●リプレイ本文
「鮪についてお勉強しておいた方がいいかなぁ〜。ねぇマグローンさん、知ってる?」
『普通の鮪であれば、血が流れる程度の傷がつくだけでも長くは持たないのですけどね』
水理 和奏(
ga1500)の問いに、マグローン(
gb3046) さんはそう答えてくれた。だが、モニターに写っているマグロは、血さえあるのか定かではない。
『普通じゃないんから僕達の所にくるんですよ』
「さもあらん。この海は荒波と戯れ、漁師達と日々格闘を繰り広げる鮪達の聖域です。鮪を名乗る醜悪なワームはお引取り願いましょう」
通信機ごしに、カラスに言われ、水中ゲートのシグナルが全て青になった。水流が変わり、ゲートがゆっくりと開いていく。
『まずは救助現場から敵を離し、より安全に救助活動へ入れるよう、囮になります。和奏さん、お願いしますね!』
指示役はマグローンだ。機体こそテンタクルスだが、どうやら名前からしてマグロの生態に詳しいらしい。彼を信頼しているらしい和奏は、素直にまだ距離の離れた位置から、スコープシステムを起動させる。
『じゃ、こっちにひきつけますよ!』
自分に言い聞かせるように叫んだマグローンが、救命ボートに向かっているマグロに向けて、ニードルガンを発射する。マグロワームが、牽制弾に方向を変えた。
「きたぁ!」
『近づかせないようにしますよっ!』
一瞬、パタパタと慌てる和奏だったが、通信機ごしにマグローンに言われ、自分の役目を思い出す。起動させたままのスコープを覗き込み、トリガーを絞る。
「これでいなくなってくれればいいのに‥‥」
そう呟いて祈る彼女。わかな魚雷が二発、泡の軌跡を描きワームの正面へと炸裂する。だが、マグロはその巨体に見合わない動きで、その魚雷をかわしてしまった。
「避けられた?」
水中をあさっての方向に飛んでいく魚雷。和奏が呆然としているそこへ、マグローンは叱咤するように、通信機の向こうからこう言った。
『背びれと尾ひれを狙えば、速度は落ちるはずです! 胴体に当てる事を考えないで!』
マグロがくるりと反転し、相変わらず慣性を無視した動きで持って、こちらへと近づいてくる。ぶんぶんと首を横に振り、まっすぐ前を見据える和奏。
「こ、今度こそ。えと、胴体に当てちゃ駄目なの?」
『中に人が囚われている可能性がありますから』
飲み込まれた‥‥と、報告書にはある。ゾディアックの面々や、他のバグア達を見ても、飲み込まれた彼らを、何らかの実験に使う可能性は決して低くない。
「わかったよ。じゃあ、尾びれ落とさないとね!」
理解の早い和奏、そう言って人型へと切り返る。スナイパーではない彼女、残り二発しかない魚雷は取っておいて、格闘用の太刀『氷雨』を、まるで野球のバットのように構えた。
「ビーストソウル、力を貸して‥‥」
これならば、外れても被害は出ない。錬力ゲージがぐぐんと下がり、そのエネルギーが和奏の手元へと集まってくる。周囲の水流が変わり、今まで逆風のように流れていた水流が、まるで空気のように感じられる。ビーストソウルのサーベイジは、間違いなく和奏の思いを錬力と言う名で受け止め、巨大な銀色の頭部に、一撃を炸裂させる。そこへ、マグローンが自分の魚雷を打ち込んでいた。その刹那、スモークの内側に何か巨大な魚のようなものが、難儀そうにびちびち跳ねているのが見える。
『それにしても、堅いですね‥‥』
普通のマグロ漁なら、頭部を叩いてとどめをさすものだが、頭にひびの入ったマグロはまだまだ元気だった。
次第に集まってくるワームに、援護担当のウーフー班は、辟易していた。
「いくら向こうからきてもらった方が良いとは言え‥‥」
「こ、これは集まりすぎだよな‥‥」
向かってくる方が都合がよかったとは言え、ちょっとげんなりした表情で、そう呟く旭(
ga6764)とM2(
ga8024)。その数、4機。決して多くはない。だが、こちらは2人だけ。
「ジャミング対策で持って来たけど‥‥。皆、ちゃんと効果範囲に入ってるかな?」
機体ごと船に乗り、ウーフーのジャミング能力を発動させているM2の下で、周囲を見回した旭がそう答えた。距離は離れているが、地上機の姿は目視で確認できる。水中の視界は若干悪いが、旭は無事だと信じていた。
「何とか‥‥。問題は、波が荒れ始めている事ですね‥‥」
通信機越しにそう伝えてくるM2。ビーストソウル内の計器は、水流の強さがだんだんと増してきている事を告げている。
「流されないうちに、どうにかするしかないだろうな‥‥」
あまり動くと、バランスを崩しそうだ。ちょうどスナイパーライフルを構え、甲板にひざまずいたような姿勢を確かめるM2。風防から見える足元には、甲板の根元が見える。その丈夫な壁に足を固定した直後、波の下に潜んだ旭がこう言った。
「ワーム、予定ラインを突破。データリンク開始します」
包囲網は次第に狭まってくる。何とか一匹だけでも崩そうと、スコープを覗き込むM2。念のため、空中も警戒していたが、様子見らしく襲ってくる傾向はなさそうだ」
「了解。片っ端から寄せるぞ!」
そう言うと、船の上からマシンガンとガトリングで、弾幕の雨を降り注がせるM2。狙いは元から定めていない。基本的に人命救助優先の為、散らせられればそれで良いと思っていた。
が。
「やはり堅いですね。物理攻撃が無効化されているんでしょうか‥‥」
地上からマグロを狙っても、水の抵抗かそれとも別の感触か、ワームにダメージが通ったようには見えなかった。元気な姿を水中で確認した旭が、頭を抱えるように呻く。
「コーティング剤だかなんだか知らないが、はじかれた感覚はあったな」
撃ったM2も、弾が貫通した感覚がない事を思い出す。当てた瞬間、マグロの体表に沿って、弾丸がそれていったのが見えた気がしたから。
だが、もし物理攻撃が効かないと確定しているのなら、対処法はある。
「確実に当てたいんで、援護お願いしますよ」
旭が主兵装に火を入れる。レーザークロー。青白く輝くそれは、海の青さによく映える。
「水中武器があればよかったんだけどなー」
ぼやきながらも、再び狙いを定めるM2。水中キットは装備しているが、落ちたら対抗できる武器などない。そこへ、ワームがうめき声を上げるようにして、突進してくる。格闘用のスイッチに手をかける旭。もう片方は操縦用のレバーにかけられている。本当は自前の副兵装で牽制しようと思ったが、それはどうやらM2がやってくれるようだ。ならば、やる事は1つしかない。
「く‥‥落とされてたまるか!」
もっとも、相手とてただやられているのを待つばかりではない。そのひれにあたる部分から、正体不明の光線が、船に向かって降り注ぐ。大きく揺れたそれから、振り落とされそうになり、必死でしがみつくM2。
「このぉぉぉぉぉ!」
レーザークローの操作に、集中力の全てを注ぎ込む旭。青白い爪が閃き、マグロワームの頭へ斬り付ける。それはちょうど、和奏達が傷をつけたワームだった。べろん、と装甲がめくれ、ワームはたまらず海中深くへと潜っていく。
「逃がさない!」
旭が、ビーストソウルの能力を発動させる。深く、潜っていくそのワームを追い詰めるように、暗い海の底へ迷わず、彼はホーミングミサイルを発射する。
水柱が、あがった。
「あれがキメラじゃない鮪だったら、今頃大金持ちよね〜」
のほほんと明るい笑顔を浮かべながら、そんな事言ってる狐月 銀子(
gb2552)さん。サイズ数mともなれば、どれだけの刺身が取れるかと思うと、顔が緩んでしまう。
「サンプルは研究所あたりが喜ぶだろう。上でも下でも盛大にやっているようだな」
既に覚醒し、まるでファンタジーに出てくるエルフのような姿になった藤田あやこ(
ga0204)が、聞こえてくる戦闘音を耳にして、普段と違い、厳しい表情を見せ、そう言った。
「銛を打ち込め〜。今夜は大漁だわ♪」
運搬用の戦艦にのった笑顔の銀子は、その二つ名が示す通り、左目の網膜に2進数列が映らせながらも、スナイパーライフルの弾を乱舞させていた。どしゅどしゅどしゅっと三連弾が水中のマグロへと襲い掛かるが、抵抗されて中々あたらない。
「って、銛をかいくぐってきやがったか。だが、ゴールはさせん!」
銀子のKVを固定した船の背後へ、回り込むようにしてやってくるワーム。その攻撃を突き刺さらせまいと、回り込むあやこ。自信たっぷりにこう言う。
「多勢に無勢は解ってる。鰹節だか何だが知らんが要は削って凌げって事だろ」
そして、同じ様にスナイパーライフルD−06を向け牽制弾を放った。だが、ワームは当たらないのが前提の弾幕くらいではまったく動じず、船へと迫った。
「こんのぉ!」
レーザークローを閃かせるあやこ。手ごたえはあったが、致命傷とまでは行かなかった。
「大丈夫。まだ行ける!」
射程が短いのならば、無理に不安定なD−06を向ける必要はない。軽量型のRに持ち替えた銀子、AUKV非対応ながらも、何とか弾幕を維持していた。
「ガウスガンは取っておきだ。出来るだけ秘密兵器は隠しておけよ!」
「OK。狐は尻尾で釣る物よ!」
2人とも、水中対応の兵器を持ってきてはいるが、まだ相手が元気なうちは使えない。そうしているうちに、狙撃を嫌がったマグロは、海中深く船の下へ。
「んもう。しょうがないわね!」
銀子がそう言って、水に飛び込もうとする。水中用KVではない為、腰まで浸かれば、動かしにくくて仕方がないが、この際気にして入られなかった。
「ちょっと待て。それは私のやる事だ」
だが、その危険な行為をむざむざやらせるあやこではない。ましてや自分は、水中機なのだから。
「えー。まぁ、そう言うなら‥‥」
みんなの援護を期待していた銀子だが、どうやらここは自分が援護に回る役目のようだ。
(任務達成? でなければなぜ私がここにいる。模範解答は兎も角、本音は獣魂に酔いたいのさ)
口には出せないけれど。そう思い、あやこはクローを振るう。何度か、手ごたえがあったが、とどめには至っていない。やはり、存外に丈夫なようだった。そうこうしているうちに、無傷な一匹が、避難班へと迫る。
「しまった。そっちにもう一匹!」
「間に合わないかっ!?」
迷っている暇などない。あやこがガウスガンを向け、銀子が錬力を注ぎ込む。
「スタビライザー起動よ。ここが決め所っ、気合入れろバイパー君!」
「火遊びに付き合ってもらうよ。兵装込みで三百万‥‥高い大人の玩具さ」
D−06とガウスガンの連射が叩き込まれ、海面にもう1つ、水柱があがったのだった。
その頃、本命の救助隊はと言うと、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)とパディ(
ga9639)が向かっていた。各地で何とかマグロを引き剥がしている今のうちに、救助を行おうというのである。もっとも、2人の機体が共に非水中型だったからと言うのが、その主な理由だったりもするのだが。
「それにしても、声帯無いのにどこから声出してるんだろう、あの鮪?」
戦闘とはぜんぜん関係のない疑問を口にするユーリ。あやこ曰く『捻りが足らん。例えばマケローと値切るとかさぁ』だそうだが、忙しそうだ。
「そのうちわかりますよ。ここを何とかすれば‥‥ですけどね」
パディが丁寧な口調でそう答え、救助待ちの船を見渡す。結構な数だった。
「救助船は二隻あるしな。二手に分かれよう」
効率を考えると、その方が良さそうだ。そう判断したユーリは、手早く船に乗り込んだ。
「大丈夫です、落ち着いてください」
第一波が交戦状態に入っている。かなり離してはくれたようなので。パディはいそいそと船を進め、人々にそう言って回る。エマージェンシーキットを探し、ロープをくくりつけながら。
「わかってます。エマージェンシーキットはありますね? 貸してください」
ユーリも同じ様に曳航用ロープを引っ掛け、漂流者をボートへと引き上げていた。そして、怪我をしている者達には備え付けのキットで応急処置を施し、重傷者から先に運ぶ事にした。
「ボートの曳航準備整いましたよー」
別船でロープをセットし終わったパディがそう言った。その先は、彼の船につながれている。
「そのまま作業戦まで引っ張ってくよ。人型に変形したままの方が良いけど、パディは重傷者を運んでくれ」
「了解です。軽症者はこっちの方から上げますね!」
ゆっくりと動き出す船。その一方で、パディは人型の手でそおっと怪我人を陸へと上げていく。こうして、徐々に人々が安全な場所へと移動されていく最中、ユーリの機体が、けたたましい警告音を鳴らした。KVごと顔をあげれば、向かってくるマグロが何匹か。
「うっとおしい。お引取り願おうっ」
救助船を囲むように、配置へついた直後、ユーリが貰った弾頭矢をマグロに向けて撃つ。魔創の弓は、かなり距離が離れているにも関わらず、まっすぐ飛んでいく。
「抜かせませんよ! 伊達におまけ拾いをやっていません!」
その脇から、パディが魚雷をぶち込んでいた。第二波ともいえるその魚雷は、水面近くをすべるように駆けて行き、マグロのどてっぱらへとヒットする。三本目の水柱が上がったのを見たマグロ達は、救助船のいるエリアから離脱してくれるのだった。
その後、参加者にはねぎらいを兼ねて、銀子ちゃん御希望の海鮮料理が振舞われたと言う。