳しい表情を見せた。
「知ってるんですか?」
頷いたドクター、小さく『京だ』と教えてくれた。直後、彼は、その報告を聞き流すように、こちらへと視線を走らせる。
「なるほど、それで引き連れてきたと言う事か」
ばれている。そう思ったドクター、不遜な笑みを浮かべ、こう答えていた。
「ふん。次に会うときは、アソコから引っ張り出してあげよう〜」
「好きにしろ。こんな風になりたくなければ、な」
京の字、無表情のまま答える。直後、ここまで案内してくれた若いスパイが、地面に転がった。
「まぁいい。今日はついでだ。貴様らの顔を見ておくのも、悪くはないと思ってな」
車に乗り、Uターンしてしまう京太郎。
「追いかけなくて良いのかっ?」
「まだ息がある。こいつを助ける方が先だっ!」
ループの台詞に、昼寝はそう言うと、撃たれてひっくり返っている青年を助け起こすのだった。
なお、一命は取り留めたが、治療を手伝ったドクターが、消毒用アルコールでダウンした事を追記しておく。