●リプレイ本文
傭兵達の間には、やる気があるのかないのか、微妙な空気が漂っていた。
「線路の真ん中にあんなもの置かれては困るので、何とかしましょう」
それとなく失礼かと思ったリュドレイク(
ga8720)。しかし、通信機の向こうのカラスは気にしていないようだ。
「そういえば、研究部に送りつけたアリ塚の素材は、解析の結果がでたのか?」
『バグアの謎素材が大半をしめてました。結構柔らかい素材だったそうです』
その彼に、リュドレイクは気になっていた事を尋ねた。どうやら、カンパネラ研究部の分析によると、まっとうな生物のものとは思えない細胞や人の技術では再現出来ない蝋のようなもので出来ていたそうで、扱いに注意しないと、すぐに変異してしまうそうだ。
「さすがは、ゾディアック。今回も手を抜く訳にもいかないな。何時もどおり、任務を遂行するのみだ。しかし、本当に分からない世界だ‥‥ふむ」
ぱたん‥‥と小冊子を閉じるクリス・フレイシア(
gb2547)。
「とりあえず、これを払拭すれば良いんだよな。こいつでいいのか?」
そんな中、新条 拓那(
ga1294)はそのどこか退廃的な黒いイメージの束を塗りかえるべく、赤いオーラが噴出してきそうなジャケットの市販のCDである。
「よしよし。では良いものを準備してきた」
その彼が用意した着替えテントで森里・氷雨(
ga8490)の持ってきた衣装に着替えた男性陣に、クリスが底意地の悪そうな笑みを浮かべて持ち出してきたのは、メイクセットだった。
「安心してくれ。訓練キャンプ年少部の卒業文集に、将来の夢はメイクアップアーティストって書いた身だ」
ふんぞり返る彼女。
「あ、やべっ」
もっとも、メイクする方がやたら禁句を口にするので、気が気ではない。最後に、夜十字・信人(
ga8235)へと特に念入りにメイクを施した。
「バグアめ‥‥このような物体、我が強敵であるカプロイア伯爵への侮辱と受け取った!」
自信満々にそう言って、ばさぁっとマントを翻す彼。強敵と書いてともと呼ぶ間柄の彼に、森里がささっと鏡を置く。
「是は放置するわけには‥‥ぶふっ!!」
思わず吹き出す夜十字。それほど個性的なメイクだったらしい。
着替えとメイクが終わったところで、いよいよ女性陣をおびき出す話になった。それぞれ持っているのは、薄い小冊子。用意したのは全て森里だ。
「上書き、効くかな? いや、レンの言ってたかぶせるの意味、別の命令をかぶせれば‥‥って事なのかと思ってな。あんたにも協力頼むぜ」
もっとも、霧島 亜夜(
ga3511)に取っては、それよりも別な事が気になるようだ。
「んじゃ準備が整った所で、行きますか‥‥」
そう言うと、霧島はゆっくりと近づいていく。
「皆さん! そんな動かない銅像より、やっぱり生身の方がいいと思いませんか〜? 艶かしさとか色々と! うぅ、我慢我慢」
引きつった笑顔でもって、女性達に接してみる新条。ところが、その瞬間、まるで暴徒を鎮圧する放水車のように、いっせいに女性達の銃口が傭兵達に向けられた。ぴゅうっと空気を裂く音を立て、着信拒否といわんばかりに、放射されるそれは、迷わず一番前にいた森里に降り注いだ。
「うわ。やっぱり桃の人口水ひっかけてきた」
慌てて上着を脱ぎ捨てる森里、一瞬、下のレオタードが見えたような気がするが、あえて触れないで置こう。
「ああもう、へんなのくっついちまったじゃねぇか」
新条は天然水を払い落としている。水やジュースに比べて粘着性の高い液体だったが、ぽとぽとと足元に水溜りを作った。
「でも、速度は大した事ないみたいだぜ。俺の脚では避けられたし」
霧島はそう言っている。スキルの瞬天速を発動した所、どうやら引っ掛けられずに済んだようだ。
「それにしても、ある程度まで近づかないと、発射してこないか‥‥」
今回、負傷しているせいか、あまり近づかず、記録用のカメラを回していた夜十字が、そう指摘した。ファインダーの向こうの乙女達は、目の前の森里や霧島、新条が後退すると、攻撃をやめる。その外側からカメラを回している夜十字には、まったく関心を示していなかった。
「引きずり出しましょう。あー。キミ達」
貸し出されたマントをたなびかせ、声をかけるクリス。伯爵の口調を真似して見るが、出るだけじゃ反応はないようだ。仕方なく、マントを脱ぎ、コートとブレザー姿になって見るクリス。ちゃんと革靴に紺のニーソックス。何故かへの字口のむっつり顔。
「ちなみに胸の膨らみはパットだ。パットだからね?」
大事な事なので二回言いました。その背中には、ライフルがちらりと存在を主張している。が、女性達はちらりとこちらを一瞥しただけで、やはり距離を保つと、寄ってはこない。どうやら、格好だけじゃ駄目らしかった。
「せっかく気合を入れたのに」
戦闘用メイド服ロングタイプを身にまとい、頭にはコサージュ、手にはシルクアームカバーまで付け、クリスの念入りな化粧を施したその夜十字の腕には、ピンク色の液体で染まった盾がわりのクルシフィクスが握られている。
「なんとかして、興味を引かせるシチュを作らないと‥‥」
森里がそう言って、ぱらぱらと参考資料をめくる。ご本尊の出ているカップリングで、なんとか攻略の糸口を見つけ出そうとするが、細かい違いが男の子にはわかんないようだ。
「どうやってだ。この状態じゃ、いきなり来た野郎が、コスプレして何か言ってるようにしか見えないぞ」
新条のセリフに、うーんと頭を抱える森里。結果、持ち込んだ同人誌そのままの行為をやってみる事になった。新条が持ち込んだCDの音量をMAXまで上げる。
「えー。本当にやるのかー?」
「これも仕事です。仕方がないですよ」
ぶーと口を尖らす夜十字に、風見トウマ(
gb0908)は森里が持ってきた同人誌を持ち、まるでバイブルを持つ天使かなんかのポーズで、用意した台本を読み上げる。
「おやおや、可愛い女の子がこんな物もって暴れたら危険だぜ? 女の子はおしとやかが一番さ」
そう言って誌内の人物と同じ様に、流し目ポーズを決めて見ると、ようやく女性達がトウマ達の方向を向いた。
「よし、いまだ!」
森里がカンペ片手に合図する。かくして、寸劇と相成った。
「け、怪我をしていなかったら斬っていた所だ。‥‥お、おい、立ってると辛いから‥‥少し、支えろよ‥‥」
肩を貸させる夜十字。出てた同人誌のセリフをカンパネラやUPCの関係者に替えて言う森里。
「お前たちは‥‥俺の気持ち分かるよな? ‥‥好きってのはさ‥‥理屈じゃ、無いんだよ」
詳しく書くと、UPCの検閲官から部外秘のはんこを押されてしまうので割愛しておくが、半脱ぎでセクシーに鎖骨を露出させた夜十字が、森里の肩を抱きしめている。
「カラスさ‥‥駄目‥‥無理に弄‥‥壊れるやん」
男性視線から言うと、ただ単に怪我をした夜十字を運んでいるだけなのだが、森里がいらん事を言って、ひざをついちゃった為に、ちょうど押し倒されるような格好になった。
「おや? 固まってる?」
クリスが女性達の反応を中継してくれる。その言葉が示すとおり、銃をもったまま目を見開き、唖然とするのが半分。顔を見合わせておろおろするのが2〜3人。身を乗り出しているのが残り‥‥と、銃で撃ってくる気配はなかった。
「ふっ‥‥。俺様の美技に、酔いな!」
そこへ、近づいたトウマが、素手で女性達の後頭部をドツく。さすがに気付いた女性達が振り返る中、森里が夜十字の下からアドバイス。
「手加減はしてくださいよ! あと、孤立分散させて」
「わかってる。こいつがあれば。どうだいお嬢さん。今夜は俺と、一対一で過ごさない?」
が、そう言ってデコピン指を伸ばしたら、逆効果だったらしく、その指に噛みつかれてしまった。
「いてぇいてぇ! 彼女でもない女に噛まれるなんざ、我慢できねぇぞ!」
ぷっちんと、トウマの中で何かが崩壊した。
「女の子に暴力振るうのは心苦しいけど‥‥。こうなったら仕方が無いね。正気に戻ったら倍返ししていいから、ごめん!」
新条もまた、その手に持っている銃火器を叩き落としていく。怪我をさせないよう、銃の部分だけに力をかけ、落とした武器はそのままあさっての方向へと蹴り出していた。
「この感覚‥‥。どこかにライフル持ちがいますね‥‥」
その一方で、後方からの弾丸を警戒していたクリス、降り注ぐ視線ともいえるプレッシャーに、周囲の様子を探る。その割には、口元には笑みさえ浮かべていた。
「なんか‥‥うれしそうだな」
「だってライフルですよ? ああ、このフォルム! スレンダーな弾丸!」
背中に隠していたライフルの砲身にスリスリするクリス。一瞬であさっての方向にぶっ飛ばされちゃった彼女。一方では、トウマもまた、自分に酔い始めたのか、ハリセンの舞をご披露している。
「ハッハッハ! 仔猫ちゃんども! 俺様に萌えろ! そして眠れ!」
まるでゲームのような一コマである。気を失った女性達を、夜十字が「はーい。こっちですよー」と、運び出すのだった。
さて、女性達を相手にしている頃、伯爵像調査班のシア・エルミナール(
ga2453)とリュドレイクは、こっそりとその裏側へと回り込んでいた。
「向こうは向こうで大騒ぎだけど、その間にこっちを済ませてしまいましょう」
シアが隠密潜行を使った所、女性達に気付かれずに、反対側へと回り込む事が出来た。何をしていいのかわからないが、まずは様子を確かめてみる事にする。そこへ、リュドレイクの探査の目が、像の台座部分をくなまく観察していた。
「あー、予想通りですね。何かよくわかんない機械が詰まってそうです」
巧妙に隠されてはいたが、よく見るとのっぺりした壁だと思っていた場所に、明らかに人口的な溝が掘られていたり、小窓に見えた枠は、レバーを引っこ抜いた跡が見られたりする。
「それにしても、私の理解を超える像ですね‥‥。これが巷でうわさのBLと言う奴なのでしょうか」
その像を見上げ、不可思議そうな顔をするシア。が、そのあたりはリュドレイクも首を横に振る。願わくば、急に動き出さない事を‥‥と祈りながら、2人は徐々に距離を詰めて行った。
「彼の趣味なのかしら‥‥だとしたらゾディアックの考えることって‥‥」
長距離攻撃の可能な武器ならば、何とか当てられない事もない‥‥と言うところまで近づいた。その腕を持つシアが、小銃の狙いを台座部分に定めている中、リュドレイクは壁へと忍び寄り、鬼蛍の鞘をつけたまま、壁の側面をつんつんと触れて見る。が、反応はない。抜け穴‥‥と言う言葉が気になったシアも、何か起動するものがないかと見回してみるが、それらしきものを見つける事は出来なかった。
「あの子達を解放するのは、まだ先みたいですね」
遠くの方からは、ビートを刻んだ音楽とともに、さっき見た参考資料そのまんまのセリフが垂れ流されている。騒いでいる女性もいる所から、囮としての役割は果たしているようだ。
「もう少しつついてみますか。もしかしたら、お嬢さんを操っている洗脳電波みたいなのが‥‥」
あるかもしれない‥‥。そう言いかけて、リュドレイクが鬼蛍を鞘から抜こうとした直後だった。
「今、動かなかった?」
顔を上げるシア。吊られてリュドレイクも見上げると、像から機械音がして、その表面にぴしりと亀裂が走る。
「荒っぽく行きますよ!」
それっとばかりに改造したS−1を撃ち込むシア。リュドレイクも覚醒し、鬼蛍の切っ先を振り下ろすものの、。まるでヘルメットワームを生身で相手しているような衝撃だった。完全に蟻塚とは別の素材になっている。
「そんなので壊れるわけないじゃん」
そこへ、像の背後‥‥ちょうどカラスの髪部分にぶら下がるようにして、レンが姿を見せていた。シアが油断なく狙いを定めている中、リュドレイクは警戒しながらも像を指し示す。
「これはいったい何なんですか?」
「ひみちゅ♪」
気が向けば教えてくれる‥‥かと思ったが、その気はないようだ。そこへ。像が動いた事に気付いた他の面々が、着替える暇もなく駆けつけてくる。
「よう。元気そうだな」
「なんだ。もう治っちゃったんだ」
姿を確かめたレンが、その腕がすでに元に戻っているのを見て、つまらなそうに頬を膨らませている。
「この前は痛い目にあわされたからな‥‥あのサンプルってどうなったん?」
「あ、忘れてた」
しゅたんっと像の上に跳び乗り、ずば抜けた身体能力をパフォーマンスしながら、悪びれずに言う少年バグア。
「まったく‥‥。これやるから、悪戯しないで帰れ」
多少の苛立ちを見せながらも、霧島がクーラーボックスを投げつける。
「あんまりプレゼント受け取ってると、京兄ちゃんに怒られるからなぁ。いらないや!」
が、レンはそう言うと、投げつけられたクーラーボックスに一閃した。とたん、箱が壊れ、中からアイスと大人な雑誌が雨のように降り注ぐ。
「えぇい、鬱憤晴らしだ! 吹っ飛ぶがいい!」
そのアイスシャワーにまぎれるようにして、トウマが本来の装備品であるユンユンクシオを振り下ろす。びしっと亀裂が大きくなり、一番上の顔部分がべこりと凹んでいた。
「ち‥‥壊れたのは上だけか‥‥」
レンのセリフには目もくれず、壊れた箇所を確かめるトウマ。その間に、レンはさっさと姿を消してしまうのだった。