●リプレイ本文
傭兵達は、内装を黒のカーテンとモノトーンのテーブルを使って、それらしく装飾し、そろいのスーツを着用するなどして、準備を整えていた。中には眼鏡着用だとか、犬耳カチューシャに偽尻尾御用達している人もいる。
ところが。
「ふ。ぬるいぞ、皆」
低く響くボイスで、そんな事言ったのは、かけられたカーテンから抜け出るように気配を殺して登場のUNKNOWN(
ga4276)‥‥通称あんのんさんである。他の傭兵達がそれなりの格好に対し、彼が身につけていたのは。
「執事と言うのは、ジェントルマンでダンディズムあふれる存在だと聞いたのでな」
ロイヤルブラックのフロックコートとベスト、黒革手袋に白の立襟シャツに茶の蝶タイ、シルバーのカフリング、髪は軽く後ろに流したソフトバックと、そのままUPCお抱えの絵師にお絵かき頼んでも良さそうなご指定ッぷりである。
「え、えぇと。これ合わせた方がいいんでしょうか? つきみん」
顔を引きつらせて、隣にいたつきみんに尋ねるグリク・フィルドライン(
ga6256)。
「何故私だけ愛称なんですかぁ〜」
「いや、なんとなく。って、そうじゃなくて」
しかし、月夜魅(
ga7375) には他の人の格好より、うっかり妖精に拍車がかかりそうな愛称の方が気になるようだ。
「んー。じゃあ対抗して、俺の源氏名は伊那伎ねー」
で、それが飛び火して、今度は瑛椰 翼(
ga4680)がそう名乗っていたり。そう言うわけで、各自の執事姿の入れ込み具合に関しては問わない事になった傭兵達は、開店時間と共に、持ち場に着くのだった。
珠玉の時を、君に‥‥と言うコンセプトに、会場には、結構な人数が並んでいた。
「だ、大丈夫‥‥教わったとおりに接客すればっ‥‥」
その行列に、顔を引きつらせるつきみん。常に笑顔と丁寧語で元気よく、誰でも平等に‥‥と、始まる前にノエル・アレノア(
ga0237)から教わったマニュアルを、脳内で反芻する彼女だが、背中には冷や汗がだらだらと流れ落ちていた。
「がちがちだねぇ、つきみん」
「えぇと、20代前半までのお客様には、お帰りなさいませお嬢様か御主人様‥‥で、20代後半のお客様には、お帰りなさいませ奥様かだんな様‥‥であってるんですよね?」
普段から喫茶店で働いていると言うノエルに、不安そうに尋ねるつきみん。
「うーん、女性向けには、見かけで明らかに年配って言う以外は、お嬢様の方がいいかも‥‥」
呼び方と出し物と衣装以外は、おおむね普段とやる事は変わらないと言う話なので、ノエルはそう答えた。どこかの司会者が、似たような事を言っていたような気がするが、普段の接客でも、年齢で呼び方を変えたりはしないので、その方が良いだろう。
「えぇぇっ、そうなんですか?」
「た、多分っ。あ、お客様来たよ」
あまり自信はない。と、そこへ着飾った女性三人連れが現れる。しかし、よく見ると兵舎であった事のある御仁である。どうやら、遊びに来たらしい。
「え、えと。お帰りなさいませ、おじょうしゃま!」
「しゃま♪」
うふふふ‥‥と、気味の悪い笑顔でお客に突っ込まれ、さぁぁっと顔の真っ青になるつきみん。
「あああああっ。舌が回らないですぅ」
「無理しなさんなって。姫さんがた、至らぬ者もおりますが、楽しんでってくださいね」
翼が気さくに言って、3人をテーブル席へと案内する。丁寧というわけではないが、こざっぱりとした口調で、
そして、それを皮切りに、次々と来店する女性陣。小さな喫茶スペースは次々に埋まって行ってしまう。
「へみゅー。おねえさまお二人様ご帰宅ですにゅ〜」
ルュニス(
ga4722)がその独特な口調でもって、女性二人連れをご案内中。間違えているのはきっとわざとだろう。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
鋼 蒼志(
ga0165)は執事の経験なんぞないが、大切なお客人との扱いで、精一杯笑顔を浮かべている。
「へみゅ、お帰りなさいませ〜、お嬢様ぁ〜」
一方のるゅににん、いつものようになれなれしく相手をし。あんのんさんに首根っこをつかまれてしまっている。
「うにゅう、これはスキンシップですよぉう」
ぷーと頬を膨らまするゅににんに、お客の方からフォローが入る。
「えー、いいじゃない。ねぇ?」
「はしゃぎすぎだ‥‥」
静かにそう諭すあんのん。そう言って、女性客にカクテルグラスを差し出した。
「これはサービスだ。アルコールは一滴も入っていない。オレンジとレモン、パイナップルと、夏向けの素材で作ったノンアルのカクテルだ。名前は‥‥サンドリヨン」
シェイカーから注がれた明るいオレンジ色の液体からは、柑橘系の香りが漂う。
「‥‥ご指名ありがとうございます」
「か、彼氏ならいます‥‥よ」
一方、神無月 紫翠(
ga0243)とグリクもまた、女性陣に囲まれていた。特にグリクは、彼女の有無を聞かれた問いに、わざとそう言って意味ありげに微笑んだ為、有料写真のお申し出を承っている。
「構いませんけど、こういうの、チップ貰った方がいいんでしょうか」
問題は彼女、カメラは常時持ち合わせているが、この手の相場がわからない事だ。とりあえず、シスイに相談した結果、各自持ち込んだサービスとドリンク、いずれかの1オーダーをしてもらう‥‥と言う事になった。
「へみょ、お腹空いてるですか? 何にしませう」
オーダーを聞きに回るるゅにす。その様子を見て、ノエルはほっとしたようにこう呟く。
「よかった。アルコールの飲み物は、基本的に出さないみたいですね。僕も苦手ですし」
執事側に未成年も多い為、今回は基本アルコールなしと言うことになったようだ。それでも‥‥と言う、酒が入らないと上手くしゃべれない恥ずかしがり屋は、あんのんが相手をする事になったようである。
「大人で、アルコールを嗜みたいと言う者には提供するが、本命はサービスなんだ。お前さんの持ってきたラッシーで良いんじゃないか?」
「そうですか? もうちょっとフルーツ入れた方がいいかなーと思ったんですけど」
なお、ノエルの持ち込んだのはラッシー。インドの乳酸菌飲料‥‥いわゆるヨーグルトドリンクだ。好みでマンゴー等の果物を混ぜるそれは、巷でもよく真夏のドリンクとして、喫茶店メニューを賑わせている。
「俺を含め、他の面々が、柑橘系を持ってきてるしな。ルュニスなんか、完全に自分の好みだし」
あんのんが指摘した翼も、数種類のハーブと、オレンジピールを組み合わせたものを、ミネラルウォーターで割っていた。一方で。ルュニスは、どう見ても普通の人が飲むものではない品を作り上げている。
「両方食べたひとには、とくべつなごほうびをあげりゅのでし」
葡萄酢をジンジャーエールで割り、グレナデンシロップを沈めてわらびもちを浮かべたビネガードリンク。見た目は尋常じゃなくカオスだった。
「ああ、あれですか‥‥。味見させられましたけど、味は普通のジュースでしたよ?」
少なくとも、浮かんでいるわらび餅以外は、普通のサワー系ドリンクだった。
「そっちじゃない。ホットケーキのほうだ」
いや、あんのんが指摘したのは【惨事のおやつ】とか言う、シロップのたぁぁぁっぷりかかったホットケーキだ。
「ふふふ。美味しい?」
るゅににんが、尻尾をぴこぴこさせるようにひざをついて、ごろごろと喉を鳴らす。
「すごく、甘いでよにょよ‥‥。舌がしびれて、頭痛くなりゅくらいにゃ‥‥」
「そう? これ、普通のホットケーキよ?」
どうやら、人によって当たりはずれがあるようだ。それもそのはず、作っているのは、厨房にいるルュニスのお友達の方である。今頃は、覚醒してその調理スピードを上げていることだろう。見れば、壁の向こうにネコ耳が覗いている。
「まぁ、口直しに他のメニューを頼んでもどうぞ」
苦笑しながら、翼がそれぞれの執事‥‥いや、専門用語ではギャルソンさんと言うらしい‥‥が持ち込んだ、オリジナルメニューのリストを手渡す。。
「出す飲食物は、味だけでなく、デザインも重視して、目も楽しませなければならんからな」
と、あんのんさんが言い出したので、メニュー表は全て写真。いつもカメラを持ち歩いているグリクが、自慢の料理写真を美味しそうに撮ってくれた。
「個人的にはドリル型とか作ってみたいんですが、女性には受けなさそうですしねー」
練りきりを用意している蒼がそう呟く。彼とグリク、シスイは季節と来客者に合わせて、水羊羹等を用意したようだ。もう一方では、揚げ饅頭に特製ソースを添えたものを、翼が提供していた。なんでも、てんぷらにあわすと絶品なんだそうな。
「大変お待たせいたしました和風パフェでございます〜」
つきみん、頼まれた抹茶風味のパフェを、盛大にひっくり返している。その微笑ましいまでのドジっ子ぶりは、一種マニア向けサービスとなったようだ。
「サービスですか‥‥。似顔絵なんてのはどうですかね」
そんなドジっ子属性なんぞない蒼は、練り切り生地を一口サイズに切り分け、お客に尋ねている。が、自分の顔を書いて貰うのは恥ずかしかったようで、お客の殆どは、お気に入りのキャラクターをリクエストしていた。
「いかがでしょうか? お嬢様が可愛らしいので、ついはりきってしまいました」
人を観察するよりは、そちらの方が作りやすいので、蒼もそんな事を言う余裕が出来ていた。造形に走ったのはシスイも一緒で、こちらは折り紙を手取り足取りご提供している。
「おやつと飲み物だけだと太るにゅ。ステージではっするはっする〜♪」
一方、カウンター横のスペースでは、ルュニスがMP3とスピーカーを持ち出していた。もちろん、アンプ内臓とかではなく、ごくごく一般的な品物である。
「お。何かやるのか?」
元アーティストの翼、興味を引かれたふりをして身を乗り出す。
「FM−Revアイドル部門の我ら危機裸々娼館、執事喫茶とて本懐は忘れずなのです。征っきますにょん」
どうやら、彼女が相方と共にメロディーを奏でることになったようだ。と、ぽふんと手をたたく翼。
「どうかなぁ。何か貴女の為に詩を捧げるのは、サービスにならないっかなー」
が、お客さんはちょっと恥ずかしいようだ。イタリアあたりでは普通の行為だが、やっぱり見た目のよい異性に愛を捧げられるのは、照れくさいらしい。
「皆色々考えてるなぁ。僕に特技、って言われても、失礼のないように嫌いな食べ物を食べてあげる‥‥とか? だし」
そんな特技なんぞ持ち合わせていないノエル、まだ大量に余っているるゅにすのホットケーキを見て、そう申し出ている。
「なんなりとご命令をお申し付けください。ああでも、えっちなのは勘弁してくださいね」
もうちょっと込み入ったサービスをしているのは、グリクだ。中には遠慮なくちゅーを申し出る不心得者もいるが、そこらへんはデコちゅーやほっぺちゅーで、ライトにソフトに流している。で、そこまで出来ないノエル、客がもてあまし気味の惨事のおやつを、強制的に口に運ばされていた。
「こ、これじゃ執事なんだか奴隷なんだかわかりませんー!」
「しーっ。そう言う事はわかってても秘密にゅ」
つきみんの指摘に、人差し指を唇に当てるるゅにす。後ろに下がった彼女の代わりに、彼女はぺこっとチアホーンを鳴らして見せた。
「おめでとう。完食したあにゃたには、素敵なご褒美が! では一寸お部屋に‥‥」
で、ずりずりと腕を絡ませ、別室へと強制連行。後から聞こえてきたのは、なんだか歯医者でぐりぐりと治療されているような、盛大な悲鳴だ。
「何やってるんだろう‥‥。怪しい事じゃなければいいけど」
「‥‥確か、耳掻き膝枕って言ってたから、大丈夫だよ」
不安に陥る一同を安心させるように、シフト表を見せたのは、同じ様に黒スーツへと着替えたカラスだ。その姿を見て、水理がしょんぼりと肩を落とす。
「僕やっぱり女の子っぽくないかな‥‥?」
「そう思うなら、あんのんさんに淑女教育を受けてみたらどかな?」
と、横合いから連れのワンピースが勧める。うなずく彼女。
「ふむ。そう言うなら、リクエストには答えさせてもらおう。準備を頼む」
こうして、まず傭兵さんが実験台になるのだった。
用意されたのは、お湯の張られた大きなたらいだった。いや、既にたらいや洗面器と言うのもおこがましい。装飾の施されたそれは、ミニサイズのバスタブと言い換えて良いだろう。
「家に帰れば足を洗い寛ぐ。重要な儀式、だよ。ゆっくりでいい。そのまま少し話をしようか」
温度を確かめたあんのんさん、ひざをつき、水理の靴や靴下を脱がせ、自分の足の上に彼女の足を置く。
「はわわ〜。なんだかお姫様になった気分〜」
丁寧にミニバスの湯をかけてくれる彼に、目をしばたかせる水理。
「姫君と言うのは、言葉遣いもまたその装飾品になる。そこは、素直に礼を言うのが、レディのマナーと言うものだよ」
「は、はい‥‥」
静かな声で注意され、こくんとうなずく水理。
「よく調べているな。どこからこう言う知識が出てくるのだろうか‥‥」
彼女の話に耳を傾け、それに答えながら、ミンクと思しき柔らかなスリッパをはかせて、まるで一種荘厳な儀式のように、足を洗ってくれるあんのんさん。その様子に、シスイがぼそりとそう呟いていた。
「夢に来たければ、また来るといい。ただし、ゆっくりとな」
全てが終わり、軽くキスを贈るあんのん。水理は目を回しかねない頬の赤さっぷり。
こうして、体験した傭兵その他の面々から口コミで広がり、執事喫茶には結構な額の募金が集まったのだった。